2010年08月04日

遊女が〈屁〉に翻弄されるのは何でだろ〜ヵ

 我々の〈屁〉は相手がいる限り決してあけっぴろげにしてよいものではないね。かりに自由に〈屁〉がこける関係があるとしても、誰からも忌避される〈屁〉の否定性が消え去っているわけではないのだ。根源的に〈屁〉というものは否定されているからこそ、やってはいけないルールがある。とはいうものの、あるときは(あえて)自由にやってしまうという(アンビバレントな)二面性があるのも事実である。

 小咄や落語によく出てくる遊女と〈屁〉の関係を辿ってみるとなかなか興味深い。そこには放逐できない〈屁〉という厄介者が、恥にまつわる遊女の存在を強烈に現象させているんだね。とにかくその姿はいろいろあって(遊女には失礼ながら)どれも笑ってしまうのだが。

 まず、平賀源内の『放屁論』(1774年)にあるエピソードを音成のテキトー訳で紹介する。
(1)
――そもそも屁は人中でひるものではない。ひってはいけない座敷でもし誤ってとりはずせば、武士は腹を切るほどに恥とする。伝え聞いたのだが、品川の何とかいう女郎が、客の前でとりはずしたんだそうだ。その場に小田原町の李堂、堺町の巳(みい)などが居合わせていて笑ったのだが、その女郎どうにも耐え難くなって一室に入って自害しようとした。同僚の女郎が見つけ、さまざま諌めたものの、「一座のみなさんは通人ばかり。きっと悪口を言いふらされ、世の噂になるのなら、どうにも生きてはいられない」とのせりふである。これにはかの二人も言葉を尽くして「このことは決して言わない」とひたすらなだめたが、「イヤイヤ、いまはそうおっしゃいますが、あとになって言いふらされるのは間違いありません。生きて恥をさらすより、死なせて下さいまし」と、いつまでもくどくど繰り返すばかりで、二人は為す術がない。仕方なく、このことを口外しないという証文を書いて、ようやく自害を思いとどまらせたんだとさ。――

 こうなると〈屁〉のタブーは死と隣り合わせだ。武士も遊女も人中で〈屁〉をこくのは死ぬほどの恥なのだ。と思えば、こんな遊女もいる。江戸の小説『好色万金丹』(夜食時分著、1694年刊)から、いいだももの訳で引用する。
(2)
 掻いても掻いても尽きないのが風が吹いた時の落葉、語っても語っても尽きないのが女郎の噂。
 去年の六月二十五日の天神祭の縁日に、ある女郎、灯を背にした正絹の蚊帳から、白い尻を出して屁をすっとこいて引っ込んだのを、阿半という客が襖の隙から見付けて、その後で、
「こんなことを見たよ」と囁いたので、女郎は大変当惑してしまって、「かならず人には話さないように頼みます」といって、黒羽二重の単(ひとえ)羽織を男に送り、まだその上にとてもいいことをさせましたとさ。

 ここでも〈屁〉を相手に知られることは最悪の事態になっている。ただし、死ぬほど(の覚悟)ではなかったので、単羽織を貢いだ上に体を与えて隠蔽しようとした。しかし、悲しいことにしっかり噂になってしまっているわけだ。

