2007年04月07日

ある大統領の〈屁〉的分析

 映画やテレビドラマに〈屁〉が登場すると、お笑いになってしまうね。まあ、単に下ネタに堕するというだけでなく、どうも〈屁〉は映像表現になじまないのである。見えないもの、におうものは、存在は確かだとしても映像にはならないのであるから、音をたてるものとしての〈屁〉がブザマに響くだけ。響くだけならいいが、我々はそれを聞きながら、〈屁〉の姿もニオイも想像してしまうのであ〜る。

 さて、遅まきながら、1週間かかってアメリカのテレビドラマ「24(トゥウェンティーフォー)」のシーズン5を観終えたのさ。この作品に一発の〈屁〉も登場しないが、シーズン5では強烈な「透かし屁野郎」(比喩的に言っているわけですね)が登場して、最後の最後までその臭みを残すのである。演技賞ものである(と思う)。

 演じられたその人物とは、こともあろうに合衆国大統領なのであった。

 このドラマは、熾烈なテロとの戦い(ここでは防衛に回る国家と攻撃に走る過激組織との手段を選ばぬ激闘)を眼目にしている。
 しかしまあ、戦いの根拠や展開は「愛国」「正義」「信念」「良心」といった崇高な《信条》をまとってはいるが、実際にやっていることは「裏切り」「残虐」「思い込み」「保身」「冷酷」「隠蔽」「野心」「自爆」「秘匿」「誘拐」「嫉妬」「強要」「中毒」「暗殺」「加担」「功利」…と、腹立たしいほど偏狭な振る舞いであって、あきれるくらいジコチュウな人間群像が足を引っ張り合ってひしめいている。それがまた意外性を畳みかけ、お見事なサスペンスアクションになっているわけさ。(この世は、お先真っ暗かい)

 頂点に立つ人物として描かれるローガン大統領は、最初の登場から、こんな珍奇な人物もあまりいないと思わせる描きようだが、最高の権力者であるがゆえに、いよいよ際立つ狭小な振る舞いは周りのジコチュウな人間たちからもあきれられるくらいのもんである。

 肝心な決断(判断)場面では(迷いに迷って)他人の主張に飛びつくわ、(よかれと思って)最悪の指示は飛ばすわ、(事態が悪化すると)開き直るわ、(ヤバくなると)責任をなすりつけるわ…まあ、新たな事態に追い込まれるたびに、恥ずかしげもなくブレにブレれていく姿は、まさにシーズン5の展開の眼目になっておるよ。

 いるよねー、現実に、こういう人間が。

 しかも、立場あるローガン的(芸風の)人間は自分では一貫した《信条》の持ち主であると思っているのかもしれんよ。自分ではブレているなどと思っとらんし、最高の(とまでいかなくとも、人に説教を垂れる程度には)権威者(リーダーとか専門家とか知識人とか…)であることを自覚しているから、ごく自然に他人の手柄(主張)は自分の手柄(主張)なのである。(もちろん広い世間には、節を曲げ一貫性もなく引きずられていく自分を自覚し、深く恥じ入っている人はいる)

 我々は一貫性に価値を置いている(ブレていないと自慢する)ために、変節漢に見えるローガン的人間を馬鹿にするかもしれないが、果たしてそれでいいんだろうかね。我々はローガン大統領のような無様なブレはしないと、自分に高をくくっているだけじゃないのか。あるいは、我々はローガン大統領(悪や恥の見本となる他者)を否定することによって、自らのローガン的心性を隠蔽しているのじゃないのか。

 さて、透かし屁である。

 こっそり、音なく放出する屁が透かし屁だね。これにニオイが付随し(正体不明のまま)出現することによって状況に変化をもたらすのである。これは@意図せず放出してしまい誰にも気づかれぬよう悪臭を隠蔽したいA意図をもって放出し(正体を隠しつつ)悪臭の効果をねらう…という、正反対の場合があるわけさ。

 現実の政治家が透かし屁をするのは日常茶飯事に見かけることだけれども(比喩的に言っているわけですね)、ローガン大統領がブレまくって節操がないという点では@を連発しているわけである。ただし、この大統領は悪臭に鈍感なので、てんで恥じるところがない。まあ、それだけで終われば、単にお笑いであるが、実はAを仕込んでいるという点で彼は暗黒系の人物像になっているのである。

