2011年04月04日

「ヘー」という相槌と〈屁〉

 某テレビ局の女性アナウンサーがインタビューのときの相槌でいつも「ヘー」「ヘー」と連発するので、可笑しいやら嬉しいやら、「おお、またやったな」と目を細めていたんだよ。まあ、この「ヘー」なのだが、もちろん音成は「屁ー」を連想しているわけである。

 こういう連想は普段はしないものだ。あるときふと思いつく(気がつく)のである。そして気になり出すと際限なく連想がふくらんでいく。

 例えば音成の経験では、ヘモグロビン、ヘシオドスとかの固有名詞を聞いて突然、笑いの発作に襲われた(ことがある)。屁藻黒瓶とか屁氏脅主とか漢字を当てはめて遊ぶ(こともある)けどね。(アニメの『クレヨンしんちゃん』で人名に「雲黒斎」というのが出てきたなあ。関係ないが)

 つまり「へ」という音韻は〈屁〉の雑念が入ってしまうと〈屁〉に牽引されてしまう。その牽引力が独特なのだ。日本語って「屁ン」だよねェ。

 これは前にも紹介した文章だが、ひたすら〈屁〉の音韻から連想して屁文を書いた人もいる。
 屁は兵(へい)と讀み叉平(へい)と讀む。兵(へい)法に伏兵(へい)、突貫あるが如く、すかし屁(べ)、握り屁(べ)等あり。海に太平(へい)洋あれば、韓国に平(へい)安道あり。支那に韓信と云ふ兵(へい)法家あれば、日本に源平(ぺい)二氏の戰あり。官幣(へい)大社に靖國神社ありて兵(へい)士の霊を祭り、越前に永平(へい)寺と云ふ御寺ありて、南無阿彌陀ブーツと佛の屁(へ)帳開帳をなし。能書ばかり立派で屁(へ)糞の萬金丹あれば、馬鹿に匂ふ鼬の最後屁(ぺ)あり。京都を平(へい)安の地と云へば、朝鮮の舊都を平(へい)壌と云ふ。年始状に平(へい)素の疎遠を謝すと書けば、平(へい)凡投書は没となる。人を拜するに平(へい)伏し、人に怒るを不平(へい)と稱す。昔徳川家康公天下を取り、諸大將を集めて祝賀の際誤って屁(へ)を發し、人々思はず失笑したるに。島津公進み出でゝ、天下太平(へい)に御目出度う御座いますと述れば、伊豆守も叉進み出でゝ天下の兵(へい)權御家に納りて御目出度う御座いますと述べた。そこで諸侯皆感動して、ヘイ々々々々(へいへいへい)と云ひしより、旦那が番頭と呼べばヘイと答へ、番頭が小僧と呼べば叉ヘイと答へ、七兵衛(べい)八兵衛(べい)權兵衛(べい)と云ふ名も出來。藝妓娼妓もヘイ今晩はと云ふに至れり。
(大月隆『抱腹百話』1910年)

 連呼する「へ(べ、ぺ)」の可笑し味は〈屁〉の連想からきている。思えば〈屁〉を「へ」と呼び捨てること自体が下品さを漂わすのだよ。しかし、まったく〈屁〉とは関係ない場合でも「へ」という音韻に意識を向け(強調し)てしまうと、否応なしに下品な〈屁〉が露出(連想)してくるのだ。もちろんそこには、関係ないものを暗示的に(相手の連想を誘うように)牽強付会している作為があるわけだ。もともと関係ないのだけれど「関係ある」ふりをして、ことさらに「へ」と発声すれば、「へへへ」の可笑し味が現象するのである。

 この〈屁〉を「へ」と呼び捨てるのは一般に下品(上品でない)とされ、明示的でストレートな(強い)言い方である。つまり、オナラに比べるとね。オナラは心的には婉曲な表現法をたどった後代の異名で、語源的には(音が)鳴る(あるいは鳴らす)からきている女房詞であるといわれている。

 これは否定性の強いものの指示ほど婉曲な表現になるという傾向であって、心的抑制がかかって言い換えの異名が派生するわけだ。我々の〈屁〉は存外に否定性の強い現象なのである。(ちなみに糞と屁では、屁の方が格段に否定性の強い現象である)

