2009年05月02日

〈屁〉でこそ河童の存在感が際立つ〜

 ことわざに「河童の屁」あるいは「屁の河童」というのがある。意味は「物事がたやすくできること、取るに足りないことをいうたとえ」「無味乾燥なこと。気が抜けてききめのないこと。多くはうまくない茶にいう」「どっちつかずの中途半端な人間のことをいうたとえ」(以上、日本国語大辞典)である。それがどうして河童なのか、屁なのかという点については、昔からいろいろ考察があった。確言めいたことはわからないにしても「かっぱの屁は水中でするので勢いがないところからいう。一説に『木端(こっぱ)の火』から変化した語とする」(同)というのが、まあ定説とされるものだ。

 河童と〈屁〉の結びつきについてはその因果関係を前に思いついたことがあるのだが、因果は謎めいていて、川柳ではこんな風に言われてしまう。

   誰が嗅いでみてたとへたか河童の屁
   すかしても音のするのは河童の屁
   聞いたこと嗅いだことなし河童の屁

 謎めいているのが河童の屁なのだ。ことわざを題材にしたエログロナンセンスな小説集『風流古典語草紙』(池田三光著、1956年、文芸評論社・スワン文庫)には「カッパの屁」という作品が入っている。

 この本の趣向はこんな感じ。「『河童の屁』『朝が三つで晩四つ』『桃にや毛がある核もある』『おそれ入谷の鬼子母神』『女ならでは夜が明けぬ』『もとのもくあみ』――いつも使つていることわざはこんなところから出た。ユーモアとエロとグロと、三拍子揃えた新解釈」と内容紹介してある。

 昭和30年代の艶笑本なのだが、むろん子供の読み物ではなかっただろうねェ。しかし(根拠はあまりないのだが)興味津々に思春期の子供が隠れて読んだ本だったかもしれん〜。わかりやすく読みやすく、若者の下(半身)ネタが満載だ。

 まあ、グロとかエロとかは内臓感覚や下半身で読むのだから、どこで反応するかは人さまざまに勝手だろうねェ。文学の香りがどうのとかは最初から横に置いとくにしても、世態人情風俗を奇異になぞっているだけ、面白可笑しいだけ、と見て軽視するのはもったいない。エロとかグロがめげることはないんだからね。

 話のあらすじはこうだ。――真太郎は、母親がひとかかえもある松茸が腹に這い入ったのを夢に見て生まれた河童である。いい青年なのだが、どうも彼女ができない。女たちは彼の一物を見て驚き、逃げてしまうのだった。足が三本あると見まがうほどでかいのだ。本人も悩み始める。オカチメンコな彼女にも振られてしまうと、さすがに事態深刻。ついには最後の希望のはけ口として馬の尻を追いかけることを思いつく。真太郎は人間界の牝馬にこっそり向かっていこうとするのだが、仲間に見つかってしまう。仲間は真太郎の目的を勘違いして、馬の尻子玉(肛門近くにあると思われた玉。河童が引っこ抜くといわれた)を抜くのは蹴られるから危険だと止める。引っ込みがつかない真太郎はやむなく尻子玉も取ってやろうと、馬に向かっていく…
 天明年間に出た『諸国見聞図会』という本にはカッパの絵をのせ、これに「その早きこと稲妻のごとし」と註をしてありますが、いま真太郎の跳躍には正に文字通り電光石火、水しぶきをはねあげて川底から飛びあがった真太郎の青黒い肉体が、爆発するような勢いでアオの豊満な尻へダッとぶつかったと思うと、次の瞬間、ガッと左手の三本指の鋭い爪がアオの尻肉へ打ちこまれます。
 ヒヒーンといなないたアオが、この突然の襲撃に驚いて後脚を蹴上げましたが、それくらいのことは真太郎、ちゃんと計算に入れてあります。カッパの身長は三尺が定寸。その小さい身体をマリのようにちぢめて、尻尾の付根へ首を突っ込むような形で尻の割目へかじりついているのですから、月ノ輪熊を蹴倒すといわれた脚力も、第二関節から下に強力な打撃力がある以上、蹄はむなしく空を蹴るばかり。
 真太郎は左手でアオの尻尾へしっかりかじりついたまま、右手をのばしてそろそろと割目のあたりをまさぐりました。どうもカッパの牝と違って自分より十倍も大きな身体のため、どこがどこやら見当がつきません。しかしその中になにやらぬるぬるした穴をさぐりあてました。
「よし、ここだ!」
 真太郎は勇躍して右手をズブリとその穴に差し入れました。
 ヒヒーン、
 アオは一そうおどろいてはね上がります。真太郎は肩のつけ根まで差しこんだ腕をグイグイとこね廻しました。何か妙なにおいがするように思いましたが、興奮し切った真太郎はこれが牝馬のその部分の匂いなのだろうと意に介せず、なおもはげしく腕を抜き差ししました。
 ところが、これが真太郎の大誤算だったのです。彼はあまり尻尾近くに飛びついたため肝心の穴だと思ったのが実際は何と肛門だったのです。そのため全く思いもがけぬ惨事が発生しました。
 それはアオにとっては幸いな、そして真太郎にとっては世にも不幸な出来事だったのですが、それはこの日アオが好物の大豆を腹いっぱい食べていたことに起因するのです。
 馬を扱った経験のある人なら誰でも御存知でしょうが、馬の放屁の大きなことは驚くばかりで、ぶっぱなした馬自身がびっくりして蹴ね上るほどですから、その雄大さは天下無類。ことにアオは朝から食った豆が丁度頃合いに消化し、何十リットルと発生したガスが、便々たる腹腔いっぱいに充満していたところを、いきなり肛門へ手を突っ込まれて刺激されたのですからたまりません。
 ブウーッ! と一天四海を鳴りとどろかしてぶっぱなした奴が、まともに真太郎の胸板にぶつかったのですから、その強烈な風圧はまさに水爆的はげしさ。受けもかわしも出来るものではありません。
 グエーッ! とつぶされた蛙のような奇声をあげたまま、真太郎の身体は宙天高く吹き上げられ、空中で二三度クルクルと回転するとそのまま川原の砂の上にイヤというほど叩きつけられました。