 透かし屁を放って(愛国的な)結果を期待するという確信犯的な陰謀を仕込む振る舞いは、それが大統領という権威的立場ゆえに、ほかのローガン的人間を凌駕している行為となる。それによって横柄にしてあまりに卑小な、どこから見ても珍奇な小物にしか見えない人物が次第に謎めいてくるところに、緊迫したドラマの物語構成の妙味があるのさ。この大統領、ついには夫婦関係まで破綻させるほどの強烈な透かし屁を連発していたことが明らかになっていく。いやはや。

 かくして、大統領は透かし屁のAにおいて一貫しており、ブレずに《信条》を保持した人だったのであ〜る。(今後のシリーズでどうなるかはわからないけどね。まさか転ばないだろーな)

 思うに、もともと我々があがめる《信条》とは屁みたいなものであるさ。といって我々は屁なしには生きられず、いったん出したら、その〈屁〉による振る舞いが自他によって問われる存在である。そして、我々が自慢する《信条》というものの音やニオイ(のようなもの)が「自分の屁は聞こえず臭くもない(におっていない)」というローガン大統領の姿によって現象していると言わねばならん〜。


posted by 楢須音成 at 15:28| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 独舌漫語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月11日

記者がつまみ食いした〈屁〉談義

 夕刊紙の大阪新聞に連載された随筆をまとめた『百楽荘漫記』(1935年、福良竹亭著、言海書房刊)の中に「おならばなし」という一編がある。福良(ふくら)は報知新聞の記者だった人だが、当時の著名人の面白可笑しい〈屁〉談義が紹介してある。著名人といっても、今では知る人ぞ知るだけれどね。(百楽荘というのは福良の家があった大阪・箕面にある地名)

 近着の「同人」を見ると中山太郎、佐々木忠次郎、横山健堂、眞田鶴松君等の大家諸先生の屁の談話(はなし)にて賑はひ居れり。偖(さて)談話の端緒は中山太郎君が「或人よりカッパの屁と云ふのはどんなことかとの質問を受けた」といふのから始まつて佐々木博士が「屁の如しとむかしから云つて屁は形のないものだと何人も考えゐたが、顯微鏡が到來した頃小さいから形がない、と云はれないとて顯微鏡で屁の試驗をした友人がある、その試驗の結果屁は金の粒の集合だと云つて大發見をしたやうに言ひふらして大に笑ひたることがある」と云はれたのは流石に昆蟲學の大家、顯微鏡で屁の試驗とは科學者ならでは浮ばぬ考へなり、金の粒の集合とはいよいよ出でゝいよいよ奇なり、金山の近所に砂金が出るやうな譯か。
         ◇
 横山健堂君は佐々木博士の後を受けて「自分の友人に放屁の妙を得た男があるが屁の上手と云ふのは一齊の屁を幾つかに分けて放つ所にある。デリケートに音樂的に聞えさせるに至つて始めて放屁の妙所に達する。その男は簡単な唱歌の譜位は出來た」と黒頭巾式の放屁美論を試み、最後の眞田鶴松君が「米國で成功せる日本人が、或る富豪の宅にボーイとして雇はれてゐる中、お客の席で令嬢がおならをしたのを、ボーイが自分でかぶり令嬢が顔を赤めず席も白けずに濟んだが、その後令嬢はその男に感謝する念深く、終に愛に落ちたが兩親もこの男の人物を見込んで令嬢との結婚を許した」といふ、おならが取持つ目出度い話で、此面白き諸家の屁談は結ばれたり。
         ◇
 尚此等諸氏の語られたる中に故松山市長加藤恒忠氏に屁の起原沿革に關する著書のあることや、故西松二郎君が芳菲(ほうひ)山人と號し屁の研究に就いて造詣が深く放屁の技術にも長じゐたることなど、われ等には初耳の珍談なりしが斯る他愛なき談話も權臭、銅臭紛々たる今の世の中には却つて臭氣抜きの功用あらんか。

 福良の話の面白さの源泉は座談する人物たちとの同時代性ということにあるが、ご存じの誰某さんが〈屁〉談義をしているということを楽しんでいるわけだね。新聞記者、昆虫学者、評論文筆家といった人たちだから、今でいえば、筑紫哲也とか養老孟司とか猪瀬直樹とか茂木健一郎みたいな人たちが〈屁〉談義している感じですかね。