 だから〈屁〉を「へ」と言ってしまうことは、特に女性にとっては一般に避けられる。
 ある口やかましいおかみさんが、山出しの下女に向かって「お前はことばづかいに気をつけなければいけないよ。今も聞いておればオナラのことを屁だなどといって、これからは『屁』なんていわずにオナラといわなければなりませんよ」といわれて、下女は「へー」と返答せんとしたりしが、心づきし態にて、まじめな顔をして「オナラ、畏(かしこ)まりました」
(高橋義孝編『東京故事物語』)1973年)

 これなどは「へ」という音韻に禁止がかかった状態の振る舞いである。強固な「へ(禁止)=オナラ(OK)」の結びつきによって下女の言い換えがなされている。このとき「ヘー」を律儀に「屁ー」と連想してしまったわけだが、いや、おかみさんはそこまで言ってはいないんだけどね。

 ともあれ、そういう連想が〈屁〉の魔力。ふと気がつくと我々は〈屁〉に包囲されている。禁止がとれれば言いたい放題になるね。
「まあ、先生はいろんな事に、おくわしくて入らっしゃいますわね」
「そりゃ奥さん、僕はこれでも、東京ヘー国大学ブー学部で学理の蘊奥(うんおう)を極めましたからね」
「あら、それでどう云う事を御研究になりましたのでしょう」
「僕ですか、僕の研究題目は、ヘストリー・オブ・オナラジーHistory of Onalagy、ヘストリア・ヘノリカHistoria Phaenolica」
「まあ」
「まだある、ヘマンシペーション・オブ・ブーマンEmancipation of Woman」
「何だか私共にはよく解りませんけれど、みんな思わせ振りなお名前ですこと」
(内田百閨w居候匆々』1937年)

 ──そうなのだ。どこまでも思わせぶりな〈屁〉さ。


ラベル: へー
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2011年04月08日

〈屁〉にまつわる造語の起源

 和製英語というのがある。思いつくのでもメールマガジンとかテンキーとかバージョンアップとか、違和感なく使っているのだが、聞いて初めて「そうだったのか」と知るものが結構多い。我々の造語力は強力である。

 さて、この外来語風の造語には可笑し味を含んだ戯れの系列が昔からある。別にことさら不真面目っていうわけでもないが、例えば、放屁をしてクートヘーデル、イキムトヘーデルのようなものである。まあ「戯製外来語もどき」というべきか。

 こういう戯れを歴史上最初に言い出したのは誰かといえば、平賀源内だという説がある。どうもそうらしい。確かにあれこれ戯れ言を連発する源内サンなら飛びつきそうだよな。福富織部の『屁』にも紹介してある。
 クートヘーデルは『甘藷』、イキムトヘーデルは『放屁』、共に蠻語(ばんご=外国語)に擬した和名である。此の戯語の流行は、平賀源内(鳩渓)の創意諧謔に起つたことである。『理齊随筆』(志賀理斎著、1838年刊)にも『すべて蠻國(ばんこく=外国)の名にイギリス、ヱウロツパなど、云ひ、または蘭人(オランダ人)の持てるゾンガラス(サングラス)、ボウトル(ボトル)など奇抜の稱呼なり。往年平賀源内が持てる平日の道具へさまざまの蠻名を戯れに名付けたる中にも風流の蚊拂(=蚊を払うもの)を製しくるくるとふり廻せば、蚊悉(ことごとく)く捕れる樣の器物なり。是を號(なづ)けてマアストカートルと呼びたりしは、面白き蠻名なりとて其頃評判せしことありおかしからずや。また俗に萬年糊とか云ひて、糊を木の葉の中に入れ、その上を紙にて包み、押し出して遣(つか)う樣に隅のかたへ小さき穴をあけたるものに蠻名をつけし人あり、オストデール、又泣上戸をヱウトホユル、また物覺え惡しき人をスポントワースルなど、名付けし物あり、皆源内にもとづくなるべし』とある。卽ち語尾にト、ルを附けたのは、和蘭陀(オランダ)語の特長で、ウヱスト(西)、へーメル(天)、スワルト(黒)、ワーテル(水)、ハーデル(父)、ムーデル(母)などの類、卽ち、これに眞似たものである。