 かくして真太郎は平島村の庄屋勝瀬作兵衛につかまってしまうのだが、人望もあり情け深い作兵衛は「今後ふたたび人畜に危害を加えぬと約束すれば今度だけはゆるしてやろう」と彼の縄を解いて川に放してやるのである。
 それからこの作男たちの間で、他愛のないことを「まるで屁に飛ばされたカッパのようだ」「屁のカッパだ」というようになり、これがやがてカッパの屁に転倒したりしながら四国一円から、ついには全国的なことわざになったということです。

 とまあ、こんな起源譚になっている。最後に「カッパの屁」のいろいろな起源の説も紹介してあるが、馬の尻を狙った河童の話は「落穂余談」という本に載っているらしい。また、平島村の勝瀬作兵衛の家系では維新ごろまで河童が命を助けてもらったお礼に持ってきた金創薬(傷がすぐ治る薬)や石笛などが家宝として残っていたのだそうである。

 馬の屁に飛ばされた河童の話をエログロナンセンスに語り下したのがこの作品。もちろん起源譚は後からついてくるもので、狙いはエログロナンセンスにあるわけだが、引用した真太郎(この名前って当時の慎太郎ブームを連想させるね。というか、まさにそれ狙い)が飛ばされる場面が一番なまめかしい。

 しかし、露出がストレートな昨今の世態風俗人情の感覚からすると、全編に漂う軽くいなしたタッチのユーモアは、リアルに笑うには今昔感があり、エログロのセンスも何か懐古してしまう既視感がある。

 この場面もそう。馬の屁に飛ばされるまでの展開に、延々と真太郎の巨根が強調されるのだが、実際に突っ込んだのは腕なんだから婉曲なんだよねェ。気持は巨根だろ。まあ、こういう表現作法も悪くないとは思うんだけどさ。

 河童と〈屁〉の結びつきにはいろいろ説がある。ホントのところはわからないにしても、河童と屁が固く固く結びついてしまっていることだけは事実なのだ。

 一言=河童は〈屁〉によってなまめかしい存在感が際立つUMA(Unidentified Mysterious Animal)であ〜る。


posted by 楢須音成 at 13:05| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 作品探求 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月06日

〈屁〉の懺悔は慎重に〜

 どんな罪が重い(重く感じる)って、それは何といっても宗教的な罪ではないかと思う。というのも宗教は、絶対的な罪悪感を喚起させるからである。そして自分を律するのに急進的であるからだ。

 ところで〈屁〉なのだが、これは罪だろうか。いやいや、やはり罪だろうねェ。だって〈屁〉を催すと罪悪感が喚起され、しちゃいかんと自分を強く強く律しようとするんだからさ。

 しかしまあ、人さまざまに〈屁〉は平気で隠蔽されることも多いわけで、その罪悪感にはどこか不徹底なところがあるのも事実だ。あなたは一人のときにする〈屁〉に悩みます?

 次の話は『ロシア好色昔話大全』(A・Nアファナーシエフ編/中村喜和訳、平凡社刊)に収録されている「屁っこき司祭」という民話である。宗教的に向き合う〈屁〉が現象しているね。教会で〈屁〉をするのは罪だろうか。
 話のはじまりはおばあさんの内緒っ屁、それから豪快なブーの音。
 昔々、じいさんとばあさんの夫婦がいた。ばあさんの名前はウスチューシャ。ある日、司祭のところへ懺悔に出かけて、自分がおかしたかずかずの罪を告白した。司祭はもう話は終わりと思ったが、ばあさんはこう言いだした。
 「神父さま、もう一つ罪がありますだ」
 「どんな罪じゃな」
 「言いたいけれど、はずかしくって」
 「何でもない。言いなさい」
 「実は、先だって教会にはいってから、おならをしました」
 「そんなことなら何でもない。わしだって教会の中で我慢できずにやらかしたことがある。それも、袈裟の中じゃよ」
 ばあさんは懺悔のお礼に七面鳥を差し上げますと約束した。それから二日たち三日たったが、ばあさんはいっこうに七面鳥をもってこない。そこで日曜日のミサのとき、司祭は手さげの香炉を振りながらばあさんに近づき、節をつけてこう言った。

 ♪ウスチューシャ、屁っこきのウスチューシャ。そなたに七面鳥を貸しておるぞよ

 ばあさんは答えて言った。
 「おや、このにおいは何じゃ。そっちこそ、袈裟の中でこいたでねえか」

 いやあ、笑ってしまった。どこかで倫理が破綻している心理の絡み合いだ。さりげなくもあざとい人間の振る舞いではないか。司祭もばあさんも、なりふり構わずホントにしたたかに我が道を行ってるんだから。

