2006年09月06日

屁薬を飲んで屁を出す

 昔から屁薬つまり放屁(を促す)薬は注目されていた。一種の秘薬として考えられていた形跡もあるようだね。お伽草子の中の福富草子には、放屁芸に長けた福富の長者が隣家の主に家伝の放屁薬を与えるシーンがある。ここでは放屁芸を成立させる隠れたポイントになっているわけさ。江戸の曲屁師、霧降花咲男が登場して人気を博したときには、便乗して大阪で放屁薬が売り出されたという。

 軽石の粉を飲むとよく屁が出るということを信じている人も多いようだね。宮武外骨は真偽は保証の限りではないとして「(軽石に含まれる)マグネシウムが胃腸で炭酸のために溶解して瓦斯を起こし、それでオナラがよく出る」と想像している。小津安二郎の映画『お早よう』には軽石を飲んで屁がよく出るようにしようとする少年が描かれていた。

 漢方薬やハーブの中ではウイキョウが腸のガスを駆逐するもの(駆風剤)として知られているね。これは便秘に対して下剤を用いるように、腸に滞ったガスを排出させる作用があるわけである。この種のハーブは調べてみたら結構多い。アニス、アンゼリカ、イノンド、カミルレ、カルダモン、ガジュツ、コショウ、セイボリー、チョウコウ、トウガラシ、ハッカなどが健胃剤の効果とともに挙げられている。駆風(くふう)という言い方は面白いね。放屁促進剤よりはずっと味のある表現さ。

 「ガスコン」という名の薬があるが、ガスをコントロールするというのがこの名の由来。腸内には消化物と細菌によってガスが発生するわけだが、これは泡なのだそうだ。この泡がX線写真の邪魔になるというので、泡の玉を潰すのが薬本来の使い方になるんだね。泡が潰れればガスの吸収や移動がスムーズに行われる理屈で、屁が出る。(この泡ことを知ってか知らずか昔から屁のことを屁玉と言っているが、含蓄があるねェ)

 こうみると、放屁薬は@腸内にガスを発生させる薬A腸内のガスを排出しやすくする薬──と傾向が分かれることになる。@とAを兼ね備えてもいいね。

 もちろん健康目的を除外すれば、放屁薬(の効果)は屁を自在に操る技術の一環(芸)として位置づけられるのである。そもそも屁は制御(コントロール)が難しいわけだから、出てくる屁を十分制御できる力量がないと下手に放屁薬は使えんよ〜。


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2006年09月09日

放屁一発コロリンシャン

 放屁を芸にまで高めることは希有のことに属する。現代でもそういう人はいるようだが、古来有名なのは江戸の霧降花咲男(曲屁福平)である。これは平賀源内の『放屁論』のモチーフとなり詳しく紹介され、ほかの文献にも記録がある。この福平に続く人として三田村鳶魚が『鳶魚随筆』(1925年、春陽堂刊)の中で綾鶴(あやづる)という大坂の遊女を紹介している。

「福平に引續いて綾鶴が居る、西澤一鳳が、『綾鶴といふ唱歌は、新町槌屋の綾鶴といへる太夫、放屁せる事を謳い物に作られ、音は幾瀬の浮世に響くと賦せり』といつた。槌屋と云へば飛脚屋忠兵衛の封印切りで、近松や海音の筆に掛つた渠(か)の梅川の居た娼家なのだ、其の槌屋から綾鶴といふ放屁太夫が現はれて、新町あつて以來のお笑い草を蒔いた」

 源内の『放屁論』は1774年に出ているから、福平も綾鶴も大体そのあたりの同時代ということになりそうだ。当時、放屁芸を評判にする風潮があったのだろうね。一鳳(1802-1852)は少し後の時代の大坂の歌舞伎作者である。

 鳶魚の追跡によれば、「音は幾瀬の浮世に響く」とうたった端唄(三味線)に影響されて、天明3年(1783年)の大坂角座の五月狂言「富士見月通者墳(ふじみのつきつうしゃのおくつき)」に幾瀬里次郎というヤツシ役の合方に綾鶴太夫が出てくる。端唄を探してみると、享和元年(1801年)発行の「大成絲のしらべ」に「綾鶴」を見つける。

