2007年10月01日

糞尿屁のアンビバレント

 糞尿に対する偏愛的な気持にはアンビバレントな構造があるね。嫌悪や不快や忌避や拒否の感覚を乗り越えてこそ、そこには愛があるのであ〜る。雁屋Fの『スカトロピア』(1972年、ブロンズ社刊)は体験的な糞尿譚をテンコ盛りしたエッセイであるが、そこに描かれた幼児体験のスカトロなどは共通感覚のように奇妙な懐かしさを覚えさせる。肉感といっては言い過ぎかもしれないが、リアルな感覚を刺激する懐かしさだねー。

 冒頭に「こえだめの思い出」という一編がある。空地にあるこえだめに野良犬がはまって死んでしまうという話である。こえだめがあって、その表面は固くなっている。そこに犬が立ち入ったときに突然表面が割れて呑み込まれてしまうのだ。そこに至る犬や子供たちの反応もリアルだが、「最後に、大きな気泡がぽこっと音を立てて、こえだめの表面で割れると、こえだめはとろりと静かになった」という、呑み込まれたまま浮き上がってこない恐怖を前にした子供たちの姿には、デジャブのような感覚を呼び起こす。(つまり、音成のような田舎育ちには、こえだめの思い出や恐怖があるわけさ)

 この本の中に「放屁論」という一編がある。
 屁の三徳(腹の掃除によし、チリを払うによし、人にかがせて心地よし)を枕に、雁屋の〈屁〉の美学が語られているのであるが、とにかく〈屁〉は豪快が第一だと考えている。そのためには、
(1)十分なガス圧のたっぷりした量
(2)痔瘻のない健康な肛門
(3)調子のいい健康な腹具合
 ――が必須であると主張している。豪快な音の〈屁〉は体調不良では決して実現しないわけだね。

 ニオイにもこだわっている。特有のニオイの主原因は硫化水素とスカトールであると指摘し、そのほかの物質についても詳しく説明している。自身のニオイ体験(トラウマ)はヘッピリムシに一発お見舞いされた話が語られていて、面白くも懐かしい。
 本を読むのに邪魔だからどけようと、その虫を指で追い払おうとした。すると、虫の尻のあたりから青っぽい液体がぴゅっと飛び出て、本の頁とぼくの指にくっついた。その瞬間、青くさいような、なまぐさいような、油脂のくさったような、はげしいにおいがぼくの鼻をついた。最初は、何だか分からなかったが、すぐにその悪臭がその虫のせいだと言うことが分った。ぼくはほとんど吐き気まで催してしまって、本を投げ捨てて、手を洗いに走って行った。手は洗ったが、においは鼻腔の粘膜に附着してしまったのか、いつまで経ってもぼくの鼻の奥から、悪臭が消えず、とうとうぼくは頭痛を起こして寝込んでしまったのだ。後になって、それがクサカメ虫(あるいはクサガメ)、俗称へっぴり虫と言うものであることを知ったが、それいらい、西洋の楯の紋章の形の胴体で小さな固い羽を持った虫を見ると、そのときのことを思い出して鼻がうずく。いまだに、あのいやなにおいの記憶がぼくの鼻には残っている。

 それがヘッピリムシだったかどうか定かではないが、音成にも似たような経験あるね。いつまでもニオイが消えないで残っているんだよ。この(他人からいただく)ニオイという奴は全く腹立たしいものだが、雁屋はニオイのすさまじい奴(我ながらげほっとむせるくらいのおなら)を人にかがすのは気持ちいいのは否定できないと告白もしている。(同感です〜)
 日ごろからほくのような善良無垢の人間に不快感を抱かせるような行ないをしている人間に(中略)この世のものとも思われぬほど、実にしこたまくさいおならをぶっかけてやったら、ああ実に気分良いことだろうなあ。それにしても、いくらいやな奴に屁をかがせてやる場合でも、やはり音も立てずに屁をひると言うのはよろしくない。(中略)屁のにおいをかがせて、まいらせてやりたいと思ったときでも、やはり正々堂々、轟音一発ぶっ放すべきだ。ただ、音のするおならはくさくなく、音のしないおならがくさいと言う法則があるのでやっかいだが、そこはやはり、屁道にのっとって、屁をこく人間なら男女をとわず、地面をゆるがすような快音と共に、一里四方のドブネズミが全て窒息死するような、劇的にくさいやつをひり放つだけの努力が必要だ。

