2007年11月05日

〈屁〉に化身した男の一生がある〜

 どうあがいても、人は一生〈屁〉から逃れることはできない。まあ、これは自明のことであるが、そんなことは人は黙して語らないし、内に秘めた〈屁〉とは無縁を装うものだ。しかし、あまりに過剰な〈屁〉というものが人を追いつめるときには、人はなりふり構わず悲鳴を上げて七転八倒する。そういう人生もあり(かな?)。

 かつて世界的に大ヒットした「夢見るシャンソン人形」を作曲したフランスのセルジュ・ゲンスブールが書いた短編小説「エフゲニー・ソコロフ」(1980年)は、過剰な〈屁〉を抱え込んだ希代の放屁漢を描いた奇怪な味わいのある作品である。所収の邦訳本『ゲンスブール×2ノワール』(田村源二/永瀧達治訳、ペヨトル工房刊、1998年)の帯には「屁(おなら)絵をかいて超売れっ子に。ソコロフ氏のスキャンダラスな生涯!」とある。

 主人公のソコロフは生まれたときから屁っぴり男だったのである。
 肛門は赤ん坊のときからさえずりはじめ、小鼠の悲鳴のような音とともにたえず空気を吐き出すので、尻にまぶされたタルカム・パウダーは、その尻穴のすきま風によって煙と化し、牛も仰天する巨大おっぱい乳母の目に吹きかかったが、巨乳女は面喰らうだけで、微笑みを浮かべ、すこしも不安にならなかった。
 しかし、そのあとは、まるでファッションショーのように出ては引っこむ子守女たちの行列で、通りすがりに、ある者はロシア文字を、ある者はガーター編みやメリヤス編みを、またある者は足踏みオルガンを教えてはくれたが、誰ひとりとして私の尻オルガンから解き放たれる悪臭に三月ともたなかった。

 最初からこれだから、ソコロフは成長するにつれ、いよいよ〈屁〉に束縛される。当然のことながら、世間では〈屁〉は忌み嫌われるタブーであり、人生を捧げるようにして苦心して隠蔽しなければならないのであった。
 遊びも、お手玉、ビー玉、独楽といって、ガス抜きに最適なしゃがむ姿勢をとるものにはいっさい手を出さず、隠れん坊も屁のせいですぐに見つけられてしまうし、石けりも跳ぶたびにニッカーボッカー、ガスでふくらみ、結局、私はそっと立ち去って、独りシベリア横断鉄道ごっこをはじめ、知恵遅れの子供のようにちょこちょこ小股で走りながら、飼い馴らした空想の機関車に振動する陸橋を越えさせ、果てなきトンネルをくぐらせ、シュッポシュッポと屁を鳴らしつつ、みんなの目と耳と鼻をあざむくのだが、いつしかこの誤魔化しにうっとりしてしまい、パンツに芥子泥をたっぷり塗りたくってしまうこともよくあった。

 やがてソコロフは自分の〈屁〉に悪戦苦闘しながらも、絵への好みをあらわにしはじめる。ソコロフが描く絵は「立方体の風船、市松模様の兎、青い豚といった幻覚へとつながりかねないイメージ」の「自由なスケッチやナイーブな新鮮さに満ちた水彩画」で、教師たちの攻撃の的になって描くのを禁じられたほどであった。ソコロフは〈屁〉とともに絵の才能が開花するのである。
 ガス・コントロール技はなかなか磨かれなかったものの、絵画の腕は早々に大進歩をとげ、私は勉学に励みはしたが、夢中になるあまり、つい歯を食いしばって、ついでに尻の割れ目にも力が入り、うなじに戦慄が走るや、意を決してアトリエから飛び出し、冷えびえとする廊下で雷のように轟く不運なガスを残らず連射するということもあった。

 コントロールできない〈屁〉は絵を描く環境を妨げるように振る舞うのであるが、人生において〈屁〉が有効に振る舞える場所がないことはない。兵役がありソコロフは軍隊に入る。この時代のソコロフは〈屁〉の災厄もあったけれど、大いに〈屁〉の自由や自慢もあったのだ。軍隊で彼は〈屁〉を武器にすることができた。
 私は屁っぴりチャンピオンとして全階級を制覇し、勝ちとった異名は数知れず、そのなかのいくつかを披露すれば、死体防腐処置人、臼砲、砲手、花火師、砲兵、喧嘩兵、迫撃砲、ガス爆弾、バズーカ砲、ベルタ長距離砲、ロケット砲、突風、吹き職人、麻酔医、吹管、洩れ口、匂い源、雄山羊、スカンク、坑内爆発性ガス、ガス発生炉、風力ポンプ、毒売り、専制君主、西風神、風野郎、ミスター・プー、プー小僧、シチュー鍋、ガスパイプ、キャンピング・ガス、綿火薬、尻風、ガス油、おなら玉、もちろん忘れたものもある。

 ソコロフの〈屁〉はさまざまな振る舞いで躍動しているね。学校時代がひたすら〈屁〉の隠蔽ならば、軍隊時代の〈屁〉は自由と自慢(効用や権威)としての地位があるのさ。(軍隊的なものにおける〈屁〉の位置づけや振る舞いは考察に値するかも)
 そうは言っても、兵役はやがて終わる。ソコロフはシャバに戻って再び絵を描きはじめる。そこでは〈屁〉は隠蔽し(非存在へと)ごまかさなければならないのである。

