2012年10月31日

放屁合戦あんぽんたん

 アンポン国では〈屁〉が臭いことが当然だった。それは自慢であり、名誉であり、国民は誰もが〈屁〉を臭くするため国産の黒芋を飽食したのであった。

 黒芋はどの国にもある食材だが、自国の黒芋を食すると〈屁〉が臭くなるので、どこの国でも異国産の黒芋が好まれていた。自国の黒芋で臭くなるのは自己完結がもたらす風土病のようなもので、健康志向の国々では〈屁〉が臭味を帯びるのは水や土地とそこで暮らす人間が奏でる負の禍々しいハーモニーとされた。

 禍々しくも〈屁〉が臭いという負のハーモニーは敬遠され隠蔽されるのが常であるから、どこの国でも国産の黒芋は輸出に回されて国内にはあまり流通しないことになる。

 しかし、どこにでも独自な国はあるものだ。アンポン国では自尊教育によって〈屁〉が臭いことはむしろ誇りだったので、逆に異国産の黒芋は疎んじられた。黒芋は他国の数倍の生産高を誇り、国民は臭味たっぷりに自信に満ちていて、そんな気は更々なかったのだが、他国民からは傲慢であると非難された。臭味が自信なのか、自信が臭味なのか、その態度は渾然と一体化していたわけである。

 そもそも他人が〈屁〉をこいて臭いというのは迷惑の極みであるから、普通は人の面前でこかないのが礼儀というものだ。ひとたび〈屁〉をこけばそこは疑心暗鬼の修羅場だ。そして人間は自分を優位にしようとする心性があるために、他人や異国人の〈屁〉は自分の〈屁〉より臭い(ように感じる)のである。そういう疑心暗鬼を避けるために〈屁〉を暗黙のうちに相互抑制する知恵も育ってきた。隣国の人間としては、いくら洗い清めたお尻でも〈屁〉を奮発するのはお控えいただきたいのである。

 その朝も祭りの御輿(みこし)をかつぐため古起杉善屁(こきすぎぜんべ)はお尻を洗い清めていた。この男、善良には違いないのだが、素晴らしく〈屁〉が臭い。もちろん、アンポン国でそれは誇りである。アンポン国でも卒倒するような臭い〈屁〉が漂えば居並ぶ人々は鼻をおさえて逃げ惑うものの、それは喜びにざんざめく快楽の狂乱になっているのだ。臭いの渦中にあってそのような、いわば〈屁〉の倒錯は異国人には理解しがたいものだろう。

 洗い清めたお尻を純白のフンドシできりっと締め上げ善屁は首を振って身震いした。そこにまるで出発の啓示のような高らかな〈屁〉の一発。ひんやりした朝の空気が引き裂かれて出屁大社(いずべたいしゃ)の空が黄色く染まった。

 大社のたくさんの御輿にはすでにフンドシ一丁の若者たちがむさぶりついてお尻を盛んに振っていた。ハリボテの巨大な御輿には長老たちが鎮座して息を潜めていた。御輿は荒海に乗り出す船であり、長老たちにとっては祭りは過酷な苦行ともなっていた。若者の晴れ晴れとした心で善屁はうごめくお尻の塊の中に無心に飛び込んで行った。やがて御輿が大きく揺れて動き始めると、法螺貝のような〈屁〉がいっせいに幾重にも重なって響いたのである。

 見物の大衆の中には異国人もたくさんいた。彼らは鼻をつまみ潰れた叫び声を上げたので、大社の森は〈屁〉の法螺貝と鼻声のどよめきに揺れた。善屁はにわかに奮い立ち、御輿をかつぎ上げる幾千の若者の一人となって都大路に飛び出して行った。

 都大路は幾万の見物人が連なり重なり合って御輿の乱舞を待っていた。ホホーヒー、ホーヒー、ホホーヒー、ホーヒーの掛け声が近づくと、興奮した見物人があちこちで遠慮なく〈屁〉をアンポンポンポンポンこいたので、凄まじい臭気に卒倒する異国人が続出した。

 そんな危険な祭りを身を乗り出して見物する異国人も異国人だが、彼らはアンポン国で経済活動する商売人とその家族なのだった。アンポンに暮らせばアンポン屁を嗅ぐべし──という、少々残念だが現実的な教訓を彼らは堅持していたのであり、祭りをボイコットするようなアンチ・アンポン屁の根性では商売はやっていけないわけである。

 それにまた、独特の祭りの民族的情念が激臭となって渦を巻く、その毒気にあたることによって耐性(我慢)を得たいという願いもあったし、興味本位ながらアンポン文化の〈屁〉の真髄を凌駕しようとする漠然とした関心(プライド)もあったのだ。

 今年も祭りは大いに盛り上がった。御輿行列は前進と後退を何度も繰り返しながら、燃え盛る炎の勢いで都大路を走り抜け、幾千万いや億千万のアンポン国民の咆哮となって空に轟(とどろ)いた。

 その年の御輿行列が最初から特に過激であったという断定はできないのだが、少々乱暴な行列であったことは間違いない。毒気の〈屁〉にあてられ卒倒する異国人を躊躇なく跳ね飛ばし、止まることなく進んで行ったのだ。これは特に〈屁〉が臭い年になると起こる危険で野蛮な現象であった。担ぎ棒に振り回されて時々宙に足をばたつかせ思わず知らず〈屁〉をこいていた善屁も、何人もの異国人が倒れるのを無関心に平然と視界に入れていた。突進する汗まみれの狂躁のなかで〈屁〉の毒気は冷酷さをもたらすのである。

 やがて御輿行列は都大路のどんつきにある超高層の千鶴タワーへと近づいて行く。このとき善屁は異国人への怒りがふつふつと沸き上がってくるのを感じたのだった。タワーの一階は隣国のポンタン国の大使館が占めていたのだが、何しろ出屁大社と相対する都大路の一等地に異国支配の施設がデンと構えているのだから、アンポン国民は面白いわけがない。歴史的経緯による既得権益は超高層さながらに高々とそそり立ち、善屁は傲然と見下されているように感じるのであった。

 行列が千鶴タワーへ近づくと御輿を担ぐ若者たちの敵意に満ちた異様な熱気が燃え盛り始めた。はじめちょろちょろなかぱっぱおやはしぬともへはこくな、という御輿に乗った長老たちの慌てた制止の声も虚しく、そのとき一天にわかにかき曇るや、不吉な雷鳴のフーガが轟き、若者たちはお尻を振り振りアンポポンポンポンポンいっせいに呼応して、次の瞬間には先頭の御輿は大きく傾きながらタワーへと突っ込んで行った。

 驚いたのはポンタン国大使館である。一階ロビーは大破し、隣の大広間で催されていたポンタン物産展会場は大混乱に陥った。何という狼藉であろうか。許されぬ──はずだが、アンポン国の警備隊は最初は見て見ぬふりの知らぬ存ぜぬ。御輿から無残にも投げ出された長老の泣かんばかりの血相にやっと慌てて制止に入ったのであった。事態を知らぬ行列の後方からのホホーヒー、ホーヒー、ホホーヒー、ホーヒーの今や間延びした掛け声が続くなか、急にブレーキがかかった行列はあちこちでアンポポンポンポンポン、アンポポンポンポンポン放屁の連打の乱れ打ち。そのとき先頭御輿の善屁はハリボテが壊れた御輿の下から、夢でも見ているような愛国の夢心地ですっくと立ち、ひときわ見事な〈屁〉をこいた。怪しげな曇天には閃光が走りドロドロの雨まで降ってきた。激しい雷鳴のフーガがけたたましく鳴り響いて、逃げ惑うポンタン国大使館員と関係者はことごとく卒倒したのである。

 一夜明ければ夢の如し。例によってアンポン国では御輿行列の行き過ぎはお咎めナシ。ポンタン国の抗議も、そもそもの原因はそこに大使館があるから(そちらが悪い)という理屈で押し返された。主張する正義の声が大きければ外交上の治外法権などという特権は反故にされるのである。

 しかも今回の件に関しては、アンポン国は何を思ったか千鶴タワーの所有者と交渉することでタワー全体を買い取って国有化し、大家になってポンタン大使館の退去(警備上、別の場所への移転)を要求したのであった。

 突っ込んだあげくに出て行けとは何事ぞ──メンツを潰されたポンタン国は怒髪天を衝いて怒りは治まらぬ。法外な賠償を積算して要求し千鶴タワーへの居座りを決め込んだのである。テコでも動かんわ──という決意のみならずアンポン国の〈屁〉が伝統的に臭いこと、ポンタン国民へ臭害(鼻粘膜の風土的崩壊)が強制されてきたことなど歴史的な経緯をほじり出してネチネチと主張し始めた。こうなるとポンタンの被害者意識はルサンチマンを帯びてくる。もともとポンタンはアンポンの三等属国だったのである。

 ポンタンでは国内消費量の大半をアンポンの黒芋(すこぶる美味ゆえポンタンでは大人気)の輸入でまかなっていたのだが、これをアンポン排撃の処置として検疫と手続の複雑化を強行し実質的に輸入禁止にしてしまった。このためポンタンでは、自国の黒芋を食することになって一気に国民の〈屁〉が臭くなってしまったのだ。救いようのないルサンチマンを帯びた〈屁〉の臭さが不気味に深みを増して国の全体を覆い始めていた。

 そのころ善屁は祭りのあとの〈屁〉の残り香、けだるい余韻に浸っていた。勝利の気分とも言うべきか。何に勝利したのかはわからないが、とにかく突っ込んだのである。もちろん御輿の暴走が解決困難の深刻な紛争を惹起したことはわかっていた。それがポンタンという国を相手にしていることもわかっていた。善屁の愛国心は紛れもないが、しかし善屁にはそんなことよりも、祭りの長老たちを御輿から放り出したことが愉快だった。いやまあ、あいつらときたら御輿に乗って酒くらって〈屁〉をこくだけの妖怪ジジイだぜ──善屁はそうとしか思えなかった。あのときの泣かんばかりの長老の慌てふためいた姿を、善屁はにんまりと思い浮かべて余韻に浸っていたのだった。長老どもに泥を塗り、ポンタン相手に愛国無罪だぜィ──。

 あまりの〈屁〉の臭さに困惑したのは周辺国で、毎度毎度の祭りの騒ぎにはうんざり。その辺で〈屁〉が漂って臭いとしても、関係ない第三国は見ざる聞かざる言わざるでいる姿勢が一般的なのであるし、当事者同士で(勝手に)やってくれ(冷静な対応を望む)というのが国際流儀。あまりに〈屁〉が臭いと制裁対象にもなりかねないが、そもそも〈屁〉は誰でもこくわけで、多かれ少なかれ自分の〈屁〉の醜悪(下品)さは何となくでもわかっているものだ。特に心弱い婦女子に至っては〈屁〉は語ることさえ鬼門である。ヘメコ国の女性大統領は〈屁〉があまりに臭いらしいと週刊誌の小さなコラムで中傷され、悶絶して反論をなしえなかったが、その週刊誌はあまりに下品過ぎると廃刊に追い込まれた。

 ことほど左様に国際的には平時における〈屁〉は忌避され、その臭さは触れてはならぬアンタッチャブル(下品)な話題なのである。しかしアンポン国が特異なのは、何があろうと〈屁〉が臭いことは誇りだったのだ。アンポン国では〈屁〉を臭くする国産の黒芋を食べることが奨励されたのである。

 確かに〈屁〉が臭いことに国家的なメリットがないことはないであろう。〈屁〉が臭ければ相手を威嚇する、うまくいけば卒倒させる──アンポン国の国民皆兵の〈屁〉武装はワガママ過ぎると国際間でも問題視されてはいたのだ。というのも相手の〈屁〉の臭さを認める(脅威を感じる)と、こちらも〈屁〉で対抗するように追い込まれるわけだ。〈屁〉の臭さに言葉だけで対抗することは(民主主義的なルールが確立していない国家間では)無理なのだ。激臭の〈屁〉には激臭の〈屁〉で対抗する以外に(精神的にも)根本解決はなかった。我慢するにもほどがあるというもんだ。

 ところで〈屁〉の国アンポンにも変わり種はいるもので〈屁〉の臭さを恥じて論をなす者はいたのである。正義派弁護士の古木益清屁(こきますきよべ)は弁護士特有の理念派(イデオローグ)で臭害がもたらす人権侵害に敏感だった。祭りともなると出番到来だ。異国人の卒倒者(被害者)を見つけ出し国家賠償に熱心に取り組んでいた。しかし国の立場としては、わざわざそこに出かけてくるのが悪い(強制連行ではない)という反論をして取り合うことはない。これが清屁には気に入らない。こういう国を挙げての〈屁〉の臭さが身悶えするほど恥ずかしかった。

 清屁は自分の〈屁〉が臭いと言われることを極度に恐れていたので、自国の黒芋は食べないことにしていたのだが、何を食おうが〈屁〉というものは多少はにおうのである。というか、におっているなかでにおわないことはにおわないことじたいがにおっている──という哲学者ヘガクサスギルの言葉通りに実はにおっているに等しいわけであるから、いくら自国産を食べず臭くなくても臭い(目立つ)のである。

 その臭さは要するに観念体系の理念からにおってくるのであり、脱観念的なものに昇華された上に深く心的な羞恥の基準になっていた。においは一般に鼻粘膜を刺激したあとはいつまでも残っていない。においがしたという記憶は残っても、においそのものはすぐに雲散霧消してしまうのだ。においを再現したいなら我々は再びにおいのするものを用意して、鼻粘膜を刺激しなければならない。つまり〈屁〉はこくたび「におう行為」なのである。しかし、そのような〈屁〉=「行為」から「におう屁は迷惑だ、劣った屁だ、撲滅すべきだ、規制すべきだ…」あるいは逆に「におう屁は素晴らしい、勇者の証だ、あまねくこくべし、我慢するな…」などと我々はさまざまに理念化する。それはもとの「屁」そのものからは乖離しイデオロギー化して我々を支配するのである。

 観念(理念)のにおいは直接に鼻粘膜を刺激するのとは違うが、脳内でいつまでも各種におってしまうのである。もっとも、一般に自分の〈屁〉をあまり臭く感じないように、においを感じるのはもっぱら他人の観念からであって、自分の観念のにおいは(あまり)感じないものだ。さらに言えば、観念のにおいは観念そのものではないが、観念の存在を前提として漂うのである。そして臭い〈屁〉をこく者同士がお互いのにおいを(あまり)気にしないように、同じ観念を共有すればにおいは気にならないことになる。

 清屁はいまや至上の人間イデオロギーになっている人権への侵害を〈屁〉が及ぼす脅威に適用していたのである。すべて〈屁〉は悪であった。清屁とて〈屁〉が人間の不可避の行為であることは認めるが、そういうものを抑止しないで振る舞うことは人の道にはずれることであり、他人への脅威に無自覚であることは非道徳なのである。臭い臭い〈屁〉が誇りになる国など絶対に許しがたい。御輿行列の下品な喧噪など恥ずかしく醜悪の極みであった。それにまた、清屁は心やさしいへミニスト(婦女子を〈屁〉から守り、何よりも〈屁〉からの純潔を主張する人)でもあった。

 御輿行列に端を発する今回の紛争が始まると、清屁は行列によるポンタン人の被害を調べ上げ賠償支援に取り組み始めた。御輿行列の見物に参加したポンタン人に何らかの強制性が働いたとの断定によって、祭りの主催者のみならず政府の関与を追及していた。多くのポンタン商人が(商売繁盛を願って大社の)祭りのスポンサーになっていたことも、その強制性の証拠とされた。清屁の活動に煽られ、賠償金につられたポンタン商人はアンチ・アンポンに傾いて「強制された」と証言した。この〈屁〉の強制性にポンタン国民は激しく憤慨し、すでに自らに解禁していた自国産の黒芋の飽食によって〈屁〉の臭味がますます深まることになった。目には目を!〈屁〉には〈屁〉を!である。

