2012年06月01日

放屁と放尿の隠蔽ぶり

 我々の〈屁〉は目に見えないことによって、いろいろ物議をかもすことがあるわけだが、これが見えたりしたら認識の視界は大きく開けることになる。というか、何か次元の違う物体として扱われることになるのである。

 見えないといっても〈屁〉は厳然と(異音異臭として)存在するのだから認識できないわけではないものの、視覚性の欠如のままに(網膜を経ずに)観念や概念の形成がされてしまう。こういうものは〈屁〉に限らず風、空気、酸素、水素──というような、一般に気体と呼ばれるものが同様であるが、これらは姿は見えぬまま、それでも科学の分析的な手法で(概念化を積み重ねて)その概念は究極まで追求される。(吹く風を風速計の風車で見るのは間接的な視覚性である)

 もちろん〈屁〉だって姿は見えぬままに分析されてきた。例えば成分や成分比などが明らかにされているし、発生原因や臭気物質の特定もなされているわけで、空気と比べても〈屁〉がとりたてて不思議な気体であるとは全くいえない。

 しかしながら、我々は〈屁〉を「空気」や「風」と同列に扱うだろうか。まあ、そういう人もいるかもしれないが、音成は見かけたことはない。少なくとも音成には同列はムリだな。我々の〈屁〉は我々自身によって基本は心的に忌避されているのであるよ。何であれ〈屁〉は態度に表出する行動としては、何とか隠蔽したいと思っているのである。

 モノには見える存在と、見えない存在がある。それに向かう我々の認識の態度は違っている。そして、そういう存在の中には忌避(隠蔽)されるモノと、されないモノがあるのだ。

 ――以上を念頭に考えてみるに、我々の〈屁〉とは「見えて忌避されるモノ」ではなく「見えずに忌避されるモノ」に属する存在になるわけである。〈屁〉と同様に生理現象として我々の身体から排出(忌避)されるモノはいろいろあるが、ここにも見えるモノと見えないモノとがあるね。

 見える=糞、尿、鼻水、耳糞、汗
 見えない、ゲップ

 ほかにも、モノとしてではなく行為として忌避される生理現象に、イビキ、シャックリ、クシャミ、セキなどがあるが、これらは〈屁〉やゲップのように(排出する)モノとしての実体は(とりあえず)重視されない。モノではなく行為なのである。こう見ると我々(の身体)にとって〈屁〉やゲップは見えずに忌避されるモノの代表格ということになる。

 十九世紀のフランスの医者で、ドクター・カバネスという人が書いた『衛生博覧会』(柴田道子/田川光照訳、ユニテ刊、1992年)に「尿、おなら・げっぷ」という一節がある。まず古代ローマにおける尿の忌避ぶりが語られているので紹介してみよう。
 古代ローマ人は猥褻な言葉をひどく嫌悪していたので、キケロ(紀元前一世紀の政治家・哲学者)の同時代人たちが「尿壷」と呼び、中世のフランス人が「しびん」と訳した容器を指し示す言葉を用いないようにしていたほどである。「尿」という言葉もほとんどの場合は上品で遠回しな言い方に置き換えられていたのであり、その言葉をあえて書くには、マルティアリス(一世紀の風刺詩人)のようなあらゆる酔狂が大目に見られる風刺詩人になる必要があった。会食者が、生理的欲求をどうしてもこらえきれなくなった時に、しびんを持って来るよう指を鳴らして奴隷に合図を送ったのも同じ動機からであるが、その際、指の音は同席者たちの注意を引くような大きな音であってはならなかった。さらに、「放尿」という言葉で表現される行為の最中には、液体が壷の内部に当たってある特殊な音がするように気をつけていた。もしその音が聞こえなかったなら、占い師によると、最悪の不幸が待ち構えているのであった。
 セネカ(紀元前後の詩人・哲学者)が決してあからさまに言わず、「不潔ナ水」とか「ケガレタ液」と呼んだ尿は、その放出のされ方がドバッなのか、チョロチョロなのか、ジャーなのか、ピッピッなのか、それともビショッなのかという違いによって占いの素材とされたのであった。ヴィーナスの祭儀(性交)に耽る前の放尿がドッとなされたならば、それはその祭儀が幸福に完遂されることを予告していた。ユヴェナリス(一世紀の風刺詩人)はどこかで、ある金持ちの大食漢が自分の尿を受けて金の壷が出す音に聴き入っている様を嘲笑している。

 カバネスによれば、古代ローマ人は迷信深かったので、衰退期には自分たちの運命の吉凶を確かめることしか考えていなかったというのだが、例えば自分の尿についてもその吉凶の対象になったというのである。どうやら古代ローマではしびんを使っていたらしいね。面白いのは尿に対する忌避の仕方で、しびんを使いながら、それを直接指し示す言葉を避け遠回しな表現を用いていたというのだ。

