2006年12月03日

続続・嫁は屁をして幸せになれるだろ〜ヵ

 現代の嫁には忌避される〈屁〉の話ではあるけれど、学者もちゃんと論じているさ。稲田浩二の「昔話と説話文学―屁ひり嫁と力女の場合」(1974年)では「屁ひり嫁」の起源になった話を推定し、その原話が遷移する過程を考察している。

 まず、稲田は丹後半島で古老から直接取材した「屁ひり嫁」を紹介している。筋立ては前に紹介した「部屋(へや)の起こり」の起源譚と同様だが、稲田の分解に従ってポイントを紹介しておこう。

@息子が旅先から嫁を得て帰る。屁を我慢して日増しに顔色がさえない嫁に、姑は「まあ、屁こくぐらいのことは、誰でもこくんだし、ほんな、別に遠慮せんかてええ。今日は屁こいたらええ」と物分かりのいいことを言ってくれた。
A嫁が屁をこくと、世帯道具はみな壊れ、姑はひっくり返る大きな屁だった。
B姑は「こんな嫁はなんぼ気に入ってもよう置かん」と息子がいないのに嫁を離縁した。
C嫁は里へ帰る途中、大屁で木になっている梨を落として、賭けをした呉服屋と小間物屋から運んでいた荷物を手に入れた。
Dそこへ婿が通りかかり、嫁の話を一部始終聞いて、手に入れた荷物とともに嫁を連れて帰った。
E姑は当惑したが「嫁の屁が出そうなときはそこに行って屁をこく家を別に建てよう」という息子の提案に従った。
Fこの話は、「へでもない」という言葉と、嫁取りしたら「へや」を立てることの起源である。

 音成が前に紹介した話とは、登場人物の心理は微妙に違う(その違いも興味深いテーマになると思う)けれど、「嫁が屁の利得によって嫁としての立場を保持する」という基本は同じである。

 稲田はこの話を「嫁女がそのもてる異能によって離縁される、しかしその異能によって再び手柄をたてる」というようにとらえて、同じ展開の話を『日本国現報善悪霊異記』(810〜824年)の中巻「力女、強力を示す縁第二十七」の一話に見出している。これも稲田の分解に従ってポイントを紹介する。

@尾張国中嶋の郡の大領だった久玖利(くくり)の妻は万端よくできた女人だった。手づくりのうるわしい衣を夫に着せていたが、上司の国の上がそれを取り上げてしまった。妻は帰ってきた夫にその衣が惜しいかどうか聞いた。夫は惜しいと答えた。
A妻は出かけて行って「衣を返してほしい」と頼んだ。国の上は女を追い払おうとしたが、女は二つの指で国の上がいる床を持ち上げて門の外に出て、なお返せと言う。国の上は怖れて衣を返した。
B大領の父母は「国の上に怨まれる」とこの事態を怖れ、息子を呼び「仕返しされる。心配で寝ることも食べることもできん」と言う。こうして女は離縁された。
Cこの後、女が草津川の河津で衣を洗っていたら、荷を乗せた船が通過しようとした。船長が女を見てからかったので、女は「黙りなさい、人を犯す者は、頬を打たれますよ」と言った。船長は怒って船を停めて女を打ったが、女は痛がりもせず船を持ち上げ、荷を載せながら一町ほども引き上げた。怖れた船人が謝ったので女は許した。
F経に説くように、先の世に大枚の餅を作り三宝衆僧に供養した結果この強力を得たのである。

 以上に示した「屁ひり嫁」と「力女」の@〜Cの類似性(異能で離縁され異能で真価を認められる)について、稲田はもとになった原話の存在を推定し、口承昔話と説話文学の「原話との類似」を指摘するのである。なるほど、原話があったんだねー。

 この原話というのは、『続日本紀』の天平七年(735年)の記事、あるいは『延喜式』や太政官符(914年)にある記述である。そこには「諸国の貢(たてまつ)れる力婦」や「贅力ある婦女」に、その力を褒めて田畑を与えたという話が出ている。(男と同様の力のある婦女を異能として優遇したわけである。そういう婦女が諸国から貢がれたんだね)

「尾張の国人は、力女について少なからぬ関心をもっていただろう。力ある女は人々の話題にのぼり、都へのぼるというはなばなしさも加わって、世間話のかっこうの人物ともなったろう」と稲田は言う。さらに尾張国は強力で名をなした元興寺の道場法師の生地であり、尾張の力女が道場法師の子孫とされるのは自然な成り行きであって、「力のある尾張の奇女は、血統正しい英雄の列に組み入れられる」というわけである。