(1)最初ばあさんは教会でした〈屁〉に罪悪感を感じて自ら懺悔した。
(2)ところが司祭は〈屁〉の懺悔を必要ない(何でもない)ことだと判定し、逆に自分の〈屁〉を告白した。
(3)ばあさんは懺悔のお礼に七面鳥を届けると言ったのだが、教会から帰ってしまうと約束を守らなかった。
(4)司祭はばあさんの〈屁〉をダシにして七面鳥を催促した。
(5)ばあさんはそっちこそ〈屁〉をした、しかももっと罪深い〈屁〉だと反撃した。

 ここでは〈屁〉という一点に着目したいわけである。いろいろ突っ込んだ心理解釈は可能だと思うが、音成の解釈はこうだ。

 まず教会という敬虔な場所で〈屁〉をすることへの罪悪感があるね。ばあさんは最初に素直にそれを感じて悩み、教会で懺悔したのである。

 このとき司祭は〈屁〉の懺悔に驚いたろうね。というか、教会の最高権力者である自分もやっちゃってたわけだから(もちろん密かに罪悪を感じていたはず…だよねェ)、ばあさんの懺悔に「自分だけじゃない」と発見して、むしろホッとしたに違いない。それで、ばあさんへの言葉が「そんなことなら何でもない」である。まあ、司祭が自分に言い聞かすようなものであるが、露悪的に「私もやったよ、しかも袈裟の中で」と、自分の行為の悪質性と無罪性を前提にしている。何だかそこには「おばあさんの〈屁〉よりスゴいでしょ、フッフッフ」と自慢の響きすらあるように思うねェ。

 ばあさんがほかに何を懺悔したのかはわからないが、気持は一応スッキリしたに違いないようだ。そのお礼が七面鳥だ。しかし、お礼の気持は次第に薄れてしまう。単に欲深いというのではなく、そこには司祭が〈屁〉をしていたという事実が深く深く関係しているに違いない。ばあさんは、司祭に「何でもない」と言われたそのときは「ああ、よかった〜」と、スッキリしたかもしれないが、時間が経つと、屁こき司祭への感謝がむしろ侮蔑(少なくとも尊敬しない)へと変わってしまったのだ。

 そういう宗教的威厳が失墜してしまった司祭が能天気に七面鳥を催促する。それも、ばあさんを屁こき呼ばわりするのだから、カチンとくるわなあ。ばあさんの一見、我欲むき出しの辛辣な抵抗には、むしろ〈屁〉に対する司祭の態度への反発があると見なければならないだろう。司祭の七面鳥への執着は、ばあさんの気持をいよいよ逆撫でしている。

 要するに司祭は自分の〈屁〉のことなど無自覚であり、どうでもよくなっていて、今や七面鳥しか眼中にないのだが、ばあさんは自分の〈屁〉もさることながら、司祭の〈屁〉がずっと引っかかっていたわけなのだろう。

 ここには〈屁〉を宗教的に共有(解消)し合おうとして失敗した二人の関係の破綻した姿があるのさ。つまり、二人の〈屁〉の罪悪感は宗教的には何も解決されず、人間の倫理観の混乱として現象してしまったのである。そこでは人間の我欲がむき出しになってしまう。ああ〜、ヤ〜ですねェ。

 その帰結する言説は「教会で聖職者の私も屁をするのだから、あなたが教会で屁をしたのは罪ではないが、あなたは屁こきだ」というのに対して「屁こきかもしれないが、教会で聖職者のあなたがこっそり臭い屁をこいたのは罪が深い」と言い返す決定的なすれ違いである。

 もちろん、こういう話は登場人物の性格によっても様子が変わってくるかもしれないね。司祭は天真爛漫な人なのか、物欲おう盛な欲張りなのか、ばあさんは真面目な信者なのか、嘘つきのケチなのか…などなど、身につけた性格によって振る舞いは違ってしまう。

 まあしかし、そうは言っても、屁こきの司祭もばあさんも(深浅はあっても)信仰があるのだから、倫理観の土台(良い悪いの判断)は同じとはいえるわけでね。そういう土台で〈屁〉がやりとりされているのだと見ればいいのだ。

 かくして二人の罪のなすりつけ合いの特徴は、それぞれに自分の罪を思わず知らず(自分で)不問にしてしまっていることだ。人は誰でも自分の〈屁〉は隠蔽するのが身上なのだ。この話で特に際立つのは宗教という至高の権威者(司祭)が示す自分の罪への無自覚さであり、ばあさんは(利己的に)それを告発しているのだが、ばあさんもまた〈屁〉の罪を免れることはできない。両者が漂わす神の御前の不正義の余韻が何ともだねェ。

 我々の〈屁〉は「我慢は不可能。私もすれば、あなたもする」という存在のあり方なのだから、だれもが根源的に背負っている罪なのさ。

 一言=〈屁〉の倫理観のゆるみ具合は肛門のゆるみ具合に同期しているのであ〜る。
posted by 楢須音成 at 10:14| 大阪 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 作品探求 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月10日

〈屁〉が禁じられた悪夢の時代だよ

 まるでぬかるんでいる急な坂だ。後ろから押されて坂を転げ落ちている気がするのだが、我々は〈屁〉という文化を本当に廃棄していいのだろうか。異音異臭の〈屁〉の放出が我慢できなかった時代には(まあ多少は嫌がられながらも)確かに〈屁〉は文化だったと思うのだよ。