 ポンタン国内ではアンチ・アンポンが大いに盛り上がって、退去に抵抗して立て籠もる千鶴タワーのポンタン大使館の攻防と呼応し、暴徒と化したデモ隊が国内のアンポン人を襲って気勢を上げた。そうなるとアンポン国内においても一気にアンチ・ポンタンのムードが高まり、千鶴タワーの周りにはこれも逆上したデモ隊が集結して再びポンタン大使館への突入を図ろうとしていた。こうした騒ぎが大きくなればなるほど清屁はいたたまれなかった。

 そもそも騒ぎの発端はアンポンのあのにぎにぎしい御輿行列であり、いささかも〈屁〉を厭わぬ国民性であった。騒ぎの暴発でいまや〈屁〉を厭わぬ風潮がポンタンにまで感染している──と、清屁の思索はぐるぐると苦悩のスパイラルになって踊るのだった。その渦は内向きからいきなり外に噴き出してきた。危険な兆候だろう。

 すこべ温泉の天然泡風呂の泡に包まれて清屁は誰にも知られず安心して〈屁〉を何発かこいてみた。自分の〈屁〉はおおむね臭くない。泡風呂の泡にまぎれていった〈屁〉を愛しく思いながら、心は矢も盾もたまらず海を越えてポンタンへと飛ぶのだった。夢見る心という空想の世界で清屁は敵国のポンタン人と同じ〈屁〉のにおいがするアンポン人になって、ポンタン人の立場で考えた。それは世俗道徳的には不正だが超越倫理的には正しい──という哲学者ヘガクサスギルの言葉によって清屁は甘く慰撫されていた。

 ところで、一般に同じ〈屁〉のにおいのする者同士はお互いの臭いにおいを(あまり)感じないものであるが、目の前に〈屁〉のにおいが同じ異国人が現れると、かえってその人は異国人であることが目立ってしまう。それは(異国人は異臭が当然なのに、それが)におわないことが目立つからである。このように、においの存在/非存在が識別を決定づけるが、この場合、同じ立場や考えの表明はお互い悪い気はしないから相互に(少々の違和感はあっても)受け入れ合うことは容易だ。

 さらにアンポン人とポンタン人のように、異国人であっても外形が全く同じ相貌であったとすれば、意識下で視覚的にはお互い同国人(同系)のように我々は見なすので(同じ立場や考えを知れば)同化はいよいよ促進されることになる。

 我々の存在のあり方は〈屁〉のにおいというものを介して存在することを、哲学者ヘガクサスギルは喝破していた。もちろん、同化ばかりでなく異国人との異化もまた〈屁〉のにおいが介在するわけで、ヘガクサスギルは対立する二国間の紛争における相互が抱え込む対立の〈屁〉の異化作用についても語っている。

 要するに同化と異化はどちらかに偏って同時に発生するバランス現象なのである。におわない(ことがにおう)なら「同化と受容」、におう(ことがにおう)なら「異化と対立」が対になるが、同化と異化は二つの間を行き来する関係性である。

 ここで気づくのは、何かがにおう、例えば〈屁〉がにおうとは観念的な行為であることだ。におうことは嗅ぐことに等しいのである。嗅ぐ行為(の動機)がにおいの(説明の)動機になっている。

 ともあれ、におうということは我々につきまとって観念を束縛するのであるが、夢のような妄想や空想のなかでは鼻粘膜が機能せず、におい(異国人との隔たり)の自覚がないので観念世界(理念)は純論理的な展開に進む。かくして同化の論理にせよ、異化の論理にせよ、その夢想のスタートは〈屁〉のないボディという理念的な人間観によって塗りつぶされ、集団的自己中心主義へと美しく凝固(精緻化)して政治的人間へと覚醒していく──このようにヘガクサスギルはにおいを捨象した論理を思いついたとたん、うっかり〈屁〉をこいて鼻をつまみ不覚にも自分の論理が崩壊していくように感じて自殺してしまった。(没年・放屁暦931年)

 古木益清屁がすこべ温泉でポンタン人への連帯を夢想していたころ、愛国の古起杉善屁はアンポン空港の警備員として勤務に戻っていた。アンポンとポンタン両国の紛争によって空港は厳戒態勢に入っていた。もとはといえば善屁らの御輿行列が引き起こした紛争であるが、善屁は緊迫した現下の状況を誇らしく思っていた。問題の闘争的な顕在化によって問題の本質が露わになることは〈屁〉が臭気性の顕在化によって隠蔽を捨て露わになるのであるから、むしろ好ましいことであったのだ。

 テロを警戒する空港ロビーは銀色に輝く楯を操る善屁ら怪しい黒装束の警備員が壁を作り、乗客を監視下に置いていた。警備員は建前は中立の壁であって、怒りのアンポン人と怨みのポンタン人の流れがぶつからないよう直立不動ながら、川下りの船頭のように巧妙に楯を操り流れを制御していた。ロビーは怨みのポンタン人たちの出国ラッシュだった。アンポン人とポンタン人のお互いを罵り合う〈屁〉が広い空港ロビーにこだまし充満していた。

 アンポポンポンポンポン、ポンタン人が尻を突き上げ威嚇的に連打すれば、タンポポンポンポンポン、ポンタン人は尻を突き出して必死の返し〈屁〉で応戦した。この放屁合戦は自国の黒芋を十分飽食しているアンポン人に音の強みがあったが、出国できないかもしれないという恐怖のあまり、少ない自国の黒芋でも十分臭くなっていたポンタン人の〈屁〉が劇薬じみた刺激臭で空港を覆い始めていた。

 すこべ温泉で心身ともにホッコリした古木益清屁はそんな騒ぎはとはつゆ知らぬ。入念にアンポン国の強制性を検証して満足の気分のまま、売国〈屁〉と罵る奴はいるだろうが、ここは厳しく世界市民の人権のため今こそアンチ・アンポン運動に熱く連帯すべし──と、ポンタンの黒芋をパンパンに詰め込んだ鞄を両手に抱えタクシーを駆ってアンポン空港に現れた。清屁はポンタン国へと勇躍飛び立つためにやって来たのだ。

 物々しい喧噪に腰を抜かし〈屁〉をこいて慌てる清屁。その日のデイリーあんぽん紙の一面を飾った激動の空港のスナップショットに清屁の姿があった。気を取り直した清屁は出国をめざすポンタン人の列へ潜り込もうとした。無理な割り込みに警備員の楯が冷徹に立ちふさがり、清屁は楯に誘導されてロビーの片隅へと押し込められ座り込んでしまう。周りはポンタン人がひしめき、タンポポンポンポンポン、激臭の〈屁〉が炸裂している。

 清屁は混乱した──鞄に詰めてきたポンタン産の黒芋を食べてもこの激臭に同化することはできない。なぜならアンポン人はポンタン産の黒芋では〈屁〉が臭くならないのだ。いやいや、そもそも臭い〈屁〉など望んではいないぞ。におわないことがポンタン人の美徳であり至上の道徳志向性だったではないか。それがいまや、におわないどころかルサンチマンの激臭を帯び、下劣な道徳志向性となって傲慢に拡散しているのは、もとはといえば、あれ、あれだ。あの御輿行列がすべての元凶だ。

 しかし、鼻粘膜がただれた清屁は次第に激臭を感じなくなった──やっぱり俺はアンポン人としてポンタン産の黒芋を選ぶべきだ。決して〈屁〉を臭くしてはならない。臭い臭い〈屁〉はどうあがいても人権侵害なのだ。

 清屁は改めて決意すると鞄に詰めてきた黒芋を周りのポンタン人に振る舞った。湧き上がる喜びの声。ふと見上げると警備の人壁の穴の向こうに善屁がいた。善屁が見下ろすそこには清屁がいた。アッと二人が同時に悲鳴のような声を上げたとき、ブーイブーイブーイブーイブー、国際空港の禍々しい〈屁〉のサイレンが鳴り始めた。そして巨大な津波にのみ込まれるような衝撃とともに空港ビルの崩壊が始まったのである。


ラベル: 祭り 同化 異化
posted by 楢須音成 at 23:54| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 独舌漫語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月16日

後遺症の〈屁〉の克服

 胃を手術して切除した人の(悩ましい)後遺症の一つに〈屁〉があるという。手術後に異音異臭が強化された〈屁〉が多発する症状に悩まされる場合があり、その克服が難しい問題になっているというのである。

 胃の切除といった手術によって消化器の環境が大きく変わりガスの異常発生が起こるわけだが、そういう悩みについて対策を解説した本がある。『胃を切った人の後遺症の克服』(1994年、協和企画刊)に、悩める人の体験談や医師による「おならを克服するために」という一節があるのだ。

 これを読むと〈屁〉が深刻な厄介者として登場しており、我々の健康や精神生活を脅かす存在として振る舞っているのである。随分と深刻だ。こんな例がある。
 今、一番つらいのは、夕食後の膨満感です。特に家でくつろいでいて食べた後が苦しいのです。職業柄、未だに月に再三、会食する機会がありますが、そのときは不思議とあまり苦しくありません。人間はいかに気分に左右されるかの好個の一例かもしれません。
◆おならで家内とは寝室を別にする
 とにかく家で夕食を食べると、それから約二時間半がいかにおならを出すかの闘いとなります。右腹を下にしたり、左側にしたり、腹ばいになったり、人様には絶対に見せられない姿態を繰り返すのです。そんな格好を一時間もした後、一発ブッと出ます。再びベッドの上の苦闘が続き、約十五分たって、また一発。不思議と臭いは全然ありません。とにかく六発か七発出すまでは完全な半病人で、こんなとき来客があると、本当につらくてたまりません。
 私は東京生まれの東京育ちの大正人。当然、ある種の見栄坊の一面を持っています。ですから、そばに赤ん坊がいても、おならは出ません。子犬がそばにいても、おならを聞かせたくありません。それで家内とは別室に寝るようになって、もう十五年。夫婦生活も切れています。
 しかし、ものは考えようです。私が間もなく七五歳になっても、中小企業の経営を続け、ゴルフや麻雀を若い人たちとできるのも「おなら」のおかげと家内は言います。分かったような、分からないような複雑な心境をいまだに持てあましています。今後もベッドの上であらぬ姿を続けるのか……やはり何ともつらい半病人です。(梅田幸雄・74歳)

 これはガンで胃の五分の四を切除した企業経営者で編集者の告白である。まずは〈屁〉が出て困っているのではなく(ガスはあるのに)出なくて困っているのだが、それは身体的で精神的な苦痛を伴っている=第一段階。さらに、出さねばならぬ〈屁〉を人に聞かせたくないという精神的な苦痛をも孕んでいる=第二段階。そして、そうした苦痛の果てにそれを乗り越えることが、むしろ生きていく積極的な効用をもたらしていると思える心境への脱皮がある=第三段階。このように意のままにならぬ〈屁〉をめぐって心的な変化をたどっているわけだ。
 
 もちろん、第三段階は心境としては微妙で、一種の開き直りである。ものは考えようだが、こうした心的な進化の段階は〈屁〉というものが、単なる苦痛や不快から精神性を高めて行く過程として注目されるだろう。いやまあ、そんな大袈裟なものかと突っ込まれそうだね。確かに結局は「やはり何ともつらい半病人です」と嘆息せざるを得ない心境のままかもしれないわけなのだが──。

 ともあれ、ここには〈屁〉が厄介者として存在している様子が現象している。これに対して医師の側は「ガスが発生することは異常な現象──本来できるはずのないものができているわけではないので(つまり病気として扱えないために)患者さんが満足できる、うまい解決法がありません」というのだが、ガスの発生は病人だろうと健常者だろうと関係のない身体生理なのだね。止めるわけにはいかないのだ。

 そこで胃の手術による後遺症は(1)ガス量の増大(2)臭気の増加──と程度が問題になってくる。これも誰もが必ず悪化するというわけでもなく、またその程度はさまざまなわけであるが、無意識に飲み込んだ空気の行き先が(胃の切除で)ゲップになるよりも腸に流入しやすいとか、胃酸作用の低下が腸内細菌を増やしてガス量は多くなるという。臭気の強さは肉など蛋白質の摂取も関係してくる。対策として消化剤、乳酸菌、ビフィズス菌を二〜三ヶ月使ってみると(1)(2)の改善がみられる場合もあるそうだ。乳酸菌の長期摂取は先日のNHK番組あさイチでも紹介されていた。

 それにしても過剰な〈屁〉が人間にもたらす悩みは尽きない。先の第一段階から第三段階へと至る我々の変化は、生きるということへ積極的な価値を付与する心的運動であるが、その根拠になる存在論的な意義(生きることの尊大なる肯定)はあるのであろうか。あるとすれば、それは何なのだろうかね。何しろさんざん嫌われまくって存在意義のない〈屁〉なのであるからね。

 医師がアドバイスの最後に付け加えた次の言葉に音成は共感した。まさに〈屁〉の存在意義とはこれではないのか。──いや、そうに違いない。
 さて、いろいろ工夫されてみて、効果があれば、幸運に恵まれたと言えるでしょうが、満足のゆく結果が得られないことも十分に考えられます。前に哺乳動物の宿命であると述べました。ガスはどんどん出してしまったら良いと考え、実行できたら、この後遺症はたちまち後遺症ではなくなってしまうのですが、無理でしょうか。生命を保つことに不可欠の重要なことは、それを実行することに快感を伴うように仕組まれています。食欲がそうですし、種族維持のために性欲があります。排便、排尿、排ガスも快感を伴っており、これを実行することは正しいことですが、皆さんはどのようにお考えでしょうか。(檜山護)

 そもそも〈屁〉とは快なのである。それを我々は快感へと導くことができる。檜山医師は〈屁〉は哺乳動物にとって当たり前の現象であり、ガスはどんどん出せばいいのであって、それができれば〈屁〉の後遺症は後遺症でなくなるのだというのである。そして生命活動の維持のため不可欠の重要な行為には快感が伴うように身体は仕組まれていると指摘し、その実行は正しいことだと主張している。

 我々の〈屁〉の後遺症とは、自分や他人の不快や羞恥に悩むところから起こってくるわけだが、もともと快なのに不快や羞恥へと挫折してしまう〈屁〉の心的運動は、他人と切り結ぶ我々の社会化した人間性そのものの軌跡である。ついには〈屁〉の苦痛が(生きているのは〈屁〉のおかげというような)超俗の精神性を獲得するとしても、とりあえずはこう思ってよい。誰にも気兼ねなく〈屁〉をこいたら気持ちよか〜、とね。これに尽きるであろう。それは胸を張って正しいのだ。
ラベル: 後遺症 手術 克服
posted by 楢須音成 at 02:02| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月06日

朝から屁談義

 忙しいのが一段落して録画しておいた番組をようやく見ることができた。NHKの「あさイチ」でやっていた「夏の自由研究 オナラ」(8月29日放送)である。しかしまあ、ちょっとだけオナラの話題かと思っていたのだが、何と番組のほとんどがオナラ。最後までテレビの前に坐るハメになった。

 朝からオナラの話題だから大胆ではある。視聴者から「朝食中」との抗議(?)もあったが、延々たっぷり1時間以上もオナラで盛り上がっていたのだ。ゲスト出演者も当初は戸惑いを見せていたけどね。
有働 数多いらっしゃる芸能人の中からお二人が選ばれて……
 何で何で私たちが……
玉ちゃん NHKも冒険しますね、しかし朝から〜