 原話の筋立てが、このような道筋を辿って説話文学へむかった方向は、まあ、納得がいくね。要するに、そこには事実をふくらました物語が発生している。しかし興味の対象である異能となる「力」そのものは質的変化を起こしているのではない。(「力」が強いというのは「力」の極端化であって、質的変化ではない。異能が〈屁〉になってしまうと、これはもう質的変化になってしまうわけさ)

 さて、〈屁〉である。
 もともと「力女」の話というのは全く〈屁〉の話ではないわけだね。これが〈屁〉になる。この話の遷移は面白いねー。「力」ではなく〈屁〉が語り出されたときに何が起こったというのか。

 ※音成の考察の要点はすでに前回述べていますが、今回の論の補強は次回に。


posted by 楢須音成 at 14:07| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 断片考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月08日

最終・嫁は屁をして幸せになれるだろ〜ヵ

 「屁ひり嫁」の民話は「力女」が「屁女」へ転化したものであった。そして、それは質的に転化を遂げているのだ――というのが音成の解釈であった。

 民話研究家の稲田浩二は「(古代の民衆は)力女について少なからぬ関心をもっていただろう。力ある女は人々の話題にのぼり、都へのぼるというはなばなしさも加わって、世間話のかっこうの人物ともなったろう」と民話発生に至る民衆の動静を述べている。しかし、そこからなぜ「力」が〈屁〉になってしまったのか。

 稲田の論考は大変示唆的ではあるのだが、この辺から音成の関心とは違う方向に展開してしまうのさ。「力」が〈屁〉になったのは語り手が笑話を追求し、その完結性を求めたからであるというのが稲田の基本の主張である。そうだろうか。稲田の解説を抽出する。

「(力女の話は)伝承の節目ごとに、時の流れにつれて新しくよみがえる点も少なくなかった。その著しい変化点は、大力から大屁へといっせいに転じていったことである。この系列のおもむくところ、奇女はしばしば愚かな笑わせ役に零落する」

「大力と大屁との相違を、一方が上品で他方が下品だと感じるのは、おとなのとり澄ました常識というものであろう。力女から屁女への転じぶりを話の品性の零落とするのは自由だが、民間口承の説話が昔話としての特色を明らかにしていくにつれて、それはおのずから生じた傾向といってよい」

「このような大話系の話(空想的な誇張話)がさかんに行われるきっかけは、力女が屁女になっていったことにある。慎しみ深いはずの新嫁がこともあろうに人前で放屁するということは、そもそもほとんどありえないことであり、また、あってはならないことでもある。語り手はその常識を逆用して、嫁の大屁に話の展開を託する」

「そのたどりついた先は、いみじくもグリム兄弟が命名したように『子供と家庭の童話(Kinder und Haus Marchen)』であることは、洋の東西を問わないようである」

「おとなの語り手たちは、昔話を幼児の好みに合わせて語り変えようとする。力女から屁女への思いきりのよい変貌も、多くはそのためにおこったことではなかろうか。子どもの露悪癖はとめどないものである。おとなが顔をしかめ、禁じようとすればするほど、子どもの露悪の興味はふくれあがっていく。家庭の日常では、とかくしつけの厳しい向きでは、屁の話、大小便の話などはありうべからざることであった。しかし子どもにはそれこそ興味の的であった。とりわけ、若い女性、嫁女などの放屁ということは、聞いて何よりたのしいはずであった。
 まとめていえば、屁女への転化は語り手聞き手の双方が一致した趣向であった。(後略)」

 そーだろうか。現象の表層の流れとしては稲田の言うようになっているかもしれないが、そういう風に語ってしまっては〈屁〉的現象の深層は不明のままではないか。この論の展開は「嫁」と〈屁〉の本質に触れぬまま、「力女」が完成した笑話になり展開しているという表層の結果を取り出し理由にして、最後は趣向の問題にしてしまっている。「力」は〈屁〉への刺激剤となった→〈屁〉は完結性のある(完成度の高い)格好の笑話ネタであった→だから屁話になった、というわけだね。
 これでは単純に「話を〈屁〉にした方が面白いから」と言っているだけではないか。

 なぜ「力女」は「屁女」になったのか。まさにその落差をもって「屁ひり嫁」の話は浮かび上がらねばならないのである。
 まず次の流れを押さえておこう。

@「力女」とも呼ぶべき並外れた力を持つ女人がいた。(事実の発生=未完成な話の段階)
Aそういう存在が人々の話題となり事実ぽい話にふくらんで流布した。(疑似事実の発生=ウワサ話やホラ話のような話の段階)
Bその話は形を整えつつ(a)仏教的な説話=知識階級の作品に取り込まれ(b)娯楽的な口承民話=民衆の作品に取り込まれた。(物語の発生=作品化された話の段階)

