2006年11月05日

歴史観で〈屁〉を語るのは難しいもんだ

 階級闘争の史観で〈屁〉を語るとどうなるか。「おならの歴史」(1952年初出)というエッセイが『百姓一揆の伝統』(林基著、1955年、新評論社刊)に収められている。残念なことに、賛同しかねる論が展開している。短い一編だが〈屁〉についての論議の一つとして取り上げてみよう。

「封建時代の農村の女性、ことに嫁はおならもうっかり出来ないのであった。
 大分県直入郡の昔話にこういうのがある。
 あるところに嫁が来た。姑がつれて村歩きをしていたところが、ある家が嫁さんがおじぎをした時に、ついおならをしてしまった。その家の人が、『おへまでちょうだいしてありがとうございます』といった。庄屋かなにかの意地の悪いかみさんだったのだろう。それで嫁は村歩きがすんで帰るとすぐ首をくくって死んでしまった。
 それで大騒動になって、意地の悪いことをいった人もとうとう首をくくらざるをえなくなったというのである。
 今でも低賃金と職制の圧迫で工場でぎゅうぎゅういわされている労働者は、そのうっぷんをパチンコや焼酎ではらし、その尻ぬぐいは全部女房におっかぶせることが多いのだが、封建時代でも女房というものに社会のあらゆる矛盾がしわよせされたのであった。おならも出来ないというのは、このような女房のありさまの一ばんよく出ている話であったのだ。
 今日の労働者たちがいたるところでこのようなありさまとたたかっているように、封建時代の農民の女房たちも、もちろんよくたたかったのである。この昔話もそういう闘争の中から生まれたのである。
 他人の女房のまちがいを意地悪くとがめるようなものは後が悪いぞというのである。こういう話を寝物語に子供たちにきかせていた女房たちの気持が思いやられるではないか」

 前にこれに類する話を紹介したけれど(「結婚式に〈屁〉はあるまじきは何でだろ〜ヵ」参照)、もちろん音成は林が紹介しているこの民話に、このような解釈はとらない。林は階級闘争の図式(解釈)の上に立って封建時代の「嫁」の関係性を論じており、そこでは生々しい現象である〈屁〉の音やニオイはどこかに吹き飛んでしまっている。というか、林は話を単純化して、闘争の中から生まれた教訓話にしてしまっているわけさ。おいおい、それじゃ「嫁」が浮かばれませんよ。

 そもそも「階級」とか「闘争」とかは近代的な概念であり、何の手続きや留保もなしに、これを使って雑駁な図式で歴史や社会現象を解釈しようとするのは皮相に過ぎるんじゃないか。

 このエッセイの一番の欠陥は「なぜ自殺したのか」という嫁の心に到達しようとしていないことだね。音成の立場で、そういうスタンスが端的に表れていると思うのは、エッセイのどこにも「恥」という言葉が全く登場してこない(もちろん引用の記述の中にもない)ことだよ。「恥」がすべてではないものの、大事な分析の視点を見失っているのである。(林の分析の視点は「闘争」一辺倒だね)

 階級闘争を持ち出すのならば、封建時代の「嫁」の闘争を掘り下げて語ってほしいものである。その上で〈屁〉ならばそこに、あらゆる人間関係を縦断し横断する入り組んだ「恥」の闘争を見据えて欲しいもんさ。〈屁〉は複雑な様相を呈するはずである。(音成は「闘争」の代わりに「恥」と「世間体」という視点を使った)

 林は現代の(1950年代の)労働者の女房と封建時代の「嫁」を同列に見なしている。というか、闘う労働者の夫婦像や女房の方に封建時代の「嫁」を手繰り寄せ、強引な論法(飛躍と附会)で話を進めている。その論理をたどってみる。

