2010年02月01日

長生きの秘伝は〈屁〉である

 長寿がいいといっても、下手に長生きして悲嘆な境遇や苦痛な病気の永久烙印を押されるのはチト遠慮したいが、古来からどこの国でも人々の長寿への関心は深い。現代では不老長寿の健康は巨大にマーケット化(大衆化)して、スポーツジムやら、健康器具やら、体操に運動やら、健康食やら、サプリメントやら――まあ、いろいろと健康三昧が花盛りだ。

 江戸(天保時代前後)の知名人の逸聞を集めた『想古録』(平凡社東洋文庫)という本がある。幕末の儒学者、山田山川が聞き書きしたもので、明治25年から31年にかけて東京日日新聞に断続的に掲載された。そのなかに「長寿法の要訣」というのがあった。音成のテキトー訳で引用してみる。
長寿法の要訣
 内藤日向守の藩士に百余歳の長命の老人がいた。ある人が「長生きに秘伝はあるのですか」と聞くと「粗食、毎日の入浴、放屁の三つを忘れてはいけない」と答えた。その理由を問うと「これは慈眼大師(天海僧正)が東照公(家康)に教えた秘訣じゃ。運動不足の者がやたらうまいものを食えば、胃にもたれて害になろう。働かずにのんびり暮らしているのなら粗食が一番なのじゃ。また、入浴して全身の垢を流せば、毛穴から湯気が立って気分を爽快にする。これが二番目の大事。さらに、腹にもたれるものがなければ、屁に臭気がない。臭気があるのは食べたものが停滞している証拠よ。ならば臭気のない屁をするように心がけ、人の面前でもはばかりなく放屁するのは、三番目に大事じゃ」と弁じたという。無臭の放屁とは可笑しい。
 また、ある人からは東照公が大師を呼んで健康の秘訣を聞かれたとき「養生は粗食、運動、毎日の入浴、大小の便通、時々お屁をなさいまし」と書いて差し上げたとも聞いた。(学遍子、安井衡)

 家康の有力なブレーンで、徳川三代に仕えた天海僧正のこれに類する話はいくつか伝わっている。ウィキペディアでは「天海は、秀忠と家光にそれぞれ長寿の秘訣を歌に詠んで送っている。秀忠に対しては『長命は、粗食、正直、日湯(毎日風呂に入ること)、陀羅尼(お経)、時折、ご下風(屁)あそばさるべし』、短気で好色な家光に対しては『気は長く、務めはかたく、色薄く、食細くして、心広かれ』というものである」と紹介している。詳細はわからないが、天海僧正が〈屁〉に関して強いこだわりを持っていたことがうかがえるね。天海は健康にとって〈屁〉は無視できないゾという信念をその人に合わせてアレンジし、アドバイスしているわけだ。

 思うに、先の『想古録』に登場する老人は天海の信念の真髄を的確に解説している。要するに、臭くない〈屁〉を人前であってもいいから、はばかることなく出してしまえ、と言っているのだが、これは「臭くない」というところがポイントだね。臭くなければ胃腸が健やかに機能しているのである。

 このことは〈屁〉というものの身体的かつ心的な意義をふまえている。臭くない〈屁〉のためには粗食であらねばならず、しかも過食してはならないのであり、こうして胃腸を整えて臭くない〈屁〉が溜まれば、溜めることなくどこででも気分よく出してしまう――これぞ秘伝の「おなら健康法」である。ははは、秘伝かどうかはともかく、実に的を射ているのではないだろうかねェ。

 臭くなければ身体によいが、溜めてしまっては身体によくないわけで、幸いにして臭くなければ人に迷惑をかけることはないのだから、人前でもどんどん出して心身ともに解放する。この自由な放屁がもたらす世界(境地)は興味深いものだ。何か宗教的な雰囲気すら感じるのだけどね。