 ここで語られているのは「屁の粒子論」「音楽肛門」「おならが取り持つ縁」というような、まあ、〈屁〉談義としてしばしば語られる(今となっては)古典的な話題だけれど、初耳の人には十分に面白い(かもしれない)エピソードではあるね。

 この本は「新聞記者は路傍の一石一木と雖(いえど)も取つて以て、材料となる注意力と觀察力を養はねばならぬ、それに少くも百回以上の讀物を休みなしに書くほどの根気を要する」という記者求道の産物である。そこに〈屁〉の話題が闖入しているのだが、記者はこういうつまみ食いは得意のようだね。

 ところで、福良も注目している加藤恒忠の〈屁〉の著書や西松二郎の〈屁〉の研究は今に伝わっていないようである。この二人は〈屁〉を外しても興味深い豪快な人物であったようだが(思うに〈屁〉の道をめざす人は豪快な人が多い)、二人は〈屁〉を通じて交流があったというんだね。ベルギー公使なども務めた加藤は正岡子規の叔父で、拓川と号していた。没後その言動が『拓川集』にまとめられている。西松は地質学の権威で、農科大学の助教授などを経て三重県立工業学校の初代校長だった。(西松のユニークな人柄が「芳菲山人西松二郎先生紀念室」に公開されているのを最近知った)
posted by 楢須音成 at 07:03| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月15日

生理的な屁の特性をまとめる

 生理的な屁についてちょっとまとめておこう。これまでにも、しばしば取り上げてきたけれども、人や食物や時や場所によって屁はいろいろなあらわれ方をするものさ。もちろん、誰一人として同じ屁をする人はいない。そりゃ、ま、そうだね。(以下、引用は中重徹の『一発』に収録された「屁の科学」というエッセイであるが、出典が抜けていて筆者不詳である)

(1)屁には大きい屁(大砲屁)と小さい屁(透かし屁)がある。大きい屁はガス発生量が多いために大きい(大砲)のであり、小さい屁はガス発生量が少ないため勢いがなく大きな音を発し難い(透かす)のである。
 大きい屁を意図して透かす場合は、この自然の摂理に逆らっている。

 大砲屁とスカシ屁と、一体どのくらい大小があるか。これは中々難かしい問題だが、或る物ずきの男が、風呂の中で放って、立ちのぼる泡を集めて測定したら、大砲屁の最も大きいのが四十五ミリリットル、最小のスカシ屁は○・八ミリリットル、通常の大きさのがまず十五か二十ミリリットルであったという、つまり一升瓶一杯ためるには、大きな大砲屁の四十発入用だということになる。

(2)大砲屁を孕む人は天上界において問題になる。それはボイルの法則に従って屁が腸満(ガスによって腹腔が膨満する症状)になるからである。飛行機に乗ったときは要注意である。最近、事件に発展したことがあったね。

 大砲屁も通常の下界では、満座の中で放ちにくいという不自由さぐらいであるが、天上界となると大したことになる。例えば飛行機で上空に上ると気圧が低くなる。物理学で有名なボイルの定律に依れば、
      PV=恒数
である。圧力Pが小となるほど容積Vはこれに逆比例して大となる。それで高度が高くなるほど、腸がふくれてくる。殊に日本人のような、菜食で大砲屁の素質となれば、腹は見る見る膨張して腸満のようになり、痛くて痛くてたまらなくなる。これは戦時中の航空隊でも困りぬいた一問題であった。

(3)その人に大きい(大砲)屁が発生するのか、小さい(透かし)屁が発生するのかは、主にその人の食性(食物に関する習性)によって傾向が出るのである。食性が人間行動に及ぼす影響は大きいと考えられるが、屁においても然り。というか、甚大な影響を与えている。
 動物のみならず、人間(民族)の屁において肉食性か草食性かの傾向はあるはずだ。大きな屁は草食性で臭くない。小さな屁は肉食性で臭い。このことが文化や感性の差となってあらわれてくるはずである。
 例えば、前に日本人とアラブ人やヨーロッパ人との比較をしたね。