 (50年代の)労働者はパチンコや焼酎でうっぷんをはらし、その尻ぬぐいを全部女房におっかぶせてることが多い(そうだろうか? そういう奴もいたかもしれないけどね)→このように労働者の女房には社会のあらゆる矛盾がしわ寄せされている(そうだろうか? 尻ぬぐいの迷惑は大半は夫の問題じゃないのか)→それは封建時代も同じである(そうだろうか? 矛盾のしわ寄せとは、どこを比べて同定しているのだろうか)→おならも出来ないのは、矛盾をしわ寄せされた女房の立場をよく物語っている(そうだろうか?〈屁〉をして自殺するのは将軍の女房にもあるんじゃないか)→現代の労働者がよく闘っているように封建時代の女房もよく闘った(そうだろうか? 「よく闘う」「よく闘った」を「よく頑張っている」「よく頑張った」と読み替えれば、心情レベルの話としては意味の通りがいいけどね)→そういう闘いの中からこの話は生まれた(そうだろうか? 嫁の「闘争」または「頑張り」の中からこの話が生まれたにしては落としどころがなさ過ぎないか)→この話は他人の女房の間違いをとがめるのは後が悪いぞと言っている(そうだろうか? この話は単に間違いをとがめる愚を諭す教訓話か)→こんな話を寝物語に子供たちに聞かせていた女房たちの気持が思いやられる(まあ、これは同じ立場の女房には確かにやりきれない話ではあるね)

 ともあれ、全体はまるで「風が吹けば桶屋が儲かる」式の論法である。これをすんなり受け入れるのはかなり偏頗な正義の階級闘争史観を持っている人だけではあるまいか。
 林は〈屁〉が自由にできないのは階級的に虐げられた底辺にいるからだと考えて、こんな論を起こしたのだが、〈屁〉が自由にできないのは本質的に階級に関係ないさ。

 さて、このエッセイではもう一つ「屁ひり嫁」という民話を紹介している。こんな話である。
 ──嫁の顔色が悪く元気がないのでどうしたのか聞くと、屁を我慢しているのだという。遠慮はいらないと言うと嫁は喜んでこいたのだが、姑をうまやの天井に吹き上げてしまった。亭主はこれはかなわんと離縁してしまうことにした。嫁が実家に帰る途中に、川で米俵を積んだ船がつかえていた。嫁が屁で動かしてみせると言うと、それができたら米俵を全部やると言われる。嫁は屁で船を動かして米俵をもらう。嫁はこの米俵を持って亭主のところに戻り、復縁を頼むと姑も亭主もこれは重宝な嫁だと、また家に入れた──

 林の解説はこうである。

「この話になると、もうおならぐらいなんだ、働きのある女房ならけっこうじゃないかというような気持がはっきりと出ている。
『上州名物、かかあ天下に空っ風』というような女房の発言権が封建時代の終りに近づくにつれて強くなったのは、こういうたたかいの成果であったのである。今日の労働者も昔の女房に負けないかどうかを、はっきりと示すのは、今後の大闘争をどうたたかいぬくかにかかっている」

 冗談ではなく本気で言っているところが、エッセイを書いた当時(50年前)はともかく今になってみると可笑しいね。「屁ひり嫁」とは「闘争」の話ではあるまいに。林は民話の中に「〈屁〉で自殺=女々しい」と「〈屁〉で闘う=雄々しい」と対比させ、そこに歴史の進化を見て、負けずに闘えば成果があると、闘争史観によって労働者に向かってアジテーションしているわけである。民話を語るに政治的にして皮相な解釈と議論だね。

 しかしながら、真面目に言うが〈屁〉における階級性の分析は、ちゃんと取り組めば案外面白いテーマではないかしらん〜。(笑)


posted by 楢須音成 at 12:19| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月11日

河童は〈屁〉の化身なり

 ことわざに「河童の屁(または屁の河童)」というのがある。「取るに足らん」「容易である」というような意味だが、なぜそんな意味になるのかといえば、水中でする屁は勢いがない → 取るに足らない(つまらない)からだという。そこから「そんな仕事は屁のカッパ(朝飯前)」みたいな感じでも使うわけだね。
 ではなぜ「河童」なのだろうか。(別の説では「河童の屁」は、もともとは「木っ端の火」だとさ。水とは全然関係ない)

 この「河童の屁」の起源譚の真相は不明であるが、河童とくれば屁というように関係が成立しているのである。川柳には「すかしても音のするのは河童の屁」「聞いた事かいだ事なし河童の屁」とかある。

 大体、この河童というのはUMA(Unidentified Mysterious Animal=未確認動物)なのだろうかね。昔から目撃談は数多くあり諸説があるのだが、実在する物証の客観性が保証されているわけではなく、現在のところ空想上の動物となっている。
 
