2007年07月02日

〈屁〉における民族派と国際派

 我々の〈屁〉は恥を喚起するが、羞恥論において〈屁〉を扱ったものはまれである。また、屁の化学分析がどんなに究められても、それが世界に変化をもたらしている兆候はない。〈屁〉がどこまで我々の世界を規定しているかについては、あまり根拠が明らかにされているわけではないねー。

 それでも、屁そのものというより〈屁〉的なものの存在が我々を脅かしていることはないだろうか。


 アラノ星(PLANET ARANO)では屁は凶器となり得るものであった。というのも、屁に強力な殺傷力があったからであるが、このために屁は厳重に自己制御することが義務づけられていた。屁がもたらす殺傷は「臭殺」と呼ばれていた。

  ♀♂屁で人を殺(あや)めてはならぬ〜☆△

 このような屁の自己制御がアラノ星最大の道徳律となったのは当然である。アラノ星の聖者ヘリストが布教したヘリスト教においては、屁はすべての人が持つ原罪であった。なぜならば、屁をしない人はいないからである。

 アラノ星人は、自分の屁は自分に無害だった。そして、二親等までの血族に対して屁は忌避すべき臭気を伴ってはいるものの、人を死に至らしめるものではなかった。だからそこには、まだ笑いがあった。
 ところが、血族関係が希薄になるにつれ臭気は強烈に作用し始め、アカの他人に対しては殺傷力が出てくるのだった。それでも同じ民族の場合には、意図的・継続的に屁を嗅がせなければ死に至らしめること(事件)はそう滅多にあるものではなかったが、民族が違うと、屁の一発はほとんど即死状態を招く毒性を発揮した。

 このようなアラノ星においては、国際関係や夫婦関係の中の屁がデリケートな問題となって歴史を形成したのは当然である。なぜならば、屁を下手にすれば相手に死をもたらすからである。もちろん、自分も命を落とす恐れがあった。

 夫婦はほとんど国内結婚(嫁入婚)に限られたが、家族の中で嫁は屁に関して(自分の子供の屁をのぞいて)脅威にさらされ四面楚歌であった。また逆にその他の家族(子供をのぞく夫や義父母など)にとっては嫁の屁が脅威であった。

 家族や血族は複雑に絡み合う屁の脅威を孕んで形成されていた。というか、屁(の脅威)こそ血族や家族関係の核心(構造)であって、逆説的だがそれがなければ、家族や血族は活力のない死んだに等しいような集団であったに違いない。屁なしには哲学や文学や芸術は生まれなかった。

 生か死の二者択一に等しい異民族の屁は、国際結婚において極めて危険度が高く、絶無に近い特殊・特異なケースであった。そもそもアラノ星の国際社会は国家間の人の交流は最小限に制限されており、根底には屁をめぐる疑心暗鬼が悪夢のように存在していたのである。

 古代国家間における激烈な屁の闘争を経て、やがて宥和主義的な時代になっても、国際社会は屁がもたらす深刻な危機を懸念し、ほとんどの国が鎖国政策を実施してきた。アラノ星では近代科学における屁の処理が発達しても、国外に出るときは防衛ガスマスクは必携であり、外国人の入国に際しては臀部に特殊なガス吸収タンクの装着を強制した。国際関係は屁(の脅威)に対する個人的・国家的防衛が前提になっていたのである。

 このように世界の根底が屁によって規定されているアラノ星においては、最大の倫理問題は屁の人体からの駆逐の是非であった。科学の発達や平等主義は屁の駆逐(屁をしない人間の創出)を予見させ、進歩的な国際派が屁の放逐をめざせば、保守的な民族派が激しく抵抗する潮流が生まれた。

 民族派の抵抗する心には、屁を抹消するとアラノ星人ではなくなるのではないか、という根源的不安が湧き起こっていたのである。屁が存在しなくなるとは、宗教的にも問題で、「屁で人を殺めてはならぬ」という至高の道徳律が全くの空語(意味不明)になる世界を招来するのであった。屁がなくなったら、屁の原罪はどうなるのか。

 そこに天国を見るか地獄を見るかでアラノ星人は論争に明け暮れた。

 そんないま、民族派と国際派が争うヘッポン国は鎖国1000年の童貞夢から目覚めようとしていたのであ〜る。


posted by 楢須音成 at 06:59| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 独舌漫語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月14日

