2010年07月04日

放屁大会の応援団

 放屁大会における〈屁〉の評価基準は(1)連続性(2)音響性(3)技巧性――などである。簡単に言えば、何発も出て、いい音がして、自由に操れる(表現力がある)ことが重視されるのだ。もちろん、大会であるから人が集まる。人が集まれば、大会規模は次第に大きくなるのが世の流れというものよ。

 アラノ(ARANO)星では放屁は芸である。
 例えば、課題屁の「梅の古木」は大木だろうが小木だろうが、下品にも乱暴にも粗野にもならない〈屁〉で、年を重ねた古木を演出しながらリアルを求め表現を競うのさ。まず一人がブブブーッと大きく幹をこき出す。すかさず二、三人が細く長くブーッ、ブーッ、ブーッ、ブーッと小枝をこき出したかと思うと、チーム全員が次から次へと花やつぼみをプッ、プッ、プップ、プッ、プップ、プッ、プッ、プッ、プップップッ、プッ、プップ、プッ、プッ、プップップッなどと小気味よく小枝につけていくのである。その繊細な心技が深く問われるところが芸の芸たるゆえんよ。

 梅の古木のほか、いたちの一声なき、蛇の蛙のみ、すれ違い、数取り、はしご屁、虻(あぶ)の笹渡り、ふくべ(=ひょうたん)、鶯(うぐいす)の谷渡り――などの課題屁をいかに美しく表現するか、出っ尻横町の若者チームは今日も練習に余念がない。

 放屁自慢があるところには、その〈屁〉に一家言ある人が必ずいるね。やれ音に深みがないとか、やれニオイが残っているとか、やれ連係プレーがなっていないとか、やれ今年の〈屁〉は凶作だとか――てんでに言いたい放題で思いを語る。自分のこく〈屁〉はたいしたことはないのだが、何かと他人の〈屁〉はこき下ろして調子こくのが習い性となっているのさ。

 やはり芸の基本は課題屁をいかにこなすかにかかっているわけだが、自由屁となると技巧もいささか抽象的で高度となってくるので、一言居士の目はさらに厳しく容赦がない。まあ(多分)善意の思い込みも加わって次第に評言の妄想性が高くなるんだね。ほとんど言いがかりにも等しい言説よ。

 出っ尻横町の一言居士は出杉金屁という老人で、競技経験もないくせに、とにかく、口から出まかせの出放題のお口がお上手。いつだって〈屁〉の神様のようにすべてがお見通し。今年のチーム「いちばん屁組」を「いちばん馬鹿組」とこき下ろしていた。確かにチームは隣町との親善試合にぶざまに連敗していたし、監督の作戦やチームづくりの手腕が問われていたんだけどね。

 全国大会直前の親善試合では、散々な梅の古木を演じて試合放棄をやらかし、監督の進退問題にまで発展しそうな雰囲気だった。その日、幹のブブブーッまではよかったのだが、小枝のブーッで調子が崩れた。小枝に禁じ手のブリブリ(実が噴出)、ス〜(すか屁)が入り乱れ、続く花とつぼみは清々しいプップではなく、湿ったプープー、ブーブーですこぶる歯切れ悪く、何度も不発弾まで連発したあげく、あきれ果てた出杉老人から「馬鹿野郎〜」と座布団が飛んだ。このため監督の保香田臭造は寝込んでしまったほどよ。

 出杉老人は前評判の高い隣町の「いちばん糞組」を高く評価しており、返す刀で「いちばん屁組」を切り刻んで「糞組も十年前はただの糞。お前らは華麗に負けてこい。負け糞を肥やしにしてこいや。お前らが勝ったら、その奇跡にワシは糞をなめるワ」と体を張って自信たっぷりにこきおろす。そういう手厳しい(我が町代表に対する)自虐的な評言はあるにはあるが、何をおいても我が町の代表なんだから、町をあげての応援態勢は全国大会へと着々と盛り上がっていくさ。

 課題屁を演じて採点を競い合う放屁大会は、そもそもが〈屁〉という個人技であるものを、チームの演技に昇華して競うのである。例えば、イタチの一声なきは元来は一人一発の〈屁〉の音に最悪の悪臭を充填して放つ(つまり一座の者の鼻をニオイで潰す)―というだけの単純な技だが、大会ではチーム全員が一発を同時に放つのである。だから大音響であり、悪臭も人数分の迫力があるわけだ。このときの音と臭気の迫力が採点される。ただし、観客には危険きわまりない競技なので、屋外の風上に席を設けることになるが、審判団は命がけよ。

 最も技巧(表現)を要するとされるのは虻の笹渡りである。笹の葉の上を移動して飛ぶアブの羽音を模してブルブルブルブル…と高く低く十四、五回は〈屁〉を鳴らして、最後は笹の葉を滑り落ちるようにブルッあるいはブリッとズッこける一発を放つ。この最後の一発とその間合いが(まるで百雷の不意打ちのように)一座の者を驚倒させるのが妙。かなり難しい。メンバーが次々に見事なアンサンブルで羽音をたて、最後の一発は選ばれし一人が、高らかに持ち上げた尻を落としながら必中で放つのよ。