 福富織部の『屁』の「河童の屁」のところを見ると、屁というよりも河童についての記述に終始しつつ、河童の実体は「詳らかでない」とし、その屁については「さらに詳らかでない」と投げ出している。
 織部は資料を典拠に、河童の姿や呼び名の分布の考証を紹介したりしているけれど、そもそも屁はどこへ行ったんだというような、屁には関係ない記述なのである。
 河童とは、どんな動物か、『言海』には『水陸兩棲の動物、形(かたち)三四歳の童の如く、面(めん)虎に似て、身に鱗甲あり、九州の山中の淡海に多しといふ、詳かならず』と、正直に白状してゐる。この河童の放屁が、どんなものかは、生物学者もまだ説明してはゐない。『随筆珍本さえづり集』には此の河童の干物を見た記事が出てゐる。
(中略/長々と河童の干物の記事を引用したあげく)
 不幸にして、放屁のことには言及してゐない。よつて、此點は『詳しからず』としておくより致方はない。

 一方、中重徹の『一発』では、資料として『水虎(すいこ)新聞雑記』『山島民譚集(柳田国男)』『一話一言(大田南畝)』を示している(水虎とは河童のこと)。なかでも大田南畝(蜀山人)が紹介している河童目撃談が面白い。大田はこんなことを伝聞している。

 ――海中から赤子の泣く声がしたので船を回して網を打つと、鰯(いわし)網に河童が十四、五匹入ってきて逃げ出そうとした。棒かいで打ち据えたが粘り着いて一向に利かない。一匹が船の上に飛び込んできたのを、とまをかけてその上から打ち殺した。このときまでは確かに赤子の泣き声がしていた──という。
 河童の泣き声は赤子の泣き声同様に御座候。打殺し候節屁をこき申し候。誠に堪へがたき臭ひにて、船頭など、青くさき臭ひいまだ去り申さず候。尻の穴三つ有之候。総体骨なきやうに相見え申し候。屁の音はいたさず、すっすっとばかり申し候。打ち候へば首は胴の中へ八分ほど入り申し候。死に候て首引込み申さず候。

 これは目撃した人の手紙の引用である。いやはや何とも「見る」「聞こえる」「嗅ぐ」の三拍子揃って凄まじい情景である。ここでは河童の屁がしっかり記録されている。事件の真偽の程はわからないけどねー。

 ところで音成は、河童とは〈屁〉が実体化した(目に見える姿をとった)ものであるという仮説を持っているのさ。屁と河童の属性を少しばかり検討してみよう。

=確かに存在しているが見えない(目撃することができない)→ ニオイ(悪臭)がある → 音を発する(あるいは発しない)
河童=存在しているかどうか不明(目撃の信憑性が薄い)→ 生臭いニオイがする → 鳴き声を発する(あるいは発しない)

 さて、このように見て何が読み取れるのかと言えば、屁と河童がコラボレーションする密接な関係性の類似である。屁も河童もどこか似通った怪しい存在といわねばならん〜。音成はこう考える。

 屁は確かに存在して、自分の存在を主張している。というか、屁の存在を我々はよ〜く知っている。我々はこれを隠蔽したい意思を持つのだが、無情の屁はそこにしっかり漂ってしまう。
 一方、河童は(いるのかいないのか)怪しげに存在している。もちろん目撃談がある以上、自分の存在を主張している。「見た」とか「いた」とか報告する目撃者や伝聞者は、そういう体験を実体化しようとする切なる意思(期待)を持っているわけだね。なのに、河童の詳細な物証をあげるほどに客観的な信憑性は疑われてしまう。

 片や「有るのではないか」と疑われ、片や「無いのではないか」と疑われる。ベクトルは見事に正負に分かれる。つまり、正反対の怪しさにおいて似通っているのである。

 屁と河童が表裏の関係で結びついている(求め合っている)のだ――そこでは「河童の屁」だろうと「屁の河童」だろうとどうでもよろしい。不死鳥のようによみがえる河童談義や民話の深層において〈屁〉は河童に化身しているのさ。

 いやはや(ニオイと音の連想の果てに?)屁と河童を結びつけたのは誰だったのか。初めて屁に火をつけたのと同様に実に画期的だったね。

 思えば、燃屁は〈屁〉の光明面を示したが、河童は〈屁〉の暗黒面を示していると言わねばならん〜。
posted by 楢須音成 at 08:05| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 閑話一発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月19日