 しびんは室内で放尿を受け止め一時的に保存する容器である。言ってみれば、放尿や尿を身近(視界)に置くものであり、忌避したいモノと常に直面することになる。それほどに止むに止まれぬ生理現象というわけだが、忌避(嫌悪)したい気持は直接的な言葉を使わないことによって封印(無視)するのである。

 見たくないモノや不吉なことを口にしたがらないのは古来からの忌避のあり方だが、言葉(口)にするというのは、我々にとって現実が露出(現実に直面)すると感じられる(リアルな)現実認識の一面を持つのである。

 しびんや尿がヨーロッパの文化の中でどのように扱われていったのか、カバネスの指摘を追ってみる。
 そもそも、天が下に本当に新しいと言えるものがあるのだろうか。われわれが用いているしびんについても同様で、一三、一四、一五世紀の写本の挿絵に現代のものと同じような見本が描かれているのである。違いといえば、当時はガラスで作られていたということだけなのだ。たとえば、ペリー公の財産目録(一四一六年)の中にあり、四本の金の鎖――ぜいたくの極み!――でぶら下げられたものがそうである。
『狐物語』(一二、三世紀)の一節で描かれているのも同じ物である――

しびんを持って来い
それで診断してやろう

と、医者をまねて狐が言う。
 このしびんは明らかにガラス製である。テクストがつぎのように続くからだ――

しびんを手に日なたに行くと
それを高く日にかざし
しげしげと眺めつ
しきりにくるくる回す

 しびんはガラスの壷であれば何でもよいというわけでもなかった。それは、白くて透明なガラスで作られ、膀胱のように丸みを帯びていなければならなかった。

 しびんは医者の診断に欠かせない道具であり、尿は身体の情報を伝える貴重な試料となっていた。こういう尿の専門家には占い師もいたわけで、尿占い師たちの中にはしびんをぶらさげて看板にする者もいたらしい。もちろん、尿検査の重要性は医学の要諦と位置づけられ、多くの芸術家が医学の守護聖人のひとり聖ダミアニの象徴的小道具として描いていることからもわかるという。
 医者の祖先たちは、彼らのお人好しの患者が病気を訴えると、その原因を尿の中に探ったのである。「尿で、病気の度合、治癒の遅速が前もってわかる」というヒポクラテスの格言に従って、彼らは腎臓によって分泌される液体が人体の鏡であると確信していた。医者の歴史をさかのぼれるだけさかのぼると(年代を確定できるのは一二世紀までだが)診察は常に検脈と検尿ではじまっていることがわかる。

 このようなヨーロッパ医学の伝統とは、人々がしびんや尿を忌避しながらも、分析的に観察して生活(や人生)に役立てていった姿勢(観点)を持っている。

 我々にとって何かを「忌避する」とは、それを隠蔽や無視することなのだね。尿の場合には忌避しながらも(普通のモノと同じように医学や占いとして)役立てていくのであるが、忌避すべき行為やモノはできるだけ露見しないようにすることが「マナー」につながっていく。

 カバネスはマナーの問題(規範意識で引き起こされる悲喜劇)についてもエピソードをあげている。
 タルマンはリュード伯爵の無作法な行いを報告している。その行いというのは、しきたりの中に先例がなければ思いつかれない類のものである。ある日のこと、伯爵は甥で財務卿のションベール氏の執務室のドアをかなり激しくノックした。伯爵を知らない新米の従者が言う、「こんなたたき方をするとは、いったいどなたですか」――「開けたまえ」――「ここではこんな風にノックするものではありません」――伯爵は中に入り、暖炉に小用を足し、「ここではこんな風に小便をしないのかね」。ションベール氏は笑っているだけであった。
 タルマンは、ひとりの神父が遭遇したもうひとつの同じような出来事を記している。テステュ神父がカヴォワ夫人をシャヴィニー夫人宅に連れて行った時のことである。「大きな部屋にさしかかると、『ねえ、神父様、ちょっとあちらを向いていてくださらないかしら』とカヴォワ夫人は言って、桶に放尿しはじめた」

 こういう羞恥心を欠いた放尿への無自覚さはマナー違反に属する行動であるが、当人たちにとっては何ら不都合のない当たり前。これは放尿のマナーが人(育ちや教養)により形成される観念的な規範であること示しているものの、一般にこんな場合の(規範への)無自覚さは下品であり無作法とされるわけである。(まして伯爵や貴婦人であるのならばね)

 さてカバネスは、このように忌避されながらも、しびんや尿が生活に深く関わり、医学や占いなど我々に役立てられてきた歴史を辿ってみせる。そして忌避という我々の心的運動が、マナーや羞恥や作法へと関連していることを示すのである。