 このように客商売の遊女にとって〈屁〉が露見するとは一大事の場合があるのだね。もう一つ、こういう話もある。江戸の儒学者、脇坂義堂の『売卜先生安楽伝授』(1796年刊)から音成のテキトー訳で紹介する。
(3)
 大昔、京都の島原(遊郭)に一といって二も三もないとびきり全盛の傾城(遊女)がいた。遠国の金持の息子がこの太夫と親しくなり、身請けの相談になったので太夫も喜び、この客の心をつかんで苦界(くがい)を逃れようと、さまざまに客の機嫌をとるのだった。折しも陰りのない明るい八月の十五夜に酒宴が催され、芸妓や太鼓持たちが賑やかに騒ぎ客も興じていたのだが、そのときどうしたものかこの太夫、出物腫れ物所嫌わず、小芋の純粋なる成分が吹き出した。プンプンのプントコナと、間拍子もよく屁をこいたので、客が聞きとがめ「太夫、あれは何ぞ」とたずねる。太夫はすました顔で「まあ恥ずかしい。今宵はあまりのおもしろさに、私も近頃の流行(はやり)唄、プンプンのプントコナを謡(うた)ってしまったわ。あなたの御国では、ご存知ないことですわねえ」と、まぎらして目配せすると機転の利く気さくな太鼓持が引き取って「芸妓(ねえ)さんたち弾いておくれよ。太夫さんだって謡ったんだから、私もお前さんたちと流行唄をやりましょう」と、三味線の拍子にかけて、プンプンのプントコナと謡ったが、これが見事な手練れの物真似。太夫が放屁した音に寸分違わず謡って間を合わせたので、遣手婆や引舟女郎を初めとして一座の者はひどく感心した。太夫は客に向かって「今の太鼓さんの流行唄は私のなんかよりまた格別、間拍子がよいではないかいな」というと、客は「いやいや、奴よりそなたが上手だ。なるほど太鼓めが謡うのは間拍子がよいが、そなたが謡うようには肝心の臭味(くさみ)がなくて、不風雅だな」と笑ったので、太夫をはじめ一座の者はみな一言もなく赤面した。
 このとき客はここぞとばかり大いに怒り「いかに我らが遠国の田舎者だからとて、臭い屁をこいて流行唄とは、秦の趙高が鹿をつれてきて馬といったより何倍も人を馬鹿にしたやり方だ。鹿を馬と偽ったのさえ国を滅ぼす邪道の人ではないか。今のお前の偽りは誠がないというべきだ。そのような者を家の妻としたなら家内の者へ誠がなく、大切な祖先の家をただ一時にこきへらすだろう。私が先にプンプンのプントコナを何事かと聞いたとき、ありのままに『失礼ながら屁です』と答えたのなら、誠に太夫の中の太夫の器量だと、かりそめにも偽りのないそなたの誠を知って、何と芳ばしい心だと、屁のことなどはどうでもよく、さすがは太夫、よく正直にいいおったと私は勇んで妻にしただろう。なのに、卑しいかな、屁のひとつをまぎらそうとして人までも苦しめた。よい顔をして糞に蓋をした雪隠壷(せっちんつぼ)とも知らずにはまったこの身がけがらわしい」と、その座を立って帰ってしまった。
 この評判が四方に伝わって誰いうともなく、太夫を「放屁太夫、放屁太夫」と異名で呼んだので、ついに遊郭の勤めもできぬようになり、どこの国ともなく出て行ってしまった。お尻の身請けはあてがなくなってしまったのさ。

 ここでも〈屁〉は厄介者である。隠蔽を画策し、ごまかしの対象になっているね。まったくのところ遊女にとって〈屁〉は存亡の危機に関わってくる(意志を超える)いかんともしがたい存在なのだ。

 以上の三つの話は〈屁〉であるがゆえに真剣味が薄められて感じるかもしれない。漂う滑稽味や可笑し味には馬鹿馬鹿しさまで含んでいる(と感じるかもしれない)。しかし、遊女にしてみたら、そこには〈屁〉が極度の真剣味を帯びて現象しているのさ。三つの話をまとめてみよう。

(1)花柳界の粋人ばかりの席では遊女も呼応して持てる(遊女の)粋を示さねばならないのに〈屁〉をこいてしまった→死なねばならぬ

(2)誰も見てないと思って尻を夜具から突き出してこっそり〈屁〉をこいたのに常連の上客に目撃されてしまった→口止めせねばならぬ

(3)身請け話がトントン拍子で進んでいる大事な時期の宴会で旦那となる人の前で派手に〈屁〉をこいてしまった→ごまかさねばならぬ

 いずれも遊女にとって〈屁〉が深刻な状況を招いているわけだ。そこには疑似恋愛の場である遊郭の中心的職業人として、自らの幻想を壊さないよう保身へと動かざるを得ない心情が痛々しく発露する。

