2005年08月24日

ひらけば匂ふ玉の言の葉

 ブログのタイトルに借用した「ひらけば匂(にお)ふ玉(たま)の言(こと)の葉(は)」の前句は「音(おと)に聞(き) くブックをば手(て)に握(にぎ)り屁(べ)の」である。(さあ、声を出して詠じられよ)

    音に聞くブックをば手に握り屁の
             ひらけば匂ふ玉の言の葉

 出典は1926年(大正15年)に出版された『屁』(福富織部著)。
 この本の出版を祝して野崎左文(1858〜1935)が寄せた狂歌で、巻頭に紹介されている。 「噂に聞いた本を手に握り屁をひらくと匂ってくるくる、美しい(屁の)言葉の数々よ〜」というような意味。「音に聞く」とか「ブック」 とか屁の音を下敷きにした言葉遊びに始まって、握り屁をひらいてみたら「玉の言の葉」が匂うと洒落たわけなのである。 (屁のことは屁玉と言うのであるからして、玉は屁の掛詞になっておるんだよ)

 福富織部の『屁』は奇妙な本である。
 とにかく屁に関する話をあらゆる方面から集めてある。巷に流布しているあらゆる屁の話(のパターン)が網羅されている埋もれた労作である。 屁に関する本は数多(あまた)あるが、ほとんどの本が(こっそり?)種本にしているのが織部の『屁』なのである。

 奇妙な本という理由はこうである。本自体は結構著名(知る人ぞ知る) なのに@作者のことが不詳A学問的評価が微妙B戦後の復刻版が不在...という有様なのである。
 別に無視されているわけではないと思うが(だって、みんな種本にしておる)、 この辺で誰かもっと表舞台で再評価してもいいのではないかと思う。

 確かに『屁』に難点を見つければあるにはある。
 この本は屁の話を渉猟したアンソロジーの体裁になっていて、ところどころ論考も加えてあるのだが、音成が思考するに、 学問的というか思想的というか評論的というか(なんといいましょうか)、知識人の脳髄(観念) を体系化に追い込んでいく収束力に欠けるのである。
 本の構成も、引用なんだか伝聞した話なんだか筆者の論考なんだか区別してないところや、整理に欠けるところもあって、 イマイチ全体に締まりがない。

 しかし、そういう難点はあるものの、単に屁の話を集めただけの本ではない、特異な存在感を漂わせているのも事実なのである。 注目すべきは「こんな話、古今東西よう集めましたなあ」というボリュームとそれを構成したフレームワーク。 屁に限ってそういうことをしたのは日本では史上、多分織部が初めてなのである。目次を見れば全体の問題意識(フレームワーク) がうかがえるし、屁という視点で本一冊をものにした最初の、貴重なフレームワークがここにあるというべきなのだ。(今見れば、 な〜んだという人はいるだろうが、何でも最初がエライんぞ。後継の屁の研究者やエッセイストの問題意識は織部の後塵を拝しておる)

※目次を引用しておく
屁の字音
屁の科学
最後っ屁
河童の屁
屁詮議
古今屁の名人
平賀源内の傑作
屁の悲喜劇
屁の神さま
屁のまじない
屁ひり稼業
屁の随筆
屁物語
屁の童話
屁の伝説
屁の落語
屁の笑話
屁の情話
屁の茶番
屁の創作
屁の狂歌
屁の都々逸
屁の川柳
屁の童話
屁の俗謡
屁から見た幕末側面史
屁から見た明治大正側面史
屁文集
名流屁くらべ
屁に関する言葉の解
放屁講話

 端折った言い方になるが、『屁』は屁を面白可笑しい話のダシに使ったのではなく、屁という下ネタが学問その他となる契機(萌芽) を示した功績がとても大きいのである。(もっとも、屁学が確立された話はどこにもありまっせん)

 当時の文人への織部の謝辞を見ると、織部が顔を向けていた交友関係(現在から見てもセレブな人が多いね)がうかがわれるが、 織部自身は彼らからどう思われていたのだろうか。彼らの著述に織部のことは出ていないようだし、知識人としても風流人としても、 どうも軽く扱われていたのではないかと思われる。このこと自体、『屁』の評価を象徴しているようでもあり、 実際のところ最近まで織部の実像は謎のままだった。

 音成は昔学生の頃、旅先の札幌の古本屋(石川書店)でこれを見つけた。 本は傷んでいて粗末に装幀が改修してあり下手糞な手書き文字で背表紙に「屁の本」とあった。手にとって開いてみて「こりゃまた、くっさー」 と感動し、思わず買ってしもうたのでありました。



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2005年08月25日

人前で言うのを憚る芸あり

 福富の織部という長者が『お伽草子』(室町時代)の物語(福富草子)の中に登場する。
この福富長者は「人前で言うのを憚る」放屁芸をもってお上に引き立てられ、金満家になるのであるが、このパターン(放屁芸→富裕)の民話は全国に広く流布している。(小説家による現代語訳『お伽草子』がちくま文庫に入っている。福富草子は福永武彦が訳しておるのが、なんとも嬉しい)
 
 もちろん、1926年の『屁』の作者、福富織部とは、この話に由来する(と思われる)ペンネーム。「おりべ」という名の締めの発音がバ行であるため、状況如何では、いかにもの感じで〈屁〉的現象を彷彿とさせる(とは思いませんかな)。

 大正の福富織部は1994年の『おなら考』(佐藤清彦著)によって実像が明らかにされている。この本は青弓社から出版され、4年後に文春文庫におさめられている。
 『おなら考』の中で佐藤は織部が松木実(1892-1962)という人であり、文庫版では、筆一本で生活することを志しながらも筆を折って出版人として糊口をしのぎ、最後は河出書房にいた人であることを、取材によって初めて突き止めているのである。
 ここは『おなら考』の白眉の部分。面白い。(そうです、何でも最初にやる人はエライ)

 ところで、織部には『屁』のほかに『褌』『臍』という著作がある。どういう関連か。織部の三部作である。いずれも今では埋もれてしまっている著作。(ホント、おもしろい人だね)
 この三部作はいつか紹介しましょ。
posted by 楢須音成 at 18:48| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月28日

〈音鳴り神〉のゆたかなる時

 人間の下半身というのは不思議なものである。いわゆる下(半身)ネタには二極あって、スカトロジックなものとエロチックなものとが隣り合わせになっているのである。われらが〈屁〉的現象も下ネタに属し、普通はスカトロジックなものの一角を占めるわけである。(スカとエロのアクロバティックな関係は哲学的考察が準備されねばならんのですぞ)

 当然のことながら〈屁〉的現象は古今東西、人類普遍の文化的営みの中で展開されてきたのであるが、フランス人もこの手の話は大好きとみえる。
 1997年に邦訳が出た『おなら大全』(ロミ&ジャン・フェクサス著、高遠弘美訳、作品社刊)は『屁』と同様に〈屁〉的現象についての大部のフランスの書である。
 ヨーロッパの古代からどのように〈屁〉というものが存在してきたのかを延々と語っていて、その語り起こしには古代エジプトの「音鳴り神(クレピトゥス)」というおならの神様が登場する。放屁姿勢の神様の図版も収録されており楽しい。アルフォンス・ブーダールという人(バ行を発見して、失礼ながら笑いました)がこの本に寄せた序「〈音鳴り神〉のゆたかなる時を求めて」では、かのロダンの「考える人」も「音鳴り神」(古代人が崇拝した「肘を膝につき、両手で頭を抱え、頬をふくらませ、精一杯いきんで放屁しようとしている」像)の系譜ではないかと示唆している。(見事な説だね)

 日本ではおならの神様を祀った神社(奈羅須神社)の存在を確認しようとする話が、福富織部の『屁』に出てくるが、織部自身は確認できなかった(というか、ガセネタだったようだ)。佐藤清彦の『おなら考』では、この奈羅須神社や日本の「屁ひり神」などを追究して考察しているが、結局のところ日本では、おならの神様は姿や形のとらえどころが定まらず、共有される具象化に至らないが故に偶像化がなされていないのである。

 一般に古代においてモノの起源が語り出されるときには神様を登場させるが、このとき偶像化がなされるものである。ヨーロッパと日本の〈屁〉的現象において神様の偶像化と非偶像化の差異は何に起因するのだろうか。(例えばこういう点に〈屁〉的現象の考察の着眼点があるんだ〜!)