 オナラの話題を大いに盛り上げ、選ばれし出演者一同よくやった。ちなみに出演は、有働由美子アナ、井ノ原快彦、松田利仁亜アナ、森公美子、玉ちゃん、瓜田純久教授・東邦大。

 だいたいの内容は番組のホームページ(参照)で紹介されている。オナラの悩みに答えるという形で、お腹の張りや異臭異音への対処法が懇切丁寧に解説されるという展開であった。

 テーマ別には(1)におい&回数 激減テク!(2)世界のオナラ対策(3)あの食材で"さよオナラ"(4)要注意!オナラに潜む病気(5)オナラをいい香りにチェンジ!──というものだったが、制御しがたい異音異臭をいかに克服するか、NASAも登場して世界の英知を集めていたわけである。

 それにしても、音成にはこの番組は異様に明るく感じたな。いつも厄介者の〈屁〉も出世したもんだよ。登場する全員が明るく振る舞ってオナラを語っているのであるが、見ているうちに〈屁〉がまるでやんちゃな愛すべきモノとして扱われているような気がしたよ。

 そして、番組の最初から最後まで誰も〈屁〉とは言わないのである。終始一貫して明るくオナラ、オナラと連呼していた。まして〈屁〉を「こく」なんて言う人はいない。オナラは〈屁〉の別称だが、オナラは「する」ものなのだった。

 それでも番組で屁負比丘尼(へおいびくに=近侍する妻女が放屁したときなどにその罪を負う役目の尼僧)を紹介したので、屁とか放屁という言葉が全然出てこないわけではないけどね。

 まあ、人前でオナラとは平気に言いやすいが、何となく〈屁〉という言葉は避けるね。そういう言い方は封印(隠蔽)する。特に公共の場(テレビ番組とか)では〈屁〉とは言いにくい。オナラは「鳴らす」から転じたといわれているが、直接的に〈屁〉そのものというより雰囲気をあらわしている感じね。

 名称はどうであれ、番組で「オナラ・コントロール」といっていた〈屁〉の制御の難しさは我々の悩みの種である。これが時に物議を醸す。異音異臭の緩和に加え、無軌道な〈屁〉を制御の範囲に取り戻すことは我々の切ない願いであるが、番組はこれに応えるべく機能的に対処法を解説していた。

 なるほど、と思ったのは「すかしっぺ」(さすがに、すかし「オナラ」とは言わなかったが「ぺ」だって)の流体力学的な説明だった。すかしっぺは静かに空気中に拡散せずジワリと塊になって出てくるので濃厚で臭いというのである。ブリブリ出てくる〈屁〉は振動して空気と混じり合い拡散するので臭気は薄くなるという。

 補足すれば、肉食系の〈屁〉は少量発生で臭気が強いが、肛門の押しが弱いのですかしっぺになりやすいわけで、これが番組が解析した流体力学的な動きをすればいよいよ臭い。草食系の〈屁〉は多量発生で臭気は弱いが、肛門の押しが強いのでブウブウ勢いがよいわけで、流体力学的にも臭気は薄れる──そんな感じになるのかな。納得したよ。

 面白かった(リアルだった)のは視聴者が寄せたFAX投稿のエピソードだね。だいたい番組の調査のアンケートが1900ぐらい集まっていて、いかに〈屁〉が関心の高い話題になっているのか驚いたのだが、〈屁〉の数だけエピソードはあるものだね。最後に紹介されていた「祖父のいまわの場で叔母が一発。悲しみの場なのに皆が爆笑」とか「オナラが彼氏との愛を深めた」とか「ペットのインコが私のオナラにだけ反応してヴィーと真似をする」とか、表面は笑い話なのだが、実は〈屁〉の神秘を語っているエピソードは考察に値するものであろう。

 ここまで〈屁〉を正面から時間をかけて取り上げた番組はめったにないが、さすがNHKというべきか。しかし、我々が〈屁〉をどんなに精緻に科学的医学的に語っても、その〈屁〉によってどう振る舞ったのかという人間学が〈屁〉の〈屁〉たる所以なのだねえ。本来は隠蔽すべき〈屁〉を前にして、出演者たちの笑い戸惑い照れ能弁といった振る舞いが、何とも絶品な番組だったのであ〜る。
posted by 楢須音成 at 17:35| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月27日

最終・放屁と放尿の隠蔽ぶり

 そもそも〈屁〉というモノはなぜ嫌われるのであろうか。なぜ恥ずかしいのであろうか。こういう疑問を人にぶつけると怪訝な顔をされる。──おまえはアホか、とね。そんなことは太古の昔から決まり切ったことではないか、と。

 ハテ、何が決まっているのであろうか。嫌われて恥ずかしいというのは、嫌悪や恥の対象であるということなのだが、これが同時に発現してしまうモノが、やむにやまれぬ我々の〈屁〉というものである。しかしだね、音成はそのことを明快に説明してくれる人に出会ったことはないよ。

 というか、明快に説明できるのであれば、嫌悪や恥の対象にもならないんだろうねえ。我々にとって嫌悪や恥になるものはもっぱら隠蔽しておくに限るのであるが、隠蔽し続けるのも居心地が悪い。この曖昧にして厄介な存在である〈屁〉というモノ(の説明)は、音成には長い間、深い闇(暗黒面)を抱えた謎だった。

 さてところで先日、ヒッグス粒子が確認されたという物理学のビッグニュースがあった。粒子は〈屁〉と同じように見えない(視覚に捉えられない)存在であるが、推論に推論を重ね究極の抽象性を孕んだ概念によって(理論的に脳内で)実感できる存在である。それが今回、実測によってわずかな存在らしきものを捉えたというのである。

 こういう物理学の粒子は〈屁〉のように生々しく実感できる存在ではないね。しかし〈屁〉の異音異臭はハッキリいって不快の極みとして、見えないながら生々しく実感する。つまり耳と鼻でやすやすと存在を確認できてしまう。直接的な感覚器官を超越し観念で認識することから始まる粒子と違って、〈屁〉はモロに感覚の一部を強制的に不快現象として直面させる。

 ヒッグス粒子は(多分)存在しているとはいえ我々の感覚から超越しており、日常の感覚からは存在しないに等しい。世界の成り立ちからいえば(多分)ないと道理が立たぬのであろうが、我々には知らぬが仏の存在であり、何ら五感に感じないゆえに凡夫には観念妄想でもしない限り、快感や不快感を喚起するものではない。

 粒子のような存在は(快や不快にまみれた)俗世から離脱してまるで天上の宝石のように清浄なモノだねえ。我々はその実在を感覚できず、脳内での数学的論理的な概念化に依拠して認識するから、極めて観念的なモノとして存在している。一方の〈屁〉も見えないのだから同様の道筋を辿るかといえば、そんなことにはならないね。我々はそれが実在する感覚刺激にさいなまれてあらぬ意味づけをしてしまい、はなはだ私的な(嫌悪や恥の)思いに満たされ、時には(異音異臭のすさまじさに)悶絶してしまう。〈屁〉は感覚そのものの現象として不快なのであり、俗世の醜悪なのである。

 粒子=感覚に依拠せず実在の手がかりが超希薄な見えない存在=純粋な観念(概念)性
〈屁〉=感覚に依拠して実在の手がかりが超濃厚な見えない存在=不純な観念(意味)性

 その存在を認識する〈屁〉の観念性は、我々が不純な(私的な)意味を追及してしまうところに特徴があり、科学的な概念形成とはいささか遠いのである。もちろん、科学的な〈屁〉の成分分析というのはあるわけだが、どうも我々はまずは主観的な意味を先行させて〈屁〉に冷静になれないのである。

 例えばの話だが、粒子の研究室の研究者だって〈屁〉はこくだろう。しかし彼らが同室でお互いこき合っている〈屁〉に向き合う態度は、共同研究している粒子への態度とは違うのだ。隣で〈屁〉をこけば、疑心暗鬼なったり愉快至極になったり怒り心頭に発したり慌てふためいたり無視したり恥ずかしがったり──とまあ、いろいろな反応の人間模様が想定されるね。粒子と〈屁〉の違いは、どちらも見えないモノでありながら、我々の心的運動に先立つ方向付けが異なって惹起するために生じてくるのである。

 粒子=純粋な観念(概念)性が前駆する
〈屁〉=不純な観念(意味)性が前駆する

 この前駆性は、そもそも我々の原初的な観念形成というものが不純(私的な主観)であるという出発点を持つ共通の心的運動である。ただ、粒子を捉える科学的認識は、もともとそういう主観の(不純な)前駆性を(意識して)乗り越えつつ出現するのであり、それは主観をいわば自己浄化(客観化)していく心的執念(運動性)なのであり、そういう執念を他者と相互に持ち合うなかで(行動の同調性)によって保障あるいは補償されてくるのである。

 科学研究において研究者が追究する現象の前では、私的で勝手な恣意的主観性を排していく心的運動が大切な行動規範だ。その規範の不断の実践によって共有の共同の客観性が裏付けられてくる。我々には最初から客観というものがあるのではないのだ。そこでは(主観でありながら)主観を排する姿勢(の結果)が客観なのであり、その姿勢の共有が相互の科学的認識(客観)を基礎づける。

 ところが研究室で誰かが〈屁〉をこくと、だいたいその認識(客観的意味)を誰も共有できない。共有しない。まずは勝手にみんなが見えない異音異臭に、てんでバラバラに意味を張り巡らすのである。いまの〈屁〉は何だ、冗談なのか悪意なのか単なる粗相なのか当て付けなのか何かの怒りなのか──と、自分以外の〈屁〉の存在に疑心暗鬼が始まる。

 そのとき発生した現象〈屁〉の考察のために、情報を持ち寄り音の高低を計測するとかニオイの判定をするとか尻の姿勢を検証するとか、そういうことは興味を引かず、不穏にも好悪が先に立って心身が(嫌悪や隠蔽に向けて)勝手に振る舞うことになる。

 これが例えば、誰かが部屋で下手な楽器でも奏でようものなら、これも確かに好悪が先に立つものではあるので、内心で巧い下手を検証しながら褒めたり貶したりの言葉を探している。しかし、楽器も演奏技術もすでに究められた体系を保持しているのであり、いわば共有の科学性を背景に我々の認識は振る舞っているのである。演奏があまりに下手すぎたとしても、我々は(その科学性において)納得する。ここにはランキング(秩序化)という物事の整理(下手糞という評価)が行われているからである。

 ところが〈屁〉の場合には、科学性は二の次、ランキングなどはどうでもよい無秩序同然なのであり、要するに異音異臭の〈屁〉をこいた人のそばには誰も寄りつきたくないし、何もなかったことにしたい。自他ともに〈屁〉は隠蔽に走るのです。違いますか。

 我々の〈屁〉は、感覚から超越したヒッグス粒子の対極にあって、感覚にべったり粘着して最も個的な主観にまみれた存在なのである。まあ、視覚には捉えられないもの同士ながら、真逆の徹底性においてはドッコイドッコイの優劣だ。

 粒子=超感覚/純な客観に深化/共有観念(概念)
〈屁〉=純感覚/生の主観に拘泥/個有観念(意味)

 視覚を持つ我々は「モノ」を「見る」「見ようとする」努力が基本行動となり、それは「モノ事」のわからないことをわかろうとするあくなき探求へとつながっている。一般に何かが視覚の範囲内にある(網膜に像を結ぶ)ということは、快不快は別にして、とても安心できる(標準化される)ことなのだ。

 粒子は見えないことによって究極へと概念(観念の視覚化)が研ぎ澄まされ、異音異臭の〈屁〉は見えないことによって意味(邪推や妄想や誤解とか)に強くとらわれるのだが、このような強調効果(偏り)は、人間の五感の中心の座を占める視覚の欠如によって出現しているわけなのだ。我々は見えないとなると、客観的に推論するか主観的に邪推するかの二極を揺れ動く。高尚であれ下劣であれ、こうした偏りの心的運動は何かしら視覚性の欠如によって発現するとみてよかろう。(例えば、見えない効果で異音異臭は強調され意味が強化される。それは美音芳香においても同様なのだ。どこからともなく響いて匂う美音芳香があれば、我々は見えているとき以上に強い印象を受けて興味を示すだろう)

 そんな〈屁〉に比べれば(見える)尿は邪推や妄想や誤解などは少ないね。目に見えているわけだから、その存在自体は誤解のしようがないし、見える以上に妄信することは(あまり)ない。しっかり見れば、枯れたススキを幽霊と妄想することはないのである。

 さてここで、見える尿と見えない〈屁〉の話に戻ることにしよう。人間の探求心において清浄で純粋ともいえる粒子の解明に比べたら、尿やら〈屁〉やらというのは、語ることすら不浄なイメージを撒き散らしているよねえ。それは「不快」なモノとして我々の目の前にあらわれるわけだが、もともと身体生理として発動した瞬間は「快」をもたらしているのである。最初から不快なのではない。

 それが不快になるのはなぜだろうか。頭痛とか歯痛とかは最初から文句なしに不快なのであるが、尿とか〈屁〉はそうでもない。放出した瞬間の爽快な感じは多少なりとも誰しも味わうわけで、天涯孤独に無人島でやらかしたような場合は(人もいないし)恥ずかしさもない。しかしまあ、排出のあとの異臭異音や後始末というのは(たいていは人がいなければ無視できる程度であるが)不快には違いないから、身体的には避けようとするモノだ。

 思うに人間にとって「快」「不快」はかなり原初的な(そして基本的な)身体反応である。ただの感覚でもないのだ。そこには何かしらの判断と選択が持続的に芽生える。そのことは心身の基本行動の根拠ともなり、さらにこれが「快感」「不快感」となっていくという、動物的な感覚から始まった観念の心的運動へと踏み込んでいく道筋がある。(原初的な「快」に観念的な「感」がつく段階になると「不快」なことも快感になるような倒錯現象が起きたりする。〈屁〉は不快だが、快感を感じる人が出てきても不思議はないのだ。観念の関与によって人間は支配され構成されているからである)

 尿や〈屁〉は結果的に不快現象なのだが、もともと快なのだから、少しばかり事後に不快だからといって重大視する必要はないとも思えるね。実際、自由奔放に放屁し合う家庭があったり平気で立ちションするおやじがいたりするわけで、そこには嫌悪も恥もなかろう。これらはもともと快であることのなごりみたいなものだが、一般には放屁や立ちションは下品なのであり眉をひそめる。

 この眉をひそめるという態度が重要である。そこでは(我知らず)自己に対峙するたくさんの他者がいると意識している。他者との関係の中で(他者の目を気にして)それは不快(下品)なんだと眉をひそめるのだ。尿や〈屁〉の排出後の不快を感じた瞬間から我々は他者を気にしている。他者に与える悪い影響(異音異臭)に思い至っている。自己の不快は他者の不快でもあるからだ。こう見てくると、尿や〈屁〉の不快現象は自分以外の他人がいることによって醸成されていることがわかるだろう。それは「不快感」の段階に踏み込んでいこうとする一歩手前だ。

 このときの恥ずかしいという気持は、自分が不快を放っていることを他人に知られていると思い至った瞬間に起動してくる。だから例えば、どんなに臭かろうと、天涯孤独に一人でこいた〈屁〉は恥ずかしくも何ともない。一方、他人がこいた〈屁〉は(自分のことは棚に上げて)無礼であり嫌悪の対象だ。これが尿や〈屁〉の不快現象の内実である。

 では、その不快さは〈屁〉と尿とではどちらがより不快だろうか。虚心坦懐に判断すれば(多分)それは〈屁〉である。いやまあ、放置しておけば影響が自然に雲散霧消する放屁よりも、オネショの後処理は大変なので、オネショの方が不快だと思うかもしれないが、我々にとって深刻なのはそういうことではないのだ。

