2009年01月07日

屁に形はありや否や

 音響に形を与える(イメージする)とすれば、我々の〈屁〉はどんなものであろうか。江戸の奇人、平賀源内は〈屁〉を「まあるく」イメージしてランク分けした。彼は『放屁論』の跋でこんなことを言っているね。福富織部の『屁』から引用する。
 漢(から)にては放屁(ほうひ)といひ上方にては屁をこくといひ、關東にてはひるといひ女中は都(すべ)ておならといふ。其語(そのことば)は異なれども、鳴ると臭きは同じことなり。その音に三等あり、ブツと鳴るもの上品にして其形(そのかたち)圓(まる)く、ブウと鳴るもの中品にして其形飯櫃形(いびつ)なり。スーとすかすもの下品にて細長くして少しひらたし。是等は皆素人衆も常に撒(ひ)る所なり。彼(かの)放屁男のごとく奇々妙々に至りては、放らざる音なく備らざる形なし。抑(そもそも)いかなる故ぞと聞けば、彼が母常に芋を好みけるが、或夜の夢に火吹竹(ひふきたけ)を呑(のむ)と見て懐胎し、鳳屁(ほうひ)元年へのえ鼬鼠(いたち)の歳、今を春邊(はるべ)と梅匂ふ頃誕生せしが、成人に随ひて段々功を屁ひり男、今江戸中の大評判、屁は身を助けるとは是(これ)ならん歟(か)。讃岐行脚(あんぎゃ)無一坊、神田の寓居に筆を採る。

 源内の観察では「屁の音は三つのランクがある。ブッと鳴って形がまるいのは上品。ブウと鳴って形がいびつになったのは中品。スーと透かした音なしの、形が細長くなって少し平たいのは下品であ〜る」というわけだ。なるほどね、確かに「まあるく」イメージした〈屁〉が辿る形態変化は、いかにもそれらしい感じがする。少しイメージを補強してみよう。

 上品=これは歯切れよく締まりよく「ブッ」でなければならんだろうね。音に勢いが求められ、その一発には気合いがいる。緊張がある。ブーッではいけないのだ。形が崩れてしまう。
 中品=「ブウ(またはブーッ)」は緊張に欠けて、形に不安定さが忍び込む。どこか間延びして切れ≠ェない。形はふくれすぎたシャボン玉が揺れるように定まらず、いびつになってしまう。
 下品=地べたを這うように「スーと透かす」のだから細長く平たくなる。音もなく忍び寄っていく感じか。

 さて、このような解釈を持って小咄やら川柳をながめてみた。これも『屁』からの引用。
 或る時曽呂利新左衛門、秀吉の前でブイと一發した。秀吉は持つていた笏(しゃく)で新左の頭を一ツコツンと打つと叉一ツブイ。
 秀『新左、即吟に申せ』
     おならして国二ヶ国を得たりけり
         頭はりまに尻はびつちう
 秀『能くぞ申した。餘人(よじん)には出來ない事である。然らば其方に備中、播磨二ヶ国の中で二千石取らせるぞ』

 ここでは〈屁〉の音はブイとなっているが、このブイは少々曖昧な表現だね。全体から解釈すると、最初の一発はブウ(中品)ではないかと思われ、二発目はブッ(上品)であろうか。ヒントが即吟した歌にあるのだ。曽呂利新左衛門が曰く「頭はりまに尻はびつちう」だってさ。

 頭はりま=頭は固くまるい。「はりま」の語感は張り詰めた感じ→ブツ(上品)
 尻はびつちう=尻は柔らかでいびつ。「びつちう」の語感は潰れた感じ→ブウ(中品)

 だから、この咄はこうあるべきだった。「或る時曽呂利新左衛門、秀吉の前でブウと一發した。秀吉は持つていた笏で新左の頭を一ツコツンと打つと叉一ツブツ」とね。それにしても、見事な即吟ではないか。自分の〈屁〉の性格をふまえて的確に詠み込んでいるんだよ〜。確かに「餘人には出來ない」だろう。

 表現された〈屁〉の音が上中下のどのランクなのかは、ハッキリわかる場合とよくわからない場合がある。川柳をのぞいてみると、これなんかはよくわかるねえ。

 居寐むつて下女細長く屁をすかし→スー
 居酒屋の亭主ぶうぶう屁ともせず→ブウ

 しかし、ブッ(上品)だかブウ(中品)だか、わかりにくい川柳も多い。
 
 したたかにならして師家の門を出る→ブーッかな?
 燕のあたまへひびく二階の屁→ブウかな?
 さとつてはブウと放る屁も佛なり→ブッかな?

