2006年10月07日

燃える屁の歴史的意義とは何だろ〜ヵ

 屁は燃える。これは屁の成分にメタンガスや水素が存在しているからである。ただし、屁が燃えること(燃屁=ねんぴ)が日本人の関心を引いたのは近代になってからのようである。それも昭和に入ってからというのが、音成の推定である。

 巷の〈屁〉を渉猟した溝口白羊の『屁の喝破』(1914年)や福富織部の『屁』(1926年)では、この燃屁についての具体的な記述は出てこないね。〈屁〉談義のネタとしては格好の話題なのに、社会現象としては無かったということなのか? 当時は屁が燃えることにリアルに思い至らなかったのか、燃えるだろうと思っても火をつけるような酔狂なことは考えなかったのか。何でも最初にやる人はエライと思うが、最初に屁に火をつけた人はエライぞー。

 燃費実験の記述は第二次大戦後になって出てくる(社会現象化する)のである。その先駆けとして(?)、佐藤弘人の『はだか随筆』(1954年)にある「放屁論」は屁が燃えるか燃えないかを探求して展開する。これを読むと、すでにこの時点で燃屁は知る人ぞ知る現象であったことがわかるのさ。最初、雑誌に発表された佐藤の「放屁論」に対して、読者からは次のような手紙が寄せられたという。

「処は満州、私は二十代の軍服青年。或る日、中隊附将校室で、屁は燃えるか燃えないかが問題になりました。発言者は古参のA中尉で、屁が燃えるものなら、これを空気中に無意味に、放散してしまうのは、国家経済上、また資源保存上から勿体ない話で、これを一億国民から回収して、生産動力源に活用すべきではないか。何しろ、松根油を航空燃料にし、家庭の鍋釜までが動員された時代であるから、屁もまた、これを活用すべきではないか、というわけです。
 さて、実験という段になったが、肝心の屁を如何にして採取するか。直接法による実験では、危険と効果の確認の困難が考えられるので、間接法によることとし、風呂の中で、あぶくもろとも採取しよう、ということに衆議一決。
 その晩は、いつも行きつけの旅館の風呂場の浴槽に、三人で身を沈め、延々一時間半、ねばりにねばって、コップに、三分の一程度を得たが、これを逃さないように、水中(湯中)でガラス板で密閉して、苦心惨憺の結果、ようやく外に引き出し、四人の異常な緊張と注視の中で、Y少尉がマッチを灯し、コップの下際を少し傾けたところ、一瞬ボッと云う燃焼音を発して燃えたので、四人一様に『燃えた!』と、思わず喚声を上げたのです。
 爾来、A中尉提案の放屁動力論も、実践の過程に入らないまま終戦になったので、断念せざるをえなかったでありましょう…」

 これは戦中のエピソードであるらしい。佐藤は続編の『いろ艶筆』(1956年)でも読者の反響を取り上げ紹介している。この中には『おなら粋門記』(1964年)の藤田保の手紙と思われるものもある。紹介してあるのは、屁の採取法や燃焼する理屈のほか、腸閉塞の手術中に点火して確認したという物騒な医者のウンチクなどである。

 佐藤の記述に敏感に反応した読者がいたわけだが、すでに燃屁が社会現象として膾炙している様子がうかがえるわけだね。1970年代になると「へもす会」という屁を燃やして楽しむグループが登場する。このグループについては関温穂の『へ調ウンチク辞典』(1986年)に詳しく紹介してある。メンバーは屁を燃して楽しむばかりか、写真に撮り画廊に飾って楽しんだのである。

「ここ本部の土井画廊には、ヘモスの成果を誇る記念のカラー写真が大事に保存されているが、いずれ劣らぬ傑作ぞろい。都市ガスの火柱を思わせるオレンジ・ブルーの炎が見事にキャッチされている。しかも、それぞれにキチンと愛称がついているところが心ニクイ。
 いわく──忍びの者、上り藤、下り藤、線香花火……。中には屁炎放射器なる物騒なものもあり、これはさすがに火柱三十センチもあろうかという超大物」