 典拠の『理齊随筆』によると、源内はくるくる回して蚊を捕る器具を発明し、これにマアストカートルと名付けた。これが面白い外来語と受け取られて評判になったというんだね。

 ここから「万年糊→オストデール」「泣き上戸→ヱウトホユル」「物覚えが悪い人→スポントワースル」などと造語が伝播していったというのだが、これは江戸時代の話である。まあ、現代人と変わらぬセンスではあるね。

 いや、多元文化の現代だから発展型としてオランダ語もどきだけでなく「臭い屁→ハナモギーレ」「透かし屁→スカシーノ」「美女の屁→キイテトレビアーン」とか、いろいろな言語系の〈屁〉の外来語もどきを思いつくんだが。ははは、面白くないか。

 こういう造語をビジネス分野で発揮している会社がある。小林製薬の製品群がそれだが、まあ、徹底してやっているね。「アッチQQ」「のどぬ〜る」「ガスピタン」「サカムケア」「サラサーティ」「チクナイン」「ミミクリン」「ナイシトール」「ボーコレン」「ムクミキュア」「ムズメン」「メグリナ」など製品を前にすれば、なるほどナルホドと笑ってしまう。源内サンもこういう感覚ではなかったか。
ラベル: 造語 和製 外来語
posted by 楢須音成 at 15:29| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月14日

おならという情味

 我々は「おなら」という物体名を口にする。一体全体「おなら」とは何なのだろうか。もちろん、それは身体がしばしば発する無色のガスであるが、異臭にして異音を発する場合が多く、一般には強く忌避される物体となっている。

 ところで、おならは〈屁〉という。いや、もともとそれを指示する発声は「へ」が先なのである。古代日本語の〈屁〉の発声は「ぺ→ふぇ→へ」という変遷をたどったと音成は考えるのであるが、これは〈屁〉を直接的に指示する(根拠はこちら参照)。ずっと後代(室町時代の女房詞)になってから、おならという遠回しな言い方が用意されたのだ。

 そこで〈屁〉と「おなら」の使い分けである。これについては、以前にも紹介したのだが、和田健治という人が「『ヘ』と『オナラ』」というエッセイを書いている(参照)。そこでは、「ヘ」と呼ぶ人種と「オナラ」と呼ぶ人種がいると指摘し、男女の性別の構図も観察している。

「ヘ」を使う人種  =男(または身分の低い女)
「オナラ」を使う人種=女(または身分の高い男)

 これは近代前の川柳や小咄をもとに観察しているのだが、ここでいう「身分」とは、現代的には品位や情味を保持した「教養」とでも置き換えた方がいいだろうね。要するにストレートな「ヘ」は品位や情味に欠ける言葉なのだ。

 例えば我家の場合でも、嫁に問い質すのに「おい、いま屁をしたか」と「おい、いまおならをしたか」とでは、家庭内の雰囲気が微妙に(いや、かなり)違ってくる。我家の語法はごく自然に後者さ。あからさまに「へ」とは言いよどむ。いやホント。

 ところで川柳や小咄などのほか、江戸末から明治に流行った都々逸でも〈屁〉は表現されている。そのときの語法は、川柳では「へ」が多く、都々逸では「おなら」が多いとなる。

 都々逸と川柳の比較でいえば、都々逸は物語(描写)性が強くなる表現といえる。ぶっきらぼう(ストレート)な川柳に対して、都々逸では何か(そぞろな)情緒をまといがちだ。中重徹・興津要の『新編 薫響集─おなら文化史』に収録されている川柳と都々逸を引用してみよう。明治の風刺雑誌『団団珍聞(まるまるちんぶん)』に掲載されていたものだ。