 まあ、こんなわけで〈屁〉の三つのランクが音で決まる。このうち、ブッ(まるく上品)というのはなかなかないようだ。おおむね我々の〈屁〉はブウまたはブーッ(いびつで中品)やスー(細長く平たく下品)なんだよねェ。

 屁玉という言葉があるように、そもそも日本人は〈屁〉を「まあるく」イメージしたのだったが、それを音でランク分けしたところが源内さんの観察眼であり、科学者魂というところかな。


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2009年01月12日

アンビバレントな〈屁〉は滑稽に論じられる

 世間では一般に〈屁〉はマナーに反するとされ、人前での放屁は禁止されている。禁止されているとはいえ、全くしないですます人生にはできないのが〈屁〉なのだ。しかしまあ、他人を意識しなければ〈屁〉はとても気持ちがいいんんだよねえ。ここのところが何とも曰く言い難いところなのだが、結局〈屁〉はだれでも余儀なくするものであるから、我々はその抑止し難い存在のあり方に対してアンビバレントな思いに揺れ動くのであ〜る。

 糞尿の制御に比べて〈屁〉は制御しやすいようにも見えるが、よくよく観察すれば制御が難しく、その危機感は独特といえる。糞尿にはトイレという処理場所が用意されているので(決定的な)大事に至ることは少ない。ところが〈屁〉はそういう場所を用意する必要が認められていない(要するに、どこでしてもいい)ので、致命的なタイミングでの遭遇がままあるのである。

 大人は上手にトイレを利用して糞尿を粗相しないよう生理の振る舞いをほぼ達成していて、それは成長や健康の証となる。しかし、あらかじめ〈屁〉を粗相しないようにすることは意外に難しく、油断すれば虚しい努力となるのだ。ある程度は予測可能な〈屁〉であるにしても、原因や出てくるタイミングはアトランダムで意表を突いてくるのが常だ。(してはいけない、すべきでないときに〈屁〉はしたい〜)

 確かに〈屁〉をしたからといって糞尿の粗相ような被害が出るわけではないから、些細なことと見なせる(見なしたい)が、人の面前でうっかり粗相した〈屁〉は精神的なダメージが大きく、相手の嫌悪も尋常でなかったりすることもあるのだ。(しかし、時には笑いの大団円にもなるので、問題化の振幅は時と場合により極端に揺れ動くわけだが…)

 まあ、こんなわけで〈屁〉という現象は一つ一つ見ていくと、否定と肯定をはらむ微妙な我々の心性がからまり構造化され反映している観念的な現象なのであ〜る。

 さて、こういう〈屁〉を論じること自体が否定と肯定を行き来する〈屁〉的なあがきかもしれない。この音成もそうだが、もともと〈屁〉を論じる御仁には〈屁〉の否定派はまずいないね。愛さないまでも〈屁〉を「美」とする関心において論じている。明治時代の滑稽文には〈屁〉をテーマにしたものが結構あるが、当時は〈屁〉がそこそこ面白がられたようだ。時代相としては、常識的な表層では〈屁〉を隠蔽する否定が強かったと思うが、表現や鑑賞においては近代精神の意匠をとって肯定面が強く表出することになってくる。それが冗談(否定すべきものをあえて肯定してみる)であったとしてもね。