 ともあれ『おなら大全』は〈屁〉の話を編年体でまとめているのが特長。原題の直訳は『逸話でつづるおならの歴史』となるそうで、ジャンルで括った『屁』とはまとめ方(フレームワーク)が違うのである。(音成は、話をジャンルに集積していった最初のフレームワークとして『屁』を評価するのだが)
 そもそも〈屁〉の話というのは多岐に渡っているし、取り留めがないし(まとめるのが難しくて)困るのである。歴史主義発祥のヨーロッパ的風土の中では歴史をフレームにしたフレームワークはなじみやすいものなのかもしれない。

※目次(の構成)を引用しておく
第T部 古代〜中世
神話に見る、おならの起源および淵源
第U部 十七世紀〜十八世紀
おならの黄金時代
第V部 十九世紀
おならの民衆的勝利
第W部 二十世紀
おならの新古典主義

 『おなら大全』には訳者の丁寧な解説と索引が付されている。労作の索引を読むだけでも面白いです。
posted by 楢須音成 at 14:04| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月05日

同香異曲版の余薫遺響

 何故に〈屁〉(の話)は人を惹き付けるのか。
 福富織部の『屁』を先達として「面屁九年、資料五百余点、作品のジャンルは大別して十七種ほど」の「同香異曲版」としてまとめられた本がある。中重徹(なかしげとおる、1897-?)の『一発』(1977年、葦書房刊)もまた〈屁〉のアンソロジーとして大部の書である。
 中重は「まえがき」で織部の『屁』の「余薫遺響を伝え、遺漏を補修したいという大気(おおけ)ない意図のもとに編集した」とユーモアを以て謙虚に述べている。「同香異曲版」も中重自身の表現である。

 中重は織部以降の〈屁〉(の話)の収集家としては、音成が知る限り一番の人であると思われる。『一発』はその集大成だが、『屁』にはない資料として宝暦七年の「薫響集」(これは面白いよ)が入っているのはご注目だし、昭和に入ってからの文学や評論を渉猟した資料もたくさん盛り込まれているのである。(ここは白眉です)

 『屁』と『一発』を並べてみると「余薫遺響を伝え、遺漏を補修した」中重の意図(執念)はよく伝わってくる。やはりそのボリュームに賛嘆するのであるが、よくまあ、これだけ集めたなと脱帽。この2冊は相補って〈屁〉的現象の広さを表現(そして資料提供)してくれるのである。

 肌合いの違いはある。中重は基本的に「屁文学」(の収集)という視点を外さない。織部は〈屁〉にまつわる「文献」+「出来事」(の収集)という視点でグローバルな関心を持ち、〈屁〉的現象を自ら追究(考察・報告)もしている実践家の風貌を持つ。
 どちらも結果的に「屁文学」の資料収集が大半を占めるので「同香異曲」を感じるが、肌合いの違いは確かにあるわけなのである。

※『一発』の目次を引用しておく。
評論
医学
随筆・小説・詩
笑話・落語
俳句・川柳・ことわざ
民話・伝説
わらべうた・民謡
海外篇

 この『一発』のフレームワークは『屁』の延長にあり、本の構成をジャンルで集積してまとめているわけである。今となってみれば、全体にわかりやすい(平凡な)目次構成といえる。

 ここで、あえて両書に対する音成の不満を言えば、各資料の年代がほとんど明記されていないことである。(そりゃ、大半は調べりゃわかるものではありますが、資料には歴史の刻印があるわけですから、それがあると有り難い。価値は大です)

 ともあれ、『屁』と『一発』を並べみれば〈屁〉的現象の時代性というか、歴史の進化のようなものをしみじみ感じる音成でございます。
posted by 楢須音成 at 03:21| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月08日

屁は、芋の煮たるを種として

 古今和歌集には「やまと歌は、人の心を種として、よろづのことのはとぞなれりける」とあるが、何事も言の葉に上るようになると、次第にそれは表現域を拡張していくものである。
 われらの〈屁〉的現象もまた表現域を獲得し、拡張していった歴史を持っている。(もっとも、屁文学というジャンルが確立・発展しているとは言い難いですねえ)

 『一発』をまとめた中重徹は、国文学者の興津要(おきつかなめ、1924-1999)との共著で『新編・薫響集』(1972年、読売新聞社)を出している。(実はこちらが『一発』より5年早い刊行です)
 『一発』は解説を付けない資料集になっているが、『新編・薫響集』は〈屁〉的現象が文学その他でどう扱われてきたのかを、文学資料を駆使して解説・評論した本である。(副題に「おなら文化史」とあるのは、「薫響集」だけじゃ店頭でわかりにくいというんで版元が付けたんでしょうけど、文化誌とでもしたほうが中身に近い。「史」を付けるほど体系だった歴史意識でまとめてはいないです)

 残念なことに本の記述はどこが中重で、どこが興津なのか明記されていない。はっきりわかるのは「まえがき」(興津)と「あとがき」(中重)ぐらいである。
 音成は「あとがき」が、この本の白眉だと評価している。
 
 中重は「あとがき」で「すべての文学は消化器系と生殖器系にわかれ、さらに拡大して考えるなら前者は屁の文学であり、後者は愛の文学である」と言っている。
 これは、フランスの詩人レミ・ド・グールモンの「人間というものは、せんじつめれば、消化器と生殖器からなりたっている」という言葉に文学というものの原型を見出し、「人間」を「文学」に置き換えて〈屁〉と〈愛〉を対峙させたのである。
 なるほど、消化器と生殖器に着目すれば、文学(あるいは人生)は〈屁〉的現象と〈愛〉的現象の二極で割り切れるのだ。(なんちゃって。言い切ってしまっていいのかな)
 
 中重は放屁に関する戯文をして文学の外道とする傾向に抗して、消化器系の〈屁〉(の含蓄)を〈愛〉(の含蓄)と同様に評価せよと宣言しているのである。所詮〈愛〉とは(珍個万個の)生殖器系ではないか、(後門運個の)消化器系と変わりゃせん、と。

 思いつきの指摘ではない。実は鋭い把握になっている。(と思う)
 なぜなら、通念的には屁と愛じゃ勝負にならぬが、仕切り直しして肉体的な消化器と生殖器に根拠を置くなら、同じ土俵の現象論として勝負ができるんじゃないか。心的現象において消化器と生殖器(が根拠になること)の意味や象徴性は新たな地平を切り開くものがあるのである。
 
 音成は「消化器」「生殖器」の意味するところに引きつけられて「系」に抽象化し、これを〈屁〉的現象に援用し指摘した中重の眼力を尊重するものである。

 『新編・薫響集』の構成は文化誌的な解説・評論をジャンル分けで行ったフレームワークになっている。全体は国文学的なアプローチが濃厚で、近世国文学における屁文学を見渡すには格好の本である。
 近世というのは「人の心を種として、よろづのことのはとぞなれりける」(古今和歌集)から「芋の煮たるを種として、万(よろず)の曲屁(きょくひ)とぞなれりける」(古今放屁集)が生まれたように、〈屁〉的現象の表現域が大きく拡張されていく時代である。
 
※目次を引用しておく。
第一編
第一章 オナラ歳時記
第二章 動物誌
第三章 商売往来
第四章 遊里のタブー
第五章 陰間エレジー
第六章 おんなの屁
第二編
第一章 江戸戯作者と屁
第二章 近代作家と屁
第三章 文明開化オナラ綺談
第三編
第一章 歴史・伝統の花形たち
第二章 世界放屁譚
第三章 おならの落語アラベスク
第四章 おならのむかしばなし
第五章 屁の歌謡とことわざ
付録
平賀源内と(放屁論)
  奇書(薫響集)

 ところで、この『新編』には、その書名が拠って立つ、宝暦七年(1757年)井本蛙楽斎(いもとあらくさい)によって書かれた『薫響集』が収録されている。実に傑作で「古今放屁集」はこの中にある。
 なお、蛙楽斎について、生没年やどういう人なのかなどの素性を、音成は把握できておりません。知っている人がいたら教えて下さいませ。
posted by 楢須音成 at 03:55| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月19日

トッピンパラリノプウorグシュ

 多種多彩な民話を集めた民話集の中に一つや二つは〈屁〉の話が入っているものだ。いわゆる笑話として〈屁〉は格好の題材(分野)である。
 日本における民話の論考の中で〈屁〉を取り上げたのが臼田甚五郎の『屁ひり爺その他・昔話叙説U』(1972年、桜風社刊)である。まとまった本としては注目すべき一冊。

 日本の昔話の中にある「屁ひり爺(というパターン)」の話を文献や全国に足で渉猟し、渋い論考を重ねている。国文学者の真面目な論考で、もともと「笑いをとる」などという下心がないから淡々としているが、集められた話はとても面白いのである。
 臼田は全国の何種類もの「屁ひり爺」のパターンを辿りながら、呪術としての放屁、笑話としての放屁、芸能としての放屁を跡づけている。ここではいわば、社会化された〈屁〉というものの断面を指摘しているのである。

 同様の論考として同じ国文学者の三谷栄一の『古典文学と民俗』(1974年、岩崎美術社)にも一節があり、ここでも社会化される〈屁〉というものへの大事な指摘がなされている。
 臼田も三谷も発想の基盤は同じで、民俗学の常道に則っている視点であり、論点を相補っている論考である。

 「屁ひり爺」というのは、放屁の芸を披露してお上からご褒美を貰って金満家になるというパターンを示す一連の話。隣家の爺さんが真似して失敗するというところも含めて全国的に分布するパターンで、お気付きのように福富草子の祖型である。このパターンは何を意味するのかということや、放屁芸(の芸能化)が民話の中に表現されるとき、放屁音が様々な(突拍子もない)擬音語となることに注目しているのである。
 この本の白眉はこのあたりの考察にあるのだが、採録された放屁音はなかなかにトッピン(突飛)であります。少し引用してみる。