 ここで再び〈屁〉なのだが、我々の忌避すべき排出物は尿に限らないわけだよねえ。放尿に対して放屁もまた身体の生理現象として、我々が否応なしに抱え込んでいる宿命だった。忌避されるという点では同じだが、尿と〈屁〉の本質的な違いは、それが見えるのか見えないのかによる存在の様式に大きく影響される、というのが音成のいつもの愚考。いやはや、目には見えないという存在様式から浮かび上がってくる〈屁〉に、人はどう翻弄されてきたのか。カバネスの筆は〈屁〉をどのように記述しているだろうか。


posted by 楢須音成 at 13:12| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月11日

続・放屁と放尿の隠蔽ぶり

 動物と人間の生理現象は、その精神性において明らかに相違している。動物と人間の放尿や放屁は、両者の態度振る舞いを観察すれば、その違いが容易に察せられるのであるね。

 動物のマーキング行動は(誰が見ていようと)あたりはばかることはないが、人間はマーキングはしないのだし、放尿を「白濁して病気の兆候あり」とか意味づけたり「汚いので見たくない」とか忌避してしまう(観念的な)行動に出るのである。

 そもそもどこに動物の心的運動の震源があるのかわからないが、人間以外の動物だと心的運動はもっぱら嗅覚触覚聴覚味覚に支配されているかのように見える。しかし人間の場合は視覚が突出していて、そこに意味が付与され、それが心的運動に君臨しているように見える。

 我々にとって視覚とは、モノが(網膜に映って)見えるということを通して、そこから言語生活(観念化)へと踏み出していく震源になっているようだ。つまり「見えたモノ」から「見えたコト」という構成的な現象把握(意味付与)への心的な、無限の自律運動が始まっている──というような屁理屈はどうでもよろしいか。

 要するにドクター・カバネスによれば、人間の尿はヨーロッパにおける重要な医学観察の対象なのであった。それは単なるモノ(尿)から複雑なコト(医学・占い)へと構成されていったわけであるが、如何せん、一方で視界に入る尿や放尿やしびんは(汚れや穢れを放ち)忌避されてもいた。つまり、人々はそれらを無視できない存在と受け止めつつ忌避していた。

 ここでもう一度、身体から排出される物について思い出しておこう。

 見える排出物=糞、尿、鼻水、耳糞、汗
 見えない排出物=屁、ゲップ

 とまあ、こうなるわけだが、普通はいずれも忌避されるモノである。当たり前の顔をして(あるいは自慢げに)人の面前にさらすモノではない。しかし、これらは我々が必然に抱え込んでいる生理現象であって、避けて通ることのできないモノでもある。

 このような存在は、もちろん自分自身が人前にさらすことはしたくないが、他人が自分の面前にさらすことも許しがたい。少なくともちょっとは遠慮してほしいし(自分の前では)やめてほしい。自分も絶対しないから──と、やがて強烈に自他への道徳志向性が生まれるのである。(一番最後の「自分も絶対しないから」という規範を忘れてしまう人は多い。自分の〈屁〉が臭いのに他人の〈屁〉を責める人はよくいるよね。それはともかく…)

 つまり、忌避という心的運動から我々の観念はマナーや作法へと構成されていくのだが、それは単に忌避すればきれいさっぱり終わり──とはならないからだ。どういうことか。

 音成はセロリが大の苦手だが、何の精神的痛痒もなく「嫌い!」と宣言し、無慈悲に遠ざけること(忌避)ができる。このように相手との関連性がもともと自分に内在しないモノについては、悩むこともなく割り切りがよいのであるが、尿とか〈屁〉になるとそうはいかないのだ。糞だってそうである。

 糞尿屁は身体の生理現象として存在しているわけだが、それらは逃れようもなく自分に内在する、いわば分身なのである。どんな美男美女も(出せばスッキリ心身に快感をもたらす)糞尿屁という自分の分身の役割を身体に機能化している。それなのに、見たくない聞きたくない嗅ぎたくない言いたくない触りたくな〜い、シロモノなのである。

 もともと逃れようもないモノを忌避しようとする、このような心的運動からマナーや作法が生まれてくるのだ。我々は暗黙の何かしらのルールを共有することによって、自他に向けて心的規制(制御)を行っている。

 身勝手な話だが、我々は身体から尿や〈屁〉のような排出物を心地よく排出するにもかかわらず、ひとたび出してしまうと、それらは汚らしく不快なモノとして感じる。あまりに強烈だと嫌悪に飛び上がることさえあるだろう。しかし、我々に内在する(していた)そのようなモノは、実は忌避すべきでないモノなのだ。我々はそのような自分の分身に対し、心的に離反して顔をそむけてしまう自分の後ろめたさを感じないわけにはいかない。(臭いったって、そいつは自分の〈屁〉じゃないか!──というような事態である)