 次は明治の滑稽論説『滑稽記事論説文』(痩々亭骨皮道人=西森武城著、1890年)の一節。いつものように音成のテキトー訳で引用する。テキトーなので悪しからず。
ある人の狂歌でこう言っている。屁をすればお腹が空いて気が晴れて尻のホコリもとれてさっぱり。これはなかなかうがった言葉である。思うに屁というものは食物が消化した糞尿の子分であるが、生命体の最高に微妙で素晴らしい現象である。その現象は目に見える形が無く耳に聞く音がある。尻から出て鼻に至る強烈なニオイは一時の不快を催させるが、実に一つの霊妙なる現象であり決して嫌悪して排斥すべきものではない。しかるに世の頑迷にして愚な者たちはこれを不敬とし汚らしいと断じて、決してその徳を言うことなく逆にその欠点を挙げる。一座して談笑しているときに誰かが屁をしたのを目撃しようものなら下品な奴だと決めつけ無礼だと指弾する。嘲りからかいフザけたり貶めたりの罵詈雑言は普通じゃない。その言いぐさの間違いたるや歴然である。人が屁をするのは龍が火を吐いているようなものなのだ。龍は猛火を吐くが人は臭火を吐くのだし、龍はそれを口でするが人は尻でする。そこにはただ大小の差があるのみ。ならば我々は放屁を尊ぶべきことをどうして疑えようか。疑ってはいけない。俗に出物腫れ物所嫌わずと言うではないか。そういう地点に立てば屁を父兄の面前で放つのも主人の鼻の頭に放つのも可である。また裁判所の建物とかそこだけ何ゆえに遠慮会釈が必要なのか。嗚呼、屁は放つべきである。放つのを恥じカカトを尻に当てて我慢するのはもちろん大馬鹿者だけである。不幸にしてひとたび誤って透かし屁をしてしまったならば、たちまち聴者ではない嗅者の嘲り笑いをこうむり赤面して立ち往生してしまうが、むしろ公然と大音響で放って嗅者の喝采をとるのとどちらがよいか。私はこれをある医者に聞いたのだが、その意見は概ね先の狂歌と同じだった。曰く「人生の健康の大秘訣は放屁にあり。つまり消化の功である。これより右に出るものなし」と。まさにそうだろう。もとより私は放屁の癖があるが、最近大きな屁をして思うところがありこれを書いて臭味を世間に分かつのであ〜る。

 深みがあるような、ないような(ちょっと物足りない)主張なのだが、ここでは〈屁〉の論説を試みて最後はその臭味に笑い出しているようなのが可笑しい。そういう臭味こそ掘り下げてほしかったが、最初(狂歌)と最後(医者)で〈屁〉を健康で意義(根拠)づけたところは、近世と近代を意匠を付け替えて結びつけるオチだなあ。
ラベル: 論説 滑稽文
posted by 楢須音成 at 05:49| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月17日

歌を〈屁〉の臭味で論じてみる

 我々は〈屁〉という行為が思うにまかせない(制御しがたい)ものであると自覚しているわけだが、さらに〈屁〉の臭さ(臭味)もまたいかんともしがたいと感じる。この臭味というものは、いつも〈屁〉を語るときに影のようについて回るんだよね。

 世の中には下品な事物を語ることを決してしない人がいて、不思議なくらいそういうことを深く深く隠蔽している。いや、誤解しないでほしいが、この音成も普通に人前では〈屁〉の話などは隠蔽しているさ。だがしかし、嫁なんぞの徹底ぶりはときに腹立たしい限りで、〈屁〉と聞いて「あら何のことですかしら」と実に怪訝な顔をしておる。おいおい、お前だってしてるだろ〜。

 同じ下品(かな?)の話でも〈性〉の話題も同様の嫌いがあるが、これはまあ、別格扱い(というか、対照的な扱い)であり、人生における〈性〉の賛歌とか深淵について語る人は絶対的に多い。そういう執着といっしょに〈性〉のカウンセラー的な振る舞いをする人も目立つところであり、この人生の必須科目の語り口は人さまざまにあるようだ。引き換え〈屁〉というやつはねェ。もちろん、同じくらい〈屁〉だって健康(人生)に必須なのにさ、言及しても、なぜかいつも日陰でする話題なのであ〜る。(平気で口にする人はいるにはいる。こういう〈性〉と〈屁〉の違いについての一考察は前にやってみたけどさ)

 それで、何でそうなるのかの理由が、一つは〈屁〉の臭味にあると思われるんだよね。屁が臭ければ、観念化した〈屁〉もまた臭し、となるわけで忌避されるのである。ダベっている〈屁〉談義にニオイはないのに、そこはかと臭味が漂う事態が起こる。(嗅覚が観念現象である側面を示しているね)

