2011年05月06日

〈屁〉を比較対照する

 何でも物事は比較対照によって明らかになることがあるね。例えば〈屁〉のニオイ。一口に臭いといっても、その臭さはいろいろあるわけだ。そこには(刺激の)強度があり(原料の)種別がある。〈屁〉のニオイというものは、そもそも千差万別なのである。当たり前です。

 その〈屁〉の比較対照であるが、大きく肉食系と草食系というものが考えられる。日本人はおおむね草食系と目されるが、幕末から現代に至って肉食が広く一般化され、肉食系と草食系の境界が曖昧になってはいる。(ここでいう肉食系と草食系は食餌傾向をいうのであって、最近よく聞く肉食系女子、草食系男子とは意味するところが違う。それらは男女の行動傾向やそこから示される性格を指しているだけだ)

 さて、一般に〈屁〉は臭いが、ここに肉食系と草食系という観点を持ち込むと、肉食系がより臭いということになるわけだ。ライオンや猫などの肉食動物の屁が臭いのはよく知られている。つまり、肉を食い始めた近代人の〈屁〉は臭くなっているのである。

 日本の古典を読む(味わう)場合には、このことが重要になる(か?)。どういうことかといえば〈屁〉が臭くない(いや、臭いには臭いんだが、比較対照すればあまり臭くない草食系の)日本人は古来から〈屁〉を嗅ぎ分けるという習性を発達させてきたのである。

 少しばかり嫌なニオイであろうとも、人間はかすかなニオイに対しては(おや、何の屁のニオイかと)鼻孔を開くものなのだ。クンクン。

 このどうしようもない探求心は日本人の繊細な感覚を磨いた(はずだ)。香道の聞き分けの対極かもしれないが、身近に〈屁〉の嗅ぎ分けがあったのだ。次に引用するのは『沙石集』(無住著、1283年)から。例によって音成のテキトー訳である。
 ある山寺に僧がいた。ケチで欲深なうえに異常なほど見苦しい人物だったが、何かにつけ小法師を疑い、やたらあれこれ戒めようとするのだった。この僧が焼米(=炒り米。昔は保存食、おやつとして食べた)を桶に入れて一人で食い、念入りに見とどけて封をつけてしまっていた。あるとき、いつの間にか意外にも減っているように見えたので、くだんの法師を疑って呼びつけた。僧が「どうやっておまえはこの焼米を盗み食いしたのだ」と問えば、小法師は「そんなことはしておりません」と答える。「いいや、確かに盗んでいる。どうやって弁解するつもりだ」「どのような証拠をもって、そんなことをおっしゃるのですか」「おまえが屁をひったときに焼米くさかった。それこそが証拠だ」と問い詰める。小法師が「ならば屁は食ったものの香がするのですか」というと「その通りだ。間違いない」と僧は断言した。「それでは、御坊はこの間、屁をひりなされましたが、それが糞くさかったのは、糞を召し上がったのですか」と小法師がいうと、僧は言葉に詰まって黙ってしまった。

 こういう微妙なやりとりからうかがえるのは、嗅ぎ分けてニオイの彼方に思いをはせる姿勢である。そういう心的な一種の余裕(想像力)があり、それは言葉に詰まった僧が黙り込むのもそのせいだ。僧は単に糞を思い浮かべたのではなく、それ(屁のニオイのもと)を食べたという想像に圧倒されたのである。この場面は僧と小法師の〈屁〉の嗅ぎ分けの闘争であると読み込めば、また味わいも深まらないか(な?)。

 肉食系の人種あるいは民族は違うだろう。彼らにとって〈屁〉は一般に強烈な悪臭であって、嗅ぎ分けるような余裕のあるものではないから、原因追及は細かいことにかまっておれないのである。臭いものは臭い──鼻孔はまず閉じねばならぬ。

