2013年07月31日

異音異臭に〈屁〉の法則

 我々の〈屁〉は見えざる異音異臭であることによって(他人にも自分にも)脅威となっている。しかも耳元や鼻先に(意図しないのに)いきなり出現してしまうのであり、制御不能とまでは言わないが、制御しにくいものであることは経験するところだね。

 もし〈屁〉が無音無臭であったなら、我々は〈屁〉にまったく違った態度をとり、あるいはこの世界で〈屁〉を称揚する別の価値観が支配していたのかもしれない。(しかしまあ、放出の場所が肛門というのは逃れようもない現実なので、まったく清浄無垢なイメージの形成は困難かもしれないねえ)

 ともあれ〈屁〉の異音異臭は我々にとって厄介なものだ。我々はこの世界に対峙して感覚器官によって現実を把握するわけだが、このときの五感のうち異音異臭は聴覚と嗅覚によって抽出される認識である。(逆にいえば、我々の〈屁〉は視覚、触覚、味覚はスルーしている)

 一般に我々にとって(現実を映像化する)視覚がもたらす別格の構成力は、現実を外在(言語)化していく契機と考えられるが、一方でそもそもの原初的な五感がもたらす感覚は内在的な身体感覚となって残存し、我々を鼓舞してくる。それらは視覚がもたらす映像性ほどには分別(言語化)はないものの、身体に与える影響は大きく、直接的である。

 そして我々の〈屁〉とは、視覚を欠いている(見えない)がゆえに言語化以前に身体感覚として高い純度で発現してくる現象である。それは不快を掻き立てる負の感覚に包まれている。他人や自分の〈屁〉の異音異臭は、暗黙に直接に、立場や状況に左右されて散々に我々を苦しめるわけなのだが、こんな計測しがたい五感のありようはすべて個人の「主観」なのであろうか。

 確かに「うるさい」とか「臭い」とかの身体的な個人差のある感受を客観(数式)化するのは困難に思える。しかし、外的な刺激に対する我々の感覚(五感)の対応関係が定量的に計測できるのなら、それをまったくの主観とするわけにもいかないのである。

 我々の感覚の法則性についてやさしく解説した本がある。『面白くて眠れなくなる数学』(桜井進著、2010年、PHP刊)から引用する。
  嫌な匂いを減らしても……
 私たちは、感覚をたよりに日々生活しています。五感といえば、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚です。実はこの感覚の中には法則があるのです。例えば「匂い」の場合を考えてみましょう。
 閉め切った部屋の嫌な匂いや、おならの匂いを消臭剤や空気清浄機で半分まで減らしたとします。ところが私たちは「あぁ、半分の匂いになった」とは感じません。「ほとんど変わっていない」「やっぱり匂う」と感じます。実は「半分になった」と感じるためには、匂いの90%を除去しなければならないのです。
 「音」もそうです。私たちは虫の音とコンサートの大音量を同じように聞く(感じる)ことができます。これはよく考えると面白いことです。
 もし人間が、音量の絶対値を感じ取ることができるとすると、虫の音は小さい音量なので感じ方も小さく、コンサートの大音量であれば感じ方も大きいことになります。でもそうではありません。
 私たちは、小さい音も大きい音も同じように感じることができます。音の大小にかかわらず感じ方(感覚)は同じなのです。
 10のエネルギーを持つ音があるとき、何倍にすれば人間は音の大きさ(感覚)が倍になったと感じるでしょうか。
 普通に考えると「倍だから、エネルギー量は20では?」と考えるでしょう。けれど人間の耳はそんなに鋭くありません。「2倍になった」と感じさせるには、実際には10倍の音の大きさにしなくてはなりません。「10」の音が「100」になって、ようやく「2倍」と感じます。

 人間の感覚は定量化できる
 言ってみれば、人間の感覚は足し算ではなく、かけ算で感じていることがわかったのです。これが1860年の「ウェーバー=フェヒナーの法則」です。

      R = k log S/S0

   R:感覚の強さ k:刺激固有の定数 S:刺激の強さ(S0は感覚の強さがゼロになる刺激の強さ)

 「感覚の大きさRは刺激の大きさの対数に比例する」。これは「精神物理学」といわれる学問の発端となった発表でした。
 「精神物理学」は、心理学者ウェーバーが「心理学の世界を定量化できないか?」と考えたことからはじまりました。人の感覚というのは、とても主観的なものです。
 しかし何もかも「主観だ」と言っていては学問になりません。それでは芸術の世界になってしまいます。心理学者ウェーバーは、こうした目に見えない人の気持ちや感覚を定量化するために様々な研究を1840年代に行いました。
 そして1860年に、物理学者フェヒナーが数式化に成功したのです。心理学発祥でありながら、「精神物理学」の法則といわれるゆえんでもあります。
 つまり、私たち人間の感覚は、けっしていい加減なものではないということです。定量化できるということです。
 激しく変化する環境、つまり刺激を「ウェーバー=フェヒナーの法則」によって実にうまく、そして正確に感じとっているのです。
(「おならの匂いは半分でもやっぱり臭い?」から)

 我々の五感の原初的な構造を定量化すれば、「感覚の大きさRは刺激の大きさの対数に比例する(感覚量は刺激量の対数で求められる)」という法則に従うわけである。これは、臭い〈屁〉のニオイが半分になったと感じるためには「100の刺激を10(10分の1)」にまで減じなければならず、〈屁〉の音量を倍に感じるためには「10の刺激を100(10倍)」にしなくてはならない──というような関係だ。

 つまり「人間の感覚は足し算(等差)ではなく、かけ算(等比)で感じている」というわけだ。(10の刺激が20になったときの感覚量と20の刺激が40になったときの感覚量は等しい)

 かくして、いったん気づいた〈屁〉のニオイはいつまでも残存する(臭気を感じる)のであり、少々拡散しても嗅覚は敏感に臭気をすくいとってしまう。その一方で、いまより少々ニオイがきつくなっても無頓着(鈍感)だったりする。放屁音を微音で聞き分けたり、逆に少々の音量の大小に鈍感だったりするのだ。我々に備わっている「感じる力」はこうやって個人の身体能力に合わせて場面場面で調整されていると観察されるのである。

 ちなみに、臭気指数は感覚量をその刺激量の対数に対応させて次の数式で表されている。Nは感覚量(感じる臭気)で、Sは刺激量(物理量の臭気)となる。Nが大きいと臭気は強い。

   N=10 Log S

 N:臭気指数、S:臭気濃度(無臭の清浄な空気で希釈したとき,無臭になるまでに要した希釈倍数)

 さて以上のように〈屁〉の異音異臭は定量化され数式として表現可能となるのだが、ここで再び最初に戻れば、やっぱり〈屁〉は主観的な現象となっていると思わざるを得ないんだね。

 かつて音成は「自分の〈屁〉が臭くないのは何でだろ〜ヵ」というエントリを書いたことがある。他人が自分と同じ臭気指数を示す〈屁〉をこいたとしても、我々は他人の〈屁〉の方をより臭く感じるのである。詳しい理屈は以前のエントリを参照してほしいが、そこには逃れられない心的な振る舞いがあり、「我々の〈屁〉の臭さは客観基準に対応せず、対面する他者の存在(意識)が隠微に関係している」と結論づけたのであった。

 今回、そういう主観的な〈屁〉のニオイの感受を「ウェーバー=フェヒナーの法則」をふまえ改めて考えてみたのだが、この物理法則そのものこそが(主観性や客観性を揺れ動く)心的運動の振る舞い(構造)の根拠を示していると鼓舞されたのであ〜る。


posted by 楢須音成 at 16:14| 大阪 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月30日

奥方の「へ」と「へへ」の真相

 誰もが認める厳然たる現実ならば、信ずるに足る事実である──それはそうなのだが、まずは信じたい現実を(事実と)信じる(吹聴する)というのが人間の基本的な悪しき(?)習性なのである。

 事実を争う場合には、それが事実だという思い込みによって相互が虚偽意識なしに(事実と)主張して泥沼(喧嘩)化することもあるね。二派に別れた応酬を論争とか討論と呼べば、ちゃんと分別ある検証ができるような気がするが、実のところ、事実性は二の次にして相手をやり込めることを目的化したディベートとどこが違うのかという結果になる(ことが多い)。

 特に政治とか経済における学説とか主張はその傾向が強いが、いまここに漂う〈屁〉が臭いとか臭くないという議論もまた泥沼の様相を呈するものだ。

 加えて〈屁〉という現実は想像力を刺激してあらぬ方向に飛躍し、時に悲劇喜劇の結末へと展開することすらあるのだ。巷の〈屁〉談義というのはだいたいが他愛もないのだが、そこには(信じがたき現実を目の当たりにして)信じたいとする人間の悲哀(習性)がこめられている。

 音成はかつて「〈屁〉の喧嘩に勝者はいない〜」というエントリを書いたことがあるが(参照)、そこで紹介したのは次のような小咄だった。
屁の様な争
 ある小身なる人の奥様女中二三人を候(とも)につれ、実盛役の斎藤森右衛門御候(おとも)して江戸橋辺りを通りしに、髪結所に若い者四五人寄居て、あの奥様はうまい尻だ、イア、あいつはくさいなどいふ咄(はなし)しが森右衛門の耳に入り、立ちどまつておのれにつくいやつ、人の御ともしてして行く大事の奥をくさいなどは法外千万(ほうがいせんばん)今一度ぬかして見よと、切刃(きっぱ)廻せど、江戸者の常にて、その位のおどしはびくともせず、なんのこつた赤鰯をひねくりまはしたとてどふする気だ、イヤにくいやつなぜくさいといひおつた。くさいからくさいといつたがどふした。とんだとんちきなべらぼうじやアねへか、あんな頬べたの赤い女に、くさくねへのがあつたら二つとない首をやるべい。イイヤくさくはない。イヤくさいと大喧嘩。奥様は橋の袂(たもと)に立つて居る内、懐よりそつと手をやりかいで見てコレコレ、森右衛門、是非はともあれ、どうでもけんくわは、こちがまけだ。
(福富織部『屁』に収録された江戸小咄)

 古文が煩わしい人は前のエントリの訳を見てもらいたいが、要するに武家の奥方の〈屁〉が臭いとか臭くないとかの他愛もない喧嘩である。これなど、誰も嗅いで確証をえたわけでもないにもかかわらず、奥方のニオイが臭いとか臭くないとか(信じたいがゆえに)頑固に主張して喧嘩しているわけなのだ。

 若い衆は奥方の様子から判断した論をなし、森右衛門は奥方に仕える立場から否定する論をなす。若い衆にとっては臭いことが奥方の風体からしてふさわしいのであり、森右衛門にとっては奥方の身分からして臭くてはいけないのである。事実は奥方のみが知っているわけだが、可笑しいことに奥方はあっさり自分が「臭い」と認めている。事実に対して正直である。

 音成は不都合な(恥ずかしい)事実に対して隠蔽のない奥方に感心してエントリを書いたのだが、まあ実際のところは奥方にとって信じるも信じないもない。「臭い」のは嗅覚が発動した厳然たる現実なのだからね。

 しかし、よくよく考えれば〈屁〉が臭いとは万人共通の現実であって、奥方のみが弾劾されるべきものではないね。この話が可笑し味をもって成立するのは、結局は「他人の〈屁〉が臭いのは許せない」という人間のどうしょうもないワガママが派手に衝突しているからだ。

若い衆の信念=(ことさらに主張して)あの奥方は臭いはずだ=(臭いのは許せないことだから)臭いのは笑うべき醜態である
森右衛門の信念=(ことさらに主張して)この奥方は臭くない=(臭いのは許せないから)臭いのは醜態だからありえぬ