 こうした課題屁で予選を勝ち抜いたあと、決勝では自由屁で勝負することになる。自由屁のお題は一回限りで二度と演じられることはない。自由屁はまったく型のない自由な即興的な〈屁〉である――というのは表向きで、実際には周到に用意された創作である。そもそも作為なしには〈屁〉は構成できない。自由屁はいかにも自由に外連味なく演じられることが求められるが、それは見事な作為なのだ。昨年優勝の自由屁のお題は、活火山の夕屁。真っ赤な夕日(全員が赤いユニフォーム)が乱舞して、山肌の先端から地鳴りとともに積乱雲のような噴煙(実際には見えないけど)がドーンと突き上げる。そういう情景が見えた(ような気がした)ものよ。

 さあ大会が始まった。
 出っ尻横町「いちばん屁組」を散々くさしていた出杉老人だって、耳栓(防音用)を左手、扇子(臭気発散用)を右手にしっかり握りしめ、いそいそと応援席の最前列に陣取るさ。まあ、それは確かに熱烈な応援なんだが「屁組」のダメぶりを目を皿のようにして探しているんだよねェ。そして、チームメンバーの一人一人を叱咤してダメダメと指示を飛ばしているのである。保香田監督が面白いわけがなかろうさ。もっとも、会場の広さからいって、出杉老人の醜くひび割れた声がメンバーに届くことは絶対ないよ。

 とにかく「屁組」の前評判の悪さもあって初めのうち、応援席はしょぼい雰囲気で出杉老人の声だけが意気軒昂だった。そこに隣町の「いちばん糞組」の初戦敗退が伝わってきたのだが、確信を持って「糞組」の勝ちを予測していた出杉老人は思惑が外れて実に不機嫌。それでも冷静に「糞組」の戦いぶりを検証するや、まわりの応援団に「屁組は負けるにしても、敵を圧倒する糞組の素晴らしい敗戦に学ぶべき」と試合の論評をひとくさり。ところが、しょぼくれていたはずの「屁組」応援団は「糞組」の敗戦を知ったとたんに現金なもの、むくむく元気回復して「負けた糞組なんかどうでもよろし。こりゃあ屁組は勝つぞ、ひょっとしたらチャンスぞ」と気宇壮大。そこに「屁組」の演技が始まったよ。

 するといやまあ、これはどうしたことか「屁組」の快進撃が始まった。トントンとベスト4へと勝ち進んでしまったのだ。応援団は狂喜乱舞してポンポン喜び屁を放ち、出杉老人は激しく腹痛を起こしてスコスコすか屁を漏らしてしまう。意外な(つまり不本意な)展開に苦渋の面持の出杉老人は「サイテーの準備で勝ち取ったベスト4は、必ずしも素晴らしい〈屁〉をしたからではないぞ。ついていたから勝ったのだ。勝てば官軍で何でもアリと思っているのなら大〜間違い。勝者には立派だから実力で勝つ奴と、ついてるから運で勝つ奴がいるんだ。(どう転んでも)ダメなものはダメ(屁組の技がいつまでも通用するはずがない)だろう。しかしまあ、初のベスト4は(ま、まぐれだろうが)立派と言おう。メンバーに心からのねぎらいを贈る(こ、こうしないと格好つかんわ)」と(保香田の野郎なんぞ片腹痛しだわ)の笑みを浮かべつつ、実に理論的に語る。――ははは、どこが?

 そこで準決勝。しかし、つまづいた。
 課題屁「ふくべ」の演技に乱れが出た。ひょうたんを下から模して初め大きく、中すぼめ、その上にやや大きくこき出してキリッと口をつける。最後に栓をポンと打ち、さらに黄色い音もさわやかに、細長〜く飾りのヒモを二本より合わせて巻き付ける――という高難度の分担プレーもさることながら、お尻フリフリ調子よく、るんるんリズムに乗って全員が連携しなければならないのだ。ふくべは少なくとも大中小の三瓢が必要。だが、このうちの一瓢の栓があらぬ方向にスッ飛んでしまったのよ。

 無念のどよめきが出っ尻横町応援席に湧き起こったさ。失望の悲鳴が飛び交ったさ。しかしこのとき、すか屁が止まらなかった出杉老人の腹痛は吹っ飛び、急に元気になっていた。思わず浮かべるしたり顔の笑み。少し弾んだ声で「ほ〜らね、作戦の失敗。馬鹿だよなあ。お尻に疲れのたまった奴に栓をさせるなんて未熟なレベルじゃわ。監督の責任。ここに今後の課題がある」と一人でひとくさりやっていると、次第に激し興奮した応援団は出杉老人を突き飛ばし、柵を乗り越え、呆然と演技を終わったチームの連中のところに殺到していた。その叫びは「ここまで感動をありがとう!!」と。