 錦サラサラ 五葉の松原、トッピンバラリノプウ
 錦サラサラ 五葉の松原 トッピンパラニノ グシュ グシュ グシュ(芸に失敗している)
 丹後田島の プリプリ プリのプリ
 丹後田島の グダグダ グダのグダ(同)
 ブーンブーンブンコジマ ターンターンタンコジマ ヒッタラタンノタンコジマ
 
 こんな調子だが、まだまだあるんですね。(面白いでしょ)
 このような放屁音の言語化される変遷を辿ることで、〈屁〉的現象の発生に迫ろうとする考察が『屁ひり爺』にはあるのである。
 フレームワークとしては、いろいろなパターンを含む「昔話叙説」という大枠の中で〈屁〉を扱っているので〈屁〉的現象が終結点にはなっていない分、音成の立場からは本論に踏み込んでいない憾みを感じるのであるが、狙いが違うと言ってしまえばそれまでかもしれない。
 しかし、民話を素材に〈屁〉的現象を並べる(集大成する)だけでなく、論じるところまでにフレームを用意して論点を示していることは高く評価されるべきであるのだ。

 ところで、「屁ひり爺」の話と同じく「屁ひり嫁」の話も広く分布するのである。何で爺と嫁なのか。こういうところ(パターンが選ばれる隠された意図)が面白いじゃありませんか。

 では、音成もトッピンパラリノプウ、プウ、プウ....
posted by 楢須音成 at 01:06| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月22日

中城ふみ子のおなら

 人はなぜ〈屁〉を語るのだろうか。(とんでもないときに〈屁〉をこくからだ〜 / へ〜)
ダジャレ テ スイマセン
 われわれが〈屁〉(の話)を集めたり、論じたり、語ったりする情熱は、ひとたび走り始めると一種独特の方向性を持ってしまうのはなぜか。
 それは〈屁〉という得体の知れないものを前にし、われわれは心の深奥の動転を覆い隠して自分を見失わぬよう他者に己を「弁明」するからであるに違いない。人様々にその「弁明」(のスタイル)は多彩であり、しかもわれ知らず〈屁〉に対するナイーブな真情を露出してしまうのである。

 もちろん〈屁〉を「得体の知れたものとする立場」もあるが、音成はそれとて「弁明」の一つと思うのである。
 それほど〈屁〉的現象はその発生において謎めき、深層から手を伸ばして有無を言わせずわれわれを捕捉するのである。

 さて〈屁〉の本の中でも〈屁〉をテーマに自他を語る情熱が前面に出ている体裁のものがある。例えば、自分の身辺との関わりの中で展開する〈屁〉のエッセイ集である。
 そもそも〈屁〉の発生は自分を起点としているわけだから、動機としては自分の〈愛〉をテーマにエッセイを書くのと同様なのである。(つまりは、これって「弁明」ですよ)

 音成は書名を知って「おー、遂にあったか」と胸を躍らせた。『放屁学概論』(金沢恒司著、1956年、北海文学社刊)とは、本格的な研究書ではないのかしらん、と。
 ところが、この本、実際には〈屁〉のエッセイ集だったのである。

 金沢は釧路新聞の記者で、本は当時百回連続で新聞連載されたものをまとめたものである。彼は毎日毎日〈屁〉のコラムを書いていたのである。
 放屁学と称しつつ内容は〈屁〉にまつわる身辺雑記に終始している。ところどころ文献の引用や〈屁〉の解説が入るが、ほとんどは身辺の〈屁〉の「弁明」なのである。

 こんな「〈屁〉一本槍」の連載が新聞紙上でこれでもか、これでもかと百回続くなんて今だって賛否両論じゃないかと思うよ。内容的には自己を吐露しながら〈屁〉一発の人生の機微(自分や人々の振る舞い)が語られているわけだが、何しろ〈屁〉だから話の体裁は常識的に上品ってもんじゃないのである。(嫌味はないが各種下ネタが続く。少々きわどいものもアリという塩梅)

 金沢は当時30代で、文学青年として全国流転して釧路に居着いてしまった無頼の人のようだ。彼は一心に〈屁〉を語っているが、フレームワークとしては、物々しい『放屁学概論』という表題とエッセイ風の語り口の落差をもって仕掛けた「作品(文学)」を志向するものになっている。

 内容は〈屁〉にまつわる話の連続であり凡庸(誰でもする〈屁〉っていうのは、誰でもする〈愛〉と同じように凡庸)ではあるが、そこに透けて見える人間関係の点描が面白く、身辺小説のような趣である。
 
 驚いたのは、金沢が夭逝した女流歌人、中城ふみ子とゆかりの人であり、末期のベッドで呻吟していた中城と再会するくだり。ここに中城の〈屁〉が登場するのである。哀切で泣ける。金沢の真情の吐露は(表現の)頂点に達している。連載のうち中城が登場する二話はこの本の白眉である。
 
 音成は、つかみ所のない〈屁〉というものが〈愛〉などと同様に文学的なところへ昇華していこうとしているエッセイの先駆として『放屁学概論』を評価したいのである。
posted by 楢須音成 at 00:00| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月27日

気分はオナラ・ア・ラ・カルト

 『放屁学概論』に続いて、自他を語る情熱が前面に出ている体裁の〈屁〉のエッセイ本をもう一冊あげておこう。『おなら粋門記』(藤田保著、1964年、冬樹社刊)は広島の高校の化学の先生が書いた本である。

 自分の身辺との関わりの中で展開する〈屁〉を熱心に語っているが、世に起こる〈屁〉的現象の体系化を試みていて考察と解説に意を注いでいる。『放屁学概論』が文系の著者なら、こちらは理系(両書の題名は逆にしてもいいくらいだね)。同じエッセイにしても趣は大分違っていて、解説書じゃないけど解説風のエッセイになっている。もちろん文学志向なんてものはないんだが、藤田の〈屁〉の探求者としての奮迅ぶりによって、エッセイ集として自立しているのである。

※目次を引用する
オナラへの考察と意見
 まずは前口上を
 おなら学発生記
 「屁学」の反響
   …(略、以下同)
友人たちの体験談
 胃袋をもぎとって仙人となる
 女教師とおなら譚
 かくし芸に礼砲
   …
むかしの実話とことわざ
 ありがたき屁
 恐ろしき屁
 前のはわたしです
   …
オナラの科学
 各国の名前
 日本のむかしの名前
 屁の定義と発生
 化学成分とにおい
   …
国際的な屁の笑い
 日本の江戸小話
 アメリカ
 ソ連
   …
集団の中でみる「屁」感覚
 生徒の反響
 賛成票
 中間票
   …
専門書紹介
 福富織部氏の『屁』
 風来山人『放屁論』
 『日本昔話集成』
   …
オナラの雑音
 屁の色と写真
 録音
 故事、賛歌など
   …
音の便り
 蛇の道は蛇ということ
 H氏からの手紙
 恩師からの手紙
   …
オナラ・ア・ラ・カルト
 放屁擬音袋(プープークッション)
 屁の効用
 オナラ自転車
   …
アホラシイ空想と屁理屈
 世界中の屁
 屁も神聖なり
 数量ということ
 放屁競技
 落とし話と屁理屈
川柳
あとがき

 目次だけ見ると平凡だけど〈屁〉をトータルにとらえようとするフレームワークがうかがえるわけである。この平凡なフレームワークは、まさにみんなに教えてあげたい気分の「オナラ・ア・ラ・カルト」。結局のところ、それが単なる解説に終わっていないのは、藤田の姿勢(自他の振る舞いや真情)がそういうフレームワークを超えているからである。(まあ、うんちくを傾ける「姿勢」がいい味なんですね。藤田は行動派で名物の人だったらしい。藤本義一の小説『へへへへもへの』『屁学入門』のモチーフになっています)

 『放屁学概論』と『おなら粋門記』は〈屁〉へのアプローチの違いが対照的なのであるが、どちらも書き手の真情をベースとするエッセイ集という、先天的なフレームワークに支えられているのである。
 世の中には昔から〈愛〉の詩集やエッセイ集はたくさんある。両書は〈屁〉である。〈屁〉の(エッセイではなく)エッセイ集の先駆的なものとして、音成は評価する。

 なお、藤田には自費出版した『屁学』という前著がある。ある大学の図書館で見つけたが、文庫本サイズの厚表紙で90頁。『おなら粋門記』の原型になるものだが、後半の三分の一は全然関係のない「火の玉」や「化学」の話にあてられているヘンテコな仕上がり。この『屁学』のステップ(修業)を経て『おなら粋門記』は登場したわけである。その辺の事情も『おなら粋門記』でネタになっておる。
posted by 楢須音成 at 00:00| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月29日

読めまっか?→○屁珍臭匂臭

 面白オカシイ〈屁〉ではあるが、「面白オカシイ」そのまんまでは、とてもじゃないけど〈屁〉の深層は見えてこないのである。
 それでも〈屁〉の面白オカシさは独特であると言わねばならないね。つまりは〈屁〉的現象というものは、それだけ場面豊富で意味づけもニュアンスも多種多様ということなのである。表層だけの面白オカシさも数集めれば読み物になるんである。