 両者は〈屁〉が誰の〈屁〉も臭いことなどとうに承知の上で、こうあるべきだと信じる事実を主張しているのである。それを「ことさらに」やってしまう両者の関係は裏腹なものだ。若い衆は話のネタとしてあの風体の奥方は臭くなければならず、そもそも臭いのは許せないから(嗅いだわけではないが)馬鹿にしている。森右衛門にとっては奥方の〈屁〉は臭くてはいけないのであり、もちろん臭いのは(嗅ぐまでもなく)許せないから反駁している。それぞれ立場は違うが臭いのが許されぬ(あってはならぬ)のは共通しているのである。

 洗練された婦人にとって、下劣なるニオイ(異臭)を発するのはタブーだという世間体の認識基盤は、若い衆も森右衛門も共有しているわけなのだ。

 なのに渦中にある奥方は世間体はどこへやら、ヒートアップする喧嘩に対して実にクールに振る舞って笑いを誘う。あんまり正直なんで愚かなだけなのか無垢なのか──というのが、前回エントリでの音成の判別しがたい感想であった。

 さて、ここまでは前説。大正十五年に『書物往来』という雑誌を改題した『東京新誌』(従吾所好社刊)第一号第一巻に「『屁』を讀みて」という一文を見つけたのだが、そこにこの小咄が取り上げられていたのである。書いたのは飯島花月で、江戸文学の研究家として知られる。これは福富織部の『屁』を読んでの批評の一節である。
(寛政十年板の『軽口新玉帚』といふ書に、女中の正直と題して此咄が出て居る。『屁』には出処が書いてないが、一言一句違はぬから新玉帚から採つたものであらう。此他の軽口咄の書類に話が幾つも出て居る。これは決して屁の匂いではない。頬ぺたの赤い女云々とあるので、直ちに其屁以外の異臭たることは誰にも気付かれる筈だから之れと知りつゝ故意に採取したのでもあらうか)

 ははあ、そういうことかと今頃になって気がついた。頬が赤い女はアソコが臭いという俗説があるのであった。
ある人、にはかに医師心がけ、医書をあつめ、そろそろよみて、合点のゆかぬ所に付紙を付る。
女房是を見て、「その紙は、なぜに付させらるゝ」と問へば、おとこ聞て、「是は不審紙とて、合点のゆかぬ所に付て、後に師匠に問ふためにつける。それによりて、不審紙と云」。
女房聞て、「なかなかの事じや。おれも不審がある」とて、紙をすこし引裂きて、唾をつけ、おとこの鼻のさきに、ひたと付る。
「是は何事の不審ぞ。我等が鼻に、不審はあるまい」と云。
女房聞て、「其事じや。世上(せじょう)に申ならはし候は、おとこの鼻の大きなるは、かならず、かの物が大きなるといふが、そなたの鼻はおおきなれども、かのやつは小さい。これが不審じゃ」。
おとこ聞て、尤(もっとも)じや。又我らも不審がある」とて、女房の頬さきに、紙をひたと付る。
「是は何の不審ぞ」と云。
おとこ聞て、「世上にいたの頬は白けれぞ、へゝ(陰部)がくさい」といふた。
(『きのふはけふの物語』17世紀初)

 鼻の大きな夫と頬の白い妻の会話である。頬が赤いとアソコが臭いということが前提になっている笑話なのだが、ここでは鼻が大きいとアソコも大きいということも信じられているよね。そうだね、こんな俗説は現代にも伝わって信じられている(ようだ)。

 いやはや、言訳だが、音成は「屁の様な争」をてっきり〈屁〉の話だと信じて読んでいたのである。信じたあげくに〈屁〉の論を進めてみたわけだが──浅学非才の妄論とはなりにけり、である。これは〈屁〉の話ではない。江戸文学の常識からは、頬が赤いというヒントはこの小咄を味わう鍵になっているわけなのだ。恐れ入りました。

 しかし(未練だが)端から〈屁〉と信じて読めばそのように読めるではないか。むしろ含蓄深く読めないかねェ。思えば、このような思い込みもまた、信じたい現実を事実と取り違えるケースなわけで、どこに落とし穴があるかわからない。

 音成の取り違えは「へ」と「へへ」なのだが、これが同じように臭いとしても意味するところは大きく違う。その点を少し明確にしておこう。

=誰でもが〈屁〉をこくという万人共有の認識基盤
へへ=それを所有しているという女性特有の認識基盤

 つまり人の認識の中心軸おいて、この二つは異臭が背負っている心的範囲が違うのだ。
 
 すべての人は〈屁〉を前にして崇めるも蔑むも、我が身に降りかかってくる自分の〈屁〉に逆襲される運命にある。誰だって〈屁〉をこくがゆえに、その万人性は意外に強固である。他人の〈屁〉を非難したり、アンタの〈屁〉は臭いと責めたりするのは(自分を棚上げした)撞着した倫理観の振る舞いなのだ。

 しかし「へへ」の場合には、それを持つか持たぬかによって区別され、対岸の火事を決め込む口さがない連中の餌食となることがある。それを持つ者は特有の仲間意識が生じる場合があるが、異臭のような場合はかえって仲間割れになる場合もある。そこには対岸の火事を決め込む者の存在(振る舞い)が影響してくるのだ。(屁論と女陰論の本質的な相違はその辺にあるに違いない)

 かくして江戸の小咄における奥方の振る舞いは「へへ」となるのだが、気張って喧嘩していた森右衛門が腰を抜かしたのは間違いないだろうねェ。
ラベル: 女中 信念 小咄
posted by 楢須音成 at 01:12| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月31日

「はひふ〈屁〉ほ」のクオリア

 人の振る舞いにはどこかしら品格というものがあるね。人は相手の存在感の全体にそういうものを感じ取るのであるが、自分の品格も気にしたりする。

 よくよく考えると、品格とは一種のイデオロギーではないかと思うわけであるが、観念の純粋培養による絶対的・普遍的な品格というものを「神の品格」とすれば、自堕落な人間の品格など振る舞うほどに馬脚をあらわし、どんどんランク落ちしてしまうものであろうねェ。

 それでも人は品格を重んじる。人の振る舞いばかりでなく物や物事にも気高いとか上品であるとかを暗黙のうちに判定する。そのとき美意識に昇華した観念(絶対の品格)は普遍性を持ち、逆に我々を縛るように圧倒的に振る舞ってしまうんだね。例えば寺院を訪れ否応もなく気高い仏像に圧倒される経験は、この人間界を超えている。

 しかしまあ、人が浅慮に〈屁〉をこくなどどいうことは「神の品格」の対極に位置するものだろう。気高さや上品さからは無縁であり、卑しさや下品さを体現しているのが〈屁〉だ──と、断ぜざるを得ない。

 もっとも、だからといって品格なき〈屁〉は絶対の悪(あってはならぬもの)かというと、そうも言いがたいね。仏師が丹精込めて彫った仏像に否応もなく圧倒されるように、我々は〈屁〉を否応もなく(身体内に圧倒的に)抱え込んでいるのであり、美男美女を問わず善悪をも超える存在であるという一面を持っているからだ。

 そして表現の世界では、我々はさらに〈屁〉に屈折した態度を表出せざるを得ない。例えば最古の歴史書であり文学書でもある古事記は、身体表現の記述において〈屁〉は一切出さないのである。そんなの当たり前だというなかれ、兄弟分の糞は頻繁に出てくるのであるからね。まあ、古代ばかりでなく現代においても〈屁〉が文学として扱われる軽重の度合いは(糞と比べても)極めて低い。品格という観点からいえば〈屁〉は糞にすら劣るのだ。

 世間では〈屁〉の話題は忌避されるわけだが、そもそも我々は「へ」と発声することからしてはばかられるのである。一般に「へ」よりは「おなら」の方がまだ発声しやすい(かもしれない)ね。語感としては「へ」は直接的で野卑さが漂う。しかし「おなら」はそのものからの距離感を出して野卑さ・下品さが漂うのを若干は回避している(ような気がする)。

 漢字(中国語)の「屁」は「ピイ」と読み、これはお尻の間からの放屁音を指しているらしい。確かに直接的だ。日本語では「屁」は「ヘ」または「ヒ」である。つまり、P音「パ」行またはH音「ハ」行が〈屁〉には関連していて、もとをたどれば放屁の擬音へとつながるのである。

 国語学者の上田万年(1867〜1937)のP音説によれば、日本語のハ行は元々はパ行であり、その濁音がバ行であったという。古代では「ハ行」は「パ行」だったとして、P音「パ行」→F音「ファ行」→H音「ハ行」へと発声が変遷しハヒフヘホが登場していると考えている。(つまり「パ」は「ハ」の半濁音ではなく、れっきとした清音であり「バ」は「パ」の濁音であった)

 放屁音との関連でパピプペポ(さらに濁音のバビブベボ)の音韻が〈屁〉の擬音としてふさわしいのは明らかだね。現代の我々が〈屁〉を「ヘ」または「ヒ」というのは、もとを辿れば「ペ(ベ)」または「ピ(ビ)」からの変遷であるといえるわけだ。上田はP音「パ行」→F音「ファ行」→H音「ハ行」へと移った変遷(の心的な動機)は発声の省力化現象だとしているのだが、音成はそのことに加えて「ヘ」とか「ヒ」の発声は(破裂音を避け)放屁音であることを隠そうとする潜在的な心理圧力も加わっていたと考えるのであ〜る。

 かくして放屁音に由来する〈屁〉の発声は(あからさまな擬音であることを避けながら)直接的に「屁」を指し示しているのだ。これに対して「おなら」は「鳴らす」という放屁の行為を語ることを通じて「屁」を指し示しており、直接的な「屁」そのもののへの言及を避けている。これは女房詞として宮廷の女房が使ったとされる隠語であったが、このように婉曲に言及する表現が上品で優美とされた(らしい)のであった。

 我々は意識的にも無意識的にも「へ」と「おなら」を使い分けているね。特に女性が「おなら」を採用していることが多いのは、このような音韻の伝統的背景を踏まえているわけなのだ。品格ある女性は口が裂けても「へ」とは言わない理由である。

 さて、以上は前置きのつもりなのだが、最近ある句集を見つけたのである。最初その本は何の意味かと首をひねり、次にページを開いて感動した。前書きにこうあった。
 次の頁をめくる前に、次の事を理解していただきたい。私は、私が言うのも変だが、〈品〉を重んずる性格です。生物の生理現象の屁を(He・Hi)等と発音する事を嫌い、これをHOと発音することにし、題材をHOにもとめいろいろと歌って見ました。一般の知る「へ」「ヒ」でない、もう少し品のよい「ホ」であると理解していただければ、たとえあなたが良家の方でもスムーズに頁をめくっていけるはづです。つれづれなるままに綴ったホの句集を、コーヒーでも飲みながら、明るい、静かな部屋で、一句一句場景を描きながら、楽しく見ていただきたい、見終ってから〔ヘッ〕などと言う人は、頭のカタイ人「ホッ」とした気分になる人は幸福な人です。
(池田一歩『「ホ」の本』1989年、アイデザインスタディオ刊)

 要するに、まるごと一冊が〈屁〉の句集なのだが、〈屁〉を「ヘ」とは言わずに「ホ」と呼んで一句一句を詠み上げたのである。約三百句ある。パラパラめくりながら(できるだけ上品なものを?好みで)選んでみたよ。
 豪快に こいのぼりのホ スッポ抜け
 親のホに 吠えかかってる 子犬かな
 七夕に 月下美人の 一夜のホ
 竹花の ホのかなかおり かぐや姫
 ホを一つ 落として天下の 秋を知る
 人の世は ホにも足りない 浮き沈み
 タンポポの 坊主あわれや ホの強さ
 ホをひって 可笑しくもない お人柄
 やすらぎは ほのかにかすむ ほのかおり
 電話口 元気な父の ホが聞こえ
 母のホに 目をまるくして 赤ん坊
 十五夜の ホをしたような 色の月
 一日の 仕事終わって 日暮れにホ
 何となく ただ何となく ホを一つ
 新妻の ホにスズ虫も 聞き惚れて
 シャボン玉 一発のホで 露と消え
 今朝のホは 目鼻にしみる 強さかな
 ホのように 頼りないよな 春の月
 手におえぬ 萩の乱れと ホの香り
 ホの一つ 出し惜しみする 寒さかな
 レスリング 負けた悔しさ ホで晴らし
 ホの香り 飛ばした風と コスモスと
 可笑しさに 顔も笑えば ホも笑い