 ソコロフの〈屁〉との闘いは、自分の〈屁〉の力を、屁で推進する新バットマン「ジェット超人クレピトゥス・ヴァントリス」という劇画を描いて封じ込め、世間にヒットさせることによって折り合いをつけ、絵画制作にいそしむことができる経済的に豊かな日常の囲い込みに成功するのであるが、さらに自らの〈屁〉の才能に衝撃的に出会うことになる。
 まもなく私はすっかり(絵の)腕をあげ、屋根から落ちる労働者を空中にあるうちに描くという、ドラクロアご推薦の妙技さえやってのけられると思えるようになり、ある日、酔いもいささか手伝って、自分の腕前を証明したくなって、縫い針をペンの一筆描きで描ききってみようと、針にじっと目を凝らしたその瞬間、針の穴を見つめすぎたためか尻の穴が開き、あわてて閉じたときにはもう遅く、激烈きわまる大ガス爆発が起こって、屋根ガラスが割れ、ペンを持つ手も電気舞踏病の子供のようにぶるると震え、私は足もとに広がるガラスの破片を呆然とながめたが、やがて目を上げ、自分の絵を見てうっとりした。そこには繊細に震える美があった。腕がまるで地震計の針のように震えたのだ。
 よく観察してみると、その衝撃的な美は、エフェドリン、オルセドリン、マキシトン、コリダリンといった興奮剤によって掻き立てられる危険な感覚から生まれたようにも見え、激しくリズミカルに震えるその線は、鋭い角度で暴れまわる発作時の脳波と完全に一致するようにも思えた。
 そこで、すぐにもういちどということになり、墨をつけたペンを垂直に立てた紙の前にかざし、次のガス爆発を待った。尻は期待を裏切らず、見事な屁をひり、画用紙の上に二十五センチにわたるジグザグの線が描かれ、終わりのほうはずたずたになるという素晴らしさだった。

 こうして〈屁〉が「己の創造性の最深部に存在するもっとも純粋で生々とした絶望的なほど皮肉なものを表現し、超える手段になる」と考える。〈屁〉によって描かれた線によって「ついに軛から永遠に解き放たれた」と思う。ついには「ソコロフ」という様式を完成させるのである。それは「ハイパーアブストラクション、厳粛なまでに容赦のないスタイル、形式のミスティシズム、数学的確信、哲学的緊張、希有の均斉、仮説演繹的リリシズム、その他、訳のわからぬこけおどし、糞のような言葉の数々」で評せられて名声を獲得する。彼は〈屁〉と共闘して歩き始めたのだ。要するに〈屁〉で絵を描くわけだね。

 そのうち彼の肛門からは出血が始まった。そのうえ、腸の好不調にも翻弄されるようになる。すでに〈屁〉は必要不可欠なパートナーであり、それなしには彼の芸術活動はありえない。ソコロフは〈屁〉の力を引き出す(屁癖を悪化させる)ために〈屁〉の研究に没頭しながら、絵を描き続けるのである。制作現場は凄惨な状況を呈する。
 やがて肛門がひとたび麝香の香りをまき散らせながら雷鳴を轟かせると、尻烈風が休みなく吹きはじめ、激昂の果ての激しい放出音も半音階にしたがってさまざまに変化し、腸内ガスは外気圧とのバランスをたもとうと真っ昼間から大爆発を繰り返すという凄まじさ、私はテープレコーダーの音量をいっぱいにあげ、ベルクやシェーンベルクの音楽によるカムフラージュをこころみつつ、振顫麻痺にかかったかのように紙の上で震える己が手を見つめた。が、同時にアトリエの空気が奇怪な香りにすこしずつ犯され、ついには汚臭、腐敗臭、激臭、幻覚を起こさせるほどの毒気、鼻ももげる悪臭、満ちみちて、私はかつてキュビストだったころ静物に用いていたごくふつうのANPタイプのガス・マスクを地下室のどこかにしまっておいたことを思い出した。それ以来、ビュランもペンも筆も、マスクの窓からしか見られず、悪臭から守られはしたが、世界との接触も断たれ、私はまるで生ける腐肉のような気分になった。

 ブンブンわいてくる糞蝿みたいに支持者が生まれ、名声が高まる一方では否定する者もあらわれる。
 このハイパーアブストラクション運動のもたらしたものに疑問を呈し、その存在意義さえ疑う美術史家もいて、私の全作品を否定し、現在の抽象絵画が退行と言わないまでも悲劇的な停滞沈滞に苦しんでいる現在ソコロフとソコロフの単調な妄想がその責を部分的に負わざるをえないと言わざるをえない、とかなんとか主張したが、そんな屁理屈はただ退屈なだけでなく、解読するのさえ厄介だったので、私はいたって冷静、そんな屁のような評論を読むときは、もちろん復讐もこめて、とりわけ臭い屁をエネルギッシュに放出しつづけた。

 作品は売れ続け、売りまくられる。しかし、この揺るぎない〈屁〉との連携の陰で進行していたのは肉体の崩壊であった。
 このときすでに、一こきするたびに血が噴き出すという状態になっていて、象牙色の洗面器は鮮紅色の花であふれたが、私が関心があったのは束の間のデッサンがもたらす純粋に美的なもの、ただそれだけで、病理学の概説書を読んでそのうち併発症があらわれることははっきり承知していたはずなのに、そんな危険には見向きもしなかった。

 小説は、血の一花を咲かすこの辺までが第一部。悪臭まみれの画家はどのようにグロテスクな容姿体型なのかと思うが、実は痩身であり第一級のスタイルを失っておらず「バスオイル、アフターシェーブ・ローション、繊細な香りのオー・デ・コロン、それにコモロ・イランイラン香油、ミゴーレ・ビャクダン油などを、ロンドンのクラブトゥリー・アンド・イヴリン社やセヴィル・ローからとりよせ、愛用していた」驚くべきダンディぶりが明かされて、話は後半部へと突入していく。

 一言でいえば後半はハチャメチャ。美食、無作法、放屁はワガママ自在であり、すでにソコロフの魂は〈屁〉に乗っ取られているのであって、まさに〈屁〉と一心同体の振る舞いの境地というべきか。まあ、世間にはご同類もいるわけだが。
 (夜のレストランで)それは、ぱかぱか小走りしている馬が、その脚のリズムに合わせて尻尾のしたから連続してはなつ屁のようで、ガスは充分に醗酵し、その悪臭は排便の直前にでる糞まみれの香りだった。夕食をとりながらしきりに屁を送信していたのは、独りテーブルについて伊勢海老を砕いていた五十がらみの男、顔の骨ばる上品このうえない紳士だった。私が即座に敵意を燃やし、小手調べに自らの大砲をうち鳴らすと、敵は重機関銃の一斉射撃で応え、それにまた私が手榴弾で応酬と、一時は完全な戦闘状態に入ったが、そのうち弾幕も散発的なものとなり、二人の司令官は休戦に合意し、上の穴から出る言葉というものによって終戦交渉へと移った。