 さて、このような〈屁〉の歴史の道筋をどう見るか。長い歴史で屁は見えない存在だったわけさ。そこで「燃屁」というのは、屁が初めて人類の前に見える姿で現れた歴史的な事件なのであるよ! このことは強調しておきたいね。しかも、そこには「メタンは燃える」と理屈では分かっていても、「信じがたさ」と「驚き」が同居して受けとめられるのである。

 屁が燃える──この単純な出来事(現象)は史上初の屁の視覚化なのである。何と過激な降臨であろうか。


posted by 楢須音成 at 13:45| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 断片考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月13日

続・燃える屁の歴史的意義とは何だろ〜ヵ

 西欧流の化学分析によって〈屁〉は近代化されたわけだが、次に、燃屁(の発見)が日本人の〈屁〉の歴史に画期的な一頁をもたらした。繰り返すが、このとき屁は屁自身によって見える存在になったんだよ。炎となって降臨した屁はどんな意味を持つのか。それは初めて視覚化された屁なのさ。そういう燃える(見える)屁を写真に撮り、鑑賞するグループまで現れることによって、長く視界の外に幽閉されていた〈屁〉は歴史に新たなステージを得たのである。

 屁の燃焼性については、メタンを含有するなど成分が明らかになって当然予測できたことであるが、この知見だけで実際に屁に火を近づければ燃えると思い至るだろうか。福富織部の『屁』では屁の燃焼性について次のように記述している。

「メタン瓦斯は、腐敗醗酵に由つて生ずる。近頃自家用の瓦斯などと稱して塵埃を埋めてそこからメタン瓦斯發生の装置をし、石油厨爐の向うを張らうと大々的に廣告してゐる。一つ日本中の屁を集めてメタン瓦斯を作り、大きなタンクをこしらへて東京瓦斯と競爭するものはないかしら」

 これだけである。このとき織部は自分の尻に火をかざせば屁が燃えるなどとは思っていない(に違いない)のである。ユーモアと探求心旺盛な織部がそれを考えついていれば、密かに実験したかもしれないし、屁の成分のメタン瓦斯が燃えることを語るのに、こんな大人しい記述はしないさ。織部の認識はこのとき、屁から抽出したメタンは燃えると知っていても、屁自身がそのまま燃えるとは考えていないのである。

 燃屁というのは肛門から出てくる@屁に直接火をつけるA屁を容器に採取して発火させる──という二つのパターンがある。どちらも自分の身体の延長である排出物に火をつけるという行為には違いないのだが、@Aはそれぞれ趣向の違う技術がいるね。

 さて、実際に「火をつけるという行為」に踏み出すのに、織部の認識からはあと一歩である。それは認識から行為へと転ずる画期的な衝動であり、生々しくリアルな行為の発露であるが、やがてどこかで屁が燃えること(燃屁)が発見されることになるのさ。火をつけた人物がいたんだねー。何事も最初にやる人はエライぞ。その時期や意義について近代における時代的な考証はだれか専門家にやってほしいもんだが(物好きと笑っちゃいかんよ)、やがて燃屁は知る人ぞ知る現実となり水面下で社会現象化していったのである。

 しかし、我々の周囲をよくよく観察してみると、実際に燃屁を見たことがある人はほとんどいないのに気づくのさ。半信半疑の人も多い。初めて聞けば意外性のある事件なのである。初めて見れば(多分)感動するのだが、燃屁は(というか、〈屁〉の話題はいつも)水面下に落ちていく。当初の信じがたい驚きもやがて意識の外にはじかれる。

 音成とて大昔に一度見たっきり(火をつけてみたわけだけれど、とても感動した!)、燃屁を誰に語るわけでもなく何となく封印してきた。自慢したり吹聴するのも(立場上...笑)ためらわれる。そもそも人は、日常生活で(それぞれの倫理観?の程度に応じて)〈屁〉そのものを話題にしないし、潔癖に無視したり隠蔽したり憎んだりする人も多いのである。燃屁となれば過激で、耳目を驚かすことにはなるが、話題にのぼっても結局は〈屁〉談義の一つのバリエーションへと落ちていくのである。

 まあ、すでに現代において燃屁はそれほど自慢できる自己体験でもないんだね。多くの人の半信半疑のままに初めて燃屁が社会現象化した一時期を除けば、社会的にはすでに陳腐化した知識なのである。