 いやいや、名句がそろっているではないか。これが「ヘ」では品格が激減してしまう。このときの読み換えの「ホ」は唐突感を含んでほっこり謎めいているねェ。唐突感はあるが、まさしく〈屁〉を語っていて、だからといって「ヘ」を「ホ」と呼ぶことに違和感はない。音成の判定では「おなら」よりも品格は数段上である。

 ここでは〈屁〉を「ホ」に解放することに見事に成功している。そもそも「ホ」は「ヘ」と同じH音の隣接する音韻なので親近性が高いのだし、ハ行の末尾の安定感で「ヘ」を引き取っているのだ。放屁音に由来する〈屁〉の音韻は、H音「ハ行」(当初はP音「パ行」)のグループを故郷とするのであり、同郷の「ホ」が登場することに違和感が(あまり)ないのは当然だろう。

 このとき「ホ」は〈屁〉を直接に指示しているわけで、言い換えの「おなら」とは本質的に違う。そういう外連味のなさで「ホ」は我々にせまるのだが、なぜか野卑さ・下品さが失せている。「ほんのり」「ほのぼの」「ほっこり」「ほかほか」「ほのか」といった語に含まれる「ホ」の温かみが加わる。どんなに上品に、どんなに温かく「ヘ」の発声を努力しても、なぜか「ホ」には及ばないのである。不思議だ。

 言葉の音のクオリア(触感)に着目した「ことば理論」を打ち出している「怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか」(黒川伊保子、新潮新書、2004年)によると、人間の発するH音を次のように解説している。
 H音は物理抵抗が少ない音なので、他の子音ほど際立った音にならない。フランス語のように語頭のH音をはっきりと発音せず、母音のニュアンス付けだけに使う言語もある。
 しかし、聞き取りにくい音ながら、発音構造の性質はしっかりしているため、サブリミナル・インプレッション(潜在意識に働きかける印象=引用者注)は、意外にしっかりしているのである。
 物理抵抗を受けない息は、気管の体温を温存したまま外へ出てくるので、温かさの質を持っている。この温かさの質は、後続の母音によって色合いが違っている。気管からの息をそのまま口元にまで一気に運ぶHaの温かさは、かじかんだ手を温められるほどだ。気管からの息を、喉奥の大きな空洞でやんわりと包んで外に出すHoも、口元の温度が高い音になる。
 これに比べて、Hi、Huは、口元の温度が低い。この二音を「温かい」と言われると首を傾げる方も多いだろう。Hiは氷にも当てられる音(氷雨、氷室)であり、フーフーは熱い飲み物を冷ます息の音。「冷たい」とご叱責を受けることもある。
 しかしながら、このHi、Huは、熱いくらいのサブリミナル・インプレッションを持っている。実は、口腔空間を小さく使う母音i、uのおかげで、喉まで体温を温存してきた息の熱は、喉や口腔中空にぶつかり、ここに熱さを感じさせている。喉や口腔に熱を与えることによってエネルギーを消失した息は、口元に出てきたときには、もう冷たいのである。口元の息がクールなので顕在意識は気づかないが、喉に直接熱が与えられるHiは、ハ行音の中でもっとも熱い。というより、i音の鋭さの印象が効いているので、痛いほどに熱い、という方が正しいかもしれない。日(Hi)、火(Hi)は、その素直な表出語である。ヒは吹くが、ホノオ(Ho-No-O)は照らす。ホテリHo-Te-Riよりも、ヒリツキHi-Ri-Tu-Kiを訴える者の方が熱がっている。
 とはいえ、喉元の熱さのために、口元の冷たさが消えるわけではない。HiとHuは喉元の「熱さ」と、口元の「冷たさ」の正反対の二つの質を併せ持っている。特にHiは、その二つの温度差が激しい。この火のような熱さと氷のような冷たさは、ときに痛烈なほどのカリスマ性となって現れる。卑弥呼Hi-Mi-Koのカリスマ性は、Hiでなければ伝わらない。女王キミコではだめなのである。
 なお、Hiの鋭いカリスマ性に対し、HaやHoの温かさは、ヒューマニティあふれる人情の温かさだ。お風呂で手足を伸ばしたり、温かな羽毛に包まれて手足を伸ばす、あの嬉しいリラックス感である。
 同じ子音なのに、母音によってここまで表情を変える。Hは子音というより、後続の音に人間性(体温)の色合いを与える、後続音の強調関数のようだ。だからこそ、フランス語や英語の一部の単語では無発声のHがあるのだろう。
 H音の、温かさ以外の質にも着目してみよう。上あごや舌に触れない息には唾が混じることもないので、乾いた質も持つ。さらに、抵抗の少ない息は、気管から一気に口元に運ばれるので、意外なことにスピード感がある。これは、S音が持つような風の効果音による物体のこれ見よがしの早さではなくて、気管から口元へ静かに一気に運ばれるH音の息そのものの「あっという間に運ばれた」静かな早さだ。
 なぜなら、H音は、気管の空気が口元に届くまでの時間が最も短いのである(喉から口元までならKが最速)。中でもHiは最速で抜けるので、未来を感じさせるほど早い。
 なお、Hの場合、口腔内の滞留時間が長くなるとドライ感は失われる。後続母音がu、oの場合はH音が口腔内にこもって滞留するため、ドライ感は現れにくい。aやeでもゆっくり発音した場合や、長音の場合は同じようにドライ感が弱くなる。逆に言えば、同じ乾いた音でも、口腔内の滞留時間をコントロールできないK音に比べ、適度なドライ感を演出できるのがH音の特徴でもある。
 このように、H音には、温かなリラックス感、静かなスピード感(早さ・未来感)、ドライ感という三つのクオリアが互いに孤の関係(依存関係なしに)共存している。
 同じ空気感系のS音と比較するとS音はクールで適度に湿り気があって静か、H音は温かくて適度に乾いていて静かな印象になる。言い換えれば、Sは春夏の快適音、Hは秋冬の快適音といえる。あるいは、睡眠時の快適音はH、活動時の快適音はSと言うこともできる。
 母音a、iと結びつくと、早さ・新しさのクオリアが強調される。iはその他に熱さを、uは温かさ、eは乾いた感じ、oはリラックス感のクオリアを強調する。
 息を舌に滑らせて出すS音とは、雰囲気感すなわち光や風のニュアンスを伝える音、あるいは快適感の音として同系(空気感系)である。
(強調は引用者)

 要するに黒川の説では、H音「ハ行」の音のクオリア(触感)は体温を温存した温熱感を基本に持ち、発声時の空気の滞留具合によって温熱感は変わってくるのだ。そして気管や口腔内の発声構造(舌や空気の動き、母音との結びつきなど)によって「リラックス感」「スピード感」「ドライ感」がそれぞれ(バラバラの関係で)生まれているわけである。

 ここで我々が注目するのは「へHe」と「ホHo」であるが、特徴が次のように指摘されている。

「へHe」=ドライ感を強調
「ホHo」=リラックス感を強調

 このことを改めて観察してみると、「へHe」と「ホHo」がまったく逆方向にクオリアの比重を提示していることがわかるではないか。発声スピードを可変することが表現に大きな影響を与えている。

「へHe」=ドライ(冷)>スピード>リラックス
「ホHo」=リラックス(温)>スピード>ドライ

 我々が〈屁〉を「へHe」と発声するときは、すでに異臭異音の負の(忌避の)イメージに引きずられているため、一刻も早くその影響からの脱却をめざす心的運動によって短くスピーディに発声し、必然的にドライ感が生まれる。それは冷ややかでもある。

 これを「ホHo」と発声すると、まるで別物の物体を語るような錯覚(普段そうは呼ばない唐突感)もあり、息をためらいがちに滞留つつ発声し、結果的にリラックス感が生まれる。温もりがある。そういうことが陰性の〈屁〉との対比を経て、ある種ほっとする陽性の品格を生んでいるのであろうか。

 ところで〈屁〉を「ヒHi」と発声するのは放屁、曲屁というように少なく限られている。黒川の説では「ヒHi」は(勢いがあって)喉元まで熱いが口元では冷たいとする。喉を境に激しい落差を持つわけだ。喉元で制止がかかるので心的に忌避するもの・しないものをいったん我慢し、できるだけ平穏に客観視する冷静さが生まれることになる。かりに「へHe」や「ホHo」を「ヒHi」と言い換えてしまえば、「へHe」の野卑さ・下品さや「ホHo」の熱さ・温かみまでも抑制して(後退させて)しまうのだ。

 かくして我々の心的運動は〈屁〉の発声という身体表現に向かって、H音「ハ行」に内在する多様な音のクオリアとの相互作用(協働)を追求し、表現の方向性を打ち出していると観察される。

 品格を求めた池田一歩の「ホHo」の選択は、口にしにくい異音異臭への忌避感を遠ざけ、本来の温もりとリラックス感を取り戻して相対的な品位向上を図る、ハ行の中でも最善のクオリアの選択だったのであ〜る。
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2013年04月29日

漫画で語る放屁論

 漫画で〈屁〉がテーマになることはある。なかでも〈屁〉の密室性を正面から取り上げたのが丸尾末広『放屁論』(1985年「キンランドンス」所収)である。音成がこの漫画を知ったのは最近なのだが、〈屁〉の本質を封じ込め、なるほどナルホドそうなのだ、と感動したよ。過激な性描写の作品集「キンランドンス」の中で一服の清涼剤のような作品になっておるわ。

 漫画はでっぷり太った中高年のオヤジが登場して独白する一人芝居。布団にもぐったオヤジが一発の〈屁〉を放って目覚める(多分、休日の)朝の風景から始まっている。(以下の引用は1カッコが1コマ内のセリフで改行は原文のまま)
「ブッ!!」

「スゥゥゥゥ……」

「すぅ〜〜〜
 〜〜〜っ
 ……」

「………
 ………」

「なんていい
 匂いなん
 だろう

 これは
 まぎれも
 なく私の
 屁である
 私のにおい
 である」

「屁は……

 それが『私のもの』で
 ある時
 私を恍惚と
 させる」

「私は『裸の真実』
 など愛さぬ
 から人前では
 決して屁をしない」

「もし不覚にも
 もらして
 しまった場合は
 笑ってごまかしたり
 せず素直に
 顔を赤らめ
 たい」

「垢は他の垢を
 愛さない

 もし
 裸の真実ばかり
 が尊ばれて
 皆が平気で
 人前で屁を
 するように
 なったら……
 私は想像するだ
 に寒気が
 してくる」

「そんな
 鼻つまみの
 裸の真実など
 何故尊ばれ
 るので
 あろう

 それ
 ばかりで
 はない」

「(人前で屁を
 する事によって)
 私の屁が他人に
 理解される
 のは許しがたい

 私の屁は唯一、
 私自身の
 ものであり
 何人にも
 理解されるもの
 であっては
 ならない」

「私の屁には
 誰一人
 立ち入る事は
 出来ない

 そんな私が
 何故人前で
 屁をする事
 ができよう
 か」

「かつて見世物小屋には
 『放屁男』なる
 芸人がいた
 らしいが

 そんなものは
 私にはまったく
 理解しがたい
 つまらぬ
 しろものである」

「何故
 自分の屁を
 他人に売るの
 であろう

 屁は孤独だ
 決してエンター
 テイメントたり
 得ないもの
 なのだ」

「屁は美しいか
 と云へば
 そうではない

 醜いかと
 云へば
 そうでもない

 屁は屁で
 ある
 それだけである」

「屁は
 フォルムを
 持たない

 それゆへにか
 屁はいつでも
 下等視される
 フォルムを持つ
 糞尿にさへ
 それ以下と
 されるのである」

「しかし
 その目に見へぬ
 屁を視覚化
 する方法はある」

「こうやって
 湯舟の中で
 屁をすれば

 (匂いととともに)
 屁を見る
 楽しみが味は
 へるのである」

「一つ
 二つ

 フフフフ……」

「特別
 威勢のいいのを
 する必要は
 ない

 さりげなく
 しかし
 確実に──」

「ブッ……と

 そしてそれを
 私は残らず
 呼吸するの
 である」

「その為には
 やはりフトンの中
 が一番よい
 ようである

 そう
 私の屁が外へ
 向かって
 拡散せぬ
 ように」

「ボードレールが
 死刑囚であると
 同時に死刑執行人
 であるよう

 私は屁をする人
 であると同時に
 屁を味わう人
 である」

「そして私は
 学校の先生
 です」

 このオヤジは実は学校の先生であるというのが最終場面のオチになっているのだが、にこやかに少年少女と手をつないで踊っているところで終わる。画にセリフがついていくよりも、セリフに画がついていってる展開なので、セリフだけ読んでも作品性はふくらんでくるではないか。〈屁〉をめぐる独白の連鎖は〈屁〉を語ってとても鋭いねェ。