 では、(a)と(b)の方向の違い(落差)は何か。

(a)→ 理念的な取り込みの方向である。ここで「力女」は並外れた正の力として扱われた。正の力とは社会的に生産性がある力である。それは向日的で権威的であり、お上(権力や秩序)も認める力である。
(b)→ 情緒的な取り込みの方向である。ここで「屁女」は桁外れの負の力として扱われた。負の力とは社会的に無意味かつ無作法な力である。それは背光的で自虐的であり、本来誰も認めない(架空の=非現実の=隠蔽される)力である。

 この(a)が導くのは「力女」が、もともとの自身の力を拡張して成立する話である。これに対して(b)では「力」を「屁」にすり替える意図が働いて「屁女」へと転化し、話が成立している。このときの質的変化の内実とは上記のようなものであった。ある意味それを「話の品性の零落」ととらえても一向に構わないさ。選択された「品性の零落」には理由があるんだよ。

 美醜の関係を考えてみればよい。そもそも〈屁〉は花嫁という「美」なるものを「醜」に転落させる危機をはらんでいるわけである。

 作品化の動機に「美」を選ぶか「醜」を選ぶかの深層の選択(意識性)は、表現しようとする対象の(例えば立場や身分などに発する)社会性や(例えば美醜や身なりなどに発する)身体性によって決定されると言わねばならんね。そして「屁女」への転化とは「美(正)」から「醜(負)」への意図的な転落(選択)なのである。

 民話の根底にあるのは常に民衆の暮らしぶりだね。そこでは秩序に帰依する「美」よりも、秩序から放逐される「醜」が切実(リアル)だった。つまり、社会的下層であることや貧困であること、そしてそれらに囲い込まれた家族や世間の相互関係が、彼らの意識の深層で切迫した危機感を常に反復させていたのである。

 そういう危機感にさいなまれている民衆が(b)の方向を辿ったとき〈屁〉が登場した。

 そのとき〈屁〉というものの存在感(危機感)が「嫁」と重なったのである。稲田が言うように「慎しみ深いはずの新嫁がこともあろうに人前で放屁する」など当時も今もありえないことだが、そこで隠蔽される〈屁〉の有様こそは、負の属性(醜)を引き受けて家族や世間と関係を切り結んでいく嫁の姿だった。

 当時も今も「新嫁」は美しい存在である。〈屁〉は似つかわしくない。しかし、そのとき「嫁」は家族や世間の関係の中では一番弱い(過酷な境遇の)存在だったのである。他人の弱さを「醜」とし、自分の弱さを「恥」とするのは我々の文化的心性である。「嫁」には〈屁〉を介して自他ともに認めざるを得ない美醜が共存していた。

 ウチの嫁が怒り出したように、そういう言い方(「嫁」=〈屁〉)をすることは、他人に対しても自分に対しても無意識に忌避(拒絶)される。「醜」あるいは美醜の共存は、あるまじき現実なのさ。しかし、「嫁」が〈屁〉をすりゃ誰もが笑う、というのは美醜の共存(表裏の関係)からくるんだよ。〈屁〉にかこつけて「嫁」を笑うのは、稲田が指摘する「不具者の不具を笑いものにするような話、『三人片輪』とか、愚かぶりを誇張するような愚人譚こそ、笑話の笑話たるゆえんとなる」という民話の構図の中に潜む仕掛けなのである。

 その「笑話たるゆえん」である構図の仕掛け――つまり、「醜」あるいは美醜の共存を笑い飛ばそうとする行為こそ、自らの暮らしぶりを負のエネルギーで活性化させようとする意志だったのである。そこには一発逆転の夢すらこめられていた。

 こう見てくると「屁ひり嫁」で、直接的には「嫁」と〈屁〉が語られているにしても、その深層においては、「嫁」と〈屁〉に民衆自身の姿(階級性)を重ねてもいいわけさ。〈屁〉がもたらす富は民衆の見果てぬ夢(逆転劇)だったのであ〜る。

 まあ、このような深読みはさて措くとしても、「屁ひり嫁」はやがて子供を産み、その子供が嫁を迎える。自分は姑となって夫を乗り越える(!)のであるが、そこに至りさらには死ぬまでの(家族や世間の相互関係の中での)女の一生があるわけさ。もちろん、一生のうちには〈屁〉の意味合いもその時どきで変わってくるんだよ。

 さすれば現代の「嫁」がもたらす〈屁〉的現象は、いかなる変貌を遂げているのであろうか〜。
posted by 楢須音成 at 20:27| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 断片考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月15日