 ともあれ、燃える屁の歴史的意義とは、屁が見える姿で降臨した最初の現象であること。我々はそのことを体験(目撃)したときから、屁(の化学分析)に真のリアリティを感受したのである。それは分析の延長にある近代における〈屁〉的現象への認識の一つの達成と言うべきだ。さらに、それは〈屁〉の光明面を最大限に象徴する出来事だったのであるが、〈屁〉の暗黒面を照らすまでには至っていないのである。
posted by 楢須音成 at 00:37| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月16日

〈屁〉は人生の最も根源的な実体

 最古の漢字(らしきもの)は中国の甲骨文字という。漢字は、いわゆる象形文字の一派に属するというが、何らかモノの形をかたどった記号として出発した体系であるわけだね。そこでは漢字の「屁」はどういう起源を持つのだろうか。
 白川静の『字通』の解説を参照すると「声符は比(ひ)。玉篇(中国の字書)に『泄(も)るる氣なり』という。尸(し)は人の後向き、また臥している形。屁眼・屁口とは肛門をいう。屁は擬声的な語」とある。 音は「ヒ」、訓は「ヘ」である。

 漢字の起源についてウンチクを傾けた『漢字まんだら』(藤堂明保/望月美佐著、1972年、読売新聞社刊)で「屁」を取り上げている。この本は漢字の成り立ちを、アダム&イブやイザナギ&イザナミなどの起源神話から続く「男と女の対立と吸引」という観点にこだわる藤堂が、書家の望月との掛け合いで、時評をまじえてエロチックに語った読物として大変面白い。
 「屁」をこう語り始める。

「尿と屁、それにおしりを意味する尻と臀部の臀。並びも並んだ人体のシモのほうに関することば! 上品な学者先生ならゼッタイに口に出そうとはしないことばかりだ。
 ところが、そういうことに限って、じつは人生の最も根源的な実体に触れてくる。
 日本で『高尚な』といわれるのは、たとえばこんなことだ。
 千曲川の上流の北相川洞穴から発掘された人骨が、一万年前のものか八千年前のものかを議論すること。また、たとえば小説『三国志演義』の明本と清朝の毛宗崗の刊本との間にどれだけ文字の異同があるかを比較すること。近ごろでは、毛沢東選集の一九六九年以前の版本と今の版本との、字句の異同を校訂すること。なるほど、けっこうな「学問」には違いないが、いったいオレたちの生活にどれだけの関係があるんだろうねえ。
 そこへくると、尿も屁も毎日のように人体を通り抜ける。これほど身近なものはないし、学者先生もおバハンも平等に体験してござる。そこには一片の『差別』も介在しない。
 ところでこれらの字には、みんな『尸』という部分が含まれている。これ、いったい何だろう? ほかでもない、人間が大きなお尻を突き出して、しゃがんだ姿を描いた文字だ。だからこの形を見たなら『ハハン、こりゃクサイぞ』と、まず居ずまいを正してじっくり見なおすことだ」

 藤堂は「屁」について語るにあたって「シモに関することば」こそが人生の最も根源的な実体に触れてくると主張している。音成は深く同感するよ。そして〈屁〉こそ人生の最も根源的な実体なのだと深く深く実感する。なぜならば「一片の差別も介在せず」「毎日のように人体を通り抜ける」「これほど身近なものはない」のであるさ。
 藤堂の解説は『字通』の一線を越えてしまう。

「さて、『比』というのは、人間がふたりくっついて、肩を並べた姿を描いた字である。だから二つ並んだのを『比肩する』といい、二つ並べてよしあしを見くらべるのを『比較する』という。だからおよそ『比』を含む字(ことば)というのは、すべて二つがぴったりとくっついて並んでいる、という意味を含んでいる。
 さあ、『尸(おしり)+比』からできているぞ。ヒップには雪の二子山のごときエロスの山がポコンポコンと二つ並んでいる。しかもそれがぴったりとくっついてね」

 この山の谷間をガスが抜けようとすれば必ずピイと音を発する。その音をとって中国語では「屁」を「ピイ」と発音する。日本では放屁は「ホウヒ」というが、中国は「ファンピイ」と発音し「アホらしい。屁でもかませ!」という場合に使うと藤堂は紹介している。