 目には見えないとはいっても、天上のヒッグス粒子と俗世の〈屁〉とでは大きな違いがあったように、一口に不快現象といっても、よくよく観察すれば大きな相違が存在しているのである。音成はそれを、尿の肯定性と〈屁〉の否定性の違いとして捉えている。

 尿の場合は、オネショをすれば自分も他人も不快にするし、目覚めて尿意があればいちいちトイレに立たねばならぬわけだが、明確に処理される存在としてあり、処理できれば(次の周期までサッパリと)忘れることができる。そして尿は身体のメカニズムに装備された有用性のあるモノとして、身体的な意義や効用、社会的な意義や処理の体系が明確に完備されているのだ。このような社会化された存在は多くの人の手を経て経済性(飯の種になる)をも孕んでくる。こういうモノは忌避されながらも、身体生理や社会構造に組み込まれ(たとえ不便ながらも)肯定性の存在となるのである。
 ラテン語のことわざに次のようなものがある──
   糞ト小便ガ医者ノ第一ノ心得。
 (中略)
 症候学の見地から、脈と尿はそれぞれ固有の意味を持っていた。中世の医者にとって、脈は心臓の状態と呼吸音の機能とを示すものであり、尿は肝臓と肝臓に属する諸器官の状態を示すものである。さらに、糞便の質、顔つき、体の全般的な状態などを考慮に入れなければならなかった。
 ある人々にとっては、尿による診察の方が「脈による診察よりも確実かつ迅速」であった。「前者はすべてがわれわれの目にさらけ出されるのに、後者は全面的に触覚に依存するのであるが、視覚による判断のほうが触覚による判断よりも容易であるからだ」
 尿はまた、肝臓や静脈や体液に関係することすべてにとって第一の地位を占めていた。尿によって各人の体質がわかるだけでなく、その人が短気かどうか、大胆かどうか、さらには浮気っぽいかどうかさえわかるのであった! ある人々は、尿を検査するだけで娘がまだ……処女であるかどうか判断できると豪語していた。プラントームの『好色女傑伝』にはこのようなことを極めて明瞭に述べているくだりがある。
 尿検査は妊娠を告知する特権も持っていた。たとえば、メディチ家と教皇アレクサンドル六世とに対する闘争で有名になったイタリアの説教師で、一四九八年にフィレンツェで火刑に処せられたドミニコ会修道士ジロラモ・サヴォナローラは、妊娠した女性の尿には「キエステイン」があると指摘していたのであった。
 「この実在の兆候は」とブシュクール博士が書いている。「必ずあるというわけではないし特徴的なものでもないが、朝あるいは晩に検出され、尿の専門家たちの間にさまざまな議論を巻き起こさずにはいなかった。そして、尿の検査による妊娠の診断法が押し進められたあげく、尿の中に虹色の薄膜ばかりか、生命の本源そのものたる人間の縮小体、要するに一寸法師までが探し求められるに至ったのである。実際、実験室での人間の製造は、賢者の石(錬金術師たちが探し求めた卑金属をを金に変える石)の探求とともに、中世の多くの人々の頭に取りついた妄想のひとつではなかったろうか」

 カバネスがこのように記述した中世ヨーロッパにおける尿の扱いは、単に日常的に不快なものという存在ではない。尿は「見える不快」であるが、見えることによって世界に位置して場所を占める(逃げようもなく存在する)と同時に、不快の根拠までもが医学や科学の対象になって、有用性のある新たな発見や体系化が進められる。そういう在り方は存在の本質的な肯定性を獲得するのである。

 糞尿の処理は誰しも厭うべきものではあるが、理由が付けば不快や嫌厭といった当初の否定性は乗り越えられるのだ。そのうえで存在の肯定性が再構成されていくわけである。

 これに対して〈屁〉は、そもそも何のために存在しているのか、身体的にも社会的にも説得力のある(有用性の)意味が見出しにくいだろう。何の役に立っているのか。身体のメカニズムの一環としてもどうも曖昧だし、身体的な意義や効用、社会的な意義や処理の体系は実に貧困である。要するに(あまり)意味がない。その存在はないならないで一向に困ることがなく、ない方がいいのである。

 意味がないのなら大人しくしていればいいのに、こきたいという屁意が突然やってくるや異音異臭が出現し、他人をして驚愕せしめ眉をひそめさせるんだからね。甚大な影響によって怒りを買うこともある。処理方法は無責任にただ放置してひたすら自然拡散による雲散霧消を願うほかないね。こういう不届きなモノの原因に自分がなることはとても恥ずかしい。否定性の存在のままなのである。

 尿 =有用な存在→有意味という肯定性の獲得
〈屁〉=無用な存在→無意味という否定性の獲得

 しかも〈屁〉は見えないことによって(透明人間のように)この世界で存在はしているのに(まずは推定されることでしか)場所を占めることができない。否定性のある存在が見えないことは、そのこと自体が本質的な否定性につながる。悪辣で不倫な透明人間は存在してはならないのだ。(もちろん、見えないとはいっても〈屁〉はほとんどの場合に発生元が特定されるから、その時点で否定性は仮想的に乗り越えられることが多いわけだ。そのうえで不快そのものの否定性が残っていく。発生元の特定とは、世界に「根拠」という意味追究の足がかりを残すことである。悪役でも素性は必要なのだ)

 見えないことによって、この世界で存在はしているのに(推定されることでしか)場所を占めることができないのはヒッグス粒子も同じだった。しかし、粒子の存在は否定性をまとっていない。まあ、これが毒性をまとっていたとしても、その存在は揺るぎない意味を持つわけだが──そういうものを〈屁〉と比べるのはバチ当たりでした〜。

 このように肯定性や否定性を考えていくと、それは快不快を通して(我知らず)何かしら根拠(事実や理由)を求めるという、我々が持っている本源的な倫理性に根ざすことがわかる。根拠をオープンにしない存在は悪なのだ。そして、不快現象における肯定性のモノと否定性のモノが喚起する恥ずかしさは、その深刻さが違ってくるのだ。肯定性のモノの恥ずかしさは(理由が付けば)軽減が容易だが、否定性のモノは(理由が付きにくく)恥ずかしさの軽減は容易ではない。

 肯定性の糞尿の行為や音やニオイは確かに恥ずかしいが、時と場合でちゃんと理由が付いて、それが仕方がないとなれば、恥ずかしさは薄れる。しかし、否定性の〈屁〉は生理的にも有用な意味を獲得できず、その行為や音やニオイは他人には一方的に不快であり説得的な理由が付けられないので、恥ずかしさはいよいよ高進しがちになる。

 ただ腸の手術のあとの〈屁〉は例外だろうか。これは開腹後の腸のぜん動が無事に再開したことを知らせるものなので、医者は〈屁〉が出たかをたずねてくる。このときばかりは〈屁〉は有用性を発現して切実に意味を持っているのである。従って医者と患者の間に恥ずかしさなどは(あまり)ない。二人は〈屁〉が出ましたと喜び合うのである。普段こういうことはないわけね。

 かくして我々が忌避して止まない放屁や放尿の隠蔽はその内実が微妙に異なる。例外はあるにしても、いくら言訳(理由)を積み上げても許してもらえないのが〈屁〉なのであるから、隠蔽が徹底するのは〈屁〉である。もしかして隠蔽しないあなたがいるとすれば、それは罪人に等しいのであ〜る。
posted by 楢須音成 at 02:24| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月16日

続続続・放屁と放尿の隠蔽ぶり

 なぜ本来は忌避されるべきゲップや〈屁〉が上流階級で自慢の対象になったのであろうか。こともあろうにマナーを磨き上げた(と思われる)社交界で公然とそれが振る舞われたのである。

 まあ、マナーなどあってなきが如しの我家でも〈屁〉は遠慮するし、過ちの〈屁〉は無視して(なかったことにして)あげるのが通例である。まして自慢(ドヤ顔)などしない──いや、ホント。

 それにしてもなぜ、隠蔽したいモノを自慢するようになるのか。そこに至る心的運動を順を追ってまとめてみると、次のように考えられるのだった。

〈1〉我々は身体の生理として尿やゲップや〈屁〉を排出して(我知らず)気持いい。
〈2〉しかし排出した瞬間から、それらは汚れていて不浄で人を不快にするモノなので(我知らず)忌避する。
〈3〉その忌避は自分の身体から出た(自分に原因がある)分身の否定なので(我知らず)後ろめたい。
〈4〉その心的動揺を隠蔽するため(我知らず)何かしら理由を付けて平気を装う。
〈5〉ゲップや〈屁〉をしてもよい理由や条件をみんなで用意することによって、我々は安心して(我知らず)平気を装える。
〈6〉しかし我々は、そうやってみんなで合意した理由や条件を(我知らず)強制される不自由(疎外)もまた感じ始めざるを得ないのだ。
〈7〉一方、我々は動物の段階から仲間の形成(生殖やグループ化など)を通じて、何かしら社会的な閉鎖性(外との対立)を抱え込んでいる。
〈8〉閉鎖性が強く特化すると、時にその内部で外から強いられていると感じた価値(みんなで合意している理由や条件)のリセット現象を起こしてしまう。
〈9〉それは(我知らず)外からの価値に縛られている不自由感や疎外感からの解放をめざして(我知らず)反動的に発動する心的運動である。

 このような個人と社会という一種の対立関係を核にした一連の自己解放の心的運動は、何も悩み多き自分だけが振る舞う特権・特技ではないわけで、誰もが抱え込んでいる現象である。そこには利害の共有があり、同じ閉鎖性で結ばれた仲間がいるのである。

 閉鎖性の内部で強く強く外を(我知らず)意識して起こるプレッシャーから(これも我知らず)自己解放する究極のスタイルが、外の価値の逆転(リセット)である。この自己解放は理念的な思念で実現するものではない。それは(我知らず)身から湧き起こるワガママな快感現象なのであ〜る。

 その昔、不良仲間に身を投じた友人がいたが、彼は徹底して教師を無視して挨拶をしなくなった。そういうことがある日突然に起こり始めるのは、教師を無視するという独善に目覚めた(リセットした)からだが、そこには不良の仲間意識(閉鎖性)があったに違いない。もちろん、学校もまた(こちらは制度化された)閉鎖集団である。こういう閉鎖性の因果は巡る。その友人は今や教師をやっているという噂だ。

 いやいや、音成は何の話をしているのか──そうであった、フランスの宮廷の話であったな。さて、いずれにしても宮廷でゲップや〈屁〉が横行していたというのだが、これが自慢の心的領域にまで達しているというのであった。

 ここでカバネスが提供してくれたエピソードをもう一度検討してみると、ゲップや〈屁〉というのは、やたらな放尿(によるマナー違反)の横行とは趣が若干違うと知らねばならない。放尿自慢というのはないのであり、ゲップや〈屁〉は自慢なのである。つまり、放尿は平気でそれをする(ようになった)のだが、ゲップや〈屁〉は平気を通り越して(ドヤ顔で)自慢するのである。

 条件的には閉鎖性のある宮廷での出来事として同じなのになぜ、このような違いのある振る舞いの表出になってしまうのか。どうもリセット現象(価値の逆転)は放尿には発現していないようなのだ。

 以上、前回までの話を補足的にまとめ直してみたが、要するに放尿も、ゲップや〈屁〉も同じく無作法に結びつく振る舞いであるものの、そこには放出したモノの質的な違いが存在していることを言いたいわけだ。これまで示唆してきたように、我々に見えるか見えないかという点が影響しているのである。この見えるということは、言い換えればそのモノがどこかに鎮座する(自分の場所を占める)ことを意味するんだね。ここからが今日の本論となる。(なお、ゲップと〈屁〉は基本は同じということで同列扱いにしてきた。二つは出所がそれぞれ口と肛門であるし、いろいろ違いがあるのだが、論ずれば煩雑になるので以下は〈屁〉に絞って記述する)
「聞き及んだところによると、王フランソワには長く関係の続いた非常に美しい愛人がいたが、ある日のこと、床をともにしようと予告もなく思いがけない時間にそのご婦人のところに赴き、荒々しくドアをノックした。パトロンなればこその気ままな振舞いであった。その時ご婦人はポニヴェ殿(ポニヴェ提督)と同衾していたが、ローマの遊女たちのように『オ待チクダサイマシ。タダ今、オ客ヲトッテオリマス』などと言いえようはずもなかった。そこで、彼女の愛人が安全に隠れることのできる場所を探さねばならなかった。
 たまたま夏であったので、フランスではよくあるように、木の枝や葉が暖炉の中に置かれていた。そこで、ご婦人は彼にすぐその暖炉に身を隠すように促したのだが、冬でないのが幸いであった。
 ご婦人との一件をすませると、王は小用を足したくなり、起き上がって暖炉にそれをしに行った。他に適当なものがなかったからだ。はちきれんばかりになっていたので、彼はかわいそうな色男を、バケツ一杯の水をあびせたよりももっとひどくびしょびしょにさせてしまった。身動きひとつするわけにいかないその色男の苦しみを、どうか察していただきたい。どれほどの辛抱がいったことであろう。王はさっぱりすると、ご婦人に別れの挨拶をして部屋を出て行った。ご婦人はドアを閉めると恋人をベッドに来させ、自分の情火で彼を温めてやり白いシャツを着させてやった」

 カバネスが紹介したこの無作法な放尿エピソードには羞恥や自慢というものはほとんどないが、王による行為は平気の平左の領域には達している。

 放尿の場合、このように暖炉の中にやってしまうとか、しびんを用意するとか、要するに処理と結果の「場所」を何としても確保する必要がある。そういうものは自他の視界にしっかりとつなぎ止められるわけで、不快なモノ自体が網膜に残存して手間がかかるという現象を呈する。まあ、脱糞なども同様だね。そして、ここが重要だが、他人に向かって放尿や脱糞を自慢する人は(あまり)いないのである。(尿や糞の場合、状況によってフェティッシュな嗜好を示すことはあるかもしれない。しかしそれは、言ってみれば独りよがりなものであり、他人はあまり関係・関心がない。フェティシズムは直接「見える」モノに個的に発動するところから始まるのが一般的である)

 暖炉に放尿するのは一般に作法を踏み外した行為であり無作法であるが、我々は無作法の判定軸を次のように考えることができる。

 放尿の無作法=主に視覚的に判定する
 放屁の無作法=主に聴覚的に判定する

 ゲップもそうだが〈屁〉の場合には、実体が見えないのだから判定は聞こえてくる音に頼らざるを得ないが、視覚ほどの明確さがないね。一般に聴覚だけでは音源の特定が困難でまぎらわしい状況も多いだろう。これは放尿の視覚的な判定軸に比べて、すこぶる曖昧にして不明確な判定軸といえる。我々はしばしば他人の〈屁〉を聞いて空耳かと疑うわけである。

 要するに我々は無作法か否かを、放尿は「見た」瞬間に「明確」に判定し、放屁は「聞いた」瞬間に「曖昧」に判定するわけだね。見える見えないという視覚性は、それぞれのマナーのあり方や、そのモノへの嫌悪や、作法から逸脱する羞恥などに影響を与えてしまうことになるのだ。

 我々のこれまでの考察では、〈屁〉が自慢の領域に踏み込むときに、何かしらの閉鎖性による価値の逆転(リセット)を想定したのだった。〈屁〉の場合、視覚の欠如(見えない)はこの逆転の根拠になっている。