「浮世とは誰が習はせしすね言葉、宵の妹背(愛し合う男と女)は一重の帶か、肱(ひじ)を枕にあやづるよ、蝉の鳴く音に尾花が招く、わしやいやいなと、駒下駄の音は幾瀬の浮名に響く、その兼言も肌しみじみと、可愛とかけば、いとしと返詞、女子氣にして男氣の結ぶえにしの打掛さへも、脱ぎて眺めん千代見草」

 というような文句であった。ここには放屁がどうのというようなことはないね。更に40年ぐらいたった天保13年に「琴曲千代の壽」が刊行されて、ここにも「綾鶴」が載っているのを見つける。鳶魚は言う。

「成程綾鶴は享和からコロリンシャン(琴)の方へ採用されて居たのか、三味線は下品だと云う御見識、澄まし切つた孃さん達が、上方唄の綾鶴をお稽古なさる、オナラの化けたのだとは夢にも御存じがない」

 そういうことなのさ。「放屁→端唄→狂言→琴曲」という変遷を経て、綾鶴太夫は時空を超えて余韻を残しているわけである。鳶魚は「實に安永度の放屁一發も、餘韻嫋々(よいんじょうじょう)たるを憶える」と言って「渠(か)の音聲を音楽化された僥倖ものよ」と賛美している。

 綾鶴がどういう人であったか(どういう放屁であったか)は全く窺い知ることはできないものの、よほど評判の放屁(芸)だったのではないか。そこから綾鶴の名をとどめつつ〈屁〉が脱色されてコロリンシャンへと美しく(音成はこれを聴いたわけではないが)音楽化されていくのは、綾鶴という人の人柄(イメージ)もあったんじゃないか。

 実は遊女と〈屁〉というのは、綾鶴ばかりでなく戯作や落語などにもよく出てくる題材なのである。それらの多くは〈屁〉の音とニオイにまつわってあんまり良いイメージではないが、この綾鶴は資料乏しく勝手な想像ができるぶん別格である。

 花咲男は『放屁論』で名を残し、綾鶴は琴曲で名を残す。〈屁〉は芸によって文学と音楽を縦断したのさ。

 以上の話は『鳶魚随筆』の中の「珍曲綾鶴」の紹介であるが、短い一編ながら、ほかにも鳶魚の〈屁〉に対する深い見識が示されているよ。
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2006年09月14日

屁の秘伝とレジスタンス

 江戸期の文学の中でも「屁文学」はある地歩を占めるが、胸張って確固たるものかと言えば、文学史の表舞台にはとんと登場しない。そうではあるが、江戸期において〈屁〉は百家争鳴的に開花したのである。開花というのは、隠蔽しがちな〈屁〉を忌憚なく語るという姿勢において広い表現域を獲得したことをいうのさ。

 そもそも〈屁〉とか〈糞〉とかの尾籠な話は文学の領域でも少々悪趣味なグレーゾーン(というかイエローゾーンだね)に位置しているね。そのゾーンでは文学にも戯作にもならぬ、ただただ滑稽狙いの戯れ文の世界も広がっている。

 林美一の『艶色 江戸の瓦版』(1988年、河出文庫)は、江戸軟派の蒐書のうちに「いつしか片々たる瓦版や、摺物・写本などの戯文類が、書棚の片隅に山をなすに至った」中から、珍しい作品群を選んで収めている。「ほとんどが文学の埒内にも入らぬ屑本るいであるが、私が特にこうした小品に興味を持ったのは、そこに江戸時代の庶民のいつわらぬ生活の反映が見られることと、同時に、屑本なるがゆえに、散逸のおそれのおおきなものだったからである」と林は言っている。この中に〈屁〉の章があるのである。

 〈屁〉については「屁の放りかたにも裏表『屁生物語』」という一章が設けられているのだが、解説は短いながら江戸の屁文学を語って要領を得ている。全文が紹介してある作品は『屁生物語(へいけものがたり)』『おなら談義』『おならの談義』の三編である。

「古くは鳥羽僧正の筆と伝えられる『屁戦絵巻』の秀逸をはじめ、風来山人こと平賀源内の『放屁論』、蜀山人・四方赤良の狂歌『放屁百首哥』、十返舎一九の『河童の尻子玉』、山東京傳の『諺下司話説(ことわざげすのはなし)』等々、我国にはこのようなビロウなる無形排泄物にたいする戯作が実に多い。昭和の初めに福富織部という人が、そうした文献ばかりを集めて『屁』なる一書を上梓したことがあるが、とにかくそんな書物が編纂できるほど臭気ぷんぷんたる文献が多いのである。私は外國のことは知らぬが、おそらくこんな現象は欧米はもとより、東洋の隣国中国にも韓国にもなく、我国だけのことではないだろうか?」
 日本人がなぜかくも屁を哄笑の具にし、屁に愛着を感じて屁芸術をのこしたかという理由を考えてみると、きっと屁を放る機会が多かったからに違いない」