 それは腸内に不可避に発生して膨満したのだし、望もうが望むまいが結局、外に出てくるのは仕方がないことだったのだからね。人間にとって〈屁〉の発見は太古のはずだね。我々は否応なしに〈屁〉と親しく付き合ってきた。心のカンバスには〈屁〉をめぐって、喜怒哀楽の果ての悲喜交々の人生模様が描かれてきたのだよ。

 例えばそこでは、春子の恋が燃え、夏男のダンディズムがあったのさ。二人が会って抱き合うときはどちらからともなく、目立たぬように尻をそらし、そろそろと〈屁〉をすかして、そっと顔を背け鼻をつまんで口で息をしたものだけれど、それは密会する男と女の〈屁〉の作法なのであった。夏男はそういう二人の秘められた真夏の恋をダンディな詩にして春子に捧げた。春子と夏男は〈屁〉を乗りこえて結ばれるロマンのカップルなのだった。そのとき〈屁〉の否定性こそは情熱の証だったのだよ。

 ヘンな音とかイヤなニオイとかは必ずしも否定すべきものではないのだ。いやむしろ、それが心地よい瞬間があったりするのであり、音や臭さを我慢したあとにくる愉悦(ほがらかな気持とおおらかな笑い)は何ものにもかえがたいのである。そしてどんなに耐えがたくとも、誰にとっても〈屁〉というものは一過性のものなのであり、過ぎてしまえば音も臭さもさっぱりと消えてしまう。いつまでもリアルに耳の鼓膜や鼻の粘膜に残ったりしないのだよ。

 もちろん、だからといって音や臭さが記憶から消去されるわけではない。ただ、こうは指摘できる。つまり〈屁〉は煙のようには目に見えないので、余韻を残す残存記憶(観念)に視覚の裏付けがないんだね。だから、これ幸いに我々は、過ぎてしまった異音異臭の想起において〈屁〉に独特の観念化を発動するのだよ。

 どんな観念も後付けでさまざまの連想的な意味と妄想が付与されるわけだが、我々の〈屁〉の場合には、異音異臭の度が過ぎる(つまり否定性が高い)ほどに愉悦が大きいという心的現象になっているのだ。春子と夏男の臭い臭い恋が燃えたのは当然である。どんな恋も心の盲目的な反応だが、どんな〈屁〉も身体の盲目的な反応といえるだろうね。このときの「恋=屁」という観念は、心身がいっしょに燃え上がった状態だ。まあ、実際にも〈屁〉は燃えるんだよ。

 考えてみると文学史において屁文学が興隆したとはゼンゼン言えないのだが、ジャンルを越えて、文学的描写のあちこちで、さりげなく〈屁〉が添えられ配置されることは、人生の余情を醸す有効なスタイル(所作)であった。例えば「ウインド」という映画では、コミカルに〈屁〉の重さを量る振る舞いが一挿話として入っていたが、零落した無欲な数学者の生き方をほのぼのと伝えていたものだよ。

 そこには〈屁〉の文化があったのだ。文化とは我々の精神活動が成し遂げる様式である。あなたもすれば私もする〈屁〉はそのような精神活動の共有財産だったのであり、そもそも我々は〈屁〉の文化性を疑ったこともなかったのだよ。

 しかるにいまや〈屁〉は、ほぼ完全に駆逐され忘れられている。というか、我々の身体から〈屁〉というものを駆逐する(ことが可能)という医学的(かつ精神的)な成果によって、いつしか〈屁〉はうとまれ始めていたのである。しかもその医学的な成果は制度化(法制化)され、すべての人が処置を受けるように義務付けられてしまった。確かに過度の〈屁〉は体に悪いのだし、身体の〈屁〉を制限する発想(健康)には一理あるのかもしれないが、我々の身体はその外科処置によって〈屁〉が出ないよう可能になっただけでなく、何と〈屁〉をすることを次第に悪徳と思うようになったのだよ。

 確かに体に悪いだけでなく、外部に漏れ出た異音異臭は迷惑千万だ。この〈屁〉を駆逐する心的運動は自分の身体の(屁をしないという)健康の根拠を、迷惑禁止という自分自身や他人への心的攻撃に転化して、誰も反対しない道徳を導いてくるのだ。禁屁(きんぴ=屁をしたらいけない)はカルト的な内向きの正義ではなく、外向けの正義であり魔女狩り的な告発と規制となって社会運動化している。みんな(全体)で渡らなければ安心できない――そうやって〈屁〉を忌み嫌う風潮が蔓延してきたのだよ。

 そりゃなるほど〈屁〉は多少迷惑かもしれないが、誰も〈屁〉をしなくなったら、異音異臭の否定性に媒介された〈屁〉という(貴重な)文化が崩壊してしまうじゃないか。ヘンな音やイヤなニオイだからといって、我慢を忘れて〈屁〉を制限(駆逐)したら文化性を失ってしまうじゃないか。あの春子と夏男の真夏の恋はまったく不可解な現象になってしまい、あの映画の〈屁〉の重さを量る無用の知恵は精神の謎になってしまうのだよ。

 そうじゃないはずだ。我々は〈屁〉をすることによって生きてきたのだ。それは文化である。多文化主義を唱える人が文化を破壊してはいけないだろう。差別を告発する人が他の文化を差別してはいけないだろう。そういう自分のダブルスタンダードに気がつかない連中は、外科処置によって絶対に〈屁〉をしなくなった新人類に違いない。しかしだね、自分が〈屁〉をしないからといって、余儀なく〈屁〉をする人を軽んじ圧殺してはいけないのだよ。

