2006年06月18日

〈屁〉談義が凝りに凝って戯作となる〜

 そもそも〈屁〉談義は面白オカシイことが身上であるが、凝りに凝って一つの物語や議論へと骨格を構成し始めると〈屁〉の戯作となるのである。幕末の勤王の志士、伴林光平(ともばやしみつひら、1813-1864)の手になる一編に『楢の落葉物語』(1851年)という作品がある。こんな書き出しで始まる。


「昔後奈良院の御時、武州建部(ぶしゅうたけべ)のさとに仏雛(ぶつすう)上人と申(もうす)貴き聖(ひじり)おはしけり。もとは備後国穴太の郷の兵士にて、物部音成(もののべおとなり)とて世にきこえしものゝふなりしかど、怪う後(しり)へをならし給ふ癖有りければ、おのづから世の交らいも懶(ものう)しとて、つひにさまかへたまひて、西に東にうかれありきつゝ、しばしも尻はすゑ給はざりしを、年たけ給ひて後、今の建部にはとゞまりたまひしなり」


 武州建部の里に住んでいた仏雛上人という貴い僧の物語なのである。この上人、もともとは武士だったが、かなりの放屁癖があって、それがために世の交わりを面倒に思って出家してしまった。諸国放浪して年を重ね、建部の里に住むようになったというわけさ。

 「後奈良院」「武州」「建部」「仏雛」「備後」「穴太」「物部」「音成」など、音韻などからくる〈屁〉的な連想を散りばめて語り出されている。『楢の落葉物語』というのも、オナラを集めた物語というような意味だね。このセンスは終始一貫していて、そこから上人の行状が次のようなエピソードを無造作につないで綴られるのである。

 @和泉国草部の津から阿波の辺嶋へ渡ろうとしたとき、海女おとめの中に音高く放屁した者がいた。上人が「小舟漕ぐ草部のさとの海おとめ鳴戸の沖の道しるべせよ」と詠んで道案内を請うと、かのおとめは騒ぐ気色もなく上人を尻目に見上げて「よるべなき海士にはあれどおとたかく鳴戸ときけばやさしかりけり」(素性もない海女ですが大声で鳴戸と言われると恥ずかしいですわ・鳴戸はすぐにわかりますよ)と返して立ち去った。ゆかしく思った上人が海女の素性を聞くと平家何某の密子の末裔ということだった。
 A上人が熊野の山中で修行をしたとき、ホトトギスが鳴くのを聞いて「おとなしの河添うつきおりおりに忍音もらすほとゝぎすかな」と静寂を風雅に詠んだが、いつもの上人の放屁音は(周囲に頓着なく)音高かったそうだ。
 B上人があるとき梅の香に誘われて、若いときからの友で式部丞薫という役人(この人も放屁癖があった)を訪問した。このとき、どうしたものか屁を催して我慢したが、とうとうこっそり漏らしてしまった。匂いがはなはだしいのを、かの主人はすぐに心得て「春の夜の闇はあやなし梅の花色こそみえね香やはかくるゝ」(古今集)と声さわやかに古歌を吟じつつ出迎えた。上人も悪びれた様子もなく「花の香を風のたよりにたぐへては鶯さそふしるべにはやる」(古今集)とすぐにこれまた古歌をもって応えた。
 C豊後(ぶんご)の国矢部の郷の菅辺(すがべ)足人という儒者と上人が遊んだとき、上人は華やかに屁を鳴らした。足人は手をたたいて「仏々平等」と声ものどかにはやし立て、続いて自分も(少々貧弱ながら)鳴らしてみせた。上人はすぐに膝を立て直して「文武(ぶんぶー)の道未だ地に墜ちず」と事もなげに応えて鳴らしたので、足人はひどく恥じて顔を赤らめて鳴らすのをやめた。
 D上人が年老いて建部にいたとき、五月雨が降り続いて誰も訪れる人もなく、一日中眠りがちであった。そんなとき草垣を押し倒して老いたイタチが飛び込んできた。上人は起き出して「鼬丸いま一かえり(もう一度)おとづれよわがとしごろのしらべ(生涯最後の屁)きかせん」と詠んでやり、イタチの再来を期待したがかなわず、この歌を最後に遷化(せんげ)された。

 以上の抽出したストーリーのこと以外は、ほとんど何も語られていないような荒削りな短い作品であるが、〈屁〉に向き合う上人の「境地」の表現がこの作品のポイントなわけさ。よく言えば超然とした、笑って言えば半ばとぼけた境地なのではあるが、この上人がどこか風格ある人物に見えてくるところが面白いね。深読みで解釈してみよう。

 上人の放屁癖は出家の前も後も変わりがないが、出家することによって〈屁〉のランクを上げた。というか、出家によって世間的な恥(にまつわる俗事)を捨て去り、恥じらいなしに〈屁〉に向き合うステージを獲得したんだね。上人の〈屁〉の自在な振る舞いは見事だし、一種悟りの境地にあるわけなのである。

 上人が口笛の達人であっても似たような作品はできるであろうが、それが〈屁〉であることによって作品世界は独特である。@における海女の〈屁〉に対する健気な振る舞いへの共感、Aにおける自然界での放屁への無頓着さ、Bにおける古歌への〈屁〉(の匂い)の読み替え、Cにおける堂々の放屁返し、Dにおける年老いたイタチへの思い遣りと自分の〈屁〉への思い...という具合に、それぞれのエピソードは上人の境地(や放屁力や教養)を角度を変えて語っているね。作品の流れは無造作なようでいて、よく考えられ凝った構成になっていることがわかる。

 もちろん、作者は上人と自分を重ねているさ。そういう意味では、面白オカシイだけの作品ではなくて、自己批評的な視点も持っているね。〈屁〉を信念化して(前提にして)生き抜いた上人の生涯のエピソードを読み込むほどに、この作品の味が出てくるのである。

(『楢の落葉物語』には上人のエピソードに加えて、上人の著作物として『放屁音義』という屁音についての書が付属している体裁になっている。物語とは直接関係はなく、独立した戯作ととれる。この『放屁音義』は改めて取り上げることにしよう)

 一言=作者の伴林光平にとって〈屁〉とは何だったのか。〈屁〉には違いないが、時代の波に洗われていた彼が奉じた皇道思想(への姿勢)を、批評的に重ね合わせたのであるというのが音成の解釈であ〜る。


posted by 楢須音成 at 03:47| 大阪 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 作品探求 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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