 視覚の放尿=見えるので処理は明確である
 聴覚の放屁=見えないので処理は曖昧になる

 見えてしまう放尿はとりあえずマナー(ルール)が明確である。それは便所でする(場所を用意する)ものだし、しびんはそれを拡張してしまったのであるが、後処理を考えれば常に場所をセットに用意せざるを得ないわけだ。このため、ルールも「そこでしてもよい」と指定的で明確であり、ルールに従った時点でその行為は平気に(行えるように)なるのである。それは無作法でないし恥ずかしくもない。(暖炉へ放尿する日常化した無作法は、王にとってはいわばしびんの延長であり、無作法ではなくなっているので恥ずかしくないのだ)
 フランソワ一世がこのように振舞ったのは、その時代の習慣に従ったまでのことである。ベロワルド・ド・ヴェルヴィルの言うことを信じれば、一七世紀初頭にはまだ、旅行中に旅籠の「暖炉で用を足す」のがありふれた習慣であった。

 しかし一方の〈屁〉は見えないうえに基本的に不随意であり、適宜な場所が用意できない。ゆえに「どこでしてもよい」という曖昧な指定になってしまうのだが、人が共有するルールとしてはどこでしてもよいわけではないね。倫理観としては、どこででもはしてはいけないのである。しかも、〈屁〉の後処理はおおむね尻をすぼめ風まかせの自然放置によって解消・解決するため、すこぶる曖昧で無責任な処理になってしまう。

 もちろん、放尿も放屁も無作法にならぬように(建前にしろ)ルールは厳格にあるね。ただ、よくよく考えてみると放尿は(やってもよいと強調する)許容ルールである。それに従う限りルールは(禁止というより)常識・習慣そのものとなる。これに対して放屁は(やってはいけないと強調する)禁止ルールなのである。禁を破るルール違反の危機をいつも意識せざるを得ない。そこでは危機感に裏打ちされたルール(禁止)の厳格化に進むのでストレスが大きい。

 このように放尿が「許容」され放屁が「禁止」されるとき、すでに世間のルールが適用されているわけだ。許容と禁止はルールの表裏だが、ルールが警戒しているのは意味(秩序や存在の意義)の崩壊である。

 尿や放尿は異音異臭異態で不快かもしれないが、それでもそこには(役に立つ)意味があって我々は安心し許容する。一方、放屁を禁止するのは、それが異音異臭の不快な現象であると同時に(何の役に立たつのか)意味が(わから)ないからなのだ。しかも音だけが頼りで見えないという曖昧な属性は、目で追う追究のきっかけを失わせ、無意味さを際立たせてしまう。

 放尿の許容=尿は有意味だから→常識・習慣化
 放屁の禁止=屁は無意味だから→危機を意識化

 このとき〈屁〉は見えないから無意味なのではなく、無意味なのに見えないのが問題なのである。見えない代わりに音を立てるにしても、その音源の曖昧さに我々は疑心暗鬼し、他人が放った不快な異音異臭に程度の差はあれ恐れおののくのである。

 まして知らん顔して、透かし屁が音もなくにおってくるなどというのは、まったくのところ言語道断にして卑怯そのものであるね。あなたはその瞬間、どうすることもできない理不尽さに叩きのめされる。これって、どういう意味?──あなたは意味の不在に少なからず動揺しているのである。

 つまり、見えないだけではなく、音の不在による不意打ちはケシカラン(許せない)のだ。もちろん音の存在すらケシカランのに、いきなり(見えもせず音もせず)におってくるのはもっともっとケシカランと感じるのである。だからケシカランながらも自らを(正直に)宣言している音の存在は、せめて付随してしかるべき〈屁〉の重大な徴表ではあるのだ。

 かくして音を伏せた透かし屁は(無意味どころか)卑怯な存在として忌み嫌われ、いっそうの無意味さを際立たせてしまうのである。(実はこの無意味さは存在の本質にかかわる無意味さであ〜る)

 我々は見えもせず音もしない他人の〈屁〉を忌み嫌うが、余儀なく自分がその〈屁〉の主になってしまうと、所属のない無意味さ(透かし屁)を人に悟られるという底抜けの不安を覚えることになる。比較してみればよい。音のあるよりも音のない〈屁〉が恥ずかしい(はずだ)。

 ところで、あなたは放尿と放屁とどちらが恥ずかしいと感じるだろうか。ここで羞恥について少し触れておきたい。何かを恥ずかしく思うのは、決められた心的規範から逸脱する(あるいは逸脱している)と意識するからだ。場面にもよるかもしれないが、一般に我々は放屁の方が恥ずかしいはずである。

 例えば、みんなで談笑しているときにオシッコをしたくなったとしたら我々は、ちょっとオシッコ(に行ってくる)などと(比較的)平気で口にすることができる(露骨に言わないまでも隠すことはないはずだ)。しかし、ちょ〜っと〈屁〉に行ってくるわ、とはとても言えない(はずだ)。むしろオシッコに行くふり(あるいは、その場で〈屁〉の我慢)をしてしまう。

 ともかく両者を比べてみれば(本源的に)放尿の恥ずかしさは小さく、実は〈屁〉の恥ずかしさの方が大きい。自他のルール(礼儀作法などの規範)によって縛られ抑止的になった〈屁〉が、うっかり出てしまうのはとても恥ずかしいのである。

 ところがこの羞恥が、ある一定の閉鎖性の内部で(羞恥の対極にある)自慢へと逆転するリセット現象が起こるのだった。仲間内のみんなと談笑してるときに〈屁〉をこきたくなって、片尻を上げて一発ブ〜ッと(ワザと)やる奴がいるわけだ。大爆笑ともなればドヤ顔である。

 このように自慢化してしまう〈屁〉に対して、放尿の方は恥ずかしさが薄れることはあっても自慢に走る人はほとんどいない。つまり、まことに恥ずかしいモノ〈屁〉が暴走して自慢化しやすいのだ──となるのである。

 見える放尿=処理が明確/羞恥は浅/自慢は小
 見えない放屁=処理が曖昧/羞恥は深/自慢は大

 まとめると、見えないということによって〈屁〉の処理が曖昧になり羞恥は増し、一定の条件下(閉鎖性の内部)で、ついに自慢化するということになるわけだ。では、見えないモノは全部そうなのかというとそんなことはないわけで、先日存在が確定されたヒックス粒子は〈屁〉と同様に人の目には見えないけれど、まったく〈屁〉と同じ運命にはない。いやまあ、一緒にするなという怒り(?)の声が聞こえてくるが、話が長くなったので次回につなぐことにする。
posted by 楢須音成 at 04:11| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月27日

続続・放屁と放尿の隠蔽ぶり

 いくら容認しても本来は忌避し隠蔽すべきモノ──ゲップや〈屁〉とはそういうモノである。まあ、美男美女であろうと部屋で一人のときコッソリやるぶんについてはどうでもよろしいが、人の面前でやるのは遠慮(忌避・隠蔽)するのが人類共通の一般的な振る舞いであろう。ところが何の因果か、これを遠慮会釈なくやらかす人々がいる。

 ゲップや〈屁〉を忌避するのは人が嫌がるからである。忌避は相互の暗黙の了解事項なのだ。ところが、前回触れたように、ローマ時代においてはゲップや〈屁〉がかなり自由に横行していたのである。それにはゲップや〈屁〉が吉兆であるという理由付けがなされていた。縁起がよいのである。こうなると、忌避は引っ込み、行為はむしろ歓迎される。

 ゲップや〈屁〉が吉兆であるというのも随分と恣意的な解釈ではあるね。茶柱が立って喜ぶのは日本人だが、これは万国共通の吉兆ではなく、どこでもは通用しない。民族や時代が変われば、全く解釈が異なっても不思議はないだろう。

 しかし、こうした何かしらの理由が付けられ(たことを裏打ちにして)ゲップや〈屁〉が横行する一方で、もう一つ別の要因が闊歩を促す場合もあるんだね。例えばそこでは、たまたま茶柱が立ったから(縁起がよろしいと)喜ぶよりも、わざわざ茶柱を立てて(どうだ凄いだろうと)自慢するような風潮である。

 ゲップや〈屁〉が大きな顔をして世を謳歌したのはフランス王の宮廷においてもそうだった。カバネスはそのエピソードを書いている。
 ブリソ教授が書いているように、われわれの曾祖父たちは遠回しな言い方をほとんどしていなかった。フランス王の宮廷においてさえ、現代の自然主義小説に描かれた粗野な人物たちのように、露骨な物言いをしていたのである。大貴族の中には言葉にならない擬音を用いる者もいた。
 例をお望みであれば、エロアールの日記をお開きになるとよろしい。彼は、その教育係を務めた幼い王子(ルイ一三世)のどんなささいな振舞いをも日を追って書き留めているが、一六○九年三月一○日の日付でつぎのように書いている──
「一○日、火曜日──夕食時にげっぷをなさった。スヴレさん、ただのげっぷで、おならじゃないよ、と事もなげにお答えになった」
 これを読んで読者諸氏は、上からの音は許されても下からの音は厳しく抑圧されていたのだ、と結論づけようとされているのではないだろうか。それでは、諸氏がよくご存じのもう一冊の本をひもといていただきたい。それは、すっかり内容を知っていると思っている人にとっても、再読すると必ず何かを発見できる本である。すなわちサン=シモンの『回想録』である。第一巻の第二章にあるつぎのくだりが諸氏の注意を引くことであろう──
「シューヴルーズ公爵の長男モンフォール公爵は、ダンジョーとその最初の妻(通称ジェイフことモランの娘)との間にできた一人娘と結婚した。その娘は非常な金持ちとして通っているが、放屁をこらえないことでも知られており、そのために冷やかしの的となっていた」
 それがフランス王国後期の年代記がわれわれに伝え、以下に息抜きとして数節を転載する俗謡の由来ではないだろうか。

     一
 これから語って聞かせよう
  感じよく
 美しい才媛の
  恋の物語
     二
 メヌエット踊って
  お辞儀の時に
 スカートの陰でリズムよく
  かわいいプーがごあいさつ
     三
 鼻のよく利く恋人は
  とっさに優しい思い付き
 ばつが悪いそのプーを
  自分がしたとあやまった
     四
 するとお嬢さんはほだされて
 「思いのほかなるかばいだて
 かくなる上は
  御心のままになんなりと」
     五
 かくしてめでたく
  ゴールイン
 プー一発で
  所帯持ち
     六
 娘っ子たちよお分かりか
  この物語の教訓は
 夫が欲しくなったなら
  プーと一発ファンファーレ

 この軽佻浮薄な詩節に、ある人々はリュザンとグランド・マドモワゼル(ルイ一三世の長女モンパンシエ公妃)との結婚へのほのめかしを見出し、また別の人々は、アンリ・シャポとロアン公妃にしてラオン姫マルグリットとの結婚へのほのめかしを見出した。が、それはどうでもよい。われわれの興味を引くのは、フランス王の宮廷でさえ胃腸内の……ガスを排出する習慣がいわば正式に認められていたということである。けれどもリュクサンブール宮で、グランド・マドモワゼルが周囲にはばかることなく出していたおならの音を、若きリュリ(イタリア生まれの作曲家)がヴァイオリンで再現することを思いついた時には、もう少しでスキャンダルになるところであった。

 もちろん、いくらゲップや〈屁〉が放縦で自由とはいっても「冷やかしの対象」にはなっているのだから、自由に振る舞う一方で、いささかの忌避はついてまわっている(制御が意識の端にある)のはうかがえる。

 しかし、このような宮廷社会のエピソードはローマ時代に比べると、いっそう放縦だ。ゲップや〈屁〉は何やら人が操るモノに進んでいて、主張や個性を従えて一人歩きしているようにも思えるね。

  ローマ時代=放出に吉兆を見る(運命的・受身的)
 フランス宮廷=放出に結果を見る(意図的・能動的)

 王子がゲップと〈屁〉の区別に妙にこだわったり、金持の娘が人があきれて冷やかすほど放屁を我慢しなかったり、一発の〈屁〉がめでたい幸運をもたらしたり…する(のが記録されたり俗謡に織り込まれる)のは(忌避されてはいるものの)上流階級で〈屁〉が当たり前に認められ日常化して、まるで操って人生に結果をもたらす「ツール」のようになっているのだ。(忌避が付いて回る怪しいツールではあるのだが)

 それにしても、礼儀作法に厳格な(はずの)宮廷において、ついにはバイオリンで〈屁〉を再現するなどという奇矯な「軽佻浮薄」にエスカレートしようとしたのである。なぜか。まるで暴走である。

 作法をさして磨き上げていない下層の庶民がゲップや〈屁〉に放縦であっても、それほど驚かないしアンモラルでもないだろうが、作法を完璧に磨き上げたかに見える宮廷という社交界で放縦とは──これ如何に。いやいや、時にあるんだね。礼儀作法や倫理や趣味や性行において、ある集団の中でアンモラルな偏愛と嗜好が蔓延する摩訶不思議があるんだね。

 前に音成は、刑務所のような閉鎖的な環境では〈屁〉は放縦になり、まるで勲章(名誉や自慢)になると愚考したことがあるのだが(こちら参照)、フランス宮廷は(というか身分社会の上位階層ほど)一種独特の閉鎖的環境なのである。(閉鎖性というのは昨今の「引きこもり」のような社会不参加や嫌人症ばかりをいうのではないので、念のため)

 この場合の閉鎖性とは、社交界とか結社とか一種の特権的グループに存在する(心的な)ものと見てよい。仲間内で(特権階級という見えない)壁を作っているのだ。当時の宮廷は社会的な最上階級であろうからそのエリート特権意識によって、いよいよ閉鎖性は特化しがちになるわけで、そういう外との遮断意識の中で価値がリセットされ逆転(ゲップや屁はOK)することがあるのだ。

 閉鎖性というのは物理的にか精神的にか内に閉じこもる(外を遮断する)ことをいう。そして、そのときの心的状態は必ずしも望まなくとも(物理的にか精神的にか)外からの自由(解放された状態=外の価値がリセットされている)を意味している。例えば、悩める俗人が山奥に閑居して(閉鎖状態にあって)煩悩からの自由や発想の転換を得るなどはこの類だ。

 脱俗の山奥閑居ではないが、見方を変えれば宮廷などは逆に、俗臭芬々のままに集団的に閉鎖された状態にあるんだね。少なくともその仲間内では外の禁止に縛られずに、例えばゲップや〈屁〉がOKとなることはあり得るのである。このとき外圧(禁止)が高く閉鎖性が高いほど、逆転の自由の獲得感は高いのである。

 禁断の秘密クラブのようなところを考えてみればよい。そこでは不倫な性的放縦が当たり前に横行し(あるいはそれを目的にしてその成果が)自慢になる──そんなクラブがあったとして、その(外から見れば乱れた)雰囲気の醸成は閉鎖性に起因する(自由獲得の)現象だったりするわけだ。禁断あっての自由獲得である。(いや、音成はそんな秘密クラブは知らんよ、あくまで想像であ〜る)

 同様に、忌避すべきゲップや〈屁〉が社交界で流行したのは、その禁止が(従来の、本来の、保守的な)礼儀作法として厳しく存在していたからなのだ。宮廷におけるゲップや〈屁〉の放縦もまた、基本的には禁止と隣り合わせの容認(自由獲得)なのである。

 とりあえず閉鎖性についてはさておいて、ゲップや〈屁〉の放出を人の面前で自由にするスイッチが入るとすれば、それは身体に本来ある生理的快感を基礎にして、心的に肯定感の形成が行われるためだ。

 そこではまず「ローマでは自由だった」「健康に良いのだ」「我慢は体に悪い」「吉兆である」などと、行為に対して言訳になる観念的な意味付与(理由付け)がなされる。それによって負の価値は隠蔽される。

 かくして第一段階はゲップや〈屁〉の素朴な放縦(肯定感の形成)になるのであるが、更に第二段階の心的転換には先の閉鎖性が何らか関与してくるように思われる。ローマ時代においても、饗宴の脇に控えた奴隷にまでゲップや〈屁〉の自由を認めていたわけではないだろうから、身分的な身内意識という閉鎖性はあったはずだ。

