2010年03月28日

ルサンチマンの〈屁〉とは何なのだろ〜ヵ

 我々は〈屁〉を嗅がされると仰天する一方で〈屁〉をした人に対して多種多様な心的反応を起こす。そこにはお尻を突き出している「嗅がす人」と、鼻をこじ開けられている「嗅がされた人」がいるわけだ。

 一般にこの関係は強者(尻)と弱者(鼻)という構図になっているが、強者による暴力的な〈屁〉の放出は弱者を混乱へと導くこともある。そのときの心的な反応の一つとして、強者の〈屁〉に対する激しい嫌悪、憤り、非難、憎悪、恨み――が生じざるを得ないのである。

 そりゃまあ、誰だって〈屁〉を嗅がされれば怒り出すのが普通だね。そのとき嫌悪などの心的混乱がストレートに怒りとなって表出できればいいのだが、強者と弱者の関係では、それができずに我慢せねばならないこともあるわけさ。例えば、


   かぐ鼻もこらへかねたり閻魔(えんま)の屁


 この状況はこうだ。「かぐ鼻」とは地獄に堕ちてきた人の生前の悪行を喜々として「エンマ様」に言いつける役回りの鬼。しかも、敏感な嗅覚なので、どんな些細な屁でも嗅ぎつけしまい「エンマ様」に言いつけ告発する。しかし、大王たる「エンマ様」がワガママな屁をこいた場合には、それがどんなに臭かろうとも我慢せねばならない立場である。告発の持って行きどころがないのだ。かくして、このときの「かぐ鼻」には嫌悪、憤り、非難、憎悪、恨み――が発現することになる(かもしれない)わけだね。

 地獄におけるこのときの「エンマ様」と「かぐ鼻」は〈屁〉の強者と弱者の関係であ〜る。

 いわゆるルサンチマンというのは、そういうときの弱者の感情的狂躁(興奮)の中に、強者に対する嫉妬や羨望を透かし見ているわけだが、まあ、役回りが絶対化した「かぐ鼻」は人間ではないので、妬み羨み僻みの怨念が生じる精神構造かどうかは微妙かもしれないけどね。そこで、こういう川柳もある。


   韓信に意地のわるいが屁をかがせ
   韓信があたまの上で一つひり


 漢の武将、韓信の股くぐりの故事に屁を登場させている。韓信が無為徒食して嫌われていた若いころ、「俺の胸を刺せ。できなければ股をくぐれ」と因縁をつけられるが、相手をしてもつまらん(結局、不利になる)と我慢して股をくぐる。そのとき不良どもが嘲笑の屁をしたという情景である。

 相手をすれば無用の面倒が生じるので、韓信は勝てる相手に弱者を装っているだけなのであるが、強者と弱者の関係が〈屁〉に即して無理やり作り出され、暴力的な屁が現象している。相手を凌駕する動じない信念(思い込み)があればともかく、薄弱な一般人には怨念が生まれやすい状況だろうね。まあ、概して我慢というのは怨念になりやすいわけである。

 以上の二例は〈屁〉における強者と弱者が登場する代表的な場面である(か?)。まとめると、

(1)かぐ鼻のケース→絶対的(入替不可)な強者と弱者の関係
(2)韓信のケース →相対的(入替可能)な強者と弱者の関係

 どちらも相手の〈屁〉を我慢(感情抑制)しているわけだが、次のような状況の我慢もある。ただこちらは、強者(?)の存在が匿名になっている点が違うね。


   屁をころしあたり四五人かかりあひ


 誰かが透かし屁をしたのでニオイに気がついた周りの人間が影響を被っている状況である。犯人(強者)はそこにいる誰かということになるわけだ。まあ、この場合は〈屁〉というワガママを発揮する強者(犯人)と、犯人不明のままそれを受け入れざるを得ない弱者という構図が描かれるが、これはかなり不安定で流動的である。

 いやはや、犯人(強者)が特定できないだけでなく、自分が犯人にされかねない危険を孕み、いささか動揺してしまうので、犯人が不明である限り弱者の我慢のあり方は(1)とも(2)とも違う複雑なものとなるのだ。

 よく観察すると、この状況は〈屁〉をウッカリしたかワザとしたかによっても、強者の強者たるワガママの強固性が揺らいでいるのだし、強者の匿名性や自身の濡れ衣の危険性によって弱者の弱者たる怨念の強固性は逆に強化されているのだし、そこに犯人がバレてしまった場合の大騒ぎが勃発すれば、波紋はさまざまな方向に深く拡散していく。

 ともあれ、この状況においては、強者(犯人)が確かにどこかにいるのだが誰だかわからない(バレていない)というのが、まずは前提である。


   屁の騒ぎ放(ひ)り手は中にすまして居


 このすましている人物や騒いでいる人たちの関係の特殊なあり方は(1)や(2)と比較すれば明らかだろう。そこで、

(3)透かし屁のケース→隠蔽的(曖昧模糊)な強者と弱者の関係

 我々が〈屁〉のルサンチマンの状況を考える場合には、以上の三例がまず指摘できるのではないだろうかねェ。音成はどのケースでも怨みを買っていることはないと思っているけどね。しかし、まあ、ははは…。


ラベル: ルサンチマン
posted by 楢須音成 at 14:36| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 断片考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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