 これが雁屋流屁道の美学である。雁屋は透かし屁を最下位のランクに置いている。だから、粗相をしたときは「自分自身を恥じて激しい自責の念にもだえなければならない」ということになる。しか〜し、大勢の中でやってしまったときは(もちろん美学に反するわけだし、結果的に犯人不在の透かし屁という現象だから)誤魔化すことをすすめている。
 「むうっ、これはなんです。どなたか存じませんが、これは困ります、大変問題がありますなあ。実に、これは、どうも、閉口します」とか「うわっ、だれでえ、ちきしょうめ。どいつだよお、こんなくさいへえたれやがったのはよう。おお、たまらねえ。いんけんな野郎じゃねえか。やい、おめえか。そうだろう。てめえだろう。そんな顔して、こんなくせえへをひりやがって、まあ、このやろう、ふれえやろうだ」とか言うべきである。ただし、あまり過度に騒いだり、不自然そうにふるまったりしてはいけないのだ。昔から「へり出しのかぎ出し」、と言って、最初に、くさい、くさいと言って騒ぎ出した人間が、すかしっぺの張本人であると言われているからだ。ときには、じっと下を向いて黙っているときがいいときもあるだろう。

 このエッセイにおける〈屁〉の美学は、音は(元気・ほがらかに)大きく、ニオイは(むせるほど・陰湿に)臭くというものなのである。しかし、引用でもわかるように、この二つはアンビバレントな関係(大きければ臭くなく、小さければ臭い)にあるわけであり、雁屋のアンビバレントなスカトロ感覚や理屈に見合った関係なのさ。この現象は〈屁〉というものを考えるときに大事なことであるが、糞尿譚がアンビバレントな構造をもつことは〈屁〉にもまた通じることなのだ。

 もともと〈屁〉の音響は人間にとって心地よいものなのである。そして、それが臭いニオイをはらんで、しかも見えないことによって〈屁〉的現象となる。糞尿と大きく違う点は、それが見えない現象であることは言うまでもないね。

 さて、この辺までがこの本の「放屁論」の理屈の部分で、あとはセックスの最中の女性の放屁、屁の燃焼実験、風呂の湯の中の屁、猫の屁、象の屁、屁を夫婦で嗅ぎ合う漫画家などの話題が展開していくが、まあ、面白いエピソードのつなぎ合わせの域を出ていないね。まとめようとしても大体が〈屁〉の話は脈絡がなくなってしまうのであ〜る。

 糞尿譚の中の屁はなぜか話が広がらず(話題はそこだけって感じで)次の話になっていくのは、ほかの本でもありがちな傾向だね。なぜか〈屁〉には確固たる根拠・筋道がどうも見出しがたい…。かくも〈屁〉というものは面白可笑しいのに論じにくいねえ。

 ところで、最初に紹介したこえだめに落ちた犬の話であるが、もがいて底に沈んむ犬のイメージは雁屋の悪夢となる。「この夢は、かなり恐ろしい夢なのだ。だから、ぼくは、憎ったらしい奴に対する刑罰として、こえだめにつけて殺す刑を採用した。学校の先公とか、交番のポリとか、気にくわない同級生とか、そして大人になってからは、自分の周囲で生きているほとんど全部の人間を、頭の中で幾度もこえだめづけの刑に処した」という。そして、そうしてしまうと、その人はとても可哀相で本気で憎めなくなるというのである。ここにもアンビバレントな構造が生まれている。糞尿は愛憎の関係にしっかり介在しているわけだね。

 もちろん糞尿屁とくれば、何度も言うけど〈屁〉もまた同じであることを知らねばならんわけよ〜。


posted by 楢須音成 at 00:06| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月06日

江戸が熱狂した曲屁ショーよ、もう一度

 世の中には〈屁〉の名人と呼ばれる人たちがときどき出現するね。名人のタイプについては前に分析してみたが、日本の歴史における最大の「放屁漢」は江戸にあらわれた福屁曲平であろう。昔語花咲男(むかしがたりはなさきおとこ)と名乗って、安永三年(1774年)に両国広小路の見世物小屋で(ビジネスとして初めて)曲屁(きょくひ=曲芸の屁)を演じたのである。

 興津要の『江戸娯楽誌』(1983年、作品社刊)は講談社学術文庫に文庫化されて、江戸の町のナマの娯楽をいろいろ紹介している。「見世物」の章で「屁ひり男」が登場しているのだが、当時、どんな見世物(芸)があったのかといえば、なかには奇人変人そのまんま芸というような人もいるわけさ。落語とか講談とか相撲のような繰り返しの伝統芸になって今に至っているものもあるが、多くはその場の新奇さが趣向の見世物として興行されたようだ。