人はなぜ〈屁〉の身代わりを買って出るのだろ〜ヵ

 身に覚えがないのに〈屁〉の嫌疑を受けるのは屈辱である。というか、そんな場面では驚き慌てふためいて狼狽するものだ。このとき赤面でもすれば、もう決定的に罪を引き寄せるのである。理不尽だねー。

 そもそも身に覚えがあればこそ〈屁〉の恥は引き受けることができるわけさ。たとえ身に覚えがあっても、その恥を引き受けることはできれば避けたいと願う。とにかく人は〈屁〉から無縁の存在にならなければならないのであって、そうでなければ、この世間において安心立命とはならないのである。

 もちろん、人は生理的に屁を抱え込んでいるという点で〈屁〉から無縁ではあり得ないのだから、永遠の安心立命はないね。反面、〈屁〉は誰でも抱え込んでいるという平等性において、強固に身体の基盤を持っている。そこには顔面の美人不美人のような不平等性はない。ここが〈屁〉の立派なところなのだが、残念ながらそれは美徳にはなり得ず徹底して疎まれるのである。

 かくして我々は〈屁〉から無縁の存在に「なる」のではなく無縁を「装う」という振る舞いによって〈屁〉を封じ込める。なのに、世の中には奇妙な人たちがいる。こういう〈屁〉の身代わりを買って出る(やってもないのに「私が屁ェこきました」と言う)人たちがいるのである。
 福富織部の『屁』にある小咄を引用する。

 或る娼妓客の前にてブイと風の音を漏らせしに、幇間(ほうかん)氣の毒がり「最う(もう)一發失禮ながら祝砲」と言ひながら、ブイとやつた。娼妓大いに喜び返禮として、羽織を與へた。かくと聞いた外の幇間、己も屁の身代りに立ち度い(たちたい)と心がけてゐると、或る座敷で同じ樣な事もあればあるもの、娼妓がブイと仕損ひ。そりやこそ、羽織にありついたと、大きな聲で、「ヘイ、花魁(おいらん)、御相伴致しやす」と、尻を持ち上げてブウツ。

 ある劇場の三階、立見の場所で、誤つて失屁(しっぴ)した婦人がありました。初めのうちは、誰が其本尊であるかゞ知れぬので、甲論乙駁(こうろんおつばく)、一方(ひとかた)ならぬ騷ぎとなったが、遂に其本尊は婦人であるといふ事にきまつたから、婦人は赤面せざるを得なかつた。時に一人が、什麼(いか)にも氣の毒に感じたので「さう攻撃するものではない。婦人の事であるから、可哀相に、なるべく知らぬ顔をしてやるものだ。固(もと)よりそれが男であったら、皆もさうは騒ぐまいに……」と云聞せると、先ず其儘で騷ぎも鎭まった。其時に、其場に居合したある小僧が、尤(もっと)もの次第と、餘程感心して居た樣子であつた。其後、二三日經ってから、先達て放屁した婦人に、途上で會つた。フト其當事の事を思出し、更に何う感じたか、周章(あわ)てて其婦人の傍に走りよつたが、「もしもし、あの先日お芝居の時に、貴女が放つた屁は、俺(あし)が身代りになりませう。」

 初會の座敷女郎のブイとの仕損ひ、若者引被り旦那御免(ごめん)出物腫物處嫌はず(でものはれものところきらわず)と天窓(あたま)を掻けば、客も去る者にて、ひつたものこいとの事か、コリャ放屁(=ほうび)を遣るぞと、一分はづめば、ふそくは無い、粹樣(=粋なお方)と頂き、サア御床に致しませうと出て行く廊下、女郎も何喰わぬ顔で繼(つ)いて出て、上草履ゆたかに鳴らして呼び掛り、八兵衛働いて遣つたによ。(鹿の子餅)

 以上は女性の屁を男性が身代わりになる話だが、古典には「屁負い比丘尼(科負い比丘尼)」という言葉もあって、これは、良家の娘などに近侍しその罪(例えば、放屁)の身代わりになった比丘尼がいたのだという。この場合、身代わりは職業化している。

 それにしても、他人の〈屁〉となると、なぜこうもぬけぬけと〈屁〉の恥を引き受ける気になるのだろうか。そこには恥の意識が薄いね。身代わりという行為は「嘘をつく」ことである。本来、嘘は後ろめたく恥ずかしいものとして現象するのだが、身代わりは一種誇らしげな様相すら帯びている。