 学生時代牛肉会をやって、やたらに肉を食うと、翌日出る屁は、キット鼻もちならぬものであった。あれは過食のため、一部の蛋白が不消化のまま腸の下部まで下がって来たので、それに適合した腐敗菌が繁殖して、蛋白質を分解してインドール、スカトール、硫化水素などの悪臭ガスを出すからである。植物性残渣(残りかす)の場合に起こるメターン醗酵、水素醗酵などに比べると、ガス発生は弱い。それで大砲屁にならずに、小さい屁になる。つまりスカシ屁となる。スカシ屁が臭いのはこのためである。
 それで草食する馬の屁は、大きくて臭くないが、肉食動物のは音なしで臭い。猫の屁が無音で臭いのも上の理論によるものである。

(4)屁は民族性ということばかりでなく階級(職種)にも関連してくる。これは「腸の蠕動」に関連するというが、行動からくる身体性ということだね。また、健康をも左右する。

 労働すると腸の蠕動が盛んになり、食物の通過が早くなる。従って未消化のものが腸の下部に来る。それで労働者は多発する。もしまたその場合飯とか菜っ葉とかを大食すると自然大砲屁となる。労働量が少なく、肉類牛乳などを主として食うと小さい屁の少発となる。もしまた労働も少なく可消化の物を小食するにかかわらずガス発生が多いような場合は、消化器の弱っていることを示すのであるから注意しなければならぬ。

 かくして、〈屁〉的現象は我々の身体に根ざした奥深〜い文化なのである。
posted by 楢須音成 at 21:19| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月21日

〈屁〉で欲ボケするのはいかん〜

 民話の中には同じパターンの話が形を変えて伝承される現象がある。〈屁〉の民話も同様で、日本では「屁ひり嫁」とか「屁ひり爺」などの話が形を変えて広範に流布している。アイヌの昔話の中にも「屁ひり爺」にそっくりな話があるのさ。『アイヌ民譚集』(知里真志保編訳、1981年、岩波文庫)に収録されている「パナンペ放屁譚」である。

 民話の「屁ひり爺」の話とは、屁を上手にひる爺さんが殿様の前で演じてほうびをもらうという話だが(隣の爺は真似して失敗する)、小鳥を飲み込んだので見事な屁をするようになったという「鳥呑み爺」の話ともなっている。一種の致富譚であるが、こうした民話が『お伽草子』(室町時代)にある「福富草子」の祖型になっていることは明らかである。

 アイヌの民話ではこうなっている。ここでは辛酸なめた爺婆の話ではなく、健やかな若夫婦って感じになっているのであるが、下世話な〈屁〉の話から何だかさわやかな哄笑が伝わってくるね。

 パナンペがあった。パナンペがあった。
 ところが、或日(あるひ)パナンペがコクワを採りに山へ行くと、蔓(つる)を伝って可愛らしい
小鳥があっちへ飛びこっちへ飛びしながら
     カニ ツンツン ピィ ツンツン
     カニ チャララ ピィ チャララ
──と鳴いた。パナンペはすっかり感心して、にこにこしながらその小鳥を拝むと小鳥は、パナンペの口の中へ飛び込んで、そのままずっと腹の中へ入ってしまった。
 パナンペはコクワをとって家に帰り、妻に向って、「屁をひるから聞いてくれ」というと、妻は呆(あき)れてチェッと舌打ちをしながらパナンペを横目でにらみつけ、「パナンペよお前一人でコクワを食べたあげくに、腹具合を悪くして屁をもよおすんだろう。汚(けが)らわしいや! 屁なぞ聞きたくないよ」
と答えた。パナンペは笑っていうには、「これ嬶(かか)ア、お前そんなことをいいながら、俺が屁をひったら感心するなよ」と言った。パナンペの妻は怒って口を尖らせていた。パナンペが少しいきむと腹の中で、
     カニ ツンツン ピィ ツンツン
     カニ チャララ ピィ チャララ
と屁の音がした。パナンペの妻はひどく驚いて、
 「どうしてまあパナンペにそのような好い屁が出るのだろう?」と言いながらすっかり感心してしまい、
 「もっともっと聞きたいな。ひって聞かせておくれ!」
とパナンペにねだった。パナンペも大へんよろこんで、幾度も幾度もその屁をひって、退屈もせず、毎日一緒に笑い暮していると、噂は早いものだから、お殿様のお耳に達し、お殿様の御前にて屁をつかまつるべしとて、召し出された。