 まあ、そういう音成の発見(?)を嫁に諄々と解説したのだが、冷淡にもフフンと無視された。しかし、自由に解き放たれた〈屁〉というものが、人生をしみじみ語るシーンはあるのだよ。例えば、老いを感じる作家の境地を〈屁〉が語っている。中重徹の『一発』から引用する。
 時計をみると午後十一時半。階下の若い女中はとっくに睡眠中で、目が覚めているのは二階の書斎の私一人だけ。シーンとした中に、遠くから電車か汽車が多摩川の鉄橋をわたる轟音が聞こえてくる。それに誘われたわけでもあるまいが、音の高い放屁を二つ。臭くはないが、私はまだ生きているんだな、という実感がわく。実感といってもごく淡いものだが、……。
(石坂洋次郎「老いらくの記」年月日不詳)

 ほらね、ここには静寂の中に音高く解き放たれた、臭くない〈屁〉の厳粛な境地が確かにあるじゃないか。



posted by 楢須音成 at 00:07| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月08日

〈屁〉をこき合うような言論

 何のつもりか、人は〈屁〉の呼びかけに〈屁〉で応えることがあるんだよね。例えば、ナマの〈屁〉をこき合うこともある。この〈屁〉をこき合うという振る舞いは、相互の同調行動として心的にして身体的な非常に重要な意味を含むのだが、別に〈屁〉でなくとも〈屁〉談義で盛り上がる人も多い。これも立派な同調行動だ。

 まあ〈屁〉に限らず、同調行動はいつ発動するかわからないから、いつだって世間はスリリングな出会いに満ちているのである。(例えば、恋愛だってそうなんだけど、同調は群れている人間行動の重要な本質なのだ)

 ちょっと前に紹介した話だが、結婚した男女が一生を幸せのまま添い遂げるのに、重要なファクターになった同調行動に〈屁〉をこき合うというのがあった。
 二人は互に相手をば「屁ひらず」と思つて、共同生活に入りましたが、二日三日と經つ中に、いづれ劣らぬ剛の者であることを發見しました。而(そ)して似た者夫婦といふ諺の争われぬことを確め、お互に趣味の一致した事を喜びました。
 一日(あるひ)女が男の髪を結つてくれて居ました時、櫛の手を休めて、
 「あなた」
といひました。
 「あなたは誠によく御放りなさるから、是れから「屁放りの判官」と名を御かへなすつてはいかゞです。」
といひました。すると男はにッこと笑つて、
 「いや、好い名をつけて呉(く)れた。私も御禮(おれい)に名を上げやう。お前はこれから「お奈良の前」と御名乗りなさい。」
といひました。女は「有難う御座います。」と云つて喜びました。そして二人で「屁放りの判官」「お奈良の前」と呼びつゝ、一生を心おきなく放りつくして、仲よく友白髪まで榮えたと申します。
 屁放りの判官とお奈良の前は、互に、夏は風上で放つて香(かん)ばしい匂ひが成るべく長く座敷の中に薫るやうにし、冬は炬燵(こたつ)の中に放り込めて頤(あご)の下の布團(ふとん)の隙から小出しにして嗅ぎ樂しみつゝ、年中楽しく面白く暮らしたと申します。
(五十嵐力『趣味之傳説』一九一三年、東京・二松堂書店刊)


 人間行動における同調というのは、相手と同じことをすることによって幸せになれる(幸せな感覚に満たされる)振る舞いである。それは単に同じことをする模倣ではない。相互にちょっかいを出し合う(お互いを高め合う)ことが重要なのである。スポーツにしても恋愛にしても宗教にしても、心的に身体的に合一していく〈屁〉のこき合いと、どこが変わっていようか。同じだよ〜。

 さて、言語活動における「こき合い=掛け合い」というのを考えてみると、激しい論争とか罵倒とかがあって、ちょっかいを出し合うにしても同調とは様相を異にしていることがある。それぞれが相手に異議を申し立てているんだからさ。だから、こういうのは非同調というわけなのだが、同調と非同調は紙一重で表裏が転換することにもなるわけだよ。(この辺の深い議論は別の機会にしてみたいが)