本格的に〈屁〉を論じる人がいた

 思いがけなく本格的に〈屁〉を論じた先駆的なエッセイを読んだ。素晴らしい。『豆栗集』(生田虎蔵著、1913年、私家版)という本で、この中に「屁の研究」というエッセイがあるのである。これまで明治末からの宮武外骨、溝口白羊、福富織部と先駆的な〈屁〉の探求者たちの「研究」の系譜を辿ったけれど、この生田虎蔵を外すわけにはいかないね。その観点(分類や分析)はなかなかのもの。相当の見識をもって考察を試みている。

 まず、この「屁の研究」の章の構成から紹介しておく。
 
「屁の生理學
   一〜三
 屁の言語學
   四〜七
 屁の文學
   八〜十一」

 生田は大きく三つの観点を示しているが、幅広く資料を参照しつつ、単なる解説という域を越えて〈屁〉を論じる姿勢を示しているのである。日本古典、漢籍、フランス文化や言語などへの造詣はなかなかのもの。かなりの教養人であることをうかがわせるね。特にフランス語やフランス文芸との比較の論点は、当時として(現在でも)独自性を持っている。本格的な批評の出現ととらえたい。

 内容の概略を示す。


 屁の生理學 → 屁は生理的なものと病理的なものがある。健全な肉体は容易にガスを体外に駆逐するが、これが駆逐されずに蓄積すると諸種の病原を醸す。ガスは腸内で糞臭を帯びるが、病的屁は熱のためにさらに激臭を帯びるのである。屁の色が黄色というのは糞色に彩られたことをさしているが、そうであれば糞中の胆汁色素の量によって変化する糞色に従い、ガスは鮮黄色から暗褐色に至る色彩を帯びると言わねばならない。放屁を促す材料としての食物はいろいろあるが、それらは硫化水素を生じさせる要素を多量に含有するからである。
 腹壁の力を強固にし放屁材料を食し、意のままにガスを放発する練習を積めば一芸に達することができる。風来山人(平賀源内)の「放屁論」の屁っぴり男の如きは練習によって可能であろうが、その跋に「屁っぴりが得意なのは母が夢に火吹竹をのむと見て懐胎した」からだというのは最近科学を知らぬ戯文家の戯れである。「兼葭堂雑録」も屁っぴり男の芸を伝えて「前代未聞の奇観」と言っている。古来、放屁薬と言っているものがあるが、その製法は明らかでない。こうした奇薬の効果は判断できないけれども、ガス製造の要素を精選すれば放屁薬の製造も容易だろう。
 ガスは消化不良や神経的疾患によって病理的に生ずることがあり、これを「膨満」と称するのである。これは消化不良で生じたガスが神経組織に影響し、さらに神経組織が消化機能に影響する段階に至ったものである。熱病その他の急性疾患の終期に腸内ガスの膨満を来すのは不吉な症候である。また腹壁や腹壁に連続する諸器官に疾患がある者は往々にしてこの膨満が生じ、逆に膨満をもって諸疾患が生じることもある。
 この膨満の際に強烈な臭気のガスが放発される。こういうときは放屁材料となる食物を慎み、駆風剤を用いて放発すべきである。駆風の簡便な方法はハッカ水を飲むか、ミカンの皮をかじることも効果がある。また、放発には肛門に管を挿入する方法もあるが、運動を試みるとか、マッサージするとか、要するに腹壁の運動を強固に導く方法が効果的である。