 いまや〈屁〉をしない新人類たちは傲慢にも、余儀なく〈屁〉をする旧人類を駆逐しようとしているのである。いまや〈屁〉をしないことは健全であり自慢になっているが、控え目で遠慮がちでも〈屁〉をしたら変態であり重罪と決めつけるのである。世の中には〈屁〉に寛容な新人類もいないではないが、彼らは自分はしないものだから隠微な優越感が前提なのだよ。

 そもそも〈屁〉をしたらキモチいいんだよ。いったい〈屁〉をしないってそんなにいいことなのか。我が家でも、そんなことはないはずの旧人類である嫁がまた世の中の風潮に毒されてしまっている。世論を背景になかなかに厳しい態度をとるのである。――この国はもう〈屁〉はオシマイかもしれないぞ。ああ、ベランダで初夏の風に吹かれ、オレは今日も空に悲しいお尻を突き出すのだよ。
ラベル: 禁止 文化 否定性
posted by 楢須音成 at 23:32| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 独舌漫語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月16日

夫の前で妻がオナラする

 嫁がときどき読んでいるフリーペーパー(リビング)がある。5月9日号を何気なく見ていたら「夫の前でオナラをする…」という文言が目に飛び込んできた。なになに、それはどういうことか。ビックリして手に取ってみると、全国6085人のミセスの夫婦関係を調べたWebアンケート(2009年2月5日〜3月1日)の紹介なのだった。

 それによればだね、「夫の前でオナラをすることがある?」という問いに対して「ある53.1%」「ない46.9%」という結果になっているのだ。しかし、「オナラをするのは(本音では)どうよ?」という問いには「OK46.2%」「ダメ53.8%」となっている。ふむふむ、これはなかなか興味深い結果だよ。調査では〈屁〉に関する質問はこれだけなんだけど、音成はここだけに注目したわけだ。

 さて、このデータをどう解釈するか。少々(いや、とてもだな)驚いたのは、半数以上の妻が夫の前でオナラをしているんだってこと。我が家(の家系)の観察では信じられんよ。これって多過ぎじゃないのか。まあ、夫婦二人のときのことは夫婦でなければわからんのだが…。それにしても、日本では少なくとも2軒に1軒は妻が夫の前でオナラをしている家庭だというのだ。いまや現代日本の家庭ではそうなのか。ホントか〜。(残念ながらその逆の「妻の前で夫はどうよ?」という質問は調査にない。まさか夫は妻よりオナラをしないということはないよねェ。さすれば、こき合う夫婦は半数以上あるってことなんだな!)

 そして妻の本音として、夫の前でオナラをすることは「ダメ」という人が半数以上いる。ん? 何か矛盾しない? 質問の回答の比率を比較すると、夫の前でオナラをする人のうち、その自分の行為をOKしていない人が存在しているらしいのだ。

   夫の前でオナラする? → する53.1% > しない46.9% (するの人が6.2%多い)
   オナラしてもいいの? → OK46.2% <  ダメ53.8% (ダメの人が7.6%多い)

 オナラを「する(行為)」が多い一方で「ダメ(抑制)」も多い――つまり、夫の前でオナラをする人の中には(本音では)そのオナラをしてもいいとは思っていない人がいるようだね。そこでここにあらわれた数値から大胆に推定すれば、六〜七%の人は「ホントはオナラをしてはいけないし、したくないと思っているが(我慢できずに)している」ということになるのではないか。

 さすればここから、さらに飛躍して「オナラの六〜七%は余儀なく出てきてしまうものなのだ」と推定されるわけであ〜る。

 いやいや余儀なく(我慢できずに)ではなく、我慢が面倒なので(我慢しないで)やっちまうのかもしれないのだが、まあとにかく、オナラをしてはいかんという抑制の気持はある(あるいは多少はある)と思われる。

 以上をまとめると、こうなる。
(1)日本では妻の半数強が夫の前で〈屁〉をしている(妻の半数弱は夫の前で〈屁〉をしていない)。
(2)しかし〈屁〉をしている妻の六〜七%は、本音では〈屁〉をしたくないと思っている。
(3)なのにしてしまうのは、その〈屁〉を我慢できないからである。
(4)あるいは、あえて制御(我慢)しないのであろうか。

 データから確実にいえるのは(1)だが、これは現代日本の衝撃データではあるまいかねェ。これってフツーですか?

 あとの(2)〜(4)はどうだろう。
 夫の前でオナラをしない妻の中には(本音では)オナラするのはOKと思っている人も若干名はいるだろう=Aタイプ。オナラする妻の中には(本音では)オナラするのダメと思っている人も若干名いるはずだ=Bタイプ。そのように行為と気持が相反する「裏腹ゾーン」にはBタイプが多いのだと想定しているのだが。

 ところで、前に紹介した本に『妻のオナラ――夫婦のための幸福論』(三浦朱門著、2006年、サンガ新書)があった。ここでは結婚当初〈屁〉に恥じらいを見せていた妻が、次第に恥じらいを忘れて平気で夫の前で〈屁〉をするようになるエピソードが紹介され、夫婦の〈屁〉という羞恥の変遷(剥落)をしみじみ語る寓話になっていた。

 音成が独舌漫語すれば、男女の〈屁〉は「自由(にしていい)」が基本(理想)だが、現実生活では羞恥の魔力によって心的な制御がかからざるを得ない。夫婦の〈屁〉は奥深い心理が絡むものであろうが、今回提示のデータでは年代別の推移はわからない。
posted by 楢須音成 at 10:44| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月24日