 ※曲屁の紹介は福富織部『屁』から(妄想的に)アレンジして引用しました。


ラベル: 試合 大会 曲屁
posted by 楢須音成 at 10:56| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 独舌漫語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月10日

〈屁〉の三徳という賛辞

 そもそも〈屁〉とはなんぞや。誰かが〈屁〉をしたときに、それを「ヘ」と呼んで「ハイそうだね」と平然と納得する人はいない。時と場合にもよるだろうが、ひとたび〈屁〉をしてしまうと自他の周辺に深くも浅くも波紋を呼ぶのである。まあ、ささやかであっても一般にそれは、隠蔽したい心的動揺を惹起する事件になるだろう。

 こういう〈屁〉がはらむ事件性は、例えば西瓜などにはないね。そこに転がる西瓜を「スイカ」と呼べば「ハイそうだね」とすんなり認知して納得するわけである。一般に事件(になる)とは言い難い。

 事件性をはらむのは、もの騒がせで嫌がられる〈屁〉の否定性に起因する。我々の〈屁〉は陰に陽に否定されている。そこにあってはならないのである。

 だが、にもかかわらず、我々は〈屁〉に対して賛辞にも等しい言辞を吐く(ことがある)。例えば、昔から〈屁〉には三つの徳があるなどと言う。それはいささか言訳じみている。そこにあるのは〈屁〉の復権を願う、限りない(叶わぬ)肯定性への希求のように思えるのである。

 明治の風刺雑誌『団団珍聞』から〈屁〉の一文を引用する。原文は漢文体。
人いわく、放屁は菩薩のあくびなり。形なく色なく妙なること神のごとし。此のもの元来、三徳あり。腹減り、気快く、尻の塵を取ると。

 ここでは〈屁〉の高貴さ(菩薩のあくび)、存在感(見えない存在)の神秘、備わっている徳(役立っている効用)を強調しているね。

 もちろん、これらは菩薩やら神やらへの関連性はあまりに一般の事実に反していて、おちゃらけで言っているわけだが、それでも現実に奇妙に符合してくるかのように見える可笑し味が現象している。

 こういうことを我家で嫁に言うと、たちまち馬鹿者扱いになって〈屁〉は追い詰められるのよねェ。まあ、我家では〈屁〉は次のような感じが実相なんだな。
人曰く、放屁は悪魔のげっぷなり。形なく色なく見えざること忍びの者のごとし。此のもの元来、三悪あり。腹張り、嫌気(いやけ)甚だしく、尻の威厳を損なうと。

 かくして〈屁〉を嫌う一方では、我々には〈屁〉を善きものとして昇華しようとする情熱があるのも事実なんだね。馬鹿者といえども、ちょっとばかり〈屁〉に徳を見いだそうとするのは、広量な人智といえないだろうか。(逆に賢者であろうと〈屁〉に悪を見い出すとは、何と狭量であろうかねェ)

 我々の〈屁〉には徳がある――とすれば、それは何を示しているのだろうか。物の本や言い伝えによって徳の表現は若干変わってくるのだが、〈屁〉の「徳」は「得」に通じる効用面が強調されているのが特徴である。(まあ、それしか言いようがないわけで)

 (1)腹が減る
 (2)気持よい(人に嗅がせて気持よい)
 (3)尻の塵を取る(ゴミを払う・掃除する)

 しかし、これら三つをあわせたところで何の役に立つのやら、卑小な自己満足にすぎない三徳(得)ではあるね。まあ、あえて注目するなら「気持よい」に本来の〈屁〉らしさがあるように思える。

 放屁を気持よく感じるのはもちろん自分の反応だが、自分でした〈屁〉が身体的な気持よさを呼び起こすほかに、人に嗅がせるのが気持よいという心的攻撃の観念的一面もあるのだ。そういう加害性(が気持よい)は賛否を呼ぶかもしれないし、誰もがそう思うとは限らないにしてもね。

 ともあれ〈屁〉の気持よさの起源は、まず身体(ガス膨満を解消して気持よい)にあり、やがて精神(他人を加害して気持よい)から発してくるようになるのである。

 腹が減ったり、尻の掃除をしたりするのは確かに効用だが、気持よいの二面性は、効用というより身体や精神に根ざした〈屁〉というものの本質的な振る舞いではないか。そして、否定すべき厄介者〈屁〉を内包した人間の、相互の葛藤の本質を現象させている。――なんてね。
ラベル: 三徳
posted by 楢須音成 at 01:10| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月16日

立派な〈屁〉の力量について

 立派な〈屁〉とはどういうものだろうか。まあ、立派といっても千差万別あるわけだが、ここでは貫禄のある立派さというものを考えてみたい。いやもちろん、これは〈屁〉についての話さ。