 かくして〈屁〉的現象を完全に読み物として編集するフレームワークでまとめた本もある。『ヘ調ウンチク辞典』(関温穂著、1986年、廣済堂刊)と『屁珍臭匂臭(まるへちんぷんかんぷん)』(山名正太郎著、1986年、泰流社刊)は同時期に出版されているが、「おもしろ読本」仕立てで、〈屁〉に的を絞ったウンチク雑学いっぱいの読み物である。

 まず第一に読みやすい。第二に批評性は(あまり)ない。第三に自分の身辺雑記も(ほとんど)ない。多少の「考察」とか「感想」とかはあるんだけれど、要するに〈屁〉についての啓蒙精神やサービス精神による読み物なわけで、「面白オカシイ」ネタを面白オカシク語る語り口が際立っている。(手練れのライターの作といった感じかな)

 両書は『屁』や『一発』など先人たちの発掘の成果をかなり参照している。フレームワークとしてはジャンル分けを読み物風に組み直して、ここが両書の独自なところである。展開はかくのごとし。

※目次を引用してみる。
『ヘ調ウンチク辞典』
第一章 古今おなら事件簿
 T政治にまつわる屁の考察
 U法律からみた「尻鉄砲」の悲喜劇
第二章 幻のONARA早慶戦
 誰がために尻は鳴る!
第三章 ONARAの人間学
 T恋愛におよぼすオナラの功罪
 U友情の輪を広げるオナラ
 V平和な家庭は「屁和」から
 Wビバ!オナラ天国・日本列島
第四章 文芸にあらわれた屁玉
 T現代・屁学用語の基礎知識
 U近代文学おなら論争
 V香りただよう江戸の庶民文芸
 Wことわざ・川柳・狂歌に屁ダネを拾う
第五章 放屁術入門
 Tプロの世界の名人芸
 U協奏曲から変奏曲まで
 V昭和・屁学界痛快三人男
第六章へ≠フ生態を探る
 T発生と放出のメカニズム
 Uアヌス(肛門)の光と影
 Vニオイなければ、ただの風

『屁珍臭匂臭(まるへちんぷんかんぷん)』
1おならの快とサイエンス
 田園交響曲
 快音ミュージカル
 おならを科学する
2おならの健康とうんちく話
 老人には愛敬の同伴者
 なつかしい屁談義
 おなら面白ばなし
3おならの川柳と民話
 おならを詠む
 放屁は道徳に反するか
 屁(おなら)用語事典
4おならを論じてみる
 放屁論 平賀源内

 両書ともにたくさんの(同じ?)文献を渉猟して出来上がっているが、音成が「まとまり」感について述べたときの「単純な読み物的フレームワーク」の典型であり、〈屁〉という素材の「面白オカシイ」という光明面を強調することで成立している。(『ヘ調ウンチク辞典』『屁珍臭匂臭』というヒネった書名からしてその意図は明らかでしょ)

 そうではあるが、もちろん意図せずとも両書から〈屁〉というものの暗黒面はしっかり現れているんだよ。
posted by 楢須音成 at 01:02| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月11日

外骨が先駆した「屁の研究」

 実は音成が知る限り、福富織部の『屁』よりも早く〈屁〉の研究を標榜したのは宮武外骨である。1908年(明治41年)の「滑稽新聞」に『屁の研究』が連載されている。織部の『屁』の(着想の)源流はここにあるのではないかと思われる。

 外骨の『屁の研究』は「正當なる法律の解釋上から觀れば屁でも無いことを、屁ツポコ共が騒ぎクサルから、屁でも嗅がして遣らうと思つたが、先ず屁の研究をやる事にした」と最初に宣言して始まっている。

※連載の章分けは以下の通り
第一發 歴史上より觀たる屁の研究
第二發 文藝上に現はれたる屁
第三發 醫學上より觀たる屁

 残念ながら「滑稽新聞」は連載が始まった直後に廃刊になっていて、そこで終わってしまったのであるが、これまで文献探索してきたわれわれの目で章分けを見れば、外骨の構想が向かったところは十分に察せられるではないか。(こういうところに外骨の知的な枠組みの先駆性を感じますんや)

 ここは何より「研究」と称したところが新しいのである。取るに足らぬ〈屁〉を「研究」(の対象と)するということは少々奇矯だったかもしれないが、画期的だった。外骨流の諧謔的な姿勢はあっても、「研究」のフレームは「歴史」「文芸」「医学」というように堂々と観点を提出している。こういうことが従来なかったのである。

 すなわち「研究」とは物事に体系を持ち込むことである。〈屁〉的現象を対象化して見るこのような視点こそ日本近代化の一側面なのであるぞ。

 前回引用した化学分析は「第三發」で狂眼防なる人の投書として紹介されているものである。今日から見ても〈屁〉が詳細に正確に分析されていることがわかって面白い。外骨はこれに続けて「要するに屁は放散すべきもの」とし、巷の放散現象を考察して話は動物に及び「是等の動物は他の侵害に對する正當防禦として最後屁を發するのであって、其智勇實に感ずるに餘りがある」と言う。そして「吾輩は糞大臣や悪元老などいふ癪に障る奴共に對して、此屁を放っかけてやりたい」と結んでいる。(この時評的な悲憤慷慨は「研究」からは少し逸脱してる文脈だけど、書き出しの宣言とは見事に対応してるね)

 織部の『屁』は『屁の研究』の延長上にある。こんなところの外骨の先駆性は目立たないけれども、見落とせない業績だと思うのである。
posted by 楢須音成 at 00:00| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月14日

源内は〈屁〉を論じたのか?

 音成の好きな平賀源内サンはいかにも人間くさい人である。さぞかし屁もくさかっただろうな、などと軽口を叩いては失礼千万であるが、源内が〈屁〉を論じたことはよく知られている。

 源内の〈屁〉に関する著作は「風來六部集」の中の『放屁論(ほうひろん)』『放屁論後編』『痿陰穩逸傳(なえまらいんいつでん)』がある。これらの中でも〈屁〉的現象の批評においては『放屁論』が重要であると思うが、音成が最初にこれを読んだときは実に新鮮だった。
 源内は〈屁〉をモチーフにして言いたい放題(江戸に登場した芸をする屁っぴり男を誉めちぎって諸芸の専門家と称する連中の怠慢ぶりを罵倒)しておるのですよ。

 さて、源内の論の指向は時評である。文体は面白オカシイ戯作。〈屁〉がファクターとなる奇矯な言葉遊びの連打が繰り出されて笑うが、源内は〈屁〉に仮託して時代を斬って怒って嘆いたのである。科学者として〈屁〉そのものを論じた(分析した)のではない。

 源内は当時一流の科学者であるが、〈屁〉に対して現代の科学者のようには向き合ってはいないわけである。『放屁論』ほかに見られる〈屁〉への視点は〈屁〉をネタにして語る戯作者なのである。(その視点というか、発想は井本蛙楽斎の『薫響集』の影響が指摘されていますね)

 宮武外骨の『屁の研究』のアプローチと比べてみると、両者の違いはハッキリしている。もともと外骨は時評家として活動した人であり、こちら源内は科学者として活動した人であるが、二人のアプローチの観点は全く違う(逆である)ことに気づくのである。
 外骨は〈屁〉そのものを批評しようとしている。源内は〈屁〉をモチーフに世の中を批評しようとしている。(外骨も動機は世の中を批評しようとしているわけだけど、〈屁〉に向き合うに当たってそのことは脇に置いてまず〈屁〉そのものを究めようとしたわけですね)

 『放屁論』にはところどころ〈屁〉的現象を語る大事な指摘や事象が語られていて批評性が皆無というわけではない。特に屁っぴり男の芸を描写するところは科学者らしい実見談(特異な〈屁〉的現象の目撃)になっているが、基本は戯作のモチーフの位置づけなのである。

※源内が目撃した放屁男を『放屁論』から以下に引用する(表記は読みやすく直しているので悪しからず)
上に紅白の水引ひき渡し、かの屁っぴり男は囃方(はやしかた)と供に小高き所に坐す。その人となり中肉にして色白く、三日月なりの撥鬢奴(ばちびんやっこ=びんを三日月の形に剃り込んだ髪の形)、縹(はなだ=薄い藍色)の単衣に緋縮緬(ひちりめん)の襦袢(じゅばん)、口上(こうじょう)爽やかにして憎げなく、囃しに合わせ先ず最初がめでたく三番叟屁(さんばそうべ)、トッパヒョロヒョロピッピッピッと拍子(ひょうし)よく、次が鶏(にわとり)東天紅をブブブウーブウとひり分け、そのあとが水車、ブウブウブウとひりながらおのれが体を車返り、さながら車の水勢に迫り、汲(く)んではうつす風情あり。

 芸の描写としてはなかなかのもの。これが放屁芸であるところに源内の面目がある。ほかの人もこの歴史上の屁っぴり男を言及しているが、実写した描写はここにしかない。貴重である。(このときの源内の眼は実体=現象に対して十分批評的です)