 見世物として紹介されているのは、軽業、籠抜け、綱渡り・竿竹渡り、乱杭渡り、曲馬、曲枕、手品、力持ち、女力持ち、屁ひり男、蛇つかい、鬼娘、鍋食い男、初音耳作、提灯男、外国産動物の見世物、小動物の芸、講談、落語、八人芸、謎解き、相撲…などである。
 興津は見世物についてこう言っている。
 観覧場は、むしろ掛けの小屋であったにもせよ、そこで展開された技芸は、修練の極をしめすあざやかさ、多様さによって、ひとびとの目をうばっていた――そこには、大劇場では見られない演者と観客の交流があった。

 さて、「屁ひり男」であるが、まあ、この人も奇人変人の人であるね。彼のショーの最初の登場が1774年だから、フランスの屁ひり男、ムーラン・ルージュの芸人ジョゼフ・ピュジョールのショー(1891年)よりも100年以上年先行している。福屁曲平は出身や本当の名前など素性は一切知られていないのだが、実在の人であったことは間違いない。

 この『江戸娯楽誌』は、当時の小咄、戯作、随筆、川柳、狂歌などに描かれた娯楽を渉猟して、その評判を追いかける体裁で書かれている。「屁ひり男」では冒頭にこんな小咄を紹介している。
 はなし好きなお姫さま、腰元衆へ、「なんと、ちと、めづらしいはなしはないか」とおっしゃるに、おそばの腰元衆、「このごろ、両国へ花咲き男と申して、屁にて、いろいろの曲をひります」と申し上げれば、お局、そばから、「おっと、へのはなしまではよけれども、この字はならぬぞよ」(安永4年刊『豊年俵百咄』)

 ここで「へまではいいけど、この字はだめ」というのは「屁ぐらいならいいが、へのこ=睾丸・陰茎の話はだめよ」という意味。それはともかくとしても、当時〈屁〉が往来の見世物小屋にたち、しもじもだけでなく武家の婦女子まで興味をそそられてオープンな話題になっていたことがわかるわけさ。普段は口を噤んでいる〈屁〉であるだけにその新奇さ、そのインパクトはほかの見世物などよりも大きかったのではないだろうかね。

 そもそも世の中の何事も、社会現象化(流行)して(パターンとして)深く広く認知されるのであ〜る。〈屁〉のタブーが留保され、男女や階級をこえて曲屁が膾炙したのは、このときが初めてであろう。福屁曲平たちが両国の見世物小屋の一つに登場させて、ショービジネスとして成立させたのである。〈屁〉のマーケティングの成功というわけで、こういうことは時代の空気を読まないとね。

 このときの演技を記録したのが平賀源内の『放屁論』(1774年)で、これが感動をこめた、なかなか素晴らしい見聞の記述なのだ。興津は源内の『放屁論』を下敷きに紹介している。
 囃子方(はやしかた)とともに小高いところに座したこの男は、中肉で色白く、髪を撥鬢奴(ばちびんやっこ=髪の毛を、耳の上を細く、後ほど広くし、三味線の撥のようなかたちにした髪型)に結い、うすい藍色のひとえのものに、緋ぢりめんのじゅばんを着て、口上さわやかに、囃子に合わせて屁をひりわけて聞かせた。
 その演技は、囃子に合わせて、最初が、めでたく三番叟(さんばそう)屁「トッパ、ヒョロヒョロ、ヒッヒッヒッ」と拍子よく、つぎが夜明け鶏の声を「ブブ、ブウーブウー」と、ひりわけ、そのあとが水車で、「ブウブウブウ」と、ひりながら、自分のからだで車返りというアクロバットを見せ、はしご屁、数珠(じゅず)屁はもちろんのこと、きぬた、すががきなどの歌舞伎の下座音楽から、犬の鳴き声、花火のひびき、長唄、端唄、メリヤス、伊勢音頭、一中節、半中節、豊後節、土佐節、文弥節、半太夫節、外記節、河東節、大薩摩、義太夫節など、あらゆる曲節を合奏したというから、その特技はすばらしいもので、絶大な人気を博したのも当然だった。