何はともあれ我々は〈屁〉に寛大

 先日アメリカで発生した出来事。旅客機内でマッチを擦ったようなニオイが立ち込めて機を緊急着陸させたのだそうな。ロイター通信は次のように伝えていた。

「【ナッシュビル(米テネシー州)6日】米ワシントン発ダラス行きのアメリカン航空便が4日、途中にあるナッシュビルの空港に緊急着陸した。原因は、女性の乗客が飛行中、自分の放屁のにおいを隠そうとしてマッチで火をつけたため。同空港のスポークスマンが6日明らかにした。
 それによると、他の乗客からマッチの燃えた匂いがするとの通報があったものの、女性はその場では名乗り出なかったという。
 同スポークスマンは『もちろん彼女には怖さと恥ずかしさもあったでしょうが、乗客全員が飛行機を降りざるを得なかったうえに、検査犬を導入するなどして全荷物を検査しなくてはならず、事態収拾までに約3時間かかりました』と語った。
 女性には同じ便への再搭乗は許可されず、アメリカン航空の利用も拒否された。
 ただ同スポークスマンは『悪意があった訳ではなく不測の出来事だったので、彼女は何ら罪には問われません』としている」(ロイター)

 さて、この事件は「飛行機という密室で屁をし、マッチを擦ってニオイを隠蔽した(代わりのニオイにすり替えた)」というものであるが、どういう状況であったのか。まあ、話の推移はこうなりますかね。

@女性は飛行機に乗った。
A彼女は(我慢できずに)屁をした。
Bその屁は(ギョッとするほど)臭かった。
C彼女は(ニオイを消すため慌てて)マッチを擦った。
D彼女は機内で火気を連想させるようなニオイは警戒されることを忘れていた。
E乗客は(屁と?)マッチのニオイに(不審に首を傾げつつ)反応したが(マッチの)ニオイを通報し騒ぎ出した。
F大騒ぎになっても彼女は(恥ずかしさのあまり)名乗り出なかったが、(騒ぎを終息させるために)放屁を白状せざるを得なくなった。
G(事情を把握した)航空会社は彼女の再搭乗および同社の航空機の利用を拒否した。

 ニュース記事の常として、話の骨格はわかるんだけど、深層を把握するには、事実という肉の付き具合(細部)や全体の姿(真実らしさ)はほとんど不明であると言わねばならんね。語るほどに藪の中である。

 そうではあるけれど、ここには女性と乗客の危機意識の違いの緊迫した劇があるのさ。このとき、通報した乗客の危機意識は機体に及ぼうとしている何らかの危険であり、屁をした女性の危機意識はただひたすらに自分の屁の発覚だね。異常なニオイの原因の特定は屁の発覚になるのであるから、もちろん女性は騒ぎ(調査)に対して沈黙するが、同一機内の乗客という運命共同体の「異分子」として孤立することになる。

 この話の笑いの核心は、屁が自らの姿を消して別のニオイにすり替わったものの、そのニオイはそこには存在してはならないニオイで、しかも致命的な危険を示唆するようなニオイだったという失敗にある。

 そこには〈屁〉の振る舞いが教訓的に現象化した一つの姿があるね。――要するに〈屁〉の恥の隠蔽にはリスクが伴うということ。そして隠蔽は時としてとんでもない重大事にふくらんでいくが、それを沈静させるためには恥をさらさねばならぬという人生行路があるのであ〜る。

 〈屁〉の恥は引き受けなければ収まりがつかないのは「罪」と同じであるが、〈屁〉で事件を引き起こしたことが罪(犯罪)にならず(航空会社は訴えず寛大だった)、当局も我々も追及が腰砕けになるのは〈屁〉であるがためである。まあ、屁とは関係なく遊びでマッチを擦ったのであったならば、事情は斟酌されず罪は加重されたに違いないわけだね。
 
 これは〈屁〉の危機感というものが、人間生理を踏んまえて、やむにやまれぬ不可避な現象であることを示しているわけさ。それは理解を得る(可能性がある)。事件を伝える記者にだってそれを許してしまう心情があるんだよ。(音成はそれを、立場を越えた〈屁〉の「深層における危機感の暗黙の共有」と呼んでいる…笑)