 実はこういう閉鎖性の内部で本来は忌避すべきゲップや〈屁〉が自由に振る舞われたのだし、それを立派にやりおおせれば、本来のマナー違反は転じて自慢の行為として自他ともに認めることができたのである。
 たいていの場合、人々は笑ってすませていた。宮廷に出入りする大貴族たちの中に、一種の記録保持者であることを鼻にかける者がいた。むろん、記録が争われていたのだ。たとえば、スペイン駐在のフランス大使をしばらく務めたルイヤック侯爵や、ムラン男爵やシュブルーズ公爵は、タルマン・デ・レオーの軽口を信用するならば、雷神ユピテルから雷霆(らいてい=ユピテルが手にしている武器)を借りていることを気まぐれに任せて自慢していた。
 シュブルーズ公爵については少なくとも情状酌量の余地がある。耳が聞こえなかったのだ。とはいえ、それが彼の目には弁解となっていたとしても、他の人の目にもそうだったのであろうか。
 度を越した気安さからくる偶発放屁を完全にやめさせられないまでも、少なくともトーンダウンさせるには、才女たち(一七世紀フランスの文学・社交界をリードした女性たち)の強い感受性、自然のものであろうとなかろうとあらゆる無礼に対する彼女らの総攻撃が必要であった。
 礼儀作法を論じた著者たちの見解は、この点についてはほとんど一致している。一六世紀に著述したジャン・シュルピスは、時をわきまえない例の音を自由に出すことは無作法であるとみなしている。もう少し後には、カルヴィアックもまた抑制派の立場をはっきりと表明している。エラスムスの場合はもっと穏健である。「子供に、尻をぎゅっと引き締めて腹のガスをこらえさせる」ことを勧めている人々に対して、エラスムスは、「しつけがよいという評判を得ようとして病気のもとになることは、礼儀作法の本旨ではない。人から自由に遠ざかることができる場合には、離れた所で屁をひればよい。そうでない場合は、昔のことわざが言うように、腹の出す音を咳ばらいでごまかせばよい」と反駁している。

 カバネスのこの記述から、宮廷でのゲップや〈屁〉の自由は公然と記録を誇る自慢の領域にまで達していたことがうかがえる。しかし、それを無作法として抑止する勢力もまたあるにはあったわけで、才女や聖職者からの反撃があった。面白いのはエラスムスの反駁で、我慢するのもよくないが──という理屈。当時の啓蒙思想のイデオロギーが少し(?)うかがえるかな。(宮廷ライフのような社会的な閉鎖性は、批判勢力から監視されつつ強弱や範囲を変動させるものである)

 エラスムスの主張は、〈屁〉をこらえて病気になるのは礼儀作法の本旨ではない、というシンプルな理屈だったが、そこには伝統権威よりも合理的な理性の貫徹が示されているといえようか。といって敬遠される臭いゲップや〈屁〉であるだけに、礼儀作法を否定したのではなく、配慮の必要性を説いているわけだ。

 ともあれ、礼儀作法やルールに包囲されるという閉鎖性によって、ある段階でゲップや〈屁〉が隠蔽から飛び出し暴走して「自慢・名誉」になることがあるのであった。──ちょっとのつもりが、閉鎖性との関連の理屈が少々長くなってしまった。長々とスマンね。この辺で打ち切って、再び次回はゲップや〈屁〉の「見えないモノ」という重要な属性の話に戻りたい。
posted by 楢須音成 at 17:54| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月11日

続・放屁と放尿の隠蔽ぶり

 動物と人間の生理現象は、その精神性において明らかに相違している。動物と人間の放尿や放屁は、両者の態度振る舞いを観察すれば、その違いが容易に察せられるのであるね。

 動物のマーキング行動は(誰が見ていようと)あたりはばかることはないが、人間はマーキングはしないのだし、放尿を「白濁して病気の兆候あり」とか意味づけたり「汚いので見たくない」とか忌避してしまう(観念的な)行動に出るのである。

 そもそもどこに動物の心的運動の震源があるのかわからないが、人間以外の動物だと心的運動はもっぱら嗅覚触覚聴覚味覚に支配されているかのように見える。しかし人間の場合は視覚が突出していて、そこに意味が付与され、それが心的運動に君臨しているように見える。

 我々にとって視覚とは、モノが(網膜に映って)見えるということを通して、そこから言語生活(観念化)へと踏み出していく震源になっているようだ。つまり「見えたモノ」から「見えたコト」という構成的な現象把握(意味付与)への心的な、無限の自律運動が始まっている──というような屁理屈はどうでもよろしいか。

 要するにドクター・カバネスによれば、人間の尿はヨーロッパにおける重要な医学観察の対象なのであった。それは単なるモノ(尿)から複雑なコト(医学・占い)へと構成されていったわけであるが、如何せん、一方で視界に入る尿や放尿やしびんは(汚れや穢れを放ち)忌避されてもいた。つまり、人々はそれらを無視できない存在と受け止めつつ忌避していた。

 ここでもう一度、身体から排出される物について思い出しておこう。

 見える排出物=糞、尿、鼻水、耳糞、汗
 見えない排出物=屁、ゲップ

 とまあ、こうなるわけだが、普通はいずれも忌避されるモノである。当たり前の顔をして(あるいは自慢げに)人の面前にさらすモノではない。しかし、これらは我々が必然に抱え込んでいる生理現象であって、避けて通ることのできないモノでもある。

 このような存在は、もちろん自分自身が人前にさらすことはしたくないが、他人が自分の面前にさらすことも許しがたい。少なくともちょっとは遠慮してほしいし(自分の前では)やめてほしい。自分も絶対しないから──と、やがて強烈に自他への道徳志向性が生まれるのである。(一番最後の「自分も絶対しないから」という規範を忘れてしまう人は多い。自分の〈屁〉が臭いのに他人の〈屁〉を責める人はよくいるよね。それはともかく…)

 つまり、忌避という心的運動から我々の観念はマナーや作法へと構成されていくのだが、それは単に忌避すればきれいさっぱり終わり──とはならないからだ。どういうことか。

 音成はセロリが大の苦手だが、何の精神的痛痒もなく「嫌い!」と宣言し、無慈悲に遠ざけること(忌避)ができる。このように相手との関連性がもともと自分に内在しないモノについては、悩むこともなく割り切りがよいのであるが、尿とか〈屁〉になるとそうはいかないのだ。糞だってそうである。

 糞尿屁は身体の生理現象として存在しているわけだが、それらは逃れようもなく自分に内在する、いわば分身なのである。どんな美男美女も(出せばスッキリ心身に快感をもたらす)糞尿屁という自分の分身の役割を身体に機能化している。それなのに、見たくない聞きたくない嗅ぎたくない言いたくない触りたくな〜い、シロモノなのである。

 もともと逃れようもないモノを忌避しようとする、このような心的運動からマナーや作法が生まれてくるのだ。我々は暗黙の何かしらのルールを共有することによって、自他に向けて心的規制(制御)を行っている。

 身勝手な話だが、我々は身体から尿や〈屁〉のような排出物を心地よく排出するにもかかわらず、ひとたび出してしまうと、それらは汚らしく不快なモノとして感じる。あまりに強烈だと嫌悪に飛び上がることさえあるだろう。しかし、我々に内在する(していた)そのようなモノは、実は忌避すべきでないモノなのだ。我々はそのような自分の分身に対し、心的に離反して顔をそむけてしまう自分の後ろめたさを感じないわけにはいかない。(臭いったって、そいつは自分の〈屁〉じゃないか!──というような事態である)

 気がつけば、我々は身体の排出物に程度の差はあれ例外なく、そういう事態を抱え込んでいる。尿や〈屁〉を見たくない聞きたくない嗅ぎたくない言いたくない触りたくな〜い、というのは後ろめたさを貼り付かせた忌避なのであり、それは我々の相互間に等しく存在する事態なのである。

 後ろめたさの共有は「みんなで言訳を用意する(みんなで渡れば恐くない)」という心的な方向性をとることになる。例えば、私はニンニクを食ったから〈屁〉が臭いのだが、これは何も私だけが臭くなるのではないのだし、そもそもニンニクはスパイシーな味付けで食欲をそそり、健康・滋養強壮によく、セレブの高級料理に使う食材なのだ──というように肯定的価値となる「言訳」を動員する。(ただ臭いのではないんだぞ、と…)

 言訳を積み重ねれば、忌避の後ろめたさは次第に薄れていき、ついに倒錯する。例えば、ニンニクはセロリと同様に自分には内在しないモノへの好き嫌いの範疇だが、食してもたらされる特異な臭気を克服するために動員する肯定的理由付けによって、我々はニンニクによる〈屁〉の臭さを克服する。(臭いことは効果の証だ、素晴らしい、と…)

 そんな心的運動を繰り返して我々は観念や行動をマナーや作法、時には学問などに様式化(ルール化や体系化など)するのである。〈屁〉が臭くなる(負の価値を持つ)にもかかわらず、ニンニクには料理法や口臭マナーや栄養学や植物学や薬学などのどこにも後ろめたさはない。それら観念の体系を極めれば極めるほど後ろめたさは消える。〈屁〉が臭くなるにもかかわらず(いや、だからこそ)我々はニンニクに思い入れ、重用するのである。(ニンニクが美味なのは〈屁〉が快感であるのと似ている…)

 かくして忌避する尿や〈屁〉はマナーや作法を守っていれば(つまり、言訳が用意できれば)何ら精神的痛痒はない(ものとする)のである。そして分析的に医学や占いの対象にして体系化してきた。体系化という相互の共同性を獲得することで、見たくない聞きたくない嗅ぎたくない言いたくない触りたくな〜い、という心的運動に潜む後ろめたさを解消したのだ。

 もちろん、尿や〈屁〉が「汚らしく不快」という現実は揺るぎなくあるわけだが、観念的な理由付けをしながら(できる限り)それを無化(希薄化)しようとするのである。理由もなく(原因不明で)汚らしく臭いのは嫌であるが、それに理由が付けば(説明ができれば)心的に無化(我慢)できるし、それが自分の分身であることにも意味を持たせられる。

 かくして我々は(理由付けとして用意した)マナーや作法から逸脱したり、知識がない(無知である)のを恥ずかしいと感じるようになる。これは一種の倒錯だ。情動的な不快(異形異音異臭など)がもたらす負の感情の一つが嫌悪と考えられるが、羞恥は情動より観念的なもの(ルールや作法など)がもたらす高次の負の感情である。

 ここまでをまとめておくと(1)尿や〈屁〉を放出するのは心身の快である。しかし(2)放出して残留したそれは不快である。だから(3)それを避けたい(無縁でありたい)が、それはまぎれもなく自分の分身(原因は自分)である。なので(4)それを避ける(無縁を装う)ことは後ろめたい。そこで(5)それを普通のモノ(客観的モノ)として扱うために言訳(理由付け)を用意する──というのが我々の心的運動の基本的な振る舞いなのだった。

 言訳(理由付け)は我々が心理的負担から解放される(後ろめたさを忘れる)ための手段である。これは振る舞いとしていろいろな展開をみせるが、そこに貼り付いている心理的な後ろめたさというのは、我々にとって存外深刻な事態なのである。何事につけ我々はとにかく(意識的にも無意識的にも)心理的負担は忘れたいものなんだね。

 マナーや作法(というルール化)はこのときの言訳(理由付け)として機能する。ルールをみんなで共有すれば、ルールに従うだけで、何も忖度せず悩むこともなく振る舞えるわけである。それはルールなんだから、と。

 ここでもうひとひねり考えよう。我々は尿や〈屁〉を「どこでも出してはいけない」「いつでも出してはいけない」というように厳しくルールを持ち出してタガを締めるわけだ。しかし一方で逆の態度をとることもあるのだね。「健康に悪いので我慢してはいけない」と、むしろ放出を奨励するようなことも(理由さえ付けば)やり始める(ことがある)んだね。しかしこれは一見、正反対の矛盾した振る舞いのように見えるが、「言訳(理由付け)している」という観点からすれば(後ろめたさを忘れたいという)動機は全く同じであると知らねばならない。

 さて、ついつい理屈が長過ぎてしまったよ。いよいよ〈屁〉である。カバネスの「おなら・げっぷ」の記述は再びローマ時代から始まる。まずはゲップ。
 マナーの問題について、国や時代によってどれほど意見が異なるかを確認することは興味深いことである。たとえば、今日では無作法とみなされている大なり小なり騒々しい音を立てる所作でも、われわれの曾祖父たちは許していたばかりか、黙認することでほとんど助長さえしていたものがある。
 大食いであったローマ人たちは、「上の方から出る」ある種の音によって太鼓腹にはもう何も入らないと表明する人を無作法とみなさず、その会食者の幸運をうらやむのであった。彼らの考えでは、縁起のよいげっぷというものがあったのである。げっぷが吉兆となるには、どのような条件を満たす必要があるのだろうか。これには答えられそうにない。われわれに分かっているのは、たとえ胃が厄介しごくな音を発しようと、いかなる場合にも人々は暴動を起こしている胃を抑えつけようなどとは考えなかったらしい、ということだけである。その点については、ローマの人々は皆ストア学派の哲学者たちと同じで、胃腸の出すうめき声を押し殺してはならないと考えていたのだ。

 当時、夜の食事は不協和音のコンサートだったとカバネスは言う。ゲップ奏者が勝手な音を出す間に脇に控えた奴隷が(ゲップが示す)運勢を書き留めた――というのだから羞恥心は吹っ飛んでいる。平気の平左でゲップの饗宴をやっていた。

 先に長々と考察したように、もともと忌避しているモノをあえて忌避しない(ばかりかゲップを奨励したり競争したりする)ことはあるのであって、どうもローマ人はそうであったらしい。〈屁〉についても、
 聴覚と嗅覚とに己を顕示するそよ風もまた運勢を示す前兆――たいていは吉兆であるが――とみなされていた。音響の神の要求を妨害しなかったことを、人々は喜び合うのであった。体の諸々の穴を通して音とともに出される体内の気体はみな神格化されていたからである。音響の神は、ローマ人のあらゆる饗宴に、脇腹を押して様々な務めを果しているしゃがんだ子供の姿で現われていた。この神はエジプト人によって考え出されたものであり、アレクサンドレイアのクレメンス(二世紀から三世紀にかけてのギリシャの神学者)は「えじぷと人ハ腹ノ出ス音響ヲ神ノ声トミナシテイル」と書いている。ポール・ラクロア〔ピエール・デュフール〕(一九世紀フランスの碩学)によって引用された聖ヒエロニムスや聖セゼールやミヌシウス・フェリクスらのテクストをみても、エジプト人が腸内ガスに神性を与えていたことに疑いの余地はない。
 音響の神が声を上げるたびに、その場に居合わせた人々は風の故郷である南の方角を向き、頬をふくらませ、唇をすぼめて息を吹くしぐさをするのであった。風の神の袋を閉じておくように命じられたのは、宗教上の集まりにおいてだけであった。それ以外のあらゆる所で、とくに食卓で、腹の自由はどんな自由にもまして重要で尊重さるべきものとみなされていたのである。

 ローマ人は〈屁〉も吉兆であるとして制限しなかったんだね。体内の気体(の放出)は神格化されていたというのだが、それは音響の神の声なのだった。その神はエジプト人から伝わった「脇腹を押して様々な務めを果しているしゃがんだ子供の姿」をしていた。この神は前に「音鳴り神」として紹介したことがあるが(こちら参照)、しゃがんでいきんでいる放屁の姿勢をしているのである。ゲップも〈屁〉も古代ローマ人は縁起のよい吉兆とみなしていたわけだ。