 次はフランスの艶笑小話集『風流滑稽譚拾遺』(小西茂也訳)の一節。ローマ随一の美姫アンペリア(遊女)が貴族リエヌルとねんごろになっていたが、自分のオナラと称して匂い袋の麝香の薫りを発散させていた。あるときうっかり本物の〈屁〉が出てしまった。
 幾度か麝香(じゃこう)の薫りを発散させたので、息づまるような高芬(こうふん=強い匂い)のなせるわざか、アンペリアはついおとしものをした。自然の有りていな実体的な一発をである。殿の鼻は屁の追跡に物馴れていたもので、(「鼻づらをとつて廻す」といふ言葉は、ここから淵源している。)官能的瞬間的な体音を耳にするや、急いで鼻を蒲団の下に突込んで、馥々(ふくふく)たる嘉香(かこう=よい匂い)を鼻一杯に満喫しようとなされたところ、とんだ当外れで、それこそオルシアンで、麦を計る折の木杓子十四本にも接したような、臭気芬々(ふんぷん)たるものがあつたのである。と申してお解りにならなければかう言はう。うんこの満ち満ちている奥の院から参つたぷんといふ匂ひ、すかし屁でもこんな臭いのは見当たらぬくらゐのむつといふ悪臭が、殿の鼻を衝いたのである。
 「マダム、これはこれは…」と殿は申したが、口をちょっと開けたので、口蓋全体がうんこくさく匂ふやうな、しつとりとした臭気が、咽喉元までつまつてしまつた。
 「あなたのお国の匂ひをかがして、懐郷の情を偲ばさうといふ折角の妾の心尽くしぢやありませんの。」とアンペリアはこれに答へたといふ。

 アンペリアの弁解は、殿の国の女たちの発する〈屁〉のニオイをかがして懐かしい故郷を思い出さして差し上げた、というわけだ。ここでは芳香も悪臭も強烈である。肉食系の描写というか語りであって、〈屁〉に向き合ってクンクン嗅ぎ分けるというような穏やかな姿勢はない。美女を悪臭で語る悪趣味と言うなかれ。そもそも〈屁〉が強烈に臭いのである。

 こうみると、草食系の日本の僧と小法師の会話の奥深さがわかろうというものだ。比較対照すれば、実に穏やかだよね。例えば、糞の想像でも日本は(僧は言葉に詰まって)沈黙で包み込むが、フランスは(強烈な悪臭に見合う)あくどい描写を提示する。

 草食系=臭さ低→鼻孔は開(嗅ぎ分け)→探求
 肉食系=臭さ高→鼻孔は閉(嗅ぎ止め)→拒絶

 当然ながら、日本でも美女と〈屁〉はテーマになっているが、描き方は違うのである。テキトー訳で『宇治拾遺物語』(鎌倉初期)から引用してみる。
 今は昔、藤大納言忠家という人がまだ殿上人だったころ、はなやかで美しく情熱的な女房と情を通じていた。夜が更けるほどに月の光は昼よりも明るく、忠家は我慢ならずに御簾を上げて敷居の長押(なげし)のところから扇で女房を引き寄せた。そのとき女房は高らかに鳴らしたのである。女房は言葉を失い、くたくたと力が抜けて寄り臥すばかり。大納言は「何となさけないことに遭うものだ。この世ですることなどない。出家するわ」と御簾の端を少し上げ忍び足で抜け出し「絶対に出家するぞ」と二間ばかり行ったものの「そもそも、あの女房が過ちを犯したからといって、何で私が出家せねばならぬのか」と思う心がわいてきて、一目散に走り出されたのだった。そのあと(そこを訪れることはなく)女房がどうなったか知ることもなかったとか。

 ニオイについてはまったく言及がない。その代わりといっては何だが、ここで忠家に衝撃を与えているのは音である。ニオイより音なのである。一般に当時の女房(というか日本人)の〈屁〉が臭ければこうはならないはずだ。かくして、芳香と悪臭がギラギラした〈屁〉の描写と、月夜の静寂を破る高らかな〈屁〉の描写において、洋の東西の〈屁〉(と美人)のとらえ方の相違が明らかとなっているだろう。そこでは可笑し味の質さえ違ってくる。何もないところに〈屁〉が存在を開示するときを思い浮かべてみよう。