 安永の屁ひり男の文化的影響は相当なもので、当時の屁に関する文献のあちこちにあらわれている。もともと〈屁〉が狂歌や川柳や小咄の格好のネタになるような時代背景(空気)があったのである。それに、井本蛙楽斎の『薫響集』(1757年)に見られるように、巷の〈屁〉談義を奥義の理論へと祭り上げる風狂な時代精神も先行していたのであって、そこに待ってましたとばかり実見できる〈屁〉の芸が登場したのである。源内の手放しの「感動」は奥義通りの高度な放屁芸を見たことにあるのさ。(噂の燃屁を初めて見るのと同じような感動だね)

 見世物として成功したことの理由の一つは、福屁曲平の屁は臭わなかったのではないかと思われることである。興津はこんな名人も紹介している
 とんだ屁の名人が来て、ひりました。先(まず)一番に、十五畳敷きのひりづめ、それより立ち屁、中腰かけ屁、地道屁、かづ鞠屁、だんだんとひつて、鼻をふさいだ上で、今一曲と望む。今度は九ツばしごの曲屁なりとて、毛だらけになるしりをまくり、だんだんとひりのぼつて、九ツ目に足をかけると、びちびちびち。(安永二年夏序『出頬題』)

 この一節に興津は「まさに実のある大熱演だが、これには、見物客も興フンした」と評をつけている。こちらの名人は福屁曲平の両国デビューより前の人のようだが、どうも品がよろしくないね。これじゃ、小屋は異様な臭気に包まれてたさ。実を出したり、臭ってしまっては(ホンモノの)芸にはならないのである。福屁曲平の屁はフランスのジョゼフ・ピュジョールと同様に、肛門から空気を吸って腸にためてひり出すものであったと思われ、まあ、アコーディオンのように屁を操ったのであろうね。(この特異な技能は医学的に検証されている

 福屁曲平は大阪興行も行い、四年後に江戸に戻ってくる。このときは采女が原(銀座)で興行したが、なぜか客の入りは不入りだったという。「まさに、それは、屁のような人気だった」と興津は締めくくっている。〈屁〉談義がすぐ飽きられるように、曲屁も同じ運命。曲屁に限らず、消えていく芸はあるわけだが、社会現象となった江戸の屁ひり男が消えた後、〈屁〉は未だ散発芸としてしか伝承されておらんねー。

 この本を読むと、テレビなどない時代のリアルな娯楽の興亡が面白い。ひるがえって、テレビでは〈屁〉は全然リアルじゃないと思うけどね。
posted by 楢須音成 at 18:09| 大阪 ☀| Comment(4) | TrackBack(2) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月13日

ヨーグルトは屁の研究から推奨されたのだ

 とても〈屁〉が好きな人たちはお医者さん。〈屁〉の文献をあたっていると、これが結構お医者さんが書いたものが多いのである。まあ、身体と〈屁〉とは関わりが深いわけで、身体の専門家が〈屁〉を語ろうとする衝動は、化学的・実証的・観察的・実験的…という「研究」「教養」に立脚して意欲的なのだ。

 高野六郎の『醫者のK燒』(1936年、サイレン社刊)は衛生学者の身近な日常生活からの多方面な考察が散りばめられたエッセイ集で、この中に「屁の哲學」という一節がある。この人については前に『随筆 屎尿屁』(1928年、富士書房・春陽堂刊)という本を紹介したけれど、とにかく〈屁〉にはこだわっているね。そもそも専門が糞尿ということもあるし、内務省衛生局の官僚でもあり衛生行政には一家言あった人であるから、〈屁〉もまた化学的・実証的・観察的・実験的…に語られて重厚であ〜る。
 抑(そもそ)も屁とは何ぞやといへば、腸管内における食物が、普通の消化作用によつて分解、溶解、吸収される外に、異常の醗酵作用或は腐敗作用によつて、有臭無臭の瓦斯を産出し、これが腸管を充塞(じゅうそく)し、腹壓(ふくあつ)を高め、遂に途を肛門に求めて逸出(いっしゅつ)するものである。即ち屁は腸内における諸々の細菌の作用に基くものであつて、屁を論ぜんとすれば先ず以て細菌學を修めねばならぬ。それ細菌に好氣性菌あり、嫌氣性菌あり、好んで含水炭素を分解するあり、喜んで蛋白質を分解するあり、空気のある所で好氣性菌が働けば、瓦斯ができても臭くなく、酸素の無い所で嫌氣性菌が蛋白質を分解すると、猛烈な腐臭を發する。
 これを化學的に見て炭酸瓦斯や水素や、メタンが發生する場合には、その瓦斯量大にして爆音盛なりと雖も屁臭は少いが、これに反してアンモニヤ、インドール、スカトールなどが産出される場合には、鼻持ちのならぬ猛臭を發散する。たとへば下婢(かひ)が南京豆、甘藷(かんしょ)の類を満喫しても、その結果は毒性が少く、紳士が魚肉を攝(と)つて腸内に異常腐敗のある場合は、絶交的惡氣を噴出するものである。美人の屁は臭くなく、悪人の屁は臭いといふ諺があるが、菜食の農民は屁まで温良であり、肉食をするキ會人は屁にも奸黠(かんかつ)の相が顯(あら)はれるのも自然である。

