2009年05月24日

江戸の活気は〈屁〉のアンビバレント

 知識人といえば、高い知識や教養がある人ということになっている。インテリゲンチャとか知識階級とか大上段に構えると、歴史から説き起こして、チト面倒くさい議論になるのかもしれない。しかし、昨今では誰でも(その気になれば)情報機器のパソコン類など手にするようになり、世界にあふれ返る情報を背景に、地域や社会階層間の文化的・知識的な格差はどんどん減退してしまった。ホンモノかどうかは定かでなくとも、いまどき知識や教養に満たされた人はどこでも見かけるよねえ。

 そんなご時世であるとしても、一等知識人であるためには、厳しいプロの道があるだろう。それは今も昔も「プロ=玄人=商売」として開店していることではないかねえ。そういう人たちは知識を「商品」にして商売が成立し、生計を立てている人たちということになるんだな。質的にも量的にもいろんな「商品」がある(だろう)し、怪しげな詐欺師もいる(ような気がする)のだが、とにかく「商売人」という観点で推量すれば、詩人とか作家とか評論家とか学者とか教師とか宗教者とか…にも、身過ぎ世過ぎの商品化の苦労があるのだろうねえ。

 一等か二等かは別として知識人が、組織人であるのとフリーであるのとでは商売への勤しみ方が違ってくるだろう。組織人でないと(売れる「商品」なのに)在野とか民間とか言われて無視されることがあり、(売れない「商品」なのに)組織にしがみついているばかりだと妬まれることもある。それでも知識界には「商品」を毀誉褒貶する評価や実績のランキングが明快に存在しているから、評価を上げ実績を積めば、一等知識人へとステップアップするチャンスを得て、すこぶる商品価値を上げるんだねえ。

 身過ぎ世過ぎしても、どうにも商売が商売になっていない人もいれば、そもそも商売にしていない人もいるだろうし、そういう人はビギナーとかアマチュアとか判定されている。世間では一般に、知識(商品)の品質は「プロ → 優」「アマ → 劣」と思われているから、「さすが(プロだ)」とか「(プロのくせに)アホか」とか「(ビギナーにしては)やるじゃないか」とか「(アマだからやっぱり)バカだ」とか、プロ・アマの分別は(身分制の桎梏のように)上げ下げの評価につきまとい、多くは罵倒語の誕生になってしまうわけよねえ。

 しかしまあ、プライドとしては一応、身過ぎ世過ぎは(商品の)評価や実績とは関係ないのであり、自分が世に問う商品には商売気がないように振る舞うのがスマートであろう。つまりそこには、例えば「新発見の人生の深遠なテーマ」があるだけなのだね。確かにそういうものに金銭のニオイ(商売気)を嗅ぎつけると、しばしば評価は反転してしまい、下げ方向に仮借ないものになることもある。金銭のニオイとは、例えば次のような認識を生む何物かだ。寺門静軒の『江戸繁昌記』を教育社新書(竹谷長二郎訳)から引用する。まあ、これは自分を責める自虐的な例だねえ。(原文は漢文)
 武士は頭を地に付けて「拙者は天性武を好み、馬を馳せ、剣を試み、『武教全書』(兵書。山鹿素行著)を右にし、『武門要鑑』(越後上杉流の兵書)を左にし、今は甲州流と越後流の兵学の奥義をきわめております。…(略)…(しかし)考えてみると、兵学二流の奥義はすべてその(儒者の七書の講義の)範囲内にあります。私が秘訣と称していたものは、実際はへのようなものでありました。しかるに誓いをたて、神をいつわり、長い間このへのような秘伝を伝えて多くの金を得ていたのは、紙上の空談で、いばって世をあざむいていたのです。今にして思うと、心がどきどきして冷や汗が出る思いです。…(略)…」と言う。

 自分がきわめていた兵学の上に、さらに上があったという慙愧の念が表明されているわけだよね。静軒が描くこの武士は、自分が〈屁〉のような秘伝で金を得ていたと、上野・寛永寺へ大師参詣して告白しているのである。やっとここで〈屁〉が出てきたのだが、ははは、ちょっと引っぱり過ぎたかねえ。

 寺門静軒(1796-1868)は江戸末期の儒者で、ついに仕官がかなわず民間の学者として終わった知識人である。水戸(常陸国)の出身。貧乏からの脱却が『江戸繁昌記』を書いた動機とされ、江戸の世態風俗の繁昌ぶりを漢文で記した「戯作」という評価だ。しかし戯れ文のようではあるが、一貫して武士・僧侶・儒者など、当時の知識人たちへの批判や現実風刺に貫かれていて、しかも格調が高い。筆が過ぎて風俗紊乱で何度か発禁処分を受けつつも、よく売れベストセラーになって影響を与え、当時の「繁昌記もの」の元祖とされているんだよねえ。