 では、もう一度この事件を別の記事で振り返っておこう。

「【ワシントン6日】アメリカン航空の旅客機が、乗客の女性の放屁が原因で緊急着陸し、爆発物を捜索するなどの大騒ぎとなった。
 同機はワシントンからテキサスに向かっていたが、乗客の1人が乗員に硫黄の燃えるにおいがすると訴えた。このため、同機はテネシー州ナッシュビルの空港に緊急着陸。99人の乗客全員と荷物のすべてが同機から降ろされ、爆発物を見つけるために嗅覚犬を使うなどして捜索が行われたが、結局、何も発見されなかった。
 連邦捜査局(FBI)の捜査員が乗客全員から事情聴取を行った結果、1人の女性客がおならのにおいを消すため、機内でマッチを燃やしたことを白状した。この女性は、恥ずかしさからなかなか本当のことを話さなかったが、最後にしぶしぶ、放屁を認め、ガスがたまりやすい医学的な問題を持っていると語ったという。
 この女性の姓名は明らかにされず、告訴もされなかったが、アメリカン航空はこの女性の同航空機への搭乗を長期間禁止した」(時事通信)

 どんな事件も心理劇の真相は藪の中。一つ言えることは、飛行機に乗ると気圧の関係で屁は出やすくなる。腹具合にはくれぐれも注意が肝心であ〜る。

※記事の引用は「Yahoo! JAPAN」から
posted by 楢須音成 at 22:39| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月23日

〈屁〉を奨励したヨーロッパ的感性

 人間の排泄物を歴史的にとらえた『図説排泄全書』(マルタン・モネスティエ著/吉田晴美・花輪照子訳、1999年、原書房刊)の中に「おなら――肛門の叫びとささやき」と題して〈屁〉に関するまとまった記述がある。フランスの本である。
 これまで音成は〈屁〉に関する外国文献は、同じフランスのロミ&ジャン・フェクサスの著作を邦訳した『おなら大全』(作品社刊)ぐらいしか紹介していないが、外国のことは、いま一つようわからんのですよ。日本的な〈屁〉とはどこが違うのだろうか。まあ、基本は同じと思うんだけどさ。

 この『図説排泄全書』の〈屁〉の記述は、世界史的な目で、隠蔽される〈屁〉と隠蔽されない〈屁〉との歴史的な変遷を辿っている。これがとても興味深く面白い。モネスティエの認識(記述)はこうである。

「礼儀作法は国や時代によって絶えず異なっている。しかし、古代の民族は常におならを認め奨励してきた。今日我々が不作法と考えるものは、歴史と共に幾多の変遷をくぐり抜けてきたものである。代わる代わるに悪い前兆あるいは良い前兆と見なされ、神格化され、あるいは悪魔や悪霊の現われとして拒絶され、あるいは健康には不可欠のものと考えられたおならは、華やかな時代も暗黒の時代も経験してきたのである」

 つまり、国や時代によって〈屁〉は奨励されたり、恥ずかしいものとされたりしてきたわけさ。その上でモネスティエはどうやら、最初の古代民族は〈屁〉を奨励した(その発祥において無作法とは見なされなかった)と考えているようである。モネスティエは歴史を辿る。

 エジプト → 〈屁〉を神格化した。
 ギリシャ → 〈屁〉を縁起のよいものとした。
 ローマ  → おならの神様「クレピトゥス」がいた。(エジプトに起源)
        食卓での〈屁〉の自由が重要視された。
 中世   → 全期を通じて放屁に一切の遠慮はなかった。
 ルネサンス期 → 一部の博士が〈屁〉は「礼儀に反する」と主張したが、否定された。
 16世紀  → 礼儀作法に関する感覚に次の二つの変化が生じた。
        @ 勝手気ままな〈屁〉は下品である=〈屁〉の否定者
        A〈屁〉を我慢するのは偽善であり健康に悪い=〈屁〉の支持者
        両者は同じくらい多数だった。
 17世紀 →  @とAの闘いはAの勝利となった。
        ルイ14世のときほど〈屁〉に関心が集まった時代はない。
       〈屁〉はあけっぴろげで大笑いの的だった。
        「この種の下品な砕けた態度」はルイ15世の時代も同じだった。
        当時、全ヨーロッパがそういう〈屁〉をした。
 18世紀 → 〈屁〉に関する放屁方法の理論書が出版された。
 19世紀 →  その著作は50年後に社会分類的研究を添えて再版された。
        この世紀には〈屁〉は軽蔑されるようになっていた。(例外はあったが)
        一方で〈屁〉を操るアーチスト(放屁奏者)が出現し人々は死ぬほど笑った。
 20世紀 →  1975年アメリカでボランティアを募り〈屁〉の画期的な科学分析が行われた。
        かくして今日に至るまでに〈屁〉は科学的に研究され成果を上げている。