 ともあれ、源内の「論」は近代化という時代の風とは無縁のところにあって花開いたのである。源内の世に対する満たされぬ思いが戯作の「論」を通して表現され、少々というか、段々と狂気じみていくところが平賀源内サンらしいところ。好きですわ。
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2005年10月18日

屁は屎の兄弟分なりや

 まるごと〈屁〉の本というわけではないが、〈屁〉が重要なモチーフになっているエッセイ集がある。衛生学者である高野六郎の『随筆 屎尿屁』(1928年、富士書房・春陽堂刊)もそうした一冊。この書名のミソは屎尿ときて〈屁〉に目が向くことである。(高野は北里柴三郎の高弟の一人)

 書名の由来は衛生学を背景にした糞尿へのこだわりが出ているのであるが、着眼している〈屁〉への思いこそがこの本のヘソ(収めどころ)になっている感じ。だって、「随筆 屎尿」では即物的に過ぎますでしょう?
 本全体は本業の糞尿にまつわることはもちろん、官僚でもある医学者の日常生活のエピソードが医学的・比較文化的考察などを通して綴られている。〈屁〉のテーマに関しては「屎尿屁」「屁の恐怖」の二編が収録されている。

 わざわざ書名にも入れた〈屁〉を高野はどう見ていたのか。「屎尿屁」にはこうある。

「屎は米の飯の殘骸であり、尿は体内の廢水を意味するであろうし、屁はその字義不明瞭であるが、恐らく肉體的臭氣を示して居るものであらう。屎は大體固形體である。尿は原則として透明な流動體である。屁は瓦斯體であることは明であるが、其の色澤清濁等は確かめられていない。兎に角人體の廢物に物界の三相を示顯して居るのも何かの啓示かもしれない」
「生理的に考察すると屎と屁は兄弟分であるが、然し尿とは遠い親類にしか當たらない。屎と屁は出生地を同うする」
「屎、尿、屁と並らべてぢつと睨らむで居ると哲學者のような嚴肅な氣持になる」

 また、「屁の恐怖」には、

「屁の科學的考察は餘り聞かない。科學的研究の對象としては屁は餘りに材料が不安定である、之を正確に捕捉することは困難であるためである。非常に心棒強い米國の生理學者が自分のお尻へゴム管を挿入して之を特製のガスタンクへ結合し、屁の成分を檢定しようと企てたさうであつたが、到底研究を終了するほどの材料は取れなかつたさうである。放屁の名人とか、屁を動力にして織機を運轉した娘などの話はきくが、實際には之を採集することは餘程困難なものであるらしい。醫學者は糞、尿はおろか汗や涙まで分析研究し盡くして居るのであるが、未だ屁に及ばないのは有繋の醫學者の研究マニアも一寸手がつけられないためと思はれる」

 高野は糞や尿と同じ科学的研究の対象として〈屁〉を見る視点を持ちつつ、どうやら〈屁〉の捕捉しがたさを持てあまして笑っている(楽しんでいる)ように見えるのが面白い。

 この本の最初の一編は「フン談」。のっけから汚穢屋(おわいや=汲み取り業者)の話で始まり、便所の持論や糞の研究が語られる。この本では〈屁〉的現象も概ね糞尿との関連や生理や衛生など医学的観点で語られるのであるが、真面目に語るほど〈屁〉的現象というのはどこかとぼけたところがあって(糞の採集より屁の採集がオカシイよね)、高野は惹かれているのだと思うね。

 音成は医学者が〈屁〉へのこだわりを書名に示した点を評価する。高野は医者さんでは最初じゃないのかな。本の出版は昭和の初めで福富織部の『屁』と大体同時期である。

 なお、「屁の恐怖」とは、青年が外国で寄宿していたお宅の隣家の牧師の妻が性の営みの仕度の前に高らかに放屁するのを(のぞいて)聞いて、我慢できずに笑い出し「のぞきがバレた」と恐怖に駆られて逃げ出すエピソードである。この本の後半は「女性観」として章があてられている。屎尿屁と同様の高野の「(女)性」に対する独特のこだわりがうかがえて興味深いですな。 
posted by 楢須音成 at 22:23| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月22日

〈屁〉を語る人のタイプ(1)

 医者とか理系の人は〈屁〉を語る人が多いように思うのである。語り口は様々だが、『随筆 屎尿屁』の高野六郎と同じように、身体の余剰物としての〈屁〉の捕捉しがたさを熱心に語っちゃうのであるね。〈屁〉に対するこの情熱(尽きぬ興味)は何だろうか。

 発売当時、その軽妙ぶりが評判になったベストセラー『はだか随筆』(佐藤弘人著、1954年、中央経済社刊)の著者は一橋大学教授の理学博士だった(教えていたのは経済地理など)。このエッセイ集にも、ちゃんと〈屁〉の一節(「放屁論」「続放屁論」)が用意されている。学者の日常生活のエピソードが多方面から語られ、もともと下ネタ猥談が多い本である。

 本の全体は高野の『屎尿屁』とは対照的に、題材が同系列でもかなり柔らかく、くだけた筆致の展開で語られる。著者の佐藤はざっくばらんな人だったようで、まあ、人柄もあるんだろうね。『はだか随筆』に続く『いろ艶筆』(1956年、新潮社刊)では佐藤自身が自分のスタンスを述べている。

「私の随筆はなるだけ身近かな例をとって、例えば小便とか、おならとか、食事とか、入浴風景とか…をとって、これを出来るだけ自然科学的に分析し、これだけでは泥臭くなるので、これに哲学的考察と、文学的匂いとを加味して、読んだあとの「あと味」を上品に高尚にしたのです。また時にはきわどいエロ談もありますが、そのすぐあとで神様に物をいわせ、自分でもわからないような原理原則的な理屈をならべ、また医学的な衛生学的なことを持ち出して、そのエロ談を美化し浄化してあるのです。つまり、表現形式を出来るだけ上品に立体化するように心がけたのです」

 佐藤が言う上品とは随分な飛躍だけど、自分の方法を語るに見事な解説だね。開陳している料理法は煎じ詰めれば「(科学的)分析」と「体系化」なのである。この点は『屎尿屁』の高野の料理法と同じなのだが、佐藤の「体系化」は哲学、文学、神様、原理原則、医学、衛生学などへの附会が、分析の延長ではなくしばしば飛躍になっているのが面白オカシイのである。
 もちろん、そこは笑いをとる狙いである。例えば、「とにかく屁は、爆発性を伴うメタンガスで、燃えるものであることが実証されたわけで、ビキニの実験と共に洵(まこと)に慶賀すべきであろう」などと言う。屁とビキニの実験に何の因果関係もないが、爆発のイメージを対比する飛躍の面白さは伝わるね。(慶賀という附会はいただけませんが)

 佐藤の〈屁〉に対する情熱はいささか露悪的で笑う。

「私がこんな放屁論を書いたのは、実は私が病的なほど、おならが出るので、おならに非常に関心を持っているからである。私は、いも、牛乳、落花生を食ったときなど、猛烈に出るし、手でへその下を二、三回押すと、いつでも出る。腸のどこかに故障があるのであろう。それも、私のは、いつでも湿っぽく、音が小さく猛烈にくさい。子供など「おとうさんのを、嗅ぐと鼻がひんまがるよ」とか、「二、三日飯がまずい」とか云う。私も自分でそう思っている」

 それにしても分析的で冷静な筆致ではあるね。ホント臭そー。
posted by 楢須音成 at 10:24| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月24日

〈屁〉を語る人のタイプ(2)

 医者にエッセイ集が多いのは職業柄いろいろな人に会って観察眼が備わって、エピソードも豊富だからだろうね。医者としての身体への関わりや視点をもってすれば、当然〈屁〉も視野に入ってくるわけである。〈屁〉へのこだわりには並々ならぬものがある。

 学者肌の産婦人科医が書いた『おさんずいひつ』(小倉清太郎著、1961年、河出書房新社刊)にも「放屁論」という章を設けている。多くは文献などからの〈屁〉の話の紹介が多く平凡なのだが、中に自分体験のエピソードで面白いのがある。

「一九三六年、私はベルリンに留学した。科学者の常として、女の生理には敏感で、ドイツ女の屁について統計をとった。
 トイレの中か、フトンの中が多いというデータがでたが、ある日ドイツ画家の筆になる名画を手にした時には、この世を天国と思った。
 美女がローソクの火を消そうとするユーモラスな作品である」

 本には、唯一の図版として美女が放屁でロウソクの火を消そうとしている絵画が一頁を割いて入っている。しかもカラー図版。本の構成上はちょっと唐突な感じである。よほどの自慢(愛着)であろう。(確かに素晴らしいですわ)

 小倉が集めている〈屁〉の話は福富織部の『屁』などを参照しているようであるが、節の構成のフレームワークを意識してあり、まとまり感としては「読み物的フレームワーク」に近いのである。

※節を引用してみる
八頭身のラッパ
音楽肛門
春の山屁
匂いは想像の感覚
おならのエチケット
オ・ナラ・ワンダフル
屁は一芸、臭けりゃ逃げい
放屁一発、妻への返礼
有名人のおなら
笑いの哲学