 そんなソコロフの創作現場に紛れ込んだ聾唖の少女アビゲイル。彼女との悲恋(さすがに少女の前では、ソコロフは恥ずかしくも汚らしい〈屁〉を退けた)を経て、その傷を乗り越え、いよいよ技法に磨きをかけていく。初めてマスコミにも登場するのだが、記者の質問に逆上して攻撃的な脱糞大放屁をやらかしてしまう。もっとも、このスキャンダルによってソコロフの作品は、ますます売れに売れ頂点に立つのである。ただ、不吉な出血は止まらず、巨大な内痔核と診断されるのだ。そして二度の手術中の腸内ガスの爆発。あまりの恥辱。
 もう充分だ、ソコロフ。自分のガスを吸い込みながら、私は私に言った。おまえは語るも恥ずかしい人生をもう充分に生きたじゃないか。さらに私は私に言った。おのが腸内の発酵と腐敗を予言者のごとく認識し、体系化して、ガソグラムという永遠の芸術にまで高めた、そのソコロフが、逆に尻穴に翻弄されるのでは生きているかいはない! なんぞ死を恐れよう!

 この自殺が失敗した後も創作活動は続いた。最後の技法であり、最後の作品である「蘭シリーズ」は「排便の後、薄葉紙を尻の穴に押し込むように押しつけ、あの襞を写しとるというもの」で、「その仕上がりは穴の内と外の括約筋のしまり具合、指の押しかげん、制作中の放屁のあるなし、出血の量などによって、さまざまに変化した」というもの。この技法(転写画)によってさらに、天井画に取り組むという大仕事になるのだが、これを見事に仕上げた後に「私の運命を模倣するかのように」飼い犬のマゼッパが息を引き取る。
 衰弱したソコロフの叫びは少女アビゲイルへ…。(少々余談だが、このアビゲイルとの悲恋の挿話は感動・哀感ものである)
 アビゲイル! 私は叫んだ。涙がにじみ、目がひりひり痛んだ。ああ、アビゲイル! ボッシュ、プラウド美術館の『悦楽の園』、あの傑作に登場する、尻の穴に鳥笛を突っ立てた男のように、私も尻の穴に超音波笛を突っ立て、最初の一吹きでおまえの聞こえぬ耳を突き破り、おまえを子犬のように呼び寄せることが、なぜ、なぜ、できないのか……
 三回目の手術のおり、直腸電気凝固処置のさなか、突如、腸内ガスが爆発し、S状結腸に大きな裂傷が生じて、ソコロフがついに死を迎えた二日後、あるインターンが、病院のベッドの下からこの手帳を発見した。

 一人称で語られていた小説が実はソコロフの手帳であったことが明かされ、死後のことが三人称で語られる転換が行われているのである。ここは自分の死を客観視するような、ちょっと奇妙な感覚の小説構造となっている。その後日談でもソコロフは最後まで〈屁〉を忘れなかった。その場面。
 二日後、埋葬のおり、墓堀人たちが柩に土をかけようとしたとき、画家の遺言にしたがってゲルハルト・シュトルツァーが葉巻に火をつけ、その瞬間、こもった爆発音が響き、柩のふたが吹き飛んだ。それは、エフゲニー・ソコロフが人間どもに送った、惜別の有毒ガス、死してなお吐いた最後の尻溜息だった。

 さて、この作品に描かれたソコロフは〈屁〉そのものだ。我々の身体に発生する〈屁〉はコントロール(制御)すべきものとしてあるわけだが、人間の側でコントロールするのか、はたまた〈屁〉の側でコントロールするのか。そのせめぎ合いにソコロフの〈屁〉はついに勝ったのだろうか。身体なしには存在できないのに、身体や精神を脅かす〈屁〉とは何なんだ? その恥辱の相関構造はめまいがしそうだね。ゲンスブールの世界はその身動きならぬ〈屁〉の暗黒の深部(関係)を描いて、ちょっと暗い。

 もちろん、ソコロフの〈屁〉にどんな寓意を見てもいいけれど、我々の〈屁〉は危険を呼び寄せる不気味さをいつも放っている分身(願望)には違いないねェ。

 一言=引用したすべての場面から湧き出てくるのは、ソコロフに取り憑いて自分を主張する、あまりに過剰な〈屁〉の叫びであ〜る。

※「エフゲニー・ソコロフ」は1992年に福武書店から同じ訳者(田村源二)によって「スカトロジー・ダンディズム」として翻訳されたものの改訳版。


posted by 楢須音成 at 00:33| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 作品探求 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月10日

期待し過ぎてしまう〈屁〉の本

 巷に〈屁〉の本はいろいろあるが、その書名に惹かれて買って「ありゃりゃ(どこが〈屁〉なのさ?)」という心外なものがある。羊頭狗肉とまでは言わないにしても、ただ〈屁〉だけしか見ていない身には裏切られた感じが残るのよねー。まあ、洒落っ気で〈屁〉が登場しているわけなんだけどさ。

 そもそも書名というのは妄想を掻き立ててくれるものであ〜る。

 『サボテンのおなら』(文・小林聡美/絵・平野恵理子、1994年、扶桑社刊)は女優の旅行記。サボテンブラザーズに会えると信じて飛び込んだ(なんでや!)、あこがれのメキシコ探訪である。冒頭の一節。犬のエピソードを語る細やかさにフンフンと納得する。
 路地に、店先に、公園に、いたるところに犬がいる。
 誰にも属さず、好き勝手にやっているのがなかなかカッコイイ。
 いろんな町にいろんな犬がいたけれど、土地柄か、カボ・サン・ルーカスの犬たちは、妙にひとなつこくてたまらん可愛さだった。
 町のスーパーマーケットで買い物をしてでてくると、どこからともなく二匹の犬がやってきて、私たちがぶらぶら散歩する間じゅう、ずっと後をついてきていた。食べ物目あてでもなさそうだし、遊んでほしくもなさそうだ。
 (中略)
 ホテルの裏の荒涼とした浜辺を散歩しているときも、これまたどこからともなく犬が一匹やってきた(ヤツらはいつも、どこからともなくやってくる!)。すると、反対側からもう一匹。そしてまた一匹。
 見ると、皆、個性的である。
 ちびっこい犬は、体に似合わず巨乳である。
 白くてでかいのは妙に貧乏ったらしい。
 そして最後の一匹は片目だった。
 私たちはその三匹と共に、しばらく砂浜に座り込んで海を眺めながら、なごみのひとときを過ごしたのだった。
 どこへ行っても、犬が人間と同じように、その辺で普通に暮らしている様が、とても印象的だった。
 メキシコの犬は幸せだ。