 草食系=(あまり)臭くないから音が衝撃→嫌悪より「恥」
 肉食系=(ひどく)臭いからニオイが衝撃→恥より「嫌悪」

 恥や嫌悪を助長するかのように草食系の〈屁〉は非道にも音高く放出され、肉食系の〈屁〉は卑怯にも音が低い、つまり透かし屁が多い(はず)。そんな〈屁〉の忌避のされ方は「恥」なのか「嫌悪」なのか、明確に違いが生じているのだ。日本人の恥の文化論に〈屁〉の一章が割かれるべきだと音成が考えるゆえんである。


posted by 楢須音成 at 14:40| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月15日

女の〈屁〉の絞め殺し

 男にとってもそうだが、特に女にとって〈屁〉は厄介(タブー)な存在だね。音とニオイの始末に困るし、その強い否定性は世間はもちろん実存をも脅かす暗黒面を持っているのである。

 音成は肉食系の文学では〈屁〉のニオイが重視(ひどく嫌悪)されるという考えを持つが、音がまったく無視されているわけではない。フランスの艶笑小話集『風流滑稽譚』(バルザック、小西茂也訳)には、こういう話もある。「騒士軽口咄(そうしかるくちばなし)」という一編で、ここでは〈屁〉がほぼ音の(大きさの)問題として追求されている。

 ──宿屋の主人は商売にかけては古狸でケチだった。生来いたって気のいい男ではあったのだが、スキあらば空気や景色までも請求書に付け出しかねぬ御仁。あるとき、若い三人の風来坊が泊まりに来た。いずれも上人になるより悪魔になる素質が多いときたうえに、やたら抜け目のない連中である。見かけの羽振りはいいが、どうもあやしい。無銭宿泊・飲食くさいのである。宿屋の主人がそろそろ金を払えと切り出すと、三人は一番つまらない小咄をした奴が払うことにするから主人に審判してほしいという。三人は示し合わせて誰が一番下手かで争論にし、騒ぎまくってスキを見て逃げ出そうという計画である。三人が首尾よく(?)語り終わって言い争いが始まると、三人の魂胆を見抜いている宿屋の主人が「もっといい話を聞かせましょう」と仲裁に入る。「聞いて感服したら一人あたま十ソルずついただきますぜ」と。

 以下が宿屋の主人の話である。爆弾のような怪音を発する女を語り出す。怪音とは〈屁〉である。
 当館のございますノートル・ダム・ラ・リツシュ廓外町に以前素晴しい別嬪(べっぴん)が一人をりました。持つて生れた美貌の他に、しこたま持参金づきだったもので、年頃になり祝言の荷を担へる力が出た頃は、もう復活祭の日のサン・ガチアン寺の賽銭箱(さいせんばこ)の銅貨の数ほども、言ひ寄る男がありましたが、この娘はなかの一人に白羽の矢を立てました。口幅つたいようですが、その若者は昼仕事でも夜仕事でも、坊主ふたりをあはせたくらゐの働き者でした。結納も済み愈々(いよいよ)結婚の段取りとなりましたが、初夜の楽しみが近づくにつれ、娘つ子には軽い不安がつのりました。といふのは彼女の地下の樋(とい)の故障のため、体内の瓦斯の排出の際、やゝもすれば爆弾のような怪音を発するのに困じ果ててゐたからです。それで初夜に際して他のことを考へてゐるあひだ、例の見境なしの瓦斯(がす)溜りがゆるんで落しでもしてはと心配して、母親にこつそり打明けて救ひを乞(こ)ひました。すると人の好い母親は、腹中瓦斯の排出音は、親代々の譲り物で、若い頃同じく母親も悩んだことがあるが、後年になつて排出音を圧搾(あっさく)する手立てを神様から授かり、こゝ七年間、良人が死んだ時お別れのしるしに、一発ぶつ放したのを最後にして、一度もとりはづしたことがないと申し、さらに次のやうに言添えました。
『けれど妾(わたし)はこの余計な発音を揉み消して、何の物音もなく発散させる確(たしか)な特効薬を、阿母から譲り受けてゐる。それさへ使へばその瓦斯には、悪い匂は決して伴はないから、多分世間の評判にもならずに済むだらう。たゞしそれには瓦斯体をとろ火で煮るやうに気長に始末し、排出管の入口にぢつと保つておいて、後で人のゐない所で押出してすかしておかなくてはならない。瓦斯は力弱まつてゐるから、その際そつと抜けてゆく筈だが、この遣り口をうちでは屁の絞め殺しと云つてゐる。』と教えました。
 屁の絞め殺し方を習ってすつかり喜んだ娘は、母親にお礼を云つてさて当夜はダンスを上手に踊り乍(なが)らも、瓦斯を管の奥深く蓄積に及びました。ちやうど彌撒(ミサ)の最初の吹奏を待つオルガン鞴手(ふいごしゅ)のやうにです。そしていよいよ晴れの寝室に来て、寝台に上る前に、こつそり消散させようとしたところが気まぐれな元素はどうやらすつかり煮つまつてしまつて、どうしても出ようとはしないのです。そこへ新郎がやつて参りました。二物をもつて千物をも作り得るあの楽しい戦ひを、如何に二人が戦つたか、それは御想像に任せるとして、さて真夜中に花嫁は起上がつて、ちよつとした口実で座を外しましたが、すぐと戻つて来て、床に就こうと良人を跨(また)ぎしなに、彼女の気儘(きまま)なパイプ口は急にくしやみでも催したせゐでせうか、轟然たる長砲の発射をいたし、宛(さなが)らカーテンが破けるかと、この私は思つたくらゐの音を出しました。
『あら、打損じちやつた!』と彼女は言ひました。
『おや、おや、大事におしよ。軍隊に行けば、お前の巨砲で食いはぐれはないからね。』とかく申す私は答へてやりました。
 それが今の女房です。