 医者のエッセイ集をもうちょっとあげておく。
 『ふんどし随筆』(竹村文祥著、1962年、同盟通信社刊)、『おなら先生』(太田馨著、1962年、金剛社刊)も、お医者さんが書いたものである。いずれも巻頭に〈屁〉を考察する一編を配している。(発行時期といい、本の構成といい、集中現象が起きておるなあ)

 少し時代は下がって『屁三百六十五日』(藤野是常著、1976年、北欧社刊)も同様で、書名が巻頭の一編の題名となっている。藤野は一日何を食べて何発放屁したかの屁日記をつけていて、一部を紹介しているのが面白い。

「一日六乃至十回が、約六十五%で一番多く、約過半数を占め、所謂、普通の食事、即ち、米飯二杯位、刺身、天ぷら、すき焼、鍋物、鰻、かまぼこ、湯豆腐等々においては、上述の数字が示すように一日六乃至十回位らしい。一日十一乃至十五回となると、矢張り、芋類、納豆、栗、ししとう、にら、ねぎ、きんぴら、蕗薹(ふきのとう)、らっきょう、たくあん等々、主として野菜類を食べた翌日に多く、近頃流行の餃子、インスタント、ラーメン等も、その効力は大きいようである。一日十五回ともなれば多少病的で、祭り、会合、自棄酒等の大酒、または、過食の後、或いは、抗生物質を投薬した後などは多量に放出するようで、これらは、腸内細菌のバランスを崩す為と思われる」

 この報告のもとになった詳細データ、貴重だと思うんだけど、どこかに残ってるのだろうか。
posted by 楢須音成 at 08:20| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月30日

加速する〈屁〉のサービス精神

 もちろん〈屁〉を語るに医者だけがエッセイ集をものするわけじゃない。では、医者以外の人の手になるエッセイだと〈屁〉の扱いはどうなるんだろうか。(医者以外とは大体、文系の人ですね→こういう区別はあまり適切じゃないか?)
 つらつら眺めるに、サービス精神が強調されるようで、このとき〈屁〉は面白オカシイ面が強調されるのである。

 『おなら説法』(中村全享著、1981年、祐学社刊)はこれまで紹介した医者の軽いタッチのエッセイ集と変わりない構成。〈屁〉については冒頭から「おなら放談」という章がある。〈屁〉に関するこだわりは、まえがきに「本書は私の屁についての研究報告」とあるところからもうかがえる。といっても全編が〈屁〉かというと、〈屁〉の分量は全体の三分の一程度である。

 中村は〈屁〉の語り部(紹介者)だった。あちこち呼ばれて講演していたようで「おなら説法」とはそういう自分を戯画化して語っている。〈屁〉がテーマの語りなら笑いをとることは、まあ、基本中の基本。ウンチクや自分体験を通して〈屁〉的現象を面白オカシイものとして語っているわけだが、〈屁〉の「研究者」としての語り口はサービス精神にあふれているね。

「象は小心者である。あんなでかい図体をしていながらとおかしくなるが、草食動物の悲しさだろうか。
 しかし、おならは図体にふさわしく、動物のなかでもいちばん大きい。
 ブーッ、ドカーン!! ブーッ、ドカーン!!
 象が象舎の中で一発放つと、部屋じゅうが揺れる。隣に寝ている象も目をさますほどだ、とこれは到津動物園長の森友氏から聞いた話」

 笑いをとりながらも、〈屁〉というものが状況次第で憎まれ口を叩かれたり熱烈に歓迎されたりする「運命の悲しさに胸をつかれる思いがした」とも吐露している。〈屁〉的現象の捕捉しがたさが中村のそもそもの出発点なのである。〈屁〉を〈屁〉として見て冷静なんである。

 『悦声 我輩は屁である』(仁藤祐治著、1995年、近代文藝社刊)は漱石の小説をもじった書名であることはすぐわかる。

「我が輩は屁である。
 (略)
 生まれはその通り最末端、肛門であるかもしれないが、その扱いは断然素晴らしく、どの辞書類を開いてみても、「へ」の項では必ずトップに奉られており、しかも、人々が敬意を捧げる感嘆詞から、這いつくばっての平伏まで、みんな「へー」ということになっている」

 猫ならぬ「屁のような奴」を任じる著者が、〈屁〉をもって世の中を見渡してみようという心意気で、文学ネタに始まって〈屁〉の考察や〈屁〉をモチーフにした身辺雑記が展開する。後半は井伏鱒二ほか〈屁〉に引っかけた文学者のエピソードが綴られる「ブウ学漫歩」だが、こちらの屁談義は無理矢理の感もありチト苦しい。(「ブウ学漫歩」は筆者に関係する文学者や地理を通して語られるので〈屁〉とは関係なく面白いですけど)

 「悦声→エッセイ」「ブウ学→文学」「屁コロジー→エコロジー」「屁和→平和」といった語呂合わせやモジリも頻出する。この辺は仁藤の資質(得意)なのであろうが、大体〈屁〉は連想的なモジリが容易という、笑いをとる言語の拡張性を持っているのであるね。仁藤のこういう附会は〈屁〉に照準が当てられ、結構、強引だったりする。
 全編〈屁〉のエッセイ集で面白オカシイという点では藤田保の『おなら粋門記』などと同類だが、趣はかなり違って、話の主なベースになっているのは民話や文学ネタである。〈屁〉的現象の捕捉しがたさを含蓄として指し示しながら概ね文学論(議)の枠組みで〈屁〉の話を伝道するサービス精神にあふれている。

 『みだらまんだら』(永六輔著、1972年、文藝春秋刊)は巻頭に「屁論議」を配したエッセイ集。オール讀物に連載されたものをまとめた本である。全体はポルノエッセイと標榜していて下ネタの「論議」で構成されているのだが、永六輔とグラフィックデザイナーの山下勇三とのウソかマコトか虚実ないまぜにした交流を軸に〈屁〉談義が展開する。

「僕の友人の山下勇三サンは安永年間に人気を集めた曲屁曲平の六代目にあたる人で、その屁芸の見事さは古文書にある曲平の古典的な芸を完全に再現してしまう。
 僕は彼の屁芸を楽しむたびに、屁をもって拍手にかえている」

 最後までこんな調子だから大笑いだが、永の〈屁〉のウンチクがどっさり埋め込まれている。語り口に面白オカシイを増長するいささか無軌道なサービス精神があふれかえっている感じ。こうなると〈屁〉の暗黒面(捕捉しがたさ)は顔色ナシであるわい。

 さて、〈屁〉を語る『おなら説法』『吾輩は屁である』『みだれまんだら』の三冊を順に並べて面白オカシイを見れば、〈屁〉というものが「リアルな面白さ」→「視点の面白さ」→「虚実の面白さ」へと次第に遷移して観念化の遊びが進化しているのであるぞ。(面白いことに、本の発行は『みだれまんだら』が一番早い)
posted by 楢須音成 at 01:09| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月02日

スカトロジーの末席の風

 屁と糞の関係はそう単純ではないのである。エッセイ集『屎尿屁』を書いた高野六郎は「屁は屎(くそ)の兄弟分」と言ったが、この兄弟関係は人の心的現象に濃い影を落としている。(音成はいつか屁と糞の兄弟対決を考察したいと思っているよん)

 ところで、糞尿(排泄物)に対する心的な傾斜はスカトロジー(糞尿譚とか糞尿趣味とか訳されますね)の領域とされる。スカトロジーに対する批評的エッセイ集としてフランス文学者、山田稔の『スカトロジア』(1966年、未来社刊)は外せない一冊である。この中に「放屁論」がある。(この本は、講談社文庫、福武文庫版は絶版。2004年に編集工房ノアから単行本として復刊されています)

 これまで紹介したエッセイ集は〈屁〉を〈屁〉として取り上げている。いわゆるスカトロジーの概念がほとんどない(あまり意識していない)ところで〈屁〉的現象をとらえているのであるが、山田は〈屁〉的現象をフランス文学仕込みの本家スカトロジーの中でとらえている。そういう意味では画期的なエッセイ集なのである。

 スカトロジーというものは極北である糞尿まみれという事態から常に照射されている体系と言わねばならないね。この体系に〈屁〉を位置づけることはなかなかに難しい。なぜなら〈屁〉は己の姿を見せない不思議な実体であり、我々の視覚には〈屁〉にまみれる姿などない(糞尿まみれと同様の事態は起こりにくい)存在物なのである。(要するに〈屁〉は見えないために空想現象に近いのですよ)

 山田の「放屁論」はスカラベのウンコの話から始まる。これが、いつの間にかウンコの分割の話に至って、やっと〈屁〉が登場するのである。この論の運びは、放屁論の出だしとしては奇妙でもあり遠回りでもあるが、スカトロジーが糞尿から始まることを思えば、切り口として不思議ではない。

(延々とスカラベや人間のウンコについて述べて)「ウンコは固体ないし液体であるから、太さや重さを測ったり、必要とあらば分割することも比較的かんたんである。だが気体である屁の場合はいささかめんどうだ。ところが今からおよそ六百年前に、屁の均等分割法なるシャレたものを考案した愉快な男がいたのをごぞんじであろうか。その名はチョーサー。『カンタベリ物語』の「刑事の話」のなかでのことである」(と、やっと〈屁〉の話になる)