 さあ、次はおならだ。アレー、出てこないなー。と疑念だらけになって、とうとう「あとがき」に辿り着く。
 どう見ても、個人的旅の手帳、といった自己満足本である。
 (中略)
 サボテンのおならのように中味のない本ですが、メキシコの中味は、どうぞ、自分の足で、確かめてください。
 (中略)
 ありがとう。本、できました。

 エ〜、これだけ〜? ハ、ハ、ハ…。

 『おならのブルース』(早稲田大学漫画研究会、1975年、KKベストセラーズ刊)は、大学生活の妄想やナンセンスを集大成したバラエティ本である。「愛する女学生に捧げる」という副題がついている。

 手にしてパラパラめくった瞬間に〈屁〉だけがテーマではないことはわかる。「満員電車放屁(おなら)事件」という話が入っとるね。
 オナラをしてしまった。満員電車の中である。しまったァ、と思った時にはもうすでにおそかった。くもの子を散らすように、ぼくの回りからはひとがいなくなった。女子学生らしい子が二、三人、いやーねェ……という目つきで僕の方を見ていた。
 (中略)
 あちこちで笑い声が発生し、しまいには、車両中が大笑いのるつぼと化した。
 (中略)
 電車が駅につきドアが開いたのであわてて飛び降りた。駅の階段を降りていると、誰かが僕の背中をたたいた。振り返ると見知らぬ男がニヤニヤしてこっちを見ていた。
 「あ、あなたでしょ、クス。クス」
 (中略)
 「あっ、あの人よ。あの人よ」
 この言葉にギクっとして振り返ると、数名の女の子がうれしそうに笑って、僕の方を指さしていた。
 (中略)
 「あっ、オナラをしたお兄ちゃんだ」
 五、六歳の子供が母親につれられてデパートに入っていった。
 (中略)
 「もしもし」
 貧相な顔付きの四十歳前後の男が僕に声をかけた。
 「そうだ僕だ。僕が電車の中でオナラをしたんだ。どーせあんたも笑いにきたんだろ。さあ笑え、さあ笑え」
 僕は男の胸元をつかんで、ぐいぐいやった。
 「そうじゃないんだ。そうじゃないんだ」
 男はあえぎながらそういった。
 「じつは私も昔、電車の中で……」
 みなまでいうことはなかった。僕らはすぐ意気投合した。
 「そうか、あなたもか」
 (中略)
 いつのまにか涙が込上げてきた。
 「なっ、オナラくらいしてもええよなァ」
 「そうや、そんなんええんやぞ、ええんやぞ」
 「そうやなァ、そうやなァ」
 僕らはいつの間にか関西弁まる出しでオイオイ泣きながら夕暮れの街角にたっていた。

 ――チョン、チョン、である。これだけかい、だから何だと。どこがブルース?
 この本には、このほか下ネタが随時入っているが〈屁〉はこれだけなのだ。どう探しても〈屁〉は270頁のうちこの3頁だけなのであった。

 まあね、このように〈屁〉が書名になるのはいいことには違いない。〈屁〉を洒落てみる感性は悪くないと思うからね。でもさ、〈屁〉がまともに取り上げられてないと読後感は何だかさびしい〜。
posted by 楢須音成 at 15:30| 大阪 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月17日

河童の〈屁〉を雄大に語る

 河童と〈屁〉の深い関係については前に考えてみたことがあるが、『河童放屁史観ノート』(大隅魚彦著、1970年、私家版)はUMAである河童を歴史的、生物的、生態的、哲学的に考察した「研究書」である。存在の確証がないもの(河童)をあると前提して研究し論評したスタンスは独特である。もともと〈屁〉の本というわけではないのだが、それでも〈屁〉に関連を持つに違いない「放屁史観」に惹かれて手に取った。
 前口上に、この本の気配(スタンス)が示される。
 河童は歩む てっくてく歩む。
 (中略)

 河童は泳ぐ ぐうんぐん泳ぐ。
 (中略)

 でもこんな話なんかどうだっていいこと。いまさらこれを聞いて別にひょんなことだと思うものもあるまい。

 だがここで 河童は飛ぶ 大空を
 まるで燕みたいに颯爽と鳶みたいに悠々となどいいだしたらどうだろう。

 いやとんでもない。それどころか、河童は、喋り、考え、笑い、嚔(くしゃみ)する社会的動物だなどといいだしたらどうだろう。

 ばかな いいかげんにしろ。
 くだらぬことをつぎつぎと、たちまち相手にぴしゃり、話にとどめをさされるのがおちである。阿保くさいにもほどがあると。

 そこで筆者は、
 あえてこのストップをかけられたところから話をはじめる。
 (後略)

 これが大隅の基本のスタンス。大隅は(いるかいないかわからない)河童を社会的動物であると断言して話を進める。彼は河童がいるとか、いないとかのレベルで話を始めているわけではないのだ。すでに河童は(単なる動物ではなく)社会的動物(として存在している生物)なのであ〜る。

 ここで、この本は戯作の方法をとったエッセイなのだ、いや筋のない実験小説だなのだ、と音成は大いに迷ったのさ。そういう作品なのだ。そこではまあ、河童といえども、いきなり初めから社会的動物ではないわけだから、大隅は原始からの「進化」を強調し、それを解明する意気込みなのだ。これがまた饒舌に語るのである。