 作品をおおうのは〈屁〉への偏愛である。オヤジは自分の〈屁〉が好きなのだが、この好きさ加減(偏愛の心情と理屈)が恋々と語られているわけだ。解釈を加えながら流れを追ってみよう。

(1)自分の屁の匂いとはまぎれもなく私自身なのであり、それが自分だけの匂い(私だけの独占物になっている状況)であるとき恍惚とする。
(2)私は屁を人前では決してしないが、不覚にも(意図せず)人前で屁が出たら笑ってごまかさずに恥じて素直に顔を赤らめる。
(3)世間ではしばしば平気で人前で屁をこく(屁を人間生理の当たり前と断ずる)『裸の真実』がなぜ尊ばれるのであろうか。
(4)屁の『裸の真実』などは受け入れられるものではないのだし、私が屁をこいて私の屁が人に理解・許容されるのは許しがたいのだし、そこには何人も立ち入ってはならない。
(5)まして人前で屁をさらす(屁を他人に売る)放屁芸など理解しがたいものであり、まったくつまらぬエンターテイメントである。
(6)屁はその異音異臭で存在感を際立たせるものの、フォルムを持たない(見えない)ゆえに(卑怯であると)糞尿以下に下等視されているが、見えないからこそ屁は美しくもないが醜くもないのであり、屁は屁であるというだけの孤独な(徹底的に自分だけがその異音異臭を抱え込む)存在なのだ。
(7)そんな自分だけの世界のため、屁が見えるよう視覚化するには泡と化す湯舟が最適であり、拡散させずに呼吸(嗅覚化)するには囲い込んでしまう布団の中が最上だ。どちらも屁をこいて屁を味わう人(いわば詩人)となって楽しむことができる。
(8)かくいう私は(『裸の真実』を教える)学校の先生である。

 まさに一編のポエムのような〈屁〉の漫画なのであるが、〈屁〉をうがって傑作と言ってよかろう。ここで語られているのは、まず〈屁〉が自分自身に内閉されることによって生じる恍惚感の吐露だ。もちろん〈屁〉は身体から腸内ガスが放出されて〈屁〉と呼ぶわけで、ここでいう〈屁〉の内閉性とは放屁によって自分自身だけのために異音異臭が身体の周囲に醸されている状態である。

 我々は〈屁〉の異音異臭を人前で発すれば恥ずかしいが、人知れぬ内閉性があれば楽しめる──そういうことを語っている。もちろん、これは恥ずかしいものを囲い込んで味わっている心的な倒錯だ。

 そもそも日本人にとって〈屁〉は(主として)恥ずかしいものなのだ。そのとき我々は放屁の異音異臭が程度の差はあれど他人に不快を与えることに思い至っているのであり、他人が抱く不快がわが身(=耳鼻)につまされている。そして次の瞬間には、どのような理由であれ自分の一発が(屁をこいてはいけないという)暗黙の協定を破ったことにたじろぐ。このとき我々は「規範=礼儀作法」からの逸脱を感じて湧き起こる否定性の情動「恥」の渦中にあるわけだ。

 このような否定性の「恥」は、そもそも他人の不快に配慮してしまう倫理的な気遣いから起こってくるのであるが、このとき〈屁〉を自分だけに内閉(他人の存在を消去)できていれば、少なくとも人に対する恥ずかしさはない。そしてそれが、限りない自己肯定の恍惚感へと誘われていくのは「囲い込み効果」ともいうべきものだ。

 誰かが〈屁〉をこいて周囲には誰もいないとする。しかし誰もいないにもかかわらず、そこでは他人の存在が消えているわけではないね。要するに(無人島に一人いるわけではないのだから)人は世間という他人にいつでも囲い込まれている(のを自覚している)のである。そこでは具体的な他人は目の前にはいないのだが、心的な(世間の)囲い込みが現象している。

 この囲い込みは我々が世間に鋭く対峙するほどに(厚く囲い込まれていると)感じるが、例えばモテモテの美男美女はそのプライドにおいて世間と対峙しているから、人前では絶対に〈屁〉をこかない(はずだ)。しかし鋭く対峙するほどに囲い込まれていることが強く意識され、自他の区別はいよいよ明確になり、世界の中心にいて〈屁〉をこく自分が壁に囲まれた密室の住人であるかのように感じられてくる。

 もっとも、そういう世界とはほど遠い、のんきな〈屁〉の世界があることはある。江戸の川柳にこういうのがあった。

 屁を放つて可笑しくもない独り者

 これは何ともほのぼのと気の抜けた川柳だが、ぽつねんと独り者が退屈を持てあまして〈屁〉をこいた情景であろうか。この無感覚さには密室感はない。相手(世間)を意識することもなく〈屁〉をこいたところで「可笑しくもない」のである。この独り者のように、少なくとも〈屁〉を意識して世間と向き合う気がまったくなければ〈屁〉は空気みたいに無害なものだ。そういう独身の(健康的な世間知らずの)若者が一人で部屋で〈屁〉をこいても恥(規範からの逸脱)もなければ恍惚感(倒錯)もない。ここには心的密室化は発現していない。

 恥ずかしい〈屁〉を布団に囲い込み味わって楽しむような倒錯(恍惚感)は、心的な密室化から生起してくるのだ。密室化は世間に対峙して、恥ずかしければ恥ずかしいほど強化されることになる。我々にとって〈屁〉は他人を冒涜する(と思い至る)がゆえに、それを我慢(制御)できないことは恥ずかしい。この不覚の思いが激しいほど恥は強化され、これが心的密室化の形成へとつながる。つまり恥が壁になって我々を囲繞してくる。

 話が少々それるが、一般に我々は「美しい」の反対は「醜い」と決めている。子供時代に「美しい」の反対語を「美しくない」と回答して叱られたものだが、それは意味づけの連鎖の世界において決めた認識から違えているからである。しかし、そういう決め事の意味関係から離れ、一つの認識を成立させる構造上の観点からからいえば「美しい」という認識は「美しくない」という認識と表裏の関係で同時に成立していると観察される。コインのように裏がなければ表がない(あるいはその逆もない)のであり、何かを「美しい」と思ったときには「美しくない」も認識している。

 この「美しくない」は「醜い」とは違う。それは「美しい」を欠如したすべてである。同じように「恥ずかしい」という認識は「恥ずかしくない」という認識と表裏の関係にあり、その「恥ずかしくない」は「恥ずかしい」を欠如したすべてだ。かくして「恥ずかしい」と同時に生起している「恥ずかしくない」があることが、恥を意識して表と裏(内と外)が分化する(心的な壁ができる)根拠になるのである。

 恥が壁になる(恥を意識する)ことによって、壁の内側で「恥ずかしくない」が確保される。というか、純度の高い恥の欠如が生起する。心的な倒錯(恍惚感)はこの壁に囲まれた密室で生起してくるのだ。倒錯という言い方はあくまで外から見た評価であるが、恥をよく知る(意識する)者が恥ずかしいものを楽しみ味わう──という一種の逆転現象である。

 世間に対峙した密かな心的密室(恥の欠如)を得ることによって、そこでは世間から迫られていた価値(規範)がリセット(反転)される現象を生む(ことがある)のである。いわば解放区の確保によって自由を得るようなものだ。礼儀作法や規則や禁止や禁忌といった、世間に遍在する規範の締め付けが大きいほどに心的密室度は高まり、密室度が高いほどに倒錯は生起しやすい。

 ところで世間を形成している幾多の規範は細かく制度化されるが、例えば職業も制度化の一環だね。この漫画のオヤジは学校の先生である。このことが象徴的に語っているのは、先生は生徒の前で礼儀作法を語る存在として、規範(世間)そのものとして存在しているということである。だから世間の側にいる限り人前で決して〈屁〉はこけないし、不覚にもこいた場合には深く恥じなければならない(顔を赤らめたい)──というように良心的に先生は振る舞うものだ。

 一方で、先生は〈屁〉というものの「裸の真実」を語る存在だ。そこでは〈屁〉といえども「恥」と切り離されており、例えば〈屁〉は物質として分析され、あるいは人間生理として吟味され、ついには芸事として演じられるわけである。まさに糞尿が学問として、あるいは健康の徴表として、はたまた肥料として等々──さまざまに有用性が(恥じることもなく)語られるように。

 この漫画ではそういう恥じなくてよい状況を「裸の真実」と呼んでいる。〈屁〉において「裸の真実」にどっぷり浸かると恥はないのである。一般に我々は「恥」と「裸の真実」という正反対の心的状況の使い分けをしており、それが世間体というものの総体になっているわけだ。

 しかし、そもそも世間では〈屁〉の卑怯な異音異臭は、何にも先行して存在倫理的に恥ずかしさを喚起するのだから、恥ずかしくない振りをするのは自己欺瞞に通じてしまう。かりにも恥ずかしくない(などと言う)人は極めて倫理感に乏しい人なのであ〜る。だから、オヤジ(先生)は断固として恥を強く強く意識せざるを得ず、この「恥」の意識こそが心的密室の壁なのだ。

 自分だけの世界である心的密室とは恥が欠如したエアポケットであり、物理的な条件としては〈屁〉の場合、風呂とか布団の中とかの密室が心的密室の形成を容易にうながす。そこに持続的に生起した心的密室は我々の行動に大きな影響を与えるわけだが、密室では外界で縛られていた価値の反転(リセット)が起こってくる。つまり〈屁〉が(真逆の、自由の)心的な解放(倒錯)をもたらすのである。

 身体の生理現象である〈屁〉に世間という社会性が介在することで異音異臭が(不快あるいは不快感として)意識化され、ついには「恥」に転じてしまうのだが、そこに世間がなければ「恥」はない。しかし、世間はどこにいてもついて回るのだ。

 心的密室で世間からの解放(外の価値のリセット)がもたらされるとすれば、仮想的に世間がなくなっている状況だからだ。壁(恥)の内側とは、言い換えれば心的に形成された仮面の内側である。仮面とは「恥」をまとった自分が持っている世間体(例えば先生であること)であり、このとき我々は仮面を演じながら仮面効果を体現している。外からは内が見えず、内からは外が見えるのが仮面効果だ。

 こういう内からの一方通行を確保すると心的な優位性を生んでしまう。外面的にも振る舞いは大胆になる。仮面効果のある心的密室で価値のリセットが発現するのだ。そこでは〈屁〉を是とする観念が支配し、異音異臭への偏愛が横行する。やがて(外から見れば独り善がりな)肯定性の興奮と充足の恍惚感に包まれるのである。