 屁の言語學 → 「放屁論」にある屁の語源の解釈は、言語学上は平凡にして他愛がないし、「放屁論後編」に至ってはふざけ過ぎである。「屠龍工随筆」には「(腹より尻までその気が)経(る)」を「屁」と真面目に解釈する姿勢がまだしもある。大阪では「お包みを落す」の語があり、滑稽の趣において見るべきところはあるが、言語学上においては益ないものである。このような語源については、いまだに「屁理屈」がまかり通っている。自分はその一切を「屁にも足らざる」ものとみなす。
 インドヨーロッパ語の屁の語源を探ってみると、
 梵語(サンスクリット語)=Pard
 ギリシャ語=Parde
 ラテン語=Peditus
 となっているが、リトアニア語、アングロ・サクソン語、古ドイツ語、新ドイツ語、古英語、新英語、フランス語、イタリア語、スペイン語、オランダ語、ロシア語に関して、その系統をたどることができる。
 <系統図省略>
 これを見れば、古代より近代に至る屁の各国語は皆、ハ行、ファ行、バ行であることがわかるだろう。ハ行、バ行、ファ行、パ行は声音学上通じているのである。屁の文字は放発の音響に由来する擬声辞である。残念ながら、まだ各国の語彙の中に透かし屁のスウと鳴る擬声辞を見出すことができていない。
 また「屁」の文字を用いて諸種の字句ができあがっているわけである。
 <「屁食い同志(親密な間柄)」など10例ほどを挙げる>
 中国に屁の異名として「転矢気(てんしき)」の語があるが、「善庵随筆」に詳しい解釈がある。
 <善庵随筆を引用=転矢気は「矢気」が肛門に迫って外に漏れず、音を立てて反転することをいう。俗に言う「屁かえり」のこと。「矢」を「失」とするのは誤り。「矢気」とは矢のような気配の意味であり、屁である。「失気」は「矢気」が放出することであり、放屁のことである。放出すべき「矢気」が内に反転することを「転矢気」というのである>
 欧米の言語の中に日本語と同様に「屁」の文字を用いて諸種の字句を作るものを探してみた。フランス語から集めた字句を以下に紹介する。フランス語ではPetと書いて「ぺ」と発音するのである。日本語の「へ」とよく似ているではないか。

「Pet de noune.(ぺ・ド・ナーヌ)直訳すれば屁の屁也。實は菓子の名にて中味に空氣を入れフックリと膨らしたる物也。
 Pet d'ane.(ぺ・ダーヌ)直譯すれば驢馬の屁なれど我が屁臭葛と同じく、其莖(くき)に惡臭ある液汁を有する一種の薊(あざみ)也。
 Pet-an-Diable.(ぺ・トー・ヂアブル)惡魔に屁の意なれど實は舊巴里の一町名也。
 Pet honteux.(ぺ・トントー)恥づべき屁、即ちすかし屁也。すかし屁は卑怯也」
 <など、フランス語から10例を挙げて紹介している>

 屁の文學 → 鳥羽僧正の「屁合戦」と風来山人の「放屁論」は絵画と文学における我が国の屁芸術の最大傑作である。「放屁論」の冒頭は古今の名文として膾炙しているが、その結語は当時の文人墨客に対する嘲罵になっている。
 また屁に関する川柳、狂歌、俚諺(りげん)の類がある。
 <20例ほどを挙げる>
 さらに屁に関する事実や逸話も多くある。
 <「鹿の子餅」「放屁論」などの古典からから紹介。また山口県萩に伝わる事実談も、真偽はわからないとして紹介している>
 西洋には屁の詩があり、2首を選んでみる。
    ■
「みかど若し屁をひり給へば
 左の大臣薔薇の香すと宣ひ
 右の大臣いみじう嗅ぎまさん」
    ■
「屁ひり得ざる時
 人に死の苦しみあり。
 一度音を立てて出づ
 人始めて生きたる心地す。

 屁の力斯く強し
 生を救ひ、叉死を與ふ。
 されば屁の力まさに、
 帝王の力と等しかりける」

 また西洋にも屁に関する逸話などが少なくないのである。
 <フランスの話を2編紹介している>
 最後に18世紀の頃ノルマンデーのカン市に自由放屁会なる団体があったことを紹介する。同市のフロラン書店から発行された「放屁術」と「屁砲兵」の中に記事が載っているのである。会の目的は「放屁の自由を束縛する僻見を破壊するに在り。されば會委員たる者は全力を擧げて放屁の自由を或いは言論を以て或いは行為を以て、其同市民間に傳道し叉普及」させることであった。
 <さらに会の詳細について紹介し、次のように締めくくっている>

「昔放屁を以て蝋燭(ろうそく)の火を消さんと欲し努力連発の結果、遂に誤ッて蝋燭の玉子とじを製造するに至りたる癡漢(ちかん)ありと傳(つた)ふ。屁の研究未だ以上を以て盡(つ)くしたりといふに非ざれども、高唱力説の結果、或は誤ッて玉子とじの醜を再演せんことを恐れ姑(しばら)く茲(ここ)に擱筆(かくひつ)す」