 こうしてパナンペは殿様の前に連れ出されて屁を命じられる。首尾よく屁が出て殿様は大喜び。パナンペはほうびをもらって裕福な長者になる。そこにやってきたのがペナンペ。ここから事態は暗転していく。このペナンペ、パナンペの裕福ぶりに大いに嫉妬して、事の子細を親切に教えてもらったにもかかわらず「俺を出しぬきよって」と悪態をついて戸口に小糞、小便をたれて帰ってしまうのである。

 ペナンペもまた屁を放るのをお殿様が聞きたく思って召出しの沙汰があった。大よろこびでお殿様の御前にまかり出て、お歴々の食べる御馳走をどっさり食べに食べ、
「うんと食べたなら、(そして)パナンペ以上に大きな屁をひったなら、もっとどっさり色々のものを頂けるだろう」
と思ったので、食べて食べて腹が詰め叺(かます)の様になった。
 屁を命じられると、今まで食べたこともない御馳走を腹に余るほど食べたものだから、腹をこわして大きな下痢糞の山ができ、糞がバタバタと飛び散った。
 お殿様もお家来衆も糞の中に埋れた。
 ひどく殿様たちは腹を立てて、
 「実にペナンペは悪魔であったわい」
といいながら皆で叩いたり斬ったりした。
 泣き叫びながら逃げてくると、妻が見て、ペナンペが赤い小袖を着て、唄を唄いながら来るのだと思ったので、身につけていた襤褸(ぼろ)をそっくり炉の中に入れ、まっ裸でいると、思いもよらずペナンペが刀の傷から血が出て赤かったのであった。
 かくて、着物もなく、寝れば背中を合せ、腹が冷えれば腹を合わせて、つまらない死に方をしたのであった。
 パナンペの方はいつもお殿様から招かれて、屁を命じられては、いつまでも長者で暮らした。
 「今からのペナンペたちよ、決してこの様に人の言葉に逆らったり、欲ばったりしてはならない」
──とペナンペはいいながら死んでしまった。

 最後は音成の嫌いな教訓話になっているが、食べに食べて「詰め叺(藁ムシロで作った袋)」のようになった腹から下痢糞が飛び出して山となるところや、欲ボケの目で刀の傷の血を「赤い小袖」と見てしまうところなどが眼目となった残酷が展開されているわけだね。

 その残酷も「かくて、着物もなく、寝れば背中を合せ、腹が冷えれば腹を合わせて、つまらない死に方をしたのであった」という貧苦のどん底を示して、リアルさ(描写)を強調しているわけさ。(爺と婆ではこんな表現はリアルじゃないねェ…笑)

 日本の民話が爺と婆の話なのに、アイヌの民話では若夫婦というパターンの遷移が音成には新鮮だった。まあ、爺と婆ではちょっと話は暗いからねー。

 一言=人様の前で〈屁〉をするなど危険きわまりないのに〈屁〉でも成功するきっかけはあるのだという致富願望は、民族を越えて絶えることがない〜。
posted by 楢須音成 at 16:33| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 作品探求 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月26日

補遺・〈屁〉的現象のパターン化とは何だろ〜ヵ

 しばしば〈屁〉の作品においてはパターン化された同じような話が流布する。次の〈屁〉の「餞別(はなむけ)」の話(のパターン)もよく知られているものだが、似てるんだけれども基本の筋立が変化している点では、「屁ひり嫁」や「遊女の屁」などとは流布の毛色が少々違うようにも思われる。パターン化の変遷(の意味)を辿ってみよう。
 まず三つの話を比べてみてほしい。

※以下は、中重徹『一発』所収の「いちのもり」、また福富織部『屁』と生田虎蔵『豆栗集』からそれぞれ引用している。

 西国者兄弟、江戸へかせぎに出、おりおり代り代り国へのぼる。ある時、兄貴国へ上らんと思ひ、「どふぞ、弟めが一分も餞別(はなむけ)をすればよいが、しわいやつじゃから合点がゆかぬ。ただし置土産と出てせかしゃうか。いやいやあのやうな奴は、大かた取徳(とりどく)にしやふも知れぬ。いっそただ行くがよい」と弟が方へ行き、「おれは国へ上るいとま乞いに来た。ずい分無事でゐやれ」「それは御きどく」茶ばかり出して餞別の様子も見えねば「これは埒(らち)のあかぬこと」と「そんなら帰って逢ふ」と立つを「ひらに酒を」「いやいや」といいつつ、上がり口にて、ぶいとやる。「これは兄貴、どふでござる」「さればこうもあらふか。『旅立ちにおなら一つを置きみやげ』」弟とりあえず「あまりのくささにはなむけもせず」(小咄集「いちのもり」1775年)