   屁でもないことに大屋は尻を出し
   ※大屋=大家

   湯屋の念仏浮かぶのは放屁なり
   ※湯屋=湯殿、銭湯

   屁のような説は鼻にてあしらわれ

   声もなく香もなく殺す屁の極意

   堪忍は出かかる屁をば押える意

 というような、どちらかといえば川柳では一瞬の点景へと言葉を刈り込む〈屁〉に対して、都々逸では描写的に情景を長々と物語ってしまう〈屁〉である。

   しん気晴らしにおならをしたら
            ばかげたにおいでなおふさぐ

   あくまで小意気とみとめた女
            おならの音まで粋(すい)という

   ふられたやけからこきだすおなら
            どうせ今夜はフイだろう

   馬のようなるおならをすれば
            床にいけたる花が散る

   こらえりゃおくびに出るのを思もや
            おならも一つの芸のうち

   誰もいぬ気でおならをするや
            となり座敷で笑い出す

   恋をする身はおならも上手
            音をさせたりすかしたり

   はしごという名のおならをすれば
            だんだんにおいが高くなる

   泣いていずとも芋でも食べて
            屁でもひらんせ気晴らしに

 ここではやっぱりおならに情がこもる。例えば「泣いていずとも芋でも食べて〜」の場合、「屁でもひらんせ気晴らしに」というオチを「おならひらんせ気晴らしに」とすればどうだ。比較すると、

   →放屁を勧めるにしても強い/言い切り感 
 おなら→放屁を勧めるにしても優しい/間延び感 

 という違いが出てしまうだろう。まあ、この都々逸では泣いている子供か女性を励ましているんだから、強調の「へ」が選ばれているわけだよ。

 都々逸は「情歌」とも言われるくらいで、七七七五の二十六文字で表現する。元来がどんな節回しで歌ってもよい自由な歌であり、七七七五に内在するリズムで歌い切るものだった。そこで「おなら」が多用されたということは、情のこもった〈屁〉が表現されたということ。

 都々逸を並べるとその物語性はいっそう明らかになる。あまり連関のなさそうな〈屁〉の都々逸を並べてみても「おなら情味のワールド」が現前しているね。気晴らしに〈屁〉をこくのもいいんだが、「しん気晴らしにおならをしたら、ばかげたにおいでなおふさぐ」と、事態が悪化して気晴らしどころではなくなったりする。おならワールドの脱出も容易ではないわ。
posted by 楢須音成 at 13:04| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月18日

これが〈屁〉の深読み

 我々が〈屁〉の濡れ衣を着たり着せたりすることがあるのは、誰だって自他の〈屁〉を忌避しているからにほかならない。いやはや、これに関してはやたらと潔癖なんだよ、我々は。

 先日、NHKの朝の連ドラ「おひさま」(第11話)を観ていたとき(唐突に)まぎれもなくその音がしたので、怪訝な顔をしている嫁に「おい、おならしたのか?」と聞いたのだが──いや違った、テレビの中が騒々しくなっているのだった。これはどうしたこと、恋心を抱いた来客といっしょの夕餉のだんらんで、主人公の陽子が〈屁〉をこいのか。

 場面はちょっと騒ぎになっていて「私じゃない」と陽子が必死になっていた。濡れ衣のようである。次兄の茂樹が「そういうことに(俺だってことに)しといてやるよ。だから、もういいじゃないか」なんて(思わせぶりに)引き取ったもんだから、陽子は泣かんばかりになり、その場を逃げ出そうとする。気遣った長兄の春樹が慌てて「今のは俺だ」と身代わりの腰を浮かせば、陽子がほのかに心を寄せる川原が「いや今のは僕でした」とさえぎる。かくして陽子は濡れ衣を着らねばならぬ必至の状況に追い込まれていたのである。

 音成は呆然とその場面を観ていたのだが、何より驚いたのはプゥーと出たかわいい〈屁〉の音だ。かなりリアルだったと思えるのさ。本物ではなく効果音だと思うけどね。経験からいえば、漫然と〈屁〉の音を録音すると濁ってしまい、潰れたような(屁と思えぬ不健全な)音になってしまう(ことが多い)のだが、そのときのそれは健全に純度の高いスバラシイものだった。実物そっくり。嫁がこいた実物かと思ったくらいだし。

 視聴者には、犯人はどうやら次兄の茂樹という流れである。音成はこの場面を検証したいと思い、再放送を録画した。以下はその考察である。

 音成の〈屁〉的な観点からすれば、これはシリーズ中の屈指の名場面になるであろう。濡れ衣を着たり着せたりする我々の心的状況を、ここまで嫌味なく活写した映像は観たことがない。場面の表層は、初恋の相手の前で絶対に粗相をしたくないという一途な乙女心を〈屁〉が表現している(もてあそんでいる)構図だが、深層においては実は、そこに登場する人物の誰もがひたすら「オレじゃない(ことにしたい)」と〈屁〉を忌避する(無意識の)心的動機に突き動かされているのである(か?)。