 そういう〈屁〉の臭味を批評の道具にすることは可能だ。これは結構な技法である。江戸の狂歌師だった大田南畝が狂歌を称揚した狂文を音成のテキトー訳で引用してみよう。
口から出るのは詩歌といい尻から出るのはおならというが、ただおならだけがくさいのではなく詩歌にもまたひどくくさいものがある。唐の時代を四つの時期に分け初唐・盛唐・中唐・晩唐とハシゴ屁のように歌をひりちらし、盛唐くさいとか偽唐くさいとかブウブウ評判して、今では放翁流や誠斎流のスカシ屁をこく世になってしまった。やまと歌は馬鹿律儀(りちぎ)であり、奈良の万葉(御奈良=おならの葉)のほかにも草庵和歌集や新題林和歌集をにぎり屁よろしくにぎり込んで、おもしろく候、おかしく候、などと言いなして、屁の玉のようなごほうび(御放屁)をいただくのも笑止。ここにいたれば狂歌こそがおかしみの粋であるというべきだ。師からの伝授も秘説もなく、和歌から出て和歌よりおかしい。狂歌は藍より出てきた青びょうたんの新参者ながらツルは四方にはびこり、育ち善く千成びょうたんの丸ののの字を描かんばかりに繁茂して、二百五十の同好の庵(いおり)がやきもちを焼くことになった。いらぬ老人の憎まれ口、ここらで筆を止めれば木の香り、自画自讃くさいのは、くさいものの身のほど知らずとでも言ってくださって一向にかまいません〜。
(大田南畝「書畫帖序」1809年頃)

 真面目くさった和歌に対する江戸の狂歌の優位(流行)を目配りよく我田引水に主張しているのだが、実におかしいね。ここでは〈屁〉の臭味が伝統(権威)的な和歌の停滞に類比されている。もっとも、南畝は為にする「自讃」の自分の臭味も意識していているわけさ。

 どれだけ物議を醸しても、臭味はなかなか言葉では表しにくい現象だから、単に漂うだけでは表現しにくいものだ。ここでは〈屁〉というスタイルをまとっているのがポイントなのである。つまり〈屁〉には行為が用意されるから、形になり表現が多様になる。しかも〈屁〉は人間様の逃れられない習癖であり、誰でもする嫌味な行為なのである。

 あなたもすれば自分もする〈屁〉を使って歌の批評をする構図に、自分の臭味をも忍ばせた(自覚している)ところが南畝の素晴らしさである。言いたいことは十分言い切っている。南畝という人は〈屁〉がよくわかった人だったと思うね。

 かくして〈屁〉は臭味と行為性において発現する観念をはらむ現象であ〜る。
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2009年01月24日

計量する〈屁〉の思考実験を論じる

 物体の重量(重さ)は存在のあり方を示す指標の一つである。しかし、我々の〈屁〉の場合には、重さはほとんど顧慮されることはない。そこに漂う〈屁〉の存在を示すのはニオイや音だね。まあ、普段は〈屁〉の重さを気にするような人はいないだろうけど。

 重さは(共同の視覚性に依拠する)客観基準が定義され、単に個人の主観によっては左右されることがないものだ。ニオイや音は(本来的に視覚性を欠如している)嗅覚や聴覚に依拠し、客観基準を設定しにくい(主観性の強い)指標であり、物体としての〈屁〉の主観性を根拠付けるものとなっている。なお、ここで視覚性と言っているのは「定義」という言語化(視覚化)を含み持つ共同認識の全体性である。そういう視覚性によって基準は裏付けられるのだ。

 もちろん〈屁〉も物体であるから重さはあるし、混合気体として成分や成分比などの化学分析により客観的な定義が行われている。しかし、我々の〈屁〉は目に見えない存在物であることも相まって、普段はニオイや音に過度に依存する現象として存在する。ニオイや音は客観の基準(相互の同意)を導くのではなく、激しく自他の〈屁〉に対する不同意(忌避や隠蔽)の観念運動を惹起してくるのである。つまり簡単に言えば、我々は自他の〈屁〉を決して決して許せないのであ〜る。

 重さは、許すも許さないもない、客観的な基準の一つだね。その客観性に文句は付けられない原則だ。しかし、明治の文明開化で〈屁〉の化学分析が教化されたときに〈屁〉の重さの定義はなかったようだし、いまだに重さの指摘(意義)は聞いたことがないのだけどね。これは〈屁〉の近代化においては重さが軽んじられていたことを意味する。というか、そんなことは、どうでもよかったわけだよねェ。