 なるほど、観察はうがって、論じる理由や根拠は明快だ。高野は「屁を産出する細菌を假に屁菌と命名するならば、この屁菌の活躍と人生の幸福との間に如何なる交渉が起り得るかを研究することは細菌學者の責務」とまで言い、ここに着目した学者としてロシアの細菌学者イリヤ・メチニコフ(1845〜1916)を挙げている。

 高野が紹介してるメチニコフの業績は、ウキペディアでは「晩年には老化の原因に関する研究から、大腸内の細菌が作り出す腐敗物質こそが老化の原因であるとする自家中毒説を提唱した。ブルガリア旅行中の見聞からヨーグルトが長寿に有用であるという説を唱え、ヨーロッパにヨーグルトが普及するきっかけを作ったことでも知られる」と記述している部分であるが、ここには屁のことなど一言もないのだが。
 高野の紹介はこうなっている。
 氏の研究に依ると、腸内に於ける異常醗酵によつて食物が分解されると、人體に有害な成分が産生する。この異常分解物が血液内に吸収されて全身の諸臓器に作用する結果、各種の細胞は老廢し、血管は硬化する、即ち人身老衰の原因は屁の内攻にありと説破したのである。何となれば腸内に屁菌が繁殖して屁成分を産出し、その一部分は常に血行中に吸収せられて、いはゆる自家中毒を起す結果、ここに身體細胞老廢の原因となるからである。自家中毒は、いはば慢性屁中毒であり、換言すれば、腸内の屁菌が人をして老いしむるのである。屁の害や怖るべしである。

 屁を無視しないで、屁に即して(偏して?)記述すればこうなるわけであるが、メチニコフが屁を(も?)テーマや動機として念頭に置いていたのか、実に興味深いね。彼は屁を(も?)研究したのかなー。どちらにしろ、屁は人身老衰の原因となる有害物質なのであるね。この点については、前に紹介した『オナラは老化の警報機』(荘淑キ著、1984年、祥伝社ノン・ブック刊)という本でも強調されていたのだった。

 健康のためのお約束は「屁を我慢してはいかん」ということ。だから「古来屁は豪放にこれを放つをコとし、竊(ひそか)にすかすを以て卑劣と警(いましめ)て居る。屁の科學を知らない痴者といへども、放屁後の安易感と爽快味とを理解してゐる」として、高野は「出る以上はこれを公々然と噴出せしめる方が身心兩面に利益がある」と述べる。だが、高野の本意は「できるなれば屁の瓦斯などは発生せしめぬほうがよい。即ち屁を豫防(よぼう)することが重要問題なのである」と。
 メチニコフは防屁策を研究して遂に乳酸菌服用法を発見したのである。乳酸菌を腸内に送り込むと、これが繁殖して他の腸内細菌の発育を止める。即ち屁菌は発育しないから、食物の異常分解は起こらない。即ち屁を生じない。即ち腸管から有害成分の吸収が起こらない。即ち身體は老衰しないで、百年の壽(ことぶき)を保つといふことになる。メチニコフの養生法に從へば、臭い屁を發して人に嫌はれるようなことが無いのみならず、いつまでも若々しくて、女に愛せられるであらうといふのだから、近頃評判のヴオロノフの若返り手術などよりも、ずつと合理的なものである。
 メチニコフは果して終生屁をたれなかったか、叉彼の長壽説の發源地であるブルガリア人が屁を知らない人種であるかはまだ確めて見ないが、屁の産出量と健康とがある程度まで逆比例するであらうことには賛意を表して差支えないやうである。