 以上からわかることは、「屁」は「発生場所」と「音」によって認知されていることだね。藤堂は「ああ、即興詩のごとき漢語! モノの形とモノの発する音とが、そのまま『ことば』となっているふしぎな言語!」と半ば陶酔している。

 関連して「尿(にょう)」は「しゃがんだ女性のお尻の下から、水液のほとばしっている姿」であり、ウンコである「屎(し)」は「米=消化物が押し出される姿」であると言う。これらは「水」とか「米」とかの見える実体に即している漢字である点で「屁」とは一線を画すが、もちろん「屎尿屁」ときて人間の排泄の三兄弟を示すわけさ。

 ところで「屁」は音は採用したが、ニオイは隠蔽してできあがった漢字なんだね。「屎尿」は視覚的に実体を見ている点でニオイの存在を包含しているとみれば、逆に「屁」という漢字の存在感の深層が浮き彫りになっているじゃないか。

 この本を読めば、漢字というものが身体に根ざした神話を持つ体系であることがわかるのさ。「屁」もまたしかりだね。
posted by 楢須音成 at 01:21| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月27日

〈屁〉の漫画に女の子が登場する〜

 屁を漫画にすればどうなるか。漫画の元祖とも言われる「鳥獣戯画」の鳥羽僧正覚猷が往来での奇抜な放屁を描いているが、三田村鳶魚は「この黄色に描いた獨創な意匠の卓拔なことは、いつ如何なる畫家も彼を描くのに、僧正の意匠の外に出られない」と言っている。絵筆が日本で最初にとらえた放屁の姿態であり、しかも完成度が高〜い。(三田村が言っている「意匠の卓拔」とは批評性が高いということも意味している)

 ところで現代日本に下って、下ネタ漫画といえば『トイレット博士』(とりいかずよし、1970〜1977年)があったね。当時の少年ジャンプの人気漫画で、全編がウンコにまつわるギャグで埋め尽くされていた。その徹底したウンコへのこだわりによって、ほかの漫画を寄せ付けぬ(というか、引いてしまうわね)「独走的」な漫画であった。そもそも臆することなく平気でウンコ(あるいは汚いモノ)まみれになる登場人物たちのあけすけな振る舞いが、この漫画シリーズの眼目であり真骨頂である。恥も外聞もなく能天気にドタバタを繰り広げたこの漫画は妙に爽快で、音成も大いに楽しませてもらったものさ。

 まあ、延々と繰り広げられたウンコ合戦のドタバタは、一話一話の凡庸さも(面白くないという意味ではないよ)数を集めれば凄いことになるという典型で、日本漫画界の黄色〜い金字塔だね。この作品(の描画)は古典的な「獨創な意匠の卓拔」は摩耗させたところに花開いているけれど(現代漫画は一流から三流まで高度な工業生産品である)、現在的なウンコ談義を白昼のもとにさらけ出し笑い飛ばしたその暴走に、ある種哀感も漂っていたように思う。

 シリーズの初期の作品中に〈屁〉に関して「屁学入門の巻」(1972年)というのがある。
 パーティで屁がブリブリ出てしまい恥をかいた女の子「うんこちゃん」が、屁のことを教えてやるからと誘われて、トイレット博士と一緒に「へのへの平太」の研究所に出かける。ここで、動物たちに屁をさせたり、屁の生成のウンチクを傾けたり、屁を燃やしたり、屁で音楽会をしたりのドタバタを繰り広げる。最後は屁の収集をしている「平太」が「うんこちゃん」の屁を取ろうと怖い顔でせまるが、「うんこちゃん」は法外な一発を実まで一緒に放出して「平太」を撃ちとる…という、メチャ糞な筋書きである。

 この「屁学入門の巻」は藤本義一の「屁学入門」と同様に「研究する」ということを面白がっているね。タイトルが重なっているのも、〈屁〉を研究する(ウンチクを傾ける)近代人の尻尾を引きずる意味では、その習性において偶然じゃないわけさ。「うんこちゃん」は研究所に出かけて〈屁〉のウンチク(研究の成果)をたっぷり聞く。そこがストーリーの骨子になっている。