 まあしかし、それでも〈屁〉の重さに着目した人はいるのだ。そのキッカケが可笑しい。次は明治の滑稽演説であるが、音成の適宜改行分けしたテキトー訳で引用しよう。
放屁(へ)の重さを量(はか)るの方法

諸君よ、諸君はいま余がこのような奇々怪々のテーマを持ち出しましたので定めし呆れ果て、言葉もないことでござりましょうが、余は決していつわりを申さず、必ずや能うる力を尽くして屁の重さを量る方法を述べようと思いまする。

さてさて、英国の理学の大家にウォルター・ローリー卿という人がござりましたが、この人はかつて煙の重さを量ったことがありました。余はこのローリー卿が煙の重さを量った方法に基づいて、ちょっとばかり思いついたことがあり、それによって完璧に屁の重さを量る方法を述べんと決心しましたのでござる。

ある日、ローリー卿が時の女王エリザベスにまみえて「臣は煙の重さを量る方法を知ってござるが、これを験(ため)しまして、間違いないと得心なさいましたならば、御褒美を賜りたい」と言いますと、女王は「よかろう」と応じます。かくしてローリー卿は、まず煙草の重さを量っておき、吸い終わった煙草盆に残った灰を量って、これを煙草の重さから減じたその差をもって煙の重さとし、詳しく計算の方法を述べましたので、女王は深く賞嘆して多少の褒美を賜わったとか聞き及びました。

いまもし、煙草の煙より数百いや千倍はむつかしい屁の重さを量る方法について、余の述べますところが十分に理(ロジック)に適っており、必ずや間違いない屁の重さを知ることができると信じられましたならば、諸君はそれ、もしかしたら多少の御褒美を余に賜わりますや否や。かなりの新奇中の新奇の発明でござれば、諸君、軽々に聞き逃すことなく十分注意して聞き取っていただきたい。かつまた、これを聞いてなるほどと感ぜられたるならば、多少のいただきものがあって当然ではないかと思う次第であります。

――聴衆「わかった、わかった、必ず屁を量る方法を示すなら何なりと望みのものを与えるぞ」

しからば、その方法を述べることにしますが、こうです。まず、いまここで屁の重さを量らんと欲する人の全身がどれだけの重さか量っておきます。このあと一発の屁を放たしめ再びその身体を量り、その差があれば、すなわちその差が屁の重さであります。もし差がなければ屁には重さというものがないと知っていただきたい。しかるに、余の考えまするところをもってすれば屁とても、これまた一個の物に相違なく、少しもその重さがない道理はないのであり、必ず幾分かの重さがあることは疑うべくもないところでござる。

ゆえに、諸君のなかにもし疑う人がござりましたならば、試みにサツマイモの二三個も求めてきて、いっぺんにこれを食して快く一発の屁を放ち、その前後の身体を量ってみられよ。必ず幾分の差を生じているはずであります。しからば、その差こそこれ、屁の重さと知られよ。

諸君、果たして多少の感動を引き起こしましたるや否や。もしそれ、多少の感動を引き起こしましたるならば、お約束の御褒美はいががでしょうか、これを余に賜うる気はなきや否や。

――聴衆みなアゴを外し、ヘソの宿を替え、ほとんどひっくり返ってヒャッヒャッと絶笑し、大きくヒャッヒャッと絶え絶えに笑い苦しみつつも拍手喝采した。
(顋尾外著、臍野宿替編『滑稽自慢演説』1889年)

 この演説は、女王エリザベス一世の寵臣だったウォルター・ローリー卿(1552-1618)の有名なエピソードからヒントを得て、〈屁〉の重さを量る方法を思いついている。同じように煙の重さを量る方法は『スモーク(Smoke)』(米日独の合作、1995年)というアメリカ映画(屁は関係ないが、いい映画だ)の冒頭のシーンにも登場しているが、煙草の煙から〈屁〉に発想転換したところが滑稽自慢演説のキモである。

