2008年08月16日

なぜか禅僧が〈屁〉を語る

 日本の仏教は〈屁〉に寛容である。特に忌み嫌っている様子はないね。神道では古事記に(糞尿は出てくるのに)なぜか〈屁〉が全く出てこないことに始まって、探しても〈屁〉にまつわるエピソードがないのだが、仏教では結構あるのだ。別に〈屁〉を好んでいるわけでもないだろうけどね。僧侶が〈屁〉をたれれば、普通の人以上に面目を失うことになるのが現実だ。この辺は一般の通念の範囲内にある。

 ところが、こういう〈屁〉を殊更に格別なものにしたり、何かと講釈する僧侶がいて、どういうわけか禅僧ばかりなのであ〜る。

 あの一休和尚(1394-1481)には、花見で思わず放屁して、恥じることなく「あな面白の春べやな」と謡曲の一節に(春方と春屁をかけて)洒落てみせた話(滑稽一休物語)があるが、彼は臨済宗の僧だった。近代でも、客の鼻先で握りッ屁を開き「臭いと思ううちは修行が足らん」と喝破した原坦山(曹洞宗大学林総監、1819-1892)、娘たちに「三三九度で屁を取り外したときの詫びの言葉を考えよ」と要求した橋本独山(臨済宗・京都相国寺派管長、1869-1938)など、〈屁〉を振る舞った僧はいずれも禅僧である。井上ひさしの戯曲『道元の冒険』(1972年)には、栄西の放屁が描かれている。どうも禅と〈屁〉は親密ではないかと思わざるを得ない。

 竹田黙雷(臨済宗・建仁寺派管長、1854-1930)の禅の茶話をまとめた本にも〈屁〉が出てくる。音成の解説を入れたテキトー訳で紹介してみよう。登場する僧はすべて禅僧である。
拙僧はきのう美術展覧会を観覧して帰るとき円山のしだれ桜を一見したが、何と花見客の多いこと、なぜこんな桜のために満都の男女がかくも狂奔するのか、実に馬鹿な連中だと思うた。桜の花見を主催する方はまだしも金儲けなんだからよいが、ここに浮かれている人間は馬鹿の骨頂だ。高台寺の政所にも立派なしだれ桜があれば、深山の奥にも桜が咲いているではないか。それなのに、ただ一本のこの円山のしだれ桜に狂奔するのは、あとで祇園の芸妓に戯れたいが魂胆であろう。それで拙僧はきのう円山から祇園へかけての花見客を端からじろじろ見て回った。そして一力の門のところでブツと大きな屁を放ったときの心地よさは、百万の花見客がこの屁で吹き飛ばされるほどの気持ちだった。今晩にでも行ってみなさい。しだれ桜の花に拙僧の屁の匂いがするぞ。

『屁なりとて仇に思うな諸人よブツというのは仏なりけり』という昔の高僧(仙崖和尚)の和歌がある。『百日の説法屁一つ(屁の一発で百日にわたる尊い説法も台無しになる)』という諺は、実は釈迦が最後に空理(すべてのものは仮象であり実体を持たないという教理)を説かれた、すなわち「説不説の妙処(善人に真理を説く絶妙の勘どころ)」を示しているのだよ。花見客を吹き飛ばした拙僧の放屁もまた釈迦伝来の放屁で、旅順陥落のときの高台寺の祝砲以上の大音響であるよ。アハハハ。

拙僧が妙心寺でまだ十七八歳の雛僧のときだ。師の越渓(えっけい)和尚のお伴をして東山から祇園町を通ったことがある。そのとき和尚が拙僧を振り返って「ちょっとどけ、ちょっとどけ」といわれるから何事かと思っていると、ブーツと大きな屁を放って「アア面白い。京美人がみな鼻をつまんでいるだろう」と哄笑なさったことがある。その時分は、禅坊主などは生まれてこのかたまだ鏡を見たこともない物知らずで、ちょうど四条の紅平の店に大きな姿見があったのを和尚も拙僧も立ち止まって眺め、自分の顔はあんな顔かと思ったこともあったなあ。この越渓和尚はなかなか面白い人だったが、拙僧のきのうの放屁も、つまりは師匠の衣鉢を伝えたのだよ。

正念と邪念の葛藤は帝釈天と阿修羅の戦闘に譬えられる。正念すなわち帝釈天が勝利を占める瞬間は、阿修羅の魔軍が「蓮糸(れんし)の孔」に逃げ込む。さて、蓮(はす)の糸の極微の孔とはどこだと思うか。みな人間の心の中にあるのだよ。アア、すっぱりと魔軍を奉天府へ掃討したぞ、と安心していると、糸の孔からロシアという魔軍が金平糖のように角を出している。戦国時代でも平和時代でも、とにかく油断は大敵だ。いや学者が座禅をする上にも、この用心が肝要だ。
(竹田黙雷述『禅機』1908年、井冽堂刊)

 ここでの〈屁〉のエピソードは、禅問答や公案のような(意味不明の?)超絶した論理は微塵もないなァ。坊さんがただ面白がっている〈屁〉談義にしか見えないのだが、どうだろう。あけすけな〈屁〉こき坊さんの自慢話か、言い訳という感じではないだろうか。そんなにも禅僧って〈屁〉が身近(好き)なの?