 まずは、これまで流布された河童の正体について。
 河童の正体なんぞに関しても昔からのいいつたえによれば、やれその頭の上にはまるっこい皿みたいないや楕円形のくぼみがあって、ここに水がある間は力がばか強いとか、顔は猫、いや猿、いや虎に似ているとか、その色は朱のように赤いとか、青ぐろいとか、いや灰色でぬるぬるしているとか、背中には甲羅があるとかないとか、また胸骨は張りだしていて背むしのように見え、お世辞にもかっこいいなどとはいえないとか、首の伸び縮みは自由だが、でも頭は甲羅の中に八分目しかへっこまないとか、手足の節は裏返しにも前にも自由にまがるとか、ことに腕は肩を左右に通り抜けていて、まるでたんぼのかかしみたいに自在にいずれか一方を引けば、いくらでも長くのびてくるとか、手足には水禽みたいな水蹼があり、指は三本だとか四本だとか、体一面に細い毛が密生しているとか、いやうろこがあるとか、生臭いような臭気を体一面から発散するとか、目はまるく黄色だが、泣くと青い涙を流すとか、歯は亀のように奥歯が上下四枚でとがり歯であるとか、背丈は四、五歳の子どもの大きさで、せいぜい一メートルそこそこ、体重は二十ポンドから三十ポンドくらいとか、股間はのっぺらぼうで、バストもヒップも同じみたいなので、めすとおすの区別がつけにくいとか(中略)さては人の尻こ玉を抜くとか、くさい屁をひるとか、トイレットの中のご婦人の尻をなでるみたいな悪ふざけもするとか(中略)秋風が吹きそめると、よく「ヒルヒル」となくとか、いや「フレケケキス」と、いや「クオラックス」となくとか、さては秋も深まると「川郎の居酒屋のぞく夜寒かな」などと句にもあるがごと、しばしば里に姿をあらわし、そうした晩にはきまって百姓家の軒につるしたほし柿や鶏までが盗まれているとか、いや冬になると山に入ってやまわろになるとか、いや大入道になってしまうとか、いやそんなときは青い衣をつけた芥子坊主になって、悪事をはたらくとかなんとか。
 いやはや、とにかくうそ、まこと、でたらめこきまぜた巷間伝える伝説、口碑、民譚のたぐいを並べたてたらきりがない。

 ――とか何とか巷間の説を繰り出し、一応退けつつ、大隅は「魚型時代」から生物進化して直立歩行へと向かい、文化獲得の現代に至る河童の歴史を語り出すのである。自分でも言っているが、話は「多岐雑彩、いきつくところも妙ちきりんならその性格もさらにへんてこりんにこんがらがって、すこぶる複雑怪奇」となるのであるね。
 ところで話はもどるが、
 彼らの性の周期は一定しているばかりか、しかもその期間はきわめて短かろうというもの。鼠などの目の回るような四日目ごとの周期なんてとんでもない。これではさすがの多情多恨、女ぎらいな魚は、食べるどころかその臭いを嗅ぐのもいやとかいわれるほどの河童ではあるが、それは年にたった一度の、しかもほんの束の間の沙汰、すなわち牝河童は、この発情期以外は牡河童を受け入れないのだ。これでは彼らの日頃の生活がとにかく単純なのも当然、そこには仇な色恋沙汰はいわずもがな、しかもこれにからんだ銭勘定とすったもんだのもめごと、かけごと、うたぐり、そねみ、ねたみ、にらめっこ、おどし、すごみ、だましうち、自殺、無理心中、はてはきまって血なまぐさい斬ったはったの喧嘩沙汰や、戦争、なぶりごろしといった色と欲とにがんじがらめな二重底、三重底の葛藤をはらむ舞台裏、河童はむろん、こうしたしがない妄執に明けくれる人間どもの五葷三厭なんのその、痴愚反復、射利貪搾の世界からは無縁の衆生、彼らはただもうなにものにもわずらわされることなく、幽々黙々、欣々朗々、磊々落々、物事を直截に思索し、颯爽として、これを直ちに彼独自の野性味あふれる行動力に移すだけのこと。

 で、音成のお目当ての〈屁〉は河童の進化の過程で散発的に出てくるのだが、河童の性にからんで重要な役回りが明らかにされる。
 さて、河童は、
 雨期ともなれば恋の季節、女あり、えんぜんとして来る、さらに楽しからずやと彼らは張りきる。
 (中略/河童の求愛行動を延々と語って)すなわちここで河童は、野生の動物としては珍しくまず雄の方から交尾期用とっておきの、見事な屁一発、それも百八つの煩悩をただこの一発にこめるかのような洪音無尽、思いきり匂いもあでやかな屁、それも黄鐘調といわれる殷々たる屁をぶっぱなすのである。
 それは各々持ちまえの、
 個性にいかにもふさわしい応響催信、何ものかを愚弄するに足る妙音でなければならぬ。すなわち、これを放鯨和尚の言に借りるならば、茶化一番、すっとんきょな屁、べらぼうな屁、がらっぱちな屁、ぐうたらな屁、おたんちんぱれおろがすな屁、すかんぴんな屁、とっ拍子もない屁、とまさに百家斉放、きき手、かぎ手の器量しだいで了々自知、どうにでもききとれるし、どのようにもかぎとれようというもの。
 だからうまく、
 じょうずにかげば、芳香馥郁たるあぶさんな屁、きゅらそうな屁、ぶらんでいな屁、どぶろくな屁、ほいすきいな屁、それとも百花繚乱、ちゅうりっぷな屁、ちえりいぶろっそむな屁、すいーとぴーな屁、べこにあな屁、だつほじるな屁、時に秋風颯々、つくつくぼうしな屁、すいっちょな屁、ちんちちりんな屁、それとも奇々怪々、ばちかんな屁、くれむりんな屁、てんあんもんな屁、ぺたんごんな屁、ぜんこうじな屁、さては鬼哭啾々あうしゅびっつな屁、ぶっへんばるとな屁、どうらな屁、ゲシュタポな屁、めがとんぎゃっぷな屁、ぴかどんな屁、とどんなにでも聞こえてこようというまさに百家争鳴のにぎやかさというのである。だがさてこの屁はたして祝砲を意味するものかはた吊鐘を意味するものか、これが彼女の最後の諾否の鍵をにぎるいわばかんじんな決めての一発、さてここで、彼女が途端悲鳴にも似た歓声をあげ、彼にもまさるこれまた応答のいともあでやかな一発の屁を残して逃げだせば天晴れ、もうあとはしめたもの。