 ウンチクにはエッと驚くようなものもある。屁が燃えることについて、サツマイモを食べた屁は赤色、大豆は緑色、雑食なら青色に燃えるとウンチクを傾け、(漫画の中で)実際に燃やしてみせる。また曲屁師は肛門に弁が付いているとウンチクを垂れ、さらに音楽をやるときは肛門が音に合わせて口のように変化すると丁寧に図解している。ウソかマコトか保証の限りではないけどねー。

 しかし、限りないギャグをぶち込みながら面白可笑しく語る、このようなウンチク開陳がこの漫画の眼目かといえば、そうではないんだね。それでは〈屁〉の教養漫画になってしまうさ。では、何が眼目になっているのか。このギャグ漫画の描画表現の世界をなぞってみると〈屁〉にまつわる「うんこちゃん」の振る舞いが眼目になっていることがわかるのさ。

 まず「うんこちゃん」は名前とは裏腹な、かわいい女の子に描かれている。漫画のパターンとして理想型の登場人物であるが、〈屁〉がもたらす彼女の崩壊過程(振る舞い)が眼目なのである。冒頭、彼女はパーティで屁を自己制御できず、我慢できない事態に立ち至って音やニオイを誤魔化そうと四苦八苦した挙げ句に、法外な一発を出してしまい周りの衆目を集める。また、最後は屁の採取を迫られる「うんこちゃん」がさらに法外な一発を(実も一緒に)泣きながら発射するが、そこは大画面で迫真的に描かれるのである。作者の衝動から言えば、最初と最後のこれらの場面が、漫画の構造上の核心といえるのさ。

 ここは、恥も外聞もなくウンコを垂れ回るほかのエピソードと違ってトーンが違うのである。作者が描く「うんこちゃん」の振る舞いを解きほぐしていけば〈屁〉的現象が内包する人間心理の動きが見え隠れして表現されているのだが、作者は何よりも「うんこちゃん」のリアクションの切実さを引っ張り出そうとしている。そうする求心力が漫画を引き立てている。

 この「屁学入門の巻」に描かれた〈屁〉は、女の子の〈屁〉である。その〈屁〉の行為は「恥」として現象している。ウンコのエピソードではウンコをいじり回すフェティッシュな衝動に覆われているが、実体の見えない〈屁〉は隠蔽しようとする衝動と恥を強く喚起するのである。そして女の子が制御不能の〈屁〉を抱え込んでいることによって、強く強く浮き立ってくる。それがかわいい女の子の〈屁〉であることによって、強く強く強く浮き立つのである。(女の〈屁〉はその社会性において隠蔽度が高く、敏感な作家は表現の対象とするはずである)

 もっとも、高まりゆく「(恥の)切実の極み」の直前で「ごめんあそばせ」と開き直って、あっさりいなして笑いで包んでしまうところが、ギャグ漫画としての真骨頂になっているんだけどね。現象(恥)の深刻化はそこで終わってしまって場面転換していく。まあ、そうでもしなければ、〈屁〉にあってはスピード感のあるギャグ漫画になりはしないさ。

 こんなワケありで〈屁〉の漫画は女の子によってになわれたのであるが、作者のとりいかずよしは、こんなことを言っている。

「こどものころ、弟と風呂へはいると、ボクは湯の中に洗面器をもちこみ、屁を数発、屁は大小のあわとなってブクブク。それをたくみに洗面器に中に確保し、弟に『ちょっとこっちへこいョ』弟そばにくる。その瞬間、洗面器を弟にむけてパッとあける。『うわっ、くせえ』叫ぶ弟、うれしいボク。こういうことは、いくつになってもやりたいし、わすれたくない」

 このときの弟が「うんこちゃん」になって漫画表現が熟成されたんだね。

 一言=いつでも〈屁〉は恥に揉まれて加虐と被虐の皮膜の間を揺れ動くものであ〜る。
posted by 楢須音成 at 00:31| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 作品探求 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月31日