 さて、この話の前に、風来坊の三人組が語った話だが、いずれも女性がからむ話であった。笑いの仕掛けはともあれ、描かれた女性像はこんな感じになるか。

(1)夫の酔った上での過ちなど気にとめない、道理至極で大雑把な女
(2)結婚資金を稼ぐために兵士を相手に荒稼ぎした、サービス精神旺盛なたくましい女
(3)DVのひどい夫をやり込めて従わせ睦まじく暮らす、そつのない賢い女

 こういう女性たちに対抗して宿屋の主人は〈屁〉こきの女性を語ったのである。最後に、その女性は自分の女房だと明かすのだが、何のことはない話の途中で暗示されている。要するに宿屋の主人は自分のことも女房のことも自慢しているわけである。自慢話なのだ。

 ここで語られたどの女性が(男性から見て?)魅力的かと考えてみると(1)〜(3)の女性は世間の荒波を乗り越えていくありがちな女性像であって、まあまあ常識(類型)的だねえ。

 それに比べると宿屋の花嫁は、道徳とか世間知ではなく、より内面的であり、内にどうにも世間から疎んじられる暗黒(怪音の屁という実存の不条理)を抱えて戦い、健気に振る舞っている女性と見える。そして、その女性がうかつにも初夜にカーテンが破れるような〈屁〉の粗相をしても、一向に動じることがなかった主人も素晴らしいではないか。

 これを、最初から二人ともお馬鹿でお下品な夫婦と見てしまうのは、常識にとらわれている。いや多分、このあとの成り行きでは(屁が日常茶飯事の)お馬鹿でお下品な世俗的な夫婦になっている可能性が高いのだが、少なくとも初夜の純白の、何の準備もない心的段階においては、お互いに真の気持が通じ合った瞬間を生んだのである。そういう感動があるではないか。何の因縁もない〈屁〉の一発でね。