 もう一つ、〈屁〉の役回りは河童の飛行とそのメカニズムにおいて重要である。
 最初河童は飛び立つとき、あのやせっぽちの貧弱な体のどこに、そんな強力なガスタービンみたいなものを隠しているのか猛烈きわまる勢いで屁をぶっぱなすのだそうな。もっともこの屁とは実は彼の肛門の脇に開口する腺から噴射する揮発性の物質なのだが、スウッと澄んだ音一発、古来天地に雷あり、河童に屁あり、陰陽相激するの声にして、時に発し、時に散るこそ持前なりとか、その出ずるや、実すればすなわち音高く、虚すれば音低きおならなどとものの本にはあるが、河童の場合その一発の屁はなんとオクタン価もたかい、しかもものすごいあっぱれな超スピードぶり、しかもこれを人間のジェット機なんかのあのばかでかい図体や、爆音と比べると、まさにピラミッドのくしゃみと、いなりずしの寝息ほどのさがあるそうな。
 (中略/古今東西の日本の屁っぴり男の話をあれこれ紹介して)もちろん、河童の屁はこんな(人間の)しろものと同列に論じられるみたいなけちなものでは断じてないのだ。
 そこでその河童だが、彼はタイムリーヒット一発よろしく、屁の反動を利用して矢のように跳び出すロケット式ジェット推進を試みるのである。(後略/河童の飛行の雄大さ、素晴らしさを延々と語り続ける)

 そういう〈屁〉の属性はこうだ。
 ところで、河童の屁だが、彼の屁は無臭、ちっとも臭くはないそうな、ただしそれは他の動物があびるととたん、眼玉がでんぐりかえるようなすごいかゆみをおぼえ、つまり猛烈な催涙瓦斯の作用をおこすのだ。河童がたまたま強敵から逃れるとき、万止むを得ず用いる河童唯一の自家製防衛瓦斯といわれるゆえんである。もっともこれには異説があって、現に先師放鯨和尚のごときは、二、三の実例を示して、これはすこぶる密度の高い笑いガス、笑気ともいう亜酸化窒素の一種で、これを嗅いだものはとたんこの浮世がなんだか無性におかしくって、ゲラゲラ笑いがとまらずころげまわり、さては全身けいれん、ついにその行動力を奪われる性質のものと主張する。放鯨和尚が現に筆者に語ったところによれば、師がかつて日向の山奥でこの河童に屁をひっかけられた猪が七転八倒、笑いころげてのたうちまわり、ついに人事不省におちいったのをみたが、その威力はすごいものがあったと、この話はなんどかおもしろおかしく、くりかえし聞かされたものだ。ともあれ、この河童の屁に関しては、あのスカンクやいたちの臭気銃にもおとらぬ猛烈な悪臭を放つしろものと、これはまた筑後川の水天宮わきの渡守の爺さんから直接筆者が聞いた話だが、舟にいたずらに来た小河童に一度この屁をひっかけられてひどい目にあったことがあったそうな。なんでもそのくさみはひどいもので、いつまでも棒かいにまでしみ込んでとてもつかっておれずとうとう川の中にほうりこんでしまったというのである。
 ところが最近驚くべきことには、この河童の屁は前述のように無臭、なんでもそののち河童はこの悪臭があたりに残ると、自分らの体臭を覚えられるばかりか、自分の大事な秘密のすみかなどを、かぎつけられるおそれがあるというので、ついに工夫改良、漸次これを浄化したというのである。

 何を根拠に語っているのか実に不思議な饒舌だが、とにかく河童の正体は大隅にとって徹底的に語るべきものだ。
 ところで以上のとおり、河童の屁の性質に関しては諸説あり紛々各異、正直のところ筆者もいささかもてあまし気味だが、もともと人間の屁の場合それはメタン、水素、炭酸ガス、窒素などをその主成分とするもの、そしてその匂いとは分解された蛋白質から出てくる硫化水素やアンモニヤのせいだということになっている。しかるに、河童がこうしたたぐいの臭みを、はたしていかなる手を用いて浄化するに至ったか、今日ひんぴんたる百鬼夜行の公害問題に手をやいている否悲鳴をあげている人間さまを尻目にこれまたあっぱれな発明といわねばならぬ。だがこれも特に野生の動物などが、その幾分の珍奇きわまる例でもって示すように、こと種族保存とか、自己防衛のためとあらばいかにしばしば驚天動地、ダヴィンチそこのけの超ノーベル賞式天才力を発揮するものであるかということを想いうかべれば、さしてまか不思議なことでもなかろう。しかも河童のばあいは、これがとびきりユニークなことで、野生の動物の間においても、出色の例というべく、以上とにかく何ごとであれ寸分のすきもない警戒体制のもと、その行動は、正に神出鬼没、徹底をきわめたものであるそうな。

 と、手放しで河童を称揚してやまないのである。このあと河童の排泄、糞尿談義へと突入していくのだが、これも〈屁〉と同様に必ず人間を対比させているわけで、卑小なる人間の振る舞いが際立つほどに河童に軍配は上がる。語られた河童はまことに文化的な生物であるが、その語り口でもわかるように、大隅は河童を見たわけではないのである。博識に語る河童の知識や解釈や確信や断言には驚いたね。大隅は河童という「不在」(ありもしないもの)を熱く熱く語っているのだ。

 最後までこの本を貫いているそういうスタンスが「河童放屁史観」であるわけである。それは戦後を生きてきた大隅(31歳で敗戦を北京でむかえている)の怒りや決意や人生観が色濃く落ちているようだ。河童の絵を得意としたらしく、表紙や扉に描かれた河童たちは実に生き生きとしている。

 そもそもこの作品は河童について語ったのであるから、ほんのちょっと出てくる〈屁〉ばかりを紹介するのはバランスを欠くかもしれないな。しかしまあ、とにかく河童の屁をこれほど雄大に語った作品はない〜。
ラベル: 河童 史観
posted by 楢須音成 at 17:25| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 作品探求 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月21日