江戸の活気は〈屁〉のアンビバレント

 知識人といえば、高い知識や教養がある人ということになっている。インテリゲンチャとか知識階級とか大上段に構えると、歴史から説き起こして、チト面倒くさい議論になるのかもしれない。しかし、昨今では誰でも(その気になれば)情報機器のパソコン類など手にするようになり、世界にあふれ返る情報を背景に、地域や社会階層間の文化的・知識的な格差はどんどん減退してしまった。ホンモノかどうかは定かでなくとも、いまどき知識や教養に満たされた人はどこでも見かけるよねえ。

 そんなご時世であるとしても、一等知識人であるためには、厳しいプロの道があるだろう。それは今も昔も「プロ=玄人=商売」として開店していることではないかねえ。そういう人たちは知識を「商品」にして商売が成立し、生計を立てている人たちということになるんだな。質的にも量的にもいろんな「商品」がある(だろう)し、怪しげな詐欺師もいる(ような気がする)のだが、とにかく「商売人」という観点で推量すれば、詩人とか作家とか評論家とか学者とか教師とか宗教者とか…にも、身過ぎ世過ぎの商品化の苦労があるのだろうねえ。

 一等か二等かは別として知識人が、組織人であるのとフリーであるのとでは商売への勤しみ方が違ってくるだろう。組織人でないと(売れる「商品」なのに)在野とか民間とか言われて無視されることがあり、(売れない「商品」なのに)組織にしがみついているばかりだと妬まれることもある。それでも知識界には「商品」を毀誉褒貶する評価や実績のランキングが明快に存在しているから、評価を上げ実績を積めば、一等知識人へとステップアップするチャンスを得て、すこぶる商品価値を上げるんだねえ。

 身過ぎ世過ぎしても、どうにも商売が商売になっていない人もいれば、そもそも商売にしていない人もいるだろうし、そういう人はビギナーとかアマチュアとか判定されている。世間では一般に、知識(商品)の品質は「プロ → 優」「アマ → 劣」と思われているから、「さすが(プロだ)」とか「(プロのくせに)アホか」とか「(ビギナーにしては)やるじゃないか」とか「(アマだからやっぱり)バカだ」とか、プロ・アマの分別は(身分制の桎梏のように)上げ下げの評価につきまとい、多くは罵倒語の誕生になってしまうわけよねえ。

 しかしまあ、プライドとしては一応、身過ぎ世過ぎは(商品の)評価や実績とは関係ないのであり、自分が世に問う商品には商売気がないように振る舞うのがスマートであろう。つまりそこには、例えば「新発見の人生の深遠なテーマ」があるだけなのだね。確かにそういうものに金銭のニオイ(商売気)を嗅ぎつけると、しばしば評価は反転してしまい、下げ方向に仮借ないものになることもある。金銭のニオイとは、例えば次のような認識を生む何物かだ。寺門静軒の『江戸繁昌記』を教育社新書(竹谷長二郎訳)から引用する。まあ、これは自分を責める自虐的な例だねえ。(原文は漢文)
 武士は頭を地に付けて「拙者は天性武を好み、馬を馳せ、剣を試み、『武教全書』(兵書。山鹿素行著)を右にし、『武門要鑑』(越後上杉流の兵書)を左にし、今は甲州流と越後流の兵学の奥義をきわめております。…(略)…(しかし)考えてみると、兵学二流の奥義はすべてその(儒者の七書の講義の)範囲内にあります。私が秘訣と称していたものは、実際はへのようなものでありました。しかるに誓いをたて、神をいつわり、長い間このへのような秘伝を伝えて多くの金を得ていたのは、紙上の空談で、いばって世をあざむいていたのです。今にして思うと、心がどきどきして冷や汗が出る思いです。…(略)…」と言う。

 自分がきわめていた兵学の上に、さらに上があったという慙愧の念が表明されているわけだよね。静軒が描くこの武士は、自分が〈屁〉のような秘伝で金を得ていたと、上野・寛永寺へ大師参詣して告白しているのである。やっとここで〈屁〉が出てきたのだが、ははは、ちょっと引っぱり過ぎたかねえ。

 寺門静軒(1796-1868)は江戸末期の儒者で、ついに仕官がかなわず民間の学者として終わった知識人である。水戸(常陸国)の出身。貧乏からの脱却が『江戸繁昌記』を書いた動機とされ、江戸の世態風俗の繁昌ぶりを漢文で記した「戯作」という評価だ。しかし戯れ文のようではあるが、一貫して武士・僧侶・儒者など、当時の知識人たちへの批判や現実風刺に貫かれていて、しかも格調が高い。筆が過ぎて風俗紊乱で何度か発禁処分を受けつつも、よく売れベストセラーになって影響を与え、当時の「繁昌記もの」の元祖とされているんだよねえ。

