次の場面は、桂小五郎の愛人だった芸妓・幾松がお座敷で新選組の面々にセクハラされてるところに、助っ人で飛び込んだ幇間の権介が、場をとりなそうと必死の芸を見せるところである。芸に免じて場をおさめるというのは、古来よりある処世のワザだが、きわどく危険なワザである。下手糞な芸では逆効果なんだからさ。斬り殺されても文句は言えん〜。(ここは、長唄をうなる♪気分で声を出してみてほしい…)
「それじゃ、お囃子さん『二人椀久(ににんわんきゅう)』といきやしょう」
部屋の隅で小さくなっていた囃子方の芸妓に声をかける。
「幾松姐さん。いい喉聞かせておくんなさい」
彼女にも目くばせして、手早く尻はしょりした。
「いざ」
♪たどりゆく今は心も乱れそろ 末の松山思いの種よ
座は急にパッと明るくなった。
(中略)
♪干さぬ涙のしっぽりと 身にしみじみと可愛遊佐の それがこうしたもの狂い
♪ブーブーブブブ ブブブビビッ
巨大な放屁音に居並ぶ新選組の面々肝をつぶした。
♪知恵も器量も皆淡雪と消ゆるばかりの物思い
♪ブビビビブブブビビビービブブー
尻を落し、中腰のまま権助は舞い始めた。
「立ちっ屁というのははじめてだ」
この芸はいままであまりやったことがない。腹の中の空気が端から漏れるのである。
「人間必死になれば出来るもんだな」彼は自分で自分の芸に感心してしまった。
♪思いざしなら武蔵野なりと 何じゃ綾部の薄盃を……
ここで三味線と笛が長々と入る。屁を小刻みに連射しなければならない。
彼は真っ赤に上気した顔を打ち振った。
いつの間にか座に居並ぶ侍たちも手を握りしめて聞き入っている。
得体の知れぬ〈屁〉を前にして、固唾をのんでいる侍たちの腹はさぞかし痛いほど緊張していたことであろう。このあと、めでたく幾松の救出は成功する。侍たちを唖然とさせた〈屁〉の凄味によって場はとりなされたのであ〜る。東郷隆の小説「放屁権介」(1986年)は幕末の大坂・京都で放屁芸をもって幇間になり、勤皇方について間諜のようなことをしながら、〈屁〉をこきこきスリリングに激動の時代を生きた人物の物語である。
作品の中の〈屁〉は曲屁(きょくひ)という「芸」として現象している。こういう作品の眼目は何といっても芸の頂点(凄み)の描出である。頂点が描かれなければ面白くならないが、この作品では単に放屁の巧みなことばかりでなく、下手すりゃヤバい「命の危機」と隣り合わせにして凄味を浮き立たせ、効果的に盛り上げている。作品のポイントになる技巧だ。
クライマックスは、蛤御門の変の争乱で、桂小五郎といっしょに京都から大坂に逃げ延びようとして番所で引っかかった場面。「我々はちっとも怪しい者ではない」という証に曲屁を披露することになる。小五郎が唄い、権介がこく。
「では、いくぜ」
♪漢(から)にては放屁というもの
♪上方にては屁をこくといい
♪関東にてはひるといい
♪都のお女中はオナラというなり
♪その語(ことば)は異なれども
♪鳴ると臭きは同じことなり
桂が唄い出した。流石、三本木で浮き名を流しただけあって、彼の喉は玄人はだしである。これならまず立派に芸人で通るだろう。
権介は、例の立ちっ屁で舞いながら、
♪その音に三等あり……
で、まずブッ、と巨大な音を出し人々をびっくりさせた。いつもの手である。その後、
♪ブッと鳴るもの上品にして、その形円(まる)く
♪ブウとなるもの中品にして、その形飯櫃形(いびつ)なり
♪スーとすかすもの下品にして細長くして少し平たし
で、音を少しずつたわめて出しすぼめた。
その技最も精妙。
プルプル、ビリビリ、ブウブウとひり分け、三味の音が終る頃には、桑名藩兵、通行人、駕かき、馬方までが、手を打ち足を踏み鳴らしたという。
「わかった、その方ら、通行あい許す」
番所の指揮者は、あまりのおかしさに、両眼へ一杯涙をためていった。
後年、木戸孝允伝の中に、木戸公自らちょんがれ節を唄い番所を抜けた、とあるが実際には、これである。
そのときの、やんや、やんやの大喝采は凄かったろうな。この辺が権介の頂点であったようで、その後のエピソードは〈屁〉のようにかすんで伝わっているばかり。それで、この放屁権介って実在の人なのか。もちろん、小説では実話だと強調して出典も列記してあるのだけどね。ふーん。
一言=人間追いつめられると思わぬ力を発揮するにしても、天性の素質ってものもあるのであ〜る。