 報われない(仕官できず、金もない)境遇の知識人として身過ぎ世過ぎする一方、静軒の批判や風刺にはしばしば金銭のニオイへの嫌悪が露出する。報われている知識人は意識的にしろ無意識的にしろ金に強欲に見えるのである。もちろん、静軒とて金が欲しいわけなので、それがために他人の商売気が強く強く気になるんだね。まあ、だいたい当時も今も、浮世離れした無欲博学のボランティア知識人なんていないわけだよねえ。
編中に収録した友人の漢詩は、みな私の記憶していたもので,その得意の作ではない。なぜなら、もしはじめからこのことを告げると、採録することを許さないのを心配したためである。そのうえ、私には文学の才能がなく、もちろん一字も訂正することができないので、現在有名な詩人某の集の中にある、銭の多少によって美しく磨き立ててつくった金玉の作のごときものではない。さらに聞くところによると、その金玉は銅臭を帯びている(金銭のにおいがする)という。私はそこで試みにその集を借りてかいでみると、はたしてそれはほんとうであった。作者の小伝の中で、文意が高く意味が深いところにいたると、臭気がもっともはなはだしい。おもしろいことだ。しばらくして最後にかっぱのへのにおいをかいだ。そこで私は鼻をおおい慨嘆して、「かっぱも水の物である。水は元来金を生ずる(五行説)。かのかっぱのへのにおいが変じて銅臭となったのは、理由がないことではない」と言った。この都の繁昌は、このへを集めて太平を鳴らしているので、そもそも物質的反映なのだ。今でも「はしごっぺ」といって連続するものもあり、最後の一発はいつ放つかわからない。近ごろ物価は次第に高くなってきて、銭湯の料金の十文が、今は二文を増した。への価もそうであろう。しかし詩をつくってもらう金の値上げは一首が幾銀かは知らない。ただ聞くところによると、今年たくさんのへのなかでもっとも大きなへを放った者は十五両を出したという。ああ砲術家の仲間がこれを聞いたならば、かれはかならず「もしこの費用を私にくれたら、大きな敵の船を粉砕できるであろう」と言うだろう。ああへも太平の物で、かつこれらの大きなへを放つやからは、この江戸以外にはどれほどもないであろう。都下の繁昌は、かいで知ることができるのだ。

 言わんとするところはこうだ。――昨今は学芸を銭の多少によって磨き上げる。そういう美しい金玉(きんぎょく)のような作品は、銭のニオイ(銅臭)を隠すことができず、最後には河童の屁のニオイが漂ってくる。金を生じるという水の中に棲む河童の屁のニオイが銅臭なのは当然としても、オレたちは人間様だ。なのに江戸の繁昌はこの「河童のような屁=銅臭=金銭のニオイ」に満ち満ちて、しかも梯子屁(連続する屁=際限のない欲望)となって蔓延している。実用よりはデコレーション。兵器なんぞに金を使わない太平の世だからこそ横行する風潮だ。こんなところは江戸以外にはあまりないが、左様にも都市というものの繁昌ぶりはクンクン嗅いでみればわかるわい…。とまあ、こんな感じだよねえ。

 静軒とて金は欲しいのだから、こういう批評はアンビバレントなものだ。ビンボーからの批評精神(金が欲しい)は都市住人であった平賀源内も同様で『放屁論』ほかを書いている。だいたい人間は必ずしも「言ってること=思っていること=していること」は同じではないし、必ずしも自分の深層の意図(ホンネ)を把握していない。そこが(他人に)におう。自分のニオイは自分じゃ気がつかない振る舞いが、知識人は知識(商品)にまつわって現象する(におう)わけだねえ。

 知識の完成度(真理への道)は金銭とは関係ないという幻想もあるだろう。もちろん、知識は身の不遇とも関係ないはず。なので知識は本来(金には)潔癖なものであるはずだが、では知識は〈屁〉をしない聖人君子なのか。いや聖人君子は〈屁〉をしないのか。静軒は詩人の〈屁〉を批判しつつ、それが江戸に充満している活気そのものなのだと気づく。都市住人としてその活気にあやかろうとしているのは静軒も同じ。そういう意識下のアンビバレントな認識を乗り越えるために、静軒は「おまえらはへだ!」という思いを、これまたアンビバレントな〈屁〉に封じ込めて解放しようとしたのであ〜る。

 だからまあ、何というか、そういう〈屁〉は誰でもするわけですよねえ。


posted by 楢須音成 at 11:44| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 独舌漫語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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