 寛保年中、市川海老蔵(白莚)、大阪に出かける為、澤村訥升(宗十郎)のところへ暇(いとま)乞いに赴いた。かへりしなに、玄関で、つい「ぶつ」と取外した。流石(さすが)は風流人である。
     ぶつと出て顔に紅葉を置土産
 此うやると、送りに出た訥升。
     餘りの臭さに鼻向けもせず

              注:白莚、訥升とあるのは正しくは佰莚、訥子と思われる。

 或る士族のお屋敷に奉公せし娘、大切なる紅葉の宴にて思はずも二連發を引く。厳格なるお屋敷のことなれば、直に暇取らせんとす。されど主人夫婦至極雅味ある人にて、格別角立ちし言葉も須(もち)ひず、妻なる人がいと懇(ねんごろ)ろに諭(さと)せしに、件(くだん)の小娘、早速荷仕舞をして、いざ出立という時に、
     ぷんと出て顔は紅葉の置土産、あまり臭さにはなむけもせず。
と歌ひて、贐(はなむけ)の請求をなせり。主人夫婦も惜しきものよ思ひ、客も氣の毒にいひければ、遂に其まま仕へることとなれり。
 此話、予が郷里(山口縣萩)にありたる事實として聞きたれど眞偽は知らず。

 これらの話を(パターンが明確になるように)まとめてみるとこうなる。

(1)兄弟が江戸に出稼ぎに来て、ときどき交代で郷里に帰っていた。あるとき兄が郷里に帰ることになった。兄は、弟のやつはケチだし自分から餞別なんかしないだろうから、置土産して催促しようとも思ったが、そのまま弟の取り得になってしまう恐れがあり、あえて手ぶらのままで、いとま乞いに出向いた。果たして弟は茶ばかり出して、一向に餞別の様子はない。業を煮やして帰ろうとするが、いまいましいので上がり口で一発ブイと出し「旅立ちにおなら一つを置きみやげ」とやれば、弟もしたたかに「あまりのくささにはなむけもせず」と返した。

(2)大阪に出かける歌舞伎役者の市川海老蔵(3代、俳号は佰莚)が沢村宗十郎(2代、俳号は訥子)のところへいとま乞いに出向いた。帰りしなに、うっかりブツと取り外し「ぶつと出て顔に紅葉を置土産」と機転をきかすと、宗十郎も即座に「餘りの臭さに鼻向けもせず」と返した。

(3)武士の屋敷に奉公していた娘が客もいる紅葉の宴で、うっかり二連発をやらかした。雅味ある優しい主人夫婦ではあったが、厳格な武家のことゆえ娘にひまを出さざるを得ず、奥方は角を立てずに娘を順々に諭してひまを取らせようとした。娘は出立のときに「ぷんと出て顔は紅葉の置土産、あまり臭さにはなむけもせず」と歌って暗に餞別を願ったので、主人夫婦も客も感心して才を惜しがり、結局そのまま奉公を続けることができた。

 いやー、面白いではないか。同工異曲を感じさせるものの、三つの話には三様の場面があり、よくよく見ると趣が大分違うのがわかるね。同じような歌をうたってはいるが、異なる立場での機転のやりとりになっているわけさ。

 強いてテーマのようなものを言ってみれば(1)庶民のしたたかな物欲の応酬(2)芸能知識人のけれんみのない風流(3)奉公人のきびしい礼儀作法(掟)と才気…という感じであろうか。

 順序はわからないが、これらは似たような〈屁〉の話が伝播しヒントになって生まれているに違いない。元ネタってやつがあるんだね。音成の考えでは流れとして(1)→(3)へと遷移していったように思うのだが、話の面白さ(パターン化)の源泉になっているのは、「突発的な屁に対処する機転(表現の才気)の展開」を描いているという点にあるのは変わりない。