 しかしながら、このように時代の流れを語られてしまうと〈屁〉という無作法は、16世紀頃から近代に至るにつれて漸次発生してきた(あるいは強化された)のかと思ってしまうね。そうなのだろうか。

 もちろん、モネスティエは〈屁〉がその起源から口笛と同様に正当な楽器に類するものとして遇されたとは思っていないはずである。
 だって考えてみてほしい。人類が初めて屁を体験したとき、怪訝な顔して(ニオイに)鼻をつまんだか(異音に)耳を疑ったかしたはずであるよ。そんな〈屁〉に「そんなはずはない(何もないところに異臭と異音はあってはならん)」と思ったのが、〈屁〉を最初に受け止めた人類の感想だったのである(かな?)。そこには口笛のような居心地のよさは全くなかったのであ〜る。

 歴史はそこからさ。そこから、そういう怪奇な〈屁〉を処理する観念(どう受け止めるかの決断)の歴史が始まっていくのである。古代の民族が鼻や耳を裏切って〈屁〉を奨励したとしても、そうしたのは何やら深層の理由があったんじゃないか。この本からは、隠蔽される〈屁〉と隠蔽されない〈屁〉とのヨーロッパ的展開(あけっぴろげな奨励)がうかがえ、日本とはどこか違うことだけは十分伝わってくるんだけどねー。「屁較論」はそのうちに。

 モネスティエは最後を次のように締めくくっている。

「おならに関しては社会的側面も忘れてはならない。ケラー某なる者に率いられたアメリカのある弁護士団体が一九九三年に、ニコチン中毒に関する法律を公衆の面前でおならをすることにまで拡張するために裁判を起こした。この訴訟は、ノーラムとかいう男が大豆の丸薬をいくつか飲んで、ニューヨークのレストランで、ことのほか臭いおならを大量にした後に起こされている。もっとも、この男は警察からも放り出されたが。
 現在では、同様の裁判がケラーの団体とおなら擁護者のあいだで行われており、擁護団体はアメリカ最大の裁判所で、ガス排出の自由は憲法第一条及び第四条修正条項によって保護されるべきであると主張している。
 紀元二〇〇〇年が近いというのに(注:この本の原書は1997年出版)、生まれつつあるこの科学にまだ文化的な制約が課せられてはいるが、今日、おならは学は完全に医学の分野に入っている」

 おやおや、〈屁〉が憲法まで引き合いに出すほどに観念(権利)の肥大化をもたらしていると指摘しながら「おなら学は完全に医学の分野に入っている」というのは意味不明でしょう。絶対に〈屁〉は医学だけでは語れない現象である。

 なお、この本では19世紀末にムーラン・ルージュで人気だった「おならの名人」のことがページを割いて紹介してあるほか、いろいろなエピソードや豆知識が手際よくまとめられている。そして、糞尿などの排泄物とは交わることなく一線を画して、この〈屁〉の章だけは屁のように浮き上がっているんだよねー。
posted by 楢須音成 at 01:21| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月29日

〈屁〉は疎ましくても駆逐できない〜

 精神科医が書いた小説集『檻の時間』(石田春夫著、1978年、昭和出版刊)に「屁男」という短編がある。この小説集には寓意や幻想(非現実)を含んで展開する奇妙な世界を描いた作品が入っていて、「屁男」もそういう作品の一編である。

 筋立てを単純に言ってしまえば、精神科医のところに屁が止まらない男が現れて、何とかしてくれと泣きつく話なのさ。聞けば男は、宮中の皇太后付きの宮内大夫で「判官(ほうがん)」という綽名だというんだね。「屁男」という題名に惹かれて読み始めた読者なら、この男が屁男なのかといぶかるところから話は始まるわけだが、実はそーなのである。

 要領を得ない男の態度も、男が置いていったノートによってことの次第がわかる。


「乱筆お許し下さい。
 私は長い間、私の躰の異常のため死ぬばかりに苦しんで参りました。誰方に話しても相手にされません。一笑に附されてしまいます。けれども私にとっては非常な重大問題なのです。生死をかけた問題なのです。このことの解決しない限りたとえ死んでも死にきれません。
 異常と申しますのは、私のpetのことなのです」(pet=フランス語で屁。「ペ」と発音する)