 古来〈屁〉には名人がいる。そういう人の〈屁〉はいろいろな意味で立派であり、そこが名人の名人たるゆえんだね。明治の頃に静岡県に屁國先生(伊藤國太郎)という名人がいたことが、福富織部の『屁』に紹介されている。

 この人は近在の放屁大会で横綱を張った曲屁(屁の曲芸)の大家だったというのだが、器用に〈屁〉を操っただけでなく、貫禄のある〈屁〉の強者であったエピソードがある。引用しよう。
 明治四十年頃の一夜、一人の男が(屁國)先生の家の前を通る時、偶然だか故意だつたかわからないが大きな奴を一發放した。すると驚くべし、家内で先生の寐所(しんじょ)と思ふあたりから、それよりも大きな奴が二つ聞えた。如何に名人屁國だとて、寐てゐながら答禮(とうれい)するは不思議だといふので、其男は二發發砲した。すると更に驚くべし、今度は家の中から四ツ聞えた。愈々(いよいよ)不思議だと、負惜みの強い男と見えて、苦しいのを我慢して漸(ようや)く叉三つ絞り出すと、内よりは悠々迫らざる態度で大きなのを六ツ出した。流石(さすが)の男も先生の放屁術の卓絶巧妙なるに喫驚(びっくり)し、尻尾を巻いて逃げ歸(かえ)つた。評判はパツと村内に廣(ひろ)がつた。是を聞いた物好き連が五、六名申合わせ、一番屁國を凹(へこ)ましてやらうと、各自晝(ひる)のうちにウントコサ屁の種を仕込んで置き、夜の更くるを待つて竊(ひそか)に先生の家の前に行き、代る代る放り始め、其數(かず)も仲々多數だつたが、先生此時少しも騒がず、一々禮(れい)をつけて其倍數の返事をした。流石物好きな連中も初めの勢ひどこへやら、互に顔を見合せて仰天しながらそこそこに引き上げた。

 何と倍返しで、答礼の大きな〈屁〉を際限なくできたというのだ。五、六人で束になって挑んでも、その〈屁〉は動じなかったというのだからスゴイ。まあこれは、実際にやってみると(というか、ただ我が身に想像するだけでも)凄さがわかるんじゃないか。

 倍返しの回数に加え、相手より大きな音の〈屁〉をすることが絶対的な貫禄となるのである。音成はそういうことに加えて、間髪入れずに答礼するタイミングも大きな要素だと思うねェ。

 回数(連続性)、音(音響性)、タイミング(即応性)に支えられて〈屁〉の貫禄が現象する。しかしだね、四、五人で入れ代わり立ち代わり〈屁〉を連発したとして、最初の一発→二発(屁國の倍返し)→四発→八発(屁國)→十六発→三二発(屁國)→六四発というような成り行きになるわけである。常識的(?)に考えて、挑戦者たちは六十四発の途中で挫折したものと思われるんだけどね。

 この推定では屁國先生は合計で四二発を堂々と放ったことになるわけだ。それにしても間髪入れずにそれだけの〈屁〉を放つとは並の力量ではない。立派としか言いようがなかろう。

 もちろん、仮に挑戦者が六四発をクリアしたのだとすれば、屁國先生は合計で百七十発を放ったということになるよねェ。あるいはそうだったのかもしれない可能性はある。

 理論的(?)には無限に〈屁〉を放つことはあり得る話だ。なぜそんなことが可能かといえば、〈屁〉には三通りの発生要因があるんだね。まず(1)口から飲み込んだ空気(2)腸内発酵ガス(3)肛門から飲み込んだ空気―である。このうち(1)と(2)では、連続していつまでも放屁は無理だろう。結局、連続する〈屁〉で無限回が可能なのは(3)によるしかないのである。

 自在にポンプのように肛門から空気を飲み込むことが可能なら、その吸っては吐く一連の技術を高めることで連続放屁が可能になる。古来から〈屁〉の名人と言われる人たちは、曲屁の基本としてこの技ができたらしいのだ。このタイプの〈屁〉は(ほとんど)臭くないのが特徴であり、放屁芸にはまことに都合がよい。

 ただし連続して無限にできるとはいっても、音を奏でる肛門は激しく振動(vibration)するわけなのだから、それなりに耐久力のある筋力が要求される。自ずと限界はあろうねェ。

 この屁國先生の立派な〈屁〉の貫禄のエピソードは、放屁の限界点の境界領域の話なのだ。まあ、回数がはっきり明示されていないところが臭い(残念)といえば臭いのだがね。
ラベル:立派 貫禄
posted by 楢須音成 at 02:40| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月19日

お尻は〈屁〉の道へと通ず

 我々が〈屁〉を自由に操るためには、お尻の器用さが要求される。そのお尻とは何だろうか。肛門外科医の視点からお尻まわりを検分すれば、当然ながら肛門を中心にした観察となるわけだ。そこは〈屁〉の通り道なのだ。