 気がつけば、我々は身体の排出物に程度の差はあれ例外なく、そういう事態を抱え込んでいる。尿や〈屁〉を見たくない聞きたくない嗅ぎたくない言いたくない触りたくな〜い、というのは後ろめたさを貼り付かせた忌避なのであり、それは我々の相互間に等しく存在する事態なのである。

 後ろめたさの共有は「みんなで言訳を用意する(みんなで渡れば恐くない)」という心的な方向性をとることになる。例えば、私はニンニクを食ったから〈屁〉が臭いのだが、これは何も私だけが臭くなるのではないのだし、そもそもニンニクはスパイシーな味付けで食欲をそそり、健康・滋養強壮によく、セレブの高級料理に使う食材なのだ──というように肯定的価値となる「言訳」を動員する。(ただ臭いのではないんだぞ、と…)

 言訳を積み重ねれば、忌避の後ろめたさは次第に薄れていき、ついに倒錯する。例えば、ニンニクはセロリと同様に自分には内在しないモノへの好き嫌いの範疇だが、食してもたらされる特異な臭気を克服するために動員する肯定的理由付けによって、我々はニンニクによる〈屁〉の臭さを克服する。(臭いことは効果の証だ、素晴らしい、と…)

 そんな心的運動を繰り返して我々は観念や行動をマナーや作法、時には学問などに様式化(ルール化や体系化など)するのである。〈屁〉が臭くなる(負の価値を持つ)にもかかわらず、ニンニクには料理法や口臭マナーや栄養学や植物学や薬学などのどこにも後ろめたさはない。それら観念の体系を極めれば極めるほど後ろめたさは消える。〈屁〉が臭くなるにもかかわらず(いや、だからこそ)我々はニンニクに思い入れ、重用するのである。(ニンニクが美味なのは〈屁〉が快感であるのと似ている…)

 かくして忌避する尿や〈屁〉はマナーや作法を守っていれば(つまり、言訳が用意できれば)何ら精神的痛痒はない(ものとする)のである。そして分析的に医学や占いの対象にして体系化してきた。体系化という相互の共同性を獲得することで、見たくない聞きたくない嗅ぎたくない言いたくない触りたくな〜い、という心的運動に潜む後ろめたさを解消したのだ。

 もちろん、尿や〈屁〉が「汚らしく不快」という現実は揺るぎなくあるわけだが、観念的な理由付けをしながら(できる限り)それを無化(希薄化)しようとするのである。理由もなく(原因不明で)汚らしく臭いのは嫌であるが、それに理由が付けば(説明ができれば)心的に無化(我慢)できるし、それが自分の分身であることにも意味を持たせられる。

 かくして我々は(理由付けとして用意した)マナーや作法から逸脱したり、知識がない(無知である)のを恥ずかしいと感じるようになる。これは一種の倒錯だ。情動的な不快(異形異音異臭など)がもたらす負の感情の一つが嫌悪と考えられるが、羞恥は情動より観念的なもの(ルールや作法など)がもたらす高次の負の感情である。

 ここまでをまとめておくと(1)尿や〈屁〉を放出するのは心身の快である。しかし(2)放出して残留したそれは不快である。だから(3)それを避けたい(無縁でありたい)が、それはまぎれもなく自分の分身(原因は自分)である。なので(4)それを避ける(無縁を装う)ことは後ろめたい。そこで(5)それを普通のモノ(客観的モノ)として扱うために言訳(理由付け)を用意する──というのが我々の心的運動の基本的な振る舞いなのだった。

 言訳(理由付け)は我々が心理的負担から解放される(後ろめたさを忘れる)ための手段である。これは振る舞いとしていろいろな展開をみせるが、そこに貼り付いている心理的な後ろめたさというのは、我々にとって存外深刻な事態なのである。何事につけ我々はとにかく(意識的にも無意識的にも)心理的負担は忘れたいものなんだね。

 マナーや作法(というルール化)はこのときの言訳(理由付け)として機能する。ルールをみんなで共有すれば、ルールに従うだけで、何も忖度せず悩むこともなく振る舞えるわけである。それはルールなんだから、と。

 ここでもうひとひねり考えよう。我々は尿や〈屁〉を「どこでも出してはいけない」「いつでも出してはいけない」というように厳しくルールを持ち出してタガを締めるわけだ。しかし一方で逆の態度をとることもあるのだね。「健康に悪いので我慢してはいけない」と、むしろ放出を奨励するようなことも(理由さえ付けば)やり始める(ことがある)んだね。しかしこれは一見、正反対の矛盾した振る舞いのように見えるが、「言訳(理由付け)している」という観点からすれば(後ろめたさを忘れたいという)動機は全く同じであると知らねばならない。