 大体、以上のような概要である。
 この中で、「屁の言語學」におけるインドヨーロッパ語への見識と「屁の文學」におけるフランスへの造詣が特筆ものである。

 「屁の言語學」では、生田はサンスクリット語のPardに「屁」の祖型を認め、その分岐図を示しつつ欧米言語において「屁」が「放発の音響に由来する擬声辞」であるとし、日本語も同様であるとしている。〈屁〉に関してこういう冷静な論じ方(掘り下げと論証)は全く先駆的ではないか。生田は源内を称揚しつつも〈屁〉を論じて戯文に陥るのを批判しているが、生田の眼目は「科学的」に論じること(示すこと)である。その批評の水準は高いと言わねばならん〜。

 「屁の文學」は、どちらかと言えばエピソードの羅列になっているが、紹介してあるフランスの話は『おなら大全』(ロミ&ジャン・フェクサス著、高遠弘美訳、作品社刊)にも入っているものである。先駆的な紹介になっている。

 宮武外骨、生田虎蔵、溝口白羊、福富織部と〈屁〉をめぐって、それぞれオリジナリティのある成果が積み上げられているのである。
posted by 楢須音成 at 23:49| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月25日

嫁は屁をして幸せになれるのだろ〜ヵ

 何かのテレビ番組を見ていたら、妻の放屁を聞いたことがない夫は意外に多い、というようなことを言っていた。まあ、聞きたくもないという人も多いだろうけどね。もちろん、妻が屁をしちゃいかんというような決まりはない。妻だって屁はしとるはずさ。だけど、「嫁」という立場で振る舞うときに、いつの頃からだろうか〈屁〉は御法度になった(ようである)。

 民話に「屁ひり嫁」というのあるが、同型の話が全国に分布している。福富織部の『屁』では、その一つを北国の伝説として紹介してある。こんな話である。

 ──もらったばかりの嫁がひどく顔色を悪くしているので姑が「嫁子(あねこ)嫁子なにして汝(うね)の顔色が悪いダァ、腹でも痛いのかァ」と聞くと、どこも痛くないと答える。更に問えば「そんだら白状(しゃべ)りますが、俺(おら)は本当は屁が出たくてそれで顔色が悪いのし」と言う。姑は何も顔色が悪くなるまで屁を我慢することはない、出していいから早く放れと言うが、嫁は大屁で姑を吹き飛ばしては大変と尻込みする。大丈夫だからという姑にうながされて尻をたくって屁をしたところ、姑は吹き飛ばされ、当木にしがみついたまま厩(うまや)の破窓(はそう)にひっかかって、降りるに降りられなくなった。そこに夫が帰って来て母親を助けた。事情を聞いた夫は自分も吹き飛ばされては事だからと、嫁を離縁してしまった。
 嫁は実家に帰るには具合が悪いし、往来で立っていると、向こうから牛を引いた牛方がやってきた。牛方は喉が渇いて梨の木に梨がなっているのを取ろうとしたが、一つも落ちてこない。嫁は梨などは屁で落とせると牛方に言う。牛方が信用しないのを見て嫁は「そんだらもし俺(おら)が落としたらお前の女房にして連れて行ってくれるか、そんだら落とす」と言う。牛方が喜んで了解すると、嫁は木を吹き揺らして梨を落とした。牛方は大喜びで、その梨と嫁を牛に乗せて連れて行った。

 この最後の部分が、一説では、
 ──馬方とカケをした嫁が多くの梨を取ったのを見て、送ってきていた夫は嫁を手放す気がなくなって連れ帰った。

 または、こういうバリエーションもある。
 ──馬方とカケをして梨をひり落とし、馬七匹と七駄の木綿や魚荷を得る。送ってきていた夫は嫁を手放すのが惜しくなり家に連れ帰って丈夫な小屋を造ってやり、嫁が屁を催せば、そこに入れた。それが部屋(へや)の始まりだ。