日本の屁の神様は正直

 日本の神様はいたる所にたくさんいらっしゃる。『古事記』(712年)を読むと、いろいろな契機で神が世界のあちこちで出現しているけれど、その神の概念というか、神を創出する感覚は独特だね。まあ、単純に言ってしまえば、大八島創造後は(結婚とかのほかに)神々の単身・単性の振る舞いによって、つど必要な神が出現している(生まれる)のだが、そういう自己完結する身体や行為だけを起源(契機)にしているという点では、雷神(いかずち)も天照(あまてらす)大神も出自は同じである。以下の引用は鈴木三重吉の「古事記物語」から。
 (いざなみのかみの)おからだじゅうは、もうすっかりべとべとに腐りくずれていて、臭い臭いいやなにおいが、ぷんぷん鼻へきました。そして、そのべとべとに腐ったからだじゅうには、うじがうようよとたかっておりました。それから、頭と、胸と、お腹と、両ももと、両手両足のところには、そのけがれから生まれた雷神が一人ずつ、すべてで八人で、怖ろしい顔をしてうずくまっておりました。

 (いざなぎのかみは)それから水の底へもぐって、おからだをお清めになるときに、また二人の神さまがお生まれになり、そのつぎに、水の中にこごんでお洗いになるときにもお二人、それから水の上へ出ておすすぎになるときにもお二人の神さまがお生まれになりました。そしてしまいに、左の目をお洗いになると、それといっしょに、それはそれは美しい、貴い女神(=天照大神)がお生まれになりました。

 このように(『古事記』に限らないが)多神は包括的に見れば神々しさや汚らわしさというような、正邪善悪の両義性を持つ集団だね。いろいろな神の系譜があるわけであるが、どちらにしても残念ながら、『古事記』の正邪の神々の中に、どう探しても屁の神様は記録されてはいないのさ。(もし記録されるとしたら、神々しい出自であらねばならん〜。「それからお尻をまくって、そのつぎに、お腹をお清めになるとき、一発のほがらかな音とともに、屁ひりの神がお生まれになりました…」とかいう感じであろうかね〜)

 さて、佐藤清彦の『おなら考』(1994年、青弓社刊)に屁の神様を考察した章がある。そこでは江戸の古川柳にある「大社(おおやしろ=出雲大社)屁ひりの神は末座なり」(『誹風柳多留』1808年)を引いて、どんな神様であるかを問うているのであるが、この句は八百万の神々が年に一度(出雲以外の地では神様がいなくなる神無月=10月)出雲に集まったときは末座にいらっしゃる、と言っているわけである。なんと、屁の神様は『古事記』から1000年後に江戸の川柳にやっと現れた(記述された)のだ!

 それで屁ひりの神はどんな神様なのか。佐藤の解説はこうである。神々の末座にいる理由として「よく屁をする神様なので上座では、屁が一座をおおいつくして会議どころではないから」という見解は退ける。当時の川柳や洒落本を参照してみれば、実は屁ひりの神とは「(こっそり)屁をした犯人を指摘する神様」なのだ、という。ならば、そういう神様がブーブー屁をするとは思えないね。この屁ひりの神は「べろべろの神」とも言って、子供の遊びになっていたのだ。
 具体的には、紙こよりの先を折り曲げたのを両手の間にはさみ、「べろべろの神は正直神よ」などと言いながら、竹トンボを飛ばす要領でもみ回し、言葉が終わったとき、折り曲げたこよりの先がだれに向いているかによって放屁者を判定する、というわけである。
 (中略)
 そのものずばり、「べろべろの神すかし屁のぬしをさし」という川柳があるが、わらべ歌の世界は、屁ひりの神など登場の余地はなく、べろべろの神の独壇場である。
 「べえろ、べえろ、べろべろ べえろべろの神は尊い神で 屁ひったほうさ ぎろっとむけ」(岩手)
 「べろべろ正直 だれ屁ひった ひったほうさ つんむけ」(福島)
 べろべろの神は紙こよりに限らない。オガラでもワラでも、先をちょっと曲げればいいわけで、その先を曲げたところが、舌を出したようにも見えるのでその名がついた、という説がある。

 透かし屁の犯人捜しに登場するのが屁の神様なのである。渡辺信一郎の『江戸の知られざる風俗―川柳で読む江戸文化』(2001年、ちくま新書)にも、この「べろべろの神」について同様の解説があるが、透かし屁をして知らぬ顔をしている不届き者を摘発する神様であるわけだ。渡辺の解説を引用する。
神祗(神々)の名称を記した帳簿に「神名帳」というのがあるが、
  神名帳に見えぬのは屁ひり神  (九一30)
という句も作られている。江戸期には、「雪隠神」(トイレを司る神)・「しょう神」(眠気を催させる神)・竃(へつつい)の神(かまどを司る神)など様々な神様が存在したが、この「屁ひりの神」だけは、神様の戸籍簿にも記載されていないということである。この「神明帳」をパロディ化した『風俗深名帳』(宝暦七−1757年)には、
  へひりのかみ。正直なる神也。よく小児を愛し、人のいふままに向いて、おかしきことを好む。
とある。

 こう見ると「神明帳」にはない住所不定の屁ひりの神は、正直にして子供好きのひょうきんな神様であるようだ。川柳がレポートする屁ひりの神を紹介しておく。
 誰(た)がした かがした したほうへつんむけ
 べろべろの神 すかし屁の主を指し
 かくし屁知れる べろべろの御神徳
 屁ひりの神が正直で 嫁安堵

 ところで、「神名帳」にはない屁ひりの神であるが、『おなら考』では岡山県の『英田郡誌』にある「田植のときおならをして笑われたので自殺した」女性を祀った「屁の宮」を探索したり、岡山県真庭郡の「奈羅須神社」という屁の社を『屁』の著者の福富織部が調査した話(結局見つからなかった)を紹介しつつ、その周辺を考察している。結局のところ、屁ひりの神が、宮や社で祀られ、今に残る形跡はないということになるのだけどね。

 末座にいるのかいないのか、こういう少々希薄感が漂う日本の屁ひりの神とは違って、古代エジプトの屁の神様はまことにしっかりしていた。このクレピトゥス(音鳴り神)はエジプト人の信仰から生まれた神とされ、その姿をかたどったとされる奇妙なブロンズ像が伝えられている。『おなら大全』(1997年、ロミ&ジャン・フェクサス著/高遠弘美訳、作品社刊)に詳しい解説と図版がある。
 それはふつう、しゃがんで肘を膝につき、両手で頭を抱え、頬をふくらませている男性の裸像だが、謹厳な歴史家も、それらは明らかにかの有名な音鳴り神が「精一杯いきんで放屁しようとしている」姿を表わした像であると主張した。