 さて、ついつい理屈が長過ぎてしまったよ。いよいよ〈屁〉である。カバネスの「おなら・げっぷ」の記述は再びローマ時代から始まる。まずはゲップ。
 マナーの問題について、国や時代によってどれほど意見が異なるかを確認することは興味深いことである。たとえば、今日では無作法とみなされている大なり小なり騒々しい音を立てる所作でも、われわれの曾祖父たちは許していたばかりか、黙認することでほとんど助長さえしていたものがある。
 大食いであったローマ人たちは、「上の方から出る」ある種の音によって太鼓腹にはもう何も入らないと表明する人を無作法とみなさず、その会食者の幸運をうらやむのであった。彼らの考えでは、縁起のよいげっぷというものがあったのである。げっぷが吉兆となるには、どのような条件を満たす必要があるのだろうか。これには答えられそうにない。われわれに分かっているのは、たとえ胃が厄介しごくな音を発しようと、いかなる場合にも人々は暴動を起こしている胃を抑えつけようなどとは考えなかったらしい、ということだけである。その点については、ローマの人々は皆ストア学派の哲学者たちと同じで、胃腸の出すうめき声を押し殺してはならないと考えていたのだ。

 当時、夜の食事は不協和音のコンサートだったとカバネスは言う。ゲップ奏者が勝手な音を出す間に脇に控えた奴隷が(ゲップが示す)運勢を書き留めた――というのだから羞恥心は吹っ飛んでいる。平気の平左でゲップの饗宴をやっていた。

 先に長々と考察したように、もともと忌避しているモノをあえて忌避しない(ばかりかゲップを奨励したり競争したりする)ことはあるのであって、どうもローマ人はそうであったらしい。〈屁〉についても、
 聴覚と嗅覚とに己を顕示するそよ風もまた運勢を示す前兆――たいていは吉兆であるが――とみなされていた。音響の神の要求を妨害しなかったことを、人々は喜び合うのであった。体の諸々の穴を通して音とともに出される体内の気体はみな神格化されていたからである。音響の神は、ローマ人のあらゆる饗宴に、脇腹を押して様々な務めを果しているしゃがんだ子供の姿で現われていた。この神はエジプト人によって考え出されたものであり、アレクサンドレイアのクレメンス(二世紀から三世紀にかけてのギリシャの神学者)は「えじぷと人ハ腹ノ出ス音響ヲ神ノ声トミナシテイル」と書いている。ポール・ラクロア〔ピエール・デュフール〕(一九世紀フランスの碩学)によって引用された聖ヒエロニムスや聖セゼールやミヌシウス・フェリクスらのテクストをみても、エジプト人が腸内ガスに神性を与えていたことに疑いの余地はない。
 音響の神が声を上げるたびに、その場に居合わせた人々は風の故郷である南の方角を向き、頬をふくらませ、唇をすぼめて息を吹くしぐさをするのであった。風の神の袋を閉じておくように命じられたのは、宗教上の集まりにおいてだけであった。それ以外のあらゆる所で、とくに食卓で、腹の自由はどんな自由にもまして重要で尊重さるべきものとみなされていたのである。

 ローマ人は〈屁〉も吉兆であるとして制限しなかったんだね。体内の気体(の放出)は神格化されていたというのだが、それは音響の神の声なのだった。その神はエジプト人から伝わった「脇腹を押して様々な務めを果しているしゃがんだ子供の姿」をしていた。この神は前に「音鳴り神」として紹介したことがあるが(こちら参照)、しゃがんでいきんでいる放屁の姿勢をしているのである。ゲップも〈屁〉も古代ローマ人は縁起のよい吉兆とみなしていたわけだ。

 理由「(吉兆だから出る)縁起がよい」→ 行為「(出れば吉兆)放出OK」

 まあしかし、公然と認められたとはいえ、ゲップや〈屁〉が風や空気と同等に扱われたわけではない。やっぱりゲップはゲップ、〈屁〉は〈屁〉であって、表向き何かしら理由を付けて公認しつつも実は(内心の奥深くで)忌避している──心的な振る舞いに変わりないのである。

 なぜゲップや〈屁〉に吉兆を見出して縁起をかつがなければならないのか。存在して欲しくないモノ(ゲップや屁)に存在の理由(吉兆)を与えるという、アクロバットで恣意的な振る舞いを世間のみんなで共有すれば、その同調行動によって心理的負担(後ろめたさ)は解消するのだ。