 報われない(仕官できず、金もない)境遇の知識人として身過ぎ世過ぎする一方、静軒の批判や風刺にはしばしば金銭のニオイへの嫌悪が露出する。報われている知識人は意識的にしろ無意識的にしろ金に強欲に見えるのである。もちろん、静軒とて金が欲しいわけなので、それがために他人の商売気が強く強く気になるんだね。まあ、だいたい当時も今も、浮世離れした無欲博学のボランティア知識人なんていないわけだよねえ。
編中に収録した友人の漢詩は、みな私の記憶していたもので,その得意の作ではない。なぜなら、もしはじめからこのことを告げると、採録することを許さないのを心配したためである。そのうえ、私には文学の才能がなく、もちろん一字も訂正することができないので、現在有名な詩人某の集の中にある、銭の多少によって美しく磨き立ててつくった金玉の作のごときものではない。さらに聞くところによると、その金玉は銅臭を帯びている(金銭のにおいがする)という。私はそこで試みにその集を借りてかいでみると、はたしてそれはほんとうであった。作者の小伝の中で、文意が高く意味が深いところにいたると、臭気がもっともはなはだしい。おもしろいことだ。しばらくして最後にかっぱのへのにおいをかいだ。そこで私は鼻をおおい慨嘆して、「かっぱも水の物である。水は元来金を生ずる(五行説)。かのかっぱのへのにおいが変じて銅臭となったのは、理由がないことではない」と言った。この都の繁昌は、このへを集めて太平を鳴らしているので、そもそも物質的反映なのだ。今でも「はしごっぺ」といって連続するものもあり、最後の一発はいつ放つかわからない。近ごろ物価は次第に高くなってきて、銭湯の料金の十文が、今は二文を増した。への価もそうであろう。しかし詩をつくってもらう金の値上げは一首が幾銀かは知らない。ただ聞くところによると、今年たくさんのへのなかでもっとも大きなへを放った者は十五両を出したという。ああ砲術家の仲間がこれを聞いたならば、かれはかならず「もしこの費用を私にくれたら、大きな敵の船を粉砕できるであろう」と言うだろう。ああへも太平の物で、かつこれらの大きなへを放つやからは、この江戸以外にはどれほどもないであろう。都下の繁昌は、かいで知ることができるのだ。

 言わんとするところはこうだ。――昨今は学芸を銭の多少によって磨き上げる。そういう美しい金玉(きんぎょく)のような作品は、銭のニオイ(銅臭)を隠すことができず、最後には河童の屁のニオイが漂ってくる。金を生じるという水の中に棲む河童の屁のニオイが銅臭なのは当然としても、オレたちは人間様だ。なのに江戸の繁昌はこの「河童のような屁=銅臭=金銭のニオイ」に満ち満ちて、しかも梯子屁(連続する屁=際限のない欲望)となって蔓延している。実用よりはデコレーション。兵器なんぞに金を使わない太平の世だからこそ横行する風潮だ。こんなところは江戸以外にはあまりないが、左様にも都市というものの繁昌ぶりはクンクン嗅いでみればわかるわい…。とまあ、こんな感じだよねえ。

 静軒とて金は欲しいのだから、こういう批評はアンビバレントなものだ。ビンボーからの批評精神(金が欲しい)は都市住人であった平賀源内も同様で『放屁論』ほかを書いている。だいたい人間は必ずしも「言ってること=思っていること=していること」は同じではないし、必ずしも自分の深層の意図(ホンネ)を把握していない。そこが(他人に)におう。自分のニオイは自分じゃ気がつかない振る舞いが、知識人は知識(商品)にまつわって現象する(におう)わけだねえ。

 知識の完成度(真理への道)は金銭とは関係ないという幻想もあるだろう。もちろん、知識は身の不遇とも関係ないはず。なので知識は本来(金には)潔癖なものであるはずだが、では知識は〈屁〉をしない聖人君子なのか。いや聖人君子は〈屁〉をしないのか。静軒は詩人の〈屁〉を批判しつつ、それが江戸に充満している活気そのものなのだと気づく。都市住人としてその活気にあやかろうとしているのは静軒も同じ。そういう意識下のアンビバレントな認識を乗り越えるために、静軒は「おまえらはへだ!」という思いを、これまたアンビバレントな〈屁〉に封じ込めて解放しようとしたのであ〜る。

 だからまあ、何というか、そういう〈屁〉は誰でもするわけですよねえ。
posted by 楢須音成 at 11:44| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 独舌漫語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月30日

〈屁〉をする丹波の夫婦だよ〜

 普通は〈屁〉を(特に見知らぬ人の前で)話題にするのはためらわれるね。まして〈屁〉を話題にする筆を執るとなると、そのためらいも大きくなる。というか〈屁〉なんぞを語ったり、書き残したりすることは〈屁〉をするのと同じくらい後ろめたい気持を起こさせるものなのだ(と常々感じる)。

 要するに〈屁〉というものは(それをしても、しなくても)嫌われるから、基本的には相手の不快を思慮してためらってしまうのだろう。しかし、こういう〈屁〉のためらいは「中途半端なタブー化=羞恥化」の表出なのだ。独特だよねェ。そもそも〈屁〉を語るとか、指摘するとかは〈屁〉をするに等しいのだ。だからまあ面倒がないように、たいていは〈屁〉は黙殺して無視するに限るわけさ。そして、あえて〈屁〉を語らねばならないときには、しばしば(我知らず)言訳が先に立つという振る舞いがあるのである。

 明治末の早稲田大学文科の学生などが中心になって全国の伝説を集めた『趣味之傳説』(五十嵐力著、1913年、東京・二松堂書店刊)という本を拾い読みしていたら(というか〈屁〉の話を探していたわけだが)ありましたよ。五十嵐は早稲田の先生だった人。
屁放(へひり)の判官(はんがん)お奈良の前