 そもそも〈屁〉などお客のいる席でワザとこくはずもなく、誰かの不注意な粗相だったわけさ。父親の良一の言葉が途切れた瞬間のプゥー。その音を全員が聞いて「エッ!」と、驚きと戸惑いと疑惑が走る。やがて漂う曖昧な笑い(とニオイ?)。ここでプゥーへの言及や追及はよからぬ疑惑を招く恐れがあるだろう。次の瞬間には、全員で暗黙に無視を決め込もうと合意したかに見えた。これは警戒するあまり、肝心なものを無視することで(自分から遠ざけて)事なきを得ようとする究極の集団的態度なのだ。全員でこれをやれば〈屁〉は存在しないに等しいわけだよ。(例えば、集団規模も大きな民族でこれをやると民族的な負の個性となるわけよね)

 しかし(真犯人と思われる)次兄の茂樹が鼻先で手をパタパタさせて負の均衡を破ってしまう。しかも、何と巧妙にも「陽子ォ〜(お前だろ〜)」と名指ししてしまうのだ。濡れ衣を着せたのである。陽子はこの罠にはまってしまう。腹立たしくも無念にもまわりの判定は陽子が〈屁〉をこいたということになるわけである。長兄とその友人は義侠心を示し(犯人と判定した陽子をかばうために)自分がやったと自ら罪をかぶろうとするのだから(それは自分が犯人でないゆえの自負である)、茂樹の罪を逃れる振る舞いはまさに功を奏したのである。

 さてしかし、そういう表層の流れで物語は展開するのであるが、じっくりこの場面を観察すると、根本的な疑問が湧いてくる。果たして真の犯人は誰なのであろうか。先入観や思い込みを排して虚心坦懐、中立の立場で録画を観てみると(第三者的には)誰が犯人であってもよい状況なのである。誰もが疑わしい。

 推理1:「陽子が犯人である」という場の流れに乗って、身代わりの義侠心を発揮したかに見える春樹と川原。彼らは本当に犯人ではないのだろうか…。彼らのどちらかが犯人なら一方は(身代わりではなく)まさに〈屁〉をこいた正直者(つまり犯人)だが、ここに正直者は二人はいないので、どちらかが身代わりを買って出ているのは確かである。(身代わりを買って出る〈屁〉の心的運動は前に考察したこちらこちらを参照。買って出る身代わりというのは、心的に裏返せば「自分ではない」ことの証明)

 推理2:ひょっとしてひょっとしたら、本当は陽子が実際に〈屁〉をこいていたとしたら…。陽子はその事実をモミ消さんがために素知らぬ態度をとったものの、茂樹に暴かれて慌てているのではないのか。その慌てぶりまでが、嘘で完璧に否定の態度を貫く(なり切る)強烈な自己幻想(欺瞞)に陥っているのではないか。

 推理3:推定犯人となっている茂樹は実は誰かをかばっているのではないか…。茂樹の行為こそが身代わりを志向するものであって、当たり障りのない最年少の妹の陽子を犯人に仕立てることで〈屁〉の犯罪性を薄め、場をおさめようとしたのではないか。しかし、陽子に抵抗され、自分で犯人役をかぶることにしたのではないか。

 以上のようなことを考えつつ録画を観ていると、ハタと気がつくことがあった。プゥーが発せられてから、何ら一言も発していない(話題に参加していない)人物がいるではないかいな。そう思って目を凝らすと、彼は実に曖昧な笑みと沈黙に終始しているのだ。父親の良一である。

 間違いない。──ならば音成は推理3が妥当と考えるが、どうだろうか。親思いの(あるいは単に父親の粗相を恥と思った)茂樹の行為は(客の前で一家を守る)身代わりを志向するものなのであ〜る。彼のこういう性向は、すぐあとに判明する海軍予科練への志願の伏線になっているのだ。これが〈屁〉の深読み、なんちゃってね。