 このとき〈屁〉は無作法の極み、恥の極みなのである。それを確実に帳消しにできるのならば、命を投げ出し、身を捧げることもいとわない。それほどの真剣味がここにはあるんだね。

 しかし、その真剣味も遊郭にうごめく女と男の幻想(観念化)が孕む(遊女と客の)対立関係の変化に応じてニュアンスが異なってもいる。真剣味が「理念的」であるような場合の(1)では、恥は「死(自殺)」を求め、現世的であるような場合の(2)では、恥は「(与える)代償」を求めるのだ。もちろん、死も代償も保身には変わりない。死は理念を守り、代償は現世の立場を守るのである。

 客が粋人なら遊女も真剣勝負で粋を示すべきだ。そもそも粋とは(観念を純化した)理念的なものなのだね。所作、芸事、話術、容姿…といった遊女の振る舞いも、客の諸般への通人ぶりや風流も、理念にまで高まると(〜でなければならぬという)強固な世界観にもなるのさ。そんな遊郭という男女の疑似世界における美学の極北(そんなもんある?)においては(品川のような二流どころの遊郭であっても)遊女の無作法な〈屁〉は存在を組み込まれていないのだ。

 もちろん、遊郭は理念だけでは成り立っていないよ。遊女だって〈屁〉をこくのだからねェ。いや、人間は誰だって〈屁〉をこくのが現世の現実なのである。それに粋人ばかりが遊郭に来るわけでもない。誰も見ていないと思って〈屁〉をこいた遊女の客は、粋人とは言い難いだろう。まあ、意地も口も悪い上客なんだろうが、こんな客に対しては遊女も現世的に悩まざるを得ないね。

 さて、客との対立関係という観点から見ると(3)は一歩進んでさらに現実的な展開を示すのであるが、客が怒り出した時点で破滅的な〈屁〉のスキャンダルとなってしまった。げに恐ろしいのは噂である。(1)でも(2)でも噂を恐れたけれど、しかし(3)における客との対立関係はちょっと様子が異なるんじゃないか。


ラベル: 遊女 遊郭 女郎
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2010年08月19日

続・遊女が〈屁〉に翻弄されるのは何でだろ〜ヵ

 うっかり〈屁〉をこいた遊女の振る舞いのパターンを前回まず三つ選んでみたのだが、それぞれに悲劇性が込められていたね。意図とは裏腹に飛び出してくる〈屁〉の理不尽な動きに突き動かされた遊女の余儀ない姿があったわけさ。しかし、可笑し味をたたえた笑い話として語られてもいた。遊女の振る舞いは、

(1)死のうとした→粋人の前
(2)口止めをした→客人の前
(3)周到に欺いた→旦那の前

 置かれた状況が違うのだが、それぞれの対人関係がはらむ緊張感には質的な違いがあった。振る舞いそのものは遊女の身になってみれば悲痛なほどに真剣であった。まあ、それは限界状況なんだよね。

 死のうとした(1)においては、理念に縛られて死を望む追い詰められた状況であるし、口止めを画策した(2)においては、現世の立場を守るために必死に代償を差し出す状況だったわけだ。

 さて、ここで(3)なのだが、旦那になるべき人の前で〈屁〉をこいて、それをごまかそうとした遊女は嘘がバレてしまう。どうもこの(3)が示している様相は(1)(2)と違うように思えたんだよね。

 遊郭という疑似恋愛の共同体の「内と外」という観点で見ると、遊女にとって(1)(2)は「内」の話になっているのだ。もちろん(3)も遊郭内での話なのだが、遊女は身請け話の渦中にあり、明日にも遊郭を出て一般世間へ復帰を果たそうとしている状況だ。要するに、遊女の心的運動は「外」をめざして動いているのである。(周りもまたそれを支援している)