 苦しみや痛みからの解放を願って『便秘と痔で泣かない本』(三枝純郎著、1980年、主婦の友社刊)は書かれている。こういう(痔の)本にメインで〈屁〉が取り上げられることはないにしても、全くないわけではないのである。

 実際、この本には〈屁〉が随所に登場するのだが、といって著者の三枝は〈屁〉に特別な思い入れがあるわけでもないようだ。まあ淡泊なんだけど、よく見ていてその観察は切実。そして可笑しい。(痔の人には申し訳ないが)

 手術後の〈屁〉についてこんなアドバイスをしている。観察ではキレイとかキタナイというのは超絶しなければならないよ。
 もう一つおならの出し方。便のやわらかいときにおならをすると、ほんの少々だが、便がプチッと出ることがある。多少にかかわらず、ウンコが傷を刺激すれば痛い。これを防止するには、おならが出そうだと思ったら、即、腰から背中にかけて大きな枕をあてがい、肛門を高い位置に持っていって、お尻を十分に広げてしずかに出すことである。肛門括約筋がゆるんで楽におならが出る。また、出口を上に向け、肛門の下に直腸がぶら下がる形になるから、こぼれる心配はないし、便は直腸の奥のほうへすみやかに戻る。また、おなら一つのおかげで排便感もおさまる。

 ここで〈屁〉は厄介者であるが、この厄介者をいかに(器用に)処理するかのコツが述べられているわけさ。ポイントは肛門括約筋をゆるませること。そのために、あえて肛門の位置や姿勢を工夫することが求められている。

 一般に肛門という奴は放屁や排便に際して自由がきくようできかないように感じる。そういう場合が多々あるよねェ。それは内肛門(不随意筋)と外肛門(随意筋)の機構上の問題だけでなく、肛門の制御は切迫する放屁や排便がはらんでいる個々の状況(ガス膨満とか下痢腹とか痔とか)にも強く左右されるからだ。

 しかしまあ、身体の機構はある法則性を持ってつくられているわけで、一定の刺激に対して律儀に反応するのである。
 肛門とは実に妙なもので、お尻を高くすると自然にゆるんでしまう。要するに、体位(体の向き)によって肛門括約筋が反射的に弛緩するのである。この反射運動は人によって強弱があり、私は診察体位として肛門高位誇張採石位を用いているが、腰枕をぐっと押し込んだこの体位(仰向けで両足を上げて肛門を見せる体位)をとらせると、それだけで肛門がパカンと開いてしまって、何もしなくても直腸の中まで見えるといった便利な人もいる。そのほか直腸鏡で検査するときの体位として私の愛用している膝位(うつ伏せで少し体をひねり片肩と両膝で体を支えて尻を突き上げた体位)に際しても同様のことが往々にしてある。
 また、肛門括約筋は呼吸と同調してゆるんでしまったりする。つまり、息を吸い込むとしまって、吐くとゆるむ傾向がある。
 以上は実におもしろい現象であるが、いったいどうしてそうなるのかというメカニズムは、まだあまりよくわかっていない。(中略)
 しかし、どうしてそうなるのかといった機構はわからないでも、この機構を診断治療面に利用することはできる。たとえば、診察のときには、ゆっくり深呼吸させておいて、ちょうどその呼吸にタイミングを合わせて指を中に入れるとか(こうすると比較的抵抗が少なく指を入れられる)、そのほかいろいろと応用ができる。
 また、肛門は呼吸で出たり入ったりする。試しに大きくゆっくり深呼吸してごらんなさい。深く息を吸い込むと、肛門が持ち上がるのがわかるに違いない。次には、息を吐き出すと肛門が押し出されるのがわかるはずだ。肛門は生きている、という実感がわく。

 生きているという実感は、単に肛門が呼吸で動くだけでなく、まるで自分のものではないように(不随意に)動いているように思うからだ。身体は我々の「思い」を超えて反応している。
 もう一つ試しに、例の膝位をとってゆっくり大きく深呼吸を繰り返してごらんなさい。人によっては肛門が開いたりしまったりして、空気がここから出たり入ったりする。おならというのは肛門から出てくる気体のことをいうのだろうが、それなら、外から入ってくる気体は何というのだろう。らなお、かな。おならには音を立てるのと立てないのと二種類あるが、音を立てるほうが立てないほうよりくさくないという俗説は、あまりあてにはならない。中には、こうした体位で直腸鏡を挿入するときに、外の空気を吸い込んでボコッと音を立てる肛門もある。あれは吸い込み音だから、おならに属さないのかもしれない。もっともホッテントットは吸気で発音するから、そうなると、これもおならということになる。