 まあ、人や学説の紹介の仕方はいろいろあるものだが、この〈屁〉の観点というものは、妙にリアルでとぼけた趣を醸してくるねェ。最後に高野は、人工的な屁ガスの発生実験や糞便からメタンガスを採る話などを紹介し、「この屁素なる瓦斯は固より水素、酸素の如き純粋な瓦斯ではなく、變幻(へんげん)奇妙の氣體」であって科学者はこれを屁のごとき些事として(防屁策と放屁術の研究を)軽視してはいかんと力説している。終始一貫〈屁〉の観点を披瀝しているのであ〜る。
posted by 楢須音成 at 18:32| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月20日

糞尿屁の三兄弟に愛を

 糞尿というのは実学の対象であって、その処理やら加工やら活用についての研究は大概のところ究め尽くされているのではないかと思う。宇宙時代の糞尿科学に先駆的に取り組んだ中村浩の『くそ馬鹿―糞尿博士世界を行く』(1962年、白鳳社刊)は「黄金」に取り憑かれた自称・奇人学者が世界各地を歩いて書き下した抱腹絶倒の糞尿エッセイである。(この本は後に社会思想社の現代教養文庫に『糞尿博士・世界漫遊記』と改題されて入っている)

 糞尿ときて屁とくる三兄弟であるから、当然この本にも屁はあるのだが、扱いが軽いのが残念なところだ。「屁の科学」という短い一編がある。こんな書き出し。
 モスクワ大学を訪問したドクトル・ヤポンスキー(注:中村のこと)は、著名な教授連を訪問してまわったのち、微生物研究室で旧知のプロフェッサー、ニコライ・ガラシルニコフ博士に会って、駄べりこんだ。
 このプロフェッサーは、夢多き才子で、ロマンチストをもって自負するわたしとは、大いに意気投合したのである。
 (中略)
 このプロフェッサーの研究室では、フンニョウ中の細菌の研究をおこなっていた。フンニョウから分離された水素ガス発生菌や、メタンガス発生菌などは、宇宙時代をむかえて、次の出番を待っているかたちであった。
 (中略)
 糞尿にあたたかい空気を強く吹きこむと炭酸ガスが多くでるが、この炭酸ガスは、クロレラの培養にとって重要なものなのである。わたしは、フンニョウ微生物の培養装置について、プロフェッサーの意見を求めた。
 プロフェッサーは、ガス発生菌の重要性およびその利用価値について、ソビエト的構想を述べたてた。

 と、書き出しから、なかなか〈屁〉が出てこないのであるが、後半になってやっと登場してくる。
 糞尿からとりだされるガス発生菌は、要するに、屁のもとである。屁の成分を分析してみると、炭酸ガスと水素ガスがその主成分であることがわかる。これらのガスは、腸内にすむ大腸菌の発酵によって生ずるものである。
 屁はマッチで火をつけると、燃えるとか、いや燃えないとかいう、くだらぬ議論があるが、燃える燃えないは、そのときどきによってきまっていない。
 水素をよけいにだす大腸菌がはたらいていれば、屁の成分には水素ガスが多くなって燃えるだろうし、炭酸ガスをよけいにだす大腸菌がはたらいていれば、燃えない理である。
 フランスには水素ガスをさかんに放出する大腸菌を大量に培養して、水素ガスをボンベにつめて製造している工場さえある。つまり、屁の効用というわけである。
 サツマイモのようないもを食うと、腹がふくらんでオナラを発するが、これは、繊維が腸内で分解して、炭酸ガスを発するからである。
 おおげさな放屁をする馬のやつは、ワラのような繊維を好むので、炭酸ガスのオナラを放つわけである。このような、炭酸ガスの多い屁は、すこしも臭くはない。
 臭い屁というのは、炭酸ガスのほかに、硫化水素とかその他の有毒ガスをふくむからで、一般に肉食動物の屁は、それこそ鼻もちならぬほど臭い。
 人間でいえば、ビフテキやテンプラのような高等料理を食っている金持ち族の屁は臭く、菜食をよぎなくされている貧乏人の屁は、臭くはない。つまり、屁をかぎわけて、その人のふところぐあいを察知することもできるわけである。
 わたしは、プロフェッサーと肩をならべてモスクワ大学構内を散歩したが、かれら赤い国の科学者たちが、ドン・キホーテ的な未来の夢をいだいて研究に没頭しているのを見て、感服した。この広大な国では、すべてのスケールが大きく、かれらの夢もまた、はてしなくひろがっていくのであろう。