 大正時代に〈屁〉について好奇心たっぷりに探求した福富織部は、岡山県に屁の神様を御本尊とする神社があると聞いて村役場に問い合わせの手紙を出した。すると、打てば響くような(同調の)返事が来たのである。この手紙が素晴らしい。
筆硯御多祥賀上候(ひっけんごたしょうがしあげそうろう)。貴下多年放屁研究被成候趣(きかたねんほうひけんきゅうなされそうろうおもむき)、實(まこと)に以て感心の至りに存候(ぞんじそうろう)、照會相成候(しょうかいあいなりそうろう)奈羅須(ならす)神社は、遺憾(いかん)乍(なが)ら本村中に無之候(これなくそうろう)。當國(とうこく)は海無き山の國なれ共、風光雄大、人心昔ながらの悠長を保ち、放屁發音に於(お)いても、キ會人のせかせかしたるピー叉はキウの如き小鳥の音に類したるもの全然聞くことを得ず、放てば堂々萬年の老杉巨柏(ろうさんきょはく)も為(ため)に屈するばかりに有之候(これありそうろう)。叉其(またその)匂ひに至りては春はわらびぜんまいの香をいれ、夏はとりわけ屁に親しき青夏豆(そらまめ)秋は柿栗冬は池中の鯉、山兎(やまうさぎ)、雉(きじ)山鳥のたぐひを香にまぜて、爐(ろ)を囲み榾火(ほたび)燃やしつゝ、嗅ぎ合う樂しさ、炬燵(こたつ)に差向(さしむか)ひ、二八乙女(にはちおとめ)に匂はすに山葵(わさび)まじりの屁を以てするも、山國健児の快とする處(ところ)、活動寄席などにてすこ屁に人を惱ませ、或(あるい)はロハ臺(ろはだい)に安エンシヨウをぶつぱなして工女の鼻を掩(おお)はすなどに比するも勿躰(もったい)なき事なり。余や獨學固陋(どくがくころう)、しかも春秋に富む、性来(しょうらい)飄逸(ひょういつ)を好み、之を衒(てら)うの徒を敵とす。幸い君の如き眞面目なる放屁學徒に手簡(しゅかん)を寄せられ、欣快(きんかい)轉(うたた)禁ずる能わず。邦家(ほうか)の為め自愛研鑽(じあいけんさん)、益(ますます)斯道(しどう)に盡瘁(じんすい)せられん事、切望に耐へず、以寸楮囘報旁々得貴意度如此御座候(すんちょをもってかいほうかたがたきいをえたくかくのごとくござそうろう)。
匆々不盡(そうそうふじん)
岡山縣眞庭郡美和村役場内   平田麥穂

五月十日


 とまあ、こんな返信だ。織部の(多分)真面目っぽい〈屁〉の往信に触発されての凝った名文(?)である。平田は村長さんだったらしい。それにしても、ちょっとノリすぎの感もあるのだが、このノリこそが同調の高揚感になっているわけである。

 いまどき、こんなふうに公の場で〈屁〉を受け止め、反応する貴重な首長さんはいるだろか?

posted by 楢須音成 at 00:24| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月11日

〈屁〉の子どもはどこにいる

 このところ世間では「へのこ」「へのこ」と連呼される。同音異義語の「へのこ」はいろいろ意味があるのだが、この〈屁〉のブログで「へのこ」とくれば、その「へ」は屁にどんな関係があるのか、ということが問題になるさ。

 屁に関連して民話に出てくる「へのこ」はこう登場する。中重徹の『一発』から引用する。
「屁つかみ屁つかみ…………」と屁つかみ屋がふれてきた。亭主「俺の屁をつかめるか」「畏まりました。屁一つ十円におまけいたします」。亭主尻をまくって屁をたれると、屁つかみ屋はいきなり亭主のへのこをつかんだ。「屁の親は逃がしましたけれども、屁の子はつかみましたから半額頂きます」と五円とった。女房は口惜しがるまいことか、女ならばへのこをつかまれる心配はないからと思って「屁つかみ屋さん、私ののもつかんでくれないか」「畏まりました。屁一つ十円におまけします」「その代り、つかみそこねたら十円もらいますよ」と尻をまくって屁をたれた。すると、屁つかみ屋いきなり女のへへをつかんで「や、へへをつかんだ。屁一つ十円のお約束ですからへ二つで二十円頂きます」
(盛岡猥談集)