 三枝は「息をするお尻」と言っているが、ここには肛門から出てくるのではなく入っていく空気があることを指摘しているね。これは誰もがそうではないにしても、基本的な身体反応として位置づけていいのだろう。これが発展(進化?)すると、ポンプのように大きく空気を飲み込むことが可能となる(はずだ)。

 いや、肛門から吸引できるのは空気だけではないのだ。フランスのマルセル・パニョルの『笑いについて』(鈴木力衛訳、1953年、岩波新書)には、こんなやりとりの実話が紹介されている。
 ――あなたの特技というのは、いったい何です?
 相手は重々しく口を開いて説明した。
 ――私は吸い上げポンプみたいな肛門を持っているんです…
 ジドレールは冷やかすようにこういった。
 ――そいつは面白い。
 相手は学校の先生のような口調でつづけた。
 ――そうなんです。私の肛門は非常に弾力性があって、思うままに開いたり閉じたりできるのです。
 ――すると…どういうことになりますかな?
 ――こういうことになるんです。この神の摂理による(?)吸引力によって…私はすすめられる飲物をいくらでも吸いこんでお目にかけます。
 ――何ですって、あなたはお尻から飲むんですか?
 ジドレールは呆気にとられ、好奇心に驅られて叫んだ。そして改まった口調でたずねた。
 ――お飲物は何になさいますか?
 相手も改まった口調で、
 ――大きなバケツに水を一杯いただきたいのですが…
 ――鑛泉ですか?
 ――いいえ、ふつうの水で結構です。
 バケツが運ばれてくると、男はズボンを脱ぎ、猿股には必要な部分に孔があいていることを示した。そこで、なみなみと水をたたえたバケツの上に腰を下ろし、彼はたちまちのうちにその水を吸い上げ、たちまちのうちに元に戻した。
 ジドレールはそのとき、部屋のなかにかすかな硫黄の匂いがただようのを感じた。
 ――ほほう、あなたはアンギャン鑛泉をおつくりになるんですか!
 男はニコリともせず、
 ――それだけじゃありません…ひとたびこうして、いわば洗いそそいでしまえば、私は無臭のガスをいくらでも吐き出すことができるのです。これこそ正に私の特技でありまして…何となれば、中毒症状の特徴は…
 ――え?…何ですって…ジドレールは相手の言葉をさえぎった。もっとわかり易く話してください…つまり、あなたは「おなら」をするとおっしゃるんですか?…
 ――ええ、まあ…そうなんで…でも、私のやりかたで行くと、どんな音でも自由自在に出せるんです。

 これは〈屁〉で芸をした19世紀末のムーラン・ルージュの芸人、ジョゼフ・ピュジョールという人のエピソードである。彼は〈屁〉を自在に操ることができる「おならの名人」だった。

 こう見てくると、やたら〈屁〉をこくだけでは達人ではないのさ。真の〈屁〉の達人(になれる人)とは、ジョゼフ・ピュジョールのように肛門に完璧な制御力を持つ人のことだと思うのだ。

追記:なお、日本での所見は聞かないが、フランスの医学者が放屁漢の肛門を調べたところ、直腸下端に空気の袋(気瘤)があって、これを圧迫することで自在に音を出したという研究もある。これは身体の特殊な変異を伴っているもので、あるいはそういう人もいるらしいね。いや、音成は違います。
posted by 楢須音成 at 02:01| 大阪 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月24日

東西の〈屁〉の名人のお尻

 フランスの「おならの名人」のエピソードを前回、マルセル・パニョルの『笑いについて』から引用したが、別の人の著作から話の続きを紹介しよう。

 以下は『突飛なるものの歴史』(ロミ著、高遠弘美訳、1993年、作品社刊)からの引用。この本は最近、完全版として平凡社から再刊されている。
 彼は前に身をかがめたり、横や後ろに体を曲げたりして、『ラ・マルセイエーズ』のルフランを(屁で)ざっと鳴らした。
 ジドレル氏はすぐさま契約を交わし、数日後、パリ市内に貼られたポスターにはこんな言葉が並んだ――「ムーラン・ルージュで、おなら男に喝采を! 曲使用料を払わない唯一のアーティスト! 毎晩八時から九時まで」。
 アドルフ・ブリソンはじめ批評家たちが「正真正銘の芸人」と呼んだ、このおなら男が収めた成功ぶりを、歌手のイヴェット・ギルベールは回想録『わが人生の歌』に詳しく記している。
 「彼を聞こうとして、人々が殺到した。女たちの叫び声や笑い声、痙攣までもが、ヒステリックなわめきとともにムーラン・ルージュから百メートル離れたところでも聞こえた。人々がそうして色めき立つと芸人は声を張り上げるのだった。『さあ、ご一緒に! 一、二の三』。客席はそのたびにぶるぶると痙攣した。世紀末で世間の耳目を集めたもっともアンソリットな人物、このおなら男はピュジョールという名前だった。三十四歳で、四児の父、マルセイユの生まれ。彼が自分の才能に目覚めたのは、十三歳のとき、海水浴の最中だったという。自然に水を出したあと、もっと多くの水を吸い込み、それをしだいに放出する訓練を重ねる。次いで、今度はかなりの量の空気を吸い込み、拍子をつけて出してゆく練習が行われた。「私は音感がよかったのです。聴いた曲は頭に入りましたから、わずかなレパートリーをものにするのは簡単でした」