「(『屁生物語』は)刊本ではなく写本であって、半紙本の仮綴じで全七丁。したがって分量も短いものだが、それでも屁の戯文としては長編のほうである。達筆の上、後半になると書体がひどく荒くなってくるので、はなはだ読みにくい。最後に天明六丙午(1786)の極月に京都で書写した旨を記してあり、文中に『諸々の鳴もの停止せらるるといへども、屁を停止せられし事なし』とあるから、天明六年九月に徳川十代将軍家治が歿したため鳴物停止(なりものちょうじ)になった折の、取締に対するささやかなレジスタンスの作であるかもしれない。がもしそうであるとしても、あまりにも遊びに筆が走りすぎて、この作品からそのようなにおいを感ずる人は一人もいないであろう。がこの程度のものでも遂に公刊されずに終っている事実、それがやはり言論の不自由だった封建治下のきびしさを感じさせる」

 林はこのように解説しながら、「屁の十の徳・六態・表三ヶ条・裏六ヶ条・中段八ヶ条の秘伝」の存在をもって、心して屁を放らねばならぬと言っている。秘伝を語る『屁生物語』は別に紹介することにしよう。
posted by 楢須音成 at 01:07| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献探索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月24日

〈屁〉ゆえに出物腫物ご免あれ〜

 江戸の屁文学の中でも画期的な作品は井本蛙楽斎(いもとあらくさい=芋と、あら臭い)の『薫響集』(1757年)である。その後の作品に与えた影響がとても大きい(ようである)。この『薫響集』が画期的なのは、近世初頭から流行っていた狂歌のパロディ精神の延長上に出現した洒脱な散文(戯文)であるという点である。すでに狂歌が獲得していた言葉遊びやパロディの表現域をさらに拡張したといえるのさ。(『薫響集』に先行する類書があったことは国文学者によって指摘されているけどね)

 作品の構成は「序」「古今放屁集」「屁放様(へひりよう)の伝」の三つのパートに分かれている。これらは人間界の〈屁〉を俯瞰するような具合に展開する。それぞれ工夫を凝らし、屁を三つの角度から語っている。(なかでも「古今放屁集」の表現域はオリジナリティが高いと思われるね)

 「序」→ 蛙楽斎の屁はとても臭く、音はあたりに響きわたる。我こそは天下にこれを広め、後世の人に示したいのだ。昔、見えぬ聞こえぬ屁の奥深さを看取して詩を詠じた中国の林童子の前を、人々は鼻をおおって通り過ぎたが、我は彼の生まれ変わりであろうか。我もまた臭いを強めんとして、この序を記すのである──などと漢文体で格好をつけて述べている。我が身をさらしてのとぼけた序言は、あやしげな古人の逸話を持ち出してその身をなぞらえている。知識人を気取った漢文体である点が面白可笑しいを加速するが、結語はいきなり和文に転じ、「(断りがたい求めに応じ)墨とどろかし、筆を染め、紙に向かひて、出物腫物(でものはれもの)ご免あれ、と遠慮なく腹を抱えて、へらみ出しぬ」と、くだけた調子で漢文調を脱ぎ捨てるのさ。

 「古今放屁集」→ 古今和歌集の序文を下敷きにし、屁というものは、あまねく人間界に行きわたっており、いろいろな放りざまがあると指摘して、そもそも屁には六つの様態(さま)があるのだと言う。「添へ歌」「数へ歌」「なぞらへ歌」「譬へ歌」「徒言(ただごと)歌」「祝ひ歌」によってそれを示す。歌を屁に置き換えて、前半はほぼ逐字的に古今集をもじっている。歌のもじりはこんな感じの狂歌である。

 「添え歌」はこうなる。
 「難波(なにわ)津に咲くやこの花冬ごもり いまは春べと咲くやこの花」(古今集)
 「元旦に匂ふこたつ屁冬ごもり いまを春べと放るやこたつ屁」(放屁集)