〈屁〉の芸は見果てぬ夢であるか〜

 屁を芸にまで高めるのは明るい向日性をまとった人間の営為である。それは〈屁〉を自慢しようという人間の心的一面を示している。田辺聖子の「祝い屁」(1976年、小説現代)は、屁の芸を追究し現代における放屁芸の存在を探った小説であ〜る。とまあ、こういう〈屁〉の観点からの紹介の仕方をすると「どこにそんなことが書いてあるんだ」と言われそうではありますが。

 話は雨漏りから始まる。
 瓦が割れて困っているところに、都合良く和田青年が遊びに来て修繕を引き受けてくれる。こんな気のいい青年は(赤の他人だが、親友よりも情の濃い)「甥」である。彼のおくさんのエミちゃんも(気のいい)「姪」である。修繕してくれるというので和田君を夕食に招待すると、一人でやって来た。エミちゃんとケンカしているという。聞けば原因はオナラ。夕食の最中にオナラをしたら、エミちゃんが怒り出したのだという。

「和田君は黙々と食事していたが、おなかの具合もよろしく、緊張の度合いも申しぶんなくて、この分なら階調正しくすばらしいものが出そうだという誘惑にかてなくなった。エミが笑い出すほうに賭けようと思った。
 そこで覚悟の臍(ほぞ)をきめて、思いきってぶっ放すことにきめた。
 途中でやめられない。全神経を集中する。
 ほんとうにすばらしいできばえだった。トレモロもよく利いて、音は高からず低からず、われながらききほれたくらいだった。テープにとっておけばよかったと思った。放屁趣味仲間の西條君に自慢するためである。
 『「グリスピイ」のテーマでした。僕、これ得意なんです』
 和田君が賞賛を期待して目をみひらくと、これはなんとしたこと、エミは座を蹴って立ち、台所で洗いものをはじめていた。
 『おい。もう食わへんのか』
 と和田君が声をかけると、エミはかっとしてバリザンボウを浴びせた。
 『バカ、あほ、脳たりんの無神経の野蛮人の下賤の育ちめ。食事中に目の前でやるなんて、どういう了簡なの、マトモな神経の人間にゃ堪えられないわよ。死んでしまえ、バカ! あんたなんかの顔見るのもいやよ。目ェ噛んで鼻噛んで死んでしまえ!』
 『何もそない、ポンポンいわんかて、ええやないか』
 と和田君は気よわくいって、食事をつづけていた。エミは腰に手をあててつっ立ち、にくにくしげに口をゆがめていた。
 『ようも食べられますわねッ。悪臭芬々(ふんぷん)やないのさ!』
 そうかなあ、と和田君は首をかしげた。わがものと思えば軽し笠の雪、べつに自身では悪臭とは思えない。プロの屁こき(和田君はそう、自任し自負している)なら、臭味の卑しきを以て品下れるものとしている。しかし、ここでヘンに異をとなえると愛妻の怒りの火になお油をそそぐことになるので、こらえて黙っていた。そうして、トレモロのよく利いた『グリスピイ』のテーマが、彼女に理解されないのを悲しみつつ、静かに沢庵を噛んでいた。(これは和田君が会社から安く分けてもらうものである)
 『あたしの腹立つのは、やね』
 とエミは言い募った。
 『あんた、アレをやるときちょっと腰の片一方浮かすでしょ。あの恰好がハラ立つ! オナラそのものより不潔ワイセツ、がさつでーす!』」

 なかなか見事なやりとり(描写)である。夫婦の〈屁〉が現象化した人間模様があるわけだが、笑いを通り越して〈屁〉の実相をかいま見せるね。ここで注意すべきは、和田君の一発はただの〈屁〉ではないことさ。グリスピイのテーマ(楽曲)なのである。和田君はプロの屁こきを自任してる。場面を分解してみよう。