 この違いは、遊女の振る舞いが(1)(2)では疑似共同体(遊郭)の一元的で内閉的な価値観から現象しているのに対し、(3)は一般世間の価値観が混入した二元的な価値観によって現象しているとみなされるのさ。つまり、(3)の遊女は苦界十年(遊女の年季)を待たずして玉の輿に乗ろうとしている寸前であるから、半分は旦那の妻としての振る舞いを先取りしているわけである。

 だからこそ遠国の金持の息子は遊女の嘘に怒ったわけで、嘘つきは妻にふさわしくないわい。この場合の嘘は〈屁〉という自分自身がバラまいた否定性の現象を(自分は関係ないと)さらに否定するのだから、倫理的な悪質さを内包しているわけである。(まあ何につけ、真偽にかかわらず否定の否定という心的運動は「無罪」獲得の原動力である)

 このように遊女の嘘が混入する(3)は一般世間的な状況に近いのである。もちろん、こういう否定の否定という嘘は(1)(2)においてもあり得たかもしれないのだが、今回の場合は粋人や客人の前で嘘は使わず(使えず)恥を甘受しているね。そこには(3)のように遊郭の外へ出て行く展望はないのであり、遊郭の内閉的な価値観を前提にした振る舞いになっているのだ。

(1)遊郭で理念的振る舞い→死ななければならぬ
(2)遊郭で現世的振る舞い→口止めせねばならぬ

 疑似恋愛の共同体において人前の〈屁〉は無作法の極みであり、その価値観(理念)を純化すれば、死をも辞さぬという振る舞いに駆られる(はずだ)。しかしまあ、誰にも迷惑かけず一人で〈屁〉をするくらいは(人間だから誰でも)あるわけで、人に知られない〈屁〉は(遊郭であろうと)自由の許容値の範囲内にあるには違いない。少なくとも(2)の遊女は誰に対しても礼(理念)を失した(逸脱した)わけではないのだが、ただここではその秘密の〈屁〉を見られてしまったので、笑いものになってしまった。

 恥ずかしいこと(もの)も見られなければOK(恥ずかしくない)というのは人間の心的運動の方向性の特徴だ。パンツをはいたり服を着たりして隠すものを隠せば(視線をさえぎれば)恥ずかしくないね。人間は誰でも〈屁〉をこくと(頭では)わかっているのだし、その観念的認識の範囲では恥ずかしいとは思わないが(恥ずかしい人がいるかもしれないにしても)とにかく実際に目の当たりに人が〈屁〉をこくのを見たときに(聞いたときに)はやし立て、自分が〈屁〉をこいたのを見られたときに(聞かれたときに)赤面する。

 だから(2)で遊女が目撃者の口止めに走ったのも当然で、きわめて自然な振る舞いなのである。幼少の頃に「お前の母ちゃんデベソ」と明らかに嘘なのに見てきたように(説得的に)言われ、憤然となり(しかし)赤面したのを思い出すよ。

 こうした(1)と(2)の振る舞いは遊女と〈屁〉の原初的な(つまり、純な)スタイルということができるが、状況により「それはわたくしではございませんわ」「それは何かの音ですわよ(屁ではありませんよ)」とごまかすこともあるかもしれない。しかし、そういう嘘の振る舞いに走ったとしても(共同体の価値観に照らしてしまうので)内心忸怩として恥は消えないのである。

 価値観の心的な内在化は自己実現であり、内在化した価値観によって自己は保障される。遊郭においては人前で決して〈屁〉をこいてはならず、こくところを目撃されてはいけない──これを実行する至上の価値観(規範)によって自己実現が図られるのだ。(少なくとも公式的にはね)

 こうなると、かりにも嘘による〈屁〉の隠蔽では自己実現は図れないね。このとき自己実現のための規範からは二重に逸脱してしまう。つまり〈屁〉をした事実に加え、嘘をつく反倫理性をも背負い込むのである。

