2015年03月25日

最期の〈屁〉の余韻

 昨夏からブログはすっかりご無沙汰だった。休業状態になっていたが、この一年は身近な人の死が次々にやって来た。長く患っていた父母や義母を続けて喪い、会社時代のまだ若い同僚を送った。年明けて一月には父母の葬儀に参列した叔父までが突然に逝ってしまった。

 死者たちは一年前の今頃、当たり前に電話や手紙や言葉を交わした人々なのだ。彼らへの喪失感がいつか来るだろう自分の死を想起させ、今更のように永らえていることに驚くばかりだ。音成も体調は必ずしも良くはないので、この一年、大阪と郷里の九州を何度も行き来しながら、まあ気分は沈んでいたのであった。

 申し訳なくも音成は父と母の臨終には立ち会えなかったのである。母は父と妹に看取られたが、父は身内が駆けつけたときには亡くなっていた。この世間に臨終はさまざまあるが、送る方にも送られる方にも、人の最期はそれぞれに異なる相貌の、有情無情のリアルな風景になるのだと痛切に思う。

 そういう最期のエピソードは文学などの表現の世界ではさまざまに提示されてきた。人の数だけ最期はあるわけだが、奇矯にも死にまつわる古今東西の〈屁〉のエピソードもある。なかに滋味深いものがあったりするのだが、かつてこのブログで死に臨む〈屁〉について書いてみたことがあった(参照)。そこで取り上げた〈屁〉はむしろ不思議な余韻を残していた。間際の一発は偶発的な椿事として現象し、永遠の別離に可笑し味を誘発して死にゆく者を包み込んでいた。
にがにがしくもをかしかりけり
     わが親の死ぬるときにも屁をこきて
(山崎宗鑑編『新撰犬筑波集』1530年前後刊)

 このときの残された子の思う真意はどのようであったか。俳諧連歌の世界は可笑し味を狙っているということになるが、これは別にみんなの前で〈屁〉をこいた親を歯がゆく思い嗤う歌ではないだろう。むしろ音成には、この「をかし」には悲しみを超えていく死の厳粛すら感じられる。そこに踏みとどまって漂っている可笑し味は死者のメッセージとも思われる切なさがある。

 そもそも臨終に〈屁〉をこくなど意図しないことに違いない。それが現象すれば粗相ということになるわけで、ふつう粗相(というからに)は否定的な現象である。大辞林によれば@不注意から起こす失敗。軽率なあやまち。しくじりA大小便をもらすこと──とある。意図せず勝手に現象してしまう(出てしまう)のは、本人の制御のなさ(不注意、軽率、だらしなさ…)によるあやまちなのだ。

 ただ、臨終ともなれば心身は終末の衰弱状態(生命の消滅直前)なのであるから、もはや〈屁〉は本人にとっては粗相ではありえないだろう。人間の生理現象は〈屁〉に限らないが、臨終においては本人のあらゆる意思を超え、生起するすべての生理現象は消滅へと向かうことにあらがうサインとして、平等に振る舞っているように見える。

 しかし平等に振る舞う生理現象ではあるが、そこに〈屁〉が出現するなら、やはりそれなりの特異性は払拭できないように思う。ゆえに我々は戸惑いを隠せない。そのとき〈屁〉は最後の生きている証(あかし)として深く印象づけられるように見える。
私はその息を引き取るところを見た。彼女の一生は才気と思慮のある婦人のそれであり、彼女の死は賢者のそれであった。いとわずてらわず宗教上の義務をはたした清澄な魂、その点からは、カトリック教が私に好ましく思われたといっていい。生まれつきまじめなひとであったが、病気のおわりには、一種の陽気さを持つようになった。それもむら気のない、ごく自然なものであり、悲しい境遇を理性でまぎらせようとしているにすぎなかった。べったり病床についたのは最後の二日だけで、それもみんなとしずかに話すことをやめなかった。とうとう話ができなくなり、いよいよ臨終の苦しみとの格闘にはいったとき、一つ大きいおならをした。「よろしい!」ねがえりしながらいった。「おならが出るような女はまだ死んじゃいません」これが口にした最後の言葉だった。
(ルソー『告白録』井上究一郎訳)

 もっともルソーのリアリストぶりは随分とドライに見える。夫人の〈屁〉が生きた証であるにしても、ほとんど感傷のない観察に徹している。思い入れはまるでない。日本人の「にがにがしくもおかしかりけり」とは感性が違うのだが、それでも屁は〈屁〉としてインパクトを与えたことには変わりないだろう。