 これで終わり。とってつけたような飛躍した最後。これだけなんだよねー。まあ、確かに屁の科学を開陳しているのであるが、何とも素っ気ないではないですか。「屁はマッチで火をつけると、燃えるとか、いや燃えないとかいう、くだらぬ議論」などと突き放すように語るところからして大所高所からの言説であ〜る。というか、中村先生の目が据わっているのは、つまり、その眼差しのかなたにあるのは、あくまでフンニョウなんだよね。糞尿には身も心も入れ上げるのに、なぜか〈屁〉には嗜好も偏向も哲学もない。

 人間界では、三兄弟に対するこのような親の不公平ぶりが、まま見られることではある。この〈屁〉に対する姿勢において、同じ糞尿科学者である『随筆 糞尿屁』や『醫者のK燒』を書いた高野六郎とは、同じことを語っても全く異なるスタンスであることに気づくなあ。中村は〈屁〉に思い入れる深淵などは全然見ていないのである。
 
 何が問題なのかと言えば、中村はフンニョウから発生した「ガス」と、人間の腸で発生した「屁」を区別しておらず、先生の頭の中で両者は同じなのである。実用一点張りというか、愛がないというか、まあ、科学とはそんなもの?

 それがどうだろう、糞尿となるとがぜん態度が違うのである。次は「マリア・テレザの脱糞」という一編。
 店内にはいって、中世的な宮廷衣装をつけた小さな人形を眺めていると、店のあるじとおぼしき赤鼻のオッサンがでてきて、ペラペラと説明をはじめた。
「われ、奇態なる人形を欲す」
というと、あるじの赤鼻はコックリとうなずいて、奥にひっこみ、やがてほこりだらけの小箱をかかえて出てきた。
 あるじがほこりをはらいながら取りだしたのを見ると、中世の貴族とおぼしき男女が抱擁し合ったり、キスをしたりしているやつであった。
「わが欲するのは、かかる類にあらず」
というと、あるじは先刻承知というような表情をして、箱のそこから、泰西名画にでてくるような古めかしいヌード人形をとりだして、鼻さきにつきつけた。
 赤鼻は、次に棚の下から、ほこりだらけの陶器製の小さな人形をつまみだした。そして、
「これは如何?」
と、無表情に手のひらにのせてみせた。
「おお、これはよし!」
 わたしは、その人形をつまみあげて、しげしげと観察した。この人形は、マリア・テレザのような中世の美姫で、きらびやかな衣装をまとって扇子をかざし、顔を半分かくしていた。
 かんじんなのは、そのポーズである。美姫は脱糞しているのである。スカートを左手でまくって、白いフランスパンのようにふくれたおしりをだしていた。そして、ごていねいにも、肛門の穴がポツンとあいていた。
(中略)
「あんたは、何を土産に買ったんだね」
 わたしがニヤニヤしながら、包みをのぞきこんでいるのが気になったのであろう。
 彼女は、ずうたいもデカイが、なかなからいらくなばあさんで、
「人形は、ミュンヘンがいい」
と、ガラガラ声でいうと、うむをいわさず、包みのなかから、イモムシのように肥えた指で小さな人形をつまみだして、ゲラゲラと笑いだした。そして、
「こいつあ、オモロイね! ミュンヘンには、この種の人形がたんとあるよ」
と、またミュンヘンをかつぎだした。
 ケルンの停車場にでて、夕刊を買ったら、ナチスの残党が、ドームの扉にナチスの紋章であるさかさマンジを書きなぐったという記事がでていた。
 ドイツという国は、古来、やたらにVaterland(祖国)を叫ぶ国であるが、この祖国への妄執はすこぶる根づよいものらしい。なんとなく、第二のヒトラーが出現して、
「ドイツ民族よ! 祖国のために立ち上がれ!」
と、あじりたてる気配が感じられた。
 わたしは、この夕刊に、脱糞すがたのマリア・テレザをていねいにつつんで、旅行鞄の奥ふかくしまいこんだ。

 何と愛のこもった振る舞いであろうか。ここでは糞は見事に〈糞〉となり果てているではないか。中村はしっかりと愛という妄想や観念を糞に降り注いでいる。先生はそこに嗜好も偏向も哲学も開陳しているのだった。

 この本は、糞尿屁の三兄弟を語って〈屁〉に極めて冷淡であ〜る。
posted by 楢須音成 at 04:32| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月27日

あっちとこっちの〈屁〉の家族

 あっちの家族では、放屁はひとまず禁じられた行為であった。というのも、放屁音が彼らの鼓膜を通じて強い頭痛をもたらすため暴力行為と見なされ、それが家族内に発生することは避けられたのである。もちろん、だれ〜も一発の屁もしないというわけではなく、あっちの家族では音を殺した透かし屁はした。それは、まあ、別に屁のニオイなんかはどうでもよくて、ため息のようなものであって、だれかが目立たず屁をすると、「あら、どうしたの何か心配事でも?」とか「なによ、具合でも悪いの?」とか、そのタイミングとか様子が気になるだけであって、ただニオイは全く意に介していないのであった。