 かくして、恥は何らかの規範からの逸脱感によって喚起されるのであるから、嘘で〈屁〉を隠蔽しても心的には解決にならない(自己実現できない)ことになる。ところが、どうだろう。

(3)遊郭で現世的振る舞い→ごまかさねばならぬ

 機転で〈屁〉を流行唄にした(3)の場合には、バレない限り恥はない状況だ。それどころか、バレないことは実にめでたい。それは遊郭を出て行くことが前提で(遊郭の価値観は無効化つつあり)望む現実を引き寄せる功徳なのである。だから、ここで示される現世は遊郭からすでに一般世間に踏み込んでいるね。そこでは遊女がはらみ持つ功利性が、嘘をつくという反倫理を超えてしまっている。

 その功利とは旦那の妻という現世(一般世間)の立場の獲得である。心的には、ここより他の場所である世間での立場の獲得こそが至上の自己実現なのだ。まあ、何にしろ〈屁〉は恥ずかしいが、(3)における恥ずかしさは(1)(2)のように、遊郭内で完結する理念的・現世的な〈屁〉を恥じる振る舞いとは違って、世間的栄光めざしてしてやったりと思った嘘がバレたことだけに集中している。バレなければ恥はない性格のものなのだ。

 遊郭の狭い疑似社会に比べれば、一般世間は(江戸時代であっても)自由度は高い世界だろう。そこへ踏み出す第一歩で〈屁〉をこいたのである。その痛恨の失態をカバーするなりふり構わぬ機転はあえなく破綻した。そして、その断罪は一般世間の側からやってきたのである。金持の息子は「誠」がない女だと愛想を尽かしてしまった。その理論的根拠が前回引用した後段にこうある。

──この太夫に限らず、世の中の人はみな、わずかな恥を避けて一生を誤り、その身を滅亡させる者が後を絶たないのである。これはみな真実から離れてありのままではなく、ものを偽って隠すからなのだ。おまえがいま苦しむのも、原因となっている貧乏を隠すからだ。おまえが隠す貧乏は今いった話の太夫の屁と同じで、自分は隠せると思っていても、人には鼻があるゆえに、なぜだか貧乏を嗅ぎ出してきて、「どこぞの家は何となく合点がいかぬ。さてさて臭い身代(財産)じゃ」と次第に貧乏の疑いの臭味がまわるやいなや、こちらから「これ返せ」、あちらからは「これ戻せ」と取り立てられる。糞の仕方の悪いお尻さながら、むさ苦しい汚い仕方で、先祖の名をけがすのみならず、自分の命までもつぎ込んでかたをつけてしまうことになる。しかし今「あなたの足の一本を千両で買いましょ」といわれて、どうぞ切って下さいといったとしても、実際には絶対に切ってはくれないだろう。その足と比べてはなおのこと、どんなにか大切な命をば、貧乏を隠そうとさまざまに心労して、ついには失ってしまうとすれば、嘆かわしいことではないか──
(脇坂義堂『売卜先生安楽伝授』1796年刊)

 ここでは〈屁〉の真実(都合の悪いこと)を隠すなといっている。嘘をつくなと儒学者流の道徳臭い結論だ。しかしだね、もし(3)の遊女の相手が身請けしてくれる金持の息子ではなく、遊郭に通う練達の粋人であったならば、この遊女はどういう振る舞いをしただろうか。
 ──ははは、だから、もちろん死を選んだに違いない〜。
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2010年08月28日

続続・遊女が〈屁〉に翻弄されるのは何でだろ〜ヵ

 ここまで遊女の〈屁〉の三つのスタイルを見てきたのだが、もう一度まとめ直しつつ議論を深めたい。

 遊郭で遊女が〈屁〉をこくことはタブーだった。しかし、遊女でなくとも〈屁〉は誰でもするものであり、誰も見ていなければ〈屁〉はこく。タブーではあっても、それは誰か相手がいるときに限られるわけだ。まあ、そういう失礼な生理現象は〈屁〉でなくても、ゲップとかイビキとかあるのだが、なぜか〈屁〉の場合のインパクトは断然大きい。とても恥ずかしい。