 その意味するところはわかりますね。「へのこ」の多くの用例を突き詰めていけば、日本国語大辞典では(1)睾丸(2)陰嚢(3)陰茎――となっている。方言として(4)男性の陰部(5)女陰(6)ふんどし(7)主人。ののしって言う語(8)男性――などの意味も挙げられている。

 まあ、基本的に男性の大事な下半身の部位を言い当てる語になっているわけだ。意味するのはそういうことだが、異名はこれまた多々あるわけだよね。「睾丸→きんたま、へのこだま」「陰嚢→ふぐり、たまぶくろ」「陰茎→(…いやまあ、言いません)」という具合である。

 しかし、その「へ」とは何なのか。日本国語大辞典では語源説も示しているが、(1)フグリの中の子の意(2)マエノホコ=前の鉾の義(3)ヘノクキ=陰茎の意(4)方の児の義(5)ホノコ=陽の子の義(6)ヲノコ=男子の転――などを挙げる。これらからは屁の痕跡はないようだ。字音表示の面から「へ」は「フエ」、「ホ」は「へノ」の反切(反音)とかの説明があるのだが、それによって「へ」が屁であると言えるわけでもないしねェ。どうも屁との関連性は語源的には考慮されていないといえる。

 大田南畝の『金曽木(かなそぎ)』(1809年)に「後門の傍らに在るものなれば屁の子といふか」とあるのは「へ」を屁とした例だが、すでに平賀源内の戯作『痿陰隠逸傳(なえまらいんいつでん)』(1768年)にはハッキリ来歴がこう書いてあった。
 天に日月あれば人に兩眼あり。地に松茸あれば胯(また)に彼(かの)物あり。其(その)父を屁といひ、母を於奈良(おなら)といふ。鳴るは陽にして臭きは陰なり。陰陽(いんよう)相激(あいげき)し無(む)中に有を生じて此(この)物を産む。因つて字(あざな)を屁子(へのこ)といふ。稚(いとけなき)を指似(しじ)といひ、叉珍宝(ちんぽう)と呼ぶ。形(かたち)備(そな)はりて其(その)名を魔羅(まら)と呼び、号を天禮莵久(てれつく)と称し、また作蔵(さくぞう)と異名す。――以下略。

 この作品は「へのこ」の来歴から風俗的・歴史的な変遷を語る論考(?)であるが、源内サンの見事な説によれば、「父は屁、母はおなら。屁が音を立てるのは陽であり、おならが臭いのは陰だ。この陰と陽が激突して無のなかに有を生じさせた。だから、それは屁の子と呼ばれるのである」と実に明快だ。つまりそのナンダ、それは無(音と臭気)から生じたというのだが、ホントかよ〜。

 視覚的にもクッキリはっきりしている「へのこ」は、視覚的には無である屁とは似ても似つかないものであるから、ことの真偽は怪しいばかりだ。そもそも「へのこ」が形成されるのを見た人はいない(だろう)しね。どこから「へ」が屁だという観察が生まれるのか考えると、南畝の「後門の傍らに在るものなれば」という状況証拠しかないわけだよねェ。(まあ、冤罪の構図と同じなんだけど)

 それにしても、出所不明の「へ」というやつが屁になってしまうのは、一語で連想できるのが屁のほかにないからだろうさ。そりゃ「後門の傍ら」で「へ」と言えば、どうしても屁になるよ。こういうどうしようもない邪推を喚起するところが、いかにも〈屁〉らしいではないか。

 まあ、実際にはあり得ないと思いながら〈屁〉の子であ〜る、と主張してしまう開き直り(歪曲)がそれらしく聞こえてしまう、そういう位置関係ということになるね。

 日本語の「へ」という音が「屁」と意識される機会はそんなにあるものではないが、ゼンゼンないでもないわけで、いったん連想してしまうとその呪縛は大きい。いやいや、それが気になり出すと際限がないのは音成だけか?