 かくして山田の論は、屁の均等分割、屁が燃えるかどうかの実験話、平賀源内の「放屁論」と筆が進むのであるが、何ともまとまり感がないのである。糞と屁が結びついていないし、スカトロジーの中での〈屁〉の位置づけに及んでいないのである。
 山田はスカトロジーについて考察し糞尿の位置づけに卓見を示している(この本は批評性の高さからも名著です)が、〈屁〉の考察は留保され、エピソードの羅列になっているのは残念である。しかし、このこと自体、現在に至る〈屁〉と糞との関係の不分明さを象徴しているといえるんじゃ。

 それでも、確かに〈屁〉はスカトロジーの末席で舞っているんだよ。
posted by 楢須音成 at 13:40| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(2) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月05日

屁をひり分ける名人がいた

 糞尿、ゲロ、寄生虫、性器、エロなど下半身領域への幅広い傾倒を示すライター、松沢呉一のルポ風の批評的エッセイ集『松沢堂の冒険 鬼と蠅叩き』(1995年、翔泳社刊)にも〈屁〉が登場する。松沢の視点は単なるスカトロジーというくくり方を凌駕し「下半身趣味」「変態趣味」とでも言うべきアナーキーな志向性を持っている。

 そこには当然〈屁〉への関心もあるわけで、「鰻と日本茶 ──屁国先生を探して」という〈屁〉に関する一節がある。取材をベースにした松沢のエッセイの面白さは、本格的なルポっていうわけではないのだが、事実関係にこだわる(事実を突きつける)視点で繰り出す自らの行動や感想である。

 山田稔の『スカトロジア』との違いを言えば、
    『スカトロジア』→スカトロジー
    『鬼と蠅叩き』 →スカトロ(を凌駕した下半身)
 ということになるかな。(ジーのあるなしで行動様式は変わるわい)

 加えて『鬼と蠅叩き』は、松沢が集めた古書(珍書、奇書など)の来歴やエピソードが検証される構成をとっており、とても面白い。実は本の白眉はこれだと音成は思う。巻頭で古書を漁ってきた自分を批評しているが、本では〈屁〉についての文献も紹介してあり突っ込んだ解説がなされている。福富織部の『屁』を高く評価しているのである。

 屁国先生というのは、福富織部の『屁』に紹介されている人物で、明治時代に静岡県に住んでいたという屁の名人である。在所には屁で芸をする放屁家がたくさんいて大会まで開かれたというのだが、もちろん屁国先生はトップの実力者だったのである。(屁国とは「屁をこく」ということだね、念のため)

 松沢は屁国先生こと伊藤国太郎の足跡を訪ねて現地入りしている。ところが、そこでは誰も屁国先生のことを知らないし、屁にまつわる話が伝わっているようでもない。それでも子孫と思しき人を突き止めて会いに行くが拒絶され、わずかな周辺取材しかできない。屁国先生は一族に忌避され、周囲からは忘れられていたのである。

「正直なところ、現地に行くまで、屁国先生の存在を確信しながらも、何もその痕跡を探し当てることなどできないのではないかとの不安もあった。その時は芳川で屁でもこいてお茶を濁してしまおうとも考えていたので、今回の取材で何か運命的なものを感じたりもし、親族がなんと思われようと本名よりも屁国なる名前が覚えらてしまうほどに屁をひり続けた伊藤国太郎に、さらなる興味と敬意を覚えた。
 福富織部は、伊藤国太郎の項をこのように締めくくっている。
『屁国先生は安永の曲屁福平以上の名人であったかもしれない。ただ恨む、平賀翁の如き作者によって、先生の伝を立てざるを』
 日本のおなら史上に燦然と輝く偉業を残した屁国先生のことが人々の記憶から忘れ去られようとしている今、私が屁国先生の評伝を書かずして、いったいだれが書き得よう」

 是非実現して欲しい。

 ところで、芸の達人である曲屁福平や屁国先生が親族にも疎まれ忘れられていくのはなぜか。屁の芸が評判はとっても弟子を育てる(伝統にする)というように市民権を獲得しないのはなぜか。ここにも〈屁〉的現象というものの謎めいた性格を認めないわけにはいかないんだよね。
posted by 楢須音成 at 17:47| 大阪 | Comment(1) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月08日

たかやかに(お)ならす(る)タイミング

 国文学者の批評的なエッセイ集にも〈屁〉は取り上げられる。『ホーソンの樹の下で』(林望著、1997年、文藝春秋刊)は、2000年に『落第のスゝメ』と改題されて文春文庫に入っているが、ちゃんと「屁池物語」という章がある。(屁池→平家のモジリですね)

 このエッセイ集は、森鴎外の句作を下手の横好きと断じる考証など国文学への卓見がちりばめられているし、丁寧な文学鑑賞には思わず引き込まれる。のですが、音成は〈屁〉の章に関しては少々不満なのである。

 まず歴史物語「大鏡」にある藤原時平(左大臣)と菅原道真(右大臣)の〈屁〉のエピソードを紹介している。時平の独断専行を阻止するために才覚者の史という役人が、書類を差し出して、たかやかに一発やらかしたので、時平は笑いのあまり「今日は術(すべ)なし。右のおとどにまかせ申す」と政務を投げ出したという話である。林はこの話を受けてこう語り出している。

「これが歴史上に、一発の屁が悪政を防いだという、甚だ重要な意義を有する屁の話である。
 このタイミングというものが、大切である。ここぞというときに、あやまたずやらかす、そういう技能を史は持っていたのであろう。
 実は、恥ずかしながら、私自身、胃が先天的に捻転しておって、それがためにゲップというものが出たことがない。上へ出ない分、すなわち気体は下に下にと大名行列のような塩梅に進んでいって、一日にひる屁の回数からすれば、たいていの人には負けないつもりである(こんなところで負けん気を出しても仕方がないけれど…)。<と、自分の屁の話が続く>
 ともあれ、米と雑穀を主食とし、野菜など繊維質の多いものを副食とする食習慣のわが大和農耕民族は、その食習慣のしからしむところか、世界的にみてもたいした屁こき民族であった。
 それゆえ、屁をひるという芸に達していた人も、いくらもあったとみえ、そういう人を主人公とする文学作品が、これまた立派に存在するのである。
 まず古いところでは、<と、次の話題である「福富草紙」の〈屁〉の話になっていく>」

 この論の運びに音成ははぐらかされたように思ったわけである。「一発の屁のタイミング」→「自分の屁」→「屁こき民族」→「屁芸に達した人」→「福富草紙という作品」と展開されるわけだが、まるで連想ゲームだよね。いずれも論点(批評の視点)としては大事なものばかりなのに突っ込みがないのではないかしらん。(ただし、ここに集められた屁文学は目配りもよろしく、面白オカシイ話題を提供していて堪能できます)

 山田稔の『スカトロジア』でもそうだったが、極論すればエピソードの紹介というか、羅列というか、そういう展開に終始して〈屁〉的現象の考察に突っ込んでいないのである。手練れの論者でも〈屁〉というものはそういう扱いなんだよ。

 林は『古今黄金譚』(1999年、平凡社新書)では、本格的に日本文学におけるスカトロジーの考察をしている。音成は共感するのだが、糞尿の両義性(聖汚一如)を追究することによって林は、人間存在の深部を探り当てているのである。
 まあ、そこでも〈屁〉は末席で舞っている感じではあるが、「あとがき」で乃木将軍の〈屁〉のタイミングを論じて「ブゥという刹那に、その脱俗の人生観を能く物語っている。まさに、馥郁(ふくいく)たる屁とはこれを言うのであろう」と、屁が屁でなくなっていく瞬間を指摘して〈屁〉の実存的な意味を問うている。

 こういう批評の視点の積み重ねが大事なんだね。
posted by 楢須音成 at 01:41| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月15日

天下を論ずる屁の喝破

 昨日探していたある本を入手したのである。いやー、久しぶりに感動した。(笑)
 『屁の喝破』(溝口白羊著、1914年、本郷書院刊)は、福富織部の『屁』に先駆して〈屁〉を語った「まるごと本」である。(単なるエッセイ集だろうと思っていたので、探すのに熱心でなかった不明を悔やんでいるですわ。まるごと〈屁〉とはねェ)

 音成は福富織部の『屁』をもって本格的なフレームワークの最初と評価していたのであるが、目次を見て驚いた。

※まず以下に引用する。
第一章 緒論
第二章 屁とは何ぞや
第三章 屁の分析
第四章 屁の出來る順序
第五章 屁を形成する黴菌
第六章 屁は何故臭いか
第七章 屁は黄色に非ず
第八章 屁が出なかったら如何なるか
第九章 屁の出過ぎる病氣
第十章 屁と薩摩芋との関係
第十一章 屁と軍事上の價値
第十二章 男の屁女の屁
第十三章 屁の藝術的氣分
第十四章 屁の法律關係
第十五章 生物學上の屁
第十六章 屁の傳説
第十七章 屁に關する俚諺
第十八章 屁と川柳
第十九章 青年の屁の力(上)
第二十章 青年の屁の力(中)
第廿一章 青年の屁の力(下)
第廿二章 屁と家庭の和樂
第廿三章 屁の競爭
第廿四章 屁の小説
第廿五章 天下の快漢放屁男
第廿六章 屁と阿耨多羅三藐三菩提
第廿七章 屁の輿論
第廿八章 江戸の屁上方の屁
第廿九章 屁の國益