 このように人が心的密室化を抱え込むことによって価値を反転させる現象は、実は人間の集団化の中で大なり小なり広く見られることなのだ。例えば、不良グループとか放屁クラブといった、ある種の閉鎖的な集団では、過激な暴力や豪快な放屁が勲章になって自慢の対象になったりする。それは平穏な世間のルールや価値観とは相容れない振る舞いであり、仲間内にだけ通用する。カルト集団においては、反社会的な狂信の価値観が支配することもある。いずれも世間に壁を造った(囲い込みの)閉鎖性の中で発現している。

 漫画の先生に起こっている心的密室化(つまり価値の反転)は個的な現象(倒錯)である。それだけに秘匿された恍惚感は強烈であり、その恍惚感は自分より外には持ち出せないでいる。仮面は外せないのだ。先生にとって外で〈屁〉をこくのは強烈な恥である。そして、その恥による包囲網こそが倒錯を引き起こすのだ。先生は恥知らずではない、恥を知る人なのだ。

 いやはや、長々と理屈をこいたが、このような心的メカニズムをたどりながら漫画は展開している。その表現は実に正確といわねばならない。音成はすっかり感心してしまったよ。先生は〈屁〉を味わうには布団の中が一番よいと結論づけている。内閉の状況を布団はリアルに物理的にも心的にも作り出してくれるからだね。

 最近よく学校の先生が盗撮や児童ポルノで捕まっているニュースが流れる。彼らは(発覚すれば)犯罪になってしまうことに危険を顧みず手を染めているのだが、自らの行為を偏愛する罪や恥を強く強く自覚している(はずだ)。こういう自覚しているがゆえの倒錯劇は〈屁〉に限らず、いくつもの心的振る舞いの文脈を持ちながらこの世界で展開しているのだが、湯舟や布団の中を飛び出した時点で痛々しくアウトになってしまうのであ〜る。
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2013年03月30日

実験で見る〈屁〉

 先日(3月20日)のNHKテレビ「ためしてガッテン」でオナラの特集をやっていた。NHKってオナラが好きなんだよねえ。最近も「あさイチ」でやっていたんだが、オナラを科学的に健康の観点から究めようとする。民放などが面白可笑しくオナラ芸人なんかを登場させて笑いを取ろうとするのとは違って、何というか至って真面目だ。

 今回の番組では元宇宙飛行士の山崎直子さんまで登場していたが、これは宇宙空間における〈屁〉の振る舞いを語るためだった。(NASAが〈屁〉を詳しく研究したのは、含有成分の燃えるメタンガスが船内で危険でないか──つまり船内で〈屁〉をこいてもよいか確認するためだったと)

 山崎さんによれば、船内で〈屁〉はこいてもよろしい(危険ではない)のである。酸素だけでなく窒素も含む船内の空気環境では問題ない。しかし、放出した〈屁〉はかたまりとなって漂う(拡散しない)ので、臭気の純度を保ったまま飛行士の鼻を直撃するというのだ。イメージとしては、宇宙船内の映像で水が球状になってぶよぶよ漂っているあれだ。〈屁〉の場合は透明で全く見えないから、あんな感じで鼻先に来てもわからない。遭遇すればニオイの不意打ちである。

 地上と同様に船内で〈屁〉をこいても危険はないとはいえ、宇宙で〈屁〉が拡散する(薄まる)ことなく純度の高いままに漂うという事態は、地上での〈屁〉の影響よりも大きいわけだ。宇宙においては〈屁〉をこく方もこかれる方も(影響は甚大で隠蔽はしにくいし)緊張するだろうねえ。少なくとも地上よりは心的(倫理的)な禁止(自制)は強く作用する(はずだ)。ちなみに山崎さんは被害に遭遇したことはないとのことであった。そりゃあ、レディの前ではねえ。

 音成はこうした宇宙船内における〈屁〉のありようから、地上とは違う倫理観が芽生えるような気がしたものだ。簡単にまとめると次のようになる。

 宇宙の〈屁〉=どこでもこいてはいけない(便所のような指定場所が必要になる)
 地上の〈屁〉=どこでこいてもよろしい(便所のような指定場所は不必要である)

 もちろん宇宙でも地上でも異臭異音の〈屁〉は無作法であり禁止だろう。ただ、我々が住んでいる地上では〈屁〉はどこでこいてもよい曖昧な存在だといえる。というのも地上では〈屁〉をこいても拡散してしまい、やがて自ら雲散霧消してしまう。この存在の曖昧さは放置しておくだけで隠蔽の効果が生じる(隠蔽しやすい)ということである。〈屁〉をこく指定場所はない。

 人間にとって隠蔽とは自己欺瞞に通じる心的な振る舞いである。嘘つきではないまでも隠し通す(無視する)振る舞いは、ある意味で嘘以上に後ろめたいはずだ。嘘つきがしゃあしゃあとして悪びれるところがない(正義面する)事態は往々にしてあるが、何につけ(不穏なものを)こっそり隠して(語らないで)いることはいわく言い難く後味がわるいものだ。そういう意味では隠蔽は嘘以上に根源的な倫理観を縛っているのだ。

 他人に対して〈屁〉を(こいたのに)こいたともこいていないとも言わずに、あえて黙っている(隠蔽している)こと、その後ろめたさは実は、深い深い心的な背理ゆえである。人によってはその背理の自覚(罪深さ)は地獄の苦悶をもたらすのであ〜る。私の〈屁〉が周囲に被害を与えていようといまいと〈屁〉をこいたという事実の隠蔽(無関係を装うこと)は心的背理なのだ。この隠蔽の意識的自覚または無(意識的)自覚はやがて嘘や自己欺瞞へと強化・発展していくことになる。

 それもこれも地上の〈屁〉の曖昧さ(人に知られないならどこでこいてもよいが、人が知るならどこでもこいてはいけない)からくる事態なのだが、宇宙の〈屁〉はかたまりとなって拡散せず明快に存在を主張する。いわば糞や尿と同等に近い固体性のようなものを獲得する。しかしながら見えないのだから、全く同等であるとはいえないわけで、むしろタチが悪い。不意打ちで存在を明かすのは卑怯なのである。

 ある種の固体性のような、かたまりとして〈屁〉が明確化していつまでも残存するならば、宇宙飛行士は〈屁〉に対して地上とは違う振る舞いを取らざるをえないだろう。まず〈屁〉はどこでもこいてはいけないという暗黙のルールが生まれる(はずだ)。そして、あまりに臭い〈屁〉が多発すれば〈屁〉を処理する場所を要求するようになるだろうね。現実の宇宙船がどうなのか知らないが、他人迷惑な〈屁〉を即座に処理する場所(方法)はあるのだろうか。

 かくして宇宙では〈屁〉は糞尿と同じように処理する場所(方法)を与えられれば、そこでこくのを許容される存在になるのだ。それは明快な社会(宇宙船)のルールに組み込まれたことを意味する。それは〈屁〉が地上で存在の曖昧さゆえに振る舞われた「隠蔽」という原罪から解放されることを意味する──まさに画期的な事態になるのである。居場所を与えられる存在を獲得すれば、新たに宇宙の〈屁〉の倫理観が生まれてくるのではないか。

 いやまあ「ためしてガッテン」ではただ単に宇宙船内で〈屁〉は拡散しないと言っていただけで、音成の形而上的な妄想とは関係ないけどね。で、話は替わるが音成が番組で注目したのは次の実験であった。

 番組では「肉」と「サツマイモ」を使って腸内細菌によるガスの発生を実験していたのである。ガスの発生量は半端なく「サツマイモ」が多かった。あくまで目視だが20倍以上は違ったのではないか。フラスコ内で盛んに発生したガスが管を通って注射器の押子をするすると押し戻すのを見て感動してしまったよ。

 イモを食ったら〈屁〉が出るとはよく言うが、それを実感する素晴らしい実験だった。このように実際に目で見るということ(事実)は、人間の認識に大きな影響を与えるものだ。

 また番組では実験で発生したガスを嗅いでいたのだが、「サツマイモ」から発生した大量のガスは臭くなかった。この実証も音成には意義深かった。(実際の〈屁〉は糞と触れ合ってニオイがついてしまうが、そもそもが臭い肉によるガスほどではない)

     肉食の〈屁〉=発生は少量/臭気は強
 サツマイモ食の〈屁〉=発生は大量/臭気は弱

 これは何を意味するのか。ここからまた音成の妄想だが、それは食性が肉食系の人種と草食系の人種の〈屁〉の差異であることを意味するのだ。この差異は存外、人間の精神形成(文化)に深く影響を及ぼしているというのが、かねてからの音成の持論(参照)。日本人はおおむね草食系の文化である。〈屁〉が多いか多くないか、臭いか臭くないか──そういうことが文化の根底に横たわっているのだ。まあ、詳細は今日は止めておきます。

 番組はニオイに悩む人には、一日にヨーグルト300グラム、サツマイモ100グラムの摂取をアドバイスしていた。ヨーグルトは腸内環境を整える(善玉菌を増やす)効果であり、サツマイモはガスの発生で臭気を薄めるという効果である。こういうアドバイスも実験を見せられた後に聞くと説得力があるよねえ。
posted by 楢須音成 at 12:49| 大阪 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月10日

放屁名人の虚実

 人間はそうであって欲しいという願いを陰に陽に現実に投影するものであるらしい。このことは人間の現実解釈が願望に引きずられたものであることを示している。そしてその願望とは、そうであって「欲しい」というようなものばかりではない。そうであって「欲しくない」というような願望もあるんだね。

 政治や経済や文学などの言説が例外なく色濃く願望に塗り込められていることは冷静になればわかるだろう。ただその願望が構造化されて(理論とか事実とか擬科学の言説で)客観的に語られ、時には強固に信心の世界に入り込んで正当性が主張されるのである。こういう段階になると、それを主張するイデオローグに同調行動をとる集団的な一派(同志)が形成されることもある。

 しかしまあ、どうころんでも願望とは自らの物心両面の栄達を願う(あるいは他人の栄達を嫉む)自己中心主義の欲望なのだ。巷を賑わすアベノミクスへの毀誉褒貶の言説にも、どんなに客観を装っても根深く願望が見え隠れしているね。評論家のみならず、デイトレードの株をやっている友人は円安・株高に急に人生観や性格が明るく(楽天的に)なっていった実にわかりやすいタイプであ〜る。

 さて、願望による現実解釈は〈屁〉にも影響を及ぼすことがあるのだと今さらながら知った。運(ウン)なのか縁(エン)なのか、前回ブログで放屁名人を取り上げたあと、何とその名人が紹介されているという写本「秋月雑記」を収録したエッセイ集(筑紫健太『続楽我記』1961年刊)を入手したのだが、そこに驚くべき記述を発見したのだ。

 甘木(現朝倉市)にいた放屁名人を記録した「秋月雑記」とは、秋月藩(福岡藩の支藩)の「藩士や庶民の逸話、滑稽物、怪談、色物等集めて」書いてあるもので、その一部が残っているらしい。

 この「秋月雑記」の中にある放屁名人の記述を典拠に、エッセイ集『河童の屁』の中で著者の山本辰雄は放屁名人を紹介したのだった。山本は「放屁名人がもと甘木町に住んでいた事が明らかにされている」として、その甚太という人物の放屁芸の様子をまるで見て来たように生き生きと書いている。(前回のエントリ参照)

 山本の描く甚太はこうだ。
(1)甚太は木綿を売り歩く行商人だった
(2)頓智があり人を笑わせるユーモアがあった
(3)かねてより放屁芸の誉れが高かった
(4)放屁芸で歌舞伎を中止させることを提案した
(5)舞台で自ら唄い屁三味線の伴奏を吹奏した
(6)歌舞伎役者も芸を忘れて見物するほど凄いものだった
(7)ついに歌舞伎を中止に追い込んだ