 よくよく考えれば、空気中の酸素と結合する燃焼を介して出てくる煙が、この方法で正しく量れるかは疑問だよねェ。しかし、腸という密閉された空間に発生した〈屁〉の出し入れとなれば、この方法は論理的ではないだろうか。重さの差し引きで、放出した〈屁〉の重さは量れるんじゃないか。たとえ腸でガスが停滞したり吸収されたとしても、それが外に出てこない限り〈屁〉とは言わないわけだしね。つまりまあ、脱糞前と脱糞後の体重差で糞の重さは量ることができる道理と同じだよ。

  →大気中で燃焼→(煙草の重さ−吸殻の重さ=煙の重さ)は成立せず
〈屁〉→腸内での発生→(放屁前の体重−放屁後の体重=屁の重さ)は成立
  →腸内での製造→(脱糞前の体重−脱糞後の体重=糞の重さ)は成立

 しかし、煙にしても〈屁〉にしても、重さはごくごくわずかだから、いつも使っているキッチンのハカリやバスルームの体重計での計量は困難であり、すぐには確認不能だよね。嘘か真か、非科学な凡人には、脳内に方法を組み立てて思考実験した判定の自信のなさが、微妙な×○?の余韻を残してしまう。それにしても、そもそも煙草の煙や〈屁〉の重さなど誰も気にしていないんだな。重さを気にする以前に、その場を遁走したくなるニオイとか、もっと気になる属性があるんだからねェ。

 さて、論じる〈屁〉のキーワード(視点)には「健康」(生理の効用)「臭味」(属性の類比)があったし、さらにまたこのような「重さの計量」(存在の分析)も牽強付会されるわけだが、リアルな生理(健康)や存在分析(計量)への明治人の滑稽風味の顧慮は、近代精神の意匠を示すものと意義付けることができるのさ。
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2009年01月31日

仏教哲学に比肩する〈屁〉を論じる

 近代精神において〈屁〉もまた、まがうかたなく実証的な自然科学の対象となった。それまで、もっぱら感覚的な擬人観的把握の観察対象だったのに、明治になると実証科学の対象となるモノとして〈屁〉が追究されたのである。分析によって姿を現した〈屁〉は実に淡々としている。
次に化學上の屁の集成はといへば、次の如きものである
酸素 水素 窒素、炭酸瓦斯 硫化水素 メチールメルカプターン
そして初めに云つた屁の異樣なる臭氣は、硫化水素とメチールメルカプターンが其主たる成分である、俗によくいふやうなアンモニヤなどの臭氣ではない。或る人は、インドール、スカトールなども、亦屁の臭氣の一部成分として居ると論じて居る
(宮武外骨『滑稽新聞』1908年)

 しかし、もちろん「異樣なる臭氣」に鼻をつまんだままといえる擬人観的な把握が廃れたわけではなく、それが現代にも幅を利かせてしまうのも〈屁〉の特性なんだよねェ。擬人観とは、事物を人間の行為や感覚の投影(言語化)でとらえようとする意識運動だね。極端には人間以外のモノに人間の姿や性質を見出して確信するに至る擬人化になるわけだ。そもそも〈屁〉は身体から出てくるのだし、擬人観的な認識にはなじみやすいモノである。そりゃまあ、我々の〈屁〉という存在物は、化学分析した結果に「ほう、なるほどねえ」と、すまし顔で納得して終わってしまうものではないんだからさ。

 例えば、禅僧だった一休宗純(1394-1481)の次のような〈屁〉のエピソードが奇妙な余韻を残す世界は、自然科学の〈屁〉の認識とは無縁だ。ここで〈屁〉が定義(確定)される有り様を音成のテキトー訳で引用しよう。適宜改行を入れている。
金剛の正体一発の放屁の如し

ある一日、ある人が一休和尚の庵室を訪ねて来られ、仏の三つの徳を悟りたいと申されました。一休和尚これを聞いておっしゃいますには「とてもたやすいことです。それをお望みとあらば、まずは金剛(固いモノ、堅固なモノ、すぐれたモノ…など仏教における最勝・最強の存在とされる)の正体を考え出すことが肝要なことです」と。

その人は「ははあ、左様でござるか、金剛の正体ならば、あえて考えるまでもないことでござる。金剛の正体とは、取りも直さず我らの身体のことです。なにゆえとならば、我らの身体はとても太く逞しく健壮なら、これがすなわち金剛の正体ではござらぬか」と出放題にも口からでまかせ申されます。

