2012年12月31日

天下に響く百態の〈屁〉

 ネットでヒマつぶしに検索していると、ときどき思わぬ拾いものをすることがある。だいたい〈屁〉に関する文献などは古書店を回っても(ほとんど)見かけない。音成の〈屁〉の文献が急に集まり始めたのはネットが使えるようになってからだね。

 それに国立国会図書館の近代デジタルライブラリーでは明治以降の〈屁〉に関する記述のある文献が結構たくさん公開されている。ここもネットが使えればこそ在宅で大いに活用できるところである。スキャンしたものが直に閲覧できるので、いちいち複写を依頼する必要がないが、ダウンロードも自由なんで金欠病の音成には有難いね。

 まあ、いくら〈屁〉の文献を漁っているからといっても〈屁〉にお金をかける気にもならないわけで、コピーですませられるところはすませてきた。骨董趣味もない。資料の整理が悪く、あちこちに置いているからすっかり忘れたものもあったりする。ひょんなときに"発見"したりするわけだ。

 ところで先日、入手した本をパラパラめくって感動してしまった。まるごと一冊が〈屁〉の本なのである。甘薯子著の『抱腹絶倒 放屁百話』は初めて手にするもので、中身はまあ、他愛ない〈屁〉のエピソードがしっかり集められている。奥付を見ると1905年(明治38年)の初版発行とあった。当時の文庫本である。

 目次でそのフレームワークをのぞいてみる。
放屁論序(平賀源内)
屁の放り様(礫川喜望)
 
放屁倶楽部
馬子の屁
乳母の屁
俳優の屁
盲目者と屁
お大名の屁
比丘尼の屁
医者の屁
つんぼと屁
品行方正な人の屁
おつかさんの屁
屁の力くらべ
役人の屁
花嫁の屁
盗人の屁
下婢の屁
新婦の屁
善屁
屁の気
屁をはかる
黄鼠の屁
真の屁
風鳥
ぶつてき
按摩屁になやまされる
小児と屁
軍人の屁
屁の見舞もの
小学生徒の悪戯
屁合戦
人力車夫の屁
馬の屁と猫の屁
楽隠居の屁
あばずれ女の屁
お嬢様の屁
屁会
禿の言ひわけ(一)
禿の言ひわけ(二)
親子兄弟
ぶつさき羽織
臭い鉄砲
恵比須と大黒の屁
へっぴり蟲の臆病もの
屁かぜのつよい男
スースー臭い息する人
尻でうなる紙鳶
つんぼと目くら
屁だまをかへせ
屁だまのやうにとんでなくなる
屁もくさいばかりで音はなし
出たらおまえの分にしておけ
だれも放るもの
屁を製造するもの
疝気で屁が出る
我と我が屁に困まる
よい臭気
放屁の治療
百日の縁談屁一ッ
態と放る

風来山人放屁論跋(平賀源内)

 とまあこんな調子で構成されている。平賀源内の『放屁論』を意識して、我々が現象させる〈屁〉の百態を集めているのである。こういう〈屁〉の話はウソかホントかわからないものの、さもありなんという擬似的エピソードなのであり、我々の行動パターンとして笑いの説得力があるものだ。

 サルバドル・ダリの『天才の日記』(1952年〜1963年の日記)の中に『「放屁の術、または陰険な大砲に関する概論」の抜粋』という一章があるが、ここでも「田舎の屁、夫婦の屁、処女の屁、武勲に輝く戦士の屁、姫がたの屁、若い娘さんの屁、既婚女性の屁、おかみさんの屁、農婦の屁、羊飼いの娘たちの屁、老女の屁、パン屋の屁、陶工たちの屁、仕立屋たちの屁、地理学者たちの屁、ラーイスの屁、寝取られ男たちの屁、学者の屁、事務員の屁、男優および女優の屁」などと、同様の〈屁〉の百態がピックアップされている。

 洋の東西を問わず、この〈屁〉という奴は人間の諸相を照らすものらしい。『放屁百話』から紹介してみよう。
◎品行方正な人の屁
磊落(らいらく)な人の撒(ひ)つた屁は、別に人にふしぎかられるやうなことはなけれど、品行方正で、常にしかつめらしき人の放つた屁は、長く人の物わらひとなつているものである。そればかりでなく、非常に人にふしぎがられるるものじや。堅田確蔵(かただかくぞう)といふ漢学の先生が、少しの過失でも容赦なく小言をいふ人であつたが、一月元旦のお祝ひの席で、しかも君公の面前において、尻をあげて敬礼する拍子に、ブツといふ大きな奴をやらかし、そのあはて方のおかしかりしと、その恐縮せる状(さま)のおもむきありしとは、今もかたり伝へて笑ひの種となつている程である。して其の申しひらきのことばがおもしろい。御場所をも憚からず、無作法千万にも、ブツと罷(まか)り出で候(そうろう)段、唯々(ただただ)恐れ入り奉りますといふた。

◎屁放りの屁
居ても起つても寝ても醒めても、いつも屁ばかり放つて、人にいやがられてる男あり。自からも臭気に耐へねば、人々もさぞ迷惑ならんと、ある時物識りの友人を訪ひ、「君も知て居らるる通り、平生心がけて居ても、ついブーブーと出て止まらず、これを拒(ふせ)がんとすれば、ますます出て抑へがたきは、是れ屁の常である。今これを抑へんとして抑へきれずに困難するよりは、いつそ香りのよき屁を放つて、人々に好れた方が増しであらふと思ふ。何んぞ屁の香りをよくする薬はないものか」と問ふた。友人「ソリヤ六(むつ)かしい注文じや。どんなかほりのよいものを喰ても、普通に屁化するは当然(あたりまえ)のことじや。だから屁の臭ひに負けぬやうな、つよい臭ひのものを喰ふのが第一番じや」、屁ぴり「ソレデは何がよからふ」、友人「そうさな、大蒜(にんにく)を喰へ大蒜を、アレならきつと屁の臭ひに勝つよ」、屁っぴり「だつてくさいぞ」、友人「ソレリヤ臭いサ、しかし大蒜の臭気(くさみ)は正路(せいろ=正道)じや、屁の臭いとは違(ち)がふ」といはれた。

◎女郎の屁
女郎急に雪隠(せっちん)へ行き、かけがねをはづさんとしてブウと屁をひる。女郎「ヲヤ、まだまたぎもしなひに」と独言(ひとりごと)。

 こういう話は江戸の小咄などからのものも多いが、いつの時代も〈屁〉は人生の鏡だよ──と、つぶやくうちに年の瀬。今年はいくつか資料になる文献も入手したので、来年もまた愚見愚考しながら追々紹介していきたいと思う。よいお年を。


ラベル: 百態
posted by 楢須音成 at 05:59| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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