2007年02月25日

君は〈屁〉を恥じて故郷を捨てるか

 古今東西〈屁〉に恥が伴うのは同じ現象であると言わねばならないが、そのあらわれ方は随分と違うのさ。洋の東西に通暁した博覧強記を自在に発揮した南方熊楠の『十二支考』(1914年〜)の中に「珍談」としてアラビア人(アラブ人)の放屁談と考察がある。この本は十二支の動物にまつわる話題を民俗誌的な記述で展開していて「馬に関する民俗と伝説」の章に(馬とはほとんど関係ないのに)〈屁〉が出てくるのである。

 熊楠の語りは〈屁〉の恥の民族的な差異に注目しているのだが、採録されている話や考察の概略を抽出してまとめてみる。


 @アブ・ハサンという男が商売で成功した。妻を失って若い娘と再婚することになり、多くの人を招いてもてなした。宴もたけなわ、アブ・ハサンは新婦の房へ入ろうと、うやうやしく立とうとして、うっかり一発高く放屁してしまう。客たちは彼が恥じて自殺することを恐れ、わざと大声で雑談して聞かなかったふりをしたが、アブ・ハサンは新婦の房へ入らず便所へ行くふりをして庭に飛び下り、馬に乗って泣きながら走り出て、そのままインドに渡ってしまった。その地では王の近衛兵にまで昇りつめ、面白可笑しく十年を過ごした。そのうち急に望郷の念に駆られ、王宮を脱走してアラビアに舞い戻った。まだ誰か自分のことを覚えているかと、ひそかに聞いて回っていると、ある小家で母親が少女に「お前はアブ・ハサンが屁をした晩に生まれた」と言っているではないか。自分の屁が年号同然になっているのを知り、大いに落胆し、以後、長く他国に暮らし終わった。

 A二人の商人が伴って行くうちに一人が放屁してしまったのを、ほかの一人が怒って殺そうとした。放屁した商人は財物をすべて投げ打って助命された。ところが、この放屁のことを他言しない約束だったにもかかわらず、言い散らされてしまい、放屁した商人はたまらず故郷を脱走してしまった。三十年後に故郷に帰る途上、川辺で休んでいると、水を汲みに来た女たちが自分の年齢を語り合っているのが耳に入った。そのうちの一人が放屁した商人の名をあげて、某生が屁をひった年に生まれたと明言するではないか。商人は、これじゃわが臭名は消えることなし、と悟り、直ちに他国に逃れて三度と故郷を見ることはなかった。

 Bあるアラビア人が屁を催して逼迫する急な事態となったが、天幕から遠く離れた地まで駆けて行き、小刀で地面に穴を掘り、その上に尻を置いてひり込むとすぐに穴を埋め、音もニオイも誰にも知られないことを確かめて、やっと安心して戻ってきた。

 Cアラビアのある港で一水夫が灰を一俵かついで屁を一発取り外すと、まわりの一同まるで無上の不浄に汚されたように争って海に飛び込んだ。

 Dアラビア人が集まったところで、ある人がフランス人のローランに「フランス人は屁を我慢する徳があるか」と問うた。「無理に我慢するのはすこぶる体に悪い。といって、ひって人に聞かせてしまうのは極めて無礼である。が、それがために一生の醜名を負うような事ではない」とローランが答えると、一同みな逃げ去った。(昔はフランス人は音さえ立てなければ屁をひっても悔いなかったらしい)

 Eジェフールの説に、古代ローマ人は盛礼と祭典の集会においてのみ屁を禁制したが、ほかの場所ことに食事のときの放屁を少しも咎めなかった。ただし、アプレウスの書には、イチジクの一種は放屁剤とされて婦女は避けて食べなかったとあり、婦女はなるべく屁を控え慎んだらしいという。

 F屁の慎みはローマ時代に比して今のヨーロッパ人は改進している。

 G屁とかシャックリとかいうものはこれを普段からほしいままにしていると、所を嫌わずどこでも平気で出すようになるし、これを我慢していると習い性となって、即座に出てくることはない。

 Hアーネスト・ハートなどは人との語らいで区切り同然に屁をしていたが、これは年をとって惚けただけの話。今日満足なヨーロッパ人で、音さえ立てなければ放屁はかまわんなどと主唱する者はいないし、まして上流や真面目な人はそんな話さえしない。

 Iある国の元首の重病を伝える公報に屁が出るときの様子まで載せてあった。昔は帝位を譲ろうと言われて、汚らわしいと川で耳を洗った変人もいた。近くは屁を聞いて海に入ったり、屁を聞かせまいと砂にすかし込むかたくなな人民もいる。そうまでなくとも、高貴な人の屁など誰も期待しないし、聞きたがりもしない。それを公報に載せて職分を尽くしたと思い込むのは、論語にある羊を盗んだ父を訴え出た正直者と同じである。こんな場合、子は父のために隠し、父は子のために隠すところに本当の正直があるものだ。このような無用の事を聞かせて、人種や風俗の異なる民に侮蔑され、鼎の軽重を問われるきっかけになった例は少なくない。

 J日本人は古ローマ人のごとく屁を大目に見ることなく、アラビア人ほどでなくても、むしろアラビア人流に厳しく忌んだと思われる。これは日本固有の美風であって、屁の排出の様子まで公報する外国風はいただけない。


 とまあ、大体以上が熊楠の〈屁〉に関して述べた概略である。ここでは〈屁〉の羞恥が民族間で違うことが指摘されているわけだね。〈屁〉を語っても熊楠の地理的・歴史的な目配りや見識の深さは面目躍如たるものがある。原文は語り口調で縦横に論旨が飛んで一見錯綜するのだが、このように〈屁〉の所だけ抽出しても極めて論理的な考察になっているのさ。

 それにしても〈屁〉を恥じて故郷を捨てるとはどういうことか。こういう恥の深さは笑いを通り越して〈屁〉というものの不気味さをも示すが、それほどけがらわしいものとされたのか。B〜Dのエピソードによれば〈屁〉は最強の毒物に等しいね。そこで疑問だが、アラビア人にとってこういうエピソードは笑いを喚起する(笑い話となっている)のだろうかねー。

 熊楠は何かにつけ西洋模倣に陥る(外に基準を設ける)弊風を〈屁〉に託して語っているが、外を基準に、過度に内を卑下(反省)する心性は今も各界に健在であ〜る。


posted by 楢須音成 at 11:24| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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