 自分の〈屁〉の粗相をあれほど恥じるくせに、〈屁〉の恥の身代わりはそんなに誇らしいものなのかね。誇らしいまでいかなくても無罪放免の平気な顔ができるのはなぜなのか。

(ありゃ、我が嫁は身代わりどころか濡れ衣を着ぬよう娘の前で必死の防戦をしている〜)
posted by 楢須音成 at 16:17| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 断片考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月16日

まるごと〈屁〉の本(画像編)

 いつもお世話になっている〈屁〉の本はいろいろあるが、概ね〈屁〉の本というのは、先行する本を種本にしていることが多い。種本中の種本として音成が重宝している(愛読している)のは、溝口白羊の『屁の喝破』(1914年)、福富織部の『屁』(1926年)、中重徹の『一発』(1977年)などである。開けばエピソード満載で、巷の〈屁〉的現象の宝庫である。一冊まるごと〈屁〉の本なのだ。

 『屁』や『一発』は資料集としてまとまっている。何よりその話の出典(や発生元)がわかるのがありがたいのだが、後続の多くの〈屁〉の本(やエッセイ)が参照し、種本にしているスグレものである。このように〈屁〉を集大成する試みとして、まるごと一冊の本になる現象は、やっと辿り着いた日本の〈屁〉の近代化の証なんだよ〜。(笑)

 音成が所有するのはとても美本とはいかないものだが、デジカメで下手な撮影を試みた。最初に手にした『屁』は粗末な改修本だったが、撮影したのはその後に手に入れたもの。それぞれの本の概要はリンクを辿って下さい。

※『屁の喝破』本郷書院 大正三年五月八日発行
屁の喝破
※『』双文 大正十五年六月二十五日三版
屁
※『一発』葦書房 昭和五十二年三月十日初版
一発


posted by 楢須音成 at 13:11| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月21日

続・人はなぜ〈屁〉の身代わりを買って出るのだろ〜ヵ

 二人しかいない環境では〈屁〉の身代わりは成立しない。そこでは〈屁〉は誰がしたか(犯人)は自明だからである。だって、〈屁〉の痕跡があったとして自分でなければ、犯人はまさしく相手でしかないのであるさ。そこでは身代わりは不可能だね。身代わりは、〈屁〉をした相手との約束(契約)において二人だけの秘密として成立するのだが、そこには必ず第三者が存在して〈屁〉の判定者とならなければならないのだから。

 この「犯人」「身代わり」「判定者」という三者の関係が〈屁〉の人間関係を構成する。

 もちろん、人間関係はもう少し複雑であり、世間には「身代わり」と表裏の関係で「濡れ衣」という立場があるね。濡れ衣は、〈屁〉をした相手や第三者から不本意にも、犯人扱いされることである。かくして「犯人」「身代わり/濡れ衣」「判定者」という三者の関係が現象してくるのである。

 ここで「犯人」「私」「判定者」の現象の構造を考えてみよう。
 三者の関係は〈屁〉をした犯人と〈屁〉をしない者が対立しているという事実関係を踏まえているのであるが、「私」の立場は、
(ア)身代わりになる
(イ)濡れ衣を着せられる
(ウ)自分も判定者になる
…の選択が可能なのである。このときの(ウ)は「私」と「判定者」は入れ替わることがあるし、さらには二人とも「判定者」になることもあるということだ。つまり、よくよく考えると「私」は常に(潜在的に)「身代わり/濡れ衣/判定者」への可能性を秘めている存在であるというわけだね。

 そんな可能性を持つ「私」が三者の関係の中で「身代わり」に躍り出てくる。どういう了見(動機)でそういうことをするのかー。

 前回、紹介した「身代わり」は以下のようなものであった。

(1)娼妓が客の前で粗相したのを、幇間が身代わりになり「もう一発祝砲を」と、さらにブイとやって身代わり行為を完璧に遂行した。

(2)劇場で粗相した婦人が男どもの屁詮議(屁の詮索)によって恥をかいたとき、「婦人の事は知らぬ顔をしてやるのがいいのだ」と場を取りなした一人の言葉に感心した小僧が、後日、婦人と路上で出会い、何を思ったか「先日の屁は自分がしたことにしましょう」と身代わりを申し出た。