@夕食時に和田君は屁を催した。そのとき、腹具合は申し分ないコンディションだった。夕食時だという自制心はあった。
A和田君は誘惑に負けて長々と放屁した。途中で止めることはできない。それはグリスビイのテーマを奏でた。
B最高の出来映えだった。満足した。妻のエミにウットリと曲目を紹介し、賞賛の声を期待した。
Cエミは言葉なく(怒って)座を蹴り食事を中止して洗いものを始めた。
D和田君はエミが笑い出す方に(確信し)賭けていたが、妻の態度の異変に気がついて声をかけた。
Eその言葉をきっかけにエミはキレてしまい、知っている限りの雑言を浴びせた。
F和田君は抵抗せず、気弱に食事を続けた。
Gそれを見てエミは「悪臭芬々なのによく食事ができるわね」とさらに罵った。
H和田君は悪臭を感じなかった。むしろ悪臭のなさがプロの自負であった。
I和田君はグリスビイのテーマが妻に理解されないのを悲しみつつ、静かに沢庵を噛みしめた。
Jエミは和田君の静かな態度にますますいきり立って「アレをやるときちょっと腰の片一方浮かすでしょ」と放屁のスタイルまで非難した。

 まあ、こんな感じだろうか。@〜Jに至る流れの中で、和田君とエミちゃんのリアクションは、全く噛み合っていないね。和田君の芸が成立するためには、和田君の放屁がグリスビイのテーマであるという幻想を共有しないとダメなのである。つまり芸人という人種と、芸(人)を認識しない人種との対立である。エミちゃんは〈屁〉をただの無作法としか思ってない人種なわけさ。
 エミちゃんの怒りのボルテージはC→E→G→Jと確実に上がっていくのである。しかしながら、和田君の見事な放屁芸がエミちゃんのの怒りの旋風の中で浮き彫りになっているのである。

 まず、それは「楽曲」という表現を志向したものである。階調正しく、トレモロを利かして、音は高からず低からずの完璧な出来である。悪臭はない(しかし、エミちゃんは感じている)。そして、何といっても和田君の放屁の姿態が素晴らしいのだ。エミちゃんが「アレをやるときちょっと腰の片一方浮かすでしょ。あの恰好がハラ立つ! オナラそのものより不潔ワイセツ、がさつでーす!」というのは、和田君の芸の「色気」を表現しているわけだね。(芸の「色気」がわからん奴にはそれは狂気の沙汰であるさ)

 この一節を読めば、和田君が(芸人として)色気のある姿態で見事な芸を披露したのだとわからねばならん〜。そうでないと、読者の感性はエミちゃんと同じである。ここは、エミちゃんの罵詈雑言が募れば募るほど、和田君の芸の素晴らしさが浮き彫りになる構図なのである。読者の感性も問うているのだよ。音成はこの作品の作者の眼目はこの一節にありと思うね。

 さて、作品では軽快に「プロの屁こき」たちの系譜やら同好の士やら屁芸の紹介やらのウンチクが面白可笑しく語られる。

「『ハッハッハッ、刀いうたら、刀屁というのもあったそうです。これができたら、もう屁の神様。奥伝以上です』
 『それは、どういうのですか』
 『屁の音色、音量、高低強弱で、鞘(さや)から柄(つか)から、鍔(つば)を表現し、最後に刀身をひり出す』
 『刀身をひり出すとは、どうするの』
 『そやから、つまり大便をだすのです』
 『もうええ、帰りなさい!』
 といったら、和田君はいいすぎたと思ったか、ほうほうのていで座を立ち、
 『今のはエミにないしょにして下さい』
 『あほ。エミが怒るはずや』
 『しかし、しかし、ほんとです』」

 こうやって話は展開し、屋根の修繕の日になると和田君はエミちゃんと仲良く連れ立ってやって来る。仲直りしたらしい。「私(語り手)」の夫も屋根にのぼって修繕が始まるが、どうしたはずみか、夫は大きなオナラ落としたのである。

「『よう、景気ええぞ!』
 と和田君は嬉しそうに叫んだ。
 『その調子で、張り切っていこう! そらきた!』
 といったのは瓦のうけわたしでなく、オナラのお返しなのである。和田君は屋根にとりついて中腰のまま、
 『そら、祝い屁や!』
 とお返しをした」

 その祝い屁は秋空に鳴り響き、「凛々しい武者名乗りのよう」であり、おまけに、都おどりの冒頭のお囃子やヨーイヤサーという節回しまで再現されていたのである。


一言=この作品は、現代における〈屁〉芸人の誕生の期待(夢)を描いている〜。
posted by 楢須音成 at 23:46| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 作品探求 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。