 やってきた神社の人気歌舞伎にのぼせて家人が働かなくなったと商人たちが嘆いているところに、甚太は放屁芸で歌舞伎を中止させると提案し、アホな、と誰からも信じられないまま舞台に立つや、観客をアッと驚かしヤンヤの喝采を浴びたのである。

 山本曰く「この甚太は若しかすると安永三年頃、日本中をあっと驚嘆させた曲屁福平のなれの果てであったかも知れぬ、でなければ、甚太は日本の放屁名人福平を凌ぐ屁の達人として、あらためて放屁の歴史の人物として登場を願わなければならぬ人ではないだろうか。それにしてもかくも秀いでた屁の達人がこの私の故郷にかつていたという事実は、なんとしても嬉しいことである」と。確かにそう言う賛辞や郷土愛もアリだと音成は思ったねェ。

 で、今回見つけた写本の記述だが、こうなっていた。以下に「放屁」という章の全文を引用する。
 甘木町に甚太と言うて、木綿を商う者あり。常に滑稽を以て世に聞こゆ、ある日大阪屋なる豪家に遊ぶ内、友達に言う。この頃祇園社内歌舞伎大当り、家の者と共にこの歌舞伎を止めさせる妙術は無きかと、互に論じ合う。甚太我は屁(ひ)りてせんと言いしに、友達笑うて承知せず。甚太言う然らば見物したまえと、翌日面白く仕度を整え、幕の半ばに、甚太出で、舞台際に尻をまくり、自ら歌を唄い尻を出して三味線の代りをなす。見物群り集り、面白がり各々見る。役者共に舞台に出て見物し、狂言とんと止みぬ。友達実に感嘆して休す。後で窃(ひそか)に其の手品を聞けば、甚太友人の一人を舞台の下に入れ、尻を口にして鳴らさせしと。

 甚太という人物がいて神社歌舞伎の舞台で放屁芸を披露して喝采を浴びたというストーリーはそうなのだが、これでは話の趣旨が違うではないか。音成は仰天したよ。「窃に其の手品を聞けば、甚太友人の一人を舞台の下に入れ、尻を口にして鳴らさせし」というのだ。つまり、甚太の放屁芸はインチキ(手品)だったのである。

 山本の紹介の仕方は事実だと言っているに等しいから、脚色が限度を越えて捏造になっている。元の話はただの頓智話なのである。そう思って写本を読めば、どこにも甚太が名だたる放屁名人であるというようなことは書かれていないわけだ。

 仲間と遊んでいたとき、家人を惑わす人気歌舞伎を止めさせる妙案はないかと議論になり、ならば自分が放屁芸でやってみせると言い出した甚太が、実際やってみせたら大喝采となった――そのオチは、舞台下で友人が尻を口にして鳴らしていたというのだ。

 これは放屁名人の話ではない。なぜこのような話を名人の話として紹介したのかなあ、と思って山本の記述を読み返してみたのだが、写本と比べればその脚色の度合い(創作)は相当なものだねェ。すっかり音成はだまされてしまったのだが、山本の脚色の執念(願望)には笑ってしまったよ。小説家みたい。

 しかしまあ、音成もこういう話は(あってほしいと)信じたい願望があるわけで、容易に同調行動に走るわけである。走るばかりか言葉を紡いでエラソーに論をなす。そういう〈屁〉の無間地獄からは逃れられそうにないわ。

 ブログで紹介した手前、ただの屁話なんだが、本日は挽回を試みた。
posted by 楢須音成 at 18:01| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月28日

放屁名人の存在

 このブログに限らず、おなら談義がわずかでも一定の嗜好性をもって展開されるのは、世にあまたある好事家向きの事象と何ら変わりない。好んでそれを語る流儀(振る舞い)は、結局のところ「好きだ」という以外に言いようがないわけだが、おなら談義が大好きな(面白がる)人は多いのである。

 しかしながら、なぜに〈屁〉なのか。まあ、普通はその実技における異音異臭は忌避され、恋人や夫婦のような親密な仲のくだけた場面でも、あからさまな放屁は敬遠されるものだ。それが文筆(言語)における談義となると大胆(語るにあけすけ)になる──というか実に博学・能弁だったりする。そういう〈屁〉の嗜好性は、肯定的なものを好きだと言うのと違って、否定的なものをあえて好きだと言ってみせるアマノジャクなところに意気を感じなくてはならない──のではないかねえ。

 人生の諸事に関してエッセイを書くとして、そこに〈屁〉の諸事を添えるというのは一頃(だいたい昭和三十年代あたり)流行した手法だったようだ。そういうエッセイ本が多出している。なかにはベストセラーもある。まあ何というか、当時は〈屁〉が読者にも受けた(社会現象だった)んだと思う。以下の中にはまるごと〈屁〉談義の本もある。
1954年 はだか随筆(佐藤弘人)
1956年 放屁学概論(金沢恒司)
1956年 お好み聴診器(佐藤三蔵)
1960年 厠談義(杉戸清)
1961年 一発OK(まえはらただきち)
1961年 おさんずいひつ(小倉清太郎)
1962年 河童の屁(山本辰雄)
1962年 おなら先生(太田馨)
1962年 狸の金玉(原三正)
1963年 臍下たんでん(手塚正夫)
1964年 おなら粋門記(藤田保)

 このうち地方出版だが、『河童の屁』(山本辰雄著、1962年、那の津書房刊)には「おなら談義」の一章が設けられている。人生の「あまくち談義」「からくち談義」「つれづれ談義」の章ときて〈屁〉になる。著者は福岡県の県会議員をやった人で地元の名士。こういう人が〈屁〉のウンチクを傾けている。「おなら談義」の目次を引用しておこう。
おならを訪ねて
 屁の臭さ
 屁にもお色気
 屁の色
 放屁名人曲屁福平のこと
 屁という名の字
 屁詮議
 屁の諺
 屁の徳
 外語の屁
 屁臭列伝
 福岡県での放屁名人
 河童の屁
 河童の諺
 月のもの
 柳河の河童
 小咄見合いの屁
 名優放屁弁
 笑い話眼ぐすり
其の他
 屁川柳
 屁の狂歌
 屁の都々逸
 屁の俗謡
 屁を論ずるの弁
 小ばなし南無三
 ずぼらあれこれ
 洒落
 老人のために読める

 さて、音成はこの中でも「福岡県での放屁名人」とか「柳河の河童」のような"地元ネタ"には興味をそそられるね。巷の〈屁〉の話は似たようなものが多い(このブログでも話題にした話が網羅されている)のだが、同じパターンでも"実在した"というような固有の事実性に根ざしたものは貴重といえる。
 甘木市に緒方健蔵さんといって随筆をよくする人がいる。
 心に思い、感じたままを何回かまとめて刊行された。つい先頃も「続楽我記」と題して出版されたがとても評判がよい。手に取ってみると、なかなか内容も秀れていて大いに参考になる本である。この本のうしろのほうに「秋月雑記」という作者は詳かでないが徳川の末から明治の中頃までを書きとどめた写本の抜き書が一部掲載されている。この抜き書の一節に、放屁の文がある。これによると放屁名人がもと甘木町に住んでいた事が明らかにされている。
 放屁の名人はその名を甚太といった。甚太はもともと木綿を売り歩く行商人であった。しかしなかなか頓智があり人を笑わせるユーモアも心得ていた。ある日のこと同町の豪家、大阪屋で数人の人が集まり最近祇園境内で歌舞伎をやるためそれにのぼせて家の者がさっぱり働かなくなって困るという、くやみ話が持ち上がった。
 三人集まれば文殊の知恵というが人気歌舞伎を中止させる妙案も浮ばず、このままでは商売は上ったり、どうすればいいのかと思案投げ首の頼りなさであった。そのときである、かねて屁名人の誉れ高い甚太、特異の放屁芸能で歌舞伎興行を「止めさせましょう」「私の力で」と膝を乗り出した。
 しかし集まっていた連中は噂に聞く放屁名人だけで、見たことがなかっただけに、鼻の先でせせら笑って本気にしなかった。至芸である歌舞伎と嫌らしい屁とでは最初から問題にならなかったのである。ところが甚太、一度云いだしたからには後には引かぬ性格『わしの屁が信用できませなんだか』、百聞は一見にしかず「わしの曲芸を見て欲しい」と強談判。論より証拠というわけで、翌朝、甚太の放屁芸を見物することになった。さて甚太は心得たもの身ごしらえもよろしく歌舞伎のあい間を拝借、にぎやかしく舞台の人となった。
 甚太は先ず尻をまくって初見参。観衆アッと驚くなかを、自ら歌を唄いながら屁三味線でよろしくたえなる伴奏を吹奏した。見物人は前代未聞の珍芸という訳でヤンヤの喝采をほしいままにしたことは申すまでもないが歌舞伎役者も芸を忘れ共に見物したのである。こうして病みつきの家を忘れての歌舞伎鑑賞も、ついにこの曲屁によって、歌舞伎は中止のやむなきに至ったというのである。
 今思えば、この甚太は若しかすると安永三年頃、日本中をあっと驚嘆させた曲屁福平のなれの果てであったかも知れぬ、でなければ、甚太は日本の放屁名人福平を凌ぐ屁の達人として、あらためて放屁の歴史の人物として登場を願わなければならぬ人ではないだろうか。それにしてもかくも秀いでた屁の達人がこの私の故郷にかつていたという事実は、なんとしても嬉しいことである。

 この話の面白いところは甚太の屁芸が(噂にすぎなかった名人芸から誰からも広く)認められた過程にあるね。つまり〈屁〉の芸が、歌舞伎という誰もが認める至芸と相拮抗する芸へと昇格した話なのである。

 豪家に集まったのは富裕層の旦那衆(経営者)を中心にした商人たちだろうが、神社の境内での歌舞伎興行の強烈な人気に渋い顔。家の者や使用人がのぼせて働かなくなっているのである。そこに甚太という(多分、末座にいた)放屁漢が一計を提案する。この人物は人を笑わせる才はあったというが、旦那衆の前での放屁は慎んでいたのだろう。自分の屁芸で歌舞伎の人気を横取りしてみせるという案を、旦那衆は一笑に付す。そこを強引に談判して甚太は歌舞伎の幕間に芸を見せることになるのである。

 これは屁芸が晴れの舞台を提供されたということだね。芸事で舞台に立つということは格別の意味を持つものだ。格式のハードルを一つ越えたことを意味するわけで、仲間内のカラオケボックスの美声もいいが、例えば観客を集めてのNHKのど自慢大会となると評価の次元(評価軸)が違うのである。ステージを得た甚太は「尻をまくって初見参。観衆アッと驚くなかを、自ら歌を唄いながら屁三味線でよろしくたえなる伴奏を吹奏し」「見物人は前代未聞の珍芸」に喝采する。面白いことに(プロまたはセミプロの)歌舞伎役者も芸を忘れて屁三味線を鑑賞(堪能)したというんだね。

 甚太の屁芸は大人気で歌舞伎を喰ってしまった。歌舞伎の中止は歌舞伎役者の側からの撤退(プライド喪失)だったかもしれないねえ。まあ、それほどまでに甚太の芸は凄かったのだろう。

 山本の記述の根拠は江戸末から明治中期までを記録した写本にある。それによれば甚太という放屁名人は実在したらしい。多分、九州の甘木に限らず全国にこのような放屁名人がいたこと(参照)は想像に難くないが、記録は乏しい。特に〈屁〉の場合には、単に芸をしたとか実在したとかだけでは必ずしも十分な記録は残らないのである。

 我々にとって〈屁〉とは基本は忌避すべきモノ、隠蔽すべきモノとして存在している。放屁名人もいったんは称揚されても、それは一過性の現象としてやがて封印され(忘れ去られ)る。芸の伝統が実体として伝わらない。どんなに受けても〈屁〉は歌曲になり得ず、歌い手としての師弟関係も確立できないのだ。まあ、一発芸という連続性の欠如(の環境や条件)によって記録もやがて噂の領域に埋没してしまう。放屁名人のまともな伝記などは(日本には)存在しないね。