(3)女郎が初会の客の前で粗相したのを、若者が「出物腫れ物所嫌わず」と身代わりになって頭を掻いたら、客が「コリャ放屁(=ほうび)をやろう」と頓智を見せて金をはずんだ。

 それぞれのエピソードは話がふくらんで面白可笑しいオチがついているが、ともあれ身代わりは「私」の意図的な行為なのである。

 以上の(1)と(3)は同じような状況での話だが、幇間や若者は単に女性を可哀相に思って自発的に身代わりになった(無償の行為をした)のだろうか。
 そうかもしれないが、遊郭における一種の助け合いの関係(道徳、礼儀、しきたり、マナーのようなもの)が暗黙にあったと考えられないか。そういう関係は〈屁〉からの職場の防衛を意味するのだ。客の前での遊女の〈屁〉は客の怒りを買う危険をはらんでおり、遊女の価値を損ね、さらには遊郭全体の不利益(危機)なのである。

 このような状況下では、身代わりが個人の無償の行為であったとしても、行為の根底に世間という社会性が横たわって発露していると見なければならない。ここには、身代わりというものの一側面が浮き彫りになっているのさ。つまり、〈屁〉の身代わりとは、一個人の〈屁〉が共同体(護るべき集団や観念)に脅威を与えるとき、その脅威を身を挺して除去しようとするヒロイズム(誇らしさ)に裏打ちされた行為でなのであ〜る。(例=夫婦で外出して嫁が粗相し、我家のイメージをまさに失墜させんとするとき、音成は進んで身代わりになるさ…)

 個人レベルで解釈すれば、単に「助けてやった」「体面が保てた」というやりとりにすぎないのであるが、そのレベルでは「ありがとう」「どういたしまして」で終わってしまう。それでサッパリすれば立派なものだが、(1)と(3)で展開するオチを見れば、人間のみだらな物欲が跋扈するのが常である。ヒロイズムは功利(主義)に転落するのである。初心を忘れて(というか、そういうものは意識にのぼらないので)むしろ初めから功利で身代わりになろうとするのだ。(もちろん、音成は嫁の〈屁〉の身代わりになったからといって、対価を要求することはない、ない…)

 身代わりにおける「共同体−個人」という心的レベルの二重構造は(2)のエピソードにおいても見ることができる。(ここでは〈屁〉が共同体に脅威を与えているわけではないが、無作法というタブーを犯している)

 これは屁詮議の場を取りなした男の論理に感心した小僧が、婦人の〈屁〉の身代わりを決心する話である。すでに事態は収拾して確定した段階で、小僧の身代わりは婦人には迷惑以外の何ものでもないのにね。しかし、小僧の幼稚な状況判断を笑うことはできるが、小僧の無償の善意というか、ヒロイズムというか、その真情に共感しないだろうか。

 小僧が感銘を受けた「男の論理」とは「男は女の〈屁〉を無視するのがマナーだ」という男と女の共同体の論理(または倫理)である。そこに納得し、そこから〈屁〉の身代わり行為へと飛躍する小僧の心の軌跡は、怖いぐらい純真そのものだ。ただ彼の判断は時機と立場を逸し、全く受け入れられる状況にないのではあるが。

 以上のような〈屁〉の身代わりは、一見したところ個人的な振る舞いに終始するように見えるが、本来は共同体的な心性の発露(共同体への参画)なのであ〜る。〈屁〉の身代わりは、そういう状況(しがらみ)が背景にあって初めて成立するものなのだ。

 もちろん、我々には相手次第で非共同体的な振る舞いも許されているさ。
 我々は〈屁〉をした人が隣に出現したとき「身代わり/濡れ衣/判定者」の選択をせまられる。身代わりに潜む深奥にある動機は崇高なものではあるが、〈屁〉の身代わりをする気がない(そういう気にならない=身代わりに何の価値も見出さない〜)となると、我々はひたすら濡れ衣を恐れ、無縁を装い、通りすがりの判定者(第三者)になろうと努めるわけである。
posted by 楢須音成 at 22:44| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 断片考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月26日