追記:第11話の問題の場面は10分頃から。ネットの動画はリンク切れ。どうしても観たい場合はNHKオンデマンドで視聴できます。ただし有料。

posted by 楢須音成 at 08:09| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月27日

放屁の本心

 物事のきっかけ(チャンス)はいつ到来するかわからないものである。愚劣な政治家などがチャンス到来とはしゃいでしまうと臭味たっぷりで実に世俗的に見えてしまうが、宗教的な真摯な態度においては次元の違う話になるようだ。

 もちろん、宗教といえども世俗と野合してきたのであるが(何だかよくわからないものの)宗教的「真実(のようなもの)」があるというのは確かに人を魅了してきた。どうもそういうものは存在しているようなのだ。といって音成には、何がどうなっているのか、さっぱり理解も実感もできないわけだが。

 禅の話に「香厳(きょうげん)の撃竹」というのがある。中国の香厳という僧が庭を掃いていて、飛ばした石が竹にあたった瞬間に悟りを得たというのである。また「雲門の折脚」という話もある。雲門という僧が求められた道(真実)の言葉を答えられずに門から叩き出されるとき、足をはさんで折ってしまうが、その瞬間に悟りを開く。

 まあ何というか、まったく脈絡のない偶然話なのだが、ここを起点に悟りの話が延々と展開される。しかし俗人には結局ここだけが印象深く心に染みて、悟りとはここに始まりここに終わる「真実(のようなもの)」になってしまうのである。そういう心に染みる禅話を見つけた。

 ところで禅僧と〈屁〉はとても関連が深く、なぜか禅僧は〈屁〉を語ってやまないのだ。音成は〈屁〉を語らぬ禅僧など──いやまあ一休さんなんか、とにかく〈屁〉が好きなんです。

 この禅話は『珊瑚禅話』(小坂井市太郎著、1883年)という和装本にあった。目にとまったのは「放屁の本心」という一編があったからである。原文はカタカナ擬古文だが、いつものように、わからんところはスッ飛ばす音成のテキトー訳で引用する。(適当に改行し言葉を増減している)
学識や文才がないと文盲と笑うが、生まれながらに知る者こそが優れている。孔子の言に「学は則ち是につく多聞博識は知の次なり」とあるからには、学文がないといって笑うことではないのだ。仁義五常の道に何の区別があろう。みな我身の明徳を照らして人に教える学文がそなわっているわけではない。この明徳が師となって学問がすべて腹の内にあったとしても、その明徳に出逢うことがない学文なら、文字の吟味や詩文の述作など無用のことである。ただ心を正しくし行いを正しくして外物の欲にくらまされず、自分に勝って礼儀にかえる心でなければ「喜怒愛楽」の情におされて本心はいよいよ暗くなる。あるときは守らなければならないことも眼前の欲に迷い、海とも山とも知れぬ得手勝手な本心になるのはなぜかといえば、みな我身の可愛さから起こることだ。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれというではないか。思案をきわめ身の可愛さを打ち捨て正直になって、少しも邪曲なことはないぞと我身を省みれば、自然に心が師になって本心の本心たるを知ることだろう。これから話すのは少し本心に志のある人である。

世間には一向に志もなく仏が何なのか分からない人もいる。孔子は女子であるとか思い、五常とは何の教えやら知らず、昔の教えのままの南無あみだ南無あみだの御談義を聞いて、御助け御恩徳のありがたやかたじけなやと、涙まじりに嬉しがっている。そういう人にこれが悟りの本心であるなどと高尚なことを説いて聞かせるから、迷いの上に迷いをかつぎ右へもつかず左へもつかず、何のことやらとんと分からぬ狼狽者になる。いっそのこと本心とはこの世の教え、未来とは仏のことと区別して教えた方がよかろうに、我身の玉を出せ、明徳を明らかにせよとごちゃ混ぜの教え方なのだ。仏でもなければ儒でもなく、雑学出版社流のあるエセ学者が、自ら頓馬居士と称して禅学の安売り店を開き、高慢な態度でこう言ったものである。