 宿屋の主人が語り終わったあと、風来坊たちは笑い転げる。彼らが語った嘘くさい話とは比べものにならないではないか。
『ほ、ほ、ほつ』と騒士たち(騎士ならぬ騒がしい三人組)は叫んだ。
 そして亭主を褒めながら脇腹をかゝへて爆笑し出した。
『どうだい、子爵(一人のあだ名)、これより素敵なコントを聞いたことはあるまい。』
『全くだ、何といふ軽口咄(コント)だ。』
『コントそのものだね。』
『コントの巨匠だ!』
『いや、コントの王だ!』
『あらゆるコントの臓腑をえぐるね。わが名割烹家のコントに勝るコントなしぢや。』
『こんな素晴しいコントを聞いたのは、生れて初めてのことは、神様に誓つてもいゝや。』
『屁の音が聞えるやうなコントだ。』
『そのオーケストラにキツスをしたいね。』
『ねえ、御亭主、我々は御内儀の姿を拝まずに、ここを立去る訳には参りません。』とアンジュヴアン人は壮重に云つた。『我々が御内儀の一物に接吻する要請を、敢て差控へてゐるのは、コントの大名人に対する大いなる尊敬の念からですぞ。』
 さういつた調子で三人は、主人やそのコントやその女房の楽器を、世にも巧みに激賞したので、老獪な亭主も、かうした無邪気な哄笑や、華々しい褒詞(ほめことば)に、すつかり気を許して家内を呼んだ。ところが女房が一向に現れて来ないもので、騒士たちは内心ずるい算段もあつたが、口々にこちらから拝趨(はいすい)しようと言ひ出した。
 そこで一同は食堂を出た。亭主は手に蝋燭(ろうそく)を持ち、先に上つて、一同の足許を照して案内した。ところが通りに面した戸がちやうど半ば明いてゐるのを見た三人は、影のやうに軽く、逸(いち)早く尻に帆をかけて逃出し、亭主は勘定を取るのに、女房のもう一発の屁を俟(ま)たねばならなくされたのであつた。

 とまあ、こういう結末なのだが、勘定を取り立てる宿屋の女房の〈屁〉は、あの初夜の無垢な〈屁〉とは百年の隔たりがある。すでにそれは今や恐怖の一発なのであ〜る。

 ──〈屁〉とは音かニオイかで存在するのだが、音の処理(絞め殺し)に「消臭」を忍ばせるところが肉食系といえるかもしれない。
posted by 楢須音成 at 22:51| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 作品探求 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月26日

男色と〈屁〉の表と裏

 女色に溺れるなどというが、男からみた場合に男色(に溺れる)というのは同性愛である。日本では、オカマとか陰間(かげま)とか呼ばれていて、陰間は男娼の別称として使われた。本来はまだ舞台に出ない(陰の間の)若い歌舞伎の役者のことだったらしいけどね。江戸時代には売色斡旋の陰間茶屋というのもあった。(オカマは梵語の「カーマ=愛欲」からきているという説があって僧侶の隠語だったとも)

 なぜだか男色(同性愛)の嗜好は古来から結構容認されていたようだ。典型的なのは古代ギリシャ。プラトンによれば天上的な愛は男の同性愛だというし、古代ギリシャでは男色は理想化された哲学だった。もともとプラトニック・ラブとは、肉欲を超越した究極の理想(男色)だったという。

 日本ではどうか。手っ取り早く日本語大辞典の解説を引用すると、男色(なんしょく)とは「男性が男性を性欲の対象とすること。男性の同性愛。日本では平安後期以後、流行し、仏家や武家社会では容認されていた傾向がある。江戸時代には町人社会にも見られ、若衆や陰間(かげま)などを買う遊びも公然と行なわれた。また、男色を素材とする文学が続出し、井原西鶴の「男色大鑑」は著名。おかま。鶏姦。衆道。だんしょく」とある。それにまあ、日本では主従関係の形成に一役買ってきたようである。

 さて、川柳で男色は出てくる。オカマ、陰間が登場するのだが、お尻が関係するなら〈屁〉もまた登場することになるんだよね。


 すかしては小姓切腹道具なり


 武士の間では公然の少年愛。そこでの〈屁〉の一発は切腹ものである。忠誠の証となる行為の現場で〈屁〉がダメなのはわかるが、男色で〈屁〉がとりわけ強く嫌われるのは出し入れする穴が同じだからだろう。しかし〈屁〉は制御しがたく出るものだから苦労する。


 そのときは五臓に迷う陰間の屁
 陰間の屁和尚ひとまずほき出され


 迷えず〈屁〉の一発があれば、行為は中断して吐き出されることになるわけだ。かくして、


 芋を食い陰間は部屋で叱られる
 芳町(よしちょう)は芋が売れぬと八百屋いゝ


 というような叱責や嘆きが出てくるのだ。こういう光景の背後には、ある種の緊張感すら漂っているだろう。性的(男色的)な世界で〈屁〉は強いタブーであったといえるね。まあ、別に男色でなくともタブーはタブーなのだがね。(なお、芳町は陰間茶屋が多くあった所)