 だから遊女にとって、人様の前で〈屁〉をこくことは無作法の極みであって恥だ。少なくとも一流の粋な遊女はそんな〈屁〉をこくことは(多分)ないはずである。そういう矜持こそが一流の一流たるゆえんなの(はず)だが、この一流の理念は遊郭界を覆っている価値基準なんだよね。強い強い理念は腐っても鯛。その身が滅びてなお生き残る絶対の価値(観念)なのさ。

 平賀源内がレポートした、うっかり〈屁〉をこいて死のうとした遊女は品川という当時二流どころの遊女だったようだが、恥の意識を強く持っていて(理念的に)一流に支配されていたといえる。まあ例えば、学問の高邁なる理念(のようなもの)が一流の最高学府から押し流されるような感じだろうかねェ。勉強ができる(実績を上げている)というからには、そういうものを共有しないと、とてもちゃんとは威張れないんだよな。(ここでは、品川の遊女が〈屁〉で一流と同じ振る舞いをしたという点にも可笑し味を誘われるわけだけどね)

 しかしまあ、一般に「死なねばならぬ」ほどの恥というのは尋常ではないね。建前はともかく妥協的に振る舞うのは人間の常なのだ。理念を得々と人様に語る(強いる)人が自分のことにはからきし妥協的に振る舞うと嘲笑されるが、妥協というのは現世的な実利の振る舞いである。

 うかつにも〈屁〉をこいたからといって、別に人様に失礼をしたわけでもない(一人でこいた)ような場合には、それを人に知られない限りは問題ない。基本的に理念上は死ぬ必要はない。うかつなのは、一人屁を人に知られた(つまり、見られた)場合である。人に言いふらされたら(恥ずかしいので)気が気でないというわけで口止めに走った遊女は、目撃者に代償を払ったのである。

 このとき恥ずかしさのあまり死を選ぶことはあるかもしれないが、死ぬと騒いだ品川の遊女とは違って、まったく理念性は高くないわけだ。そもそも現世的な実利の妥協は(こうあらねばならぬという)理念の高みなど喪失したところから生まれてくるんだよね。

 このように恥は恥でも、理念から発するものと行為から発するものがある。もちろん現実の〈屁〉は行為がまず先行するわけだが、理念から発するというときには、行為と〈屁〉は(観念上)立場が転倒していて、場合によっては〈屁〉をこかなくても(理念が先行して)恥じることになるのである。

 しかし、自分の〈屁〉をプンプンのプントコナの間拍子(リズム)にしてごまかし、切り抜けようとした島原の遊女は、その隠蔽行為(嘘)を媒介として、一見すれば、理念の恥も行為の恥も発動していないように観察される。そこに露見しているのは嘘をついたという不誠実の恥だからである。

(1)理念の恥=無作法してはいけないから
(2)行為の恥=秘事の露見はいけないから
(3)不誠の恥=嘘をついてはいけないから

 逆に眺めれば(1)(2)には不誠という恥は発動していないんだね。その〈屁〉には嘘も隠し事もないのさ。しかるに嘘つきの(3)は〈屁〉がどうのこうのという問題を超えて問われてしまう、普遍的な(誰が見ていなくても墨守すべき)徳目の恥なのである。

 いわゆる道徳を嫌う人は多いのだが、嘘をつかず誠実であることが人間関係で重要なのは(動物界の本能的関係性と同様)基本的節度の人間社会の心的運動だからだ。ただそれが、理念に装飾され次第に教化・教条化・権力化してしまうと、自由がないと忌み嫌われる。まあ、道徳やら規則がうっとうしいのはそういうことなのだが、まったく心的な規制(節度)がないというのでは恐ろしい人格形成だろうよ。何もなけりゃ鬼畜とまでもいわれてしまう。