 カバネスが「今日では無作法とみなされている大なり小なり騒々しい音を立てる所作」と言っているように、ゲップも〈屁〉も、現代はもちろん多くの時代でマナー違反の無作法と見なされてきたのだった。ゲップや〈屁〉への忌避が大きくなるか小さくなるかに関係なく、それは通奏低音として我々の心にいつも響いている。あなたの家でゲップや〈屁〉が自由であったとしても、例えば会社や学校やサークルなど外出先では遠慮するだろうし、ローマ時代でも「宗教上の集まり」においては禁止されていた。

 ところで、ゲップや〈屁〉の重要な属性は「見えないモノ」であることだった。そこが糞尿などと違うところであり、見えないままに異音異臭の存在は察知されるのだった。そういう見えないゲップや〈屁〉が見える以上に我々を翻弄するように思われるのはなぜだろうか。もう少しカバネスの記述を追ってみる。
posted by 楢須音成 at 16:17| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月27日

続続・放屁と放尿の隠蔽ぶり

 いくら容認しても本来は忌避し隠蔽すべきモノ──ゲップや〈屁〉とはそういうモノである。まあ、美男美女であろうと部屋で一人のときコッソリやるぶんについてはどうでもよろしいが、人の面前でやるのは遠慮(忌避・隠蔽)するのが人類共通の一般的な振る舞いであろう。ところが何の因果か、これを遠慮会釈なくやらかす人々がいる。

 ゲップや〈屁〉を忌避するのは人が嫌がるからである。忌避は相互の暗黙の了解事項なのだ。ところが、前回触れたように、ローマ時代においてはゲップや〈屁〉がかなり自由に横行していたのである。それにはゲップや〈屁〉が吉兆であるという理由付けがなされていた。縁起がよいのである。こうなると、忌避は引っ込み、行為はむしろ歓迎される。

 ゲップや〈屁〉が吉兆であるというのも随分と恣意的な解釈ではあるね。茶柱が立って喜ぶのは日本人だが、これは万国共通の吉兆ではなく、どこでもは通用しない。民族や時代が変われば、全く解釈が異なっても不思議はないだろう。

 しかし、こうした何かしらの理由が付けられ(たことを裏打ちにして)ゲップや〈屁〉が横行する一方で、もう一つ別の要因が闊歩を促す場合もあるんだね。例えばそこでは、たまたま茶柱が立ったから(縁起がよろしいと)喜ぶよりも、わざわざ茶柱を立てて(どうだ凄いだろうと)自慢するような風潮である。

 ゲップや〈屁〉が大きな顔をして世を謳歌したのはフランス王の宮廷においてもそうだった。カバネスはそのエピソードを書いている。
 ブリソ教授が書いているように、われわれの曾祖父たちは遠回しな言い方をほとんどしていなかった。フランス王の宮廷においてさえ、現代の自然主義小説に描かれた粗野な人物たちのように、露骨な物言いをしていたのである。大貴族の中には言葉にならない擬音を用いる者もいた。
 例をお望みであれば、エロアールの日記をお開きになるとよろしい。彼は、その教育係を務めた幼い王子(ルイ一三世)のどんなささいな振舞いをも日を追って書き留めているが、一六○九年三月一○日の日付でつぎのように書いている──
「一○日、火曜日──夕食時にげっぷをなさった。スヴレさん、ただのげっぷで、おならじゃないよ、と事もなげにお答えになった」
 これを読んで読者諸氏は、上からの音は許されても下からの音は厳しく抑圧されていたのだ、と結論づけようとされているのではないだろうか。それでは、諸氏がよくご存じのもう一冊の本をひもといていただきたい。それは、すっかり内容を知っていると思っている人にとっても、再読すると必ず何かを発見できる本である。すなわちサン=シモンの『回想録』である。第一巻の第二章にあるつぎのくだりが諸氏の注意を引くことであろう──
「シューヴルーズ公爵の長男モンフォール公爵は、ダンジョーとその最初の妻(通称ジェイフことモランの娘)との間にできた一人娘と結婚した。その娘は非常な金持ちとして通っているが、放屁をこらえないことでも知られており、そのために冷やかしの的となっていた」
 それがフランス王国後期の年代記がわれわれに伝え、以下に息抜きとして数節を転載する俗謡の由来ではないだろうか。

     一
 これから語って聞かせよう
  感じよく
 美しい才媛の
  恋の物語
     二
 メヌエット踊って
  お辞儀の時に
 スカートの陰でリズムよく
  かわいいプーがごあいさつ
     三
 鼻のよく利く恋人は
  とっさに優しい思い付き
 ばつが悪いそのプーを
  自分がしたとあやまった
     四
 するとお嬢さんはほだされて
 「思いのほかなるかばいだて
 かくなる上は
  御心のままになんなりと」
     五
 かくしてめでたく
  ゴールイン
 プー一発で
  所帯持ち
     六
 娘っ子たちよお分かりか
  この物語の教訓は
 夫が欲しくなったなら
  プーと一発ファンファーレ