(知る限り「へのこ」について詳しく探求したサイトはこちらにある。参考にしました)
posted by 楢須音成 at 19:28| 大阪 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月21日

ただの音ではない屁音の振る舞い

 我々の〈屁〉は(客観的な物体ではあるものの)観念的で主観的な存在なのだといつも言っているわけだが、〈屁〉に付随する音つまり屁音(放屁音)というやつもまた主観的で観念的(に聞こえる)ものなのである。もちろん、身の回りの生活音がどう聞こえるかは屁音に限らずかなり主観的ではあるのだが。

 外国の動物園での体験。そこは子供のために身近な家畜や小動物を集めたブロックだった。沈黙して動かないニワトリの前で白人の幼児が、一向に愛想を示さぬニワトリを鳴かそうと「コックドゥドゥ、コックドゥドゥ」と(音成の耳にはまぎれもなくそう聞こえた擬音語を発声して)挑発していた。するとニワトリはコケコッコーと(音成の耳にはまぎれもなくそう聞こえた生の鳴き声で応じて)羽をばたつかせたのである。

 英語圏のニワトリはコックドゥドゥ(ルドゥ)と鳴くと噂には聞いていたが、実はそのように鳴く(形容する)のは人間である――このことを目の当たりに見てしまったわけである。しかし、日本人には世界のどこに行ってもニワトリはコケコッコーなんだよなあ。

 そこで〈屁〉である。屁音がどう聞こえるか、これがまた人によって異なるに違いないわけだよ。まあ、各国の言葉の〈屁〉の呼び方は屁音の擬音語がもとになっていると考えられるが、藤田紘一郎が『「ばっちいもの」健康学』(廣済堂出版、2007年)で紹介している世界の〈屁〉の呼び方を見ると、それが確信できる。引用してみよう。
 英語           ファーツ
 フランス語        ペ
 ルーマニア語       バーシート
 ベトナム語        ダッ
 チェコ・スロバキア語   パードノート
 スペイン語        ペイドー
 日本語          おなら、へ
 グジャラーチ・インド語  パード
 ドイツ語         フュース
 中国語(北京語)     ピー
 台湾語          バンプイ
 チグレンヤ・エリトリア語(エチオピア語) キーテレット

 屁音はこのように確定したいろいろな言葉の背後で、かなり違って聞こえているのではあるまいかねェ。外国人にどう聞こえているのかも気になるところだが、日本人にとっても、屁音はかなりバリエーションに富んで聞こえていると思う。というか、いかようにも聞こえてしまっているのである(らしい)。

 まあ例えば、日本語で〈屁〉の擬音は一般的には「ブウ」や「プウ」のバリエーションだ。これには発展型がさまざまあるだろう。「ブー」「プー」「ブーッ」「プーッ」「ブブ」「ププ」「ブブッ」「ププッ」「ブブウ」「ププウ」「ブブー」「ププー」「バババ」「ビビビ」「ブブブ」「パパパ」「ピピピ」「プププ」――どこまでも際限なくバ行、パ行系列の擬音語が当てはまってしまう。「バリバリ」「ブリブリ」「ビリビリ」「ピリピリ」「ポンポン」「ブンブン」「バフバフ」「プスプス」とか別系列の音を組み合わせても当てはまってしまう。バ行やパ行にとどまらず、透かし屁なら「サー」「シー」「スー」とかサ行系列もアリだし、それなら「ハー」「ヒー」「フー」とか濁らないハ行だってアリだろうねェ。

 これらの擬音語はそもそもの屁音(原音)に触発されているわけであるが、我々が〈屁〉をそのように聞いてしまう(あるいは、表現してしまう)というのは、特有の文化現象であり、そこでは文化のパターンを踏まえて拡張現象が起こるのだ。この擬音語の発生までをレベル1の段階としよう。

 川柳や狂歌で〈屁〉の擬音そのものはあまり使われてはいないのだが、次の小咄や民話は、擬音の面白味をそのまま素朴に追求した表現だ。大体はバ行、パ行系列で飛び出してきて〈屁〉を形容している。
「そんな気がねは、ちっともいらん。今日はさいわいあんどう(あにき)もおらんし、ひとつおもきり、やってくれやれ。」
「ほんなら、ごめんして、やらしてもらえます」
というかいわんに、嫁さんは、
  ぶう、ぶうー
  ぶうすか
  ぶうすか、ぶー