 理由「(吉兆だから出る)縁起がよい」→ 行為「(出れば吉兆)放出OK」

 まあしかし、公然と認められたとはいえ、ゲップや〈屁〉が風や空気と同等に扱われたわけではない。やっぱりゲップはゲップ、〈屁〉は〈屁〉であって、表向き何かしら理由を付けて公認しつつも実は(内心の奥深くで)忌避している──心的な振る舞いに変わりないのである。

 なぜゲップや〈屁〉に吉兆を見出して縁起をかつがなければならないのか。存在して欲しくないモノ(ゲップや屁)に存在の理由(吉兆)を与えるという、アクロバットで恣意的な振る舞いを世間のみんなで共有すれば、その同調行動によって心理的負担(後ろめたさ)は解消するのだ。

 カバネスが「今日では無作法とみなされている大なり小なり騒々しい音を立てる所作」と言っているように、ゲップも〈屁〉も、現代はもちろん多くの時代でマナー違反の無作法と見なされてきたのだった。ゲップや〈屁〉への忌避が大きくなるか小さくなるかに関係なく、それは通奏低音として我々の心にいつも響いている。あなたの家でゲップや〈屁〉が自由であったとしても、例えば会社や学校やサークルなど外出先では遠慮するだろうし、ローマ時代でも「宗教上の集まり」においては禁止されていた。

 ところで、ゲップや〈屁〉の重要な属性は「見えないモノ」であることだった。そこが糞尿などと違うところであり、見えないままに異音異臭の存在は察知されるのだった。そういう見えないゲップや〈屁〉が見える以上に我々を翻弄するように思われるのはなぜだろうか。もう少しカバネスの記述を追ってみる。
posted by 楢須音成 at 16:17| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月01日

放屁と放尿の隠蔽ぶり

 我々の〈屁〉は目に見えないことによって、いろいろ物議をかもすことがあるわけだが、これが見えたりしたら認識の視界は大きく開けることになる。というか、何か次元の違う物体として扱われることになるのである。

 見えないといっても〈屁〉は厳然と(異音異臭として)存在するのだから認識できないわけではないものの、視覚性の欠如のままに(網膜を経ずに)観念や概念の形成がされてしまう。こういうものは〈屁〉に限らず風、空気、酸素、水素──というような、一般に気体と呼ばれるものが同様であるが、これらは姿は見えぬまま、それでも科学の分析的な手法で(概念化を積み重ねて)その概念は究極まで追求される。(吹く風を風速計の風車で見るのは間接的な視覚性である)

 もちろん〈屁〉だって姿は見えぬままに分析されてきた。例えば成分や成分比などが明らかにされているし、発生原因や臭気物質の特定もなされているわけで、空気と比べても〈屁〉がとりたてて不思議な気体であるとは全くいえない。

 しかしながら、我々は〈屁〉を「空気」や「風」と同列に扱うだろうか。まあ、そういう人もいるかもしれないが、音成は見かけたことはない。少なくとも音成には同列はムリだな。我々の〈屁〉は我々自身によって基本は心的に忌避されているのであるよ。何であれ〈屁〉は態度に表出する行動としては、何とか隠蔽したいと思っているのである。

 モノには見える存在と、見えない存在がある。それに向かう我々の認識の態度は違っている。そして、そういう存在の中には忌避(隠蔽)されるモノと、されないモノがあるのだ。

 ――以上を念頭に考えてみるに、我々の〈屁〉とは「見えて忌避されるモノ」ではなく「見えずに忌避されるモノ」に属する存在になるわけである。〈屁〉と同様に生理現象として我々の身体から排出(忌避)されるモノはいろいろあるが、ここにも見えるモノと見えないモノとがあるね。

 見える=糞、尿、鼻水、耳糞、汗
 見えない、ゲップ

 ほかにも、モノとしてではなく行為として忌避される生理現象に、イビキ、シャックリ、クシャミ、セキなどがあるが、これらは〈屁〉やゲップのように(排出する)モノとしての実体は(とりあえず)重視されない。モノではなく行為なのである。こう見ると我々(の身体)にとって〈屁〉やゲップは見えずに忌避されるモノの代表格ということになる。

 十九世紀のフランスの医者で、ドクター・カバネスという人が書いた『衛生博覧会』(柴田道子/田川光照訳、ユニテ刊、1992年)に「尿、おなら・げっぷ」という一節がある。まず古代ローマにおける尿の忌避ぶりが語られているので紹介してみよう。
 古代ローマ人は猥褻な言葉をひどく嫌悪していたので、キケロ(紀元前一世紀の政治家・哲学者)の同時代人たちが「尿壷」と呼び、中世のフランス人が「しびん」と訳した容器を指し示す言葉を用いないようにしていたほどである。「尿」という言葉もほとんどの場合は上品で遠回しな言い方に置き換えられていたのであり、その言葉をあえて書くには、マルティアリス(一世紀の風刺詩人)のようなあらゆる酔狂が大目に見られる風刺詩人になる必要があった。会食者が、生理的欲求をどうしてもこらえきれなくなった時に、しびんを持って来るよう指を鳴らして奴隷に合図を送ったのも同じ動機からであるが、その際、指の音は同席者たちの注意を引くような大きな音であってはならなかった。さらに、「放尿」という言葉で表現される行為の最中には、液体が壷の内部に当たってある特殊な音がするように気をつけていた。もしその音が聞こえなかったなら、占い師によると、最悪の不幸が待ち構えているのであった。
 セネカ(紀元前後の詩人・哲学者)が決してあからさまに言わず、「不潔ナ水」とか「ケガレタ液」と呼んだ尿は、その放出のされ方がドバッなのか、チョロチョロなのか、ジャーなのか、ピッピッなのか、それともビショッなのかという違いによって占いの素材とされたのであった。ヴィーナスの祭儀(性交)に耽る前の放尿がドッとなされたならば、それはその祭儀が幸福に完遂されることを予告していた。ユヴェナリス(一世紀の風刺詩人)はどこかで、ある金持ちの大食漢が自分の尿を受けて金の壷が出す音に聴き入っている様を嘲笑している。

 カバネスによれば、古代ローマ人は迷信深かったので、衰退期には自分たちの運命の吉凶を確かめることしか考えていなかったというのだが、例えば自分の尿についてもその吉凶の対象になったというのである。どうやら古代ローマではしびんを使っていたらしいね。面白いのは尿に対する忌避の仕方で、しびんを使いながら、それを直接指し示す言葉を避け遠回しな表現を用いていたというのだ。

 しびんは室内で放尿を受け止め一時的に保存する容器である。言ってみれば、放尿や尿を身近(視界)に置くものであり、忌避したいモノと常に直面することになる。それほどに止むに止まれぬ生理現象というわけだが、忌避(嫌悪)したい気持は直接的な言葉を使わないことによって封印(無視)するのである。

 見たくないモノや不吉なことを口にしたがらないのは古来からの忌避のあり方だが、言葉(口)にするというのは、我々にとって現実が露出(現実に直面)すると感じられる(リアルな)現実認識の一面を持つのである。

 しびんや尿がヨーロッパの文化の中でどのように扱われていったのか、カバネスの指摘を追ってみる。
 そもそも、天が下に本当に新しいと言えるものがあるのだろうか。われわれが用いているしびんについても同様で、一三、一四、一五世紀の写本の挿絵に現代のものと同じような見本が描かれているのである。違いといえば、当時はガラスで作られていたということだけなのだ。たとえば、ペリー公の財産目録(一四一六年)の中にあり、四本の金の鎖――ぜいたくの極み!――でぶら下げられたものがそうである。
『狐物語』(一二、三世紀)の一節で描かれているのも同じ物である――

しびんを持って来い
それで診断してやろう

と、医者をまねて狐が言う。
 このしびんは明らかにガラス製である。テクストがつぎのように続くからだ――

しびんを手に日なたに行くと
それを高く日にかざし
しげしげと眺めつ
しきりにくるくる回す

 しびんはガラスの壷であれば何でもよいというわけでもなかった。それは、白くて透明なガラスで作られ、膀胱のように丸みを帯びていなければならなかった。

 しびんは医者の診断に欠かせない道具であり、尿は身体の情報を伝える貴重な試料となっていた。こういう尿の専門家には占い師もいたわけで、尿占い師たちの中にはしびんをぶらさげて看板にする者もいたらしい。もちろん、尿検査の重要性は医学の要諦と位置づけられ、多くの芸術家が医学の守護聖人のひとり聖ダミアニの象徴的小道具として描いていることからもわかるという。
 医者の祖先たちは、彼らのお人好しの患者が病気を訴えると、その原因を尿の中に探ったのである。「尿で、病気の度合、治癒の遅速が前もってわかる」というヒポクラテスの格言に従って、彼らは腎臓によって分泌される液体が人体の鏡であると確信していた。医者の歴史をさかのぼれるだけさかのぼると(年代を確定できるのは一二世紀までだが)診察は常に検脈と検尿ではじまっていることがわかる。

 このようなヨーロッパ医学の伝統とは、人々がしびんや尿を忌避しながらも、分析的に観察して生活(や人生)に役立てていった姿勢(観点)を持っている。

 我々にとって何かを「忌避する」とは、それを隠蔽や無視することなのだね。尿の場合には忌避しながらも(普通のモノと同じように医学や占いとして)役立てていくのであるが、忌避すべき行為やモノはできるだけ露見しないようにすることが「マナー」につながっていく。

 カバネスはマナーの問題(規範意識で引き起こされる悲喜劇)についてもエピソードをあげている。
 タルマンはリュード伯爵の無作法な行いを報告している。その行いというのは、しきたりの中に先例がなければ思いつかれない類のものである。ある日のこと、伯爵は甥で財務卿のションベール氏の執務室のドアをかなり激しくノックした。伯爵を知らない新米の従者が言う、「こんなたたき方をするとは、いったいどなたですか」――「開けたまえ」――「ここではこんな風にノックするものではありません」――伯爵は中に入り、暖炉に小用を足し、「ここではこんな風に小便をしないのかね」。ションベール氏は笑っているだけであった。
 タルマンは、ひとりの神父が遭遇したもうひとつの同じような出来事を記している。テステュ神父がカヴォワ夫人をシャヴィニー夫人宅に連れて行った時のことである。「大きな部屋にさしかかると、『ねえ、神父様、ちょっとあちらを向いていてくださらないかしら』とカヴォワ夫人は言って、桶に放尿しはじめた」

 こういう羞恥心を欠いた放尿への無自覚さはマナー違反に属する行動であるが、当人たちにとっては何ら不都合のない当たり前。これは放尿のマナーが人(育ちや教養)により形成される観念的な規範であること示しているものの、一般にこんな場合の(規範への)無自覚さは下品であり無作法とされるわけである。(まして伯爵や貴婦人であるのならばね)

 さてカバネスは、このように忌避されながらも、しびんや尿が生活に深く関わり、医学や占いなど我々に役立てられてきた歴史を辿ってみせる。そして忌避という我々の心的運動が、マナーや羞恥や作法へと関連していることを示すのである。

 ここで再び〈屁〉なのだが、我々の忌避すべき排出物は尿に限らないわけだよねえ。放尿に対して放屁もまた身体の生理現象として、我々が否応なしに抱え込んでいる宿命だった。忌避されるという点では同じだが、尿と〈屁〉の本質的な違いは、それが見えるのか見えないのかによる存在の様式に大きく影響される、というのが音成のいつもの愚考。いやはや、目には見えないという存在様式から浮かび上がってくる〈屁〉に、人はどう翻弄されてきたのか。カバネスの筆は〈屁〉をどのように記述しているだろうか。
posted by 楢須音成 at 13:12| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月19日

環境を脅かす屁

 いやまあ、そういうことも実際あり得るのではないかと夢想したのだが、どうなんだろうか。ネットで見つけた記事にこういうのがあった。
え、恐竜の屁で地球が温暖化していたんですか〜?【G・JOEUはかく語りき】

ドキュメンタリー映画『不都合な真実』の製作に当たったのは、出演者でもある米議員アル・ゴア氏。次期アメリカ合衆国大統領の最有力候補者だった彼だが、米国を始めとする地球環境問題にメスを入れ、利益と相反する有力者らから嫌われてしまった。

作中において示された「地球の温暖化現象とその末路」は、大変興味深いものであり、また衝撃的なものですらあった。映画公開後は各組織や研究者らから反論がなされるなど科学的事実の論争があったが、とにかく、この映画は、各国の環境問題解決への牽引力のひとつにもなった。

そんな地球人たちが地球を温暖化の危機へと誘っている原因は、近年爆発的に発達した科学技術である。工場や自動車や生活家電などから排出される二酸化炭素が地球全体を多い、これが薄い膜となり、本来放出すべき太陽エネルギーを閉じ込めているのである。――が、恐竜が地球を跋扈していた遥か昔にも、ある原因で温暖化が進んでいたようだ。

7日発売の米学術誌「カレント・バイオロジー」に発表された研究内容によると、恐竜の巨大な体内から放出されていたメタンガスによって地球が温暖化していた、のだという。地球上に存在していた大規模草食動物が、植物を消化する際に、環境的な許容量を越えるガスを発生させたらしい。

リバプールのジョン・ムーア大学の研究者デーブ・ウィルキンソン氏らによると、体重20トンもの草食恐竜が放出するガスによって、2億5000万年前から6500万年にわたる中生代は、今日よりも気温が高かったのではないかと仮説付けている。

つまり、「恐竜の屁」が地球を温かくしていたという研究発表であると、私は理解したが――いやはや、なんとも規模が大きいような、少々間抜けなような、奇妙な生命体の一現象である。地球は青かった。そして、地球は臭かったのだ。
(「日刊テラフォー」2012年5月14日)

 関連の記事は共同でも配信していた。
恐竜のげっぷで温暖化? 英チーム、メタン放出で

 大型の草食恐竜がげっぷやおならとして出すメタンが、恐竜が繁栄していた今から約1億〜2億年前の温暖な気候の一因になっていたとする説を、英リバプール・ジョン・ムーア大のチームが17日までに米科学誌カレントバイオロジーに発表した。

 メタンは二酸化炭素(CO2)の20倍以上の温室効果を持つ。排出源としては、牛などの家畜が大きな割合を占める。家畜は胃の中の微生物の働きで食べた植物を消化する際に、メタンをげっぷやおならとして出すが、草食恐竜も同様にメタンを排出していたらしい。

 大型の竜脚類が面積1平方キロ当たり10頭いたと仮定して、当時のメタンの排出量を試算した結果、1年間の排出量は5億2千万トンに上るという結果になった。牛が出すメタンの量(5千万〜1億トン)に比べてはるかに大きく、農業や廃棄物などの排出源を含め、人類が現在排出しているメタンの総量に匹敵する。(共同)
(「MS産経ニュース」2012年5月17日)

 そもそも恐竜とは「中生代に栄え,絶滅した巨大な爬虫類の一種。骨格の化石が発見されている。肉食性と草食性とがあり,白亜紀の草食性のものには体長35メートル,体重75トンに及ぶものもあった」(大辞林)というような生物で、中生代の地球上で大いに繁栄していた。

 現代でも一般に草食性の動物は肉食性の動物より体が大きい傾向があり、それは象とか牛や馬など草食性の動物を見ても納得するが、彼らは大きな放屁でも知られている。草食性なら体の大きい恐竜が同様に屁をしたことは十分に推定できるわけだ。

 草食性と肉食性の屁には質的な違いがあることは前にも書いたけれども、次のような傾向がある。

 草食性の屁=(あまり)臭くない、音が高い、多量
 肉食性の屁=(とても)臭い、音が低い、少量

 このことは、我々が(大量に)野菜を食べたり肉を食ったりしたときに実感するね。芋や豆を食ったら屁が出て困るとか、焼肉を食ったら屁が臭いとか、我々の体は敏感に反応している。