 こうして彼は南仏の演芸カフェの芸人から一躍ムーラン・ルージュへと進出して名をなすのである。1891年のことだった。

 さて、こちらは日本。平賀源内が『放屁論』を書いたのは江戸時代、安永(1772〜1780)の初め頃である。十八世紀の末だからピュジョールが登場するだいたい百年前ということになる。

 一般にこの『放屁論』は源内の戯文とされるが、まあ確かにそうなんだけど、なかなかどうして、おなら男の一級のルポルタージュになっているんだよね。源内はおなら男の芸を実見していたのである。

 この箇所は原文をこれまでにも何度も引用しているので、今回は音成のテキトー訳で紹介する。(ただし、原文のリズミカルな名調子は絶対に訳出不能であ〜る→言訳)
(前略)――あるいはカラクリ、子供狂言、身振り、声色(こわいろ)、辻談義、昔ながらのお江戸の繁栄、その品数の限りないなか、先頃から両国橋で「へっぴり男の出現」と評判もとりどりに、町々の風説になっている。つらつら考えてみるに、人というものは一個の小宇宙なのだが、天地に雷あり、人に屁があるわけだ。それは陰と陽が互いにぶつかり合う声であり、時に鳴らし時にひるこそ持ち前だ。どういう加減かその男、昔から言い伝えられている梯子(はしご)屁、数珠(じゅず)屁は言うに及ばぬ。砧(きぬた)、菅掻(すががき)、三番叟(さんばそう)、三つ地(みつち)、七草(ななくさ)、祇園囃(ぎおんばやし)、犬の鳴き声、鶏(にわとり)屁。花火の響きは両国かと違えるほどで、水車の音は淀川に見立てる。道成寺(どうじょうじ)、菊慈道(きくじどう)、端唄(はうた)、めりやす、伊勢音頭、一中、半中(はんちゅう)、豊後節(ぶんごぶし)、土佐、文弥(ぶんや)、半太夫(はんだゆう)、外記(げき)、河東(かとう)、大薩摩(おおさつま)、義太夫節の長い節回しも、忠臣蔵、矢切の渡も望むがまま。一段ずつ三絃(さみせん)浄瑠璃に合わせる比類なき名人が現れた…と聞くだけでは、見ないことには話にならぬ。いざ見に行かんと二、三人を打ち連れて、横山町より両国橋の広小路、橋を渡らず右へ行けば、「昔語花咲男(むかしがたりはなさきおとこ)」とものものしい幟(のぼり)を立て、僧俗男女(そうぞくなんにょ)が押し合いへし合い。そのなかに揉まれながら、まず看板を見れば、あやしの男の尻を突き立てた後方に、薄墨で隈(くま)取りして、かの道成寺や三番叟など、あまたの演目を一所に寄せて描いて、夢を描く筆意(ひつい)に似ている。この技法を知らぬ田舎者がもし来てこれを見るなら、「尻から夢を見ている」などとあやしむんじゃないか、と呟きつつ木戸を入ると、上方に紅白の水引を引き渡し、かのへっぴり男は囃子方(はやしかた)とともに少し高いところに座っていた。その人となりは中肉にして色白で、髪を三日月形の撥鬢奴(ばちびんやっこ=髪が耳の上は細く、後にいくほど広くした三味線の撥のような髪型)に結っている。薄い藍色のひとえに緋色の縮緬の襦袢をまとい、口上さわやかに嫌みがない。囃子に合わせ、まず最初がめでたく三番叟屁、トッパヒョロヒョロピッピッピッと拍子もよく、次に夜明けの鶏、東天紅をブブブゥーブゥとひり分ける。そのあとが水車、ブウブウブウとひりながら車輪のようにくるくる体を反転、さながら水車の勢いに迫り、水を汲んでは移す風情があった。「サア、入れ替わり、入れ替わり」と打ち出し太鼓とともにその場を出て、友だちのもとに立ち寄り、へっぴり男を見たというと、一座の全員がこれを論議する。あるいは薬を用いてひるといい、または仕掛けがあるんだろうと、衆議はいよいよ一つにまとまらない。私はみんなにいった。「諸君、お静かに。へっぴり薬があることは私もかつて知っていた。大坂に千種屋(ちぐさや)清右衛門という者がいて、おかしな薬を売るのが好きで、喧嘩下し、屁ひり薬などの看板を出していた。その処方も聞いたんだが、それはただ屁が出るだけで、今日のような曲屁をひるとは聞いていない。また、仕掛けであろうという疑いはもっともなんだが、竹田(近江)のカラクリ芝居とは違って、四方正面あけひろげだ。しかも不法の取り締まりもあるわけだし、どこかに仕掛けがあるとも思えない。数万の人の目にさらし、仕掛けが見破れないのならば、たとえ仕掛けがあったとしても、本当にひるのと同じじゃないか。誰もが本当にひるといっているのなら(屈原の詩の漁夫のように自ら)その糟(かす)を喰らい、その泥を濁らせて『本当にひる』と思って見るのがよかろ。――(後略)」