 また、大和歌の屁の十体として「幽玄の体」「長(たけ)高き体」「有心(こころある)体」「麗(うつく)しき体」「事可然(ことしかるべき)体」「面白き体」「濃(こま)やかなる体」「見る体」「有一節(ひとふしある)体」「挫鬼(おにをとりひしぐ)体」を示し、それぞれに歌を記す。ここは藤原定家『毎月抄』の和歌十体を下敷きにしている。「様」をふまえ「体」の心をもって屁に励まねばならん、と論じる。

 「屁放様の伝」→ 古今放屁集においては理念的な論に終始しているが、ここでは具体的に技術論を展開する。まあ、当時の巷のスノッブな屁談義だね。「表三箇条」「裏三箇条」「中段の五箇の伝」「門弟取扱ひ」など、タイミングに合わせた放屁から各種の曲屁に至る巧者の心得と技法を初心者のために示す。屁は射術と同様であること、初心の者が屁を放るときの心得、屁の勢いの見方、握り屁の握り方、貴人の所望で放るときの方法、遠くへ屁を遣わす方法、屁種(へだね)や妙薬の処方など、筆致は闊達に屁の奥義を体系化して畳みかける。かくして「条々あらましを記し侍れど、浜の真砂の数々あまりあるものから、筆を止め侍りぬ。この道に心あらん人には予が師伝せしおもむき口授しえて、永く栄えんことを願ふのみ。あなかしこあなかしこ」と締めくくる。真面目に読むと少々ずっこけるが、巷の屁談義を掻き集め作法として理論化したわけさ。


 このように書き分けられた〈屁〉は全くもって遊びに徹している。お見事だねー。この作品は人を描く(物語を語る)とかではなく、初めて屁のカタチ(人間一般の〈屁〉の振る舞い)を「論じる」ことによって〈屁〉的現象を示すという表現域を得ているのである。平賀源内ほか後世の作品に与えた文化的影響は大きい。(曲屁師の花咲男の出現もそうだね)

 それぞれ味わい深い書き出しを『新編・薫響集』(1972年、読売新聞社刊)から引用しておく。(「序」はもとは漢文だが書き下し文である)


「天に在つて鳴る者を雷と曰ひ、地に在つて鳴る者を震と曰ひ、人に在つて鳴る者を屁と曰ふ。屁以て天地に交るときは則ち放屁の鳴るや、高いかな、臭いかな。その大なるを転矢気(てんしき)と曰ひ、其の小なる者を撒屁(さっぴ)と曰ひ、雅名一ならず。嗚呼蛙楽斎の鳴るや、薫り天地に徹(とお)り、響き四境に達す。善く鳴る者なりと謂ひつべし──」(序)


「夫れ人間の屁は、芋の煮たるを種として、万(よろず)の曲屁とぞなれりける。世の中に屁放る人、曲多きものなれば、望むことを見る人聞く人につけて放り出さるるなり。天井にすむいたち、ごもくに住む屁放虫(へひりむし)を見るに、生きとし生けるもの、いづれか屁を放らざりける。力をも入れずして天地をも動かし、目に見えぬ鬼神をも臭がらせ、男女の仲をも心あしく、猛き武士の鼻をも摘ままするは屁なり。この屁、尻の穴の開け始まりけるときより放り初めにけり──」(古今放屁集)


「生きとしいけるもの屁を放らざるはなし、といへども、わきて心にかくるとかけざるとにて面白くも聞え、また臭くいやしきものともなるなり。まづ、食前・食後・雪隠(せっちん)もどり、この三つの時を違へず放るを表三箇条の伝とす。さて、言下(ごんか)・袖摺(そですり)・見返し・行違い・三つ地・六地(むつじ)、この六箇条を裏として、それより梯子屁(はしごべ)・指典舞(くせまい)・楽の拍子・小歌の清掻(すががき)・浄瑠璃の三重、これを中段の五箇の伝とす。また許(ゆるし)の曲は蘇合の楽能にては乱(みだれ)・石橋(しゃっきょう)・道成寺、また三弦の手は砧(きぬた)さらしゆりかんを太極の位として免状を送り、門弟取り扱ひを許すなり。かくまで功者に至ること、たとへば高き山も麓のちり泥(ひじ)よりなりて雨雲たなびくまでおひのぼれるが如くに、屁の道も執行し侍らば、誰の人か屁の妙を得ざるべき。よって初心のため心得のこと一つ二つ記し侍りぬ。然はあれど、屁は腹中のよしあしによるものなれば、人々わが生まれつきをよくよく自ら考へて学ぶべきことなり──」(屁放様の伝)