 やがて医者は知る。


「尾籠な申し様ですが、私、四六時中petが鳴りやまなかったのでございます。
 こんなことを申し上げては失礼ですが、どなたにも、御経験はおありのことと思います。このpetと申しますものは、場合によっては大変気持のよいものでございます。一つや二つならこれも愛嬌のうちでございます。けれども私の場合にはそんな生やさしい代物ではございません。ただ憎い一方のものでございます。ある時は凱歌を奏する如く高々と鳴り響き、ある時は残酷にひねこびれたせせら笑いにも似て、制止しようと致します私の必死の努力もものかわ、私の精神に手ひどい傷手を負わせながら、鳴りおわっては大気のなかに姿も見せず、悠々と飛び去り消え散るのです。気分爽快になるどころではございません。
 人前で遠慮も会釈もなく、文字通り傍若無人に鳴り催すのです。催したが最後でございます。私が顔面蒼白、冷汗までかき、躰をよじり、足の踵でおさえつけ、あらゆる努力で制止しようと致しましても、この腹中に生じました気体の恐らくは円形でございましょう、その気体の塊は、自由の天地を求める旺盛な初志を貫徹せずにはおりませんでした。──」


 かくして暴走する猛烈な放屁によって男は身体(放屁)の制御を失っており、身体は自分のものならぬ異物となり、身体嫌悪(他者の前で身体の消滅を願う)へと陥っていたのである。身体の制御権を見失った心性にあっては制御の主客が転倒している。つまりは自分の存在意義が放屁という身体性に奪われてしまうのさ。そういう屁男が誕生していたのである。


「私は自分のpetのために次第に人間嫌いになって行きました。何時の間にか私はすっかり人が変わってしまいました。背も曲がり、人の目を見ることも出きず、いるのかいないのか分らぬ、影のようなひっそりした人間になってしまいました。にもかかわらず時に従って鳴る音が大いに私の存在を明らかにするのでございました。
 (中略)自分の躰が憎らしく恐ろしく厭うべきものでございました。この鳴りやまぬ躰はふと気味さえ悪いものでございました。──」


 手記を読みながら医者は「異常放屁にもとづく心因性鬱状況、即ち一種の神経症」とか「petの怪音というのは実は幻聴で、これが疎外感あるいは関係妄想をおこし、他人を逆うらみしている精神分裂病」ではないかとか精神分析的診断をあれこれ下してみる。
 しかし自分の妄想から屁男になったわけではなさそうだ。職場での同情、憐憫、嘲笑を一身に背負った屁男は、本当は「屁ひりの判官」という綽名を頂戴しているのであった。

 屁男は宮中の漢方医から漢方でいう「風病」であると診断されていた。まあ、風の気にあたっておこる病気というわけで、いかにも「風=屁」という連想からみても、診断はもっともらしいではないか。手記中の漢方医は諸病が生まれる原因を説く。


「<ひとしきり風病の解説をして>医者は大きな咳ばらいをして申されました。『まあ言ってみれば、腸中風、または肛中風ということになるか。すなわち貴下は内臓諸器官は幸いに壮健だから、一たん皮膚に入った風は行きどころを失い、空を求めて再び風となる。これすなわち、屁と申すものだ、お分かりか。』
『生命に別条はございませんか。』と伺いますと、
『まずその心配はない。がなるべく息を吸うことをひかえ安静にするのがよろしい。何しろ相手は風だ。どんな些細なすき間から五臓に入りこまないとも限らぬ。しかしまあ、風が尻からぬけるのは、不幸中の幸いというべきだ。』」


 このような漢方医に対抗して精神科医は現代医学風の解釈をやってみる。


「腸内で発生した気体すなわちガスが肛門から体外に排泄されるものであって、元来生理的な現象である。さて、放屁が病的に盛んであるということには理論上、次の三つの原因が考えられる。第一には腸内で蛋白質の異常分解が起った場合で、この時には発生した有毒ガス、スカトールのため異臭を伴うのが常であり、その性質は湿性である。第二には腸の運動が亢進したもので、この時には異臭はあまりない代りに、音は高くかつ乾性である。第三には肛門の括約筋が弛緩した場合で、この時のは節度なく弱い性質のものである。」


 語られる精神分析、漢方、現代医学という三様の見立てがむなしいのは、暴走していく放屁に有効でないからである。屁男の屁は解説不能で、ただひたすら不気味。この辺から話は後半に入り時間のトーンが変わっていくのだが、実はここまでは〈屁〉を浮き立たせる長〜い伏線になっているとみてよいわけさ。

 独身のままの呪詛を吐露しつつ、「何時になったらこの躰が鳴り止むかと思っておりますうちに、空しく青春も過ぎ去りました。山に桜が咲き、野に鳥は歌う春にも、私の心はうつうつとして楽しみません」という、さりげない時間の飛躍が手記に登場する。
 「青春も過ぎ去り」というここは大事な場面転換になっている。このあと話は診察室にやって来た屁男との対話によって進行していく。精神科医は手記を読んだ結果を踏まえて精神療法を試みる。
 世の中の事例を引いてきて分析したり、励ましたり、説教したりと頑張ってみるのだが、まあ効果なし。やがて精神科医は屁男が涙ながらに語る事件を知るのである。