 この軽佻浮薄な詩節に、ある人々はリュザンとグランド・マドモワゼル(ルイ一三世の長女モンパンシエ公妃)との結婚へのほのめかしを見出し、また別の人々は、アンリ・シャポとロアン公妃にしてラオン姫マルグリットとの結婚へのほのめかしを見出した。が、それはどうでもよい。われわれの興味を引くのは、フランス王の宮廷でさえ胃腸内の……ガスを排出する習慣がいわば正式に認められていたということである。けれどもリュクサンブール宮で、グランド・マドモワゼルが周囲にはばかることなく出していたおならの音を、若きリュリ(イタリア生まれの作曲家)がヴァイオリンで再現することを思いついた時には、もう少しでスキャンダルになるところであった。

 もちろん、いくらゲップや〈屁〉が放縦で自由とはいっても「冷やかしの対象」にはなっているのだから、自由に振る舞う一方で、いささかの忌避はついてまわっている(制御が意識の端にある)のはうかがえる。

 しかし、このような宮廷社会のエピソードはローマ時代に比べると、いっそう放縦だ。ゲップや〈屁〉は何やら人が操るモノに進んでいて、主張や個性を従えて一人歩きしているようにも思えるね。

  ローマ時代=放出に吉兆を見る(運命的・受身的)
 フランス宮廷=放出に結果を見る(意図的・能動的)

 王子がゲップと〈屁〉の区別に妙にこだわったり、金持の娘が人があきれて冷やかすほど放屁を我慢しなかったり、一発の〈屁〉がめでたい幸運をもたらしたり…する(のが記録されたり俗謡に織り込まれる)のは(忌避されてはいるものの)上流階級で〈屁〉が当たり前に認められ日常化して、まるで操って人生に結果をもたらす「ツール」のようになっているのだ。(忌避が付いて回る怪しいツールではあるのだが)

 それにしても、礼儀作法に厳格な(はずの)宮廷において、ついにはバイオリンで〈屁〉を再現するなどという奇矯な「軽佻浮薄」にエスカレートしようとしたのである。なぜか。まるで暴走である。

 作法をさして磨き上げていない下層の庶民がゲップや〈屁〉に放縦であっても、それほど驚かないしアンモラルでもないだろうが、作法を完璧に磨き上げたかに見える宮廷という社交界で放縦とは──これ如何に。いやいや、時にあるんだね。礼儀作法や倫理や趣味や性行において、ある集団の中でアンモラルな偏愛と嗜好が蔓延する摩訶不思議があるんだね。

 前に音成は、刑務所のような閉鎖的な環境では〈屁〉は放縦になり、まるで勲章(名誉や自慢)になると愚考したことがあるのだが(こちら参照)、フランス宮廷は(というか身分社会の上位階層ほど)一種独特の閉鎖的環境なのである。(閉鎖性というのは昨今の「引きこもり」のような社会不参加や嫌人症ばかりをいうのではないので、念のため)

 この場合の閉鎖性とは、社交界とか結社とか一種の特権的グループに存在する(心的な)ものと見てよい。仲間内で(特権階級という見えない)壁を作っているのだ。当時の宮廷は社会的な最上階級であろうからそのエリート特権意識によって、いよいよ閉鎖性は特化しがちになるわけで、そういう外との遮断意識の中で価値がリセットされ逆転(ゲップや屁はOK)することがあるのだ。

 閉鎖性というのは物理的にか精神的にか内に閉じこもる(外を遮断する)ことをいう。そして、そのときの心的状態は必ずしも望まなくとも(物理的にか精神的にか)外からの自由(解放された状態=外の価値がリセットされている)を意味している。例えば、悩める俗人が山奥に閑居して(閉鎖状態にあって)煩悩からの自由や発想の転換を得るなどはこの類だ。

 脱俗の山奥閑居ではないが、見方を変えれば宮廷などは逆に、俗臭芬々のままに集団的に閉鎖された状態にあるんだね。少なくともその仲間内では外の禁止に縛られずに、例えばゲップや〈屁〉がOKとなることはあり得るのである。このとき外圧(禁止)が高く閉鎖性が高いほど、逆転の自由の獲得感は高いのである。

 禁断の秘密クラブのようなところを考えてみればよい。そこでは不倫な性的放縦が当たり前に横行し(あるいはそれを目的にしてその成果が)自慢になる──そんなクラブがあったとして、その(外から見れば乱れた)雰囲気の醸成は閉鎖性に起因する(自由獲得の)現象だったりするわけだ。禁断あっての自由獲得である。(いや、音成はそんな秘密クラブは知らんよ、あくまで想像であ〜る)