 著者の山本は甚太の存在を郷土の誇りとして喜んでいる。さらに詳しい記録があれば、山本の筆が伝記へと進んでも不思議はなかったろう。まさしく〈屁〉を語る心意気であ〜る。
posted by 楢須音成 at 23:58| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月31日

〈屁〉をこらえる奥義

 年が改まって最初の宴会は新年会。皆の衆よい気分で大いにはしゃいでいるので、喧噪の中にいて屁の一発や二発は目立たないだろう──などという了見の人はいるかな。いや、いるだろうな。しかし酒席に限らず人の面前での〈屁〉というものは、まあ普通には興ざめ。我々は〈屁〉が露見しないように四苦八苦するね。

 昔から〈屁〉を我慢する技法として踵(かかと)を使うというのがある。川柳にも「おとなしう見せて踵で屁を殺し」とある。どのようにするのか。
◎屁の放り様
甘薯(さつまいも)又は持たれ易きものを沢山食い込み、貴人の前抔(まえなど)へ出で急に屁の催しあるときは、踵(かかと)のまるきところを尻に確(しか)と宛て、力のあらん限り押しつけ、時々これを捻(ねじ)りつけるやうに心がけ気を緩(ゆる)すべからず。此の如く二度三度と堪(た)へる時、屁の気はますます激動して来て、四度目位には、殆んど踵の力の及ばぬ程の勢ひにて押し来るものなり。其の時両方の踵を充分放ち去り又尻をも充分あげ、思い切つて放(ひ)り出し是れと同時に、一と調子声を張り上げて、話を仕出し紛らかすべし。その割には、音のせぬものなり。若(も)しなまじにこれを押へんとする時は、唐人笛の如き音を発し、却(かえ)つて聞き苦しきものなり。
(礫川喜望『放屁百話』序)

 踵のまるきところを尻(谷間の肛門あたり)に押しつけ、これをねじり込むようにする──というのを、実際にやってみよう。これは正座してないとできないね。音成は正座が苦手なので、やってみたのはいいが、足がつってしまって転げた。これでは〈屁〉を我慢するどころの話ではない。アイタタタと転げながらブウブウブウ出放題になってしまう。まずは、きちんと正座の姿勢が求められるわけだ。

 この正座は〈屁〉を我慢する第一の要諦である。姿勢よく背筋をのばして正座すれば〈屁〉の気は上へ抜けていく(はずだ)。ねじり込む踵は谷間に具合よくはまる(かな)。踵で肛門に栓をするようなものだが、ここに体重をかけて集中するのだ。

 引用した礫川の語る指南が一歩踏み込んだところは、それでも限界を越えてくる〈屁〉の処置に言及しているところである。激動する〈屁〉が踵を押しのける勢いを持てば、もはや仕方がない。思い切って〈屁〉を解放するのである。両方の踵を開きつつ、目立たぬように(しかし過不足なく)尻を浮かせ(肛門を)緩めて放出してしまう。そして(ここが大事なところだが)このとき同時にちょっとばかり声を張り上げ、やむを得ぬその音にかぶせて話を切り出す。このときの放屁音は意外に目立たない──というのである。

 繰り返すが、大事なのは気を抜く肛門の緩め具合だね。なまじ緊張し恐る恐る出るものを押さえつけようとすれば、唐人笛(チャルメラ)のような(甲高い)音が鳴る。この加減は大変難しい(だろう)。

 こう見てくると「踵で屁を殺す」という行為の奥深さ(困難さ)がうかがえるのではないか。ワザを分解して整理してみる。
(1)屁意を感じたら、
(2)正座して姿勢を正し、
(3)踵を谷間にあてがい、ねじり込むようにして、
(4)体重をかけて肛門に栓をする。

 かくして「正座→ねじり込み→栓」という踵を中心とする一連のワザがあるのである。ただし〈屁〉の圧力が限界に達すれば、ガス抜きのワザを用いる。
(5)思い切って踵を緩めて肛門を開き、
(6)放出しつつ声を張り上げて話を切り出す。

 いずれのタイミングも微妙なさじ加減があるだろうし、この流れを会得するのは難しそうだ。一足飛びに(5)(6)の段階を実行するケースもありなのかもしれないが、やはり(1)〜(4)までの我慢を重ねる緊迫していく段階があって(5)(6)の終局なのであろうな。その緊張と解放が人知れず成功裏に終わることこそ〈屁〉の隠蔽の醍醐味というべきか。

 一般に奥義と言われるものの奥深さとは、表の芸の裏に潜むワザの積み重ねだ。その積み重ねが表の芸に到達するまでの隠れた精進は、観客を巻き込む一大イベント(語り草)となって評価の対象ともなる。それに比べれば〈屁〉の隠蔽の奥義の奥深さは、全く観客に気づかれない。誰も気づかなければ誰も評価しないわけで、それは評価対象ですらない。そういう〈屁〉の奥義とは、あくまで個人の秘めたる(本来は)自慢できぬ(自慢にもならない)ワザなのである。失敗したら恥の奈落に落ちる。

 そもそも〈屁〉は存在しなくて当たり前の存在(無用のもの)であるが、身体内に不可避に存在しており、異臭異音の迷惑千万な属性のため忌避されている。全くの無用という本質的な無意味さによって、その不届きな異音異臭の激しさに嫌悪の感覚を呼び覚まされる一方で、自分がそういう〈屁〉の原因となったりして関わること(意識化)には深甚な恥の観念を形成してしまう。

 観念は次第に理屈(論理)や実行(実現)を伴ってくるから、我々は自他の〈屁〉を回避するために意識的にも無意識的にもさまざまに言論(言訳)と行動(行為)をなすのである。

 そのような〈屁〉の言論と行動においては「隠蔽」や隠蔽できないときの「擬態」との間を行きつ戻りつしながら、我々は翻弄される。踵による〈屁〉の封印のワザは、この「隠蔽」から誤魔化しという「擬態」によって完成するのだ。ひたすら〈屁〉を回避する孤独で危険な営為には違いないな。
ラベル: 正座 奥義
posted by 楢須音成 at 05:25| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月31日

天下に響く百態の〈屁〉

 ネットでヒマつぶしに検索していると、ときどき思わぬ拾いものをすることがある。だいたい〈屁〉に関する文献などは古書店を回っても(ほとんど)見かけない。音成の〈屁〉の文献が急に集まり始めたのはネットが使えるようになってからだね。

 それに国立国会図書館の近代デジタルライブラリーでは明治以降の〈屁〉に関する記述のある文献が結構たくさん公開されている。ここもネットが使えればこそ在宅で大いに活用できるところである。スキャンしたものが直に閲覧できるので、いちいち複写を依頼する必要がないが、ダウンロードも自由なんで金欠病の音成には有難いね。

 まあ、いくら〈屁〉の文献を漁っているからといっても〈屁〉にお金をかける気にもならないわけで、コピーですませられるところはすませてきた。骨董趣味もない。資料の整理が悪く、あちこちに置いているからすっかり忘れたものもあったりする。ひょんなときに"発見"したりするわけだ。

 ところで先日、入手した本をパラパラめくって感動してしまった。まるごと一冊が〈屁〉の本なのである。甘薯子著の『抱腹絶倒 放屁百話』は初めて手にするもので、中身はまあ、他愛ない〈屁〉のエピソードがしっかり集められている。奥付を見ると1905年(明治38年)の初版発行とあった。当時の文庫本である。

 目次でそのフレームワークをのぞいてみる。
放屁論序(平賀源内)
屁の放り様(礫川喜望)
 
放屁倶楽部
馬子の屁
乳母の屁
俳優の屁
盲目者と屁
お大名の屁
比丘尼の屁
医者の屁
つんぼと屁
品行方正な人の屁
おつかさんの屁
屁の力くらべ
役人の屁
花嫁の屁
盗人の屁
下婢の屁
新婦の屁
善屁
屁の気
屁をはかる
黄鼠の屁
真の屁
風鳥
ぶつてき
按摩屁になやまされる
小児と屁
軍人の屁
屁の見舞もの
小学生徒の悪戯
屁合戦
人力車夫の屁
馬の屁と猫の屁
楽隠居の屁
あばずれ女の屁
お嬢様の屁
屁会
禿の言ひわけ(一)
禿の言ひわけ(二)
親子兄弟
ぶつさき羽織
臭い鉄砲
恵比須と大黒の屁
へっぴり蟲の臆病もの
屁かぜのつよい男
スースー臭い息する人
尻でうなる紙鳶
つんぼと目くら
屁だまをかへせ
屁だまのやうにとんでなくなる
屁もくさいばかりで音はなし
出たらおまえの分にしておけ
だれも放るもの
屁を製造するもの
疝気で屁が出る
我と我が屁に困まる
よい臭気
放屁の治療
百日の縁談屁一ッ
態と放る

風来山人放屁論跋(平賀源内)

 とまあこんな調子で構成されている。平賀源内の『放屁論』を意識して、我々が現象させる〈屁〉の百態を集めているのである。こういう〈屁〉の話はウソかホントかわからないものの、さもありなんという擬似的エピソードなのであり、我々の行動パターンとして笑いの説得力があるものだ。

 サルバドル・ダリの『天才の日記』(1952年〜1963年の日記)の中に『「放屁の術、または陰険な大砲に関する概論」の抜粋』という一章があるが、ここでも「田舎の屁、夫婦の屁、処女の屁、武勲に輝く戦士の屁、姫がたの屁、若い娘さんの屁、既婚女性の屁、おかみさんの屁、農婦の屁、羊飼いの娘たちの屁、老女の屁、パン屋の屁、陶工たちの屁、仕立屋たちの屁、地理学者たちの屁、ラーイスの屁、寝取られ男たちの屁、学者の屁、事務員の屁、男優および女優の屁」などと、同様の〈屁〉の百態がピックアップされている。

 洋の東西を問わず、この〈屁〉という奴は人間の諸相を照らすものらしい。『放屁百話』から紹介してみよう。
◎品行方正な人の屁
磊落(らいらく)な人の撒(ひ)つた屁は、別に人にふしぎかられるやうなことはなけれど、品行方正で、常にしかつめらしき人の放つた屁は、長く人の物わらひとなつているものである。そればかりでなく、非常に人にふしぎがられるるものじや。堅田確蔵(かただかくぞう)といふ漢学の先生が、少しの過失でも容赦なく小言をいふ人であつたが、一月元旦のお祝ひの席で、しかも君公の面前において、尻をあげて敬礼する拍子に、ブツといふ大きな奴をやらかし、そのあはて方のおかしかりしと、その恐縮せる状(さま)のおもむきありしとは、今もかたり伝へて笑ひの種となつている程である。して其の申しひらきのことばがおもしろい。御場所をも憚からず、無作法千万にも、ブツと罷(まか)り出で候(そうろう)段、唯々(ただただ)恐れ入り奉りますといふた。

◎屁放りの屁
居ても起つても寝ても醒めても、いつも屁ばかり放つて、人にいやがられてる男あり。自からも臭気に耐へねば、人々もさぞ迷惑ならんと、ある時物識りの友人を訪ひ、「君も知て居らるる通り、平生心がけて居ても、ついブーブーと出て止まらず、これを拒(ふせ)がんとすれば、ますます出て抑へがたきは、是れ屁の常である。今これを抑へんとして抑へきれずに困難するよりは、いつそ香りのよき屁を放つて、人々に好れた方が増しであらふと思ふ。何んぞ屁の香りをよくする薬はないものか」と問ふた。友人「ソリヤ六(むつ)かしい注文じや。どんなかほりのよいものを喰ても、普通に屁化するは当然(あたりまえ)のことじや。だから屁の臭ひに負けぬやうな、つよい臭ひのものを喰ふのが第一番じや」、屁ぴり「ソレデは何がよからふ」、友人「そうさな、大蒜(にんにく)を喰へ大蒜を、アレならきつと屁の臭ひに勝つよ」、屁っぴり「だつてくさいぞ」、友人「ソレリヤ臭いサ、しかし大蒜の臭気(くさみ)は正路(せいろ=正道)じや、屁の臭いとは違(ち)がふ」といはれた。