 プンプンのプントコナの遊女はまったく節度がないわけではなくて、露見すれば赤面する(恥ずかしく思う)節度はあった。一般に人は、普通はしていいことといけないことの区別はついていて、その上でしたりしなかったりするわけで、節度とはそういう選択の心的運動なのだ。(いい選択をすることが節度を意味することが多いけど、よかれと思っても思わなくてもよくない選択をするのも節度のあり方)

 このとき、うかつにも〈屁〉をこいたのは事実であり、こいた〈屁〉そのものの恥が消えたわけではないよね。むしろ気高く理念の恥はあったのだと考えるならば、遊女は死ぬのと同じ覚悟(決死)の嘘をついたのかもしれない。そう考えると、プンプンのプントコナの深層にも〈屁〉の恥そのものは消えようもなくあるのだ。

 プンプンのプントコナの遊女は、旦那となる人の前で〈屁〉を隠すことで、遊郭で〈屁〉をしないという遊女の理念の恥を超えようとしたのである。つまり理念の恥を、それが発動する前に隠蔽し、心的に無効化する(恥ずべき存在がなければ恥はないという)ごまかしに走った。そして、それが破綻したとたんに不誠の恥に見舞われたのだ。

 このエピソードは儒学者が抽出したものだから不誠の恥ばかりを強調しているのだが、遊郭の理念を凌駕して不誠が追及されるのは、そもそも遊女の〈屁〉と妻の〈屁〉は理念が違っているからだ。儒学者(あるいは旦那となる人)にとって、世間的関係においては遊郭の〈屁〉の理念などはどうでもよい。遊女はいままさに妻の座を得て世間に復帰しようと価値転換のチャンスにあるのだから、通過儀礼として不誠の振る舞いこそが唾棄すべきものだった。そこでは(おさらばする世界の)理念に縛られる(つまり、恥じて死ぬこと)よりも世間の実利(妻の座)の獲得に強く牽引されているのは当然だろう。

 そもそも嘘をつかず誠実を求めようとする原初的な心的運動は(1)〜(3)を通底している価値基準には違いないが、(1)(2)には〈屁〉をごまかす嘘はない。ところが(3)は世間に復帰するという強い動機に牽引されて嘘をついてしまった。遊女の相手は粋人ではなく夫となる人だったのである。