 一応(1)が元ネタに近いと考えるのは、物欲という人間の生の(臭い)振る舞いを活写して単純に面白いからである。兄弟のベタな物欲の相克が実に可笑しい。餞別をもらえない腹いせにわざと屁をして「おならを置土産」と当てつけるが、兄の振る舞いをお見通しの弟に「(あんたの魂胆は)臭くて鼻向け(餞別)できねえよ」と切り返される。ここは(臭い)屁でなければ可笑しみが成立しないわけさ。(餞別をくれとも、やらないとも一切明言せず謎かけの応酬に終始して最後は屁に落ちるのであるね)

 これが(2)になると(当時のみんなが)よく知っている歌舞伎役者が登場する実話仕立てとなり、話は少々上品になる。二人は同世代の仲のいい役者で俳号を持つ風流人。そういう人は「おなら」などとは軽々に口にしないし、わざとじゃなく(多分)うっかり取りこぼして、すかさず「顔に紅葉を置土産」と洒落るわけである。そういうウイットや含羞を見せるやりとりが眼目なのさ。もっとも、物欲の臭みはないが「餘りの臭さに鼻向けもせず」と臭ーく話が落ちる(落とされる)ところが、これまた〈屁〉の趣向というわけである。(「おなら→顔に紅葉」の言い換えを最初に思いつくのはなかなかのもの)

 こう見ると(2)は(1)の変奏の要素が強いわけだが、二人の役者は(1)の小咄を知っていての本歌取りを楽しんでいるともいえるんだね。(そのように話の作者は意図したのであろうね)

 それでは(3)はどうか。「紅葉の宴」と最初から真っ赤かの状況演出で用意万端だが、武家屋敷の奉公人の娘が満座の席で屁をするという舞台設定。しかもその屁は「二連發」。娘は即クビである。ここには武家社会の厳しい掟である礼儀作法(あるいは体面)による断罪が、屁の一発(いや二発)に適用される悲劇喜劇があるわけさ。ところが娘は処分撤回を勝ち取る。出立のときに、娘が一首を詠んで餞別をねだるという、その一首にこめた才気が身を救ったわけである。(娘は歌舞伎役者の話を知っていて、とっさに口に出たのかもしれないね)

 この(3)は(2)の「紅葉」を踏襲している点で、その延長にあるともいえるが、背景を全く置き換えてある。しかも付け句の形を取って二人で詠んだ一首を一人で詠んで、反語的に餞別を要求するという(高度な)芸を示し、ほかの二話とは系統を異にする趣向になっているのである。

 さて、こう見てくると(1)〜(3)は基調としては「似ている〈屁〉の話」というパターン化を示しながら、それぞれ趣向を凝らした三様の話になっているのがわかる。(1)→(3)になるにつれ作話は技巧的になってくる。(3)に至ってはほとんど別の話と言ってもいいくらいであるが、それでもこの三つの話は、決定的な場面で切り出される歌でつながっているわけだね。

(1)旅立ちにおなら一つを置きみやげ あまりのくささにはなむけもせず
(2)ぶつと出て顔に紅葉を置土産 餘りの臭さに鼻向けもせず
(3)ぷんと出て顔は紅葉の置土産、あまり臭さにはなむけもせず

 つまり、ここがパターン化のポイントになっていて、「突発的な屁に対処する機転(表現の才気)の展開」がリアルの核になっているわけさ。そこでは「嫁」とか「遊女」とかの話のような登場人物の必然性は薄く、意外な人物の状況への対処(句を捻り出す才気)の様を描くというパターン化があるだけである。それを、単純に技巧(趣向)の話と言ってしまえばそれまでだが、やはりそれは〈屁〉でなければならないということや、〈屁〉に対抗するに技巧という観念の技術力をもって組み伏せる面白さが追求されている。(要するに〈屁〉を歌にするとはそういうことだ)

 だだし、技巧はリアルさを保つために常に新鮮な趣向を要求するね。技巧が陳腐(ただの繰り返し)にならないためには常に更新されなければならないのである。(1)〜(3)の話が趣向を変えてくるのもそのせいにほかならないのさ。

 作品化される〈屁〉のパターン化には、このようなタイプもある。
posted by 楢須音成 at 00:03| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 断片考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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