自由を求めた〈屁〉の秘密結社

 世間では、いたるところで「同好の士」が集まって結社が結成されるものだね。そういう結社は身分や貧富や、すでに属している集団を超えて結びつき、独自の規律を持ち、それによって奇矯な振る舞いを世間に主張するようになる。もちろん、〈屁〉においても例外ではないさ。

 ロミ&ジャン・フェクサスの『おなら大全』(高遠弘美訳)には、18世紀にノルマンディーのカーン市で結成された「自由放屁協会」なる結社が紹介してある。自由な屁を標榜する彼らの言動はスキャンダルとなり、イエズス会士や社交界(のご婦人方)から痛烈に非難を浴びたという。「フリーメーソン的」とも言われたそうだ。

 当時はフランス革命前の啓蒙思想の時代である。メンバーが「宗教的不寛容や貴族の特権や礼法の強要に反対する知識人、在俗の哲学者、聖職者など」で構成されていたというから、そのとき〈屁〉は一種の反体制(自由)のシンボル行為だったのかもしれない。しかし、理屈を越えて〈屁〉は実践そのものであるわけでね。

 その「自由放屁協会」の趣旨を明らかにした手紙が紹介してある。

 おならをする。それも自由におならをする。ここに私たちの秘宝のすべてがあります。私たちはしばしば会合を開きますが、それはきちんとした論理を立てて、充分におならをする必要性を理解し、おならがもたらす喜びについて知るためです。それから実践に移ります。私たちの実験には大気が有用なので、ギリシアの逍遙学派に倣って、風わたる屋外で実験に励んでいます。そうして、広い公園や美しいカーンの街に隣接する草原で空気をいっぱいに吸い込むのです。
 こうして書きだしたからといって、私たちが、通常の遊びに飽きて、誰も見ていないところで、自由だからこそ、自分たちだけだからこそ魅力的に見えもする馬鹿げた遊びに耽る子どもや与太者、あるいはそこまでではなくとも、暇を持て余しただけの青年であるなどとは考えないでください。私たちのメンバーには司法関係者、士官学校の学生、哲学者、演説家、あらゆる分野の学者がおります。みんな陽気ですが、真面目な者ばかりです。軽い感じでも、良識とエスプリはわきまえています。自由ななかでも、独立の幸福を噛みしめています。喧噪のなかでも秩序を大切にします。そしてその秩序を守るために、規則をつくり、会長を選び、会の運営を任せることにしました。それが「自由放屁協会会長」です。

 このあと、協会会長の選出過程、権限や仕事の内容が紹介される。この記述を受けて、ロミは会長の名前をシャルル・ガブリエル・ポレ(1685〜1770)と特定している。フェヌロン(「テレマックの冒険」の作者。説教家)の司書、ルーヴィニー(カーン近郊)の司祭などをして、生まれ故郷であるカーン近郊のヴァンドに隠棲した人だそうだ。
 ポレ自身がこう語っている。

 会長はさらに、下部役員を定めます。すなわち、オブザーバー二名、書記一名、報告担当者一名の三役計四名で、それぞれの職務は以下のとおりです。

 第一オブザーバーは、新規会員の教育にあたります。彼らのうちに残存している偏見を打破し、自由に、何回も、整然と(これらは「放屁芸術」の用語です)、放屁する高貴な決意を鞏固なものにします。
 第二オブザーバーは、おならの性質や種類、変容などについて伝授します。これら二人のオブザーバーはともに、あらゆる実験に文字通り「立ち会う」ことになっています。どんなに微かなおならでも、彼らの目をくぐり抜けることはできません。彼らはおならを細心の注意を払って調べあげ、正確に分析してから、然るべき分類をするのです。
 書記の仕事は、まず新規会員の登録をすることですが、会員の業績を収集したり、行なったすべての実験結果を記録したりすることも含まれます。
 報告担当者は、新規会員の進歩の程度を調べ、それを特別大会で公平に発表します。入会儀式の日取りを決めるのも彼の仕事です。