 このように日本のおなら男は描かれている。実に興味深く面白い記録になっているね。大田南畝など、同時代の文化人もこのおなら男を記録している(それだけ文化的衝撃があったのだ)が、これほどリアルには描かれてはいない。まあ、フランスのおなら男とは趣がたいぶ違う感じだが、人々を魅了したショー(見世物)として〈屁〉のビジネスが成り立ったのは同じである。

 フランスのおなら男は口笛かアコーディオンのように曲を演奏して観客を鼓舞している。音色や(特に)音程を種別に自由に制御しているのだ。初めて聞いても明快で非常にわかりやすい芸である。日本のおなら男の方は〈屁〉で形態模写(梯子、数珠など)や声帯模写(鶏、花火、水車など)をしたり、三味線に合わせて音曲の節回しや拍子を真似たりしている。はたまたアクロバットも交えて演じ観客を驚かしている。前もって演題を知っておく必要がありそうで、「そうそう、なるほど確かにそうだよな」という(想像的に)リアル感を呼び起こす模写芸といえるだろう。まあ、どちらにしてもブウブウと自在にお尻を鳴らしているわけだけどね。

 フランスのおなら男は名前も生い立ちも明らかになっていて、彼の肛門は医学者の論文にもなって〈屁〉の動きが解明されているが、日本のおなら男は名前も生い立ちも明らかでない。ましてその肛門が研究対象になって記録されていることもない。もちろん、世間に奇異奇特なものはいくらでもあり、そういうものがすべて記録されるべきであるとは思わないけれど、社会現象(流行)になったものの出自出来は記録に値すると思うね。そういう意味で日本のおなら男の記録の乏しさは残念であ〜る。

 ロミの『突飛なるものの歴史』には医学者の論文が抜粋されているので引用しておく。(日本のおなら男も基本的に同様の肛門だったと思われる)
 一八九二年の四月二十日、マルセル・ボーデュワン博士が「医学新聞」に「直腸吸気と音楽を奏でる肛門の驚くべき事例」と題する論文を発表した。時の人、おなら男ピュジョールの検査記録である。
(中略)
「ピュジョール氏は百八十センチを超える身長の持ち主だが、ヘルニアはなく、奇形はまったく見当たらない。下肢に静脈瘤らしきものは一つとしてなく、静脈系統にも異常はない。消化器は完全に正常で、食欲も十分。食後の腹部の鼓腸も胸焼けもない。便通も普通だが、驚くべきことに氏は好きな時に催すことができるのである」
 ボーデュワン博士は彼の舞台での振舞いについても研究していた。「お決まりの口上を述べると、おなら男は立ったまま、かなり深く前傾し、胸郭がほとんど水平に、つまり下肢からすれば直角になるように胴体を曲げた。そして、両手でしっかりと膝の上部をつかんで上肢のたしかな支えとした。顔は胸郭のほうを向いているが、体は地面に向けて軽く傾ける。短く息を吸って、腕をこわばらせ、かすかに身動きしたかと思うと、首も顔も真っ赤になった。注意しなければ察知できぬような小さな音が吸入に合わせて聞こえてきた」
「被験者はゆっくりと身を起こしていく。貯蔵タンクが満たされたのだ。腸内に蓄えられた空気の放出はこの実験の興味深い部分をなしている」
「ガスはかなり強く、そして括約筋のある程度の緊張をともなって排出されるとき、さまざまな強度と音色と高さを持つ音が出る。それはときとして音楽的だったり、完璧な和音だったり、さらにはもっと尋常ならざることなのだが、聴いたことのある曲だったりする…」
 おなら男はありとあらゆる音を真似た。たとえばそれはヴァイオリンの音色やチェロの音。トロンボーンの響きや布を引き裂く音であった。彼はまた一ダースもの音を連続して出して倦むことを知らなかったし、三十センチ離れたところから蝋燭の炎を消すことができた。
 おなら男は多くの模倣者を生んだが、彼らはことごとくゴム製の器具を使っていた。ピュジョール氏はそのうちの二人を、偽物の廉(かど)で告訴している。

 いやまあ、痔の話から医者の観察を追いかけているうちに東西の〈屁〉の名人の話になってしまったよ。
posted by 楢須音成 at 08:01| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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