 あるいは『みやぎ艶笑風流譚』(佐々木徳夫著、1997年、無明舎刊)にある「屁ひり嫁」になると、随分とエロっぽくなっている。

 ──ある家に器量のいい娘がいた。心配事があり嫁の話をことごとく断っていたが、どこで見初めたか大百姓の息子が仲人を立ててきた。「実は、おしょすいげんとも(はずかしいが)、娘に並はずれだ屁をする癖があってね」と言えば、「そんなごどすか。屁なら誰でもたれすぺちゃ」と一笑されて、縁談が調った。ところが、半月もしないうちに婿殿が仲人のところにやって来る。「誰にでも喋れるごどでねえが、屁をする癖があるごどは百も承知でもらったども、まさが夫婦の営みの時までそれが及ぶどは思わねがすた。腰を動がす度に音は出る。力いれっと、よげい大ぎぐなる。興ざめもいいどこでがす」と離縁を申し出る。婿殿の両親は嫁が気に入っていたのだが、致し方なく嫁を手放すことになってしまう。
 婿殿が送って嫁の里への途中、荷車を引いていた人が坂道で難儀していたが、気の毒がった嫁が腰巻きまくってボーンと一発やったら荷車は難なく坂を上がった。婿殿は屁の勢いにたまげてしまった。
 それからしばらく行くと、木綿屋(反物屋)が喉を渇かして恨めしそうに柿の木を見上げていた。嫁は屁で落としてやると言うが、木綿屋は信用しない。嫁は「ほだら賭(かけ)すか。もし落どすたら、馬っこど反物、皆いだだぐがらね」と木綿屋と約束する。嫁はまた腰巻きまくってボーンと一発。柿の木はグラグラ揺れて、柿はボタボタ落ちてきた。木綿屋は仕方なく反物と馬を渡した。こんな嫁を目の当たりにした婿殿は物は考えようで、この嫁は「宝嫁御」だと思って、家に連れて帰った。

 以上のような話のバリエーションは全国各地にあるわけだが、核になっている大体の基本の筋立てはつかめるね。要約すれば「気に入られた嫁がいる。この嫁は大きな屁をする癖があり嫁自身それを憚っている。許されて屁をするのだが、何もかも吹き飛ばすほどの大屁(過剰な屁)に周りは仰天する。これはかなわんと嫁を離縁しようとする。ところが、この大屁が富をもたらすことがわかり復縁する(あるいは新たな縁を結ぶ)」となる。

 何とも現金な話だが、ここには〈屁〉というものの扱われ方の明暗が端的に示されているわけさ。我々は常に〈屁〉の明暗を行き来している存在だね。

 ここで嫁の気持ちになってみよう。@もちろん屁をすることは恥ずかしいワAまして並外れて大きな屁は超恥ずかしィBその屁が制御できないのよねェC出物腫れ物所嫌わずって言うけど、私の場合は物理的被害まで与えてしまい誰も許してくれないのD嫌だと言われれば一言もないわけよ。ホント、絶望だワEでも(恥を捨てて開き直れば)大屁も役に立つことあるのよーFそんな私のサクセス・ストーリー聞いて下さ〜い。

 このときEFにおける〈屁〉の反転攻勢はぬけぬけ(生き生き)と行われる。面白いね。

 嫁の周囲の人間は、まあ、少々であれば寛大な姿勢を示すのだが、それが限度を越える(物理的被害を生む)に至っては排斥の側に回る。このとき〈屁〉は全くの無用ものである。単に害をもたらすだけのものは存在できない。もともと〈屁〉は何の役に立っているかわからない無目的な存在なのである。そういう〈屁〉が嫁のサクセス・ストーリーに転じるファクターとして機能するところが、この民話の眼目なわけだね。

 一般にファンタジーはあり得ないことを平気で語り、その動機は功利的だったりする。「屁ひり嫁」の場合も、富を得たいという致富譚としてとらえてみれば〈屁〉は致富願望を実現する祈りの対象に昇華しているんだね。〈屁〉が、である。なぜ〈屁〉であり「嫁」なのか。こんな話がなぜ全国に分布するのか。

 もちろん話の構成は「嫁」でなくてはならないのだし、〈屁〉でなくてはならない。「嫁」と〈屁〉がセットで登場してくるところに注目しなければならないのだが、それは@〜Dの地獄を抱え込んだ嫁こそが、登場人物の中で最も恥をになっている存在だからなのである。言い換えれば、恥によって虐げられた最下層の存在なのである。底辺の深みからの祈りこそリアルなのである。(まだこの段階の祈りは、我々貧乏人が宝籤を買うような功利の祈りじゃないからね、念のため)

 その行き場のない恥の深層からの祈りに重ねて致富(の祈り)を語るところに、この民話の構造があるのである。それにしても、嫁は屁をして幸せになったというオチを聞いて、あなたは爽快な気分になるだろうか。ホントに嫁は幸せになったのか?
posted by 楢須音成 at 18:56| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 断片考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月27日