 そもそも臨終の場に〈屁〉は必然ではないし、もともと〈屁〉は平素においても徹底して無意味で不徳なものとして扱われる存在である。その異音異臭は、人生の大事な場面でしばしば致命的に不心得を露呈する醜悪な現象として認められている。つまり多くは不覚にもだらしなく放たれるのだ。

 臨終の〈屁〉が何かを伝えているのではないかと意味を見出そうとするのは残された者の振る舞いなのだろう。ルソーが看取った夫人はまだ生きていると思いながら(つまり生者として)自分の〈屁〉が生きている証だとした。ルソーは観察によってそれを追認したといえよう。この世界は意味の集積であり、そこに生きる者は意味なしには生きられない。そして臨終の悲しみは死にゆく者の心身の、それまで背負ってきた人生という意味(観念)の喪失にある。

 一度きりのこの期に及んでぬけぬけと勝手に無意味な〈屁〉が現象してしまうのだ。臨終の〈屁〉はどんな生理現象よりも奇異であるがゆえに、思いは複雑化する。そういえば最後っ屁という言葉があるが、臨終の〈屁〉はそんな苦しまぎれの行動というわけではなく、ただただ平然と深い吐息のように現象するから驚き動揺してしまう。

 にがにがしくもおかしかりけり──それは感情の方向を違えるものが混在してしまう戸惑いの感覚でもある。我々は場面によって、悲しいけれども可笑しいというような感情だって持つことが可能だからね。
 暑さが激しかつた。彼女は時折り、はばけるように苦しくせきこんだ。そして、それと同時に、彼女とここで会つた時と同じように、プクプクプクプクプクとあたかも水底から浮かび上がつたアブクのような、おならを、彼女はした。私は、もうそれを責めはしなかつた。
「ゴメンなさい。」
 彼女の方で、てれた。
 私は故意に鼻タボをくちゃくちゃにして犬のような真似をして言つた。
「匂うところを見ると、まだ大丈夫、そう簡単に死なないや。おならが生きてる。アセチリンの匂いと、お袋の肌の匂いを混ぜ合わせたような匂いだ」
「ウフ、恒司さんも大人になつた。何んだか知らないけれど、ありがとうと言うわ」
 彼女はそう言つて静脈のすけて見える白く小さな手を差しのべた。
 私は立ちあがつて握手した。ふみさんの手のぬくもりが、私には、かつてこの人に感じてはならなかつた女を始めて意識した。
(金沢恒司『放屁学概論』1956年)

 ふみさんというのは歌人の中城ふみ子である。このエピソードも随分前に紹介した(参照)。旧知の「私」はふみさんの病室を訪れている。死期を迎えた人の〈屁〉は心身の束縛を離れつつ、臨終の〈屁〉に限りなく近づいている。しかしまだ、ここでは〈屁〉は二人の共有物として現世の絆になっている。恥を介して二人はお互いを意識しているからだ。
 このあと「私」はふみさんの訃報を旅先で聞くことになる。
 室蘭での日程は二日で、ここでは主として室蘭水族館の魚族の生態をカメラに収めるのが目的であつた。そして後の五日間その日程を洞爺湖で過す事になつていた。その水族館のカレイの水槽の前に立つた時、私は生きたカレイの美しさに思わず足をとめた。あの平つたいカレイが水槽の底から、ひょいひょいと体をもたげて、ひらひらとアブクを立てながら水面に向つていくさまは、美保の松原で天の羽衣が天空に舞い上がつてゆくような幻想と似通つていた。アブクとカレイ。それは、私には中城ふみ子をほうふつさせた。
 私の同僚のYとの遊行の日程は終りに近づいていた。その最終日、私は洞爺の温泉でふみさんの死を知つた。死因は窒息死であつた。

 臨終の〈屁〉から浮かんでくるのは、逝ってしまう人との決定的な別離であり断絶である。しかし、その断絶を埋めるために幻想する。そこには別れの美しい幻想もあるだろう。

 一発の〈屁〉がもし臨終にあったなら、その無意味が与える動揺とは感情なのか観察なのか幻想なのか──それは人さまざまのインパクトになるだろう。その瞬間は去りゆく者への心からの哀悼だ。

 かくして最期の〈屁〉が現象するとき、それは最も崇高な〈屁〉に違いない。音成は身内の死の誰にも立ち会えなかったが、いずれ我が身にも死は訪れ、誰かに看取られることになるだろう。──最期の〈屁〉が崇高であるべく精進せねばなるまい。父母には感謝しかない。


posted by 楢須音成 at 11:10| 大阪 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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