 もちろん、禅僧が〈屁〉という「異物」をもって、修行や脱俗や探求や人生のテーマにしようとするのはあり得るだろう。夏目漱石の『夢十夜』には座禅を組んで「無」の一字を解こうと悪戦苦闘する侍が描かれているが、悟りの境地の超絶ぶりからすれば、深〜く〈屁〉を洞察して悟りに至っても不思議はないのである。『夢十夜』の次の一節の「無」は〈屁〉であってもいいのだ。(引用文中の〈屁〉は原文ではすべて無。もちろん、この置き換えは漱石を茶化しているわけではないので、念のため)
 お前は侍である。侍なら悟れぬはずはなかろうと和尚が云った。そういつまでも悟れぬところをもって見ると、御前は侍ではあるまいと言った。人間の屑じゃと言った。ははあ怒ったなと云って笑った。口惜しければ悟った証拠を持って来いと云ってぷいと向(むこう)をむいた。怪しからん。
(中略)
 短刀を鞘へ収めて右脇へ引きつけておいて、それから全伽(ぜんが)を組んだ。――趙州(じょうしゅう=唐の禅僧)曰く〈屁〉と。〈屁〉とは何だ。糞坊主めとはがみをした。
(中略)
 懸物(かけもの)が見える。行灯が見える。畳が見える。和尚の薬缶頭(やかんあたま)がありありと見える。鰐口(わにぐち)を開いて嘲笑(あざわら)った声まで聞える。怪しからん坊主だ。どうしてもあの薬缶を首にしなくてはならん。悟ってやる。〈屁〉だ、〈屁〉だと舌の根で念じた。〈屁〉だと云うのにやっぱり線香の香(におい)がした。何だ線香のくせに。
(中略)
 それでも我慢してじっと坐っていた。堪(た)えがたいほど切ないものを胸に盛(い)れて忍んでいた。その切ないものが身体中の筋肉を下から持上げて、毛穴から外へ吹き出よう吹き出ようと焦るけれども、どこも一面に塞がって、まるで出口がないような残刻(ざんこく)極まる状態であった。
(夏目漱石『夢十夜』1908年)

 時に〈屁〉を語り始める禅僧にとって、それが〈屁〉だろうが「無」だろうが、まったく意図(意味)はないのかもしれない。千崖、一休、坦山、独山、越渓、黙雷という禅僧たちにおいては、少なくともそういう無頓着さが装われているように思える。そのうえで、彼らの振る舞いは意表を突いている(意外性がある)という点は共通しているね。まあ、平気で〈屁〉を振る舞うような人は変人と見なされるし、まして坊さんの振る舞いとなれば、いよいよ奇矯であるというわけだ。

 ただ、確かに奇矯ではあるが、その人が坊さんであることによって、その〈屁〉は何か意味があるんじゃないか、その振る舞いは脱俗の境地なのではないかなどと、ついつい深読みしてしまうのだねェ。しかしなあ、やっぱり黙雷和尚は師ともどもただの屁こきにしか見えんのだけど…。いや、そこが凄いところなのか。

 さて、禅と〈屁〉の因縁だが、音成はこう思うね。座禅を組むと身体内に〈屁〉が発生し、必ず必ず座禅を邪魔するところから、禅僧にとって〈屁〉は心的に深く沈潜するものなのではないか。だから、意識下で向き合う葛藤が、禅僧が〈屁〉を多く語ってしまう根拠なのであ〜る。

 ――ここで音成はハタと気がついた。そーだったのか? 黙雷和尚は〈屁〉に続けて、取って付けたように何の脈絡もなく正念と邪念の戦いの話を持ち出しているが、つまりは〈屁〉を魔軍と意識していたのだ。帝釈天と阿修羅の戦いこそ〈屁〉の真実を示すのさ。一見、まるで〈屁〉とは関係のない話題をポンと投げ出しているように見えるが、超絶した語り口ではないか。「油断すると魔軍は金平糖のように角を出す」とは、何と甘味・滋味のある魔軍ではないか。かくして〈屁〉は誰にとっても、危険千万にして油断大敵なものであ〜る。


posted by 楢須音成 at 00:29| 大阪 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
映画「ファンシーダンス」での住職の講話は、
「竹田黙雷述『禅機』1908年」を基にしたものだったのですね。
勉強になりました。
Posted by とおりすがり。 at 2016年06月25日 18:43
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