 ある日、屁男は皇太后から呼び出しを受けたというのさ。親切心から皇太后は「容態を相談してみよ」と藤原孝道という学者に屁男を対面させたのである。孝道は屁男にアドバイスする。その夜、屁男はそれを実行した。


「それはもやもやとなま暖い春の宵であった。待つ間もなく、いち早く例のものが催しはじめて来た。危く気体が尻の狭まから顔を出そうとするのを彼は、関門をすぼめて腹中におしもどした。あなたは大事なお方です。そのようにお急ぎなさいますな。いましばらく御滞在下さいと願う心地である。そしてしばらくすると再び第二波がおし寄せて来たが、まあまあと賓客をおしとどめるようにしてまたそれを腹中におさめ返した。
 二度三度同様の外交辞令的折衝を繰返しているうちに、腹のなかでは鼠が鳴くような、革と革とがこすれ合うような、あるいはまた粥が煮えて泡立つような音がし始めた。聞きようによっては悲鳴のようにも聞える。男はさてこそとほくそ笑んでいましばし御辛抱のほどを、と願った。
 (中略)これ以上こらえてはもう躰のどこかが破裂すると思うまでになった。──ここぞ、今こそ追い出す時だ、と屁男は全身の力を集中して息ばった。
 と、躰を裂くばかりの猛烈な爆発音が戸障子を震わせた。まるで百鬼が口々に喚き罵って退散するようだった。それと同時に、彼は、物理的な──そして多分一部は精神的な、ショックをうけて、へなへなとその場に打伏してしまった。──あたりは急に静かになった。
 躰じゅうに全く一物もなくなったように、ふと快い脱力感が男の全身を包んでいた。そんな光景は見たこともないが、産みの苦しみと喜びとはこのようなものだろうか。まるで憑き物が一時に落ちて、生まれ変ったようだ。屁男は打伏したまま、ああ、これで十年来続けて来た腐れ縁も断ち切れるのだ、恋も出来る、妻も持てる、これで第二の人生に入ることが出来るのだと、涙さえはらはらとこぼれるのだった。
 (中略)
 緊張した彼の顔面筋肉が唇と眼の端からほころび始め、やがて笑いが顔一杯に拡がった。その笑いの波が相次いで躰中に伝播すると、男は気が狂ったように声を上げて呵々大笑した。十年ぶりの笑いだった。勝った勝った、とうとう克服してやった。どうだどうだ、へ殿、人間にはかなうまいが──
 と、その時だった。恰も屁男の歓喜と凱歌に答えるように「ぷう」という音が聞こえた。陰気な、不吉とさえいえる音だった。
 屁男の笑いはぴたと止った。
 木偶のように両腕がだらんとぶら下がる。足がふるえて来る。頭から顔から血の気がひく。だが、空耳でも耳鳴りでもなかった。一つ聞えたと思うとたて続けに、もう何の疑いもない明瞭確実さでぷうぷうと屁男の尻が鳴り始めた。青くなった彼がその場にへたへたと座り込んで、どんなに技術の限りをつくしても、その詮はついになかった。
 それは怒りに満ちた音さえ加えて、益々猛威をたくましくしてしまった。夜さえ彼を眠らせないのだった。男は後悔のほぞを噛んだが、すべてはもう後の祭だった。屁の猛烈な反撃だった。……」


 ここには〈屁〉が断固として自分を主張している。いやー、まさにこの非情な情景に作者(作品)の眼目があるのさ。屁をためるだけためて一気に放出する勢いで屁を駆逐するという、いわば捨て身の逆療法が破綻する有様が描かれているわけだが、奈落の底からの「ぷう」という屁の一発の見事な反撃こそ、まさに〈屁〉というものの暗黒のリアルな有様(存在感)なんだね。こればっかりは宿痾のように我々の精神に暗黒面をもたらしているのである。

 かくして話は孝道への怨みを軸に読者に筋立ての種明かしをしながら終わる。この作品は『古今著聞集』の説話から題材を得ている。解釈に拡張を加えて「〈屁〉の復讐劇」に仕立て現代によみがえらせている作品なのである。

 一言=〈屁〉の撲滅を願う「屁男」とはあなたじゃないと言えるか。この作品は「屁男」の怨念が時空を超えて徘徊し、〈屁〉の暗黒の存在をあなたに突きつける〜

※本年も終わってしまいますねェ。また──

posted by 楢須音成 at 22:44| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 作品探求 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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