「なんと太郎助殿、これは我輩が明らかにしたことでござるが、お偉方の衆も感じいってございました。とにかく言うに言われぬ味わいのものとはこの音と響き。煙管(きせる)でこうやって煙草盆を叩いて『これは何が鳴るのか』とお偉い儒者に問うてみます。『馬鹿らしい』と言って返答せぬのは儒者の負け惜しみ。これこそ道の根元、根本の問いなので誰も非難する人はありますまい。ここは修行の大切な点ですから、よくよく考えてごらんなさい」との教えに太郎助、家に帰り「何をどう考えればいいのか、とっかかりもなく何やら手放したような気がする。我らのような百姓に分かることではないかもしれない」と内儀にも話して、どうしたものであろうと首を傾けての思案。一日畑にも出ないで考えていたが、内儀が気の毒に思い、夜になってから鉦(かね)を取り出し撞木(しゅもく)で叩いてみせれば、太郎助は「昔の小歌に鉦と撞木の間が鳴ると馬子歌にあったが、もしやこのことだったのではあるまいかな」などと一心不乱に内儀が鉦を叩くのをながめ入る。

「叩けば鳴る、叩かねばならぬ、その叩くものは撞木、その撞木を動かすのは嬶(かかあ)の手、その嬶の手は内にある心、その心は人々の身に宿る。はて、それはどこから来たものじゃいな」と思案するうちに、鉦も打ち止め枕を引き寄せ内儀は横になる。うたた寝の夢かうつつか、内儀の一発高くブーとひったる屁の音に太郎助、キッとあたりを見回して「ああら不思議だな。心で鳴ると思ったのだが、寝ている女が我知らずひったる屁は先に音があって尻に音なし。臭味が四方に散乱してその形なし。これはまあどうしたこと今こそ我が心すでに天地に充ち満ちておるわ」と四方を厳しく睨め回す。「このうえは本心にもせよ放屁にもせよ、いかなる仏聖人であっても御相手できるだろう」と踊り上がって祝う大変なありさま。この勢いに内儀も驚いて目を覚ました。

「こりゃ女房、いまそなたがひったる屁にて、思いもかけず本心を悟ることができた。これからすぐに頓馬禅門のところへ行って、この話をする。いま一つひってみよ」との所望に内儀は赤面し「この屁が自由に出ますかいな。頓馬さんのところへ行きんしても、私がひったとは絶対に言うて下さいますな。お目にかかるも恥ずかしい」「おお、なるほど女の身ではそうだろう。がってん、がってん」と太郎助は頓馬の家に走り行き、この様子を詳しく話す。

頓馬は横手をハタと打ち合わせ「そうそう、屁というも侮ってはいけないのだ。鳥羽僧正の名画を誉めた柴野の一休は屁をひって悟りの腸(はらわた=屁は腸に宿る)を露わにし、神道では春日明神もおなら(=奈良)の里に足跡をたれておられる。これらを考えると神仏はともに同じである。ある古歌にこうある。屁なりとも仇なる物と思ふなよぶっと言ふ字は仏なりけり──ぶっと出た屁の臭味は元来ないものであるが、貴公の心がけのよさによって、自然と香りが漂ったものなのだ。なるほど放屁にて本心を悟るとは前代未聞の珍事なり。『香厳の撃竹』『雲門の折脚』の故事にも劣りはしない」と。頓馬が(悟りを認める)印可の一書を渡すと太郎助は頂戴して「世の中に心とどめな屁の如し本来空の臭味ばかりじや(世の中に心をとどめてはいけない。それは屁のようなものだ。もともと空(悟り)の臭味(俗臭)ばかりがするものじゃ)」と。

 いやはや、これは〈屁〉の一発で道を知る(悟りを開く)という境地を示しているわけである。「撃竹」や「折脚」の話と共通しているのは、求める心の一途な姿。そして何の因果も見いだせぬ唐突な出来事(奇蹟)。こうなるとやたら煙草盆を叩いて難しく理屈こいている頓馬居士は何様なんだとなる。

 もちろん〈屁〉は自分でもやらかすのであるが、ここで大事なのは女房の一発ということさ。状況としては実に健気な夫婦ではないかねェ。あなた、女房殿の一発を徒やおろそかにしてはいけませんぞな。
posted by 楢須音成 at 17:00| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 作品探求 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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