 何とも具象すぎる神様であるね。エジプト、ギリシア、ローマへと文明圏の広がりの中でクレピトゥス(音鳴り神)は哄笑と尊崇を集めるのであるが、何と言ってもその強い具象性は日本の希薄性とは違うところなのだね〜。
posted by 楢須音成 at 22:51| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月25日

日中韓の〈屁〉の文化

 外国人から見た日本人の〈屁〉に対する感覚を批評したものに『日本人・中国人・韓国人』(2003年、金文学著、白帝社刊)がある。金は中国の韓国系三世で現在は日本在住のようだが、この本の中に「おならと日本人」という一編があるのである。ここで強調されているのは日本人は〈屁〉に対して非常に親和的だということ。とにかく日本人は〈屁〉を語る(探求や表現の対象にする)ことが多いというのである。
 繊細なことで名高い日本人は、非常に事細かな素材までもことごとく深く幅広く研究して、それを本として刊行する。このような例は世界的にも稀なはずだ。
 楊貴妃の脇から匂う腋臭がどのような匂いであったかを研究することに生涯を捧げる学者がいるかと思えば、ひたすらトイレのことだけ研究したり、枕のことだけ研究する変人もいるし、おならだけを研究して膨大な著書を残した人も一人や二人ではない。
 そのような取るに足らないことを研究するとはお笑い草だと呆れる人もいるだろう。実際このような話を韓国や中国の一般人に話したことがあったが、「なんてつまらないことを……」といって日本人の小心さを嘲笑うことが多かった。

 わたしは拙著『裸の三国志』において、ところかまわずおならしまくる中国人の生理的な文化現象を理解しなければ、真に中国人を理解したことにはならないと主張したことがあるが、乱読をしているうちに日本人もとんでもない「おなら文化」を備えていることを悟った。
 きわめて些細な生理現象までも旺盛にひたすら探求する姿勢を曲げない日本人にとって「おなら」もやはり研究対象であり、ひいては「おなら学」という新しい学問分野まで出来上がった。
 日本人とおならを考察することで、日本人のおなら文化を垣間見ることができるばかりでなく、日本人の文化にアプローチできる一つの大きなチャンスも生まれるのだ。

 ウーム、「おならだけ研究して膨大な著書を残した人も一人や二人ではない」とか「『おなら学』という新しい学問分野まで出来上がった」とか、少々言い過ぎでないか?という感じもあるのだが、中国や韓国の人の感性から見た、日本人の〈屁〉への態度が指摘されているんだろうね。

 金は具体的にこういう日本的特徴を挙げている。
(ア)おならに関する文献が数百種に及ぶ。(これも少々言い過ぎでないか?)
(イ)おならの名称が豊富。(屁、下風、転矢気、屁玉、ブー、プー、後門の笛…)
(ウ)おならを神として崇める習俗がある。(岡山県の屁の宮とか…)
(エ)仏教をおならになぞらえる(仙腰a尚の屁の絵、一休和尚のエピソード、「ぶつ」は「仏」である…。仏を屁になぞらえるなど中韓ではありえない)
(オ)日本は近代の新聞においてもおならが頻繁に登場する(少々言い過ぎでないか?)
(カ)刑務所では私語を禁じてもおならは大目にみられた。
(キ)おならは日本文学のこやしになっている。
(ク)有名人におならとの因縁が奇抜な人が多い。(南方熊楠、中西悟堂…)
(ケ)おならで国歌を演奏しても許される。(中韓では不敬罪)
(コ)子供たちはおならを詩の題材にする。

 なるほどねー、抽出されてみると、こういうところが「日本的」なのかと半信半疑ながら目を開かれるのだが、これって、我々の〈屁〉談義のほぼすべてを言っているわけなのである。つまり、日本人は平素から自然に〈屁〉を振る舞い言葉にするのだ。逆に中国や韓国では語らなすぎるのではないのか、なぜだろう?

 ところで、面白いエピソードを語っている。デパートの靴売場で試しに履こうとして、金は屁を粗相してしまった。ひどい臭いが漂う。
 しかし女店員はまさにわたしの尻の下にいたのに顔色一つ変えず、相変わらずにこにこと微笑んで「これはいかがですか?」と言いながら、わたしの反応を伺っていた。
 毒ガスにさらされながらも笑顔でサービスしてくれる日本の女店員の姿にいたく感動した。一方わたしは「よりによってこんなときに……」と恥ずかしくてたまらなかった。

 中国の女性なら「お客さんのおならはひどく臭いね。いったい何を食べてんの?」といって、きついクレームをつけてくるかもしれない。

 金は「恥ずかしかった」と言いながらも、あまり恥ずかしがってもいないようなのが可笑しいのだが(恥ずかしがる日本人はこんな通り一遍のあっさりした恥の表明はしないと思うなあ…笑)、客の屁を日本の女店員は無視し(言葉や態度に出さない)、中国の女店員はクレームにする(言葉や態度にする)というわけである。この差はどうだろう。

 ここには〈屁〉に対する恥の意識の差が働いているのである。日本の女店員は〈屁〉というものの恥をまず認識して振る舞っているが、中国の女店員は〈屁〉をまず嫌悪して振る舞っている。〈屁〉に対するそもそもの姿勢が全く違うのである。金が指摘する〈屁〉の日本的特徴というのはすべてこういう恥の意識に裏打ちされたものなのだ。(このあたりの深い議論は別の機会にしたいと思う)

 さて、金は子供たちのおならの詩を読んでこう締めくくっている。
 おならまでをも記録する日本人の記録精神、おならをタブー視せずに自由に香りを漂わすことができる、日本文化の軽妙洒脱な一面が浮き彫りになっている。

 文化はそうなんだけど、我家ではこのブログの記録精神は糾弾され、一切の〈屁〉はタブーとなって、軽妙洒脱な音成の〈屁〉は迫害・隠蔽されている〜。

※この本は『これでいいのか? 日中韓 表の顔 裏の顔』と改題され祥伝社黄金文庫に入っている。
posted by 楢須音成 at 01:25| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。