一休和尚はこれを聞き、とても可笑しく思われて、ニッコリ笑いながらおっしゃいますには「いやいや、左様のものではござらぬ。そもそも金剛の正体と申しますのは音あって目にも見えず、手にも取られず、火にも焼けず、切っても切れず、水にも濡れず、また色にも染まず、ほとほと何ともわからぬものではありますが、さてしからば全く無いかといえばそうでもなく、そのとき触れてみればあるものです。これをこれ、金剛の正体とはいうのです。合点がいきましたかな」とある。

その人「さても難しいものですなあ。こう難しくては金剛の正体はなかなか我らには考えつかぬことです」と一休に別れを告げて門を出られたが、にわかに思いついた面持ちでハタと手を打ち、門のところから取って返し、一休和尚に向かって申されるには「和尚様よ、ただいま示された金剛の正体ようやくわかりましてござる。門前にてとくと合点しました。金剛の正体というのは、ほかでもない、それは屁でござると考えました。なぜというに、元来、屁というものは音はありながらも目にも見えず、手にも取られず、火にも焼けず、水にも溺れず、刀にも切れず、また色にも染まず、どうだと決めかねる訳のわからぬものですが、さて全くないものであるかといえば、腹の加減でプープーといくつでも出るものでござる。何と和尚様、これが金剛の正体ではございませんか」とひどく自慢顔で申されます。

一休和尚もたいへん可笑しく思われておっしゃいますには「されば、それそれ、それが金剛の正体ですぞ。その金剛の正体忘れまいぞよ」と申されて、またもや大いに笑われたそうでござる。なるほど、いかにも面白い悟りでございます。
(瓢々亭玉山講演,秋元浅次郎速記『一休禅師――頓智奇談』1896年、弘文館刊)

 ここにある〈屁〉は金剛という最勝・最強の存在概念とイコールになっている。というか、一休和尚が説明した金剛とは「音あって目にも見えず、手にも取られず、火にも焼けず、切っても切れず、水にも濡れず、また色にも染まず、ほとほと何ともわからぬものではありますが、さてしからば全く無いかといえばそうでもなく、そのとき触れてみればあるもの」であったが、まさにモノは言いよう、これでは確かにまるで〈屁〉なのである。で、音成の解釈はこうなる。

(1)客は「金剛とは実は人間の身体である」という禅問答にさもありそうな解答を提示した。
(2)一休は身体に宿る無意味な〈屁〉を念頭に置きその通俗な解答を認めず否定してやった。
(3)客は否定されいったんは投げ出しかけたものの一休の言葉から金剛を〈屁〉と直感した。
(4)一休は大いに笑って「正体忘れまいぞよ」と解答を思いついた客の一途な姿勢をほめた。

 一休和尚が最初から〈屁〉を意識していたかどうかはわからないにしても、漂ってくる笑いの余韻は意外に真面目だ。そして、いかにもとぼけた凡人くさい客人の、通俗の真面目が実感の真面目へと一皮剥けるところが眼目と思える。自在な一休和尚の振る舞いも素晴らしい。ともあれ、ここでは〈屁〉は金剛になってしまっているわけだ。

 一休和尚や客が認識する金剛は(つまり〈屁〉は)まさに擬人観的であるね。そこでは「目にも見えず、手にも取られず、火にも焼けず、水にも溺れず、刀にも切れず、また色にも染まず」というのだから、一体全体こいつは何様であるか。ここだけ聞けば難解な「なぞなぞ」になってしまうよねー。かくして我々は、一休和尚のエピソードを笑いに包み込むのであるが、そこにあるのは身体的に類比してとらえる〈屁〉の認識の切り口があるのだ。

 しかも、その〈屁〉の切り口そのものが、仏教の金剛に比肩する一個の哲学を開示し主張している。見事に論じておる。これこれ、笑ってはいかん〜。

 擬人観的に認識した〈屁〉と化学分析した〈屁〉は同一のモノである。一休和尚の時代とは違って、科学時代の我々は対極的な二つの認識をそのまま受け入れ、それを〈屁〉的現象としてとらえているのであ〜る。
posted by 楢須音成 at 06:21| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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