 『宇治拾遺物語』に登場している藤大納言忠家のエピソードでは、通っていった美女の(クライマックスの)放屁にショックを受けて出家しそうになる事態が描かれていた。これは〈屁〉の一発で女色にめげて世をはかなんでしまったわけで、まあ少々過敏というかエキセントリックではあるものの当然の感覚とはいえる。

 これが男色の場合には、出し入れ場所が同じという事情があるのだから、行為はより直接的な危険にさらされているといわねばならない。この状態は(意識しようがしまいが)双方に強い抑止が働いている心的な構えを内包させてしまうのである。

 男色の〈屁〉→重ねた皿の汚れた一枚
 女色の〈屁〉→並べた皿の汚れた一枚

 重ねた皿の密着感と並べた皿の分離感は随分と違うだろう。同性愛と異性愛の分岐点は二枚の皿のように〈屁〉にもリアルにあらわれてくるわけだ。一般に同性愛における心的密着度は高い(ようである)。男色に〈屁〉が強くタブーなのは(基本は身体に密着する異音異臭のためだが)心的な密着感の強さも加わっている。

 ところで、「鳥獣戯画」を描いた鳥羽僧正は「陽物くらべ」「放屁合戦」という作品も描いているとされている。現代的には(絵を眺めてそうとはピンとこないので?)わかりにくいのだが、この二つは実は男色の春画である。単なる笑い絵ではない。前半が「陽物くらべ」、後半が「放屁合戦」の絵巻になっているのだ。これらの絵のパターンは強い影響力をもって後世に模写されていくことになる。好んで模写されたのである。

youmotukurabe.jpg

※陽物くらべ=1822年衛階主(写の写)

houhigassen2.jpg

※放屁合戦=室町時代

 男色にタブーの〈屁〉が描かれて春画とはどういうことなのか。まあ、一方の「陽物くらべ」は大きな一物を競い合うのだからわからないこともないけどね。しかしそれにしても、男色における一物は(本音は)むしろ小さい方がよろしいのである。川柳にはこうある。


 芳町の客小道具でもてるなり


 つまりは、穴におさまりそうもない一物をくらべている「陽物くらべ」や、自由奔放に〈屁〉をこき回っている「放屁合戦」は、男色のタブーとは逆方向の(挑戦的な)心的エネルギーに支配されているわけなのだ。いわゆる倒錯である。そして、弾ける笑いの喚起がその仮面になっている。

 こういう心的構造は否定性のものを肯定性に高めようとする心的運動によるものだ。そもそも男色そのものが(容認されていたとはいえ)否定性をはらんだものだ。社会的には異音異臭の〈屁〉のようなものなのである。

 身体が痛いのに痛くないとか、臭いのに臭くないとか言ってしまう(あるいはそのように感じてしまう)ことがある。我々によくある態度・行動だね。身体現象とは裏腹な心的な欺瞞が、身体を支配下に置こうとしている(あるいは置いている)わけだ。このようにして否定性のもの〈屁〉を肯定性(放屁合戦)へと転換(解放)することは(完璧に成功すると)しばしばエクスタシーをもたらすのである。それは絵画という表現の領域を確保して行われる。「陽物くらべ」「放屁合戦」の笑いはまさにそこにある。まあ、男色でなければ性的なエクスタシーからは遠ざかるだろうが、エロ・グロ・ナンセンスへの憧憬や賞味は誰にでもあるはずだ。

 そういう世界は表で禁止されて裏で(その手段は多々あるにせよ)解禁されている構造である。禁止の度合いが高いほど解禁のエクスタシーは高い(はずだ)が、解禁された禁断の園に踏み入るには「すかしては小姓切腹道具なり」という程度の関係では、まだまだダメだろうな。
 
 ──その禁断の園の向こう(禁断の禁断)にあるのがプラトニック・ラブか?
posted by 楢須音成 at 00:34| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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