 こっちの家族でも、放屁はひとまず禁じられた行為であった。というのも、放屁による悪臭が暴力行為と見なされ、それが家族内に発生することは避けられたのである。もちろん、だ〜れも一発の屁もしないというわけではなく、こっちの家族では音に全く頓着しないだけで屁はした。それで、まあ、放屁はニオイを封印するため個室における個人の秘め事でなければならないのであって、個室の屁ならかりに隣室の放屁音を聞いて、「おや、気張り過ぎだな」とか「えー、なんか元気ない〜」とか、放出っぷりの論評はあるにしても、音響とどろき渡ろうが抗議に出向くことはさらさらなかった。

 かくして屁に向き合うこうした姿勢が家風の違いをもたらすのは当然である。あっちの家族は音さえしなければ屁は自由であり、こっちの家族はニオイさえなければ屁は自由(ただし、一人のときに限る)であったが、ここには、すでに「自由」に対する思想的姿勢の違いがこめられているわけである。もちろん、二つの家の「自由」がぶつかり合う場面は文化衝撃として現象することになる。

 ある時、こっちの家族が引っ越してきて、二つの家族は隣同士で住むことになった。

 最初の訪問は、こっちの家族がみんなで挨拶に出向いたときだった。そのときはちょうど、あっちの家族の酔っぱらって帰ったお父さんが玄関でスウスウ透かし屁をこき、お母さんが「まあ、お父さん、お酒くさいわァ」と出迎え、酔って帰るとき必ず土産を買ってくるお父さんであるので、子供たちもスースー喜びの透かし屁をこきながら「ああ、お父さ〜ん、おみやげ〜」と飛び出してきたところに、こっちの家族がピンポ〜ンとチャイムを鳴らしたのであった。

 ドアが開け放たれたとき、こっちの家族は隣家の異様なニオイに驚愕した。それと同じくらい、あっちの家族も隣家の異状な振る舞いに驚きを隠せなかった。こっちの家族は顔を引きつらせ鼻をつまんで、ストップモーションでのけぞり返っていたのである。

 あっちの家族とこっちの家族はお互いの顔をよく知らぬまま断交状態になった。

 とはいうものの密接した隣同士であったので、あっちの家族はこっちの家族の放屁音に悩まされ、こっちの家族はあっちの家族のニオイに悩まされ続けることになった。こっちの家族では「屁(のニオイ)はしてはいけない→自分にだけ囲い込んだ(自由)の屁」という抑止的礼儀作法を、あっちの家族に強制しようと町内会に訴えた。要するに、ニオイを外に出すな、ということである。あっちの家族では「屁(の音)はしてはいけない→みんなで(自由に)する屁=透かし屁OK」という解放的行動規範を、こっちの家族に強制しようと町内会に訴えた。要するに、音を立てるな、ということである。

 あっちの家族の主張=透かし屁こそ正義である。そこには解放と、お互いを認め尊重する平和がある。大体、音を立ててはうるさく迷惑千万ではないか。静かな屁の自由を束縛してはいけない。

 こっちの家族の主張=屁は囲い込むのが正義である。そこには克己と、お互いを認め尊重する礼儀作法がある。大体、ニオイを漏らしては臭くて迷惑千万ではないか。屁は垂れ流してはいけない。

 そこに屁はあまりしないのだが、イビキと体臭のきつい、そっちの家族が引っ越してきて「まあまあまあ」と仲裁に入った。あっちの家族は豪快なイビキに驚倒し、こっちの家族は鼻もモゲそうな体臭に卒倒したが、そっちの家族はそんなことは一向におかまいなし。

 そっちの家族の主張=いい加減にしたらどうでっか。相手の嫌がる屁をしないように努力しなはれ。ちょっとは我慢もいるんちゃいまっか。音やニオイやて、そんなもん慣れますやろ。嫌やー、嫌やー、思うから嫌なんでっせ。半分は気のせいでんがな。

 あっ、あっ、どこがあっちでこっちでそっちなのか。我家においても〈屁〉はひとまず禁じられた行為であ〜る。
ラベル: におい 家族
posted by 楢須音成 at 13:38| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 独舌漫語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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