 一言=〈屁〉を屁理屈でこのように高尚に論じることができる新たな表現力は、今なお現代に求められているのではないか。だけど、このような〈屁〉談義は真似し始めるとたちまち陳腐化するぞ〜。
posted by 楢須音成 at 13:55| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 作品探求 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月30日

〈屁〉で世界の危機が救えるか〜

 面白可笑しく〈屁〉を扱った映画に『サンダーパンツ』(2002年)というのがある。ハチャメチャで、いかにも向日性たっぷりのイギリス映画。〈屁〉を題材にしてアッケラカ〜ンとしているんだけど〈屁〉というものの暗黒面は垣間見えたよ。〈屁〉には問わず語りに表現を強いる面があるのさ。

 映画では、生まれたときから病的に放屁する少年が描かれる。そのせいで、父は家を出てしまい、母はアル中となり、姉は口をきいてくれない。学校ではいじめられる。まあ、こういう暗い境遇が面白可笑しく語られるわけだが、法外な頻度と量の放屁によって被害甚大となっている周囲の混乱ぶりが笑いを喚起するのである。

 少年本人は至って真面目さ。放屁の恐いところは自分で制御できないということだが、病的な放屁を制御できないことぐらい絶望的な思いはないよ。そういう少年にも親友はできる。これが天才発明少年でオナラで空を飛ぶ「サンダーパンツ」を作ろうとするのである。ところが、その技術に目をつけられて発明少年はNASAに引き抜かれていなくなってしまい、ここから放屁を抱え込んだ少年の「親友捜し」と「運命からの自立」の旅が始まるのさ。

 いくつかのエピソードが束ねられて、NASAの一員になっていた発明少年と再会することになるのだが、このとき少年の放屁は希有な価値をもって輝いている。隕石にやられた宇宙飛行士の救出作戦のための重要な動力源(を操る人)として迎えられるのである。手のひら返すように世界は180度転回する。「君は果実だ。慈悲深い神が涙を流し、それが地に落ちて種となり、種は芽吹いて花をつけ、実となったのだ」などと最大級の賛辞が呈せられる。誠に意味深い〈屁〉に対する賛辞(皮肉)だよ〜。

 あとはハラハラドキドキのストーリーのお約束通りのハッピーエンド。映画の表のメッセージは「(僕は)利口でもなんでもない。自分らしさを求めて自信がもてた。弱点は弱点なのか? それはうまく活用するんだ。そうすれば夢はかなうよ」という少年自身の言葉にある。自分探し成功の感動物語で、映画の出来も良く楽しめるね。メデタシ、メデタシ。

 しかし、この映画の真に批評的な部分はエンドロールにあるのさ。エンドロールでは自分探しに成功した少年の周囲の人間たち(それまで少年を虐げていた人間たち)が登場し、一転して歯が浮くような少年への賛辞やら共感のメッセージを発するんだけれど、「一体何のさわぎよ、たかがオナラに」「厄介者がヒーロー? 今も昔も大嫌い」と一人だけ冷めている女が2回登場する。身内の人間である少年の姉である。映画(のハッピーエンド=我々の願望)という幻想に冷や水をかけてくれるねー。

 つまりは、人間社会を一皮剥けば〈屁〉において(も)、そういう暗黒の関係が常に突きつけられているわけだね。この映画では〈屁〉を希有な特技(の成功物語)として描くことによって、〈屁〉の暗黒面をあえて無視したものの、居心地の悪い姉の冷たい視線を登場させないわけにはいかなかったのさ。姉の視線は容赦なく少年の自尊心を簒奪するのである。(小津安二郎の『お早よう』では、物干し竿に翻るパンツの登場が暗黒面を暗示していましたね)

 少年の〈屁〉が一時の高揚に終わらないことを望みたいが、〈屁〉の物語が暗黒面を無視し、向日性をもって高揚すればするほど、明暗は浮かび上がるのである。

 一言=我々の〈屁〉が意味ある価値(有用性)を持ったとき、本当に自尊心は癒されるのだろうか。〈屁〉の根深い暗黒面を考えると、少年の前途は多難じゃないのか〜。
posted by 楢須音成 at 17:00| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 作品探求 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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