 大小の動物の食性は食物摂取の習性として、いろいろな観点から分類される。草食性や肉食性のほか、雑食性、腐食性、少食性、多食性、単食性といった分け方もあり、現実にはそういう多様な食性の組み合わせで成立しているものだ。

 大雑把に草食性と肉食性を人間にあてはめれば、まあ人間は雑食性であろうが、草食か肉食かという主たる傾向はあるであろう。従来、よく言われてきたことは欧米の肉食に対して日本の菜食(というか、肉をあまり食べない)である。日本の場合は仏教が肉食を禁止したせいもある。しかし、日本全体で常食はしなかったものの、全く肉を食べなかったわけではなく、鹿や猪など狩猟による肉食はあった。要は欧米に対して肉食の頻度は極めて少なかったということなのである。

 現代は日本の食も欧米化して肉食は当たり前。もちろん菜食主義の人はいるけどね。この食性の変化の日本人への影響は〈屁〉に関してもあるというべきだろう。昔の人に比べたら〈屁〉が臭い、音が低い、量が減った──ということなのだ。比較研究の客観データはないので、これは音成の妄想であ〜る。

 まあしかし、食性が地域性や民族性や人種性など人間の気質を形成する有力な要因になるのではないかという考えは、大いに首肯されるべきだと思う。音成が前に〈屁〉から導き出した説では、恥の文化と嫌悪の文化がうかがえるのであるが(参照)、ここでは恐竜に話を戻す。 

 草食性の動物では(消化・吸収のために)腸が長い構造であることが知られている。一般に草食性の動物の体が大きいのはそういう内臓系の特徴からも納得がいくものだ。そこで草食性の恐竜が体を大きく進化させた要因は、単に太った(太りやすい)とかいうのではなく、そのことと草食という食性によって腸がのびることとが相まって、加速度的に食餌量が増えていったのではないか。

 恐竜の何十トンもの体から出てくるガス量は膨大だったであろう。だいたい象でも体重は四〜五トンくらいらしいから、いやはや恐竜の体の巨大さには圧倒されるではないか。象も食性は草食。それで大きな屁をするのである。
 象は小心者である。あんなでかい図体をしていながらとおかしくなるが、草食動物の悲しさだろうか。
 しかし、おならは図体にふさわしく、動物のなかでもいちばん大きい。
 ブーッ、ドカーン!! ブーッ、ドカーン!!
 象が象舎の中で一発放つと、部屋じゅうが揺れる。隣に寝ている象も目をさますほどだ、とこれは到津動物園長の森友氏から聞いた話。
(中村全享『おなら説法』1981年、祐学社刊)

 これが恐竜だったら──屁の大きさ、すさまじさが想像されるではないか。最初の記事に戻れば、音成はこれを読みながら地球上を闊歩した恐竜の、天地を揺るがす巨大な屁の連打を思い浮かべたよ。温室効果ガスであるメタンガスは二酸化炭素の次に排出量が多く(温室効果ガス全体の20%)、温室効果は二酸化炭素の20倍以上という。

 メタンガスは沼地や動物の糞尿分解などで地上の至る所で発生している。そして動物の腸内でもメタン菌により発生するのである。草食動物のゲップにメタンガスが含まれていることはよく知られているが、もちろん屁にもメタンガスは含まれるわけだ。人間ではメタン菌はいる人といない人がいるようである。メタンガスを含む屁は燃えるのだ。

 ニュージーランドでは、家畜農家に対して羊などの家畜の温室効果ガス(メタンガス)の排出に税金(げっぷ税、おなら税というようなもの)を課しているほどだから、中生代において恐竜の屁が地球環境に影響を与えたことは決してあり得ないことではない。恐竜がどのくらいの数で生息していたのか知らないが、当時の地球の覇者なのである。恐竜のゲップも屁も糞尿もメタンガスの発生源としては巨大なものだっただろう。

 メタンガスそのものは無臭でもあり、恐竜の屁はそんなに臭くなかったであろうが、体の大きさに合わせて多量に音高く放出されたのである。草食性の屁は「(あまり)臭くない、音が高い、多量」──その屁の究極に恐竜の屁は位置するものだ。

 いまや人間は恐竜に替わって地球の覇者であるが、人間がする〈屁〉のメタンガスが問題になっているとはまだ聞かないわけだが。
posted by 楢須音成 at 12:10| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月12日

最終・〈屁〉が文化となる一瞬の光芒

 世間に知られてそこそこ評判になる(目立つ)というのは、今も昔も誇らしいことだろう。とにかく人前に出たがる人は後を絶たない。体を動かして芸をするばかりでなく、文筆や絵筆でもいいし、出世や表彰もあれば、劇場型の犯罪もある。目立つというのは何とも自慢なことなのだ。(他者に向け自己表現などという複雑化した高尚な趣味も近代になってから始まる)

 しかしまあ、本人はいつまでも自慢(表現)したいのだが、まわりはそういつまでも評価してくれるわけでもない。落語とか歌舞伎とか謡曲とか、特定の芸風が表現ジャンルとして確立している(作法化されている)ような場合はともかく、突飛な芸(風)で世に出てしまうと、飽きられたが最後、雲散霧消の人気凋落というリスクがつきまとう。

 江戸にあらわれた屁放男は絶賛されたが、日本の芸の歴史に名をとどめている様子はない。どこの誰であるかシカとは伝わってはいないのである。どうやら人気は長続きしなかったようなのだ。

 平賀源内の『放屁論後編』(1777年)には、屁放男の素性やその後の消息が語られている。貧家銭内(ひんかぜにない=貧乏暮らしの平賀源内のもじり)という痩せ浪人の発明家が、エレキテル(=発電器)の原理を聞きに来た儒者の石倉新五左衛門(しんござえもん=野暮な石頭の侍をあざけった名前)を相手に一席ぶつ。
 主人(=貧家銭内)笑(わらつ)て申(もうし)けるは、「抑(そもそも)此(この)放屁(へっぴり)といへば、四年以前両国橋の辺(ほとり)にて花咲男(はなさきおとこ)と号(なづ)け、見せものにて近年の大当り、諸(もろもろ)の小戯場(こしばい)を撒(ひり)潰せし趣(おもむき)は、此(この)放屁論に詳(つまびらか)なり。今年また采女原(うねめがはら)に出で三国福平と名乗る──云々」

 大評判をとった両国でのデビューから四年後、屁放男は采女原(現在の銀座あたり)で三国福平と名乗って再び興行しているのだが、貧家銭内によって延々と屁放男の素性が語られている。これがどこまでホントなのかはわからない。相当の脚色によって戯作化され、こんな感じ。
「──扨(さて)此者の身の上を尋ぬるに父は大和の国吉野の郷の狩人(かりゅうど)佐次兵衛といへる者なりしが、年来多くの猪(いのしし)猿(さる)を殺せし罪亡(ほろぼ)しとや思ひけん、近所の者両人といひ合せ、四国順礼に出でけるに、彼(かの)殺生の報(むくい)にや、伊予の国に至りて、佐次兵衛生きながら猿と成(なり)て林の中に逃げ入りければ、二人の連(つれ)はあきれ果て、是非なく国に帰りけり。今童謡に、『一つ長屋の佐次兵衛殿、四国めぐりて猿となるんの、二人の連(つれ)衆は帰れども、お猿の身なれば置いて来たんの』とは、此事(このこと)因縁なり。さて両人は国に帰り、伜(せがれ)福平に此(この)訳を語れば、一方ならぬ歎きなれども、なすべき様もあらざれば、せめて父が現世未来畜生道の苦患(くげん)を免(まぬか)るる為にとて、一切経を供養せんと思い立(たち)、鳥が鳴(とりがなく=東国の枕詞)東路(あずまじ)を銭がなくなくたどり著(つき)、本銭(もとで)の入らぬ金まうけを工夫して、いつとなく屁を比類なき親孝行の奇特(きどく)にや、両国橋の屁撒(へっぴり)と江戸中の大評判、夫(それ)よりも浪速津(なにわづ)に咲(さく)や此花咲男(このはなさくおとこ)、今を春屁と咲くや、此(この)花の都に匂ひ渡り、再び江戸に帰り咲(ざき)、三国福平と名乗りて采女原の春霞、立子這子(たつこほうこ)もしらぬ者なし──」

 このように源内(の聞き取り調査か想像)によれば、屁放男の出身は大和国吉野(奈良県の吉野)であり、この地の狩人だった佐次兵衛の息子ということになっている。父の佐次兵衛は狩猟でイノシシやサルを殺してきた罪ほろぼしに、近所の二人と四国巡礼の旅に出た。ところがこれまでの殺生の報いか、佐次兵衛は伊予国(愛媛県)で生きながらサルとなって林の中へと逃げ去ってしまう。同行の二人はどうすることもできずに帰郷し、息子の福平に報告する。嘆き悲しんだ福平ではあったが、父の畜生道の苦しみをまぬがれさせるため、一切経を供養しようと銭もないまま江戸に出る。もとでのいらない商売として、いつとはなく工夫を凝らして屁で芸をすれば、これぞ親孝行の奇特だと大評判──になったというのである。

 いかにもウソくさい話であるが可笑しいね。音成の想像では、親の因果が子に報い─の類で、見世物小屋の呼び込みや屁放男の口上などで、こうやって面白可笑しく素性が語られていたのかもしれない。まあ、興行の移動を見ると、西国の人であったのは確かかもしれないと思う。

 しかし、江戸に返り咲いての采女原での興行はどうも不入りだったようなのである。貧家銭内はそれを無視して屁放男を誉めているのだが、石頭の新五右衛門は疑義を呈する。
「不思議の事を承(うけたまわ)るもの哉(かな)、いかにも彼撒屁漢(かのへっぴりおとこ)先年両国にては流行(はやり)しかど、此度(このたび)采女原へ出たれども、その後は声もなく臭(か)もなく、今は世間に沙汰もなし。当時諸方(しょほう)にて評判の品々(=見世物の演目)は、飛んだ霊宝珍しき物、十月の胎内千里の車、鹿に両頭あれば猿に曲馬あり。穢銀杏(よごれぎんなん=辻講釈師霊全)が弁説には、蘇秦張儀(そしん、ちょうぎ=中国の弁舌家)も跣足(はだし)で逃げ、友世綱世(ともよ、つなよ=女力持ち)が力には、巴板額(ともえ、ばんがく=女傑)干鱈(ひだら)持(もつ)て礼に来る。源水(=曲独楽師)が独楽(こま)は魂ありて動くがごとく、鶴市(=声色の物真似師)が声色はその人そこに在(あ)るが如し。新之助(=軽業師)は一身に骨なく、どう突(どうつき=地面を固めるのに突く用具)請身(うけみ)は五臓金鉄にや有(あ)らん、大魚出(いず)れば大蛇骨(だいじゃこつ)出で、硝子(びいどろ)細工、牽糸傀儡(なんきんあやつり)、古(ふるき)を以て新しく田舎道者(=田舎から来た巡礼)の目を悦(たの)しめ、鳥娘(とりむすめ)は名にてくろめ、人魚は人をちやかすなり──中略(当時の見世物の演目が延々と続く)──是等をして珍しともいふべけれ。何ぞや古き屁撤(へっぴり)を、ことごと敷(しく)長物語、拙者屁の講釈を聞きには参らず、彼ゑれきてる(かのエレキテル)より火の出る道理を聞(きか)んとこそ望みしに、以(もっての)の外の屁あいしらひ、さては我らを屁の如く思ひ給ふや」と真黒になつて立腹す。

 新五右衛門は屁芸など端からバカにしている。当時流行の見世物を並べ立てているが、もはや噂も聞かなくなった屁放男など論外とこき下ろしている。もちろん、多くの見世物芸人が早々に消えていったのだろうが、その中の一人に屁放男もいたのだろう。

 仕方なく銭内はエレキテルの原理を問うている新五右衛門に自分の不遇(プライドと意地を持って困窮している境遇)の嘆き節を開陳したあげく「けふよりゑれきてるをへれきてると名をかへ、我も三国福平が弟子となり、故郷をかたどり四国猿平と改名し屁撒芸(へっぴりげい)の仲間へ入り、芋連中と参会して尻の穴のあらん限り、撒(ひ)り習はばやと存ずるなり。臭い者の身知らず以来御容赦下さるべし」と真面目な顔をして屁放男への思いを吐露するのである。

 かくして平賀源内は一瞬輝いた屁放男の登場と寂しい退場にあえて自分を重ねてみせ、その諧謔の極みで世間を罵倒し自らが世間に受け入れられない苦悩を表出した──というようなことは本論のテーマではないけれど、さてしかし、単に屁放男は売れないので消えていったのではないね。一度は爆発的な大当たりをとったのである。今でいう一発屋芸人というわけだが、〈屁〉の文化史においては重要な人物というべきなのである。

 古代から〈屁〉で芸をするという民話(屁ひり爺)がある。話のパターンは妙音の〈屁〉をこいたら殿様からほうびをもらうというもので、全国の多くのエリアに流布している。ここにも屁芸という〈屁〉の視覚化の心的構造があるのだが、先に見た「屁ひり嫁」と同様に非モデル化の道筋で致富願望や空想が練り込まれているのである。

 江戸の屁放男は逆にモデル化の道筋を辿ったわけで、爛熟した〈屁〉談義の果てに格好のモデルとして物語に取り込まれたのだ。その屁放男の人物造型は、面白可笑しく語られていた〈屁〉を「屁で芸をする」という前代未聞の興行ビジネス(大衆化)によって、目の前で実見できる(かのように)視覚の世界に取り込めた成果である。

 目に見えることなく異音異臭を発して誰からも嫌がられる我々の〈屁〉は、言ってみれば「見る努力」と「見ない努力」の引っ張り合いの中で歴史を作ってきたのだった。

 見る努力=〈屁〉を無視できないから
 見ない努力=〈屁〉を無視したいから

 我々の「見ない努力」とは、存在するものを心の規範に従って存在しないかのように扱う倫理的な態度であり、端的には他人が〈屁〉をこいても無視できる限りは無視する振る舞いだ。これに対して「見る努力」とは、存在するものを心の自由に従って存在のままに扱おうとする無分別な態度であり、端的には他人が〈屁〉をこいたらそのまま肯定して相手と共感(同調)しようとする態度だ。あなたと私が〈屁〉をこいて笑い合うとかね。(まあ、見るにしろ見ないにしろ、ここでどちらにも「努力」がつくのは〈屁〉がそもそも異音異臭のアンチな存在として何らか心の抵抗を生じさせるものだからだ)

 江戸期の〈屁〉の興隆は「見る努力」のパワーが一瞬とんでもなく輝いた時代だったのだ。そこにあらわれた屁放男の存在(実在)は陰に陽に物語に取り込まれていった。

 もっとも、江戸の〈屁〉文学が大きな潮流(一派)をなしたかといえば、そんなことはないね。それでも現在から見て特異的に表舞台で〈屁〉が扱われたといえるのは、そもそも〈屁〉が我々の日常において「見ない努力」の牽引を受けて日陰の存在だからだ。そして、この特異な〈屁〉の流れは新たな意匠で明治期へと続いていくことにはなっていく。(この辺はまた別に考察してみたい〜)

 それにしても、天下太平の世に花開いた屁放男の芸(実技)は引き継がれることもなく絶えた。その芸は源内の『放屁論』などに書き留められ今に伝わるが、伝説芸として語られるばかり。伝説にはなっても伝統にはなり得ないところに〈屁〉の特異性もまたあるのだろうねえ。
posted by 楢須音成 at 03:06| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。