 同様に、忌避すべきゲップや〈屁〉が社交界で流行したのは、その禁止が(従来の、本来の、保守的な)礼儀作法として厳しく存在していたからなのだ。宮廷におけるゲップや〈屁〉の放縦もまた、基本的には禁止と隣り合わせの容認(自由獲得)なのである。

 とりあえず閉鎖性についてはさておいて、ゲップや〈屁〉の放出を人の面前で自由にするスイッチが入るとすれば、それは身体に本来ある生理的快感を基礎にして、心的に肯定感の形成が行われるためだ。

 そこではまず「ローマでは自由だった」「健康に良いのだ」「我慢は体に悪い」「吉兆である」などと、行為に対して言訳になる観念的な意味付与(理由付け)がなされる。それによって負の価値は隠蔽される。

 かくして第一段階はゲップや〈屁〉の素朴な放縦(肯定感の形成)になるのであるが、更に第二段階の心的転換には先の閉鎖性が何らか関与してくるように思われる。ローマ時代においても、饗宴の脇に控えた奴隷にまでゲップや〈屁〉の自由を認めていたわけではないだろうから、身分的な身内意識という閉鎖性はあったはずだ。

 実はこういう閉鎖性の内部で本来は忌避すべきゲップや〈屁〉が自由に振る舞われたのだし、それを立派にやりおおせれば、本来のマナー違反は転じて自慢の行為として自他ともに認めることができたのである。
 たいていの場合、人々は笑ってすませていた。宮廷に出入りする大貴族たちの中に、一種の記録保持者であることを鼻にかける者がいた。むろん、記録が争われていたのだ。たとえば、スペイン駐在のフランス大使をしばらく務めたルイヤック侯爵や、ムラン男爵やシュブルーズ公爵は、タルマン・デ・レオーの軽口を信用するならば、雷神ユピテルから雷霆(らいてい=ユピテルが手にしている武器)を借りていることを気まぐれに任せて自慢していた。
 シュブルーズ公爵については少なくとも情状酌量の余地がある。耳が聞こえなかったのだ。とはいえ、それが彼の目には弁解となっていたとしても、他の人の目にもそうだったのであろうか。
 度を越した気安さからくる偶発放屁を完全にやめさせられないまでも、少なくともトーンダウンさせるには、才女たち(一七世紀フランスの文学・社交界をリードした女性たち)の強い感受性、自然のものであろうとなかろうとあらゆる無礼に対する彼女らの総攻撃が必要であった。
 礼儀作法を論じた著者たちの見解は、この点についてはほとんど一致している。一六世紀に著述したジャン・シュルピスは、時をわきまえない例の音を自由に出すことは無作法であるとみなしている。もう少し後には、カルヴィアックもまた抑制派の立場をはっきりと表明している。エラスムスの場合はもっと穏健である。「子供に、尻をぎゅっと引き締めて腹のガスをこらえさせる」ことを勧めている人々に対して、エラスムスは、「しつけがよいという評判を得ようとして病気のもとになることは、礼儀作法の本旨ではない。人から自由に遠ざかることができる場合には、離れた所で屁をひればよい。そうでない場合は、昔のことわざが言うように、腹の出す音を咳ばらいでごまかせばよい」と反駁している。

 カバネスのこの記述から、宮廷でのゲップや〈屁〉の自由は公然と記録を誇る自慢の領域にまで達していたことがうかがえる。しかし、それを無作法として抑止する勢力もまたあるにはあったわけで、才女や聖職者からの反撃があった。面白いのはエラスムスの反駁で、我慢するのもよくないが──という理屈。当時の啓蒙思想のイデオロギーが少し(?)うかがえるかな。(宮廷ライフのような社会的な閉鎖性は、批判勢力から監視されつつ強弱や範囲を変動させるものである)

 エラスムスの主張は、〈屁〉をこらえて病気になるのは礼儀作法の本旨ではない、というシンプルな理屈だったが、そこには伝統権威よりも合理的な理性の貫徹が示されているといえようか。といって敬遠される臭いゲップや〈屁〉であるだけに、礼儀作法を否定したのではなく、配慮の必要性を説いているわけだ。

 ともあれ、礼儀作法やルールに包囲されるという閉鎖性によって、ある段階でゲップや〈屁〉が隠蔽から飛び出し暴走して「自慢・名誉」になることがあるのであった。──ちょっとのつもりが、閉鎖性との関連の理屈が少々長くなってしまった。長々とスマンね。この辺で打ち切って、再び次回はゲップや〈屁〉の「見えないモノ」という重要な属性の話に戻りたい。
posted by 楢須音成 at 17:54| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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