 さて、ここまで見てきてもうひとつ、遊郭という恋愛の疑似社会における〈屁〉を井原西鶴の「好色一代男」(1682年)にのぞいてみよう。ちょっと長いんだが、これは引用せざるを得ない。吉行淳之介の名訳だ。
 京の女郎に江戸の女郎の意気地(はり)を持たせ、大阪の揚屋で逢えば、結構なことこの上ない。
 さて、吉原の名物で、よし田という口説(くぜつ)の上手がいた。その容姿は島原一文字屋の金太夫よりもすぐれており、書は野風(のかぜ)に劣らず、しかも歌道のたしなみが深い。あるとき飛入(ひにゅう)という俳諧師が、
「涼しさや夕(ゆうべ)よし田が座敷つき」
 と詠むと、
「蛍(ほたる)飛入(とびいる)我(わが)床のうち」
 即座に脇の句を付けた。こればかりでなく、毎度評判になる事ばかりである。歌も歌えば三味線も得意、生まれついてこの勤めに向いている女で、何事につけてその賢さは、思いの外である。
 山の手のさるお方が、ことのほかに可愛がり、行き届いた世話のいろいろ、厭とはいえずに外の馴染み客を断り、指に疵などつけての誓紙血判、しだいに本腰になってきて、いとしさも増してきた時、その御方がふとある太夫を恋いそめてしまった。そこで、よし田と切れるためにいろいろとたくらんでみたが、一つとしてけちのつけようがない。
 その御方とはじつは世之介で、ある日の暮方に小柄(こづか)屋の小兵衛だけを召しつれて、
「何としても、今日という今日は難癖をつけてうまく手を切り、遊びの相手を替るぞ。それ急げ」
 と清十郎方に揚って、太夫に会った。のっけから横車を押してみたが、すぐに手のうちを見透してすこしもさからわず、ふだんと同じ酒の飲み方をしているので、こっちは無理難題を肴に、がぶ飲みになってしまった。大尽(金持=世之介)はわざと酔ったふりをして、あたりを荒々しく踏み立て、燗鍋から酒が漣(さざなみ)を立てて見苦しくこぼれだした。小兵衛が鼻紙で堰(せ)いたけれども止まらず、よし田の着物の衽(おくみ)の立褄(たてづま)まで流れてきた時、禿(かむろ)の小林が自分の脱いでおいた黒茶宇(くろちゃう)の着物で残らず吸い取り、手で押しやって片づけてしまった。太夫に使われているほどの者の心根はこれだ、と口には出さぬが心でうなったのである。この有様、よし田もうれしいことであろう。「春宵一衣価千枚(しゅんしょういちえあたいせんまい)」といったところか。
 桜のほころぶように火の点る夕暮時、太夫が台所へ行こうと立ち上り、廊下を半分ほど行ったところで、うっかり一発、まさしくその音がした。世之介も小兵衛も、「しめた」とばかり両手を打合わせ、
「おもしろの春べじゃないか。こいつは、咎(とがめ)立ての種ができたぜ。もどってきたら、座敷が臭くていたたまれないと言おう」
「いや二人とも鼻をふさいでいて、むこうからどうしたのですか、といいだした時に、今日はよい匂いをかがされるものだ、と言ってやろう」
 それにきめて待構えていたけれども、戻ってこない。
「とても、顔だしのできるところではないな」
 大笑いしていると、衣装を着替え、桜の枝を一本持ちながら出てきたので、どうするかと二人が目をつけていると、先刻へをこいた敷板のところまできて、そこでことさら気をつけて、障子を開け畳の上へ廻ってきた。ここが肝腎なところ、一代の大事、小兵衛もうかつなことは言えない、としばらく黙ったまま。世之介も二の足を踏む気持、念のためにあの板敷きを歩いてみたが、なんの音もしなかった。それでもまだ、言いだしかねているうちに、よし田の方から切り出して、
「この間からのお仕打ちは、なにもかも腑に落ちぬことばかりです。飽きるまでと、初めからのお言葉でしたが、今日という今日は飽きました。お目にかかるのも今だけのことです」
 そう言い捨てて、おもての見世に出て、犬にちんちんさせて遊んだりしているのは、さすがに小憎らしかった。屁はひっかけられるし、咎立ての裏はかかれるし、二人は仕方なくさよならも言わずに帰ったが、
「世之介も小兵衛も、やり方がきたない」
 ともっぱらの評判になり、替りに目をつけていた太夫もとうとう逢ってくれなかった。
 よし田はこの事をつつみかくさず、末々の女郎、揚屋の内儀、重都(しげいち)という座頭、遣手のまんなどを集めて、その中でありのままに、
「もしあれで難ぐせををつけてきたら、それは品の悪い言いがかりというもの、咎立ての種はほかにもありましょうに、とそう言う腹づもりで、踏板の踏みどころを替えてきましたのに、あちらの方が用心して何も言い出さないのが、可笑しいじゃありませんか。いかにも、こき手はこの太夫です」
 と、ずばりと言った。
 誰も悪くは言わなかったばかりか、その利発に感じいって、この太夫の約束のない日をあらそった。この人を恋いこがれること、八王子の芝売、神田橋に立つ願人(がんにん)坊主、芝金杉の馬方までも、「君を思えばかちはだし」でと、廓の辻に佇み、「雲め、風め」と卑しまれる雲助、風来坊の連中まで、その道中を見て、半分死んだようになって帰っていくのだった。

 いや〜、格好いいも悪いも、遊郭の「粋」(価値基準)を巡って遊女と粋人の裏表が葛藤しているね。
posted by 楢須音成 at 11:41| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 断片考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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