 私の書かうと思ふのは放屁(おなら)の傳説です。何? 下(しも)がかつて品がわるいから止せといふのですか。何の品のわるいことがありませう。すでにお放屁(なら)でいろいろな物の音(ね)を放(ひ)り分けて天下の大評判を取つた名譽のお爺さんの昔話があるぢやありませんか。昔、朝廷に遊びの御催しのあつた時、立派な身分も位もある狂言師が、天子様の御前で、裾を股までかきあげて寒さうな風(ふう)をしながら、燒火(たきび)をめぐつて、
   よりによりに夜の更けて、さりにさりに寒きに、ふりちふふぐりを、ありちふあぶらん。
と云つたので、帝の御褒(おほ)めにあづかつたといふ事が、立派な書物にちやんと書いてあるぢやありませんか。昔風の言葉だとお上品に聞こえますが、これはつまり、「夜が更けて寒いから、ぶらぶらする睾丸(きんたま)をあぶつて温めやう。」といふことですよ。西洋の賢い人はお放屁のことを「どんな六(むづ)かしやをも微笑(ほほえ)ましめる愛嬌(あいきょう)風」といひました。日本でも身分のある方の御放屁をば御風氣(ごふうき)なぞと申します。或る物好きな醫者(いしゃ)は之を腸風(ちょうふう)と名づけました。「御放屁の話」で惡いなら、「愛嬌風の話」といひませう。それで惡いなら「風氣の話」といひませう。それでもわるいなら「腸風の話」といひませう。
 私の故郷(くに)は丹波です。「丹波のテゝ栗」とも云つて、丹波の國の名産は栗です。そして私の國には「生栗一つで屁八十」といふ諺があります。丹波の國にお放屁の傳説が無くてはウソです。
 昔、丹波の或處(ところ)に某(なにがし)といふ正直な善い男がありました。此の男は朝から晩まで屁を放つて居る癖がありました。そして屁の匂ひをかぐことを非常に好きでありました。屁を放るのが善いとか惡いとかいふのは馬鹿な論です。屁を好む人に取つて、屁を放ることは確かに一つの善良なる行為であるのです。
 此の男の里から十里ばかり隔たつた處に、素直で、よく働く娘がありました。此の女も朝から晩までお放屁をする癖がありました。そして叉其の匂ひを非常に好きでありました。
 此の男も女も年頃になりましたので、媒介(なかだち)をする者があつて、いよいよ此の女が此の男の處へ嫁に行くことになりました。「媒介口(なこうどぐち)」ともいつて、媒介人(なこうど)といふものは、とかく相方の善い處ばかりを擧げて、惡いことは云はないものです。此の媒介人も男と女の善い處は沢山話しましたけれども、お放屁の事だけは一口も話しませんでした。
 二人は互に相手をば「屁ひらず」と思つて、共同生活に入りましたが、二日三日と經つ中に、いづれ劣らぬ剛の者であることを發見しました。而(そ)して似た者夫婦といふ諺の争われぬことを確め、お互に趣味の一致した事を喜びました。
 一日(あるひ)女が男の髪を結つてくれて居ました時、櫛の手を休めて、
 「あなた」
といひました。
 「あなたは誠によく御放りなさるから、是れから「屁放りの判官」と名を御かへなすつてはいかゞです。」
といひました。すると男はにッこと笑つて、
 「いや、好い名をつけて呉(く)れた。私も御禮(おれい)に名を上げやう。お前はこれから「お奈良の前」と御名乗りなさい。」
といひました。女は「有難う御座います。」と云つて喜びました。そして二人で「屁放りの判官」「お奈良の前」と呼びつゝ、一生を心おきなく放りつくして、仲よく友白髪まで榮えたと申します。
 屁放りの判官とお奈良の前は、互に、夏は風上で放つて香(かん)ばしい匂ひが成るべく長く座敷の中に薫るやうにし、冬は炬燵(こたつ)の中に放り込めて頤(あご)の下の布團(ふとん)の隙から小出しにして嗅ぎ樂しみつゝ、年中楽しく面白く暮らしたと申します。

 どうだろう、書き出しはまるで言訳だよねェ。なぜストレートに「私の故郷は丹波です。『丹波のテゝ栗』とも云つて、丹波の國の名産は栗です。そして私の國には……」と書き出さないのか。なぜ初めに丹波の伝説とは関係もないウンチク話をしなければならないのかね。ほかに70編ほど全国の話が収録されているのだが、ごく普通にストレートな書き出しであり、この話だけ特異なのである。故郷の〈屁〉の伝説を語るのに観念(言訳の思弁)が先走った語り出しだろう。

 それで最初に戻るのだが、こういうことが〈屁〉に対するためらいだというわけさ。長谷川伸の小説「おなら次郎吉」(1925年)にも同じような構造があったね。しかしなあ、それにしても、何だよ、この話。――屁こきの二人がおりました。結婚してお互いに屁こきの趣味が一致したことをとても喜び合いました。二人はふと思いついて「屁放りの判官」「お奈良のお前」と呼び合うことにして、夏も冬も屁を嗅ぎ合いながら楽しく暮らしましたとさ…。おどろおどろしいドラマも軽妙なウィットもなければ、ささやかな寓意もなく、民衆の涙する悲哀も不届きな野卑もなければ、支配者の理不尽な傲慢も嫌らしい気まぐれもない。まあ、そんなものはどうでもいいとしても、この真面目くさった起伏のない間のびした笑い話を何とかしてくれ〜。

 あまりの内容のなさにそりゃ言訳もしたくなるか。
posted by 楢須音成 at 10:37| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 作品探求 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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