◎女郎の屁
女郎急に雪隠(せっちん)へ行き、かけがねをはづさんとしてブウと屁をひる。女郎「ヲヤ、まだまたぎもしなひに」と独言(ひとりごと)。

 こういう話は江戸の小咄などからのものも多いが、いつの時代も〈屁〉は人生の鏡だよ──と、つぶやくうちに年の瀬。今年はいくつか資料になる文献も入手したので、来年もまた愚見愚考しながら追々紹介していきたいと思う。よいお年を。
ラベル: 百態
posted by 楢須音成 at 05:59| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月30日

娯楽になり芸になる〈屁〉

 我々の〈屁〉は異音異臭によって忌避されるモノではあるものの、時に放屁という行為は「自慢」ともなり、ついには面白可笑しい「芸」として受け入れられることがある。江戸時代には〈屁〉の芸人が登場して人々を興奮させるビジネスショーを大々的に成功させたこともあった。

 華やかで金になるビジネスショーとして大成功するには、いつの時代も人が集まる成熟した都会での興行が必須になるだろうが、ビジネス以前の〈屁〉の芸は古代から連綿とあったわけで、民話の世界ではそういう芸をする人物が繰り返し登場している。

 世間でもてはやされるエンタテインメントの芸は人の面前で演じられる。そこには「型(様式性)」があって「反復(再現性)」が求められる。それは比較できる「熟練(完成度)」において評価を高めることができる技術である。

 日本の民話の中に〈屁〉の話はいろいろあるが、もちろん〈屁〉でする芸は「芸として」注目されているわけだ。しかし、芸とはいっても普通の曲芸や曲馬などと違って、曲屁はいささか別格。何しろ異臭異音の代物を駆使するのである。しかもそれは、我々の身体から出てくるが、自由自在に扱うには制御が極めて難しい。口笛と放屁の間には制御の難易度の違いが歴然とあるわけである。

 洗練された〈屁〉の芸としては平賀源内の「放屁論」に活写された江戸の花咲男の例がある。興津要の『江戸娯楽誌』(1983年、作品社刊)が源内の語りのままに紹介しているので引用する。
 その演技は、囃子に合わせて、最初が、めでたく三番叟(さんばそう)屁「トッパ、ヒョロヒョロ、ヒッヒッヒッ」と拍子よく、つぎが夜明け鶏の声を「ブブ、ブウーブウー」と、ひりわけ、そのあとが水車で、「ブウブウブウ」と、ひりながら、自分のからだで車返りというアクロバットを見せ、はしご屁、数珠(じゅず)屁はもちろんのこと、きぬた、すががきなどの歌舞伎の下座音楽から、犬の鳴き声、花火のひびき、長唄、端唄、メリヤス、伊勢音頭、一中節、半中節、豊後節、土佐節、文弥節、半太夫節、外記節、河東節、大薩摩、義太夫節など、あらゆる曲節を合奏したというから、その特技はすばらしいもので、絶大な人気を博したのも当然だった。

 芸もここまでくると芸術なのかと言いたい(とはならないか…)くらいだが、もとを辿れば、それは仰天の〈屁〉の響き。こいつをいかに制御して芸にするかが勝負になるのであるね。人気を博したこの花咲男は一つの頂点を示したとは言えるであろう。

 もちろん〈屁〉の芸がここまでくるには歴史的経緯というものがあるわけで、そのことについては前に少し考えてみた(参照)。しかし、もっと素朴な、我々の〈屁〉が芸になる道筋のそもそもの起源(最初のきっかけ)はどの辺にあったのだろうか。まあ、どうでもいいことながら、それは誰もが〈屁〉をこくという現実において、特に発揮された〈屁〉の多発性が関心を集めたところに起源を求めてよいであろう。

 要するに〈屁〉をたくさんこく人が話題の中心にあったのだ。このときの〈屁〉は嫌がられるか、称賛されるかの岐路に立っている。当然ながら〈屁〉の芸は称賛される道筋を辿るのである。

 称賛とは比較の結果だね。多発する〈屁〉が数を誇って比べられ、さらには擬音や音曲に(似るように)完成度を高めていき、それを自由に操る(制御する)ことが評価される。
 明治・大正時代から昭和戦前期、そして昭和二十年代頃までの日常食はガス(屁)の源泉となるカライモ(甘藷)やタイモ(里芋)、ジャガイモ、トウキビ(トウモロコシ)などの澱粉質の摂取量が極端に多かったので、その頃の人々は今日の我々よりはるかに放屁活動が活発であったといわれている。
 そのため娯楽が少なかった以前の社会では、今では考えられないことだが屁ひり会(屁ひり較べ)が行われていたとか、屁ひりの名人と呼ばれる者がいたとかいう話が伝えられている所(本山町・大豊町・春野町・土佐市・須崎市)がある。若者宿の中での生活や青年団活動などのときにも、屁ひり較べに類するようなことが行われていたと伝えられている。また娘たちが「オウミ宿」(糸を持ち寄って紡いでいた宿)放屁者探しをした話も伝えられている(吉川村、土佐市、須崎市)。
 明治・大正時代の土佐の村人に最も人気があった娯楽は村芝居(歌舞伎・人形芝居)と木遣り節であった。その村芝居上演のときには少し幕間が長くなると、「これほど長う待てるかや(待つことはできない)」「早う誰ぞ出て屁でもひれ」「誰々さんは屁ひりが上手、浄瑠璃(太平洋戦争後は「君が代」ということが多かったという)ぐらいはひり(吹き)上げる」(春野町弘岡・土佐市芝)などという野次が飛んだりしていたというが、そのような時にはケツに自信のあるヒョウゲモノ(道化者)が、我も我もと前へ出て自慢の技を競っていたと伝えられている。
 このような場に出る者は前もってゴボウや豆を食べて準備していたという(春野町・土佐市・須崎市)が、これは放屁効果を高めるためであったという。放屁現場では出演者同士や観客との間で、前記した放屁直後の唱えことばをはじめ、いろいろな屁に関する問答や屁ひり比べが行われていた。たとえば春野町のお年寄りの記憶にある、このような時の囃しことばに「どこそこのおばさん(あるいはおじさん・あるいは特定の若者や娘の名前)屁ひりが上手、立てりゃプップ、座りゃプップ、プップ、プップとまことに上手」というのがある。
 屁ひり比べには「握り屁」をはじめ「梯子屁」だとか「犬の泣き声」「猫なき」「祇園ばやし」「鶏屁」「三番叟」などと俗称される放屁をはじめ、音の大小や臭い、リズム、間合いなどいろいろなジャンルがあったというが、こんなことがきっかけで誰と誰とは名人だ、といって屁ひりの番付があったと伝えられている所(南国市・大豊町・本山町・春野町・日高村・須崎市)もあり、世間話としていろいろな放屁咄が伝えられている。このような屁ひりの名人として伝えられている者には大豊町の「小川の屁留さん」、本山町の「屁熊さん」(本名・宮中熊吉)、土佐清水市川口の「屁ひり増」などがいるが、いずれも明治期の人物である。
 木遣り節は元来は作業唄だったが、後には舞台木遣り・座敷木遣りとしても唄われるようになり、明治期にはその全盛期を迎えた。明治末年から大正期に高知県の代表的唄い手といわれた江ノ口村(現高知市)の正や新居村(現土佐市)の久助、領石村(現南国市)の馬というような木遣り師が県下を回って村人を熱狂させ、その影響下でさらに多くの木遣り師が誕生した。
 このような木遣り師たちはあいの狂言として落とし話(落語)や一口話、色話、豆蔵話、小唄、端唄などを適当に混ぜて上演し、お客を笑わせて喜ばせていたというが、最後には出演者全員によるナブリアイ(頓作ともいう)という芸が行われていた。このナブリアイはお互いに相手をけなし合うことでお客を笑わせ喜ばせる芸であったといわれているが、このときには放屁に関する話題がよくとりあげられていたと伝えられている。
(坂本正夫「放屁の民俗」2004年、西郊民俗186号)

 これは高知県下の「放屁の民俗」について調査して語ったものである。採取されている話は明治以降の様子であるが、古代から地域社会では〈屁〉が娯楽の要素として一定の役割を持っていたことをうかがわせる。(まあ、そんな役割なぞとんと聞いたこともないワというのが都市化された現代社会での〈屁〉の扱われ方ではあるが──)

 放屁の多発→自慢→芸化

 放屁が辿ったこういう芸化への道は古代から綿々と続いてきたと考えられるのだ。ただし、その連続性はいつの間にか最初に戻って(消えて)しまう円環運動の繰り返しであって、放屁の芸は歴史の中で消えたり現れたりしている。しかし、消えたと見える放屁芸は伝説の芸として語り継がれ、時に再興されてもいるわけだ。

 その芸はそのとき限りの単なる一発芸というわけでもないし、まったく何も伝承されないわけでもないのだが、例えば歌舞伎や落語や謡曲などのような、きっちり教えを受け継ぐ伝統芸のようにはなり得ていないのである。

 芸の型(様式性)→反復(再現性)→熟練(完成度)

 芸が成立するこのような条件において〈屁〉に困難があるとすれば何が問題であろうか。放屁は笑いを誘うという一面では人を喜ばす格好の芸の道具(ツール)ではあるものの、普通は下品で下卑な存在として忌避される。この点がまず、下品で下卑な内容の落語や漫才とかの口舌の芸とは違うところで、〈屁〉はどう取り繕ってもそのものが下品で下卑な存在なのだ。

 まあ、それでも〈屁〉が自慢になる(いささか倒錯的な)現象をふまえれば、芸として成立することはあり得る。名人になることはできるし、名人がいたのである。つまり最初は、単純に多発する〈屁〉を抱え込んで数を競うという、実にわかりやすい集団の行為として名人を生むことになった。これをコンクール形式で参加者を募り運営すれば、自薦他薦の名人が集まり、観客が参集した。

 こういう〈屁〉の多発性がショーとして成立するには、曲がりなりにも〈屁〉を制御しなくてはならないね。無秩序にやたら〈屁〉をこいても仕方がないのだ。思い通りに絶妙のタイミングを合わせ、数を上手にコントロールして増減すれば、一場のショーとしてやんやの喝采を浴びるだろう。

 屁ひり会は〈屁〉をショーにして楽しんだ。まずは(驚異的な)数の連発で評価され、ここまでくれば(数から質の評価へと向かう)芸の道へ一気呵成に進んでもおかしくない。

 しかし、その道は決して平坦ではない困難性を孕んでいる。そもそもが嫌がられる異音異臭であることに加え、精緻な制御が難しいのである。口笛とはまったく違う。口笛がオーケストラと共演できても、〈屁〉が共演することは至難の業だろう。第一、異質な(異様な)音色からして一般の音楽性はないね。逆にいえば、受け入れられる〈屁〉の芸道化は非常に(絶望的にすら)高度な技術(制御)を要するのである。

 江戸の花咲男の芸が今や語り草の伝説芸にすぎない現実は〈屁〉の芸が極めて定着しにくいものであることも示している。というか(源内がちゃんと記録したからいいようなものの)下手したら忘れ去られてしまっていただろう。

 結局、これまでの歴史で巷の〈屁〉の芸は一過性のものとして存在してきた。長続きしない。芸の潮流が途切れてしまう。それは現代に至る傾向である。かくして技の継承も世襲もままならぬのが〈屁〉なのだが、このような〈屁〉の芸は個人芸として孤高の名人を志向することになる。

posted by 楢須音成 at 06:00| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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