 いやはや〈屁〉を論ずるにこの目配りは凄いじゃないか。
 そして読み始めて「あれれ」と、音成は思惑が外れていく複雑にして愉快な気持ちを味わったのである。溝口白羊という人は狂気じみているスタンスに立つ。というか、まあ、この本は〈屁〉至上主義をもって世の中を喝破している書なのである。道理で書名が『屁の喝破』。

 溝口の〈屁〉に向かう論理は面白い。腸ガス(腸内のガス)が肛門から出てきたら、そこで初めて〈屁〉になると指摘(区別)しているが、〈屁〉の由来を説くのに、まずは詳細な腸ガスの化学分析や医学的解説を延々と行っている。そうやって肉体的な〈屁〉を実体化しつつ、それを根拠に世の中の〈屁〉的現象へと飛躍する。その手続きはこんな感じ。

「(乳食、肉食、植物食によって屁のガスの組成分が違うことを示して)即ち此表に依つて見ても、肉食をする者と菜食をする者と、自づから其屁の組成分が違ふことは明々白々である、随(したが)つて世界人類の屁は、民族の如何を問はず、學識、才能、資産、腕力の如何を論ぜず齊(ひと)しく其臭いことは同一であるが、常に美食を多量に取る西洋人の屁とは、其臭さの工合が違ふのである。否單に其にほひが違ふばかりでなく、其内容に於いて、其強さの度に於いて多大の相違が存するのである。
 此の相違の比は亦(また)、國内的關係に於いても援用するすることが出來る、即ち比較的巨大の資本を擁して居る岩崎、三井などの屁と、恒産なくして徒らに頭の一部のみが發達して居る無資力階級の屁とは、其間少からぬ徑庭(けいてい)が存在する、然も現代日本人の多くは無資力階級であつて就中(なかんづく)國力の中堅たる可き中等階級が甚だしく窮乏を告げて居る。だから對外的の屁として日本を代表する立派な屁を放ることができない(と、日本人の屁には強さと力と太さがないと嘆じること延々と続く)」

 こんな一節もある。

「そして自己を擴張(かくちょう)する前に、自己を知らねば成らぬ、自己を内省し自己を解剖して、初めて自己の屁の弱點(じゃくてん)を知り、然る後に自己の屁の革命、自己の屁の壞滅(かいめつ)があり、自己の屁の充實(じゅうじつ)があつて、確信ある自己の屁の発動が其處(そこ)に行われ、自己の屁の進路が其處に開かれるのである。吾人は自己の屁の臭きを知らざる者と共に哲學を論じ、人生を語ることを欲しない」

「予は屡々(しばしば)醜汚なる屁の臭さの中に、崇高な靈的の生命と、美しい詩歌的氣分の蕩漾(とうえい)するを見出した。自分自身の屁の中に生命を見出したばかりでなく、人の屁のにほひの中にも、他の凡ての生物の屁の音にも、力強く自分と流れ合ふ所の屁の生命の大なる動きを見出した」

 こんな議論は無理矢理の附会に近いのであるが、それが許されるのも〈屁〉ならではである。このとき〈屁〉は、良く言えば「生命力」とか「気」とかのように、人間の発する根源的な不可視のエネルギーのようなものとして扱われ、至上のものに祭り上げられているんだね。
 もちろん高貴な〈屁〉なんて一般にはないんだし、放り出された〈屁〉は負の側面(例えば音やニオイ)を人様々に併せ持っているので、エネルギー的に言えば、例えば老人の屁と青年の屁は音もニオイも質が違ってくるわけである。その辺の機微(からくる附会)が溝口の論点になる。(要するに〈屁〉に仮託して世の中を論じとるわけだね)

 溝口は一見すれば〈屁〉の研究をしているかのような(実際よく調べている)フレームワークの中で時事評論を展開しているのだが、時評の意匠として〈屁〉のフレームワークを持ち出しているのである。
 平賀源内のような戯作精神と言ってもよいが、〈屁〉そのものに対する向き合い方としては戯作の中で〈屁〉が獲得している表現性に、化学分析や医学の視点などを持ち込んで近代性を加味した時事評論といえるわね。(成功してるかどうかは微妙ーかな)

 さて、福富織部の『屁』には、この『屁の喝破』から「屁の藝術的氣分」が収録されており、福富も『屁の喝破』は参照していることがわかる。当然、本全体のフレームワークに強く影響を受けていると思われるのである。
 福富は、文明開化で屁が化学者によって取り扱われて新たな表現を獲得したことや、それより前に〈屁〉は言論をものする者(ジャーナリスト)にとっては政府攻撃の資料になっていたということを指摘していた。『屁の喝破』はそういう時代の流れと同期しているとも言えるね。

 なお、溝口白羊(1881-1945)は当時文筆家としては、詩作、幕末もの、少年少女もの、古典の評釈など、かなり書いている人である。
posted by 楢須音成 at 00:12| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月20日

古事記に〈屁〉は登場しない

 〈屁〉に関する文芸作品(屁文学)をさかのぼると、どこまでいくのだろうか。
 歴史書の古事記は、その物語性(神話)によって文芸作品として昇華しているわけであるが、日本起源神話の面白さは独自の輝きを放ち、神話の素材に糞尿や性的なことが欠かせぬものになっているのである。では、そこに〈屁〉の物語はあるんだろうか。

 ないんである。『一発』の中重徹は古事記に〈屁〉の出現はゼロ(ちなみに糞は六回)と指摘しているが、われわれの書き言葉の表現域に〈屁〉が登場するまでには時間がかかっているのである。もちろん、文字で表現されないからといって〈屁〉がなかったわけではないね。(生理現象の屁は人類登場とともにあったわけさ)

 〈屁〉に関する文芸作品の興隆はだいぶ時代が下がるのだが、国文学的な通論では「貴族文化の黄金時代たる平安朝より鎌倉中期までの一期間と庶民文化の勃興期たる江戸時代とに於て、それぞれ特色多き魅力を発散している」(『屁と文學』宮永志津夫、文藝市場社「猟奇」1957年冬期讀物號掲載)となっている。

 ところで、当時のカストリ雑誌に〈屁〉のテーマが登場しているのはご注目だが、この『屁と文學』は性的なことに傾倒するよりも至極正統に、江戸時代の〈屁〉の文芸作品を鑑賞・解説している。『新編 薫響集』のアプローチと同じである。

 まあ、そうは言っても発表誌の性格は意識していて、性的なものをふまえ筆者の宮永はこんな批評を披瀝している。

「(屁は)ともかく純然たる自然の生理現象をもつて、強いて恥かしい氣分をひきおこしている有様だから、男女間の欲望の如きをもその真髄をえぐらんとしてえぐりえず、屡ゝエロだの猥セツだのとくだらぬ俗評を蒙つているのだ。屁にしろ性慾にしろ、元來これ位極めて自然な健康的なものはないのである。なにしろこれらは、何よりもわれわれが生きているということによつて生ずる現象なのだから」

 また、宮永の鑑賞の一節。
「○ふとんの内のわるじやれは又すかし(滑稽發句類題集二篇中巻)
 ふとんの内というからには、中なる人物はまづもつて男女二人と見るが至當であろう。『わるじゃれ』とは、じゃれつく程度を越したふざけ方を言つたもの、二人きりの若い者同志が世間をはゞからずふざけかえつている有様は凡そどんなものかはよろしく想像に委せるとして、すつぽりかぶつた夜具の中の、二人の體温でむせ返りそうな温氣の中で、知らん顔して、スーッとすかす──勿論やるのは男にきまつた話。何處へも漏れ所のないふとんの中忽ちツーンと腦天にしみ渡るような強烈な臭氣。
 『あレッ、あなた臭いわ…』(と、鑑賞は空想たくましくサービス精神が爆発して〈屁〉の臭いラブシーン描写が続くのである。おかしくも随分エロいよ)」

 宮永は屁と性欲を並べて自然の生理現象であるがゆえに健康的と位置づけているわけだが、人類登場とともにあった屁が〈屁〉的現象となっていく過程が人間の歴史なのだね。そこにおいて〈屁〉的現象は健康的であるや?

 「表現されない(無視)」→「文芸化」→「批評化」という〈屁〉の歴史経路を考えたときに、『屁と文學』がカストリ雑誌に発表され、「屁」と「性欲」の親近性(同居性)を示した宮永の認識(批評)は良しとしなければならないが、〈屁〉も〈性欲〉も健康的という点は異を唱えざるを得ない。

 音成は古事記に〈屁〉が登場しなかった一つの理由は健康的じゃなかった(忌避される理由があった)からだと思っているくらいである。(近代人は、例えば健康でもないものに健康とレッテルを貼って安心するような思考回路を有するんですよ)
posted by 楢須音成 at 01:28| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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