 このあと、入会儀式の概要が細かに紹介される(とても面白い)のだが、そこでは確かにフリーメーソンのように儀式を重んじた結社となっているのである。

 ──希望者を部屋に入れ、透かし彫りの入った椅子に座らせる。ただちに窓を完全に閉め、明かりはテーブルに置かれた蝋燭だけにする。会員たちは、部屋の中央にいる入会希望者を囲んで半円形に並ぶ。ついで、会長の合図で、まず会長が放つと、後の会員たちは「セフィール・アルティユリー」の一斉砲撃を開始する。ぴったりとではなく、少し間をあけて並んでいるので、音も増幅してけたたましいことになる。そこで入会希望者が怖がらなかったら、結果は期待できる。希望者は間髪をおかずに、はっきりとした音で、響きがよく、しかも無臭のおならを三発放つように求められる。このときのために二人のオブザーバーが、今や遅しと待ちかまえているのだから。彼らはどんな粒子も逃すことなく、おならの質を適正に判断するのだ。

 さて、この「自由放屁協会」について日本で最初に紹介したのは、生田虎蔵の『豆栗集』(1913年)にある「屁の研究」である。ロミの紹介と併せて読むと協会の全貌がわかるようで興味深い。生田の紹介はこうである。

 十八世紀の頃ノルマンデーのカン市に自由放屁會なるものありき。一七七六年、同市Pet-en-gueul(ペタンゲール)街のフロラン書店より發行したる、『放屁術』及『屁砲兵』の中に其詳細の記事を載せたり。
 自由放屁會は其支部を各都市に置く。支部は三十名以上の會員より成る。是れ三十名の同志あれば、優に其都市に跋扈するを得べしといふに在り。
 本會の目的は放屁の自由を束縛する僻見(へきけん)を破壞するに在り。されば會員たる者は全力を擧げて、放屁の自由を或は言論を以て或は行為を以て、其同市民間に傳道し叉普及せざるべからず。
 先ず其會員たらんと欲する者は、次の試驗を順序に及第せざるべからず。
一、其自宅に於て自由自在に放屁すべき、十分なる練習を重ねる事。
二、些も恥辱の色なく、叉何等の辯明(べんめい)を試むることなく、如何なる場所柄にても、平気に放屁すべき事。
三、善良なる紳士淑女の集會に於て盛んに放屁し、且つ大膽(だいたん)に其自由を唱道奬勵(しょうれい)すべき事。
 斯(か)くして入會したる者は其兩親、其友人、其来客の面前に、常に自由に放屁せざるべからず。叉道を歩みながら放屁することを練習し、公園及喫茶店に入りて、猛烈に放屁せざるべからず。而して若し之を嘲笑し叉は叱責する者あらば、必ず其僻見を論破し、且つ放屁の自由を納得せしめざるべからず。
 毎年一回、三月十五日に大會を催す。此日は、我が二百十日叉は二十日と等しく、彼国において大厄風の来るべき日とせらる。
 大會々場に於る各會員の椅子は、音の反響をよくせんがために最良の皮を以て太鼓の如く張る。開會の時來たるや、先ず會長一発を放ち、會員之に應じて合奏し、斯くする事三度にして、議事に移る。拍手喝采は總て放屁を以て行われる。
 議事終ッて晩餐の席に着く。各員大に食ひ、且つ大に放つ。散會に際しても亦各員一整に諸種の曲屁(きょくひ)の合唱を奏す。

 生田の紹介はこれだけであるが、なかなか要を得たものだね。協会が明確な目的意識で各都市に支部を置き、地理的に広範な活動を展開したことがうかがえる。このような結社の存在(各都市に30人以上の屁が得意な同志の結束あり)は、音成の感覚では、にわかには信じがたいものがあるが、その志の高さ(大胆さ)は驚くばかりだ。不気味だよ〜。(笑)

 ここでは同志が集まって〈屁〉の自由な振る舞いを主張し、それを増長しつつ洗練し、地下に潜るのではなく、教会を建設するように社会の表面に定着させようとしているわけである。尺八クラブやマンドリンクラブなどと違うのは、そもそも〈屁〉は世間では恥ずかしく隠蔽される存在であるために、それをはねのけようとすれば、活動が「運動」「布教」になることさ。
 協会の中は理想の具現である。協会は「秩序を守るために、規則をつくり、会長を選び、会の運営を任せ」儀式化の方向を辿って社会の一角を占めようとする。まるで政治結社だね。

 日本ではこんな本格的な結社は聞いたことがない。同志の集団化としては、曲屁を競い合った「放屁會」や、屁を燃やして楽しんだ「へもす会」の事例があるけどね。「運動」とか「布教」というレベルからはほど遠い。
ラベル: 秘密結社 自由
posted by 楢須音成 at 02:33| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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