続・嫁は屁をして幸せになれるのだろ〜ヵ

 並外れた屁をする嫁を離縁するが、屁に利得があるとわかるなり復縁する――という「屁ひり嫁」の民話(前回、要約で紹介した話を参照して下さい)を致富譚として見る場合の、その致富願望を分析してみよう。

 まず、致富願望(の方向)を登場人物に即して見てみると、
 @嫁=私が幸せになるように富ませてね(富をもらたしてね)
 A夫=我または我家に富をもたらしてくれよな
 …と、微妙に異なる方向を持っているわけさ。ここには、同じ富(梨とか反物とか)の獲得をめざしながらも、立場による心理の乖離があるわけだが、夫の身勝手さに対して、恥と不幸をさらけ出した嫁の立場(願望)は何とも切実(リアル)だね。

 嫁の立場は恥ずかしい〈屁〉によって危機にさらされているのである。そして、一方で〈屁〉そのものが富をもたらす祈りの対象(富を生み出す力)になっているわけさ。
 この転換構造(不幸を幸せにする)を付与されて〈屁〉は祈りのシンボルに昇華している。もちろん、そうなる根拠は〈屁〉に内在する(破壊的な)力にあるわけさ。

 民話の語り手や聞き手は、嫁や夫の立場を行ったり来たりしながらも、ついには「嫁の屁」を自らの(切実な)致富願望として引き受けるのが正当である。直接的に富を獲得する願望が成就する資格は嫁にしかないのだから、話の世界に心を預けるとき嫁に寄り添うほか道はない。要するに嫁に同情しない限り、この民話は語れないし聞けないはずなのである。(人権とか権利とか女権というような観念に発する近・現代風の同情とは違うよ)
 しかしながら、語り手や聞き手のそういう心的振る舞い(同情)は隠蔽され、嫁(の屁)を笑い飛ばすことがもっぱら表出するんだね。そこでは嫁の(切実な)願望を忘却し、夫の身勝手さに鈍感になっている。ただ面白可笑しい「嫁の屁」の話として流布させることになってしまうのである。(そのとき、社会的な関係の常として、嫁に同情するような振る舞いは、一般的=合意事項ではなかったのさ。それが言い過ぎなら限度があったのさ)

 それでも民話の語り手や聞き手の意識下には(隠蔽された)「嫁の屁」がリアルに突き刺さっていると言わねばならないんだね。自らが導く面白可笑しさの背後で「屁のように扱われる嫁」を感じていた。なぜならそれは社会的な関係の中で定着していた嫁の姿なのである。「嫁の屁」とは嫁の存在そのものであり、嫁は家族や隣近所に必ずいたのである。

 「屁ひり嫁」の民話が全国に分布するのは、このようにして語り手や聞き手の心に刺さっていた「嫁」が広く遍在していたからである。「嫁」の姿は〈屁〉そのものだったのだ、というのが音成の解釈だが、「嫁」と〈屁〉がリアルに結びついたとき話は爆発的に広がった。その広がり方を見ると、相当の切実さ(嫁の現実)とリアリティがあったんだろうと思うね。そして逆説的な〈屁〉の破壊力もまた嫁の姿にほかならんのだよ。(このような笑いの陰に忘れられた残酷さや、本当は深刻な話が笑話として流布するのは民話の一つの構造である)

 話の結末は嫁が望むハッピーエンドである。〈屁〉が富を獲得することによって、周囲は妥協点を見出してくれるわけだね。「復縁する」「部屋を造る」「考えを改める」などというオチを用意する。だけど本当の現実では、「嫁の屁」が富を獲得することはあり得ないこともわかっている。
 あり得ないんだけれど、ここは(あり得るつもりになって)「復縁する」「部屋を造る」「考えを改める」しか方法はないんだという現実の処世訓(夫婦の関係性の保持)を示しているのが裏のオチなわけである。そこに嫁の幸せがあったのかどうかは嫁に聞いてみたいよ。

 さて、以上の話を嫁にしてみたら、何で「嫁」が〈屁〉なのよ、と怒り出した。現代の「嫁」はすでに〈屁〉ではないのかもしれんが、今も昔も〈屁〉的現象に結合(仮託)した現実は検証に値すると思うんだけどねー。
posted by 楢須音成 at 22:03| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 断片考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。