とけえきよく、たて続けにこきはじめました。
(相川町北片辺・松本スエ談『日本の民話』未来社刊)


 下女のおさんがかまどの前で苧をうみながら、ブウととりはずし、はっとおもって後ろを見れば、久介がいた故、そ知らぬ顔に口まねにて紛らかさんと、口にてブウブウといふと、久介後ろで「なるほどおさんどのは口まねが上手だ。初めしたのに少しも違はぬ」(『初笑い』1788年)
 こういう擬音をもっと誇張すると、さらに面白味が出る。前に紹介した山東京伝の〈屁〉の擬音は特徴があったよねェ。擬音を駆使した「諺下司話説(ことわざげすのはなし)」(1797年)は面白可笑しく效果的に屁音が飛び交っていた。擬音だけ抜き出してみる。音の拡張が始まるレベル2の段階である。

  ブブブ、ブウ
  ブイブイ
  ポンポンポン
  ブブッ
  チンチリツンツル、ブイブイブイ
  スイ
  ポン
  スイスイ
  (ヤァ)ポンポン(ハァ)ポンポン
  ポンポンポン
  ブウ
  ブイブイブイブイ
  ポンポンポンポンポン
  スイスイスイスイスイスイ


 これだけでも何やら音楽的なノリが出てくるのだが、現代では、東郷隆の小説「放屁権介」(1986年)の主人公が、長唄をうなりながら尻で奏するのがある。

  プルプル
  ビリビリ
  ブウブウ
 ♪ブーブーブブブ ブブブビビッ
 ♪ブビビビブブブビビビービブブー


 しかしまあ、このように単に面白可笑しいだけではなく、屁音に引っかけて意味を持たせるものもある。次に示すのは同音異義を踏まえるものであるから、外国人には通じないだろう。この辺は音の拡張(音に意味付与)ということになって、理屈が頭をもたげるのである。さらに音の拡張が起こるレベル3の段階だ。
一天四海無異(ぶい)とひる麒麟の屁
ひり初めて快き屁の玉の春今年も不異(ぶい)の報なるらん
 ※無異・不異(ぶい=平穏なこと)と屁音を重ねている

屁をひれば音も高野の山彦に仏法僧とひびく古寺
 ※仏法僧(ぶっぽうそう)と重ねている

ひいふつとすいはの征矢の高鳴りはぶゐさかんなる響きなりけり
 ※「ぶゐ」と武威を重ねている

さとってはブッと放る屁も仏なり
 ※ブッと仏を重ねている

将棋ずきの親父、風呂屋へ行き、戸をあけて入りしな、「どなたも御免、桂馬がさはりませう。」といへば、中にも将棋ずきな人ありて、「桂馬はかまはぬが、王の頭へ金とは、あんまりじゃ。」といへば、側から「おまへ、金でお仕合せ。(ぶ)ならくさうてたまるまい」といふた。(『軽口夜明鳥』1786年)
 ※歩と「ぶ」や「ぷ」を重ねている。

治部卿(治部省の役人)が児(ちご)の手を取り、いろいろさまざまに(誘惑して)言葉を尽くせど、ゆめばかりも領掌(りょうじょう=了承)せず。あげくに児の利口こそおかしけれ。「われが尻は守護不入(=役人は入れない)なり」と。ときに治部卿、にくさのままの返答に「それほど結構そうになのたまひそ。守護不入のところから、さいさい(ぷ)の出たを、われがよく聞き参らせたぞ」と。(『醒睡笑』1623年)
 ※夫(農夫などの労働者)と「ぷ」を重ねている。

 これらは擬音の語呂合わせ(意味付与)であるが、まともな意味が〈屁〉で茶化されて可笑し味が表現される。次第に擬音の拡張によって〈屁〉が勢力を持ってきているようだねェ。さて、ここから屁音はレベル4に向かう拡張を手にすることになるのである。
posted by 楢須音成 at 19:41| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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